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それは今年6月27日、京都市内の任天堂本社で開催された定時株主総会でのことだった。議事が粛々と進行、最後の質疑応答が中ほどまで来た時、総会の事務方をしていた任天堂社員たちの顔が一瞬凍りついた。議長の岩田聡社長の指名で質問に立った株主が「コスト高になっていたのなら、リストラをすべきではなかったのか」と、語気強く社長に迫ったからだった。同社関係者は、「同社の株主総会で、株主が経営陣にリストラを要求するなんて、これまで聞いたことがない」と驚く。
ある意味で、2期連続の営業赤字に陥った経営に対する、同社役員・社員と株主の間の危機感の温度差を示したシーンだったと受け止める一部株主の間では、「岩田経営」に対する苛立ちも高まっている。
同社が4月24日に発表した2013年3月期連結決算は、営業損益が364億円の赤字(前期は373億円の赤字)で、従来予想より赤字幅が164億円拡大した。家庭用ゲーム機・Wii Uとそのソフト販売が計画を大きく下回ったのが主因だ。
昨年12月8日、業績回復の切り札として発売したWii Uは、初年度の販売台数を550万台に計画していた。だが、自信を持って打ち上げたロケットはたった3週間で失速、同社は今年1月、計画を急遽400万台に下方修正したが、結果は345万台(13年3月末現在)にとどまり、下方修正すらクリアできなかった。
Wii Uは製造原価が販売価格を上回る逆ざやも大きい。「あれもこれもと作り手の思い込みでスペックをてんこ盛りにしているので、1台売るごとに1万円以上の赤字を垂れ流している」(ゲーム業界関係者)といわれている。
ソフト販売も惨憺たる状況だ。Wii U向けソフトの販売本数は13年3月末現在1342万本で、計画していた1600万本を16%も下回った。主力の携帯型ゲーム機・ニンテンドー3DS向けソフト販売本数も同4961万本(累計9503万本)で、こちらも通期5000万本の計画に達しなかった。
それでも岩田社長は、先の株主総会で「14年3月期の営業利益1000億円以上」の目標を撤回しなかった。「為替相場が1ドル=90円なら4桁の営業利益を出せる」と、足元の円安傾向を目標堅持の根拠にした。
だが、岩田社長の強気とは裏腹に、同社売上の67%を占める海外市場では「外部のソフト開発会社であるサードパーティの任天堂離れが加速する一方」(ゲーム業界事情通)という状況で、その象徴的な出来事が、今年6月の「E3(エレクトロニック・エンターテインメント・エキスポ)」で起きていた。
●Wii Uの陥った悪循環
E3は毎年5〜6月に米ロサンゼルスで開催されている世界最大規模のゲーム見本市。任天堂は1995年の第1回以来毎年欠かさず大規模な記者発表会を行ってきた「E3の顔」的な出展者の一人。その任天堂が、今年は記者発表会をしなかったのだ。「目玉のWii Uが不振なため、海外のゲーム関係メディアに提供できる話題が何もなかった」(前出の業界関係者)のが原因だ。
また、あるゲーム評論家は「今年のE3の任天堂ブースの不人気具合を見ると、Wii Uは今年の年末商戦でも苦戦するのは間違いない。見るべきゲームソフトがいまだに揃っていないから」と、次のように説明している。
「Wii U向けソフト不足はかなり深刻。E3で同社は自社開発ソフトとして12点発表したが、7月発売予定の『ピクミン3』をはじめ、年末までに発売日が決まっているのは『スーパーマリオ3Dワールド』やミニゲーム集『WiiパーティU』など10点にとどまっている。これで年末商戦を盛り上げるのは至難の業だろう」
さらに状況を厳しくしているのが、Wii U向けサードパーティ開発ソフトの少なさ。
E3で同社はこれを13点発表したが、海外主要ゲームメーカーで積極的なのは、ダンスゲーム「ジャストダンス2014」、歴史アクションゲーム「アサシン クリード」など4点を発表した仏ユービーアイソフトだけ。米大手ゲームメーカーのアクティビジョンブリザードは、子供向けアクションゲームを1点発表しただけ。同社が昨年発売した戦争シューティングゲーム「コール オブ デューティ」シリーズは、全体で2200万本以上を売り上げたヒット作だったが、Wii U版の販売はわずか20万本だった。
こうした背景には、「Wii U版を制作するためには、てんこ盛りのスペックに対応してスタンダード版に色々な機能を追加する必要があるため、費用対効果が悪すぎる」(ゲーム評論家)という要因があるようだ。
さらに、任天堂ファンを自認し、「Wii Uを支える」とまでメディアに語っていた米エレクトロニック・アーツに至っては、今回はWii U向けソフトに関する発表さえしなかった。同社も昨年発売したサッカーゲーム「FIFA13 ワールドクラスサッカー」は全体で1000万本以上を売り上げたヒット作だったが、「Wii U版の販売本数は10万本程度にとどまり、Wii Uを見限ったようだ」(同)。
●鈍い国内ゲームメーカーの動き
国内に目を転じても、ゲームメーカーのWii U向けソフト開発の動きは鈍い。
ゲームメーカーは、開発したソフトをさまざまなゲーム機用にアレンジして収益性を高める「マルチプラットホーム商法」が基本。したがってWii U版も発売するのが常識。だが、こちらでも「Wii Uのてんこ盛りスペックに対応してスタンダード版に色々な機能を追加する必要」があるので、ことWii Uに関しては業界の常識が通用しないようだ。
こうした内外のサードパーティの任天堂離れが、Wii U向けソフト不足を招き、ソフト不足がWii Uの販売を抑え込む悪循環に陥っている図式だ。
Wii U向けソフト不足の深刻さは、さすがの任天堂も認識しているようで、同社は今月から慌てて開発ツールの無償配布を始めた。これまではソフトの品質保証の観点から、同社の取引基準をクリアしたゲームメーカーにのみ有償配布していたのを無償に切り替えたのみならず、フリーのプログラマーでも同社に登録すれば国内外を問わず無償で配布する仕組みに変えた。
だが、前出と別の業界関係者からは「実績のわからないフリープログラマーにまで門戸を開放したのは泥縄そのもの。その品質を審査する社内態勢も整っておらず、玉石混交で販売現場は混乱するだけ。それ以前に、ソフト開発費の高さの解決策を何も提示していない。これでソフト不足解消は、とても無理」と指摘している。
●オンラインゲームの逆襲
任天堂が家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(ファミコン)を発売して今年で30年。ゲーム機の雄として業界に君臨、「家庭用ゲーム機=ファミコン」のブランド力で、圧倒的な競争優位を保ち続けた名製品が、インターネットの普及でスマホやタブレットで遊ぶソーシャルゲームに市場から追われ、任天堂は右往左往している。
新興ゲームメーカー「ガンホー・オンライン・エンターテイメント」が開発したスマホ向けゲーム「パズル&ドラゴンズ(パズドラ)」はダウンロード数がサービス開始から1年4カ月余りで累計1600万件を突破。ガンホーの時価総額は一時任天堂を上回った。
ゲーム専門誌・書籍出版のエンターブレインによると、12年のオンラインゲーム国内市場規模は4943億円で、過去9年間で10倍に成長、家庭用ゲーム機の市場規模4834億円を追い抜いた。
Wii Uの不振は、たそがれる家庭用ゲーム機市場の象徴といえる。ゲーム業界担当の証券アナリストは「企業寿命30年説に照らせば、ファミコンはまさに寿命が尽きようとしている商材。もはやオンラインゲームを逆襲できる材料はどこにも見当たらない」と断言する。
曲がり角を迎えた任天堂の、今後の動向に注目が集まっている。
http://biz-journal.jp/2013/08/post_2621.html
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