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悪いインフレは、本当に起きないといえるのか 物価上昇率が決まるメカニズムは、まだ解明されていない
http://toyokeizai.net/articles/-/15442
2013年07月17日 櫨 浩一 :ニッセイ基礎研究所 専務理事 :東洋経済オンライン
政府と日本銀行は、今年1月に共同声明を発表し、デフレからの早期脱却を目指して一体となって取り組むことを宣言した。デフレ脱却の具体的な目標は、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)の上昇率を2%にすることだ。2012年度の実績はマイナス0.2%の下落だったので、現状と目標までの距離はかなり大きい。
■日銀と民間エコノミストの見方が異なる
日本銀行が4月に発表した展望レポートでは、2013年度の上昇率が0.7%、2014年度は1.4%、2015年度が1.9%の上昇(いずれも消費税率変更の影響を除いたベース)という見通しだった。
一方、民間エコノミストを対象としたESPフォーキャスト調査(6月調査:日本経済研究センター)では、2015年度でも消費者物価上昇率は1.0%の予想にとどまっており、日本銀行と民間エコノミストの予想の差は大きい。同調査では、2年で2%の物価目標が達成できるかどうかを(特別調査)聞いているが、「できると思う人」はたった1名で、「できないと思う人」が33名、「どちらとも言えない」が6名だった。
もっとも、このところの物価の状況には変化の兆しも見える。前年比でマイナスが続いていた消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)の上昇率は、5月はゼロとなって4月のマイナス0.4%からマイナス幅が一気に縮小し、デフレ脱却に近づいているようにも見える(図)。
需要が供給を上回れば価格が上昇し、下回れば価格は下落する。経済学を習ったときに最初に教えられる大原則である。需要・供給曲線を使った説明では、需要が供給を上回る需要超過の状態では価格上昇が起こり、需要が供給を下回る供給超過の状態では価格下落が起こり、結局需要と供給が一致したところで価格は安定すると教える。
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政府・日銀による経済政策に期待されているのは、需要を増やして供給過剰の状態を脱却することによって物価を上昇させることである。需要・供給曲線では、需要曲線(DD)を右上の方にシフトさせて現在の価格で需要と供給が一致するようにすれば物価は下落しなくなる。
同じようなことは、供給曲線を動かすことでも実現できる。供給曲線(SS)が左上方向に動いても、現在と同じ価格で需要と供給が一致するようになる。
■良いインフレ、悪いインフレの違いは?
財政・金融政策による景気刺激などで需要が拡大して起こる物価上昇は、ディマンド・プル型、原油価格の高騰など供給コストの上昇で起こる物価上昇は、コスト・プッシュ型インフレと呼ばれて、区別される。需要の変化と供給の変化のどちらも物価下落を止めることができるが、結果として起こる経済活動の水準が違う。需要の拡大で物価の下落を止めると取引量は拡大するが、供給の変化では前よりも減ってしまう。
これまでマイナスを続けていた消費者物価上昇率が5月にゼロになった原因は、電気料金の値上げや円安による食料品価格の上昇だ。需要が拡大して物価が上昇するというディマンド・プル型のインフレであれば、企業収益は拡大し賃金の上昇・消費の拡大という持続的な経済の拡大が期待できる。しかし、電力料金の値上げや円安による輸入物価の上昇という費用増を販売価格に転嫁することによる物価上昇では、企業利益の大幅な拡大は望みにくい。
かつて良いデフレ・悪いデフレという論争があったが、コスト・プッシュ型インフレは日本にとって好ましいインフレではない。7月には小麦粉やパンなどの値上げが予定されており、この背景には円安による輸入価格の上昇という要因がある。
米国の金融政策が出口を模索し始めた一方で、日本は量的・質的金融緩和がスタートしたばかりで、日米の金利差の拡大から円安が進む可能性が高い。今後さらに輸入物価の上昇によるコスト面からの物価上昇圧力が高まる方向にある。
円安によって日本経済がデフレから脱出できたとしても、期待されているような需要の増加を反映したディマンド・プル型の物価上昇よりは、輸入した原材料や製品の価格上昇というコスト・プッシュ型の悪い物価上昇の色彩が濃いものになってしまう恐れが大きい。
■需給ギャップは、信頼できる指針ではない
日銀の金融緩和や政府の財政刺激による需要拡大には大きな効果が期待できず、需給ギャップがある間は需要不足なのだから大幅な物価の上昇は望めない。これが民間エコノミストの描いている今後の物価推移の標準的な姿だろう。
逆に言えば、需給ギャップが大きく開いているのだから相当大胆な政策を行っても急速なインフレになる心配はない、という主張の論拠にもなる。だが、ここには2つの問題がある。
第1の問題は、需給ギャップ(GDPギャップ)は、経済政策を運営するための指針として信頼性が高くないということだ。内閣府は四半期のGDPが発表される度にGDPギャップの推計を発表している。これによれば、2013年1〜3月期のGDPギャップはGDPのマイナス2.2%で、実質GDP523兆円に対して約11.5兆円の需要の不足があるということになる。物価の下落を止めるために、公共事業や輸出の増加で、11.5兆円分の需要を生み出せば良いのかと言うと、話はそれほど単純ではない。
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経済の需給ギャップ(GDPギャップ)を推計するには、GDPの実績値と潜在GDPの推計値の2つが必要だ。
発表されている四半期毎のGDPの実績値にはどうしてもある程度の推計の誤差が避けられない。さらに潜在GDPについても、「日本経済の供給力の最大値」とする考え方と「平均的な供給力」とする考え方があるうえに、推計方法についても、生産関数を推計する手法、HPフィルターという手法で最近のGDPの実績から推計する手法、オークンの法則を使って失業率から推計する手法などいくつかの手法がある。
こうした違いによって、推計で得られるGDPギャップの規模はかなり異なる。著しく大きな需要の不足があれば物価下落を引き起こしやすいことは確かだが、例えば内閣府が推計しているGDPギャップがゼロという水準が、必ずしも最初の説明の需給曲線の均衡点に相当するという訳ではない。
■インフレが起こる原因は供給力不足だけではない
第2の問題は、インフレが起こる原因はGDPギャップで供給力不足が発生しすることだけではないことだ。需給曲線による説明では、コスト・プッシュ型でもディマンド・プル型でも、需要が供給を上回って物価の上昇がおこるというメカニズムは共通である。
しかし1970年代ころから、先進諸国は不況の中でインフレが起こるという問題に悩まされることになった。高失業率とインフレの昂進が同時に進行するスタグフレーションの発生である。1980年代前半には日本のGDPギャップはかなりのマイナスだったが、この時期に物価上昇率がマイナスだったわけではなく、今から見ればかなり高い水準だった。
スタグフレーションは、硬直的な雇用制度などによって高失業率下でも賃金の上昇が続き供給曲線が右方向にシフトして起こるコスト・プッシュ型のインフレとして説明されることもある。しかし、1980年代の欧州では失業率が10%近くで推移するなど、経済全体としては大幅な供給超過の状態にあったはずだ。それでも物価上昇率が高かったのだから、GDPギャップのプラス幅が大きく広がらなければインフレの制御に心配はいらないというのは、楽観的すぎるだろう。
■状況を見ながら、徐々に政策を変更するべき
筆者は、「現在の経済学では物価上昇率がどうやって決まるのか、十分に解明できていない」と理解している。どうしてスタグフレーションのようなものが発生するのかよくわかっていないのだから、インフレは容易に制御できるとは言えない。
日本経済全体では供給力が余っていても、一部の市場で需要超過が発生して物価水準が上昇していくことはあり得る。物価を制御するためには、状況を見ながら徐々に政策を変更するしかないというのが、過去の金融政策の経験だったはずだ。
すっかり忘れている人も多いだろうが、2008年には2%を超える物価上昇が起こっていたのだから、デフレからの脱却に際してインフレの行き過ぎが起こることを懸念するのは、決して「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」というような類の杞憂ではないと考える。
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