07. 2013年7月30日 00:32:15
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【第4回】 2013年7月30日 吉田典史 [ジャーナリスト] “狙い撃ち社員”は親やお金を使ってでも放り出す! 元労働相談員が目撃した「退職強要現場」の伏魔殿 連載第1〜3回では、ブラック企業の職場で悶える会社員の赤裸々な声を紹介した。今回は、以前公的機関で労働問題の相談員を務めていた人物に、リストラを行う企業側の本音を聞き、さらなる真相を解き明かしたい。彼らの仕事は、社員の依頼を受けて経営側と交渉することだ。記事では、この元相談員を仮にA氏とし、筆者とA氏のやりとりを会話形式でお伝えする。 なお、ここで言う「公的な機関」を詳述すると、取材対象が特定されてしまう可能性があるため、匿名とさせていただきたい。また、記事には双方のやり取りの9割ほどを盛り込んだが、1割は会社や会社員などが特定し得る可能性があるため、省略した。 A氏は30年近くに渡り、会社員や人事部員、労働組合役員らの労働相談に対応してきた。解雇、退職勧奨、退職強要、賃金不払い、配置転換、いじめやパワハラ、セクハラなどについてである。 今回は、会社員を特に苦しめるブラック企業の「退職強要」について尋ねた。「退職強要」には、日本の企業や社会が抱え込む問題が凝縮されている。 「社員が大人しく辞めてくれない」 親に圧力をかける“退職勧奨”まで横行 筆者 退職勧奨や退職強要の相談で印象に残っているものは? A氏 会社が親を使い、息子や娘である社員が退職するように仕向けることもあった。たとえば、人事部が親に連絡を入れる。そして「『会社に残っても居場所がないから早く辞めるべき』と、お子さんに説得してほしい」と言ったようだ。 それを親から聞いて、その社員が私のところへ相談に来た。社員を辞めさせたいと思えば、人事権を持つ人たちは実に様々なことをする。 筆者 人事部が興信所を使って(@)、会社と争う社員を調べる場合があることは、十数年前より弁護士や労働組合ユニオンの役員から耳にする。実際、取材の際に「(役員からの指示があり)内容証明郵便を送り付けた社員のことを調べた」と明言する、大企業の人事部の課長もいた。 A氏 会社としても、困っているのだと思う。リストラ候補の社員がおとなしく辞めてくれないから、どうしたらいいのか、と……。解雇にすると、裁判になる可能性がある。費用もかさむ。判例に載ることもあり得る。他の社員や取引先にも示しがつかない。 それならば、退職強要に近い「退職勧奨」(A)を続けて辞表を書くように仕向けるのではないだろうか。 筆者 やはり、「退職強要に近い退職勧奨」が多いのか。 A氏 相談に来るケースの中では、それが目立つ。法律に照らし合わせ、「不当」と言えるのかどうかは微妙だ。私はその会社員が残ろうとするならば、「辞めません」と意思を伝えることを助言する。それを文書に書いて渡してもいい。 それでも退職勧奨を受けるならば、弁護士に依頼し、内容証明を送ることも考えていいのではないか、とも話す。 相談に来た社員の「その後」 多くが会社に屈して辞めていく 筆者 相談に来た人は、その後どうなるのか。 A氏 相談者とのやりとりから感じ取る限りで言えば、その多くは退職勧奨を受け入れ、辞めていくのだと思う。内容証明を送った気配もない。 完全に「不当」と言えるならば、法の場で争うのかもしれない(B)。しかし、実際は「退職勧奨」と言えるものが多く、「退職強要」と言い切る根拠に乏しい。だから、争おうと思わないのではないだろうか。 筆者 会社は、社員の争う意思を削ぐことも視野に入れているのではないか。 A氏 退職勧奨や強要では、その社員のキャリアや人格などを否定し、プライドを傷つける。当然、争う意欲を削ぐようには考えていると思う。退職勧奨の場で聞くわかりやすい言葉が、「ここに残っても、あなたの仕事はないよ」。これを繰り返し言うことで、自尊心を傷つける。 筆者 相談員として、その光景をどう捉えるか。 A氏 会社に残ること以上に、人が生きていく上で自尊心は大切。相談員を離れた立場で言えば、そこまでして残る意味はないように思う。 社員の更生ばかりが管理業務ではない 辞めさせることも上司の「管理」である 筆者 そもそも人事部にしろ上司にしろ、管理する側の人々がその社員を更生させることはできなかったのか。 A氏 確かに彼らは、管理する側ですね(苦笑)。ただ、いったん辞めさせると決めたら、それを遂行するのも「管理」かもしれない。特に中堅・大企業ならば、退職勧奨は組織として行う。役員も人事部も、いわば公認。退職勧奨する上司には、罪の意識はないでしょう。 筆者 この連載の取材では、職場で殴られた社員がいたり、うつ病になるまで追い詰められる社員もいた。 A氏 私が相談を受けたケースでも、殴られた30代の男性社員がいた。上司がワンマンであったり、徒弟制的な仕事のやり方をする職場で見かける光景だ。モノをぶつける上司もいれば、蹴る上司もいた。 そこまでされた社員が、会社に残る理由がわからない。いずれも刑事事件になりかねない。だけど、多くの人が泣き寝入りをする。 筆者 相談者から依頼を受けて、会社に連絡をすると、その後どうなるのか。 A氏 「御社の○○さんという社員から斡旋の依頼を受けたから、話し合いをしたい」と電話を入れる。すると、中堅・大企業ならば、「1週間後ぐらいに会社に来てほしい」と言う。その間に弁護士などに相談し、対応の仕方を詰めるのだと思う。9割以上の会社が、私と会う前に何らかの準備をしていたように見えた。 筆者 中小企業はどうか。 A氏 会うことを拒む場合もある。我々にはそれ以上、強制力がない。何度も電話などをして連絡をするが、一貫して断ることもある。こうなると、どうすることもできない。 退職強要はしていない 辞めてほしいとは思っているが…… 筆者 中堅・大企業の人事部員は、話し合いの際に何を言ってくるのか。 A氏 話し合いの場には2〜3人が現れる。その場合、人事部長、課長、担当者といった顔ぶれになる。主導権をとるのが、人事課長。 こちらが「退職強要になっていないか」と尋ねると、「退職強要はしていない。辞めてほしいとは思っているが……(C)」とはっきりと答える。彼らは言質を取られないように、説明に終始する。うろたえるものはなく、淡々としている。 筆者 中堅・大企業の人は、リストラの場合、辞めていく道筋をつくったという自負があるように思う。取材で人事部員と接すると、感じることだ。 A氏 中堅・大企業は中小企業のように、いきなり「辞めろ」と言うことをあまりしていない。会社の意思とは関係なく、いじめのように狙い打ちで、1人の社員を辞めるように仕向ける場合もあるが、相談事例の中では少ない。 筆者 大企業の場合は、配置転換で意にそぐわない社員を追い出すことができる。これで一定の「浄化作用」が働く。 A氏 中堅・大企業では、人事部などが社員に経緯を説明し、退職金に一定の金額を上乗せして、希望退職を募る。それがうまく行かない場合などに、指名解雇のように「この人を辞めさせよう」と狙い打ちになることがある。 筆者 リストラの人選は本当にフェアなものか。 A氏 解雇に必要な客観性・合理性があるものではないのかもしれない。だが、実績や成果などをある程度踏まえた上で、選んでいる。その社員の日々の言動や今後の可能性も含め、様々な観点から検討し、セレクトしているとは思う。中小企業には、そのような手順があまりない。だから、トラブルは起きやすい。 筆者 相談員に斡旋を依頼した会社員が、「会社の話を外に持ち出した」として、人事部から報復を受けることはないのか。 A氏 そのことで「解雇になった」という話は聞いたことがない。第三者機関に話を持ち出したとして解雇にすれば、「不当解雇」となるからだ。 配転を退職強要と訴えても勝てない 一方、不都合なことを話さない社員も 筆者 会社が引き下がるとは思えない。何らかの報復をする可能性が高い(D)。その1つが、配置転換。配転ならば、一転して会社が強くなる。今の労働法や裁判の判決では、解雇をすると会社が不利。配転で争うと労働者が不利。裁判所の言わんとしていることは、「雇用を守っているのだから、少々のことは我慢しなさい」ということだろう。 A氏 私が人事部と話し合った後、その社員が報復措置のような配置転換を受けたケースは少なからずある。たとえば、営業部から倉庫へ行くことを命じられる。そこで単純作業をする。その配転には、必要性があるようには思えなかった。 だが、配転が不服として裁判で争っても、労働者には厳しい判決が出る可能性が高い。残って争うならば、配転を受け入れつつ、「不当である」という証拠を固めないといけない。それは、労働者からすると難しい。そこまでして争う人は少ない。 筆者 会社側と話し合うと、実際は退職強要でありながら「退職勧奨をしている」と嘘をつくことはないか。 A氏 それはあると思う。会社員が退職勧奨のやりとりを録音して、「もはや退職強要だ」と指摘をすることもあるが、「勧奨でしかない」として突っぱねることもあった。 一方で、労働者の側が嘘をつくこともある(E)。たとえば、本人は会社の非を指摘する。しかし、人事部からは「協調性がなく、トラブルが多い」などと聞かされる。労働者が、不都合なことを話さないこともある。 筆者 やはり、会社としてはこういうトラブルを「不毛」とみなし、戦力外としてレッテルを貼った正社員を、非正規社員のように早く辞めさせたいのだろう。解雇規制を緩和することなどは、その一例だと思う。 A氏 経済界が解雇規制の緩和を求めるのも、そのあたりに1つの理由がある。狙われた社員が職場に残り、最後は裁判などで争うと、会社にとってコストになる。弁護士に払う費用だけでなく、証拠などを集めて裁判の準備に費やすエネルギーも必要になる。他の社員などへの影響も、考えているのだろう。 筆者 なるほど。 中堅・大企業は解雇規制を 緩和しても、次々と解雇はしない A氏 相談の中には、大手メーカーに勤務する社員のものもあった。メーカーはグローバル化により、社内に余剰人員を抱え込む(F)ことがある。こういう環境の変化に素早く対応するためにも、解雇をしやすくしたいのだと思う。 筆者 私は、中堅・大企業は解雇規制を緩和したところで、次々と解雇はしないと見ている。社員に対して、「解雇が簡単にできるんだぞ」という脅しをする意味が強いのでは。 A氏 脅しが解雇規制の緩和の大きな狙いだろう。 筆者 土壇場では、解雇にすることなく辞表を書くように仕向けると思う。自主退職に追い詰めたほうがお金もかからず、メリットが大きい。どうしても辞めない人には解雇通知を出すこともあるだろうが、その可能性は低い。むしろ、今の退職強要に近い勧奨を繰り返していくと思う。そのスピードを上げるための補強材料として、解雇規制の緩和を求めているのではないか。 A氏 その観点から捉えるならば、会社員が争うことができないような心理にすることも狙いにあると思う。今後は、労働組合に入って争うよりも、個人として国や経済界が決める「金銭解決」の相場やルールに基づき(G)、会社と交渉する時代になると思う。すでにその兆しがある。 「金銭解決」がルール化されれば 社員にはメリットがあるのか 筆者 解雇規制の緩和は、総額人件費の厳密な管理が背景にある。経済界は、「20、30代を解雇にすることなく、40、50代を解雇にすることで世代間の“格差”を解消しよう」とは、考えていない。20〜30代の正社員もいくつかの観点からグループ化され、評価の低い者は狙われる。 A氏 それでは人が育たない。特定の人を育てるが、そうでない人は辞めさせればいい、と考えているのかもしれない。 筆者 すでに一部の大企業では、そのセレクトが行われている。事業部制が浸透すれば、若くても他の事業部への配置転換が難しくなる。そうなれば、不採算部門は20代の社員であろうとも、解雇の対象にするはず。「20、30代vs40、50代」は実態に即していない。ただ、20代〜30代の社員を狙う場合も「解雇にするぞ」は脅し文句であり、実際は辞表を書かせるだろう。 A氏 解雇規制が緩和されれば、労働者が得るお金は、公的な機関や労働組合ユニオンに依頼して「不当解雇」として争い、会社に非を認めさせて得るお金(和解金・解決金)よりも、相対的に低くなる。 たとえば、今争えば在籍期間などにより異なるが、給与の3ヵ月から1年分までくらいの幅がある。これが3ヵ月分くらいに落ち着くのではないか。 筆者 全般的に金額は下がると思う。「退職金すら支払わない中小企業がある。金銭解決がきちんとルール化されれば、むしろ、中小企業で働く社員にはメリットがある」と指摘する声がある。これは、労使紛争の金銭解決の実態を理解していない。退職金制度とは別に、争えば中小企業も通常、3ヵ月〜半年、さらには1年近くのお金を払うこともある。交渉次第では有給休暇をフル消化し、過去の残業代の支払いをさせることもできる。 A氏 (苦笑) 筆者 ところが、解雇規制が緩和されて金銭解決のルールが明確化されると、これら一連の交渉材料、つまり会社の弱みが消えてしまう。中小企業などは、労働保険や社会保険を支払っていないところも多い。これも、交渉次第では労働者が得るお金になる。これらが全部消えて、得るのは給与のわずか3ヵ月分。これで「何のメリットがあるの?」と聞いてみたい。 A氏 経済界のこのような狙いを、会社員がどこまで理解しているかだろう。 踏みにじられた人々の 崩壊と再生 2人のやりとりの中で、下線を施した部分について、筆者なりの分析を補足したい。この元労働相談員の証言には、経営側の本音が透けて見えるいくつかのキーワードがある。今、理不尽な退職強要を受けている社員は、会社側の出方をシミュレートする上での参考にしてほしい。度重なる圧力で心を崩壊させることなく、自らの再生に役立ててもらえたらと思う。 @興信所を使い、調べる 中堅・大企業などは、社員との争いが本格化したときに、興信所を使うことがある。社員は、興信所の職員に尾行されることもある。経歴詐称や前の会社でのことが重点的に調べられる可能性がある。 しかし、会社がそれを材料にして解雇することはあまりない。むしろ、「こういう問題がある」と指摘し、やる気をなくさせることが狙い。 また、会社と争っている人が満員電車などに乗るときに、女性が不自然な感じで近寄ってきたら警戒すべきだ。筆者が過去に見聞きしたケースでは、「痴漢」などと騒がれ、刑事事件にされることもあった。興信所の職員であるのかはわからない。 A退職強要に近い、退職勧奨 会社は争いの場では「退職勧奨であり、強要ではない」と主張することが多い。たとえやりとりを録音したところで、安易に「強要」を認めることはしない。認めることなく、時間を稼ぎ、訴える社員がそれを退けることも企む。 B完全に「不当」と言えるならば、法の場で争うのかもしれない 争うためには、大義名分をなくすことが鉄則。そのためにも、会社員が「不当」と言い切ることができないところに持ち込み、争えないようにする。弁護士や労働基準監督署、労働局、労政事務所などが「不当」として前に出てくることができないようにして、その社員が孤立するように仕向ける。経営側は、働き手を常に分断したり、組織化できないように仕掛けてくる。 C辞めてほしいとは思っているが…… 「解雇にはしないから、金銭解決で終えたい」という会社側のメッセージ。会社の本音は、金銭解決にある。始めから「給与3ヵ月分で……」とは言えない。そこで、それらしい言葉を口にする。相談員がこの言葉の意味を察知し、条件退職に持ち込むことがある。 D何らかの報復をする可能性が高い 多いのは、配置転換。次に目立つのは、人事評価で低い評価をつけ、賞与を減らしたり、残業をさせないようにする。その後は、職場の社員らがいじめをしたり、口をきくことなく、相手にしないようにさせる。前回の記事で紹介したような「DV」が組織的に行われていく。 E労働者の側が嘘をつくことがある 会社の人事部もまた、相談員が「社員が嘘をついていた」と思うように、話を創り込むことがある。 Fメーカーはグローバル化により、社内に余剰人員を抱え込む 識者やマスメディアは、このことを持ち出し、解雇規制の緩和の必要性を説く。しかし、連載第1回の冒頭で振れた通り、事業戦略と人事戦略が一致していない状況は、十数年前から変わらない日本企業の課題だ。 解雇をしやすくしたところで、事業戦略と人事戦略が一致していない以上、常に余剰人員を抱え込むことになる。そこまで含めて検討しないと、解雇規制の緩和は「木を見て森を見ず」となる。 G個人として国や経済界が決める 「金銭解決」の相場やルールに基づき これが解雇規制の緩和の最大の理由。連載第1回で指摘したように、日本企業には社員の仕事の量や担当する仕事などの職務範囲、そして配置転換、人事異動、ノルマ(目標)、人事評価などを経営サイドが自由に扱える構造がある。社員の仕事の量や担当する仕事に、チェック機能が働かない。 一部の識者は、この構造の中に解雇規制緩和に伴う「金銭解決」を持ち込もうとしている。つまり、会社が何ら規制や反対を受けることなく、やりたい放題に社員を動かし、スムーズに労働契約を解除していくことを意味する。その本音をカモフラージュするために、「個人の時代」「プロフェッショナル」といった言葉が囁かれる。 しかし会社は、社員に職業意識を植え付けることもなく、職種別の労働組合をつくるように誘うこともしない。会社にとって都合のいい企業内組合を温存し、曖昧な人事評価を意図的に守る。ここに、会社の大きな矛盾と偽善がある。 http://diamond.jp/articles/print/39446 |