02. 2013年8月16日 11:17:43
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アングル:法人税減税、投資や賃金に生かせるか企業次第 2013年 08月 15日 13:28 JST [東京 15日 ロイター]- 安倍晋三首相が検討を指示したと一部で報道された法人税の実効税率引き下げ(法人税減税)について、その効果を設備投資や賃金アップにつなげることができるか、企業の知恵や決断次第となりそうだ。経済界からはコスト削減で国際競争力向上や日本の立地競争力強化につながると期待する声が出ている一方、設備投資の拡大や雇用・賃金改善への波及については、エコノミストだけでなく、経済界からも企業の投資行動がカギを握るとの指摘が出ている。 仮に法人税減税でキャッシュフローが潤沢になっても、企業自身が内部留保の積み上げに回せば、減税─投資─賃上げ─国内需要増という前向きの循環につながらない可能性が高まる。「呼び水」となるような追加的な成長戦略も不可欠ながら、法人減税を渇望している企業自身の対応が試されることになる。 <コスト競争力向上と立地競争力に寄与> 企業サイドには、安倍政権の成長戦略の目玉は法人税減税だとの声が根強く、経済界からは「法人税減税の実現」を求める提言が何回も発表されてきた。経済同友会では7月に法人実効税率を25%に引き下げるべきとの提言をまとめており、減税が実現すれば、ビジネスコストの引き下げや立地競争力の強化につながるとして歓迎する意向だ。 経団連も従来から法人税減税を強く求めてきた。「安倍政権の成長戦略に法人減税は入っていないものの、その後の見直しで、年末までに議論が続いていくことを期待したい」(経団連関係者)としている。というのも「投資減税は対象を絞ったかたちになる可能性がある」とし、効果を受ける業界が偏ることになるリスクを懸念しているからだ。 政府内でも、1月に安倍内閣がまとめた緊急経済対策の中で、補助金や税制支援の対象が主に先端設備投資や環境投資だったため、恩恵を受けにくい中小の非製造業の設備投資は弱いまま推移しており、その実態が6月日銀短観にも出ているとの見方がある。 ロイターが7月に実施した企業調査でも、個別企業が成長戦略で最も大きな期待を寄せるのが法人税減税だ。「国際競争に影響する税率の引き下げは不可欠」(その他製造)、「海外移転の抑制」(運輸)といった理由のほか、「研究開発投資余力の増強となる」(機械)、「設備と雇用の増加につながる」(精密機器)などの声も数多く出ている。 しかし、麻生太郎財務相は15日の会見で、今の段階で法人税を引き下げることに効果は少ないとの認識を示し、菅義偉官房長官は同日の会見で、法人税減税について安倍首相が検討を指示したとの一部報道について「総理がそのような指示をした事実はない」と否定した。ただ、「これから50人前後のいわゆる有識者や現場で商売をしている方などの意見を聞く中で、総理が判断をすること。まずは意見を聞くことから始まる」と述べ、今後の展開に含みを残した。 <税制による設備投資・賃金増期待できず> 一方、企業が主張するような設備や雇用・賃金への刺激効果は、そう簡単ではなさそうだ。企業の設備投資計画調査を5日に公表した日本政策投資銀行は「企業の設備投資は、キャッシュフローを大きく下回っている。設備投資を刺激するには、法人税減税など税制ではなく、将来の需要増加や期待収益率が上がっていくような循環的な流れが必要」(産業調査部)と指摘している。調査によれば、設備投資の動機づけとして企業が重視しているのが中長期的な期待収益率であり、将来の成長分野を後押しする政策が求められている。 経済同友会も、法人税減税による企業収益の拡大や海外企業の日本進出が、賃金の増加や設備投資の増加をもたらすと提言しているが、「そうした経路で実際にどの程度波及していくのか、定性的にはわからないのが実際のところ。(投資や賃金が増加するかどうかは)各企業の経営判断や資源配分にかかっているとしか言いようがない」としている。 経団連でも、法人税減税で投資が出てくるとすれば、これまで凍結されていた更新投資や省エネ投資、復興投資などが中心とみており、次の成長につながる投資が出てくるかどうかは、さらに何らかのファクターが必要と見ている。 <積み上がるキャッシュフロー、動かす工夫> 法人税減税を設備投資や雇用・賃金の拡大につなげるためにエコノミストらが指摘するのは、積み上がってくるキャッシュフローを投資などに振り向けさせる方策だ。 法人税減税が実施されれば、直接的には減税分だけ企業収益が増加し、キャッシュフローが増えることになる。すでに企業にはキャッシュフローが積み上がっている。法人企業統計によれば、1─3月期の手元流動性は173兆円と売上高の13%にのぼり、前年同期を上回っている。 ロイター調査によると、企業は手元資金の有効な使い道として「研究開発」を挙げている。新たな需要掘り起しや次なる成長につながる投資として、望ましい動きと評価できるだろう。 しかし、次いで多かったのが「内部留保」との回答だった。国内市場の拡大が見込めない中で、大規模投資に二の足を踏んでいる姿がうかがえる。せっかく法人税減税でキャッシュフローが増えても、資金が動かなければ、投資や雇用・賃金の拡大にはつながっていかない。企業自身、競争力強化のための投資や、将来の有望な需要に向けた投資、あるいは人材投資など、知恵を絞っていく姿勢が広がりを見せていない。 また、政府部内でも、企業の背中を押す施策に工夫の余地がありそうだ。今のところ、投資減税と法人税減税のどちらを優先させるのか明確なスタンスが定まっていない。甘利明経済再生担当相は、出遅れている設備投資のてこ入れ策として、まずは投資減税を検討する考えを示している。 ただ、投資減税は、経団連などが指摘しているように対象が絞り込まれ、効果が限定される可能性がある。 消費増税の環境整備として法人減税も実行するのであれば、寝かせたままの企業の手元資金をいかに動かし、デフレ脱却に向けた好循環につなげていくか、成長戦略においてさらなる工夫が求められることになる。 (ロイターニュース 中川 泉 編集:田巻 一彦 石田 仁志)
アングル:法人税減税は中期的課題、くすぶる消費税の「小刻み引き上げ案」 2013年 08月 15日 15:11 JST [東京 15日 ロイター] - 安倍晋三首相による法人税減税検討の指示があったという一部報道は、15日の会見で麻生太郎財務相や菅義偉官房長官が否定した。しかし、関係筋によると、首相官邸では中期的課題として法人税減税の検討を模索しているもようだ。 また、景気への悪影響を緩和するため、消費税率の上げ幅を毎年1%ずつとする案も引き続き、選択肢の1つに残っているようだ。 13日付の日本経済新聞朝刊は、安倍首相が法人税の実効税率の引き下げを検討するよう関係府省に指示したと報じた。 これを受けて同日の東京市場では、消費増税による景気腰折れを法人税減税が抑えるとの期待が広がり、日経平均.N225が300円を超える大幅高となり、ドル/円は97円半ばまで上昇。株買い・円売りのリスクオンが進んだ。 だが、その後に追随する報道は少なく、財務省関係者などは報道内容を否定していた。こうした中で麻生財務相は15日の定例会見で、安倍首相による法人税引き下げ検討の指示報道を強く否定。会見の場で、当該新聞社の記者に対し、取材源を明らかにするよう述べる場面があった。 同時に麻生財務相は法人税を支払う企業が全体の3割強に過ぎない点を指摘し「今の段階での法人税引き下げは効果が少ない」と言い切った。 一部の官邸関係者によると、政府部内では法人税引き下げの検討を模索する動きがあるもようだ。 ただ、法人税の景気浮揚効果が限定的との意見も政府部内にあり、2016年が有力視されている次期衆院選の時期も視野に、中期的な議論のメニューのひとつとして位置づけられているとみられる。 市場関係者やエコノミストらの間では、法律で決まっている来年4月からの3%の消費増税引き上げは、事実上の国際公約であり、増税実施でも景気や雇用への影響が緩和される補正予算などの対策を拡充すれば、大きな景気の落ち込みなしに乗り切れるとの声が多い。 言い換えれば、来年4月の3%引き上げを大前提に、景気対策の規模などの条件闘争が現実に始まっているのではないかとの見方だ。 一方、首相官邸周辺では、4─6月の国内総生産(GDP、1次速報)の実質成長率が前期比・年率2.6%増と市場予想の3%前半を大きく下回ったのを重視。来春の増税を実施する場合には、補正予算に加えて増税幅を1%に縮小する小刻みな引き上げ案なども引き続き、検討対象の1つに上っているもようだ。 小刻み案は首相の経済ブレーンである本田悦朗・内閣官房参与らが提唱している。実現に法改正を伴い、何回も小刻みに引き上げることで行政や産業界などのコストが増大するとして、与党や財務省関係者には現実的でないとの見方が多い。 だが、官邸内では有力な選択肢の1つとして、現在も温存されているもようだ。 (ロイターニュース 竹本 能文 編集;田巻 一彦)
焦点:法人税の特殊事情が表面化、「効果小さい」の指摘も 2013年 08月 15日 12:54 JST [東京 15日 ロイター] - 消費増税と一体で法人税率を引き下げる政策が一部で報道され、市場の関心も高まっている。 だが、法人税率引き下げにはコストが高い割に効果が小さいとの指摘があるほか、繰越欠損金などの制度を利用し、法人税の支払いが免除されている企業も多く、企業の法人税の負担割合が本当に高いかどうか疑問の声も出ている。法人税減税の議論は、今まで表面化してこなかった法人税をめぐる特殊な事情をあぶり出そうとしている。 <税収大幅減なら財政再建と矛盾> 13日付の日本経済新聞朝刊は、安倍晋三首相が法人税の実効税率の引き下げを検討するように関係部局に指示したと報じた。同日付の共同通信も法人税のみならず所得税減税の可能性について触れている。 複数の政府関係者によると、首相による具体的な指示は出ていないものの、一部閣僚や官邸周辺で法人税率の引き下げが有効だとの声が出ているという。 ただ、15日になって政府はやや否定的なニュアンスを出している。菅義偉官房長官は15日閣議後の会見で「総理がそのような指示をした事実はない」と否定した。その上で「これから50人前後のいわゆる有識者や現場で商売をしている方などの意見を聞く中で、総理が判断をすること。まずは意見を聞くことから始まる」と述べ、今後の展開に含みを残した。 財務省や与党関係者には、予定通り来春以降に消費増税を実施しなければ、長期金利急上昇や円高など市場の急変を招きかねないとの声が多い。 一方、安倍首相の経済ブレーンである浜田宏一氏と本田悦朗氏の両内閣官房参与は、物価が本格的に上昇し始める時期に予定通り3%の増税を実施すれば、デフレ脱却に失敗する可能性があると警鐘を鳴らしている。増税によるマイナスの影響を最小限に食い止めるため、首相周辺では様々な案が想定されるもようだ。 ただ、市場関係者の間では、消費増税対策として法人税減税は評価できないとの声が少なくない。 ゴールドマン・サックス証券、金融商品開発部部長の西川昌宏氏は「法人税率減税を行うとなると、消費税率引き上げの意味が益々薄らいでいく」と指摘。消費増税の目的である財政再建が揺らぐことを懸念する。 特に「法人税は税収弾性値が消費税より大きく、法人税を下げ消費税を上げれば、景気が良くなっても税収が増えにくくなる」と構造的な税収減要因になるのを懸念する。 <実現に政治的な課題、一部企業には減益要因> 消費増税の景気下押しを緩和する対策としても「法人税減税による設備投資など波及効果は、せいぜい2─3兆円。2013年度と比べ16年度で13兆円程度と試算される増税の下押しの影響と比べるとバランスが悪い」(クレディ・スイス証券、経済調査部長の白川浩道氏)と分析する見方が多い。 そもそも「家計の負担を拡大して企業の負担を減らす政策が、政治的に難しい」(みずほ証券・チーフマーケットエコノミストの上野泰也氏)という側面もある。 政府部内にも野党に絶好の攻撃材料を与えると懸念する声がある。家計のみに負担増大を強いるのは難しいため、最終的に所得税の減税議論も浮上し、財政再建の所期目的と矛盾しかねないと、この先の議論の迷走を懸念する見方も一部のエコノミストから出ている。 麻生太郎副総理兼財務・金融担当相は15日の会見で、今の段階で法人税を引き下げることに効果は少ないとの認識を示した。 <7割が欠損法人、利益計上企業も繰越欠損金で相殺> 一方、繰延税金資産の取り崩しで利益を得ている企業は、法人税引き下げが減益要因になるケースもあるという。J.P.モルガン証券のイェスパー・コール調査部長は「ゼロ金利下では大きな問題でない」としつつ「家電業界などは影響を受ける可能性がある」とみる。 法人税を支払っている企業が少ないことも、減税の効果が限定される一因だ。財務省の法人企業統計(対象2万8148社)によると、全企業の経常利益は2011年度45.3兆円。これに対して11年度の法人税収入は9.3兆円にとどまっている。 国税庁の会社標本調査によると、257万社中利益を計上している法人は71万社。72.3%が欠損法人となっている。7割の企業がそもそも法人税を払っていないため、減税による所得への波及効果は限定的と考えられる。 利益を計上している企業も、必ずしも法人税を払っていない。企業がある年度に税務上の赤字を計上すると、繰越欠損金として翌年度以降の黒字と相殺し、法人税の減免を受けることができるためだ。 繰越欠損金の翌期繰越額は2001年以降毎年70兆円台だったが、リーマンショック後に80兆円前後の水準に膨らんでいる。この制度を利用して大手銀行は10年以上にわたり法人税の納付をせずに推移。メガバンク3行がいずれも法人税を支払ったのは昨年のことだ。 日本の法人税は国際的に高いとして、経済同友会は法人税率を25%に引き下げると主張している。 だが、財務省によると、2011年1月時点での比較で対国内総生産(GDP)比での法人所得課税負担率は1.9%と、英国の3.6%、韓国3.9%などG7やアジア諸国の中では低い方に属する。 (ロイターニュース 竹本 能文、山口 貴也、Nathan Layne 編集;田巻 一彦)
コラム:消費増税先送りは本当に禁じ手か=嶋津洋樹氏 2013年 08月 14日 16:37 JST 嶋津洋樹 SMBC日興証券 債券ストラテジスト(2013年8月14日) デフレ脱却こそがアベノミクスの核心であり、日銀の金融緩和はそのために不可欠な政策だと筆者は考えている。一方、財政政策はそこまで重要ではないとの立場だ。需給ギャップの縮小を通じたデフレ圧力の後退や景気押し上げの効果を否定はしないが、現在の日本ではそのような効果は短期的かつ限定的となる可能性が高い。 したがって、巷間話題の消費増税は、それ自体の景気への悪影響ではなく、駆け込み需要の盛り上がりとその後の反動減で、景気変動幅が拡大することに大きなリスクがあると懸念している。特に黒田日銀の金融政策が期待への働きかけを通じた実体経済への波及を前提とする以上、そうした変動幅の拡大で先行き不透明感が強まることは、できる限り避けるべきだろう。 国内では、国際公約とされる消費増税の延期は金融市場を混乱させるとの見方が多い。筆者も、海外勢のなかにそうしたチャンスを狙っている投機家がいるとは聞いている。しかし、本当のことは良く分からないのが実情だ。そもそも、そうした投機家が日本の政治家やマスコミ、金融関係者などに、収益の源泉である「手の内」をつまびらかにしているとは考えにくい。 ただし、日本と同様に名目国内総生産(GDP)を上回る累積財政赤字を抱えるイタリア政府は6月下旬、付加価値税の引き上げを3カ月延期すると発表。その際、金融市場に目立った混乱はなかった。消費増税の延期が金融市場を混乱させるリスクは否定しないが、それによって日本や世界の経済が壊滅的な打撃を受けるというのは大げさに思える。 <デフレ脱却を遅らせるリスクに要注意> それでも、金融市場がいったん混乱に陥れば、デフレ脱却にとっては大きな逆風となり得る。日銀の金融政策運営が軌道に乗り出した今、安倍政権がわざわざリスクのある選択肢を取る必要はない。 住宅市場などですでに駆け込み需要が顕在化しつつあること、そして少子高齢化が既定路線で、将来的に消費増税が不可避な一方、政治的にはその決断を下すことが困難であることなどを踏まえると、消費増税の先送りは最終的にメリットよりもコストが大きい。 黒田東彦日銀総裁は先月29日の講演で消費増税について、「成長が大きく損なわれることはない」と発言。今月8日の記者会見でも「(消費増税とデフレ脱却は)両立すると思っている」と強調した。こうした発言は、インフレが主に需給ギャップで決まり、金融政策よりも財政政策の効果が大きいという立場からは理解されにくいだろう。当初は、古巣の財務省への援護射撃との解釈もあった。ただ足元では、消費増税の先送りが日本の財政再建への取り組みに対する内外投資家の失望につながるリスクを意識したという評価に落ち着いたようだ。 消費増税について、黒田総裁と対照的なのが浜田宏一氏および本田悦朗氏の両内閣官房参与だ。この点だけを取り上げ、安倍政権と黒田日銀とで足並みに乱れとの見方もあるが、安倍首相の経済ブレーンと呼ばれる以上、短期的とはいえ、景気に悪影響を与え、デフレ脱却を遅らせるリスクのある消費増税に慎重なのは当然だ。 両者は、消費増税前後の景気変動拡大が企業や家計の期待にとってリスクとなることも意識しているのだろう。足元で税収が増加していることを受けて、安倍首相やその経済ブレーンが消費税率の引き上げ幅の妥当性に疑問を抱き始めた可能性もある。 米国でも今年に入って、景気回復に伴う財政収支の大幅な改善が報告され、米財務省が国債発行額を下方修正した。デフレ脱却を目指すにあたり、「石橋を叩いて渡る」のに越したことはない。 <「賃金上昇が伴わない」は本当か> 理解に苦しむのは、デフレ脱却における金融政策の効果を否定する一方で、需給ギャップ縮小の重要性を主張していた人々の消費増税に絡む言動だ。そうした「需給ギャップ派」はデフレを人口減などの構造や規制などと結び付けて、「仕方がない」「対処法がない」と諦めているのかもしれないが、そうだとすれば、黒田日銀に対する根強い批判と比べて、ずいぶんとあっさりしているとの印象は否めない。デフレはインフレよりも良いと考えているのではないかとすら疑ってしまう。 今さら説明するまでもないとは思うが、持続的に物価が下落するデフレに良い点は何もない。実感からすると、財やサービスの価格が下がる「良いデフレ」の印象が先行するが、実際には経済的な規模が縮小し、税収も落ち込む。 同時に歳出も減らせば財政収支は均衡するが、物価が下がっても既存の借入金残高が減るわけではないので、返済は苦しくなるだろう。社会保障費はもちろん、防衛費など国民国家の安全を守るための資金も細る。デフレやインフレが貧富の格差に与える影響は必ずしも明確ではないが、「富裕税」などの導入で「勝ち組」とされる人々に負担を求める方法は、国全体が縮小均衡に陥っているデフレ下よりも、インフレ下のほうが導入のハードルが低く、効果もあるように思える。 一方、デフレからの脱却は、ハイパーインフレではなく、米英欧などで一般的な2%程度の物価上昇率を目指そうというものだ。日本の物価安定の歴史を踏まえると、米英欧並みの2%は高いとの批判もあるが、主要先進国で日本だけが1%を目指すと表明すると、円高を許容すると受け取られるリスクがある。 実体経済に見合わない円高が輸出競争力を阻害しデフレ圧力を高めることは、リーマンショック後の影響が震源地の米国に隣接し経済的な結び付きも強いカナダではなく、日本のほうが大きかったことからも裏付けられる。 また、物価指数は実態よりも物価を1%程度過大評価する傾向が広く知られている。これは、技術革新を物価下落として評価する手法や、下落しやすい財やサービスほど需要が刺激され、物価指数のバスケットに占めるウェイトが高まることなどが原因だ。 残りの1%は、リーマンショックのような危機により、デフレ圧力が急速かつ大幅に高まることへの「保険」である。この「保険」は、個別の財、サービスの価格が調整する時にも役に立つ。たとえば、金融政策で目標とする物価がゼロの場合、それは平均であって、個別の財やサービスは上昇するものと下落するものに分かれるだろう。 同じことは賃金にもいえるので、目標とする物価上昇率がゼロだと、ある業種での賃金上昇を別な業種での賃金下落で調整することになる。物価上昇率は厳密にはゼロが好ましいとの見方も少なくないが、実際の家計がいくらかの借入金を抱えていることなどを前提にすると、プラスのほうが望ましいと筆者は考えている。 こうしたマイルドなインフレの必要性を説くと、黒田日銀の量的・質的金融緩和策は賃金上昇を伴わない物価上昇を引き起こしているとの批判を受ける。しかし、これが的外れな批判であることは明らかだ。 そもそも賃金という概念が曖昧なのだが、それが主に基本給や職務手当から構成される所定内給与であるとすれば、物価上昇に先行して増加することは通常、想定しにくい。それでも個人消費が回復するのは、政策の転換やそれを受けた資産価格の上昇などを背景に、財布の紐(ひも)が緩むからだろう。米国では、家計部門から始まった回復が企業部門へ波及し、「前向きの循環」につながっていくというパターンが一般的だ。 一方、所定内給与に残業手当などの時間外手当、ボーナスなどの特別給を含む給与総額を「賃金」と考えた場合、その「賃金」は当然、物価上昇に先行して増加するだろう。このことは、主に雇用者数と給与総額で決まる雇用者報酬を「賃金」とした場合にも当てはまる。輸出主導の景気回復が一般的な日本では、このパターンが多い。 今のところ、「賃金」の回復は非常に緩やかなペースで、給与総額がようやく下げ止まりつつある段階だ。ただし、雇用が増加へ転じつつあることで、雇用者報酬の増加基調も定着する可能性は高い。「賃金増加を伴わない物価上昇は続かない」との批判は、今回の景気回復が米国型に近いこと、そうはいっても足元で「賃金」が回復しつつあることを軽視している。 <消費増税に前向きな財政出動論者の矛盾> 最後に言い添えれば、筆者は財政政策で消費増税に伴う景気変動を平準化させることには肯定的だ。しかし、その規模が膨らむにつれて、財政再建へ取り組むという国際公約の意味はなくなる。景気対策の中身が従来のままでは、政府の焼け太りを許すだけに終わる可能性もあるだろう。 消費増税に前向きな一方、その景気への悪影響を財政対策で緩和するとの主張は、消費増税そのものを先送りすることと大差がない。それどころか、非効率な政府部門が拡大した場合、財政再建に対する実質的な取り組みが後退するリスクもあると考えられる。 参議院選が与党の大勝で終わり、衆参の「ねじれ」が解消。それと前後して株価の上値が重くなったこともあり、アベノミクスに注がれる視線は従来よりも厳しさを増している印象だ。安倍政権の消費増税をめぐる決断が最初の試練との見方も多い。しかし、何よりも重要なのは安倍政権、黒田日銀ともにデフレ脱却を目指すという点で首尾一貫していることである。 2%の物価上昇率を家計負担増につながる「悪いインフレ」だと批判し、デフレの原因は主に需給ギャップだと主張する人々が、消費税率を3%も引き上げることに鈍感であること、国際公約順守の必要性を強調する人々が大規模な景気対策を要求することに、筆者は矛盾を感じざるを得ない。 *嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントを経て2010年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネージャーとして、日米欧の経済、金融市場の分析に携わる。 焦点:アジアの資金移動、テーマは「南から北へ」 2013年 08月 15日 15:17 JST [シンガポール/香港 15日 ロイター] - 債券から株式へ、新興国市場から先進国市場へ資金が向かう動き「グレート・ローテーション(大転換)」が今年の主要な投資テーマとなっているのを横目に、アジアでは独自の資金移動が起きている。それは「南から北へ」だ。
海外からの投資資金は7月以降、中国や韓国、台湾の株式市場を押し上げている。新興国市場の先行きがさえない中、投資家が一部地域に価値を見出している兆候だ。 これらの市場が投資を引きつける理由はいくつかある。 日本や米国といった先進国の株式市場が堅調なことは論を待たないが、米国経済の回復につれ、貿易に立脚し、開放されたアジアの経済体が伸びる余地があると信じる投資家が増えている。 また、中国経済崩壊論は誇張されていると一部アナリストは考えており、中国や韓国といった国では膨大な貿易黒字が緩衝剤になる。 BNPパリバによると、韓国株への海外ポートフォリオフローは7月に総額8億5300万ドルとなり、それまでの数カ月における大規模な流出分の一部を取り戻した。韓国の債券市場には今年に入ってから120億ドル超の資金が流入した。 また、外国人投資家は7月、台湾の株式を27億5000万ドル購入。前月の売りを相殺した。 一方、外国人投資家はインドネシア株を2億5300万ドル売却し、インドの債券や株式を大量に売り浴びせた。 中国の株式や債券への資金の流れはつかみづらいが、香港上場の主要中国企業銘柄で構成するハンセン中国企業株指数(H株指数).HSCEは6月末以降、約9.5%上昇した。 <日米の株価は既に上昇> シティ・インベストメント・マネジメントのアジア債券部門責任者、ジョン・ウッズ氏は「アジアでの出来事は1つのローテーションだ」と指摘。「フローの面で起きていることは、東南アジアからの急速な資金流出と、北部アジア、特に韓国と台湾への資本流入だ」と説明する。 大半の投資家にとって、最大の判断材料は近付く米緩和縮小だ。 アセットアロケーションの大きなテーマは、依然として債券から株式への転換となっており、シティのデータによると、8月7日までの1週間における債券ファンドの資金流出額は世界的に22億ドルとなった一方、株式ファンドへの資金流入額は96億ドルとなった。 しかし、日本や米国の株式は価格が上昇しており、投資家が資金の全てをドルや円資産につぎ込むのに慎重となる要因の1つとなっている。 ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズのアセットアロケーションチーム(シドニー)のシニア・ポートフォリオ・マネジャー、マーク・ウィルズ氏は「S&P総合500種企業の売上高は依然さえず、利ザヤを拡大するのが困難となっている」と指摘する。 <最大のリスクは中国> アジア株は米国株と比べて投資妙味がある。 トムソン・ロイター・エスティメーツによると、米国株の1株当たり利益(EPS)は向こう12カ月の予想平均伸び率が9.6%なのに対し、アジア新興国の株式は13.5%、韓国株は17.5%、台湾株は18%となっている。 シティのウッズ氏によると、中国株も2桁の伸びが見込まれている。 目利きの投資家を引きつけるのはバリュエーションだけではない。 これらの国や地域では、米国経済の回復と連動するハイテク製品輸出の影響を受けやすい。資源への依存度が高いマレーシアやインドネシアに比べ、資源価格が低下する局面では強みとなる。 ただ、今のところ北部アジアへの投資をためらわせる要因が多いことも事実だ。 最大のリスクは中国。中国当局が銀行業界や労働市場の改善を進めつつ、景気の急減速を回避できるかが注目されている。 米ドルの上昇が新興国通貨の下落を促す為替差損もリスクと認識されている。 来年における米国経済の力強さへの疑念に加え、貿易に依存したアジアの国・地域が米国経済の回復からどれほどの恩恵を受けられるのか、懸念は残っている。 (Vidya Ranganathan記者 Vikram Subhedar記者;翻訳 川上健一;編集 吉瀬邦彦)
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