02. 2013年7月31日 00:35:52
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【第290回】 2013年7月31日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] 「ヘッジファンド特集」を 個人投資家はどう読むべきか 存在感を増すヘッジファンドの大特集 日本株の「買い」が35%は高いか低いか? 現在書店で販売中の『週刊ダイヤモンド』(8月3日号)は、「ヘッジファンドが仕掛けるバブル相場」と題したヘッジファンドの大特集を掲載している。海外のヘッジファンドに対して大規模に行った“総力アンケート”など、ざっと30ページに及ぶ紙数を割いて、ヘッジファンド関連の記事を載せている。 ところで、『週刊ダイヤモンド』の表紙には、アンケート結果として「海外ヘッジファンド 日本株『買い』は35%」という数字が載っている。この数字を見ると、「35%しか『買い』と言っていないのか。日本株に対する関心は薄いのか」と判断してしまいそうだ。 ヘッジファンドの日本株投資に対する関心は低いということでは、記事に興味を持てない読者が多かろうと思うので、多少ネタバラシ気味だが、「35%」の意味を説明しておく。 ヘッジファンドに対するアンケート結果について書いた、特集記事28ページを見ると、「日本の参院選挙以後、日本株はまだ『買い』か」という問いに対して、「はい」が35%に対して、「いいえ」がわずか3%、「その他」が62%とある。つまり、「はい」が「いいえ」に対して圧倒的に多いのであり、『買い』は少数ではないから、ご安心されたい。 ただし、ヘッジファンドがアンケートに本音を答えるとは限らないし、彼らの判断自体が、急速に変化しておかしくない種類のものだ。 なお、緊急アンケートの回答をまとめた完全版は、「デイリー・ダイヤモンド」で雑誌に掲載された記事番号を入力すると閲覧可能になっている。なかなか、凝った仕掛けだ。 ヘッジファンドが一般投資家の話題に上るようになったのは、1980年代からだが、その影響力に大きな注目が集まったのは、ジョージ・ソロス氏などヘッジファンド第一世代とでも呼ぶべき人々が大いに活躍した1990年代からだろう。この時代には、LTCMの破綻といったヘッジファンド業界には不名誉な事態もあった。 しかし、ヘッジファンド・ビジネスはその後も拡大を続けており、運用資産額は2兆ドルに迫る。最大のファンドであるブリッジウォーター・アソシエイツは、833億ドル(2012年12月末時点)の運用資産を持つなど、ヘッジファンド全般の存在感が増していることは間違いない。 話が大きくなり易いバイアスがかかる ヘッジファンドの虚像を過大評価するな いささか不適切なたとえかも知れないが、ヘッジファンドのビジネスは「暴力団」と似たところがある。 その勢力が大きいとか、あるいはその行動手口が法律スレスレの大胆なものであるとか、顧客筋に「常軌を逸した凄さのイメージ」を売り込むことによって、ヘッジファンドは商品価値が増し、ヘッジファンドに運用を頼みたいと思う顧客が増える仕掛けがある。 また、ヘッジファンドが「凄い」ことが好都合なのは、暴力団を取り締まる仕事をする人々や、暴力団を題材にした記事などを報じる著述家や媒体にとって、暴力団が「凄い」とのイメージが大きくなることが、ビジネス上好都合なのともよく似ている。 何が言いたいかというと、ヘッジファンドに関する報道には、そもそも話が大きくなりやすいバイアスがあるということだ。 この点からすると、今月の米ニューヨーク連邦地検が7月25日にインサイダー取引で米ヘッジファンド大手のSACキャピタル・アドバイザーズ(運用資産額約1.5兆円)を刑事訴追したというようなニュースは、ヘッジファンドに対するイメージダウンやリスクの大きさが印象づけられる事件かも知れないが、「ヘッジファンドは、実質的にインサイダー取引までやって、稼いでくれるのか」という期待を抱く顧客がいるかもしれない。 しかし、たとえば、最大のヘッジファンドであるブリッジウォーター・アソシエイツの運用資産がざっと8兆円あるとしても、これを全て単一の戦略に使えるわけではないだろう。同社が単独で、日本株や日本国債といった先進国の大きなマーケットを売り崩したり、あるいはバブルに持ち上げたりするには全く力不足だろう。 なお、ヘッジファンドの運用成績のデータや、ヘッジファンド業界のイメージに対する影響として、「生き残りのバイアス」と呼ばれる現象が指摘されることがある。これは、失敗したヘッジファンドはデータからも消えやすいし、静かに姿を消すのに対して、データには成功して生き残ったファンドのものが多く含まれ、残った会社やその取り巻きは運用の成功を喧伝する現象だ。 「ヘッジファンドがマーケットの動きをつくっている」というようなヘッジファンドの影響力の評価には、疑問がある。彼らは、「流れ」をつくっているというよりは、「波」を拡大して、儲けたり損したりを繰り返しているというくらいに理解しておくのがいいのではなかろうか。 相場の「流れ」に乗るのはともかく、「流れ」自体を自分でつくるのは、苦労とリスクが大きいのに成功率が低い、わりに合わない行動だ。 取引戦略は目新しくない なぜヘッジファンドなのか? 『週刊ダイヤモンド』(8月3日号)の特集の40ページから43ページにかけての「ヘッジファンドの正体」と題する記事を見てもわかるように、ヘッジファンドは特別に斬新な運用手法で資産を運用しているわけではない。 「ロング・ショート型」「ディレクショナル(方向性)型」「イベント分析型」「アービトラージ型」、さらには「マルチ・ストラテジー」(41ぺージの分類表による)のいずれも、あえて言ってしまうと、証券会社の自己勘定取引ですでに行われていた取引戦略だ。 ネット取引に熱心な個人投資家がやっている戦略の延長線上くらいのものであったり、債券のアービトラージのようなやや複雑で大きな資金を要する取引も、信託銀行や投資顧問会社など、普通の運用会社が社内でできている程度の投資戦略だ。新鮮味はない。 企業のインサイダー「的」情報や、政府や中央銀行などに癒着した政策関連情報の収集と利用も、古くから行われていたことで、目新しさはない。 たとえば、特集記事の46ページから47ページにかけての、「異端エリート 和製ヘッジファンドの全相関図」を見るとわかるが、和製ヘッジファンドの創業者やキーマンの多くは、証券会社の自己勘定取引出身者であり、そうでなければ運用会社の出身者が多い。 自由だしお金も稼ぎ易い 運用者にとって大変便利な取引 それでは、証券会社の自己勘定トレーダー、あるいは運用会社のファンドマネージャーは、なぜヘッジファンドを目指したのか。 端的に言って、それはヘッジファンドの条件、特に運用成績に連動した成功報酬が、大組織に所属するトレーダーやファンドマネジャーよりも魅力的であることに起因すると推測される。 ヘッジファンドの典型的な手数料体系である「2の20」は、固定手数料が運用資産の年率2%で、儲けの20%が成功報酬という契約だが、前者が手厚いことに加えて、後者は一流どころの外資系証券会社のトレーダーのボーナスよりも有利な条件だ。 加えて成功報酬は、運用資産額を原資産とするコール・オプションと同性質の契約であり、ヘッジファンドの場合、運用のレバレッジをかけてリスクを拡大する(オプションで言うとボラティリティを拡大する)ことができるのだから、運用者にとって大変に有利な条件だ。 リスクの管理についても、証券会社や運用会社よりも、ヘッジファンドの顧客の方が誤魔化しやすいし、運用ルールも柔軟に(ヘッジファンド運用会社にとって都合良く)設定しやすい。 年金運用の伝統的株式運用のようなルールがはっきりした、厳格に管理された運用では、勝手にリスクを拡大して手数料の価値を上げることもできないし、運用スキルが正確に計測されてしまって、妙味がない。また、伝統的な年金運用ビジネスは、競争が激しいことに加えて、パッシブ運用(主にインデックス・ファンド)の手数料に押されて、手数料水準を上げにくい。 それなら、パフォーマンスの厳密な計測や相互比較が難しい派手な運用を商品にして、「特別な運用だから、手数料が高いのだ」というプレミアム感と共に手数料水準を上げようとするのは、ビジネスとしては当然の努力だろう。 加えて、少人数で自分が会社の資本を持つとなると、結局やっていることが「博打の代打ち」と同類のビジネスであっても、証券会社や運用会社のサラリーマンよりも、ヘッジファンドの方が自由だし、お金も稼ぎやすい。 また、証券会社の側でも、リスクに晒す資金を集める作業とリスクそのものを、さらに運用成績の評判その他のリスクをヘッジファンドに任せて、彼らを顧客として、彼らとの取引から手数料を上げるという分業は、わりの悪いものではない。 個人投資家はヘッジファンドを どう見たらいいか 特集記事によると(31ページ)、ヘッジファンドの顧客、すなわち運用資金の出し手は、年金基金、金融機関(保険会社、銀行)、政府系ファンドなどのようだが、彼らはどうしたらいいのだろうか。 金融業界の友人を何人か失うことを恐れずに結論を言うなら、運用者であるヘッジファンドにとって、これだけ有利な条件のビジネスだということは、その顧客にとってはそれだけ不利だ、ということを意味するのだから、顧客は、静かにヘッジファンドから離れていくことが賢い。金融論的には、これ以外に言うべきアドバイスはあり得ない。 ヘッジファンドに資金を任せて、たまたま儲かっているなら、幸運に感謝して、勝ち逃げしよう。残念ながら、損をしているなら、損が大損にならないうちに、さっさと資金を引き揚げよう。それだけのことだ。 筆者が最も心配しているのは、たとえば日本の公的年金のような我々のお金を運用するスポンサーが、金融業者ないしはその息のかかった関係者の掛け声に乗せられて、ヘッジファンドに資金を委託するようになることだ。 個人投資家は、2つの意味でヘッジファンドを気にしなくていい。 1つには、相場の流れを見る上で、ヘッジファンドは気にしなくていい。ヘッジファンドが、資金量の意味でもメディア露出の上でも、「目立つ」投資主体であることは間違いないのだが、彼らはマーケットの「流れ」をつくっているのではない。 彼らは、図体こそ多少大きいが、ポジションを作ったら、それを手仕舞うことが必要な、借金によって投資している「弱い投資家」にすぎない。 確かに、為替レートの数円、あるいは株価指数の一割くらいは、短期的にヘッジファンドの仕掛けで動く可能性があるが、これは予想できるものではないし、長期的な相場の居所にはあまり関係のない動きだ。努力して予想できないものに対して、予想しようとして努力するのは無駄だ。 また、長期的な資産の形成を目的として資産を運用するなら、短期的な相場の「波」を気にするのではなく、投資対象の「価値」と経済の「流れ」を見て資金を動かしておけばいい。ヘッジファンドは、せいぜいが一時的な攪乱者程度の存在であって、時に迷惑な場合もあるが、長期的には敵でも味方でもない。また、彼らの取引は流動性の供給者として、多少の味方にもなり得る。 自分がヘッジファンドの上客に なったなどと思わないこと もう1つは、決してヘッジファンドの客になりたいなどと思わないことだ。ヘッジファンドの側、あるいはヘッジファンドを売り歩く金融機関の側は、ヘッジファンドの運用に「プレミアム感」を演出し、顧客の「飢餓感」を煽ろうとするだろうが、これに引っかからないことが肝要だ。 なお、運用ビジネスの側から見て、個人客は資金単位が小さく、資金を集める単位資金当たりのコストが割高な率の悪い顧客であり、ヘッジファンドも個人客まで相手にするようになると、よほど機関投資家の間で不人気になったということだ。 自分が、ヘッジファンドのマーケティングの対象にされるような「上客」になった、などと勘違いしないことが肝心だ。 ヘッジファンドに関わるなら、客の側よりも、自分でヘッジファンドをやって儲けることを考える方が、経済的には遥かに合理的だ。 |