03. 2013年8月07日 07:22:28
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中国経済は良好な状態〜まずは価格改革の実行に着手か習近平政権は「改革・開放路線」からギアチェンジへ 2013年8月7日(水) 森 永輔 中国経済の成長鈍化が懸念されている。 2013年4〜6月期のGDP(国内総生産)成長率は前年同期比7.5%で、1〜3月期の7.7%から落ち込んだ。製造業は不振をかこつ。1〜6月の発電量は同4.4%増にとどまった。輸出は6月、1年5カ月ぶりに前年同期比の実績を割り込んだ。その背景には人民元高、賃金上昇などによる輸出競争力の低下がある。 「影の銀行」を起点とする信用リスクも指摘される。金利5〜10%の「理財商品」を使い高利で集められた資金は、成長を生み出さない“無駄”な投資に投入されており、これがデフォルトに陥る危険を指摘する声もある。 中国経済の現状と今後の展望について、キヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之・研究主幹に聞いた。 (聞き手は森 永輔) 中国経済の現状をどのように見ていますか。 瀬口:実は、私は懸念していません。4〜6月期のGDP成長率は7.5%で、1〜3月期に比べて弱含みました。しかし、7.5%というのは中国にとって居心地の良い状態だと思います。成長がもっと強くなり8%を超えると、インフレを警戒する必要が出てくるからです。 瀬口 清之(せぐち・きよゆき)氏 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 1982年、東京大学経済学部を卒業し、日本銀行に入行。2004年、米国ランド研究所に派遣(International Visiting Fellow)。2006年に北京事務所長、2008年に国際局企画役。2009年からキヤノングローバル戦略研究所研究主幹。2010年、アジアブリッジを設立し代表取締役。 現在は雇用に対する需要がかなり強い状態です。成長率がさらに高まると、賃金の上昇をもたらし、コストプッシュ・インフレをもたらす可能性があります。賃金の上昇は可処分所得の増大につながり、消費の拡大、ひいてはディマンドプル・インフレにもつながります。
中国ではサービス産業が著しく成長しています。サービス産業は製造業に比べて、コストに占める人件費の割合が高い。このため人件費の上昇は従来以上に大きな影響をもたらします。 影の銀行問題がクローズアップされ、「中国発の金融危機が起こるのでは」との懸念が高まっています。 瀬口:それについてはあまり心配していません。今、よく耳にするシナリオは、影の銀行を資金源とするバブルの形成→バブルの崩壊→景気の失速→金融破綻だと思います。 このシナリオには3つの前提があります。第1は、景気が減速から失速に向かっていること。第2は、バブルが起きていること。3つめは短期金利の上昇によって金融機関の経営状態が深刻に悪化することです。現状は、このいずれの前提も満たしていないと分析しています。 第1の前提について、この可能性はかなり低いと思います。現在は雇用情勢も良く、物価も安定しています。 消費者物価指数の伸びは5月が2.1%、6月が2.7%でした。 そうですね。さらに、マクロ経済政策は中立状態にあり、習近平政権は臨機応変に対応することができます。インフレ圧力が高まれば引き締めることが可能だし、失業が増えれば景気刺激策を打つことができる。
第2のバブル崩壊について。2013年上半期の不動産価格の上昇率は10%台前半でした。上海だけは20%を超えて目立っていますが、北京は10%、広東省は12%。内陸部は10%に達していません。中国の2013年の名目GDPの伸びは10%程度でしょう。この値と比べれば、不動産価格の上昇率は正常の範囲内であり、不動産バブルが起きているとは言えません。 日本がバブル状態にあった80年代半ば、東京の住宅地価格の上昇率は1984年から86年にかけての2年間で300%、商業地では340%を記録しました。 バブル時代の日本の数字に比べて、現在の中国の数字はずっと小さいというわけですね。第3の前提についてはどうでしょう? 瀬口:6月に銀行間の短期金利が13%に達したことが問題視されています。しかし、これは中国政府が金融全体を引き締めたわけではありません。理財商品などに関わった一部の行儀の悪い銀行に対して、市場を通じて制裁をしたということでしょう。 中国の金利は規制金利です。引き締めるならば、中国人民銀行(中央銀行)は銀行の貸出金利を引き上げるはずです。しかし、そのような動きはありません。従って、銀行の調達金利が上昇→銀行の利ざやが大幅に縮小して経営状態が悪化→金融破綻という展開はあり得ません。 考えられるもう1つの展開は、融資の返済が滞ることでしょう。不動産開発、インフラ建設関連融資は厳しく監督されているため、焦げ付いたとしても小規模にとどまると見られています。鉄鋼、造船など過剰設備を抱えている業種では焦げ付きリスクが懸念されています。しかし、現在景気全体としては良好な状態にありますので、銀行にとって吸収可能な範囲内と見られています。 中国の銀行における不良債権比率は約1%と公表されています。この値が今後上昇する可能性はありませんか? 瀬口:理財商品の残高は日本円で約200兆円と言われています。このうち焦げ付く可能性のあるものが20%、実際に焦げ付くものがその10%と仮定すると、200兆円の2%で4兆円というところでしょうか。実際の損失はそれより小さいと思われます。 中国の銀行の純利益水準は大手5行の合計だけで10兆円以上です。仮に4兆円が焦げついたとしても、十分に耐えることができると思います。 30年ぶりの政策転換へ 習政権がこのようにマクロ経済をうまく運営できているキーパーソンは誰なのでしょう。 瀬口:習近平と李克強です。この2人の意見が一致していることが、マクロ経済政策全体の良好な運営を可能にしています。 経済政策に関する両氏の判断力・決断力について、やや不安視されていました。しかし、この3カ月間の2人の動きを見て、政府内の行政官上層部に安心感が生まれています。 この2人の下で、現場のキーパーソンとなっているのが、国家発展改革委員会で副主任を務めている劉鶴だと見ています。同氏を中心に、同委員会と中国人民銀行、財政部が緊密に連携している。 習政権は今の状況を維持して、次の段階に歩みを進めると見ています。 次の段階ですか。 瀬口:はい。胡錦濤政権は取り組むべき改革をすべて先送りしてきました。これに着手するでしょう。具体的にはケ小平が改革・開放を始めて以来30年間続けてきた「成長」路線を改め、「生活の質」と「社会の安定」を重視する改革です。 この改革を実行しないと、習政権、いや共産党政権の基盤が危うくなるでしょう。中国の人心は共産党からかなり離れています。 これまで共産党政権は高度経済成長を実現することで、その正統性を何とか保持してきました。その経済成長がこれまでのように「2ケタ」というわけにはいかなくなる。安定成長を実現するためには「量から質への転換」が必要というわけですね。 瀬口:その通りです。中国はこれからミドルインカム・トラップ(中所得国の罠)に挑戦しなければなりません 。このためにも国内市場を安定的に成長させることが必要になります。 この30年ぶりの大改革の最初の山は、秋に予定されている第18期中央委員会第3回全体会議(3中全会)になるでしょう 。ちょうど今頃、習近平、李克強をはじめとする幹部の間で方針転換に関する大激論が戦わされていることでしょう。その結果が3中全会で表われると思います。 具体的にはどんな施策が進められるのでしょう。 瀬口:重要課題は国有企業改革、所得格差の縮小などです。これらの改革は、既得権益層、富裕層の抵抗が強く実行は容易ではありません。比較的取組みやすいのは価格改革だと思います。対象は電力、ガソリン、液化天然ガス(LNG)、水などです。 電力を例に説明しましょう。中国は電力の70%を、石炭をエネルギーとする火力発電で賄っています。石炭の国際価格は上昇しています。しかし、中国政府は電力料金を政策的に抑えています。電力会社は発電すればするほど赤字になる状況に陥っています。これでは安定的な供給は望めません。供給が滞れば、当然のことながら、経済にネガティブな影響が出る。同様のことがLNGでも水でも起きています。 もう1つ、ガソリンについてお話ししましょう。中国のガソリンの質は良くありません。この状態を続ければ、環境に対して深刻な悪影響を与えることになります。これを避けるためガソリンの質を上げなければならない。そのコストは当然、価格に転嫁されます。 なるほど。安定成長を続けるために、現在はいびつな形で形成されている「低い価格」を適正な水準に引き上げていかなければならない。 瀬口:中国の場合、物価上昇率が4%に達したら「インフレ懸念」。5%になったら「警戒」、そしてすぐに「引き締め」でしょう。ですから4〜5%になったら怖くて価格改革はできません。現在の物価上昇率は2%台です。この状態で安定させることができれば、価格改革に取り組むための素地ができるわけです。 習近平国家主席は一連の構造改革をどのくらいの期間で進める考えでしょう。任期である10年いっぱいでしょうか? それとも前半の5年で? 瀬口:5年では変えられないものも多いでしょう。1つの目安は2020年頃ではないでしょうか。2020年頃を機に、中国経済は成長エンジンが弱まります。それまでに改革を実行し、備える必要がある。 2020年頃に3つの大きな動きが見込まれます。第1に都市化のテンポが顕著に鈍化します。そうなると、住宅はもちろん、消費にもネガティブな影響が出ます。 第2に、高速道路や高速鉄道などの大規模インフラ整備がほぼ終わります。内陸部の主要都市である西安、重慶、成都、武漢を結ぶ高速鉄道が2018年までにほぼ完成する予定です。これ以降は内陸部の成長もスローダウンするでしょう。 第3として、労働人口の減少が加速します。雇用の需給が逼迫すると、成長率を4〜5%に抑えないとインフレに陥ってしまいます。 労働人口の減少を生産性の向上で補うことはできませんか。 瀬口:難しいと思います。中国企業の中心は国有企業です。その改革が急速に進んで生産性を向上させるインセンティブが働くとは思えません。 ただし、だからといって中国経済の将来を悲観する必要はありません。私は日本企業をはじめとする外国企業の活躍に期待しています。製造業なら日本企業とドイツ企業。サービス分野ではやはり日本企業です。不動産や医療、外食などの分野に日本企業が進出することで、中国の生産性向上が図れると思います。汪洋副総理も日本の訪中団を前に「中国の発展は日本のおかげである。日中両国は手を携えれば共に発展し、争えば共に倒れる」と言っています。 最後に、今後の中国経済における注目点は何でしょう? 瀬口:習政権が進める構造改革の行方ですね。3中全会でどのような政策を打ち出すのか。そして、どれだけそれを実行できるのかです。 |