07. 2013年8月20日 04:54:39
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【第93回】 2013年8月20日 竹井善昭 [ソーシャルビジネス・プランナー&CSRコンサルタント/株式会社ソーシャルプランニング代表] それでもボルヴィックを買いますか? 見えてきた「コーズマーケティング」の限界 記録的な猛暑が続く今年の夏。さぞや飲料メーカーはウハウハだろうと思われるが、その中で気になるブランドがある。「ボルヴィック」である。当連載の読者にとっては「ボルヴィック」は特別なブランドだろう。ボルヴィックといえば「1L for 10L」プログラム。ボルヴィックを1リットル買えば、アフリカの水に困っている人たちに10リットルの清潔でキレイな水が提供されるという仕組みの「コーズマーケティング」だ。 2007年に開始されたこの「1L for 10L」プログラムは衝撃的だった。なにしろ、CSRといえばまだまだ「慈善」の域を出なかった当時。ほとんどの大企業が「陰徳の美学」といった(間違った)考え方でCSR活動を行ない、「社会のために良いことをしても、けっして大きな声で宣伝してはいけない」という「美徳」が支配的だったあの頃の日本で、テレビCMまで使って「社会のために良いことを始めました!」と大きな声で堂々とアナウンスしてくれたのがボルヴィックだった。この「快挙」に、僕も含む当時の少数派(今は主流派)の「CSRとは企業の成長戦略でなくてはならない」と考えていた人間は大いに喝采したものだった。 ともかく、日本のコーズマーケティングの夜明けはボルヴィックの「1L for 10L」で始まったと言っても過言ではない。ボルヴィックを販売する当のダノンは「決して売り上げ増を目的としたものではない。あくまで、世界の水問題の解決というミッションのためである」とアナウンスしていたが、結果として売り上げ増につながったことは事実である。 ミネラルウォーター市場は価格競争に 僕自身は、もともとボルヴィックが好きで、特に海外旅行に行ったときはボルヴィックばかり飲んでいたが、このキャンペーン以降はさらにボルヴィックを買うようにしていた。ところが、である。いつ頃からか、このミネラルウォーター市場はとんでもない価格競争の時代に入ってしまっている。読者もご存じかと思うが、スーパーやコンビニで売られているミネラルウォーターの価格は、2リットル入りのペットボトルで100円以下。僕が確認した最安値は88円である。 この原稿を書くために先日、近所のコンビニを訪れてみたが、その時に販売されていた某大手国産メーカーの水は2リットルで98円。そして、同じ棚に並んだボルヴィックは1.5リットルで218円。1リットルあたりの価格差は約3倍である。これではいくら「世界の水問題の解決に貢献している」「アフリカの人たちに良いことをしている」と言われても、生活者は安いほうの水を買ってしまうだろう。申し訳ないが、僕も98円の水を買ってしまった。このような現実を見せつけられると、コーズマーケティングの意義を考え直さなければならない。 近所のスーパーやコンビニで見かけたミネラルウォーター売り場。2リットルのペットボトルが100円以下で売られている ここ数年、僕はさまざまなメディアの取材や講演の場で「コーズマーケティングは効きますか?」と聞かれてきた。その質問に対していつも「効きますよ」と答えてきた。実際、僕がヒアリングしたり、関わってきたりした事例では、おおむね対前年比で110%以上の売り上げ増。中には、あのリーマンショック直後に実施して対前年比148%のパフォーマンスを叩き出した例もある。
たしかに、基本的にコーズマーケティングは「効く」のである。しかし、そのいっぽうで「限界」というものも感じてきた。その最大のものが「価格差の限界」だ。コーズマーケティングは価格競争に巻き込まれないという強みがあると言われてきた。たしかにそういったメリットはある。しかし、それも限界がある。その限界は商品によっても違うのだ。 たとえば、ミネラルウォーターの場合。(あくまで推測値だが)500ミリリットル入りペットボトルでいえば、価格差の限界は「10円」だと思っている。つまり、自販機やコンビニの棚でボルヴィックの500ミリリットル入りペットボトルが120円で売られていた場合、他社の水が110円でもボルヴィックを買ってくれる人はいる。しかし、他社製が100円だった場合は、ほとんど人はボルヴィックより他社の水を買う可能性が高い。 なぜなら、500ミリリットルのミネラルウォーターにおいては、120円と100円ではまったく“別の価格帯”になるからだ。しかも、最大で3倍近くの価格差となればなおさら。まずその状況では、まず生活者はボルヴィックを買わないだろう。猛暑続く今年の夏、ボルヴィックがどれほど売れているか気になるところだが、残念な結果になることが予想されるのが悲しい。 続けるだけでは「飽き」られる。 戦略を見直す時期に 価格差の限界と並んで、コーズマーケティングが抱える問題が「鮮度の限界」だ。これも推測値だが、コーズマーケティングの賞味期限は基本的に3年だと思っている。要するに、あるコーズマーケティングが成功しても、生活者は3年もすれば「飽きる」ということだ。 図1のグラフは、公開されている資料を基に、ボルヴィックがアフリカへ提供した水の量を各年ごとに算出したものだ。 【図1】 ボルビックが「1L for 10L」プログラムでアフリカに提供してきた水の量の推移。2008年をピークに、残念ながら右肩下がりを続けている この図を見ると、キャンペーンの2年目をピークに3年目から漸減傾向にある(2013年の数値はあくまで目標値)。「1L for 10L」は、「ボルヴィック1リットルにつきアフリカに10リットルの水」という仕組みなので、提供した水の量が分かれば、売れたボルヴィックの量も分かる。となると、このグラフの数値から判断すれば、「1L for 10L」プログラムは、3年目以降はあまり「効いていない」となってしまう。つまり、生活者はこのキャンペーンに「飽きてしまっている」ということになる。
「コーズマーケティングを語るのに、飽きたとかなんとかで評価すべきではない」とお叱りの向きもあるだろう。しかし、コーズマーケティングはその名の通り「マーケティング」だし、「成長戦略としてのCSR」は決して綺麗事ではない。「売り上げに結びつかない成長戦略」など言葉の矛盾だ。 もちろん、CSRマーケティングは“販促”とは違うので、売り上げに直結しないこともある。ブランド戦略としてのCSR戦略もあるわけで、その場合も短期的な売り上げには結びつかない。しかし、売り上げが上がらない成長戦略などあるはずもないので、CSRを成長戦略として捉えるならば、中長期的には必ず売り上げに結びつかなければならない。その視点で考えれば、「1L for 10L」はやはり、戦略を見直すべき時期に来ていると思う。 では、どうすれば良いのか――。 まず「価格競争」に関しては、これは競合商品に対抗できる価格帯にするほかはない。圧倒的な価格差がある状態では、CSRマーケティングとはまったく関係ない話になってしまうからだ。もちろんプレミアム価値をつけて高価格で売るという戦略もあるが、それは「ハワイの海洋深層水」などといった“ニッチで特殊な商品”の戦略であって、ボルヴィックのような“マス商品”が取れる戦略ではない。 ネットで調べてみたところでは、現在のボルヴィック1.5リットルペットボトルの最安値は125円。これを75円くらいまで下げなければ価格競争力は出てこない(ここ数年で、ミネラルウォーター市場は、凄まじい価格競争の市場になってしまったものだ)。もしかしたら、80円くらいでも「アフリカの子どもたちのためだから」と買ってくれる人もいるかもしれないが、いずれにしても今よりも大幅な値下げが必要となるし、それができなければCSRマーケティング的にできることはあまりない。 共感を得られる価値観と 鮮度の追求がカギに 問題は「キャンペーン鮮度の限界」をどう考えるかだ。ハッキリ言って、これまでボルヴィックはとても頑張ってきたと思う。アフリカに水を提供することで、たとえば子どもの教育問題の解決にどのように貢献できるかということもキチンと伝えている。しかしそれ以上に大事なのは、ちゃんと伝えることだけじゃなく、どのような「共感」を得ているか、ということだ。言い換えれば、アフリカの水問題を解決することがどれほど多くの強い共感を得るのか、ということである。 残念ながら生活者は飽きっぽい。国論を二分したような大問題もすぐに忘れてしまう。今年の猛暑で、テレビをはじめ多くのメディアでは、熱中症対策として寝るときもエアコンをつけろとアナウンスしている。福島の原発事故に絡んで、あれほど騒いでいた電力ピーク問題も、節電問題ももう誰も語らない。あの山本太郎の口からもほとんど聞こえてこない。東北のことをみんな忘れてしまったのか、とさえ思えてくる。そのような世間の忘れっぽさに対して「それでは正義が立たない」と批判するのは簡単だが、批判したところで多くの生活者の意識が変わるわけではない。 「1L for 10L」キャンペーンも当初は新鮮味もあったし、話題にもなった。しかし、さすがにもう「アフリカの人たちのために水を買う」という価値観への共感は薄らいでしまっている。事実、そのことは数字が物語っている。もちろん、「あえて」ボルヴィックを買う人もまだいるし、このまま我慢してキャンペーンを続ければ、5年後か10年後には再評価される時もくるだろう。 しかし、それでコーズマーケティングとして正しいかというと、僕は疑問に思う。コーズマーケティングとは、コーズ(社会問題)をマーケティングのネタにすることが本筋ではない。社会問題の解決につながることが本質だ。ボルヴィックが提供(支援)する水の量は、2008年のピーク時には11億リットルあった。それが2012年には3億リットルまで減っている。8億リットル分の「貢献」が失われてしまったということだ。 これまでの貢献によって8億リットル分の水が必要なくなったというなら話は別だが、僕が知る限り、途上国の少女を水くみ労働から解放して学校に行かせるために劇的に水問題が改善されたという話は聞かない。まだまだ多くの地域で、キレイな水は必要とされているのだ。であれば、ボルヴィックはもう一度、日本の生活者に対して「水を提供することの価値観」を生み出すべきなのだろう。 求められる 新たなコミュニケーション 生活者の価値観は進化する。当初は「アフリカの人たちにキレイな水」というだけで価値を見いだしてくれた人たちも、時を重ねるにつれて新しい何かを求めるようになる。いくらラブラブのカップルでも、いつも同じデートでは飽きられるのと一緒だ。では、ボルヴィックの場合は、どのようにコミュニケーションを進化させれば良いのだろう。 (ここでは基本的なことしか書けないが)それは、ターゲットとなる人たちの「価値観」とエンゲージメントできる「新しいコミュニケーション」が必要なのだと思う。 たとえば、前回の記事でお伝えしたとおり、今の日本の若い女子の88%が「社会貢献女子」だ。しかし、彼女たちの最も高い価値観は、ビューティーやファッションなどの「オシャレ」であり、次にガールズ・トークも含む「女子会」である。「社会貢献」という価値観はもっと下位に位置する。したがって、いかに若い女子の88%が社会貢献マインドを持っていると言っても、彼女たちとのコミュニケーションを社会貢献から入っていっては「弱い」と言える。やはり「オシャレ」「女子会」から入って「社会貢献」に落とし込むようなコミュニケーションが必要だ。 ボルヴィックの場合も同様で、この日本で「アフリカの人たちにキレイな水を提供する」ことに最も高い価値観を置いている生活者はほとんどいない。だからこそ、ターゲットとなる日本の生活者のもっと優先度の高い価値観を入り口とするコミュニケーションが必要となる。もう少しかみ砕いて言えば、日本人の水に対する価値観と、アフリカの人たちの水に対する切実さをエンゲージメントするコンセプトが必要ということだ。 ちなみに、ボルヴィックが水の支援をしているのはマリ共和国であるが、当記事では僕は意図的に「アフリカ」と言い換えている。「マリ共和国」と言うのと「アフリカ」と言うのでは、読者とのコミュニケーションが違ってくるからだ。どう違うか関心がある方は、当記事内の「アフリカ」という言葉を「マリ共和国」と置き換えて読み直してみてほしい。 ともあれ、ボルヴィックが直面している問題は、日本で展開している他のコーズマーケティング全般に共通する問題だ。ボルヴィックが地平を切り開いてくれたおかげで、日本でもコーズマーケティングに取り組む企業がずいぶんと増えた。しかしこれは、コーズマーケティングが効きにくくなっていることを意味する。単なるコーズだけでは差別化が難しく、生活者の関心や共感を得る力が弱まっているということだ。どのようなマーケティング手法も時代と共に進化する必要がある。コーズマーケティングもそのようなステージに来ているということだろう。 http://diamond.jp/articles/print/40401 |