01. 2013年8月01日 01:16:01
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【第15回】 2013年8月1日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] 異次元緩和措置は機能しえない ――銀行貸出や設備投資との関連で考える 日本銀行が4月に導入した異次元緩和措置は、そもそも機能するものなのだろうか? 以下では、この問題を、銀行貸出や設備投資との関連で考えることとしたい。銀行貸出が毎年60兆円の数倍増加する必要がある 金融緩和政策は、つぎのようなルートを経て、設備投資の拡大をもたらすと考えられている。 マネタリーベースの増大 ⇒ マネーストックの増大 ⇒ マネーに対する需給関係が緩和 ⇒ 実質金利の低下 ⇒ 設備投資の資金コストの低下 ⇒ 設備投資の増加 日本銀行は、異次元金融緩和において、マネタリーベースを年間60兆円程度増加させるとした。この大部分は日銀当座預金と考えてよい。 教科書的な説明によれば、マネタリーベースが拡大すると、それに数倍する規模でマネーストックが増大する。マネーストックの大部分は銀行預金である。そして、銀行預金の増加は、銀行貸出の増加によって引き起こされる(信用創造メカニズム)。 したがって、異次元緩和措置が機能するためには、銀行貸出が、年間60兆円の数倍のオーダーで増加する必要があるわけだ。 では、どの程度の貸出の伸びがあれば、この目標が達成できるだろうか? 現在、銀行貸出平均残高は、銀行計で約400兆円である。これが15%増加すれば60兆円の増加となるし、20%増加すれば80兆円の増加となるわけだ。 貸出の現実の推移は、図表1に示すとおりである。 総貸出平残(銀行計)の前年比は、2009年頃には4%程度にも達したことがある。最近でも、異次元緩和策導入前に2%近くになっていた。しかし、これでは不十分とされていたわけだから、これを顕著に上回る伸びを実現することが必要だろう。 なお、総貸出平残の対前年比は、13年4月以降2%を超えている。これは、異次元緩和策のためであるように見える。 しかし、そうではない。残高はすでに1月頃までにかなり高くなっていたのであり、この影響で4月以降の対前年比が高い値となったのだ。残高は、3月末〜4月末をピークとしてむしろ減少しつつあることに注意が必要だ(図表2参照)。 図表3に見るように、製造業の金融機関借入金(当期末固定負債)残高は、13年3月期末で47兆1829億円であり、後の図表4に見るように、この数年はほぼ不変だ。仮に顕著に増えるにしても、2年間で5兆円程度が限度だろう。
非製造業では、13年3月期末で156兆7228億円だ(図表3)。そして、借入残高が増加傾向にあるわけではない。仮に増えても、2年間で10兆円程度が限度だろう。
製造業と非製造業を合計すれば、2年間で15兆円程度であり、年間で8兆円弱だ。これは、「毎年60兆円の数倍」という目標に遥かに及ばない。 なお、流動負債も加えると、13年3月期末の残高は、製造業で75.2兆円、非製造業で227兆3640億円だ。 この範囲で考えても、1年間の増加額は10兆円程度が限度だろう。つまり、マネタリーベースの増加額目標には、遥かに及ばない。 しかも、過去において借入残高が増えたのは、リーマンショック後のことである。このときには、設備投資はむしろ減少しているのだ。 以上から考えると、貸付が目標値まで増えることは、まずありえない。 したがって、マネーストックが目標値まで増えることもないだろう。つまり、異次元緩和措置が機能する可能性は、ほとんどない。 量的緩和政策の際には、マネーストックの増加額は、マネタリーベースの増加額より若干大きかった。それでも、経済に影響を与えることはできず、批判がなされたのである。異次元金融緩和政策の成績は、いまのところ、過去の緩和政策よりも悪い。 円安も物価上昇も、仮に生じるとしても、それは金融緩和政策のためではない。円安は世界的な投機資金の流れによって引き起こされている面が強いし、消費者物価上昇は、ほとんど円安だけによって生じている。 なお、日銀の統計で「国内銀行」を見ると、貸出種類別の残高は、図表3のとおりだ。 総額が300兆円程度であり、非製造業が製造業の3倍程度、というのは、日銀統計でも法人企業統計でも同じだ。総貸出は、法人企業統計が1割程度大きい(製造業での値が大きいため)。法人企業統計における固定負債は、日銀統計における設備資金貸出よりかなり大きい。 リーマンショック前後からの設備投資の推移 以下では、法人企業統計によって、設備投資と銀行借入の推移を分析しよう。 法人企業統計における「設備投資」とは、「有形固定資産及びソフトウエアの新設額」である。土地の購入費は除いているが、整地費・造成費は含んでいる。 金融業、保険業を含まない場合、全産業で2012年10−12月期が9兆767億円(ソフトウエアを除くと、8兆3137億円)、13年1−3月期が11兆3928億円(ソフトウエアを除くと、10兆2396億円)である。金融業、保険業を含むと、全産業で12年10−12月期が9兆4798億円、13年1−3月期が12兆234億円である。 なお、GDP統計における民間企業設備投資は、12年10−12月期が14兆6157億円、13年1−3月期が17兆5179億円である。 銀行借入と設備投資の推移を産業別に見ると、つぎのとおりだ。 まず、製造業の設備投資は、リーマンショック前には、四半期あたり5兆〜6兆円程度であったが、リーマン後には3兆円程度と、ほぼ半減した(図表4参照)。 しかし、製造業の金融機関借入金(当期末固定負債)は、リーマン前の40兆円程度から50兆円程度へと、むしろ増大した。 この傾向は、輸送機器においてより顕著に見られる(図表5参照)。 非製造業の設備投資は、07年に8兆円を超えていたのを除くと、ほぼ6兆円程度で安定的だ。銀行借入も、リーマンショック後に高まったのを除けば155兆円程度で安定的だ(図表4参照)。 このように、製造業と非製造業の設備投資は、リーマン前にはほぼ同じだったが、リーマン後には、非製造業が製造業の2倍になったのだ。 不動産の設備投資は変動が激しい(図表5)。ピークが、07年1−3月、08年1−3月、10年1−3月、12年1−3月に観測される。13年1−3月もそのような変動の一つかもしれない。 借入はリーマン後に増大し、その後徐々に減少している。 最近での設備投資の動向 2013年1−3月の製造業の設備投資は、3兆8519億円で、対前期比では26.0%の増加だ。これは円安で収益が増加した影響だろう。しかし、対前年比では8.3%減である。 輸送用機械器具製造業では、13年1−3月の設備投資は、6874億円で、対前期比では8.56%増、対前年比では54.2%増だ。これは、円安の影響というより、12年に大震災の影響で生産が落ち込んだことの結果だろう。 非製造業の13年1−3月の値は、7.54兆円と製造業の倍近い。輸送用機械器具製造業の10倍を超える。 対前年比では1.4%減だが、対前期比では25.2%増だ。これは、不動産の設備投資が増えたからである。 不動産業の設備投資は、13年1−3月で5985億円であり、輸送用機械器具製造業と同程度だ。対前期比では38.7%という極めて高い伸び率を示している(ただし、対前年比では3.0%増)。 自己資本比率が高いと、投資が増えない可能性 日本企業の自己資本比率は上昇している。このことは、つぎの2つの結果をもたらす。 第1に、仮に企業が設備投資を増加させるにしても、金融機関からの借入に頼る必要がない。 第2に、仮に金融緩和政策によって実質金利が低下したとしても、投資が増えない可能性がある。 まず、第2点について論じることとしよう。 本稿の最初に述べたように、金融緩和政策は、つぎのようなルートを経て、設備投資の拡大をもたらすと考えられている。 マネタリーベースの増大 ⇒ マネーストックの増大 ⇒ マネーに対する需給関係が緩和 ⇒ 実質金利の低下 ⇒ 設備投資の資金コストの低下 ⇒ 設備投資の増加 これまで行なった議論は、「マネタリーベースを増やしてもマネーストックが増えず、したがって、実質金利が下がらないだろう」というものであった。 ところで、仮に実質金利が下がっても、以下に述べる事情を考えると、投資が増大しない可能性がある。 実質金利の低下が資金コストを低下させ、これが設備投資を増加させるというメカニズムは、自己資金によって賄われる投資についても等しく成り立つはずである。これが、ファイナンス理論の立場だ(WACC:加重平均資本コスト理論)。 しかし、現実の企業決定においては、自己資本で賄われる投資については資本コストの概念が考えられておらず、したがって、実質金利の低下が投資を増加させない可能性がある。 図表6に見るように、現在の日本では、とくに製造業において、自己資本比率がかなり高くなっている。 したがって、仮に実質金利が低下しても投資が増加しない可能性がある。 なお、図表7に見るように、自己資本比率と借入依存比率の間には負の相関が見られる。 http://diamond.jp/articles/print/39618 |