02. 2013年8月13日 16:00:18
: 88JBmMxGiU
JBpress>海外>Financial Times [Financial Times] ドイツ経済は欧州最強だが、強さは全く不十分 ユーロ圏の存続と繁栄を保証するドイツの経済的成功 2013年08月13日(Tue) Financial Times (2013年8月12日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)ベルリン市、13年夏からホテル税導入 ドイツには世界中から提言が寄せられる(写真はベルリンの風景)〔AFPBB News〕 欧州経済危機に際してドイツはどう行動すべきかという助言を1つ受け取るごとに1ユーロを徴収する――。そんなシステムをドイツ政府がもし採用したら、ドイツの経常黒字は今以上に拡大することだろう。 ベルリンには世界各地からいろいろな提言が寄せられている。 ユーロ共通債を発行せよ、ギリシャの債務を免除せよ、地中海版マーシャルプランを創設せよ、銀行同盟を立ち上げよ、国内の賃金上昇を容認せよ、財政均衡についてぐだぐだ語るのをやめて財政出動で景気を刺激せよ、といった具合だ。 筋のよいものもあればそうでないものもあるが、どの提言も大事なことを1つ見落としている。ドイツが自身の経済を改革・近代化すれば、それ自体が同国による最も有用な貢献の1つになるという点である。 向こう50年間、年1%程度の低成長しか見込めない経済大国 ドイツは欧州の経済大国として、そしてベルリンは米国人やアジア人が危機克服に向けた思い切った対策を要求しに訪れる首都として描かれるのが通例だ。 だが、それにもかかわらず、ヨーロッパ人も非ヨーロッパ人も同じように、ドイツを寡黙な巨人と見なしている。ドイツが対策を主導したがらないのは、歴史上の犯罪という重荷と、その政治文化に根深く存在する田舎的な偏狭さのせいであると考えている。 ユーロ圏の拠り所であるドイツ自身も実は長期的な難問を数多く抱えていること、もしこれらに対策を講じなければ、欧州の進路を決めるドイツの能力は低下してしまうということは、あまり理解されていない。 経済協力開発機構(OECD)は昨年公表した2060年までの長期経済成長見通し「Looking to 2060」にて、ドイツは2011年から2060年にかけて平均で年率1.1%の経済成長を遂げると予想している。調査対象になった42カ国中ではルクセンブルクに次ぐ低い成長率だ。 また国際通貨基金(IMF)の推計でも、ドイツの潜在成長率は1.25%にとどまっている。危機の間に経済規模が25%も縮小してしまったギリシャや、8四半期連続のマイナス成長に見舞われているイタリアなどの国々ならきっと、自国の不振とドイツの低成長とを喜んで交換したいと言うことだろう。 しかし、ほとんど目に見えない経済成長を50年も続けてしまったら、ドイツは欧州を正面からリードする強さや自信を得られないだろう。 「縮むドイツ」 これに関連する問題の1つに人口の減少がある。ドイツ語で「Schrumpfnation Deutschland(縮むドイツ)」と言われている問題だ。 ドイツの現在の人口は8100万人を超えており、欧州連合(EU)28カ国の中では最も多い。だがEUの人口統計学者らによれば、ドイツの人口は2060年までに約7100万人に減少する。その結果、スコットランドが離脱しない場合の英国やフランスの人口の方が多くなるという。 ドイツの出生率わずかに上昇、新育児休暇制度導入で ドイツの出生率は欧州で最も低い部類に入る〔AFPBB News〕 人口減少の原因は、出生率が非常に低いことと、純移民流入数があまり多くないことに求められる。ドイツの出生率(1人の女性が一生の間に産む子供の人数)は1.36で、欧州では最も低い部類に入る。 そしてそれ以上に重要なのは、この出生率が2.1、すなわち総人口を維持するのに必要な水準を過去30年間にわたって下回り続けていることだ。つまり、ドイツでは今後何年も、ドイツ人の母親になれる人の数が減っていくのだ。 ドイツ政府は出産を奨励しようといろいろな手を打っている。生後12カ月を過ぎた子供全員にデイケア施設への入所を保証するという、最近できた法律もその1つだ。しかし、かつてナチスが子供を産むことを奨励した不愉快な思い出があるこの国では、国家による出産奨励はデリケートな問題だ。 では移民はどうなのか。これについては今月、ドイツのヘルムート・コール元首相が1982年に、当時150万人強だったトルコ系移民を4年以内に半減させる計画を故マーガレット・サッチャー首相に打ち明けていたことが、英国政府の過去の資料から明らかになった。以前からのドイツ国民との統合があまり進んでいないというのが、この計画の理由だった。 まだ厳し過ぎる移民制度 計画は結局実現せず、ドイツの政界での議論や国籍法、社会の見方もその後大きく変わった。昨年には、純移民流入数が36万9000人にまで増えた。 しかし、ドイツの移民制度は今でも厳し過ぎる。EU域外から移民を申請しても、給料の高い仕事に就ける高い技能の持ち主でなければ、入れてもらえないことが多いのだ。エンジニア、情報技術(IT)のスペシャリスト、薬剤師、ソーシャルワーカーなどの専門職が慢性的に不足しているという問題に、ドイツは非常に不適切なやり方で取り組んでいることになる。 ドイツでは人口学的な圧力のために、アンゲラ・メルケル首相(あるいは、来月の総選挙後に誕生するかもしれない新首相)は幅広い分野で改革の実行を迫られている。ドイツの内需はここ数年、主に失業が減ったおかげで増加しているものの、ドイツの経済成長が工業製品の輸出に依存していることはよく知られるところだ。 輸出における成功は、自国の製品市場の開放度を高めたり、サービス業の競争力を引き上げたりすることで補足しなければならない。ドイツのサービス業の中には、小売業のように、先進国の基準に照らせば著しく効率が低いものがある。 切に求められているインフラ、教育、R&D投資 このほかにもインフラ、教育、研究開発(R&D)という3分野で改善が切実に求められている。ドイツが道路、鉄道、水路の改修に投じている金額は、EUの大国の中では最も少ない。北西部のラストベルト(錆びた工業地帯の意)のものに代表される老朽化したインフラは、経済パフォーマンスの足を引っ張っている。 また国内総生産(GDP)比で見ると、ドイツが教育やR&Dに投じている資金は、オーストリア、ベルギー、フィンランド、フランスおよびオランダのそれを下回っている。 ドイツには、成長率を引き上げる改革が必要不可欠だ。なぜなら、ユーロ圏の生き残りと繁栄を最終的に担保しているのはドイツの経済的成功だからだ。確かにドイツ経済は欧州最強だ。しかし、その強さは決して十分なものではない。 By Tony Barber
「東欧解放」と「EU東方拡大」の果て 東西の格差で深まる欧州危機〜北欧・福祉社会の光と影(22) 2013年08月12日(Mon) みゆき ポアチャ 東欧、特にブルガリアとルーマニアで、1990年代以降、主に若い女性が「人身売買」の犠牲になり、性搾取されているということを書いてきた。 ブルガリアの元弁護士によると、「ソ連崩壊以降、1990年代に東欧に非常に劇的な変化が起きた。カネはなくなり、インフラは維持できず機能もせず、そして腐敗と犯罪が横行した。この状況は社会の一切の規範を破壊した。アルコールやドラッグの中毒者が増え、自殺率は上昇し、平均寿命が短縮し、差別による暴力で多くの犠牲者が出た。多くの人が国を出ていった」という。 ソ連崩壊後、ほぼ一夜にしてこれほどの変化が起きたのだ。 「西側」にいる私たちが聞かされてきたことは、「『共産圏』では一切の自由がなく、国民生活は独裁体制に支配され、生産性は上がらず経済効率も悪く、云々・・・」であったのだが、それでも国家機構と社会体制は機能していた。少なくとも国民は自国でまともに食っていくことはできたということだ。 それが体制の解体により一切の秩序がたちまち崩壊し、社会機構が最低限の機能すら保てなくなったわけだ。 今回は、1990年代以降に旧ソ連圏と東欧に何が起きたのかについて書いてみたい。 東欧ブロックの瓦解と「解放」後 世界史の結節点となる東欧諸国での大激震が始まったのは、1989年、ポーランドで「連帯」が政権を奪取した時だ。もちろんそれ以前にも様々な要件があったわけだが、この「連帯」の勝利後、雪崩を打つようにベルリンの壁が崩壊し、東ドイツ、ハンガリー、チェコスロバキアが「民主化」し、ルーマニアのニコラエ・チャウシェスク大統領の銃殺が続き、こうしていわゆる「コミュニスト」主義圏の政権が総瓦解した。 ベルリンの壁崩壊から20年、写真でふり返る熱狂 ベルリンの壁崩壊に世界は喝采を送ったが・・・〔AFPBB News〕 1990年には東西ドイツが統一、バルト3国も独立を宣言し、1991年12月にはミハイル・ゴルバチョフがソ連大統領を辞任、これをもってソビエト連邦は消滅、冷戦は終結した。 その後にやって来たのは自由と平和と繁栄ではなく、経済的混乱と国民のすさまじい貧困化だ。世界的には、ユーゴへの爆撃やアフガン、イラク戦争など、戦火の拡大である。 東欧ブロックの崩壊後に権力を掌握したのはロシア共和国の元首ボリス・エリツィンだ。ウィキペディアには「急進改革派」と書かれているが、エリツィンは急進というよりはほぼ暴力的に資本主義化政策を遂行した。 1992年1月には直ちに「物価自由化政策」に着手、同時に国有企業を次々と民営化し、国際通貨基金(IMF)など「西側」国際機関の助言に従い「ショック療法」と呼ばれる急激な市場主義経済を導入、土地の私有化と土地売買の自由化政策などを強引に導入していった。 これらは「世紀の実験」などと言われたが、これが超インフレ、流通機構の破綻、生産の激減、そして失業の増大などの経済的大混乱を引き起こした*1。 このあたりの事情は、当時ずい分経済書などを読んだのだが、筆者の頭の中では以下のような構図で理解されている。 *1=http://en.wikipedia.org/wiki/Boris_Yeltsin エリツィンは旧体制下の「国営企業体」や「集団農場制」を、無理やり「株式会社形態」に合わせて暴力的に解体・再編した。この過程で国内経済が壊滅的に破壊された。 こうして私的企業や個人農場が形成されたが、本来の「民主化」過程が遂行されたわけではなく、旧体制来の既得権にしがみつき、国営資産を手に入れ「企業経営者」になりすました連中が富をさらに独占した。同時に国民の大多数は経済の混乱の中で無一文になった。 またロシアの場合、国にとって最重要の石油や天然ガスなどのエネルギー部門は、大独占体が現存したまま残り、株式会社化はしたが株式のほとんどを国家が所有するという事実上の国営企業が残存した。軍需産業も農業部門でも、本来の民営化は達成されていない。 つまり筆者の理解では、ソ連「コミュニズム」崩壊後、従来の資本主義的蓄積様式を経ず、強権を発動し旧体制の残存物の上に資本主義政策を打ち立てようとしたために極限的な矛盾と混乱を来し、一切の秩序と国民生活が破壊されたのだ。 他の東欧国では・・・ これがソ連の事実上の後継国家であるロシアで起きたことだが、他の東欧国も同様に、次々と資本主義化政策を導入した。
従来の国有企業が解体され、ドイツやフランス、イタリアなどからの西側資本が大量に投入されて、数年のうちに工業が西側に支配されるようになった。 自動車・鉄鋼産業が中心だが、特に自動車資本が、相次いでポーランド、チェコ、ハンガリーなどに工場建設・移転をして進出した。 ルーマニアを例に取ると、ウィキペディアには「1999年12月、革命10周年に行われた調査によると、6割を超える国民が『チャウシェスク政権下の方が現在よりも生活が楽だった』と答え」ており、また「市場経済の停滞と失業者の増加により生活が悪化したことなどから国民の不満が高まり、各地の工場や炭坑ではストライキが頻発した」と記述されている*2。 http://en.wikipedia.org/wiki/Economy_of_Romania 実際にチャウシェスクがルーマニア共産党政権の頂点で独裁権力を発揮していた1960年代から1980年初頭まで、国民1人当たりの国内総生産(GDP)は急上昇している。
しかし彼が処刑される直前に一気に悪化し、1990年代は低迷したままだ。 国全体のGDP統計を見ても、1990年代は大幅に落ち込んでいることが分かる。つまりブロック崩壊前後に、経済がほぼ一夜にして破綻したのだ。 EUの「東方拡大」がもたらしたもの 1990年代の東欧経済は混乱を極め、破壊された。東欧国は競って「西側陣営」の仲間入りをしようとし、2000年代には多くの国が欧州連合(EU)に加盟した。 東欧国家にとってEUへの加盟とは何だったのか。加盟することによって貧困をはじめとする社会経済的状況は多少でも改善されたのか。 *2=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%82%A2%E9%9D%A9%E5%91%BD_%281989%E5%B9%B4%29 http://appsso.eurostat.ec.europa.eu/nui/show.do?dataset=nama_gdp_c&lang=en 2004年、EUが10カ国(8カ国が旧ソ連圏)を加えて25カ国体制に拡大した。2007年にはブルガリアとルーマニア、今年7月にはクロアチアも加盟を果たし、現在は28カ国という大経済勢力圏に拡大した。
このEU「東方拡大」によって域内での生産要素の移動が進み、新たにメンバー国となった中東欧諸国に、ドイツやフランスなど旧加盟国が投資を集中させ、新たな商品市場、金融市場としてきた。 また、工場設備をどんどん移転させ、自国よりも低い賃金労働力の供給源とされた。つまり、EUの中核国が新入りの周縁国を域内植民地化し、低賃金で収奪・搾取している、といった格好だ。 叶わなかった夢 さらにEUは、加盟のための厳しい財政的諸条件を課した。これについて、ブルガリアのリベラル戦略シンクタンクセンター、イワン・クラスチェフ所長は、フィナンシャル・タイムズにこう話している*3。 「加盟のための条件は苦痛で、我々は非常に苦しんだ。しかし、加盟した今、我々は、全く別の生活を手にできることになっていた。私たちは、ドイツ人のように、少なくともギリシャ人のように生活できると思っていた。しかしそれは決して起こらなかった」 10年以上にわたり、東欧諸国はせめて「ギリシャ人のように」生活するために努力してきた。しかし加盟した先は、安定と繁栄のヨーロッパではなく、不況と危機のヨーロッパだ。 この7月にEUに加盟したクロアチアでは、ザグレブ大学の元政治哲学教授ザルコ・プホブスキ氏が、これもフィナンシャル・タイムズに「EUが葬式をしている最中に」加盟することになったと言っている*4。 同氏が言うように、EUは「拡大」のほぼ直後、2007年には、不動産バブルの崩壊とリーマン・ショックが重なり、大不況に陥った。EUに包摂された中東欧諸国の経済と金融は、以降、恐慌の打撃で破滅的な状況となっている。ドイツやフランス、英国などに移民労働者として「出稼ぎ」に行っていた労働者が、職を失って自国に戻って来、これに加えて自国内での失業もさらに増えている。 その上、これら諸国に大量に流入していた投機資金が、金融危機で一斉に引き揚げられている。2009年2月にはラトビアで政府が倒壊・総辞職し、3月にはEU議長国だったチェコでも内閣が総辞職し、ハンガリーの社会党政権も辞意を表明するなど、EUに加盟する東欧国が次々と経済のみならず政治危機に陥っている。 つまり、EU加盟により貧困や社会状況が解消されるどころか、ますます大きな矛盾を生じさせ、危機を深めているということになる。 東欧の問題は同時に欧州全体の問題でもある。ドイツ、イタリア、フランス、オーストリアなど多くの西欧諸国が東欧に巨額の投資をしている。オーストリアの投資総額はGDPの70%、ベルギーは33%、スウェーデンでも25%という膨大な規模だ。
東欧諸国の「破産」は直接これらの国々の財政危機を招き、欧州経済危機はますます深化する。欧州機構の破綻は、時間の問題かもしれない。 *3=http://www.ft.com/cms/s/0/ddb67b0c-8b2e-11e2-8fcf-00144feabdc0.html#axzz2aQ28Rhp8 *4=http://www.ft.com/intl/cms/s/0/d0b8e790-d800-11e2-9495-00144feab7de.html#axzz2acRad4H8 人身売買に話を戻すと、EUの拡大に伴い、新たな加盟国の市民が従来のメンバー国で「セックス・ワーカー」として登録することが可能になった。ハンガリー、スロバキア、ポーランド、チェコ、ルーマニア、ブルガリアからの多くの女性が、合法労働者として流入した。これによって暴力手配師らの仕事をやりやすくさせ、人身売買の犠牲者数も一気に拡大した。 この4月に出されたEU報告によると、2008年から2010年間にEU域内で取引された、または連れてこられた犠牲者数は18%増加しているにもかかわらず、同時期における有罪判決が13%減少している。つまり、東方への拡大によりEU内での人身売買は、ますます「リスクが少なく儲けが大きい」ビジネスとなっているわけだ*5。 欧州の亀裂 国連のリポートによると、人身売買される犠牲者の出身国は世界127カ国、受け入れ国は137カ国にまたがっている。欧州では、北欧とポルトガル、アイルランドを除き、ほぼ全欧州国が関わっている。 これに「経由国」も含めれば、ほぼ世界中の国が人身売買に関与していることになる。 http://www.unodc.org/unodc/index.html?ref=menutop 上図を見ても分かるように、欧州という地域内に、募集される犠牲者数が多い国と受け入れる犠牲者数が多い国が混在している。赤とオレンジは人身売買される犠牲者の出身国、青と水色は犠牲者が送り込まれる国である。
つまり、車やバスで数十分、数時間で行ける距離に、生きるために娘を売りに出さなければならない母親と、カネで性をいいようにむさぼることができる層が隣り合っているのだ。 この格差が欧州の問題を象徴している。東西の境界に欧州の病巣が巣食っており、矛盾が蓄積されている。歴史が何度も証明しているように、EUと欧州機構が崩壊するとしたら、ここが最初の亀裂になるのだろう。 *5=http://europa.eu/rapid/press-release_IP-13-322_en.htm?locale=en
英国経済:実際の調子はどうなのか? 2013年08月12日(Mon) The Economist (英エコノミスト誌 2013年8月10日号) 英国経済の心強い数字が、根深い問題を覆い隠している。マーク・カーニー英中銀総裁は、そうした問題を和らげる対策を取らなければならない。 良いタイミングをつかむのも才能のうちなら、英国の中央銀行総裁は有能な人物だ。5年の任期でイングランド銀行総裁に任命されたカナダ人のマーク・カーニー氏は、前カナダ銀行総裁としての評価が高いうちに母国を離れた。そして、7月のイングランド銀行総裁就任以来、長きにわたって低迷していた英国経済は、これまでよりもずっと弾みがついているようだ。 これまでのところ、カーニー総裁の判断は、その幸運に劣らず堅実に見える。カーニー総裁が取った最初の大きな行動は、少なくとも失業率が7%に下がるまでは低金利を保つと約束したことだ。この公約により、英国経済は成長を続けるだろう。 出だしは好調だ。だが、カーニー総裁の最大の課題は、英国の企業に融資が流れるようにすることだ。それに失敗すれば、景気回復と自身の評判が危険にさらされるだろう。 信用は簡単には得られない 西欧一の高層ビル「シャード」の展望フロアオープン、ロンドン 英国の景気指標は確かに上向いている(写真はロンドンの街並み)〔AFPBB News〕 一連の明るい数字を見る限り、確かに英国経済は好転していると言える。消費者信頼感の調査は、国民が消費に前向きになっていることを示している。消費が支出の3分の2を占める経済において、これは極めて重要な要素だ。 その他の調査でも、建設、製造、サービス業の分野で、企業経営者の購買計画が記録的な高さであることが明らかになっている。 こうした上昇傾向は、住宅に関する良いニュースによるところが大きい。住宅価格は全国的に上昇し、住宅ローン金利は下がっている。貯蓄の多い人なら、今では1.5%の利率で住宅購入資金を借りられる。ローン資産価値比率(LTV)の高い人でも、利率は急激に下がっている。利子の支払いが少なくなれば、可処分所得が増加する。こうした要素が、消費者の明るい展望と消費の増加の背景にある。 不動産業者、弁護士、銀行は、サービス分野の生産高の中でそこそこの比率を占めていることから、サービス分野の経営者が楽観的になっているのも、これで説明がつく。 問題は、それがいつまで続くかということだ。落とし穴の1つが金利だ。良いニュースが集まり、さらに多くが期待される状況を受け、中銀ウオッチャーは、政策金利の引き上げ時期について憶測を巡らせている。インフレ率が中央銀行の目標である2%を上回っているという事実が、金利の引き上げを正当化する意見を煽っている。 だが、その種の憶測は、自己成就的な予測になることがある。投資家が金利の上昇を心配し始めると、国債の利回りが上昇する傾向があるからだ。国債利回りは借入金利の基準となるため、金利の先行きが不透明であれば、たとえ中央銀行が何もしなくても、住宅ローンや企業債務の利率が上昇する可能性がある。 イングランド銀行、インフレ背景に政策金利を5.50%に - 英国 新総裁を迎え、「フォワードガイダンス」を出し始めたイングランド銀行〔AFPBB News〕 カーニー総裁が米連邦準備理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)に続いて「フォワードガイダンス」を発表したのは、そのためだ。 少なくとも75万人が再び職に就くまでは政策金利を0.5%に保つという約束には、金融システムから不透明さを取り除く狙いがある。失業率は緩やかに低下すると予想されるため、失業率が7%になるには2016年まで、恐らくはそれよりも長くかかるだろう。 このフォワードガイダンスには、特別な「ノックアウト」条項が設けられており、インフレ圧力が強まったり、市場が不安定な様相を呈したりした場合には、総裁は金利引き上げを再検討することができる。 企業の信用収縮が大きなリスク要因 そうした透明性は、歓迎すべきものだ。英国はまだ、金利を引き上げる準備ができていない。失業者は1150万人に上り、うち250万人は、積極的に就職活動をしているにもかかわらず職を得られていない。職に就いている人の多くはパートタイム雇用で、もっと労働時間を増やしたいと思っている。 また、停滞しているのは労働市場だけではない。製造業と建設業も、いまだに2008年のピーク時を10%以上も下回っている。余剰能力がこの水準では、少々成長が続いたからと言ってインフレの暴走につながる可能性は低い。 実際、大きなリスク要因になっているのは、企業に対する容赦ない信用収縮によって成長がかき消されてしまうことだ。最新の統計によれば、家計への貸し付けは2008年のピーク時を0.3%下回る程度だが、企業への貸し付けは22%も下回っている。インフレを考慮に入れれば、実質の下げ幅は32%ほどになるうえ、下落のペースも加速している。 今年1月には、企業への貸し付けの減少率は年率換算で3%だった。6月には、そのペースは2倍を超える7%になった。 そうした信用収縮の一部は、企業の過去の行き過ぎた借り入れに対する自然な反応だ。2000年代半ばには、商業用不動産会社が行き当たりばったりにカネを借りていた。そうした浮かれ騒ぎは不動産という一産業にとどまっていたものの、その余波は広範囲に及んだ。 製造業への融資は大幅に削減され、化学薬品や電子機器を製造する会社への貸し付けは、ピーク時を30%も下回っている。ファッションと食品の分野では、融資がそれぞれ39%、47%ずつ減少した。これらの分野は、特にバブルに沸いていたわけではない。 企業にとって、融資は資材の購入と売り上げの獲得の時間差を埋める手段だ。収益が上がる前に整えなければならない設備の費用は、融資により賄われる。英国の起業率が異常なほど低く、設備投資がここ5年間で34%も減少している理由は、信用収縮にある。 2012年の英国の対国内総生産(GDP)投資比率は、世界159位という恐るべき低さだった。研究開発支出も先進国の最低水準だ。 蛇口を調節せよ 企業に対する信用縮小は、強力な力に支えられている。銀行は株主への配当を増やすために、コストの削減を進めている。時間のかかる事業計画の精査が求められる商業融資は、拡大するにはコストがかかる。コールセンターで住宅ローンを審査する方が、ずっと安上がりだ。 また、貸し手側には、資本水準を高めることが求められている。企業融資の場合、最も安全な住宅ローンと比べて、銀行は最大4倍の資本を用意しておかなければならない。ばかげた新しい住宅購入支援制度(「ヘルプ・トゥー・バイ」)により、銀行が貯蓄額の少ない借り手のデフォルト(債務不履行)から保護されることで、住宅ローンの貸し付けはさらに促進されている。 カーニー総裁は、そうした力を相殺するために、企業向け融資をもっと魅力的なものにする取り組みを強化しなければならない。例えば、住宅ローン市場が好調な今、銀行に低利資金を提供する「融資のための資金供給スキーム (FLS)」の対象を企業向けに新規融資を行う金融機関に制限すべきだ。銀行の帳簿上の対企業貸付残高について、もっと多くをFLSの対象としてもよい。 カーニー総裁が本当に急進的なら、銀行が大量に保有する企業債務を買い上げるだろう。そうした対策はどれも、金融機関のバランスシートを軽くするはずだ。 こうしたアイデアにリスクが伴わないわけではない。不安定な資産の買い上げや保有を強化すれば、中央銀行は最終的に、国民の税金を失うことになるかもしれない。だが、行動を起こさない方がリスクは大きい。 英国の住宅価格は再び上昇しつつあり、家計の債務が膨らみ始めている。こうした状況を維持できるのは、労働者に認められる住宅ローンが、その人の将来の賃金に見合っている場合に限られる。英国が低投資、低生産性、賃金低成長の道にとどまっている限り、そうはならないだろう。 カーニー総裁はちょうどいい時期にカナダを去ったのかもしれない。カナダの住宅市場はミニバブル状態にあると広く認識されているからだ。英国経済を持続可能な方向に導くことができなければ、カーニー総裁は住宅市場を活性化させる術しか知らない中央銀行総裁という評判を得てしまう恐れがある。
「サマーズvsイエレン」は硬貨を投げて決めるべし 2013年08月13日(Tue) Financial Times (2013年8月12日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
米FRB、追加緩和策決定 米国債6000億ドル購入 米連邦準備理事会(FRB)の次期議長の人事が盛んに議論されているが・・・〔AFPBB News〕 ここに、ちょっとした異説がある。バラク・オバマ大統領が米連邦準備理事会(FRB)次期議長に誰を選ぶかという選択を巡る大騒ぎは、議長争いの重要性に反比例している、というものだ。 新議長がローレンス・サマーズ氏であろうがジャネット・イエレン氏であろうが大した違いはない。世界――そして米国経済――は回り続けるという。 2つ目の異説を紹介しよう。イングランド銀行でマーク・カーニー総裁が打ち出した注目度の高い金融政策変更は、些細なことに関する空騒ぎだ。金利についてフォワードガイダンスを出すという新総裁の青写真は、答えを出す疑問と同じ数だけ新たな疑問を呼ぶ。これが英国経済の軌道に与えるインパクトは、「取るに足りない」と「ゼロ」の間のどこかに入る。 金融市場の馬鹿げた仮説 中央銀行総裁は新たな宇宙の覇者だ。今のムードに従うと、政治家は信用できず、商業銀行の幹部らはペテン師だ。となると、国民の信頼を集めるのは中央銀行ということになる。筆者は中央銀行に何も含むところはない。中央銀行家は多くの場合、経済理論に惑わされているが、全般的に見れば、知性の高い人々だ。多くの人(全員ではない)は名声や富よりもプロ意識と公務を重んじる。 問題が生じるのは、中央銀行家が超自然的な資質を持つ時である。サマーズ氏かイエレン氏かという議論や、カーニー氏のロンドン着任を迎えた大騒ぎの大半は、彼らが哲学者の墓碑の番人だという、金融市場にありがちな馬鹿げた仮説に基づいている。実際には、中央銀行家の役割は、インフレのペースを賢明に抑制し、銀行と金融システムの安定に目を光らせることで害を防ごうとすることだ。 我々が今や嫌と言うほど知っているように、中央銀行家は金融崩壊前の数年間、この2番目の仕事に惨めなほど失敗した。彼らの過ちは、新しい金融資本主義、すなわち、市場が自由に行動することを許されたらすべてがうまくいくという考えを崇拝したことだった。世界を破壊した責任を負う悪漢の陳列室は込み合った場所だが、どのように並べても中心に来るのは、前FRB議長のアラン・グリーンスパン氏だ。 重大な緊急事態が起きた時には、中央銀行は効果を発揮することがある。FRBは、事態を収拾してくれるベン・バーナンキ議長がいて幸運だった。1930年代の大恐慌の教訓に同氏ほど精通している政策立案者はほとんどいない。バーナンキ氏は、正しい決断を下す知的な自信と個性を備えていた。 よそに目を向けると、ユーロ圏諸国の政府の政治的麻痺状態から政策を救い出すことでユーロを守ったのは、欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁だと言う人もいる。筆者の見るところ、それは言い過ぎだ。重大な決断は、ドイツ連銀の反対をおしてECBを支持したドイツのアンゲラ・メルケル首相の政治的決断だった。 ドラギ氏も確かに一定の役割を果たしたが、ユーロの未来は今も政治家の手に委ねられている。国の政策立案の主要なレバーも同様だ。 どちらが新議長になっても大差なし インド中銀総裁にラグラム・ラジャン氏を任命したことは、インド経済を救うことにはならない。同様に、新たな非常事態がなければ、FRBが下す決断も大きなものにはならない。サマーズ氏の資質はよく知られており、特にサマーズ氏自身がよく知っている。イエレン氏の方が地味な候補に見えるが、同氏も自尊心のなさには苦しんでいないと言われている。 後継を巡る騒ぎにもかかわらず、どちらかの候補が根本的に異なる方向に踏み出すという証拠を筆者は見たことがない。 カーニー氏について言えば、同氏はカナダの首相になりたいと考えている。カーニー氏には政治家の運があるかもしれない。英国経済がちょうど復活しているように見えてきた時に、ロンドンに着任した。前任者との比較の点でも幸運だった。マーヴィン・キング前総裁は、信用バブルの最中に居眠りをしており、バブルが崩壊した時に対応策を講じるのが遅過ぎたという非難を払拭できなかった。 カーニー氏が英国の借り入れコストがしばらく上昇しそうにないという合図を市場に送ることは正しい。だが、金利を失業の明確な水準と定型的に結び付けるやり方は必然的に極めて多くの予測上の不確実性と注記事項を含むため、フォワードガイダンスというよりは、フォワードゲッシングに似たものになる。それよりは全般的な意思表明の方が良かった。 いずれにせよ、英国経済が直面する恐ろしいほどの構造問題は、金利を多少いじることで解決できるものではない。 翻ってワシントンでは、オバマ大統領は、サマーズ氏とイエレン氏の政策の違いを見つけるためには「サラミを非常に薄く切らなければならない」と認めた。では、大統領は誰を選ぶべきなのか? 簡単だ。コインを投げればいい。 By Philip Stephens
|