http://www.asyura2.com/13/hasan81/msg/166.html
Tweet |
図5 所得再分配の前と後での子どもの相対的貧困率(%)
1980年代から2000年頃まで、先進諸国は所得再分配によって子どもの貧困を「減ら して」きたのに、日本はむしろ子どもの貧困を「増やして」きた。2010年頃(2011年)になってようやく、日本は子どもの貧困を少しだけ減らすことが できたが、その減少幅は微々たるものだ。実質的には「放置」しているに等しい。その結果、日本の子どもの貧困率は、アメリカやイタリアに次ぐ高さになって しまっている。
いま優先すべきは「子育て支援」 第3回 「機会の不平等」を被る「貧しい子ども」が、増えている。彼らを救う政策とは?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36385
2013年07月16日(火) 柴田 悠 :現代ビジネス
【第1回】はこちらをご覧ください。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36379
【第2回】はこちらをご覧ください。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36381
■増えてきた「子どもの貧困」
さて今度は、一体改革を、「機会の平等」という別の観点から検証してみよう。
日本では、1980年代以降、高齢者の貧困は大幅に減ってきた。しかしその裏で、じつは、子どもの貧困が、じわじわと増えている。
たとえば、65〜69歳の高齢者の相対的貧困率(所得が、全人口の所得の中央値の半分未満である者の割合44)は、1984年には約11%だったが、1994年には約8%、2004年には約6%にまで下がった。それに対して、5〜9歳の子どもの相対的貧困率は、1984年には約5%だったが、1994年には約6.5%、2004年には約7.5%にまで上がった。つまり今日では、5〜9歳の貧困率が、65〜69歳の貧困率を上回っているのである45。
高齢者の貧困率が下がった原因は、主に、「高度経済成長」と「現役世代が費用を負担する賦課方式の社会保険(老齢年金・医療保険・介護保険)」にあるだろう。貧困率が大幅に下がった世代(1944年以前生まれ)は、高度経済成長期に働いて「総中流」化していった世代だ。彼らが25〜50歳のとき、経済成長率は平均4%を超えており、実質賃金は実に5倍以上に上昇した46。またその世代は、賦課方式の社会保険で「得」をする「1950年以前生まれ世代」47と、ほぼ一致する。
では、近年の子ども(主に1980年以降生まれ)で貧困率が上がった原因は何か。それは、高齢者の貧困率が下がったのと逆を考えればいい。つまり、彼らの親たち(主に1955年以降生まれ)が25〜50歳のとき、経済成長率は平均3%に届かず、実質賃金は高くても3倍にしか上昇しなかった48。おまけにその世代は、賦課方式の社会保険で「損」をし始めた世代でもある49。彼らの貧困率が上がることで、彼らの子どもたちの貧困率も上がったのである。
■貧困を放置してきた政府
ここで疑問が生じる。政府は所得再分配の政策によって、子どもの貧困を減らそうとしてこなかったのか?
44. より正確には、全人口(または特定層)に占める「等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割った値)が全人口での中央値(上位50%)の半分未満の世帯に住む者」の割合(%)。
45. 大竹文雄・小原美紀「貧困率と所得・金融資産格差」岩井克人ほか編『金融危機とマクロ経済』東京大学出版会、2011年、150頁。ここでの「貧困」は、 「所得」ベースではなく「消費」ベースで計算された、年齢層ごとの相対的貧困率。消費ベースなので、「貯蓄の切り崩し」なども反映され、実態に近い。
46. 加藤久和『世代間格差』筑摩書房、2011年、56、39頁。
47. 鈴木亘ほか「社会保障を通じた世代別の受益と負担」ESRI Discussion Paper Series 281, 2012, p.42。
48. 注46参照。
49. 注47参照。
そうしてきたにもかかわらず、再分配政策の効果が平成不況によって打ち消されてしまったのであれば、それはそれで仕方ないかもしれない。だが実際はそうではなかった。政府は、子どもの貧困を、単に「放置」してきたのである。つぎに紹介するデータは、その実態を如実に物語っている。
図5 所得再分配の前と後での子どもの相対的貧困率(%)
http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/0/b/600/img_0b0302085feedd56a0e72e7f7340b427188949.jpg
1980年代から2000年頃まで、先進諸国は所得再分配によって子どもの貧困を「減ら して」きたのに、日本はむしろ子どもの貧困を「増やして」きた。2010年頃(2011年)になってようやく、日本は子どもの貧困を少しだけ減らすことが できたが、その減少幅は微々たるものだ。実質的には「放置」しているに等しい。その結果、日本の子どもの貧困率は、アメリカやイタリアに次ぐ高さになって しまっている。
図5は、先進19ヵ国を対象に、政府が所得再分配を行う前と後での、子どもの相対的貧困率をグラフにしたものだ50。この19ヵ国の中で唯一、日本だけは、1980年代から2000年頃にかけて一貫して、所得再分配によって子どもの貧困を「増やして」きたことが分かる。
2010年頃になって、日本政府の所得再分配は、ようやく子どもの貧困を「ほんの少しだけ」減らした。それでもなお、減らした後の貧困率は、先進諸国の中ではアメリカとイタリアに次いで高いレベルだ。つまり、いまだに高レベルの貧困率が、ほとんどそのまま「放置」されてしまっているのである。
50. 18歳未満人口に占める「等価所得が全人口での中央値の半分未満の世帯に住む者」の割合(%)。所得再分配は、税・社会保険料の徴収と現金給付・税控除。所得再分配の前の等価所得は等価課税前所得、後の等価所得は等価可処分所得。P. Whiteford and W. Adema, “What Works Best in Reducing Child Poverty," OECD Social, Employment and Migration Working Papers, 2007, p.18とJ. Bradshaw et al., “Relative Income Poverty among Children in Rich Countries," Innocenti Working Paper, 2012, p.29より作成。
慎重な読者は、こう考えるかもしれない。
「『貧困』といっても、ここで指摘している貧困は、あくまで『相対的な貧困』だ。日本は豊かになってきたのだから、相対的貧困とされる子どもでも『実質的な生活レベル』は、上がってきたのではないか。ならば、何も問題は無いではないか 51。」
たしかにその点はそうかもしれない。しかしそれ以前に、そもそもの前提として議論すべき問題がある。それは、「相対的貧困の子ども」と「それ以外の子ども」とのあいだで、「機会の不平等」がどの程度存在しているのか、である52。
■機会の不平等
相対的に貧しい子どもは、その貧困についてまったく責任がない。生まれてくる家庭を選べないし、年齢によって就労機会も制約されているからだ。にもかかわらず、その貧困のせいで、その後の人生での「有利さ」(学歴・所得)や「生活の質」(満足感・健康感・幸福感)が下がってしまうとしたら、どうだろう。彼らの「人生の機会」は、他の子どもたちよりも始めから狭められていたことになる。つまり、「機会の不平等」が存在していたことになる。
そこで筆者は、日本における「人生機会の差」を調べるために、全国規模のアンケート調査53のデータを分析した。調査の回答者は、2008年の全国成人男女約2,600人だ。
分析結果を図6に示した54。このグラフは、「年齢」と「性別」の影響を取り除いた上で、「15歳時に相対的貧困だった」と答えた人々が、それ以外の人々と比べて、「大卒確率」「年収」「各種満足確率」「主観的健康確率」「幸福確率」が「高い」か「低い」かを示している。一番上の横線よりも下側に棒が伸びていれば、(偶然では説明できないほどに)「低い」ということを意味する。
51. この考え方は、リベラリズムの代表的論者ジョン・ロールズが定式化した「格差原理」(最も恵まれない人の状況が改善される場合にのみ、格差の拡大は許容される)に相当する。ジョン・ロールズ(川本隆史ほか訳)『正義論 改訂版』紀伊国屋書店、2010年、106、403頁参照。
52. この考え方は、ロールズが名づけた「均等原理」(各人は平等な人生機会を持つべきだ。才能・能力・意欲が同程度であれば、人生の出発点がどのような境遇にあったとしても、同等の教養と達成を手に入れる見通しを持てるべきだ)に相当する。ロールズは、この「均等原理」を「格差原理」よりも優先する。ロールズ、前掲書、90、403〜404頁参照。
53. 日本版総合的社会調査(JGSS)の2008年調査(JGSS-2008)。JGSSは、大阪商業大学JGSS研究センター(文部科学大臣認定日本版総合的社会調査共同研究拠点)が、東京大学社会科学研究所の協力を受けて実施している研究プロジェクトである。データ入手元: I. Tanioka, N. Iwai, M. Nitta, and T. Yasuda, Japanese General Social Survey (JGSS), 2008. ICPSR30661-v1. A. Arbor, MI: Inter-university Consortium for Political and Social Research. ICPSR国内利用協議会 [distributor], 2012-03-27. doi:10.3886/ICPSR30661.v1。
54.「15歳時に相対的貧困」ならば、そうでない場合と比べて、「課税前個人年収」が何万円下がるか(左軸)、また、「大学(短大・大学院を含む)を卒業」「〜〜に満足」「健康」「幸せ」と答える見込み(「〜〜と答える確率」÷「〜〜と答えない確率」)が何倍になるか(右軸)、を示す(仕事満足・居住地満足・主観的健康・幸福は10%水準、他は5%水準で有意)。対象は日本全国在住20〜59歳非学生男女2,570人。方法は、年収は重回帰分析、その他はロジスティック回帰分析(ともに年齢層と性別を統制)。
図6 「15歳時の相対的貧困」がその後の「大卒確率」「年収」「各種満足確率」
「主観的健康確率」「幸福確率」に与える影響
http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/f/4/600/img_f44057f7a7582503693c5aa96349e65975946.jpg
「15歳時 に相対的貧困」だった人は、そうでなかった人と比べて、その後「大卒」になる見込みが(約)0.38倍に下がり、「課税前年収」が44万円低くなる。同様 に、「家計状態に満足」と感じる見込みが0.60倍に下がり、「友人関係に満足」と感じる見込みが0.73倍、……、「自分は健康だ」と感じる見込みが 0.85倍、「自分は幸せだ」と感じる見込みが0.79倍に下がる。つまり、その後の人生での学歴・所得・満足感・健康感・幸福感がすべて下がってしまう のである。
結果は明らかだ。15歳時に相対的貧困だった人々は、それ以外の人々よりも、「大卒確率」「年収」「各種満足確率」「主観的健康確率」「幸福確率」のすべてが、低い傾向にあった55。つまり、「子ども期の相対的貧困」は、人生スタート地点の「相対的な不利」をもたらし、その後のさまざまな「人生機会」を減じてしまうと考えられるのだ56。
子どもの相対的貧困は、ほぼ確実に「機会の不平等」を発生させている。その「機会の不平等」を縮小させるには、政府が、子育て中の親に対して、(親が働きやすくなるための)保育サービスや、児童手当を、給付する必要がある57。つまりは、政府の積極的な「子育て支援」が必要なのだ。
「子育て支援は低レベルに据え置く」という一体改革が日本社会にどのような影響をもたらすか、もはや明白だろう。「機会の不平等」が、今後も放置されつづけるのである。
55. なお小塩隆士氏らは、「15歳時に相対的貧困だった」という答えが回答者の「思い違い」である可能性を除去した、より慎重な分析を行っている。それによれば、「15歳時に相対的貧困だった」と答えた人は、その答えが「思い違い」である可能性を除去してもなお、現時点で「大卒」「相対的非貧困」「主観的健康」「幸福」である確率が低かった(T. Oshio et al., “Child Poverty as a Determinant of Life Outcomes," Social Indicators Research 99, 2010)。
56. 内閣府の調査でも、親が貧困だと、子どもは抑うつ状態になりやすく学業成績も低くなりがちで、将来に相対的貧困に陥りがちであった(内閣府「平成23年度 親と子の生活意識に関する調査」)。子ども期の貧困がもたらす種々の問題については阿部彩『子どもの貧困』岩波書店、2008年が詳しい。
57. 2011年の全国調査によれば、専業主婦の12%は相対的貧困であり、彼女らが挙げる「働けない理由」の第1位は「保育の手だてがない」(52%)だ(労働政策研究・研修機構「第1回子育て世帯全国調査」)。また2012年の調査では、子育て世帯が拡充を望む公的支援は、「児童手当」が第1位(51〜59%)、「保育サービス」が第2位(26〜50%)だ(労働政策研究・研修機構「第2回子育て世帯全国調査」)。
〈最終回につづく〉
『g2(ジーツー) vol.13』86〜104ページより抜粋(一部改稿)
柴田 悠(しばた・はるか)
社会学者。1978年生まれ。京都大学で学士号・修士号・博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員PDを経て、現在、同志社大学政策学部任期付准教授。 立命館大学大学院政策科学研究科等でも教育に従事。専門社会調査士。専門は社会保障論、親密性論、近代化論。近刊『比較福祉国家――理論、計量、各国事例』(鎮目真人・近藤正基編著、ミネルヴァ書房)で「イベントヒストリー分析――福祉国家の変容に関する因果分析」を担当。
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。