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市場は安定も、危機国の経済的疲弊は深刻化 景気・経済観測(欧州)
http://toyokeizai.net/articles/-/15768
2013年07月19日 田中 理 :第一生命経済研究所 主席エコノミスト :東洋経済オンライン
7月の第1〜2週にかけて、秋に連邦議会選挙を控える欧州の盟主ドイツ、構造改革の遅れが問題視されるフランス、次に支援要請が必要と不安視されるスロベニア、銀行危機に見舞われ今も資本規制が続くキプロスのユーロ圏各国と、非ユーロ圏ながら欧州情勢全般の情報召集の拠点となるイギリスを訪問してきた。
ちょうど1年ぶりに欧州を訪れたが、とりわけロンドンの金融市場関係者の間で欧州債務危機に対する警戒心が薄らいでいることを強く感じた。前回訪れた1年前といえば、欧州の金融安全網(EMS)の融資能力が不安視され、スペインやイタリアなど大国への危機波及が懸念されていた頃だ。昨夏以降、欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁による“ユーロ防衛宣言”とその後に発表された「新たな国債購入策(OMT)」が市場の不安封じ込めに成功してきた。
今年に入ってからも、キプロス救済での銀行預金者への課税の是非をめぐる混乱、イタリア総選挙後の政局不透明感、銀行同盟などをめぐる政策停滞、ギリシャやポルトガルの連立崩壊危機など、市場の緊張再燃のきっかけとなっていたとしても不思議ではない出来事が数多く発生している。だが、市場の動揺は局所的かつ一時的なものにとどまっている。
■ドイツの議会選挙前の市場の動揺は封じ込め
ドラギ総裁がもたらした市場の安寧は容易に崩れそうにない。今回、面会した金融市場関係者の間でも、少なくとも9月のドイツの連邦議会選挙までは危機が封じ込まれるであろうとの見方が支配的だった。再選を目指すドイツのメルケル首相は、選挙戦前の市場の混乱を回避することを最優先するというのが、その理由だ。
現に7月8日に行われたユーログループ会合(ユーロ圏財務相会合)では、ギリシャで公務員の人員削減や国営企業の民営化が計画どおりに進んでいないにもかかわらず、30億ユーロ相当のギリシャ向け次回融資の支払いを承認した。
ギリシャ支援プログラムについては、国際通貨基金(IMF)が12カ月先までの財政資金の手当てが確保できていることを融資実行の条件とするため、支援継続に難色を示しているとの見方があった。また、いずれかの時点で追加の債務軽減措置が不可欠との見方も根強い。しかし、そうした問題点は今回の会合では不問に付されたわけだ。
このほかにも、ドイツ憲法裁判所によるOMTの合憲性判断、銀行同盟をめぐって条約改正が必要かどうかの判断、アイルランドやポルトガルの市場復帰に向けた部分的な支援提供の是非、キプロス支援プログラムの見直し協議など、ドイツの選挙戦後に結論が先送りされている事案は多い。
■各国の政治リスクには引き続き警戒
では、この先、市場の安定を脅かす可能性がある出来事として、どのようなものが考えられるのだろうか。市場関係者の多くは、各国が抱える政治リスクへの警戒をにじませていた。
ギリシャではサマラス政権を支えてきた「民主左派党(DIMAR)」が連立を離脱し、「新民主主義(ND)」と「全ギリシャ社会主義運動(PASOK)」の2党連立体制は議会の過半数をわずか2議席上回っているにすぎない。支援継続には公務員の人員削減など各種の緊縮策や構造改革策を続ける必要があり、政権基盤の脆弱性が浮き彫りとなるおそれがある。
ポルトガルでは主要閣僚の辞任をきっかけとした連立崩壊の危機はひとまず回避されたが、議会の解散権を持つカバコシルバ大統領が連立政権の内閣改造案に難色を示し、政治の混迷が深まっている。大統領は連立を組む「社会民主党(PSD)」と「民衆党(CDS-PP)」に最大野党の「社会党(PS)」を加えた主要政党による挙国一致内閣の成立と、支援プログラム終了後の議会の早期解散・総選挙の実施を提案した。だが、野党勢は現政権への内閣不信任投票を求めており、事態は引き続き流動的だ。
イタリアではベルルスコーニ元首相が実権を握るメディア企業の脱税疑惑をめぐる控訴審が7月末に予定されており、5月の高裁判決に添って禁固刑(有罪の場合も高齢を理由に自宅勾留となることが有力視されている)と公職追放が言い渡された場合、元首相が率いる「自由の人民(PDL)」が、4月末に発足したレッタ政権への支持を取り下げるとの見方も一部にある。ひとまず6月の徴収見送りを決めた不動産税や7月1日の引き上げを延期した付加価値税(VAT)増税をめぐっても、今後連立内部での対立が激化する懸念がある。
スペインではラホイ首相が率いる「国民党(PP)」の不正献金疑惑が再びメディアをにぎわせている。元会計責任者への検察当局の取り調べが進む中、新たに党の関与を示唆する資料を一部のマスコミが報道した。国民党は疑惑を否定しているが、最大野党の「社会労働党(PSOE)」がラホイ首相の辞職を求めるなど、緊張が増している。
■景気動向も決して楽観できない
景気動向を懸念する声も根強い。マインド指標を中心に一部の経済指標に景気底入れや安定化の兆しもみられるが、危機国を中心に失業率の上昇や銀行の貸し出し抑制姿勢の継続が続いており、景気浮揚の牽引役は見当たらない。
欧州連合(EU)は一部国に財政健全化の達成年度の先送りを認めるなど、行き過ぎた緊縮路線から現実路線に舵を切っているのは事実だ。だが、各国が財政緊縮や構造改革に取り組んでいることに変わりがなく、目先の景気への下押し圧力は避けられない。景気の弱さが続き、危機国での失業率の上昇や不平等の拡大が政治的・社会的な緊張を高めることを警戒する声が多かった。
米連邦準備理事会(FRB)による量的緩和縮小観測や新興国の景気減速が欧州の輸出活動に与える影響を懸念する声も多かった。一部の金融関係者からは、中国景気減速によるドイツの輸出活動への深刻な悪影響を警戒する声も聞かれた。こうした懸念は、近年のドイツの輸出拡大を牽引してきたのが、中国を中心としたアジア新興国向けだったことに起因する(図)。
一方で、失業率の低位安定や賃金が上昇傾向にあることを受け、ドイツでは内需部門に成長の牽引役が徐々にシフトしつつあり、深刻な影響は回避可能との見方も根強かった。
■頼みの綱はドラギ総裁の市場との対話能力
財政の足かせと景気の自律回復力の弱さを背景に、金融政策への景気下支えを求める声は、今後も強まるとの見方が大半だった。
折しもECBのドラギ総裁は7月4日の政策理事会で、政策変更を事前に約束しないとの従来の方針を転換。「主要政策金利を長期間にわたり現行水準もしくはそれを下回る水準に維持する」ことを約束し、将来の金融政策への指針(フォワード・ガイダンス)を導入した。
ドラギ総裁の市場との対話能力を高く評価する声が多かったが、ECBが実際に導入可能な政策手段は限られているとの見方が大半だった。OMTやドラギ総裁への過大な信任も、いずれかの時点で試されるとの意見も数多く聞かれた。
追加の金融緩和をメインシナリオに据える声は皆無だったが、今後も景気停滞が予想以上に続いた場合、@主要政策金利の25bps利下げ(下限の預金金利はゼロに維持)、Aフォワード・ガイダンスの強化(低金利を維持する期間を明示したり、低金利を解除する目安となる参照値を設定するなど)、B長期リファイナンスオペ(LTRO)の強化・再実施(オペ期間の長期化や固定金利型のオペ導入など)――に追い込まれると市場関係者の多くは見ている。
一方で、マイナスの預金金利については、期待される政策効果に比べて、予期せぬ副作用が生じた場合のリスクが大きいことから、実施は見送られるとの意見が多数を占めた。資産担保証券(ABS)を活用した中小企業の資金調達支援策については、ECBが主体的な役割を担うわけではないうえ、景気浮揚の即効薬にはならないとの見方が支配的だった。
■市場安定の影で危機国の経済疲弊は続く
金融関係者の多くは、新興国からの資金引き揚げなどをきっかけに市場環境が不安定化すれば、危機国での政治的な緊張や経済状況の悪化が、再び市場の動揺につながりやすい局面が訪れることを警戒していた。ただ、ドラギ総裁がもたらした市場の安定によって、かつてのような市場に激震をもたらす危機の局面が再燃するとは見ていないようだ。
ドラギ総裁のユーロ防衛宣言やOMTは、まさしく“ゲーム・チェンジャー”となったわけだが、危機国では今も危機が現在進行形で続いていることを忘れてはならない。5月に支援プログラムが開始されたキプロスでは、2大銀行の銀行預金者へのヘアカット(損失負担の強制)で、運転資金を失った多くの優良な中小企業が倒産に追い込まれ、失業者が急増している。実際に、街の至るところにシャッターの閉じた商店が目についた。
国民や政治リーダーの間には、キプロスが他国と平等に扱われておらず、無理な支援プログラムを押し付けられたとの不満や、ユーロ圏からの疎外感を訴える声も多かった。市場関係者の声と危機国の国民の声は、以前にも増して温度差が生じているように感じた。こうした温度差こそが、新たな危機の火種にならないか、日本への帰路につく飛行機の中で不安が頭をよぎった。
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