01. 2013年7月31日 00:41:45
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【第105回】 2013年7月31日 熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト],森田京平 [バークレイズ証券 チーフエコノミスト],高田 創 [みずほ総合研究所 常務執行役員調査本部長/チーフエコノミスト] 消費税先送りは株安円高を引き起こす ――熊野英生・第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 最近、安倍首相の消費税に関する発言が目立っている。経済指標を見ながら、慎重に判断しようという構えである。 ただし、見方によっては、参議院選挙を大勝した今になって、ことさらに慎重さを強調するのは、消費税増税を先送りしようと地ならしをしているのではないかと勘ぐることもできる。今秋に消費税増税を「決断しないかもしれない」と含みを持たせるメッセージを振りまいて、各方面からの反応を見ようとしているのだろうか。 風向きの変化は、参議院選挙に前後して起こった。7月13日に浜田宏一内閣府参与が、消費税増税は「消費税増税による日本経済へのショックはかなり大きい」と語り、7月19日には本田悦郎内閣府参与が「1%ずつ徐々に引き上げていくのが現実的」と呼応した。 最近では、7月27日に首相自身が、8月上旬に取りまとめられる予定の中期財政計画について「消費税率の引き上げを決め打ちするものではない」と釘を刺す発言をしている。同じタイミングで、増税が与える経済への影響について、首相自身が複数案を検証するように指示したという観測が広がった。 折りしも日経平均株価は、7月26、29日と大きく下落し、不穏な空気が流れる(図表1参照)。アジア株の中で日本株の下落が目立つのは嫌な感じである。この期に及んで、首相が消費税率引き上げの先送りを決定するのならば、それは円高と株安を誘発する危ない判断に見える。 株安・円高を招く3つの理由
消費税の先送りが、株安・円高を引き起こす要因になると考えられる理由は次の3つである。 1.改革色の後退 アベノミクスの姿勢は、内外の投資家にとって思い切った経済改革を断行する強い印象を与える。「痛みを恐れずに、これまで変わらなかった経済構造をリフォームする」という改革色が、金融市場に対して好感度の高いアピールになってきた。 しかし、今になって「景気が心配だ」と弱気心理を見せれば、他の様々な政策で方針を翻すのではないかと疑われる。 また、消費税率を上げることの備えとして、金融緩和効果が期待されて、円安予想が強まる。円安予想は、インフレ率が高まる予想を刺激し、企業収益にもプラス効果を及ぼす。2012年11月以降、こうして円安・株高が進んだ。 2.日米金利差は縮小 消費税の増税計画を見直すと、財政再建計画は大きく狂う。すると、潜在的に日本の長期金利が上昇する予想になり、日米金利差が縮小する。金利差が縮まるという予想は、円高ドル安要因になる。これは同時に株安要因でもある。 リフレ政策を提言する人々は、もともと消費税増税の反対を唱える傾向があった。その点、アベノミクスは、消費税増税の必要性に合意していて、微妙なバランスが取られてきた。すなわち、リフレ政策だけでは長期金利上昇リスクが顕在化する弱点がつきまとう。 ここに、アベノミクスは消費税増税を加えることで、ゆくゆくは財政再建が図られるという信認が得られ、うまく長期金利上昇が抑えられてきた。消費税の先送りは、そのつっかい棒を外す行為に見える。 3.価格転嫁できない体質 消費税率を引き上げることは、企業に価格転嫁を求めるものである。過去の政権は、価格転嫁できない需要の弱さが背景にあって、消費税増税に躊躇することが多かった。財政再建が進まないことと、デフレ構造は親密な関係なのだ。 それに対して、デフレ脱却を標榜する安倍政権には、デフレ構造に挑戦し、それを克服してほしいという期待感が強かった。しかし、ここで増税慎重論に傾くことは、企業の価格転嫁を心配する心理と重なる。 これは同時に、「2年で消費者物価の上昇率を2%まで高める」という方針も疑わせる。こうしたデフレ構造は、円高と親密である。消費税問題で改革姿勢がぶれると、デフレ克服=円安の振り子が、デフレ継続=円高の振り子へと戻ってしまうリスクがある。 日米連携とアベノミクス 今、日本と米国は、正常化へ進もうとする点で、歩調を一致させようとしている。米国は、QE3を終了させて、過度に金融緩和に依存した景気拡大から、実体面での力強さを背景にした景気拡大へとスイッチする転換点に差しかかっている。 対する日本は、消費税増税を実行して、これまで先送りされてきた財政再建に大きく前進する分岐点が近づいている。 日米経済がともに2014年に予定されるハードルを飛んでこそ、世界経済の牽引役として新しい舞台に立てる。オバマ大統領と安倍首相との間のパートナーシップも、経済力の強化を前提に絆を強めると理解できる。 最近のTPP交渉を例にとってみても、日本は交渉に参加して初めて、各国の利害が対立している状況を目の当たりにしたことだろう。交渉が難航するほど、米国は日本との連携を進めることで、局面打開をしたいと考えるだろう。 もちろん、日本も国内産業保護という自国の利害を抱えている。農業などの批判をかわすには、輸入農産物の価格が上昇する円安環境が好ましい。消費税先送りで、円高・株安に舞い戻れば、TPPも推進しにくくなり、国内からの抵抗も勢いを増す。 株高環境がなくなれば、痛みを伴う規制改革もやりにくい。円安・株高の環境は、日本とパートナーシップを組もうとする流れを後押しする点で、自己実現的なプラス効果をもたらす。 試される内閣の危機管理能力 安倍政権にとって、消費税増税の判断は明らかに分岐点である。これまで、安倍政権が誕生して8ヵ月間は、経済・外交面で安倍政権が小さなミスを犯しても、巧みに、リスクの顕在化を回避してきた。この巧みさは、歴代内閣の中で抜群だったと思われる。 しかし政策運営は、新しい地雷原の前に立たされている。ここで消費税増税の先送りをすれば、円安・株高の追い風を失いかねない。せっかくねじれ解消で得られた政治的自由度も、経済改革を前進させるのに貢献してこそ意味がある。 ここで今一度、何が正しい政策判断であるかを熟考してほしいものだ。 http://diamond.jp/articles/print/39521
【第54回】 2013年7月31日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] 安倍政権の命運を占う2つの政策 消費税率引き上げと法人税減税 今回の参議院選挙の焦点であったねじれは解消した。次なる課題は、ねじれを解消して何をやるか、ということである。アベノミクスには、大きな期待を寄せつつも、その出口まで見届けないと最終評価は難しい。まず直面する課題は秋口の、来年4月の消費税率引き上げの判断と、抜本的な法人税減税へのコミットである。この2つをどう決断するのかが、最大の試金石だ。 第1の関門は消費税率の 法律通りの引き上げ 国民が安倍政権を支持した理由は、憲法改正や国家主義的な思想よりも、アベノミクス経済政策に対する評価である。デフレから脱却し、企業業績が改善して所得が増え物価が上がる。こうしたバランスのとれた経済を取り戻すことへの期待だ。 円安や株価の上昇などによって実体経済も動き始めているが、いまだ本格的な賃金の上昇は起きておらず、デフレ脱却後の出口戦略まで見てみないと、前向きな評価は難しい。 そのような経済運営に立ちはだかる2つの関門がある。 一つは、9月にも行われる予定の、消費税率の来年4月の8%への引き上げの判断、もう一つは、経済成長戦略としての法人実効税率の引き下げの帰趨である。 前者について、消費税率を予定通り引き上げ、財政健全化のコミットを内外に示すことの重要性、社会保障財源を安定的にさせ安心効果を国民に与えることの重要性は言い尽くされているので、ここでは繰り返さない。 「消費税率の引き上げは、外国の投資家を喜ばせるだけだ」という官邸アドバイザーの発言があったが、それは全くの暴論だ。消費税率の引き上げは、金利高騰リスクを軽減させ、わが国経済の持続的な成長につなげていくため、さらには社会保障の充実のために行うのである。決して外国投資家のために行うわけではない。 消費税率引き上げ後の一時的な景気の落ち込みには、12年度予算の決算剰余金(1兆3000億円程度)の一部を活用した補正予算編成で対応が可能である。 また、消費税率を1%ずつ段階的に引き上げていく、という案も出ているようだが、それが現実的でないことは、事業者に聞けばすぐわかる。2段階で引き上がるだけでも、経過措置(例えば、契約時期と支払時期とのずれの調整、返品をどう処理するのかなど)が大変なのに、5年間毎年引き上げることがどれだけ混乱を招くか、官邸は経済の現場を知る必要がある。 一つ忘れてはならない点は、消費税率引き上げ時期を延期するには、「法案を出す必要がある」という点である。自民党の旧谷垣執行部が苦労してコミットした消費税率引き上げを延期する法律案の提出を、党内で議論することは、大きな政治リスクを生じさせるのではないか。 安倍政権の直面する初めての「国民に苦い薬を飲ませる」決断で、政治家としての資質が問われる重要局面である。 第2に関門は 本格的な法人税減税 外国の投資家と議論していると、彼らが期待する成長戦略は、法人税改革と特区である。TPPについては、各国の複雑な利害の中で軟着陸となるだろうから、農業改革など経済を活性化させるような大きな変化は起きないという見方だ。 特区にしても、法人税を引き下げる特区となると、わが国がOECDで、「有害な法人税率引き下げ競争はやめよう」というイニシアティブを発揮しつつある中、逆行することになるのでできないだろう。 一方6月公表の、アベノミクス「第3の矢」の成長戦略が市場から評価されず、追加的に秋口の設備投資減税が発表された。現在、投資減税の具体化に向けて政府部内で検討が行われている。 しかし、わが国経済の成長に必要な税制改革は、効果が定かでない投資減税ではないという声もすでに出始めており、9月の投資減税の決定・公表は、再び市場の期待を裏切ることになる可能性が高い。 そこで、政権が、本格的な法人税改革(法人実効税率の引き下げ)に向けて着手するかどうか(できるかどうか)、これが成長戦略の最大の試金石となる。 法人税減税は 課税ベースの拡大を財源に 法人税改革を行う場合の最大の課題は財源である。財政健全化のために消費税増税が予定されている際に、財源なくして法人税減税を行うことは論理矛盾であり、事実上不可能である。 したがって、法人税改革の哲学は明瞭である。「課税ベース(課税の対象となるもの)の拡大をして財源を捻出しつつ法人税率を引き下げること」である。欧州諸国がこのような改革を行って、法人税パラドックスを生じさせたことは、第52回に書いたところである。 課税ベースの拡大は、基本的には法人税の中で行うことが望ましいが、その他の税目の見直しも含めて考えることも必要だ。 世界に最も評価の高いレーガン第2期の税制改革は、所得税・法人税など広範にわたり課税ベースを見直し、その財源で税収中立(増減税の総額が等しいこと)の税制改革を行い、所得税や法人税率を大幅に引き下げた。これが今日の米国IT]産業発達の基盤となった。 課税ベースの拡大といった場合、まず考えるべきは、租税特別措置の整理縮小である。平成22年(2010)度改正で租税特別措置透明法が成立し、租税特別措置の運用実態調査が行われている。この成果を活用して、抜本的な整理統合を図ることが必要だ。 租税特別措置は、それぞれ所管の役所・業界団体・族議員という「三位一体」の既得権的のかたまりだ。その意味で租税特別措置の見直しは、税制の公平性・透明性を高め、簡素なものにするという立場からも評価できる。 また減価償却を定額法に戻すことによる財源捻出など(減価償却のスピードを遅らせるので企業には負担増となる)、税率引き下げのために必要な思い切った見直しも必要であろう。 法人税率高止まりの要因=地方税 地方税改革としての法人税改革 今回重要なことは、わが国の法人税率が高止まりしている要因が、地方法人税にあることから、地方法人税を含めて法人実効税率の引き下げを考える必要があるということだ。つまり今回の法人税改革は、地方税改革でもある。 地方税の課税ベースの拡大の具体策としては、まず、さまざまな特例措置の結果、課税ベースに大きな脱漏が生じている固定資産税の見直しだ。住宅地にある生産緑地への課税強化、新築住宅への固定資産税の6分の1の負担軽減措置の見直しなどである。 次に、地方税の応益税(サービスに応じた負担)としての性格を明確にしていくことだ。法人住民税均等割(法人住人税は、均等割と法人税割の2つで構成されており、利益に関係なく資本金等により課税されるものを均等割という)の大幅な引き上げや赤字法人への課税強化、さらには住民税の負担者の拡大などが課税ベース拡大策となる。 アベノミクスに期待するからこそ、このような改革ができることを切に願っている。 http://diamond.jp/articles/print/39522 |