01. 2013年7月29日 09:22:13
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13/08/03号】 2013年7月29日 週刊ダイヤモンド編集部 知られざる実像と運用の裏側 ヘッジファンドが仕掛けるバブル相場 新興国からマネーが大量流出 ヘッジファンドの次なる標的は先進国株バブル 米国・ニューヨーク──。6月28日午前8時、ソロス・ファンドのスコット・ベセント最高投資責任者は、1人の聴衆として、ある講演会に出席していた。 彼が耳を傾けていたのは、「The Growth Strategy of Abenomics(アベノミクスの成長戦略)」。内閣府の西村康稔副大臣と浜田宏一内閣官房参与(米イェール大学名誉教授)が安倍政権の経済政策について、米国の投資家らに説明した。 5月23日の日本株急落以降、アベノミクスに対する海外投資家の熱は冷めたかに見えたが、決してそうではない。 この講演会には申し込みが殺到し、途中で募集を打ち切ったほどだ。手元に講演会出席者のリストがある。時に国家をも敵に回し、相場を張ってきたヘッジファンド業界の巨魁、ジョージ・ソロス氏率いるソロス・ファンドからは、べセント最高投資責任者のほか、実に6人が名を連ねている。 さらに、ヘッジファンド業界の重鎮であるキングドン・キャピタルのトップ、マーク・キングドン氏など、リストにはそうそうたる顔触れが並んでいる。そこからは、昨年来の日本株急騰を演出した海外ヘッジファンド勢が、依然として日本に強い関心を持っていることがうかがえる。 ドイツ銀行グループが7月17日に同じくニューヨークで開催した、日本株マネジャーを紹介するイベントにも、投資家が大挙して詰めかけたという。 詳細は本誌で述べるが、今回、パルナッソス・インベストメント・ストラテジーズと組んで、大手ヘッジファンドを中心とした海外の機関投資家に対し、緊急アンケートを実施したところ、参院選後の日本株はまだ「買い」かという問いで、「いいえ」と回答したのはわずか3%、大半は「買い」、または条件付きの「買い」と答えた。 さらにこのアンケートからは、世界の市場が大きな転換点を迎えている実態が明らかになった。日本株上昇のリスク要因に関する問いで、安倍政権の成長戦略第2弾の不発に続き、米国のQE3と称される金融緩和策の縮小開始が挙げられたのだ。 世界はQE3縮小に揺れている 新興国から米国へ大逆流するマネー 世界は今、このQE3縮小に揺れている。 世の中にマネーを供給し、景気の下支えを狙う金融緩和策。その象徴であったQE3が縮小されるとなれば、大量の緩和マネーが流入していた国の株や為替、金利に与える衝撃は計り知れない。 そのため、縮小観測を契機として、新興国から米国へとマネーが大逆流し始めているのだ。 これまでQE3によるジャブジャブの緩和マネーが新興国を潤してきたが、資源価格の下落などで新興国の凋落が現実味を帯びてきたところに、QE3の縮小観測が浮上したことで、一気にマネーが逃げ始めたという構図だ。 ドル資金が新興国から流出したことで、各国の通貨も急速に下落してインフレリスクが浮上している。5月からの2ヵ月間で、ブラジルは11%、インドは10.7%、トルコは8.9%も下がっている。 7月19、20日にモスクワで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議では、その対策として金融緩和の縮小に伴う市場の混乱を回避するため、各国が協調することを打ち出して閉幕した。 逃げ出したマネーは日本へも向かう 個別銘柄に投資するファンドが伸びている では、逃げ出したマネーはどこに向かうのか。その候補の1つが日本である。 野村證券幹部は「2000年ごろから続いてきた新興国主導の時代が終わり、パラダイムシフトが起こりつつある」と警戒する。この幹部はさらに、米国と日本がこのパラダイムシフトのカギを握る、と付け加えた。 ヘッジファンド業界の大物も同じ見立てをする。 前述したリストにも名前が出ている米ヘッジファンド幹部は6月上旬に来日して、日本の金融当局らと情報交換しているが、その幹部と直接面談した日本人の金融関係者は、「今後は日米独のG3が金融市場を引っ張っていくという考えに強く同意していた」と明かす。 日本市場は新たなステージに移行しようとしているのだろうか。 ここに1つの興味深いデータがある。
右の図を見てもらいたい。これはマクロ型ヘッジファンドから資金が流出し、株式ロングショート型ヘッジファンドに資金が流入していることを表している。 マクロ型のファンドは景気動向を材料に投資する。換言すれば「木(個別企業)を見ず、森(株価指数)を見る」戦略だ。株式ロングショート戦略はその逆といえる。要するに、個別の銘柄に投資するヘッジファンドが伸びているのだ。 そして彼らが目をつけている投資先こそ日本なのだ。いつもは口の重い日本株ロングショート戦略のヘッジファンドマネジャーは「5月下旬までの日本株の急騰局面はグローバルマクロ型ヘッジファンドが主導したが、6月以降は個別企業の業績をしっかりと掘り下げていこうという相場に転換していて、実際、うちのファンドには足元で、投資家からの問い合わせが大幅に増えている」とまくし立てた。 ヘッジファンドの影響力は 日本市場でも絶大 ヘッジファンドの市場規模は、日本の国家予算の倍に相当する200兆円近くに達し、過去、幾度となく世界を動かしてきた。 個別の会社ベースでも、トップクラスのヘッジファンドになると、数兆円もの資産を運用しており、レイ・ダリオ氏率いる米ブリッジウォーター・アソシエイツに至っては8兆円を上回る。 日本に対する影響力も絶大だ。 今、日本市場の売買シェアの6割は外国人投資家が握り、アベノミクス相場で10兆円を買い越した。その中心にいたのがヘッジファンドなのである。政府高官ですら、来日したヘッジファンド幹部に、「成長戦略はしっかり実行するので、よろしくお願いします」と頭を下げるほどだ。 しかし、その実態はほとんど知られていない。本特集では、謎に包まれた彼らの戦略を解明するとともに、米国の金融緩和策の縮小後、いかなる相場を見込んでいるのか、徹底取材した。 そこから浮かび上がってきたのは、ヘッジファンドに翻弄される世界経済の姿だ。 中でも、冒頭の講演会の盛況ぶりからもわかる通り、日本市場に対する彼らの関心は依然として高い。ただ、ここで間違っていけないのは、彼らが日本経済、そしてアベノミクスを信じているわけではない、ということだ。 これまでヘッジファンドを潤してきた新興国経済が失速することを見越して、次なる“稼ぎ場”として、参院選の大勝でねじれが解消し、改革期待が膨らむ日本を候補に挙げているにすぎない。 知られざるヘッジファンドの実像 あなたの相場観は大きく変わる ヘッジファンド──。この言葉は独り歩きしがちです。市場で解明できないブレが起こると、ヘッジファンドが動いた、と都合よく利用されます。ただ、裏を返せば、それだけ影響力が大きいということ。実際、バブルの裏にはヘッジファンドの影がいつも見え隠れします。 さらに言えば、彼らは日本を舞台にして、今まさにバブル相場を仕掛けている真最中でもあります。にもかかわらず、彼らの実像はいまだベールに包まれたまま。『週刊ダイヤモンド』8月3日号では、謎多きヘッジファンドの正体を追いました。
パート1ではまず、ヘッジファンドが金融市場でこれからどう動くか、緊急アンケートなども行い、探っています。 Big Picture(全体像)――ヘッジファンドの中でも、マクロ経済予測に基づき、相場の流れを先読みする「グローバルマクロ」のファンドマネジャーがよく使う表現です。彼らに追随するヘッジファンドも少なくないだけに、ヘッジファンドの日本経済に対する見方を理解するには、同じ目線で世界地図を眺める必要があります。 目下、ヘッジファンドの最大の関心事はFRB(連邦準備制度理事会)の資産購入策(QE3)の縮小、そして中国のシャドーバンキング対策の2つ。これらの問題に対する彼らのストーリーを読み解くことで、日本株や円の行方が浮かび上がってきました。 パート2では、ヘッジファンドの運用戦略を掘り下げます。市場の攪乱分子か、バランサーか。はたまた、山師なのか、堅実家なのか。人によって、時に正反対の評価がなされるヘッジファンド。その運用の裏側に迫ります。 最後のパート3では、外国人投資家に最新投資術を学びます。海外の年金基金や大学基金、ヘッジファンドといったプロの投資家から、個人投資家が学び、まねできる点は何かを取材しました。 最先端の運用を駆使して市場を動かす彼らの実像に迫ることで、あなたの相場観は大きく変わってくるはずです。 (『週刊ダイヤモンド』副編集長 山口圭介) http://diamond.jp/articles/print/39386
【第19回】 2013年7月29日 伊藤元重 [東京大学大学院経済学研究科教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長] もはや限界を迎えた中国経済 「成長方程式」が示す生産性上昇のカギとは? 潜在成長力を上げなければ 持続的成長は不可能 経済成長とは、中長期のトレンドの話である。景気刺激策によって需要を拡大してGDPを引き上げることは、一時的な成長率を高めることにはつながっても、持続的な成長を実現することにはならない。資本投資、技術革新、効率的な資源配分などで供給力を高めることにより、はじめて持続的な成長が実現する。 経済学の用語を使えば、これはサプライサイドの問題ということになる。日本経済が、利用可能なさまざまなリソースを活用して、どこまで生産能力を高めることができるか――これがサプライサイドの問題である。 経済学者は、経済成長の問題を分析するとき、よく成長方程式と呼ばれるものを利用する。成長方程式とは、次のような簡単なものである。 経済成長率=Σ個々の生産要素の増加率×その要素の分配率+TFP この式について簡単に説明しておこう。左辺の「経済成長率」は、通常はGDPの伸び率(物価上昇分を除いた実質値の伸び率)を意味する。 右辺の「生産要素」とは、資本や労働などを示している。「その要素の分配率」とは、たとえば、労働の分配率であれば、GDPのなかで労働に分配される割合を示す。したがって、右辺の第一項は、資本や労働などの増加率にそれぞれの分配率をかけたものを、すべての生産要素について足し合わせたものである(Σは数列の総和を示す)。 通常の単純な議論では、生産要素として、資本と労働のみを取り上げることが多い。たとえば、GDPのなかに占める労働分配率が80%、資本の分配率が20%であるとしよう。そして資本が3%で増加し、労働がマイナス1%で増加(つまり1%縮小)したとしてみよう。そのとき、右辺の第一項は、 0.2×0.03+0.8×(−0.01)=−0.002 となる。つまり、生産要素の伸びで見れば、経済成長率にはマイナス0.2%分の影響が及ぶということになる。 詳しい経済学の説明は省略するが、労働や資本の分配率は、労働や資本の増加がGDPの増加にどの程度の影響を及ぼすのかという影響力(寄与度という)を示した数値である。それぞれの生産要素の増加率にその寄与度をかけて足し合わせれば、生産要素の増加が経済成長に及ぼす影響がわかるのだ。 成長方程式で重要なのは、右辺の第二項「TFP」である。TFPは「Total Factor Productivity」のことで「全要素生産性」と訳される。この項は、生産要素の増加以外で経済成長に及ぼす影響のすべてを含むものである。より具体的には、生産性の増加がこの項目によって示される。後で詳しく述べるが、TFPを引き上げる要因として重要なのは、技術革新と、より効率的な資源配分によって生産性の低い分野から高い分野に資源が再配分されることである。 多くの研究によって明らかにされてきたように、一国が経済成長を続けるためには、TFPが重要な意味を持つ。資本や労働を永遠に増やし続けて成長を維持することは不可能である。労働人口が増え続けることは考えにくいし、資本もあまりに投資で増やしすぎると、その生産性が次第に低下していく。 さまざまな国の成長のデータを調べても、全体に占めるTFPの貢献度が非常に高いことがわかる。そしてこの点は、今後の日本経済の成長のあるべき姿について考えるうえでも重要な論点となる。 なぜ中国経済の成長は 鈍化してきたのか 日本の経済成長について論じる前に、この成長方程式を利用して中国の経済成長について考えてみたい。 中国の過去の成長を考えるうえで、資本の増加が及ぼしてきた影響は非常に大きい。海外から多くの投資を受け入れ、国内的にも非常に高い投資比率で、中国国内の資本ストックは急拡大してきた。こうした資本の増加が中国の経済成長率を大幅に引き上げたことは間違いない。 しかし、中国の成長は、資本の成長だけで説明できるものではない。より重要な要因が、中国のTFPのなかに含まれている。それは農村部の労働が大挙して沿岸や大都市近郊の工業地帯に移動してきたことだ。 よく知られているように、中国には農村部に膨大な人口が存在する。それらの多くは、旧来の農業社会のなかにあり、非常に低い生産性に甘んじていた。そうした労働が、より高い所得を求め、沿岸部などに労働者として移動してきたのだ。 沿岸部には外国から進出した工場などが立ち並び、そこでは先進国並みの技術に基づいた生産が行われている。農村部で低い生産性に甘んじていた労働者も、そうした工場では高い生産性をあげることができる。大量の労働者が農村部から沿岸部などに移動すれば、中国全体の労働の生産性は大幅に上昇する。これがTFPの増加というかたちとなって出てくる。 中国の農村部には大量の労働力があるため、沿岸部などで生産が拡大しても、労働賃金はそれほど上がらなかった。そのことが海外からの投資をさらに呼び込み、中国は成長を続けることができたのだ。 しかしここにきて、こうした労働再配置のメカニズムが働きにくくなってきた。農村部の労働力が枯渇し始めたのだ。労働不足が深刻化すれば、沿岸部での賃金も上昇し始める。その結果、中国での生産の輸出競争力も低下してきている。 中国は、低賃金労働の枯渇という大きな壁にぶつかっている。したがって経済成長率も徐々に低下しつつある。 こうした状況は、需要のテコ入れで対応できるというものではない。リーマンショック後、中国政府は経済にテコ入れするため、国内投資を大幅に増やす政策に転じた。投資拡大による需要増は景気への刺激となった。しかし、供給力が十分に拡大しない状況での無理な需要喚起策は、経済の過熱や物価上昇をもたらすだけである。実際、中国経済はそうした状態に陥ってしまった。 最近は、そうした経済過熱の弊害を意識し、中国政府も経済成長率が低下していくことを容認する姿勢を示し始めた。供給能力以上の需要で経済を刺激しても、マイナス面のほうが大きいからだ。 それでは、今後、中国の経済成長率はどこまで落ちるのだろうか。資本や労働の伸びによって成長を維持することは難しい。重要なのは、TFPをどれだけ高い水準に維持できるかということになる。 農村部の労働を都市部に移動させるという手法は、そろそろ限界にきた。とはいえ、都市部にはサービス産業などを中心に非効率的な分野が多い。こうした分野の資本や労働を、より効率的な分野にシフトさせることは可能だ。ただ、そうした調整は厳しい改革を必要とする。日本と同じく、その実現は簡単なことではない(日本のケースについては、本連載で後に詳しく論じる)。 TFPを高めるもう一つの手段は、イノベーションを活性化させることだ。だが、一般的な印象として、いまの中国がそれによってTFPを大幅に上昇させることは難しいように思える(中国の技術革新の能力について詳しく調べたわけではないが)。 中国経済に悲観論が広がっているのは、成長を支えてきた要因である労働移動のメカニズムがそろそろ限界を迎えたという点が大きい。中国はそれに代わって、TFPを引き上げる新たな要因を見つけることができるだろうか。その点が中国の今後の成長を考えるカギになる。 日本の成長の可能性 成長方程式は、日本の今後の成長を考えるうえでも有益なヒントを提示してくれる。日本は急速な少子高齢化に直面している。その結果、生産年齢人口(15歳〜64歳の人口)は急速に縮小していく。成長方程式で言えば、労働の成長率が大きなマイナスとなるわけだ。 そうしたなかで日本がある程度の成長を実現するためには、TFPを高めていくことが必須となる。連載第16回で取り上げた「イノベーション」、そして第17回で取り上げた「資源の再配分」が重要な意味を持つことは明らかだ。次回は、こうした点をさらに詳しく分析し、日本の成長戦略のあるべき姿について考察を進めたい。http://diamond.jp/articles/print/39372 |