04. 2013年7月24日 15:22:39
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【第35回】 2013年7月24日 安東泰志 [ニューホライズン キャピタル 取締役会長兼社長] 「ねじれ」の解消で改めて問われる 「アベ成長戦略」の中身 21日の参議院選挙の結果は、大方の予想通り連立与党の圧勝となり、これで衆・参の「ねじれ」が解消したことになる。安倍首相は、選挙期間中、憲法改正や教育改革といった持論は極力封印し、政権奪還後7ヵ月間の経済の活性化をアピールし、いわゆる「アベノミクス」の継続を求めてきた。第一、二の矢は時間稼ぎ 確かに「次元の違う金融政策」は円安・株高を通じて、資産効果による消費増を生んでおり、「切れ目のない財政出動」は実需を底上げした。そのため、日本の経済成長率は久し振りに高いレベルを達成しそうな勢いである。しかし、筆者がかねてより指摘しているように、これらの政策、つまり「第一の矢」と「第二の矢」は、経済が自立的に回復するまでの間の時間稼ぎでしかない。 すなわち、「次元の違う金融政策」と称して如何に日銀が銀行から国債を買い上げたとしても、それは企業の新規資金調達に直接結びつくものではないし、現に銀行の貸出行動が大幅に改善したという兆しはない。実現しているのは日銀当座預金の大幅な増加以外は、「インフレ期待」という捉えどころのない概念の浸透に過ぎず、この「インフレ期待」が高まれば、名目金利からインフレ期待率を差し引いた「実質金利」は低くなるはずだ、という漠然としたものに過ぎない。 折しも米国の量的緩和縮小観測もあって円安が進行しており、輸入物価の上昇を通したインフレの兆しは見られるが、輸出数量が顕著に増える兆候はない。すなわち、単に「悪い物価上昇」が実現しつつあるだけのようにも見える。この点は、選挙戦を通して民主党など一部野党が訴えてきたことにも一理ある。 財政出動についても、自民党は、民主党政権時代のバラマキを改めたというが、経済効果的には財政出動は所詮バラマキであり、どうバラマキを行なおうが、経済効果に大差はない(経済学的に正確に言えば、減税や給付といったバラマキは、消費性向〈増加所得のうち消費に回す分の割合〉が低いと効果は限定的であり、一方で、公共事業の形のバラマキの方が消費性向に左右されず「乗数効果」があるかもしれないが、その乗数効果は近年大きくない)。むしろ、大型の財政支出によって財政収支が悪化しており、財政健全化が遠のいたように見えなくもない。 要するに、選挙において安倍政権がアピールした経済活性化は、政権初期の時間稼ぎが運よく奏功した結果に過ぎないとも言えるのであり、本来的な意味での経済活性化、すなわち企業の活性化を通した経済成長は、「第三の矢」である成長戦略の是非にかかっていると言っても過言ではない。「ねじれ」を解消した今、安倍政権はいよいよ時間稼ぎの段階を脱し、本当の意味での経済活性化が出来るかどうかを問われることになる。 自民党公約の経済政策は矛盾だらけ 今回の参議院選挙での自民党の政権公約の本紙自体はコンパクトなものであるが、その詳細は「J-ファイル2013 総合政策集(以下「J-ファイル」)」という冊子にまとめられている。なお、その政権公約の下敷きになっているのは、政府が6月に発表した「成長戦略」であろうが、それ自体が総花的・非体系的であり、かつ産業金融(リスクマネー供給策)の視点を欠くことについては、連載第34回で詳述した通りである。したがって、それを踏まえた今回の政権公約でも、当然のことながら様々な矛盾や論点不足が生じることになる。 とりわけ、民間主導の視点を欠き、何でも政府が前面に立って経済政策を推し進めるという姿勢が随所に垣間見えることは、規制緩和の精神と正反対の「大きな政府」を想起させるものであり、自民党の政策の最大の矛盾点である。また、銀行など、日本のコーポレートガバナンスを歪めてきた既得権益側に依拠した政策も多く、その点、たとえば日本維新の会の政権公約と比べて迫力を欠く(既得権益の打破不足に関しては、解雇規制の緩和・農地法改正・混合診療の解禁など他分野の施策の踏み込み不足にも表れているが、これらは産業金融を主題とする本論の対象外なので省略する)。 さらには、政策が先走り過ぎ、それを実現するためのリスクマネー、つまり、企業に入る資本性資金の供給策が決定的に欠如している。どんなに政府がお題目を並べても、企業側から見れば、それを実現するためのカネがなければ何もできないのだ。 「日本経済再興プラン」の中身は空疎 以上の通り、自民党の経済政策は根本的な矛盾を孕んでいるのだが、それらに関連するJ-ファイルの中身を個別に検証してみよう。 J-ファイルでは、「日本経済再興プラン」を実行するとしている。しかし、その中身は空疎なものであるばかりか、時代に逆行している。記述をそのまま転記すると、「世界で勝ち抜く製造業の復活・産業競争力強化に向け、先端設備投資の促進、革新的研究開発への集中投入、企業・経済再生型金融へのシフト、長期資金に対する政策金融の強化(「融資」から「出資」へ)を図るほか、産業の新陳代謝の活性化、世界最高の人材を育成する仕組みの構築に取り組みます」とある。 まず、前段部分には主語と目的語がない。誰が「先端設備投資の促進」をし、何を「研究開発に集中投入」するのだろうか。主語は民間企業ではなく、政府だというのだろうか。中段部分は要するに本来なら縮小すべき政府系金融機関や、モラルハザードの元凶である「官民ファンド」の一層の活用を図るというものであるばかりか、それら、つまり国が民間企業に「出資」までするというのだから、資本主義社会では言語道断である(連載第29回参照)。 そして、後段部分には、肝心の手段の記載がない。誰がどうやって「新陳代謝の活性化」「世界最高の人材の育成」をするというのか。本来、製造業の復活は、各企業の自助努力を資本市場の論理に従って「民間でできることは民間で」実行することをベースに、そのための規制緩和によって、民間企業や民間のリスクマネー提供者が、自己責任で活躍しやすい土俵を用意するのが政府の役割のはずではないか。 そのリスクマネーの供給策についてもお粗末である。J-ファイルでは、「公的・準公的な資金の運用の見直し」という項目が突如登場し、「運用やリスク管理等の高度化を図ります」とされている。しかし、この項目がJ-ファイルの「経済政策」の章に登場する理由は、「公的年金などの運用を多様化し、欧米のように産業の新陳代謝を進めるための資金として、PEファンドやベンチャーキャピタル(VC)に資金を提供しましょう」という意図だからだろう。そうであれば、非常に正しい問題意識なのだが、それなら正面からそう記載すべきなのではないか。この記載の仕方からは、厚生労働省など抵抗勢力・既得権益に抗えなかったことが見て取れる。 さらに、「ベンチャー事業等の創造・活路支援」なる項目も登場する。官邸に「ベンチャー創造会議」を創造するというが、ベンチャービジネスこそ、民間の活力が既得権益を打破する本丸であり、民間人のベンチャー魂と資本市場の規律によって育成されるべきものであって、政府が前に出ることではない。民間のVCやPEが規模を拡大できない(したがって有能な目利き人材を雇って投資を進められない)最大の理由は、公的年金の旧態依然とした運用規制にある。政府がまずやるべきことは、この規制を撤廃することであって、政府自身が目利きを支援することではない。 ちなみに、このベンチャー育成という項目の最後に、「クラウドファンディング」の促進も謳われている。クラウドファンディングについてはいずれ稿を改めるが、要するに小口の資金をネットベースなどで集めて、寄付や投融資に充当するものである。しかし、クラウドファンディングで集められる資金は、日本の産業の新陳代謝を促進するという目的に照らすと微々たるものであるばかりでなく、投資家保護など様々な論点をクリアしていく必要がある。産業界へのリスクマネーの供給の主流は、独立系のPEやVCであるべきことは明らかであり、それを育成するための公的年金等の運用規制緩和の方がはるかに優先順位が高い政策課題である。 中小企業の再生策も非現実的 地域に関する産業金融についても非現実的な施策が記載されている。J-ファイルの記述を転記すると、「中小企業金融円滑化法の終了を機に、地域金融機関は、これまで以上に中小企業を応援する外部専門家や外部機関等と連携して中小企業の創業・新事業展開、成長、事業展開、事業再生等のライフステージに応じたリスクマネーの供給やコンサルティング機能の発揮に積極的に取り組むことが重要です。このため、地域金融機関による地域密着型金融の取り組みを促すとともに、株式会社地域経済活性化支援機構の機能の拡充を図ります」とある。 しかし、これは、問題の本質から目を逸らすものであり、到底現実的なものとは言えない。円滑化法の利用企業は推定30万〜40万社もあり、うち5万社〜6万社は倒産予備軍とされている。円滑化法施行後、条件変更(貸出条件の緩和や返済猶予)の件数は増え続けており、12年下半期には400万件を超えている。その一方、企業倒産件数は年々減少し、12年下半期はわずか6000件程度である(出所:6月28日付「ニッキン」)。 13年3月に円滑化が終了した後も、金融機関は金融庁による指導によって条件変更に積極的に応じることが求められているため、この傾向は不変である。そのため、連載第32回で触れたように、金融機関、特に地域金融機関には、不良債権に認定したくても出来ない債権が数十兆円単位で山積しており、もはや手の施しようがないのが現実である。 もし真剣に企業の再生に取り組むというのであれば、まずは、金融機関に対し、これら企業向けの条件変更と自己査定を厳格化させ、不良債権に認定した上で、適切な引当金を積ませることが解決への第一歩である(なお、J-ファイルでは、このような状況下で、金融機関や金融機関が影響力を持つファンドなどに、経営不振の融資先にリスクマネー、つまり資本を投入して自らの債権を保全させようというのであるが、それは自分で自分の足を食っているような話であり、言語道断と言ってよかろう)。 然る後に、再生可能な企業と、市場から退場(廃業)する企業を見極め、再生可能な企業については、金融機関が当該引当金を債権放棄するか、またはその分だけディスカウントした価格で貸付債権を企業再生(PE)ファンドに売却した上で、独立系の企業再生ファンドなどと協力して再生に取り組む必要がある。市場から退出すべき企業を淘汰しないまま放置すれば、供給過剰が解消せず、需給ギャップが一向に埋まらないため、どんなに金融緩和をしても、良い意味でのデフレからの脱却は不可能である。 このようなことを言うと、「倒産が増える」「失業が増大する」という声が上がりがちであるが、現状をこのまま放置しておいたら、いずれにしてもそう遠からず数十万社の倒産予備軍がコントロール不可能な形で倒産に追い込まれよう。それよりは、再生できる企業を徹底的に再生させ、退出すべき企業には計画的に退出を促し、労働移動を円滑化するなど、少しでも産業の新陳代謝を進める方が日本経済全体のためになる。 また、金融機関が金融庁や政治の圧力によって不良債権を過少に見積もることは、いわば官製の粉飾決算であり、いずれは日本の金融業界が信認を失う結果にもなりかねない。適切な査定や引当の結果、過小資本に追い込まれる金融機関があるならば、そこに公的資金を導入すればよい。 歴史に照らしても、個別企業向けの補助金、たとえば信用保証協会による代位弁済などで過去数年に失われた数兆円は戻ってこないが、銀行への公的資金は大半が返済されている。なぜかと言えば、金融機関というものは、連載第14回で述べたように、電力会社と同じ「総括原価方式」で経営されているため、平時においては必ず利益が出るようにできているからだ。公的資金が入っている間も行員向けの給料を手厚く張るような異常な経営をしない限り、公的資金は必ず返済されるのだ。 政府は自民党の知見を活かせ ところで、以上に述べたような政策の矛盾点の中には、自民党の日本経済再生本部が5月に策定した「中間提言」には見られないものもある。中間提言では、痛みを伴ってでも産業の新陳代謝を進めるという考え方や、岩盤の規制緩和、間接金融偏重からの脱却、銀行による企業支配の弊害打破、公的資金導入の前提となる地域金融機関の再編促進、大企業のノンコア事業部門のスピンアウトと集約など、かなり思い切った記述がなされている。 また、金融庁が目指していた銀行の持ち株規制緩和など、銀行の産業支配や不良債権の塩漬けに繋がりかねないような施策(金融商品取引法改正)も、政府ではなくむしろ自民党サイドからの抵抗で阻止されたと筆者は理解している。つまり、少なくとも産業金融に関しては、政府の各種会議メンバーよりも自民党の方に良識と知見があるように思われる。 今回の参議院選挙が自・公の圧勝になったとはいえ、今後政府が打ち出す政策の中に、自民党サイドが持つ産業金融に関する知見がしっかり組み込まれない限り、民間主導による良い意味でのデフレ脱却は覚束ない。たとえば、筆者がかねてから主張している公的年金の運用規制緩和についても、自民党ではなく政府側で有識者会議が組織されたが、これについても筆者は若干の不安を持って見守っている。 安倍政権は、第一・第二の矢による「時間稼ぎ」の期間が終わりつつある今から、消費税引き上げの是非を決定しなければならない今秋までの間に、本格的に試練の時を迎えると言っても過言ではない。今回の自民党の政権公約は、選挙向けに玉虫色にせざるを得なかったゆえに矛盾が表面化した部分もあろうが、これからはそれを修正し、矛盾を解消していかねばならない。 その際、少数野党とはいえ、今回の選挙では合計すれば公明党を大きく超え、民主党に匹敵する議席を得て存在感を増した、みんなの党や日本維新の会が標榜するような思い切った既得権益の打破や、小さな政府の実現が出来るのかということこそ、自民党が今後取り組むべき政策修正の方向であることは明らかである。その先には憲法改正など他の政策課題と併せ、民主党の同様の考え方の勢力をも巻き込んだ政界再編まで見えてくるのではないだろうか。
【第35回】 2013年7月24日 安東泰志 [ニューホライズン キャピタル 取締役会長兼社長] 「ねじれ」の解消で改めて問われる 「アベ成長戦略」の中身 21日の参議院選挙の結果は、大方の予想通り連立与党の圧勝となり、これで衆・参の「ねじれ」が解消したことになる。安倍首相は、選挙期間中、憲法改正や教育改革といった持論は極力封印し、政権奪還後7ヵ月間の経済の活性化をアピールし、いわゆる「アベノミクス」の継続を求めてきた。
第一、二の矢は時間稼ぎ 確かに「次元の違う金融政策」は円安・株高を通じて、資産効果による消費増を生んでおり、「切れ目のない財政出動」は実需を底上げした。そのため、日本の経済成長率は久し振りに高いレベルを達成しそうな勢いである。しかし、筆者がかねてより指摘しているように、これらの政策、つまり「第一の矢」と「第二の矢」は、経済が自立的に回復するまでの間の時間稼ぎでしかない。 すなわち、「次元の違う金融政策」と称して如何に日銀が銀行から国債を買い上げたとしても、それは企業の新規資金調達に直接結びつくものではないし、現に銀行の貸出行動が大幅に改善したという兆しはない。実現しているのは日銀当座預金の大幅な増加以外は、「インフレ期待」という捉えどころのない概念の浸透に過ぎず、この「インフレ期待」が高まれば、名目金利からインフレ期待率を差し引いた「実質金利」は低くなるはずだ、という漠然としたものに過ぎない。 折しも米国の量的緩和縮小観測もあって円安が進行しており、輸入物価の上昇を通したインフレの兆しは見られるが、輸出数量が顕著に増える兆候はない。すなわち、単に「悪い物価上昇」が実現しつつあるだけのようにも見える。この点は、選挙戦を通して民主党など一部野党が訴えてきたことにも一理ある。 財政出動についても、自民党は、民主党政権時代のバラマキを改めたというが、経済効果的には財政出動は所詮バラマキであり、どうバラマキを行なおうが、経済効果に大差はない(経済学的に正確に言えば、減税や給付といったバラマキは、消費性向〈増加所得のうち消費に回す分の割合〉が低いと効果は限定的であり、一方で、公共事業の形のバラマキの方が消費性向に左右されず「乗数効果」があるかもしれないが、その乗数効果は近年大きくない)。むしろ、大型の財政支出によって財政収支が悪化しており、財政健全化が遠のいたように見えなくもない。 要するに、選挙において安倍政権がアピールした経済活性化は、政権初期の時間稼ぎが運よく奏功した結果に過ぎないとも言えるのであり、本来的な意味での経済活性化、すなわち企業の活性化を通した経済成長は、「第三の矢」である成長戦略の是非にかかっていると言っても過言ではない。「ねじれ」を解消した今、安倍政権はいよいよ時間稼ぎの段階を脱し、本当の意味での経済活性化が出来るかどうかを問われることになる。 自民党公約の経済政策は矛盾だらけ 今回の参議院選挙での自民党の政権公約の本紙自体はコンパクトなものであるが、その詳細は「J-ファイル2013 総合政策集(以下「J-ファイル」)」という冊子にまとめられている。なお、その政権公約の下敷きになっているのは、政府が6月に発表した「成長戦略」であろうが、それ自体が総花的・非体系的であり、かつ産業金融(リスクマネー供給策)の視点を欠くことについては、連載第34回で詳述した通りである。したがって、それを踏まえた今回の政権公約でも、当然のことながら様々な矛盾や論点不足が生じることになる。 とりわけ、民間主導の視点を欠き、何でも政府が前面に立って経済政策を推し進めるという姿勢が随所に垣間見えることは、規制緩和の精神と正反対の「大きな政府」を想起させるものであり、自民党の政策の最大の矛盾点である。また、銀行など、日本のコーポレートガバナンスを歪めてきた既得権益側に依拠した政策も多く、その点、たとえば日本維新の会の政権公約と比べて迫力を欠く(既得権益の打破不足に関しては、解雇規制の緩和・農地法改正・混合診療の解禁など他分野の施策の踏み込み不足にも表れているが、これらは産業金融を主題とする本論の対象外なので省略する)。 さらには、政策が先走り過ぎ、それを実現するためのリスクマネー、つまり、企業に入る資本性資金の供給策が決定的に欠如している。どんなに政府がお題目を並べても、企業側から見れば、それを実現するためのカネがなければ何もできないのだ。 「日本経済再興プラン」の中身は空疎 以上の通り、自民党の経済政策は根本的な矛盾を孕んでいるのだが、それらに関連するJ-ファイルの中身を個別に検証してみよう。 J-ファイルでは、「日本経済再興プラン」を実行するとしている。しかし、その中身は空疎なものであるばかりか、時代に逆行している。記述をそのまま転記すると、「世界で勝ち抜く製造業の復活・産業競争力強化に向け、先端設備投資の促進、革新的研究開発への集中投入、企業・経済再生型金融へのシフト、長期資金に対する政策金融の強化(「融資」から「出資」へ)を図るほか、産業の新陳代謝の活性化、世界最高の人材を育成する仕組みの構築に取り組みます」とある。 まず、前段部分には主語と目的語がない。誰が「先端設備投資の促進」をし、何を「研究開発に集中投入」するのだろうか。主語は民間企業ではなく、政府だというのだろうか。中段部分は要するに本来なら縮小すべき政府系金融機関や、モラルハザードの元凶である「官民ファンド」の一層の活用を図るというものであるばかりか、それら、つまり国が民間企業に「出資」までするというのだから、資本主義社会では言語道断である(連載第29回参照)。 そして、後段部分には、肝心の手段の記載がない。誰がどうやって「新陳代謝の活性化」「世界最高の人材の育成」をするというのか。本来、製造業の復活は、各企業の自助努力を資本市場の論理に従って「民間でできることは民間で」実行することをベースに、そのための規制緩和によって、民間企業や民間のリスクマネー提供者が、自己責任で活躍しやすい土俵を用意するのが政府の役割のはずではないか。 そのリスクマネーの供給策についてもお粗末である。J-ファイルでは、「公的・準公的な資金の運用の見直し」という項目が突如登場し、「運用やリスク管理等の高度化を図ります」とされている。しかし、この項目がJ-ファイルの「経済政策」の章に登場する理由は、「公的年金などの運用を多様化し、欧米のように産業の新陳代謝を進めるための資金として、PEファンドやベンチャーキャピタル(VC)に資金を提供しましょう」という意図だからだろう。そうであれば、非常に正しい問題意識なのだが、それなら正面からそう記載すべきなのではないか。この記載の仕方からは、厚生労働省など抵抗勢力・既得権益に抗えなかったことが見て取れる。 さらに、「ベンチャー事業等の創造・活路支援」なる項目も登場する。官邸に「ベンチャー創造会議」を創造するというが、ベンチャービジネスこそ、民間の活力が既得権益を打破する本丸であり、民間人のベンチャー魂と資本市場の規律によって育成されるべきものであって、政府が前に出ることではない。民間のVCやPEが規模を拡大できない(したがって有能な目利き人材を雇って投資を進められない)最大の理由は、公的年金の旧態依然とした運用規制にある。政府がまずやるべきことは、この規制を撤廃することであって、政府自身が目利きを支援することではない。 ちなみに、このベンチャー育成という項目の最後に、「クラウドファンディング」の促進も謳われている。クラウドファンディングについてはいずれ稿を改めるが、要するに小口の資金をネットベースなどで集めて、寄付や投融資に充当するものである。しかし、クラウドファンディングで集められる資金は、日本の産業の新陳代謝を促進するという目的に照らすと微々たるものであるばかりでなく、投資家保護など様々な論点をクリアしていく必要がある。産業界へのリスクマネーの供給の主流は、独立系のPEやVCであるべきことは明らかであり、それを育成するための公的年金等の運用規制緩和の方がはるかに優先順位が高い政策課題である。 中小企業の再生策も非現実的 地域に関する産業金融についても非現実的な施策が記載されている。J-ファイルの記述を転記すると、「中小企業金融円滑化法の終了を機に、地域金融機関は、これまで以上に中小企業を応援する外部専門家や外部機関等と連携して中小企業の創業・新事業展開、成長、事業展開、事業再生等のライフステージに応じたリスクマネーの供給やコンサルティング機能の発揮に積極的に取り組むことが重要です。このため、地域金融機関による地域密着型金融の取り組みを促すとともに、株式会社地域経済活性化支援機構の機能の拡充を図ります」とある。 しかし、これは、問題の本質から目を逸らすものであり、到底現実的なものとは言えない。円滑化法の利用企業は推定30万〜40万社もあり、うち5万社〜6万社は倒産予備軍とされている。円滑化法施行後、条件変更(貸出条件の緩和や返済猶予)の件数は増え続けており、12年下半期には400万件を超えている。その一方、企業倒産件数は年々減少し、12年下半期はわずか6000件程度である(出所:6月28日付「ニッキン」)。 13年3月に円滑化が終了した後も、金融機関は金融庁による指導によって条件変更に積極的に応じることが求められているため、この傾向は不変である。そのため、連載第32回で触れたように、金融機関、特に地域金融機関には、不良債権に認定したくても出来ない債権が数十兆円単位で山積しており、もはや手の施しようがないのが現実である。 もし真剣に企業の再生に取り組むというのであれば、まずは、金融機関に対し、これら企業向けの条件変更と自己査定を厳格化させ、不良債権に認定した上で、適切な引当金を積ませることが解決への第一歩である(なお、J-ファイルでは、このような状況下で、金融機関や金融機関が影響力を持つファンドなどに、経営不振の融資先にリスクマネー、つまり資本を投入して自らの債権を保全させようというのであるが、それは自分で自分の足を食っているような話であり、言語道断と言ってよかろう)。 然る後に、再生可能な企業と、市場から退場(廃業)する企業を見極め、再生可能な企業については、金融機関が当該引当金を債権放棄するか、またはその分だけディスカウントした価格で貸付債権を企業再生(PE)ファンドに売却した上で、独立系の企業再生ファンドなどと協力して再生に取り組む必要がある。市場から退出すべき企業を淘汰しないまま放置すれば、供給過剰が解消せず、需給ギャップが一向に埋まらないため、どんなに金融緩和をしても、良い意味でのデフレからの脱却は不可能である。 このようなことを言うと、「倒産が増える」「失業が増大する」という声が上がりがちであるが、現状をこのまま放置しておいたら、いずれにしてもそう遠からず数十万社の倒産予備軍がコントロール不可能な形で倒産に追い込まれよう。それよりは、再生できる企業を徹底的に再生させ、退出すべき企業には計画的に退出を促し、労働移動を円滑化するなど、少しでも産業の新陳代謝を進める方が日本経済全体のためになる。 また、金融機関が金融庁や政治の圧力によって不良債権を過少に見積もることは、いわば官製の粉飾決算であり、いずれは日本の金融業界が信認を失う結果にもなりかねない。適切な査定や引当の結果、過小資本に追い込まれる金融機関があるならば、そこに公的資金を導入すればよい。 歴史に照らしても、個別企業向けの補助金、たとえば信用保証協会による代位弁済などで過去数年に失われた数兆円は戻ってこないが、銀行への公的資金は大半が返済されている。なぜかと言えば、金融機関というものは、連載第14回で述べたように、電力会社と同じ「総括原価方式」で経営されているため、平時においては必ず利益が出るようにできているからだ。公的資金が入っている間も行員向けの給料を手厚く張るような異常な経営をしない限り、公的資金は必ず返済されるのだ。 政府は自民党の知見を活かせ ところで、以上に述べたような政策の矛盾点の中には、自民党の日本経済再生本部が5月に策定した「中間提言」には見られないものもある。中間提言では、痛みを伴ってでも産業の新陳代謝を進めるという考え方や、岩盤の規制緩和、間接金融偏重からの脱却、銀行による企業支配の弊害打破、公的資金導入の前提となる地域金融機関の再編促進、大企業のノンコア事業部門のスピンアウトと集約など、かなり思い切った記述がなされている。 また、金融庁が目指していた銀行の持ち株規制緩和など、銀行の産業支配や不良債権の塩漬けに繋がりかねないような施策(金融商品取引法改正)も、政府ではなくむしろ自民党サイドからの抵抗で阻止されたと筆者は理解している。つまり、少なくとも産業金融に関しては、政府の各種会議メンバーよりも自民党の方に良識と知見があるように思われる。 今回の参議院選挙が自・公の圧勝になったとはいえ、今後政府が打ち出す政策の中に、自民党サイドが持つ産業金融に関する知見がしっかり組み込まれない限り、民間主導による良い意味でのデフレ脱却は覚束ない。たとえば、筆者がかねてから主張している公的年金の運用規制緩和についても、自民党ではなく政府側で有識者会議が組織されたが、これについても筆者は若干の不安を持って見守っている。 安倍政権は、第一・第二の矢による「時間稼ぎ」の期間が終わりつつある今から、消費税引き上げの是非を決定しなければならない今秋までの間に、本格的に試練の時を迎えると言っても過言ではない。今回の自民党の政権公約は、選挙向けに玉虫色にせざるを得なかったゆえに矛盾が表面化した部分もあろうが、これからはそれを修正し、矛盾を解消していかねばならない。 その際、少数野党とはいえ、今回の選挙では合計すれば公明党を大きく超え、民主党に匹敵する議席を得て存在感を増した、みんなの党や日本維新の会が標榜するような思い切った既得権益の打破や、小さな政府の実現が出来るのかということこそ、自民党が今後取り組むべき政策修正の方向であることは明らかである。その先には憲法改正など他の政策課題と併せ、民主党の同様の考え方の勢力をも巻き込んだ政界再編まで見えてくるのではないだろうか。 http://diamond.jp/articles/print/39199 |