01. 2013年8月19日 10:02:04
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【第22回】 2013年8月19日 伊藤元重 [東京大学大学院経済学研究科教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長] 経済が再生し消費税を10%に上げたとしても 財政健全化には至らない日本の実情 政府の財政健全化目標と 消費税率引き上げ 日本の公的債務残高は対GDP比で200%をはるかに超えている。世界の主要国のなかでは突出した水準である。万が一にも日本の財政運営について市場に懸念をもたれれば、国債価格は暴落(国債金利は急騰)してしまい、大変なことになる。 そこで、財政健全化についての政府の姿勢が問われることになる。膨大な額に積み上がった公的債務は、とても短期間で解消できるものではない。長い時間をかけて縮小させていく必要がある。そのための財政健全化を実行する意思と能力が政府にあるのか、市場は見極めようとしているのだ。 日本政府が提示した財政健全化の目標は大きく二つあると言ってよいだろう。一つは、2015年までにプライマリーバランス(国債発行に伴う収支を除いた、国の基礎的財政収支)の対GDP比財政赤字を、2010年比で半減するという目標だ。先日発表された政府の中期財政計画の数字で言えば、国の財政赤字をこれから2年のあいだに8兆円程度削減しようというものである。 もう一つは、より長期の財政健全化目標である。政府は、2020年までにプライマリーバランスで見た財政収支の黒字化を目標としている。そしてそれ以降、対GDP比で見た公的債務の規模を縮小していくことを目指している。 この二つの目標を実現するためには、消費税が重要なカギを握る。2015年までに財政赤字を半減させるためには、(1)消費税率を予定どおり10%まで引き上げる、(2)デフレ脱却で税収が拡大する、(3)歳出が増えないように抑制する、この三つが鍵となる。 特に注目されるのは消費税率の引き上げである。今秋には安倍総理が、予定どおりに引き上げるかどうかを決断する。かりに消費税率の引き上げを先送りするとか、あるいは小刻みな引き上げに転ずるというようなことになれば、2015年までの財政健全化の道筋が見えにくくなってくる。 当面は、2015年までの財政健全化に注目が集まるだろう。ただ、首尾よく2015年までの健全化目標を達成したとしても、その先にもう一つ大きな目標が控えている。2020年までにプライマリーバランスを黒字化するという目標である。 消費税を10%以上に 引き上げる可能性はあるか 先日発表された政府のシミュレーション結果にも見られるように、今の制度のままでは2020年までにプライマリーバランスの黒字化を実現することは難しそうだ。政府のシミュレーション結果では、名目成長率3%台、実質成長率2%台という、かなり高い成長を実現する経済再生シナリオに乗ったとしても、2020年時点でGDP比2%程度のプライマリーバランスの赤字が残ってしまうのだ。 高い成長を実現すれば、税収はそれなりのスピードで伸びていく。しかし、高齢化の進展により社会保障費が毎年1兆円程度増大する影響が大きく、プライマリーバランスの赤字が残ってしまうのだ。こうした予測は、政府だけでなく、さまざまな民間シンクタンクの予測でも指摘されているところだ。 この数値の意味することは明らかだ。2016年から2020年にかけて、新たに財政健全化のための大きな改革を行い、2%の赤字のギャップを埋めなくてはいけないということだ。 そのためにできることは三つしかない。一つは大幅な増税を行って歳入を増やすこと。二つ目は、社会保障制度を大胆に見直して社会保障費の拡大を厳しく抑制すること。そして三つ目は、以上の二つを同時に行うこと、だ。 常識的に考えれば、歳入の拡大のみ、あるいは歳出の抑制のみ、という最初の二つの方法で財政赤字を抑えることは難しい。となれば、歳入と歳出の両方の改革を行うという第三の方法となるだろう。 ここでは社会保障制度の改革については取り上げない(いずれまた詳しく取り上げる機会もあるだろう)。歳入増加についてのみ言及するなら、そこで消費税率の引き上げが大きな論点となることは明らかだろう。 よく知られているように、世界の主要国のなかでも、日本の消費税率は非常に低いレベルにある。欧州主要国の付加価値税(日本の消費税に対応)の税率は20%前後であり、北欧諸国では25%という高さになっている。当然、日本も消費税率を10%で打ち止めにするのではなく、さらに上げていくべきかどうかという議論になる。 消費税率引き上げの根拠 他国の消費税率は日本より高いのだから、日本も上げてもかまわない――これではあまりに乱暴な議論だ。上げるとすれば、なぜ引き上げをしなくてはいけないのか、より細かく検討する必要がある。 第一のポイントは、日本の国民が「大きな政府」を求めるのか、それとも「小さな政府」を求めるのか、という点に関わってくる。 よく知られているように、日本の国民負担率は主要国のなかでも米国と並んで低い水準にある。国民負担率とは、税や社会保険料などの国民負担が国民所得のどの程度の割合にあるのかを示した数値である。つまり、負担という意味では、日本は相対的に小さな政府であった。 ただ、便益として見た医療や介護などの社会保障費で見れば、けっして小さな政府とも言えない。結果的に歳入が歳出に届かず、大きな財政赤字が生まれている。こうした事態を永遠に続けることはできない。 歳出を大幅にカットして歳入規模に合わせるということは、医療や年金の現場を見るかぎり現実的ではないように思える。それどころか、少子高齢化が進むなかでは、制度に何も手をつけなければ毎年1兆円近い社会保障費の増加が続く。そうした流れのなかで、歳入規模に合わせて歳出抑制していくのは不可能であると言ってもよいだろう。 もちろん社会保障費の増大を徹底的に抑えることは重要だが、同時に、税や社会保険料を引き上げ、歳出に見合った収入を確保することが必要となる。社会保険料の負担をさらに引き上げていくことは、もちろん可能である。ただ、それにも限界がある。そこで税収を増やしていくことがカギとなる。これが消費税率の引き上げを検討する理由の第一のポイントである。 次に第二のポイントであるが、税収を拡大するとして、どのような税でそれを実現していけばよいのかという問題がある。消費税以外に、個人所得税、法人税、資産課税など、税の項目にはいろいろある。なぜ、消費税でなくてはいけないのか。 欧州諸国など、多くの国で消費税(付加価値税)を高めていく動きが見られるのは、消費税が税収を増やすうえで優れた税であるという理解があるからだ。社会が生み出す付加価値全体に薄く広く課していく消費税は、たしかに優れている。 個人所得税は、現役世代に過度に負担を強いる制度だ。また、所得税率が高くなれば、それは人々の労働意欲を殺ぐ効果が出てくる。ただ、日本の個人所得税は、中間所得層の税負担が諸外国よりもまだ多少低い。その部分で税収を引き上げる余地があることは指摘しておかねばならない。 スウェーデンのように、フラットな地方所得税を課して社会保障などの財源にすることも可能性として検討する余地はある。所得水準に関わらずフラットな税を課すことで、所得税の性格を消費税に近づけようとする狙いがある。 累進性による所得再配分の限界 消費税をめぐってよく論議になるのが、消費税には「累進性」がないということだ。所得の多い人ほど高い税率が課されることで、所得の多い人から少ない人への所得移転を行う――これが所得税の累進課税の大きな狙いである。消費税にウェイトがかかった税制では、消費金額が多い豊かな人もそうでない人も同じ税率が課されることになる。つまり、税による所得再分配効果が働かないというわけだ。 ただ、税の累進制によって豊かな人から税を取り、所得の低い人に配分するという所得再配分が、本当の意味で現代の福祉社会にマッチした方法と言えるのか、という疑問はある。所得の再配分は重要だが、お金のやり取りだけでそれに対応しようとするのには限界がある。 消費税率を高くして社会保障制度を維持するという形態は、これとはまったく違った方向の所得再配分政策と言える。 国民であるかぎりは一定率の消費税を皆が負担する。そうすれば、富む者も貧しい者も、同等の権利として教育や社会保障のサービスを受けられる。これが社会保障政策や教育政策による国民のあいだの再配分政策である。それを維持するためには、安定的に税収を確保できる消費税が好ましい。 ところで、消費税率引き上げとのセットで法人税率引き下げが検討されるというニュースが騒がれ始めた。このニュースの真偽はわからないが、あるべき税制を考える際に、法人税をどう扱うのかという点が重要であることは間違いない。この点については、次回に取り上げたい。 |