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2013年07月18日(木) 柴田 悠 :現代ビジネス
■成長戦略は「規制緩和」と「子育て支援」で
以上見てきたように、一体改革をそのままのかたちで実施すれば、日本は、「経済成長のチャンス」(の一部)を失うことになるだけでなく、「機会の不平等」をも放置することになる。
安倍政権が「成長戦略」を掲げるならば、「規制緩和」によって民間投資を促進するだけでなく、「高資産高齢者への老齢年金給付」を削減し、または相続税・贈与税を増税し、それらによって得られた追加予算で「子育て支援」(とりわけ保育サービスと児童手当)を全面的に拡充すべきだ。
また、国家財政の健全性の目安としては、「政府の総債務残高が減少傾向にあること」が挙げられるだろう。せめて政府は、「総債務残高(2012年でGDP比237% 58)を継続的に減らすことができる水準」までには、経済成長率を高め、その水準を維持すべきではないか。つまり、経済成長率がその水準に達するまでは、「規制緩和」と「子育て支援の拡充」を進めるのがよいのではないだろうか59。
もう一点指摘しておきたい。
「機会の不平等」の放置は、何よりも倫理的に問題だ。国民の自由権を重んじるならば、政府は、自国の子どもたちに対して、人生の機会を「できるだけ」平等に保障する必要がある60。ついでにいえば「機会の不平等」は、長期的には、経済成長にとってもマイナスだろう。機会が不平等であればあるほど、「能力がありつつも、家庭の貧しさゆえにその能力を充分に伸ばせない子ども」が増えるからだ。
では、どうすればいいのか? これも答えは同じだ。「子育て支援」(保育サービス・児童手当など)によって、親の就労を支援したり、家計を補助したりすればよい。
一体改革は、「0〜2歳児の認可保育所待機児童ゼロ」をめざすなど、評価できる点もある。しかし、「子ども一人当たりの子育て支援支出」をほとんど増やさないという点を見ると、子どもの貧困の縮小は、あまり期待できないだろう。
58. IMFによる推計値。IMF, World Economic Outlook Database(2012年10月版)参照。
59. ただし小黒一正氏の推計によれば、日本では、抜本的な財政再建をしないならば、「インフレ率」が1.8%の場合は、政府の総債務残高を減らすには、「一人当たり実質GDP成長率」が3.7%以上必要だという。これは、バブル崩壊以前の水準で、もはや困難だ。他方で、「一人当たり実質GDP成長率」が2.7%の場合には、「インフレ率」が7.8%以上も必要になるという。7.8%のインフレ率は、インフレターゲットで目標とされる2〜3%を、大幅に超えている。したがって、「成長戦略のみで政府総債務残高を継続的に減らす」ことは不可能であり、抜本的な財政再建(消費税率を25%へと増税、年金・医療・介護を積立方式へ切り替えなど)が必要だという(小黒一正・小林慶一郎『日本破綻を防ぐ2つのプラン』日本経済新聞出版社、2011年)。
60. もちろん、「機会を与えられてもそれを活かすことが困難な人々」(障害者など)への生活保障も、必要であることはいうまでもない。
「子どもの貧困」は、この30年間、政府に放置されつづけ、およそ1.4倍に増えてしまった。日本では現在、15歳未満人口の15%にあたる約200万人もの子どもたちが、相対的貧困と「機会の不利」を被っている(図5)。したがって政府は、せめて「子どもの貧困を毎年継続的に減らすことができる」水準までには、「子育て支援」を拡充し、その水準を維持すべきだろう。
たとえば、もし子育て支援支出(2012年度4.8兆円)を先進国平均のレベルまで高めたいのなら、およそ4.5兆円の追加予算が必要となる(図2)61。その4.5兆円を、もし「増税」によって調達するならば、どうなるだろうか。まず、個人所得税(2012年度税収13.6兆円62)の累進性を高める場合は、1兆円未満の税収増加しか見込めない63。相続税と贈与税を増税する場合は、その合計税収は2012年度で1.5兆円64だから、税率を3倍に高める必要がある65。消費税ならば、5%増税分の見込み税収が13.5兆円だから、さらに約2%分の増税をすれば足りる66。したがって現実的には、消費税増税(と低所得者対策)が主な手段となるだろう。
では、その4.5兆円を、「増税」ではなく「高資産高齢者の老齢年金の一部削減」によって調達するなら、どうなるだろうか。2012年の数字で見れば、老齢年金給付は54兆円だから、その8%を削減することになる。そのためには、たとえば「公的年金や恩給の受給者がいる2人以上世帯」のうち、「住宅・宅地資産額が5,000万円〜1億円の世帯」への老齢年金給付(公費負担部分)を「1世帯当たり月額3万円」だけ削減し、さらに「住宅・宅地資産額が1億円以上の世帯」への老齢年金給付を「1世帯当たり月額5万円」だけ削減すれば、ちょうど足りる67。
子育て支援の追加財源を、「増税」によって調達するのか、「高資産高齢者の年金削減」によって調達するのかは、有権者が選択する問題だ。しかし、「増税」の場合は、その多くを「消費税増税」に頼ることになり、その結果、消費が鈍ってしまう危険性がある。そのため、「高資産高齢者の年金削減」のほうが無難かもしれない。
61. なお、もし政策目標が「待機児童(2012年約70万人、注11参照)の解消」だけであれば(実際には「所得補助」などの政策目標も日本ではまだ充分に達成できていないと思うが)、保育制度の規制改革を適切に行えば、4.5兆円よりももっと少額の追加予算で、目標を達成できるかもしれない。というのも、鈴木亘氏の試算によれば、「(1)『新認証保育所』による供給増、(2)原則価格自由化による需給調整、(3)利用者への直接補助による弱者対策、応能負担の維持」という「保育制度改革案」を実施すれば、0.7兆円の追加予算によって保育サービスを児童100万人分増やすことができるという。また、50万人分増やすだけなら、0.1兆円強の追加予算で足りるという(鈴木亘「財源不足下でも待機児童解消と弱者支援が両立可能な保育制度改革――制度設計とマイクロ・シミュレーション」『学習院大学経済論集』第48巻第4号、2012年、257・259頁)。0.7兆円の追加予算なら、一体改革(消費税増税)によって確保される子育て支援の追加予算と同額であるため、それ以上の追加予算は必要ない。よって、上記のような規制改革案は、検討に値するだろう。
62. 財務省「主要税目の税収(一般会計分)の推移」。
63. 2013年税制改正の個人所得税増税(課税年収4,000万円以上の税率:40→45%)によって見込まれる税収増加分は、わずか0.06兆円にすぎない(財務省「平成25年度税制改正の大綱(5/5)」)。
64. 財務省「相続税の課税割合及び相続税・贈与税収の推移」。
65. OECD諸国で相続税の税収規模(対GDP%、2011年)が最も高いのはベルギーの0.6%で、日本(0.3%)の2倍にすぎない(OECD, .Stat, 2013)。3倍にするのは至難の技だ。
66. ただし、消費税増税によって消費が鈍る可能性があり、ここではその可能性を無視して計算している。
67.「全国消費実態調査」(2009年)と「国民生活基礎調査」(2009年)の結果から推計。
■「倫理的な責務」と「戦略的な可能性」
結論を述べよう。
私たちは、もし自由に価値を認めるのならば、「子育て支援」(保育サービス・児童手当)によって、子どもたちの「機会の不平等」を、できるかぎり縮めてあげる必要がある。これは、子どもたちをこの日本社会に強制的に招き入れる私たち大人に課された、倫理的な責務だ。
他方で私たちは、もし物質的な豊かさを求めるのならば、「子育て支援」(保育サービス・児童手当)によって、経済成長を促すことができるだろう。またその財源は、「相続税・贈与税増税」や「消費税増税」「高資産高齢者の年金削減」などを取捨選択すれば、効率的に捻出することができる。これらは、私たちがいま手にしている、戦略的な可能性だ。
倫理的な責務を果たすこと。戦略的な可能性に賭けてみること。そのいずれもが、私たち有権者の今後の選択68に委ねられている。
68.「投票」だけでなく、「ロビー活動」「社会運動」など、私たちにできる政治的な選択は幅広い。
〈了〉
『g2(ジーツー) vol.13』86〜104ページより抜粋(一部改稿)
柴田 悠(しばた・はるか)
社会学者。1978年生まれ。京都大学で学士号・修士号・博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員PDを経て、現在、同志社大学政策学部任期付准教授。 立命館大学大学院政策科学研究科等でも教育に従事。専門社会調査士。専門は社会保障論、親密性論、近代化論。近刊『比較福祉国家――理論、計量、各国事例』(鎮目真人・近藤正基編著、ミネルヴァ書房)で「イベントヒストリー分析――福祉国家の変容に関する因果分析」を担当。
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