02. 2013年7月18日 02:40:04
: niiL5nr8dQ
規制緩和は創造的破壊、国家の寛容度が試される若田部昌澄・早稲田大学教授に聞く 2013年7月18日(木) 清水 崇史 参院選後の最大の注目点は消費増税と成長戦略の第2弾との見方は多い。早稲田大学の若田部昌澄教授は、金融緩和で緩やかなインフレ期待を起こす「リフレ政策」が効いているうちがチャンスだと訴える。(聞き手は清水 崇史) アベノミクスがスタートして半年が経過しました。点数をつけるとすれば。 若田部 昌澄(わかたべ・まさずみ)氏 早稲田大学教授。1965年生まれ。1987年早稲田大学政治経済学部卒業。同大経済学研究科を経てトロント大学博士課程単位取得退学。2005年から現職。金融緩和を重視するリフレ派の代表的な論客。近著に『解剖アベノミクス』(日本経済新聞出版社)。(撮影:竹井 俊晴) 若田部:合格点を60点とすれば現状では80点はつけられるでしょう。「第1の矢」のリフレーション政策が最も重要で効果を上げているからです。5月末に株価は乱高下しましたが、これは米連邦準備理事会(FRB)の政策不透明感などが主因です。黒田・日銀の緩和効果が薄れたわけではありません。日経平均株価は1万2000円から1万5000円の間を上下するでしょうが、すでに実体経済への波及効果も見え始めています。
具体的には。 若田部:例えば消費動向を見ると、全国百貨店売上高はアベノミクス相場の始まった昨年11月は前年同月比1.4%増でしたが、今年5月は同2.4%増でした。同じ期間で見ると、輸出数量のマイナス幅も7.5%から4.8%に改善。鉱工業生産指数もプラスに転換しました。いずれも金融緩和が時間差できっちりと景気回復に結びついている事例です。 参院選後、成長戦略の第2弾は期待できそうですか。 若田部:成長戦略は2つしかありません。国民一人ひとりにお金を与えるか、自由に経済活動をしてもらうかのどちらかです。前者は減税であり、後者は規制緩和です。設備投資や研究開発に対する減税は、その意味では有意義です。 法人税減税は進みますか。 若田部:企業などの所得に対して法人税を課し、さらに個人の配当所得に対して所得税を課しています。いわゆる二重課税の問題です。ですから法人税減税に踏み切るべきでしょうが、財務省との調整が難航するでしょう。それよりもアベノミクスの神髄は(期待インフレ率を高めて)実質金利を引き下げることです。資金調達のコストを下げることで、実質的に設備投資を活性化する効果が期待できます。 TPP参加より金融緩和の方が効果は大きい 消費増税が景気回復に冷や水を浴びせませんか。 若田部:影響は出るでしょうね。エコノミストの平均値を見ると、消費増税前は駆け込み需要で実質成長率は年率換算で4.4%くらいまで高まります。しかし増税後の2014年4〜6月はマイナス5.4%まで反動が出ます。東日本大震災のあった2011年1〜3月期がマイナス7.9%でしたから、今回の影響は小さくありません。そのあとも、せいぜいプラス1%台半ばとの見方が多いようです。 仮に実質成長率が1%、インフレ率が2%程度だと、名目GDP成長率は3%程度になります。実は、これでは民主党政権が掲げていた目標と同じ水準にとどまってしまうのです。 安倍晋三内閣は名目GNI(国民総所得)を1人あたり150万円引き上げる目標を掲げました。 若田部:そのためには4%の成長率が必要です。4%の成長が10年続けば国民所得は1.5倍になります。これはエコノミストの一般的な見方にすぎませんが、私も反対するだけの根拠が見当たらないのが実情です。 もうひとつの成長戦略である規制緩和はどうですか。 若田部:規制緩和は創造的破壊(イノベーション)です。新規参入者を認めるか、または参入を促すような減税ができるか、もっとたどれば新規参入者を輩出できるような教育改革ができるかということです。ネットでの医薬品販売を解禁するように、いずれも既得権益者と新規参入者の間で摩擦が起きます。それを打破するには世論の盛り上がりがないといけない。国家も新規参入者に寛容な競争環境をつくる必要がある。
そもそも安倍首相がきちんと規制緩和をやりたいのかどうか。保守本流の政治家ですから、創造的破壊とは相反するところがあるのかもしれません。特定の企業や産業に便宜を図る「クローズド・レジーム」にはなっていないか、懸念しています。 今月下旬に日本が参加するTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉の行方は。 若田部:参院選で勝利を収めて首相の求心力はいっそう高まることになります。あとは誰にどれだけ補助金などの予算措置を充てるかという段階です。とても政治的な焦点になるとは思えません。 関税をすべて撤廃した場合、確かに500兆円のGDPを2.4兆〜3.2兆円ほど押し上げます。それよりは第1の矢で放った金融緩和の方が効果は大きい。だから継続的な緩和が大事です。まだまだアベノミクスは終わりそうもありません。 このコラムについて アベノミクスの真価を問う 「機動的な財政政策」「大胆な金融政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢からなるアベノミクス。円高の修正、景気の底入れなどの成果を生み出しつつある一方、株価や債券市場が不安定になるなど副作用も無視できなくなっている。規制改革を柱とする成長戦略も力不足との指摘が少なくない。アベノミクスは今後、どこへ向かうべきか。識者へのインタビューやアンケートを柱に、あるべき姿や国民の希望を探る。
【第13回】 2013年7月18日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] 非製造業の生産性を高める 設備投資が必要 成長戦略の議論の中で、設備投資をいかに増加させられるかが、大きな焦点となっている。しかし、政府の説明を聞いていると、設備投資の増加それ自体が目的化しているような印象を受ける。「経済政策が成功している証左は設備投資の増加であり、その証左を得るために設備投資の増加が必要」という論理のように思えるのだ。しかし、これは、目的と手段を取り違えた発想である。
そもそも、何のために設備投資が必要なのかが考えられなければならない。その答えを得るためには、今後の日本の産業構造をいかなる方向に誘導するかが明確にされなければならない。 非製造業を中心にすれば、経済政策は大きく変わる 成長戦略を考える場合に重要な視点は、製造業と非製造業を区別することだ。以下で見るように、リーマンショック後の日本経済において、製造業と非製造業はかなり異なる動向を示しているからだ。 今後の日本経済成長の主役は、製造業ではなく、非製造業であると考えられる。そう考えられる最大の理由は、以下で営業利益率の分析を通じて指摘するように、東日本大震災以降、電気料金が上昇し、電力多使用産業である製造業の国内生産の条件が悪化したことだ。この条件下で経済的に合理的な方向は、製造業を国内に引き留めることでなく、非製造業(とくにサービス産業)の生産性を高めることだ。 この視点に立てば、経済政策の在り方も大きく変わってくる。 第1に、円安の是非に関する評価は180度変わる。円安によって利益を受けるのは製造業であり、非製造業は逆に円高によって利益が増大する傾向があるからだ。 第2に、雇用に関しては、製造業の縮小を前提として、非製造業を受け皿と考えるべきだ。その際に重要なのは、非製造業の生産性を高めることである。そのためには投資が必要だ。 1990年代以降の情報通信技術の革命的な発展によって、ITを活用すればサービス産業の生産性を大幅に向上させ得ることが明らかになった。アメリカの流通業は、積極的なIT投資を行なって生産性を高め、1990年代以降のアメリカ経済をけん引する主役になった。原理的には日本でも同様のことを期待できる。 したがって、設備投資の増加は、非製造業を中心に考えられるべきだ。 売上高はリーマン前より2割減 まず最初に、法人企業統計のデータを用いて、製造業と非製造業(金融保険業を除く)の売上高の推移を比較すると、図表1のとおりだ。 最近時点における四半期の売上高は、製造業が100兆円弱であるのに対して、非製造業は220兆円強であり、2倍以上になっている。
製造業でも非製造業でも、売上高はリーマンショックで急減した。どちらもその後回復はしたものの、リーマン前よりは減少している。2013年1−3月の売上高の07年1−3月に対する比率を見ると、製造業が84.3%、非製造業が81.6%だ。 なお、上記の計数は、金融保険業を除くものだ(以下も同様)。国内総生産(GDP)におけるウエイトでは、製造業が18.5%であるのに対して、農林水産業、鉱業以外の非製造業(建設業、電気・ガス・水道業、卸売・小売業、金融・保険業、不動産業、運輸業、情報通信業、サービス業)は68.1%となっている。非製造業のウエイトは、製造業の3.7倍である。 製造業の営業利益はリーマン前より4割減 このように、売上高で見ると製造業と非製造業の間に大きな差は見られないが、営業利益の動向は、図表2に見るように、大きな差がある。 リーマンショック直後の営業利益の落ち込みは、製造業においてとくに著しかった。2008年10−12月と09年1−3月には、製造業は全体として赤字になった。その合計は約4.2兆円になる。これは、最近時点における四半期の営業利益額を上回る額だ。
その後の動向についても、製造業と非製造業で差がある。製造業は09年の夏から秋にかけて急速に回復した。これは、中国に対する輸出が増加したことの影響が大きい。しかし、東日本大震災の影響で、11年1−3月に落ち込み、その後ほぼ同じレベルが続いた。 製造業の営業利益は、13年1−3月に急回復した。これは、円安によって輸出産業の利益が増加したためだ。なお、この期において、製造業の売上は顕著には増加していないことに注意が必要だ。営業利益は売上高の数パーセントなので、円安によって円建ての売上額が増加すると、利益は急増するのである。 非製造業でも利益がリーマンショックによって減少したのだが、減少の度合いは、製造業の場合ほど顕著なものではなかった。また、その後の回復も、製造業の場合のように急速なものではなかった。10年10−12月以降は、11年4−6月、11年7−9月、12年7−9月を例外として、四半期でほぼ7兆円を超えている。 13年1−3月の営業利益を07年1−3月と比較すると、製造業は60.2%、非製造業は82.1%となっている。リーマンショックが製造業の利益に与えた影響がきわめて大きかったことがわかる。 非製造業の営業利益率は円高期間に上昇 以上の検討結果をまとめると、つぎのようになる。 リーマンショック前と現在を比べると、売上高がほぼ8割のレベルに低下した点では、製造業も非製造業も同じである。しかし、営業利益の動向は大きく異なる。 以上のことを売上高営業利益率という概念を用いて述べれば、つぎのようになる。 まず、非製造業では営業利益率に大きな変化はなかった。これは、図表3で直接に確かめることができる。リーマンショック直後から現在までの推移を見ると、売上高営業利益率は、傾向としては上昇していると見ることもできる。つまり、円高の期間に非製造業の利益率が上昇したのである。非製造業の利益率は、円高によって上昇する可能性があることを示している。 他方で、製造業の営業利益率は、大きく低下した。より詳細に見ると、つぎのとおりだ。
リーマンショック前には、製造業の営業利益率は非製造業のそれを上回っていた。07年には製造業の利益率は5%を超えており、3%台であった非製造業の利益率より大幅に高かった。 ところが、リーマンショックによって製造業の利益率はマイナスに転落した。他方で、非製造業の利益率は低下はしたものの、2%台にとどまった。 製造業の利益率は、09年10−12月からは回復し、非製造業のそれより高くなった。ところが、東日本大震災で再び低下して2%台となり、非製造業のそれより低くなった。この状況が12年夏まで続いた。 リーマンショック後の製造業の利益率の低下は円高によるものと考えられるが、東日本大震災以降の低下は、電気料金の上昇によると思われる。これは、重要な点だ。なぜなら、製造業は電力多消費産業だからである。今後も暫くの間は電気料金は下がらないので、製造業の国内生産条件は改善しないだろう。 設備投資のカギを握るのは非製造業 製造業の設備投資額は、リーマンショック前には四半期で4兆円を超えていた(図表4)。しかし、2008年4−6月をピークに減少に転じ、09年4−6月から10年4−6月の期間では、四半期当たり2兆円程度に減少した。その後回復したが、最近に至るまで、2兆〜3.5兆円程度の水準にとどまっている。製造業の場合、円安が進展しても、海外への工場移転は止まらない。したがって、今後の国内の設備投資は、非製造業を中心としたものにならざるを得ないだろう。 他方で、非製造業の設備投資は、08年4−6月、11年4−6月と12年10−12月に落ち込んだことを除くと、5兆〜6兆円程度の水準である。このように、非製造業の設備投資が、製造業の2倍程度の規模になっている。 設備と言うと、工場のような製造業の生産設備を中心に考えがちだが、製造業中心主義からの脱却が必要だ。単純な額の比較から言っても、今後の設備投資動向のカギを握るのは、非製造業なのである。
なお、13年1−3月には、円安が進展し、製造業の利益が増加したにもかかわらず、製造業の設備投資が減少し、他方で非製造業の設備投資が増加したことが注目される。 設備投資が増加する前提条件は、利益の増加が期待されることである。ところが、先に述べたように、非製造業の利益率は円高によって上昇する可能性がある。少なくとも電気料金については、円安で料金が上昇し、非製造業の収益を圧迫する効果は明らかに働く。 そうであれば、非製造業の設備投資を増加させるには、円安でなく円高が必要という結論になる。 安倍内閣のこれまでの経済政策は、円安に依存するものであった。円安で輸出産業の利益を増加させ、それによる株価の上昇で経済のムードを好転させようとするものである。しかし、設備投資を本格的に増加させたいのであれば、円安ではなく、円高を求める必要があるのだ。 「円安でムードが変わり、その延長線上で設備投資が増えようとしている」と言われるとき、想定されているのは製造業だろう(なぜなら、円安で利益が増えるのは製造業だからである)。しかし、このようなシナリオは誤りなのだ。 ●野口教授が監修された経済データリンク集です。ぜひご活用ください!● http://diamond.jp/articles/print/38922 |