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http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPTYE97D02B20130814
2013年 08月 14日 16:37 JST
嶋津洋樹 SMBC日興証券 債券ストラテジスト(2013年8月14日)
デフレ脱却こそがアベノミクスの核心であり、日銀の金融緩和はそのために不可欠な政策だと筆者は考えている。一方、財政政策はそこまで重要ではないとの立場だ。需給ギャップの縮小を通じたデフレ圧力の後退や景気押し上げの効果を否定はしないが、現在の日本ではそのような効果は短期的かつ限定的となる可能性が高い。
したがって、巷間話題の消費増税は、それ自体の景気への悪影響ではなく、駆け込み需要の盛り上がりとその後の反動減で、景気変動幅が拡大することに大きなリスクがあると懸念している。特に黒田日銀の金融政策が期待への働きかけを通じた実体経済への波及を前提とする以上、そうした変動幅の拡大で先行き不透明感が強まることは、できる限り避けるべきだろう。
国内では、国際公約とされる消費増税の延期は金融市場を混乱させるとの見方が多い。筆者も、海外勢のなかにそうしたチャンスを狙っている投機家がいるとは聞いている。しかし、本当のことは良く分からないのが実情だ。そもそも、そうした投機家が日本の政治家やマスコミ、金融関係者などに、収益の源泉である「手の内」をつまびらかにしているとは考えにくい。
ただし、日本と同様に名目国内総生産(GDP)を上回る累積財政赤字を抱えるイタリア政府は6月下旬、付加価値税の引き上げを3カ月延期すると発表。その際、金融市場に目立った混乱はなかった。消費増税の延期が金融市場を混乱させるリスクは否定しないが、それによって日本や世界の経済が壊滅的な打撃を受けるというのは大げさに思える。
<デフレ脱却を遅らせるリスクに要注意>
それでも、金融市場がいったん混乱に陥れば、デフレ脱却にとっては大きな逆風となり得る。日銀の金融政策運営が軌道に乗り出した今、安倍政権がわざわざリスクのある選択肢を取る必要はない。
住宅市場などですでに駆け込み需要が顕在化しつつあること、そして少子高齢化が既定路線で、将来的に消費増税が不可避な一方、政治的にはその決断を下すことが困難であることなどを踏まえると、消費増税の先送りは最終的にメリットよりもコストが大きい。
黒田東彦日銀総裁は先月29日の講演で消費増税について、「成長が大きく損なわれることはない」と発言。今月8日の記者会見でも「(消費増税とデフレ脱却は)両立すると思っている」と強調した。こうした発言は、インフレが主に需給ギャップで決まり、金融政策よりも財政政策の効果が大きいという立場からは理解されにくいだろう。当初は、古巣の財務省への援護射撃との解釈もあった。ただ足元では、消費増税の先送りが日本の財政再建への取り組みに対する内外投資家の失望につながるリスクを意識したという評価に落ち着いたようだ。
消費増税について、黒田総裁と対照的なのが浜田宏一氏および本田悦朗氏の両内閣官房参与だ。この点だけを取り上げ、安倍政権と黒田日銀とで足並みに乱れとの見方もあるが、安倍首相の経済ブレーンと呼ばれる以上、短期的とはいえ、景気に悪影響を与え、デフレ脱却を遅らせるリスクのある消費増税に慎重なのは当然だ。
両者は、消費増税前後の景気変動拡大が企業や家計の期待にとってリスクとなることも意識しているのだろう。足元で税収が増加していることを受けて、安倍首相やその経済ブレーンが消費税率の引き上げ幅の妥当性に疑問を抱き始めた可能性もある。
米国でも今年に入って、景気回復に伴う財政収支の大幅な改善が報告され、米財務省が国債発行額を下方修正した。デフレ脱却を目指すにあたり、「石橋を叩いて渡る」のに越したことはない。
<「賃金上昇が伴わない」は本当か>
理解に苦しむのは、デフレ脱却における金融政策の効果を否定する一方で、需給ギャップ縮小の重要性を主張していた人々の消費増税に絡む言動だ。そうした「需給ギャップ派」はデフレを人口減などの構造や規制などと結び付けて、「仕方がない」「対処法がない」と諦めているのかもしれないが、そうだとすれば、黒田日銀に対する根強い批判と比べて、ずいぶんとあっさりしているとの印象は否めない。デフレはインフレよりも良いと考えているのではないかとすら疑ってしまう。
今さら説明するまでもないとは思うが、持続的に物価が下落するデフレに良い点は何もない。実感からすると、財やサービスの価格が下がる「良いデフレ」の印象が先行するが、実際には経済的な規模が縮小し、税収も落ち込む。
同時に歳出も減らせば財政収支は均衡するが、物価が下がっても既存の借入金残高が減るわけではないので、返済は苦しくなるだろう。社会保障費はもちろん、防衛費など国民国家の安全を守るための資金も細る。デフレやインフレが貧富の格差に与える影響は必ずしも明確ではないが、「富裕税」などの導入で「勝ち組」とされる人々に負担を求める方法は、国全体が縮小均衡に陥っているデフレ下よりも、インフレ下のほうが導入のハードルが低く、効果もあるように思える。
一方、デフレからの脱却は、ハイパーインフレではなく、米英欧などで一般的な2%程度の物価上昇率を目指そうというものだ。日本の物価安定の歴史を踏まえると、米英欧並みの2%は高いとの批判もあるが、主要先進国で日本だけが1%を目指すと表明すると、円高を許容すると受け取られるリスクがある。
実体経済に見合わない円高が輸出競争力を阻害しデフレ圧力を高めることは、リーマンショック後の影響が震源地の米国に隣接し経済的な結び付きも強いカナダではなく、日本のほうが大きかったことからも裏付けられる。
また、物価指数は実態よりも物価を1%程度過大評価する傾向が広く知られている。これは、技術革新を物価下落として評価する手法や、下落しやすい財やサービスほど需要が刺激され、物価指数のバスケットに占めるウェイトが高まることなどが原因だ。
残りの1%は、リーマンショックのような危機により、デフレ圧力が急速かつ大幅に高まることへの「保険」である。この「保険」は、個別の財、サービスの価格が調整する時にも役に立つ。たとえば、金融政策で目標とする物価がゼロの場合、それは平均であって、個別の財やサービスは上昇するものと下落するものに分かれるだろう。
同じことは賃金にもいえるので、目標とする物価上昇率がゼロだと、ある業種での賃金上昇を別な業種での賃金下落で調整することになる。物価上昇率は厳密にはゼロが好ましいとの見方も少なくないが、実際の家計がいくらかの借入金を抱えていることなどを前提にすると、プラスのほうが望ましいと筆者は考えている。
こうしたマイルドなインフレの必要性を説くと、黒田日銀の量的・質的金融緩和策は賃金上昇を伴わない物価上昇を引き起こしているとの批判を受ける。しかし、これが的外れな批判であることは明らかだ。
そもそも賃金という概念が曖昧なのだが、それが主に基本給や職務手当から構成される所定内給与であるとすれば、物価上昇に先行して増加することは通常、想定しにくい。それでも個人消費が回復するのは、政策の転換やそれを受けた資産価格の上昇などを背景に、財布の紐(ひも)が緩むからだろう。米国では、家計部門から始まった回復が企業部門へ波及し、「前向きの循環」につながっていくというパターンが一般的だ。
一方、所定内給与に残業手当などの時間外手当、ボーナスなどの特別給を含む給与総額を「賃金」と考えた場合、その「賃金」は当然、物価上昇に先行して増加するだろう。このことは、主に雇用者数と給与総額で決まる雇用者報酬を「賃金」とした場合にも当てはまる。輸出主導の景気回復が一般的な日本では、このパターンが多い。
今のところ、「賃金」の回復は非常に緩やかなペースで、給与総額がようやく下げ止まりつつある段階だ。ただし、雇用が増加へ転じつつあることで、雇用者報酬の増加基調も定着する可能性は高い。「賃金増加を伴わない物価上昇は続かない」との批判は、今回の景気回復が米国型に近いこと、そうはいっても足元で「賃金」が回復しつつあることを軽視している。
<消費増税に前向きな財政出動論者の矛盾>
最後に言い添えれば、筆者は財政政策で消費増税に伴う景気変動を平準化させることには肯定的だ。しかし、その規模が膨らむにつれて、財政再建へ取り組むという国際公約の意味はなくなる。景気対策の中身が従来のままでは、政府の焼け太りを許すだけに終わる可能性もあるだろう。
消費増税に前向きな一方、その景気への悪影響を財政対策で緩和するとの主張は、消費増税そのものを先送りすることと大差がない。それどころか、非効率な政府部門が拡大した場合、財政再建に対する実質的な取り組みが後退するリスクもあると考えられる。
参議院選が与党の大勝で終わり、衆参の「ねじれ」が解消。それと前後して株価の上値が重くなったこともあり、アベノミクスに注がれる視線は従来よりも厳しさを増している印象だ。安倍政権の消費増税をめぐる決断が最初の試練との見方も多い。しかし、何よりも重要なのは安倍政権、黒田日銀ともにデフレ脱却を目指すという点で首尾一貫していることである。
2%の物価上昇率を家計負担増につながる「悪いインフレ」だと批判し、デフレの原因は主に需給ギャップだと主張する人々が、消費税率を3%も引き上げることに鈍感であること、国際公約順守の必要性を強調する人々が大規模な景気対策を要求することに、筆者は矛盾を感じざるを得ない。
*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントを経て2010年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネージャーとして、日米欧の経済、金融市場の分析に携わる。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
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