03. 2013年8月08日 09:17:31
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野口悠紀雄「日銀が引き金を引く日本崩壊」 【第16回】 2013年8月8日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] トヨタの大幅利益増は継続するか? ――シミュレーションモデルによる評価 2013年4−6月期の上場企業の利益は、前年同期に比べて大きく増加した。利益増がとくに顕著なのが、自動車産業だ。営業利益は8社合計で1兆1659億円にのぼり、前年同期に比べて約6割の増加となった。7社合計の円安による増益効果は5101億円と推計されている。トヨタ自動車の14年3月期通期の税引き前利益は2兆300億円(前期比45%増)となり、リーマンショック前の状況を取り戻すだろうと予測されている。 こうしたニュースを聞いていると、自動車産業は、円安によって順風満帆の状態にあるように見える。しかし、中身を詳細に点検すると、さまざまな問題が浮かび上がる。 利益の状況は会社によって大きく違う 自動車大手3社の売上と営業利益の状況は、図表1に示すとおりだ。つぎの2点が注目される。 第1に、売上高は、各社とも対前年比15%前後の増加で、あまり大きな差がない。ただし、増加率は円安による為替の減価率には及ばない。これは、販売台数が減ったことを意味している。 第2に、営業利益の動向は、会社によって大きな差がある。トヨタが前年比87.9%の増であったのに対して、ホンダは5.1%増に過ぎず、日産自動車は、中国合弁会社比例連結ベースでは2.2%減だ。 このように、「円安を追い風として絶好調」と言われる自動車産業も、詳しく見るとさまざまな問題を抱えているのである。 拡大画像表示 まず第1点を見よう。
為替レートは、2012年6月にはほぼ1ドル=80円であったが、13年6月にはほぼ1ドル=100円になった。したがって、減価率は25%だ。仮に、販売台数が昨年から不変であるとすれば、輸出と海外生産の売上高は、25%増加するはずだ。しかし、実際の売上高増加率は、これに及ばなかった。これは、販売台数が減ったからだ。とくに、国内販売の減少が著しい。 このように、自動車産業が直面する基本的な問題は、販売台数の減少だ。今回は、円安進行によって救われたのだが、それがいつまでも続く保証はない。 第1に、仮に円高に戻らなくとも、為替レートが安定的になれば、円安進行による利益増加効果は剥げ落ちて、販売台数減の影響がもろに効くことになる。 第2に、為替レートが再び円高に戻らないとは言えない。(1)昨年秋以降の急激な円安は投機によって引き起こされた可能性が高いこと、(2)日本の物価上昇率が他の先進国より低いので、購買力平価の観点から長期的には円高にならざるを得ないこと、を考えると、円高への転換は大いにあり得ることだ。 そうなれば、今期に生じたことと正反対の事態が生じることとなる。 つぎに、第2点について考えよう。 トヨタと日産について、輸出、海外生産、国内販売のウエイトを決算書から計算すると、図表2のとおりだ。 拡大画像表示 ここにはっきりと示されているように、トヨタは、輸出の比率が高く、全体の中での輸出のシェアが、日産の2倍以上になっている。
それは、日産に比べて、海外生産の比率が高まっていないからである。日産は、海外生産の比率が高いために、輸出のシェアが低くなっている。なお、ホンダは、国内生産台数と海外生産台数の区別が不明なので、図表2の計算ができなかった。ただし、ホンダの構造は、日産のそれと類似している。 売上高増加率に3社で大きな差がないにもかかわらず、営業利益増加率に大きな差があるのは、このように、輸出の比率、海外生産の比率が異なるからだ。 以下にシミュレーションモデルで詳しく示すように、円安による利益率上昇が最も著しいのは、輸出だ。それに対して、海外生産からの利益は、基本的には為替の減価率に等しいだけ増加するだけである。 したがって、トヨタは、円安によって利益が急激に増加する構造になっているわけだ。今期においては、それがはっきりと表われた。 シミュレーションモデルによる評価 以下では、円安が売上や利益に与える影響を、モデルを用いて分析しよう。これによって、数値を観察しているだけではわからないメカニズムが明らかになる。 なお、以下で述べるのは、本連載の第4回で示したシミュレーションモデルに対して、つぎの修正をほどこしたものである。 (1)原価中の輸入によるものの比率fをゼロとする。自動車産業の場合には、近似として、こう仮定することが許されるだろう。 (2)数量の変化を考慮に入れる。以下で明らかになるように、輸出量が減少していることが重要であるため、こうした扱いが必要になる。 (1)輸出 今期の輸出台数をx、前期の輸出台数をx'とする。簡単化のため、1台当たりの円表示の価格を1とし、これは不変であるとする。原価率を(1-q)とし、今期と前期で変化はないとしよう(qは、売上高営業利益率となる)。 今期は、台数の変化とともに、円安のために1台当たりの円表示輸出額がeの率で増えることの影響がある。したがって、輸出額は、x'から(1+e)xに増加する。増加率は、(1+e)(x/x')-1だ。x/x'=1であれば、eになる。x/x'<1であれば、輸出額の増加は、為替レートの減価率に及ばないことになる(後に見るように、日産はこうした事態にある)。 円安が原材料コストを上昇させる効果を無視すれば、原価は、前期が(1-q)x'、今期が(1-q)xだ。したがって、輸出からの営業利益は、円安前のqx'から(q+e)xに増加する。増加率は、(1+e/q)(x/x')-1だ。x/x'=1であれば、e/qだ。営業利益率qが5%の場合を考えると、e=20%の円安で、増加率は400%になる。このように、輸出からの利益は、円安によって非常に大きく増加するのである。x/x'<1であれば、増加率はこれより低くなる。しかし、1割程度の減少であれば、増加率は依然として高い。 ところで、x/x'<1+eの場合、輸出額は減少する。それにもかかわらず利益が増加するのは、奇妙なことと考えられるかもしれない。これは、輸出数量の減少に比例して原価も減少すると仮定したからである。実際には、原価の中には固定的なものもあるから、輸出数量が減少しても、原価はそれに比例しては減少しないかもしれない。 極端なケースとして、輸出数量が減少しても原価は(1-q)x'のままで不変と仮定すれば、輸出からの営業利益は、円安前のqx'から(1+e)x-(1-q)x'になる。増加率は、(1/q)[(1+e)(x/x')-1]だ。(1+e)(x/x')<1なら、増加率はマイナスとなる。 輸出が大幅に減る場合は、コスト削減は難しいから、こう考えるほうが自然だろう。実際の増加率は、これと、先に述べた(1+e/q)(x/x')-1の間になるだろう。日産についての計算では、両方の場合を示した。 (2)海外生産 海外生産に関しては、つぎのようになる。今期の生産量がf、前期がf'であり、原価率が(1-q)であるとする。 円建てで評価すれば、減価率eの円安で、売上高がf'から(1+e)fに増加する。増加率は、(1+e)(f/f')-1だ。f/f'=1の場合には、eとなる。 円で評価した営業利益は、円安前のqf'から(1+e)qfに増加する。増加率は、(1+e)(f/f')-1だ。f/f'=1であれば、eだ。e=20%の円安では20%だから、輸出の場合の20分の1でしかない。 (3)国内販売 国内販売に係わるものについては、売上高も利益も円安によって影響を受けない。したがって、今期の販売量がd、前期の販売量がd'とすれば、売上高はd'からdになる。増加率は、d/d'-1だ。利益は、qd'からqdになる。増加率はd/d'-1だ。 以上をまとめると、つぎのようになる(図表3を参照)。 総売上高は、円安前のx'+f'+d'から、減価率eの円安によって、d+(1+e)x+(1+e)fに増加する。 営業利益は、円安前のq(d'+x'+f')から、減価率eの円安によって、qd+(q+e)x+(1+e)qfに増加する。 拡大画像表示 日産は輸出が減益
ここまで述べたシミュレーションモデルに、各社の実際の値を代入してみよう。 図表2のデータを図表3のモデルに代入して計算すると、図表4のようになる。なお、為替の減価率(円安による円換算受取額の増加率)としては、先に述べたように、e=0.25とする。また、qについては、2012年4-6月期と13年4-6月期の平均をとり、トヨタは0.085、日産は0.0516とした。 拡大画像表示 (1)トヨタ自動車
トヨタは国内販売額の落ち込みが8.8%になる。他方で、海外生産は増えている。その結果、全世界生産台数は昨年からほとんど変わらない。輸出台数はほとんど不変だったが、円安効果で輸出額は約26%増加した。 モデルの計算では、売上高が20.1%増、利益が84.3%増になるはずだ。売上高増加率は現実よりやや過大だが、利益増加率は、現実の数字とほぼ一致している。 (2)日産自動車 輸出の落ち込みが大きい。ただし、輸出台数は28%減だったが、円安のため、輸出額は10%減にとどまった。 原価が調整できるとした場合のモデルの計算では、それでも、輸出の利益は320%増となるはずだ(輸出額が減るのに利益増加率がトヨタより高いのは、qの値が低いからだ)。全体としての利益増加率は84.8%となる。 しかし、実際には減益となっているので、先に述べた硬直的コストを仮定すべきだろう。その場合には、輸出からの利益はマイナスになり、全体の利益は7.7%増にとどまる。日産の現実はこれに近いのではないだろうか? 新聞等の解説では、日産の減益は、世界販売台数のほぼ半分を占める米中市場の不振のためだとされる。とくに、日本メーカー中で最大シェアを持つ中国において、尖閣問題等のために販売が5%減少したことの影響が大きいとされる。 しかし、中国の販売の大部分は現地生産であり、データで見る限り、現地生産は増えている。 問題は、ここで示したように、輸出が減っていることなのだ。つまり、輸出の比率が低いことが問題なのではなく、輸出量が大きく減少したことが問題なのだ。 トヨタのジレンマ:輸出か海外生産か 以上をまとめると、つぎのとおりだ。 トヨタの場合、全体の営業利益率がきわめて高い伸びを示したのは、輸出からの利益が高い伸びを示したからだ。台数は増えていないのだが、円安によって円換算の輸出額が増加したためである。 つまり、「トヨタの利益が伸びたのは、海外移転が進んでいないからだ」という皮肉な結果になっている。 自動車産業は、海外展開を進めようとしている。すると、円安によって利益率が高い伸びを示すという構造は続けられない。つまり、長期的な観点から言えば、生産の海外シフトを積極的に進めたいのだが、そうすると、円安による輸出利益の増加を享受できない。これはジレンマだ。 日産が減益になったのは、輸出量が大きく落ち込んだからだ。円安であるにもかかわらず、輸出台数の減少率が円安率を上回り、この結果、輸出額が減少した。そして、コストをそれに合わせて削減できなかったために、輸出からの利益が大幅なマイナスとなったのだ。このように、円安であっても、輸出が減益要因になる場合があり得るのだ。 また、為替レート自体が変動する。すでに述べたように、今後円高に振れる可能性がないわけではない。そうなると、輸出台数が減少しなくとも、輸出が減益要因になる。実際、トヨタの利益は、リーマンショック後に大きく減少し、赤字となった。輸出依存度が高いトヨタの収益構造は、為替レートの変動によって大きく変動する構造になっているのである。 つまり、輸出に依存することが望ましいとは必ずしも言えないわけだ。トヨタ型の収益構造は、この点でも問題を含んでいる。 http://diamond.jp/articles/print/39920 |