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景気が回復して給料が上がる――。第二次安倍政権の発足後、人々はアベノミクスに対してそんな期待を抱いてきた。先頃参院選で自民党が大勝し、何のしがらみもなく政策を行える状況になった今こそ、アベノミクスの真価が問われている。日本の賃金は本当に増えるのか。だとしたら、いつ頃からその兆候は見え始めるのか。雇用事情に詳しい杉浦哲郎・みずほ総合研究所副理事長は、賃金の本格的な回復には日本経済の構造変化が不可欠と説く。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 小尾拓也、林 恭子)
15年間で増えたのは非正社員ばかり
雇用の安定が失われ賃金は低下を続ける
――アベノミクスで、景気回復への期待が高まりつつあります。そんななか、企業で働く社員の最大の関心事と言えば、「自分の給料は上がるのか」、また「上がるとしたらいつ頃から上がり始めるのか」ということです。近い将来、実際に給料が上がる見通しはあるのでしょうか。
これまでの経緯を見ると、すぐには難しいかもしれません。過去の雇用と賃金の推移を考えましょう。金融危機が起きた1997年から2012年までの時間軸で見ると、この15年間に実質GDPは9.4%成長しています。
この期間、雇用者数も増えています。ただしその内訳を見ると、正社員が472万人も減った一方で、非正社員は逆に661万人も増え、雇用者全体の3分の1超に及んでいます。
こうして、雇用者全体の中で賃金の低い非正社員が占める割合が増えた結果、ピークだった1997年からの15年間で、名目賃金は12.8%減少。実質賃金も9.2%減りました。
つまり、経済は成長したけれど増えた雇用は全て非正社員だった。その結果雇用の安定性は失われ、生活水準も大きく下がったというわけです。
2000年代中盤の小泉政権時は、戦後最長の景気回復期でしたが、雇用機会が減ったので、賃金の押し上げにはつながらなかった。さらに2008年のリーマンショックを機に、労働者の賃金はますます低下。安倍首相が政権に返り咲く直前まで、このような状況が続きました。
こうして見ると、雇用機会の減少や賃金の低下は、構造的な問題と言えます。これまでなぜ賃金が下がり続けたのかをよく分析しないと、「アベノミクスで給料が増える」という見通しは、一概に立てられません。
景気が良くなれば給料が増える
という考えはもう当てはまらない
――足もとの状況は変わりつつあるのでしょうか。景気回復期待もあり、今年の春闘では、定期昇給、ベースアップ、一時金の引き上げなどに動く企業が増えた印象があります。
安倍首相が大企業に対して賃上げの要請をしたため、電機、自動車、造船、機械、小売りなどの一部の企業が春闘で定期昇給、ベースアップ、一時金の引き上げに応じましたが、今後もこうした企業が継続的に増えるかどうかは不明です。
それに、春闘で一時的に賃金が上がっても、労働者の実際の賃金が増えるとは限りません。実は、1980年以降の春闘の賃上げ率と、法人統計ベースの1人あたり人件費の推移を比べて見ると、この15年間、累積の春闘賃上げ率は30%前後増えたのに対して、企業の1人あたりの人件費は15%前後も減少しているのです。
景気がよくなると「春闘で賃上げ率を上げよう」という動きが出ますが、企業は非正社員を増やすなどして他の部分でコストカットをしているので、全体として賃金は上昇していないということです。
つまり景気と賃金の連動性は、一時金などを除けばすでにかなり緩くなってきている。だから、労働分配率(企業が新たに生産した付加価値全体のうち、そのための労働の提供者に分配された比率)が下がっているのです。「景気が良くなれば給料が増える」という考えは、今や当てはまらなくなっています。
――そもそも、賃金がなかなか増えない構造的な問題とは何ですか。
理由は色々ありますが、経済構造や市場要因などのマクロの問題と、企業が抱えるミクロの問題に関して、大きく4つの問題があると見ています。
マクロの問題から見ると、第一にグローバリゼーション、技術革新、新興国との競争、デジタル革命などによる経済構造の変化があります。こうした流れの中で、先進国では中間層の雇用が機械に置き換わり、低賃金の雇用しか生まれなくなっている。最近では中国でも同じ状況が起きており、世界的に見て賃金が上がりづらい状況です。
経済は分厚い中間層が生まれないと、なかなか安定的に成長しない。野田前内閣や米国のオバマ政権は、「分厚い中間層をつくる」と唱え続けて来ました。これは正しい認識だと思いますが、安倍政権になってからこの言葉が出て来ません。
第二に、市場要因。よく「日本企業はお金を溜め込み過ぎ」「内部留保を投資や雇用に回せば、企業も経済も成長する」と言われますが、それはロジックが逆です。不確実性が高まるなか、お金を手元に置いておかなければいけない状況だからこそ、企業は投資も雇用も絞って、内部留保を厚くしてきたわけですから。
とりわけリーマンショック以降、日米欧の企業は「金融危機のトラウマ」を抱え、とにかくお金を使わないようにしてきた。金融危機下では、企業が市場や金融機関から資金を調達できず、資金が回らなければ、黒字企業だって経営破綻しかねない。だから、十分な手元流動性を積み上げるために、雇用や投資を抑制するしかなかったのです。
社員の給料が増えない原因は
制度要因と古い労働力観にある
――では、企業が抱えるミクロの問題とは何ですか。
まずは制度要因。これまで中堅・大企業では、中高年正社員の雇用を守るのが大前提になっていた。これは正社員の既得権益であり、なかなかなくなりません。その中で労働コストを下げるために、若者の採用を抑制する、非正社員を増やす、という選択肢が出てくる。そうなると、いつまでも非正社員が増え続け、全体の賃金は減り続けます。一方で正社員も、厳しい人事評価や能力給が導入され、賃金が下がっていく。賃金の下押し圧力はこうして続きます。
米国のように、自分のスキルを生かして自由に転職できる環境があればいいですが、日本は転職市場を支えるインフラが不十分。その人の経験や能力などのスキルを客観評価する仕組み、企業が必要とするスキルを身につけるための職業訓練や職業紹介の仕組みが十分とは言えない。また、欧州のように同一労働・同一賃金が確立されておらず、正社員と非正社員の賃金格差はすごく大きい。企業にとっては、安い労働力をフレキシブルに使えるわけだから、非正社員が減る兆しはありません。
2つ目は古い労働力観です。日本企業の多くは、いまだに労働力を「抑制すべきコスト」と捉えています。以前は賃金を含むコストに適正利潤を乗せて、モノやサービスの価格を決めていました。ところがグローバル競争が激しくなってからは、最初にグローバル市場で競争できる価格を実現することが求められるようになった。
そこから適正利潤を引いて、その結果コストをいかに減らすかという発想になりました。そのため最大の労働コスト、すなわち賃金がどんどん削られるようになったのです。
今窮地に陥っている家電業界の例を見てもわかる通り、その背景には、潜在能力を生かすビジネスモデルをきちんと構築して来られなかったことがあります。競争の激化でモノづくりから生まれる付加価値がどんどん低下しているにもかかわらず、「モノづくり」に過度に依存したビジネスを続けたため、世界でナンバーワンの製品をつくり続けても低収益に甘んじています。
たとえば、大手から製品を外注し、ロボットを使って製造の効率化を目指す台湾のホンハイ(鴻海精密工業)などは利益率が下がっていますが、彼らにiPadやiPhoneの製造を外注し、自分では開発に集中し、実際のモノづくりをしないアップルの利益率は上がっています。
付加価値を生めないモノづくりが
雇用や賃金が増えない最大の要因
つまり、モノづくり自体よりも「モノづくり+α」「モノの価値を高めるα」から生まれる付加価値が、製造業の儲けの中心になってきた。その結果、旧来のモノづくりの現場で働く人たちの賃金は安くならざるを得なくなりました。
賃金の低下圧力は、厳しい世界競争に勝ち残るために、グローバルサプライチェーン(系列化)が発達したことで、さらに加速しました。系列内の企業は、「業績が厳しいからコストを下げてくれ」と親会社に言われれば、自分たちも引き下げざるを得ないからです。
そんななか、これから付加価値を生み出すのは、働く人の「頑張り」「知恵」といった人材の力。そこに高い報酬を払うべきです。「付加価値を生む源泉はヒト」という認識を失った日本企業の労働力観こそ、実は賃金低下の最大の要因だと思います。
これまで述べた4つの要因がない混ぜになって、雇用や賃金が増えない状況が続いています。だから、こうした構造的な問題が解消されないまま、アベノミクスで給料が増えると考えるのは、難しいと思うのです。
http://diamond.jp/articles/-/39984?page=5
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