09. 2013年7月16日 09:36:17
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柴田 悠経済の死角 2013年07月12日(金) 柴田 悠 いま優先すべきは「子育て支援」 第1回 日本の社会保障の不都合な真実。高齢者福祉は並レベルなのに、子育て支援は低レベルのまま。 安倍政権の金融政策が成功してもしなくても、私たちは今後、金融政策の「次」の選択を迫られる。つまり、「これからどのような社会をつくっていくのか」「そのためにどのような戦略を立てるのか」を、私たちは選択せざるをえなくなる。それが、今後の政治の根本的な争点となるはずだ。 では、どういう選択をすると、どういう社会が到来する(と想定できる)のだろうか? その答えは、さまざまな統計データを分析すれば、おぼろげながら見えてくる。本稿では、そうやって見えてくる「いくつかの選択肢」と「それらがもたらすであろう未来像」を紹介し、今後の政治のための判断材料を提供したい1。 何も想定しないままの選択は、必然的に「想定外」の事態を招いてしまう。筆舌に尽くし難い原発事故を経験した私たちにとって、「想定外」はもう十分なはずだ2。 避けられない「世界一の高齢化」 『g2(ジーツー) vol.13』 私たちが「選択できること」を探るためには、はじめに「選択の余地がないこと」=「必ず起こること」を確認しておく必要がある。 私たちにとって「選択の余地がないこと」の最たるものは、「世界一の人口高齢化」だ。国連の推計によれば、日本の「高齢者率」(総人口に占める65歳以上人口の割合)は、すでに世界一になっているし、今後も半世紀ほどは世界一でありつづける3。また、日本政府の推計によれば、今後たとえ「子育て支援の拡充」などによって出生率が上昇したとしても、高齢者率は2038年に33%を超え、2049年からは36%以上で高止まりする。要は、「3人に1人以上が高齢者」という未曾有の事態が、遅くとも25年後からずっと、この国を襲いつづけるのだ4。 1. もちろん、あらゆる統計分析と同様に、本稿で紹介する筆者の分析もまた、改善の余地がある(たとえば「独立変数の内生性」や「媒介変数バイアス」など)。本稿をきっかけとして、より精緻な分析が行われていくことを、筆者は切に望んでいる。なお、筆者の分析の詳細については、紙幅の都合上、別の機会に紹介したい。 2. 原発事故もまた、社会的な選択が引き起こした出来事だ。詳しくは、柴田悠「リスク社会と福島原発事故後の希望」大澤真幸編『3.11後の思想家25』左右社、2012年を参照。 3. 日本の高齢者率は、2005年にイタリアを抜いてからずっと、世界記録を更新している。そしておそらく2060年ごろにボスニア・ヘルツェゴビナに抜かれるまでは、世界一のままだ。United Nations, World Population Prospects, the 2010 Revision, 2011を参照。 4. 高齢化が最も緩やかな「出生高位・死亡高位」の場合。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」を参照。なお「現役世代/高齢世代」もまた、2049年から定常状態(1.47以下)になる。 高齢化が進めば、当然ながら年金や介護といった「高齢者向けの社会保障費」が膨張する。年金・介護・医療のために日本政府が使うお金の量は、毎年、どんどん増えていく(図1)5。そのため政府は、社会保険料や税率を引き上げざるをえない。その分、国民の生活は苦しくなる。 図1 日本政府の支出と収入(対GDP%) 社会保障支出(棒グラフの絵柄部分)は、2012年には、GDP比25%にまで達した。それは、税・社 会保険料の収入を、それだけでほぼ全て使い果たしてしまうほどの大きさである。またそのうち、主に高齢者向けの「年金・介護・医療」だけで、GDP比 20%もの大きさとなっている。 では、国民の生活は、実際にはどの程度苦しくなるのだろうか? そこでポイントとなってくるのが、2012年から実施され始めた「社会保障と税の一体改革」(以下「一体改革」)だ。ごく大雑把にいえば「消費税を今後5%増税し、その税収を財源として、社会保障を充実化・効率化・安定化させる」改革である。政府公報オンラインによれば、消費税5%増税分(13.5兆円)のうち、1%分(2.7兆円)を「医療介護・子育て支援・年金の充実」に、残りの4%分(10.8兆円)を「社会保障の安定財源」に充てる、としている。 賃金の25%が年金保険料に しかし、もしこの「一体改革」が予定どおりに進んだとしても、私たちの生活は、結局苦しくなる。政府の社会保障費は、少なくとも2025年までは毎年3兆円ずつ増えていく6。その分、社会保険料や消費税率も引き上げられ、私たちの生活費を圧迫してくるからだ。 5. 一般政府(中央政府+地方自治体)の領域別支出と税・社会保険料収入(対GDP%)。2009年までは実測値で、OECD, .Stat, 2013より作成。2012年以降は「一体改革」を実施した場合の推計値で、厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計の改定について(平成24年3月)」、5頁より作成(「その他の社会保障」と「社会保障以外の一般政府支出」は2009年の値が続くと仮定)。 6. 厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計の改定について」、5頁。「2025年改革後給付費148.9兆円−2012年給付費109.5兆円」÷13年間=3.03兆円/年。 ここで具体例として、会社員が加入している「厚生年金」のケースを見てみよう。経済学者の鈴木亘氏の推計によると、厚生年金の積立金をなんとか2100年までは枯渇させないためには、「一体改革」に沿った消費税増税だけでは、政府収入が全然足りない。 消費税増税に加えて、「賃金(人件費)に占める年金保険料の割合」を、2012年度の16.8%7から2035年度の24.8%にまで、引き上げる必要があるとみられる。しかもそうやって徴収された年金保険料のうち、老後に老齢年金給付として戻ってくる総額の割合は、1990年生まれの世代では68%、2010年生まれの世代では62%にすぎない8。 賃金の実に4分の1が年金保険料として徴収された上、将来はそのうちたった6割しか戻ってこない。もちろん、その年金保険料に加えて、健康保険料や所得税なども徴収され、消費税は10%。そんな苦しい時代が、22年後に到来する。もしあなたに今、幼い子どもや孫がいるならば、彼らが子育てを始めるころには、すでにそのような時代になっているはずだ。 しかしあなたは、こう思うかもしれない。 「消費税増税分の一部は、子育て支援に使われる。その分、今よりも子育てをしやすくなっているのではないか。しかも子どもの数は減っていく。ならば、子育て環境は今よりもずっと良くなるのではないか。」 たしかに、消費税増税によって、子育て支援も拡充される。しかしその拡充の「量」は、消費税5%増税分のうちのたった0.3%分(0.7兆円)である9。子育て支援の予算は、2012年度の4.8兆円から、2015年度の5.5兆円へ増えるにすぎないのだ。 0〜2歳児の認可保育所の(潜在的)待機児童(2008年約59万人、2012年約50万人)は、安倍政権が一体改革に沿って認可保育所定員を今後40万人分増やすことで、2017年にはほぼゼロになるとされる10。しかし待機児童は、3〜6歳児においても、2008年で約26万人、2012年で約20万人存在している11。そしてこの3〜6歳児の待機児童については、具体的に減少する見込みはない12。2017年になっても待機児童はまだ10万人単位で残ってしまうとみられるのだ。 7.「被用者が生んだ付加価値(=賃金=人件費)100%」=「雇用主負担の年金保険料8.4%」+「被用者負担の年金保険料8.4%」+「被用者の手取給料83.2%」。雇用主負担分は、人件費からほぼすべて捻出されているため、実質的に年金保険料の一部。ただし、流動性の高い非正規雇用の場合は、状況が異なりうる(鈴木亘『年金は本当にもらえるのか?』筑摩書房、2010年、100〜107頁)。 8. 鈴木亘『年金問題は解決できる!』日本経済新聞出版社、2012年、55、83頁。 9. 消費税増税分の残りの12.8兆円(4.7%分)は、「高齢化に伴う社会保障費の自然増(7兆円)」「基礎年金国庫負担割合2分の1(2.9兆円)」「医療・介護の充実(〜1.6兆円)」「年金制度の改善(〜0.6兆円)」などに使われる。厚生労働省「社会保障・税一体改革で目指す将来像」(2012年3月)、9頁。 10. 厚生労働省「社会保障・税一体改革で目指す将来像」、11頁。「保育所定員40万人増 首相表明 女性の力活用うたう」『朝日新聞』2013年4月19日。 11. 厚生労働省「新待機児童ゼロ作戦に基づくニーズ調査〈調査結果〉」(2009年)、22〜23頁。「「保育所使いたい」 潜在待機児童85万人 厚労省調査」『朝日新聞』2009年4月8日。厚生労働省「保育所の状況(平成20年4月1日)等について」「保育所関連状況取りまとめ(平成24年4月1日)」。厚生労働省「社会保障・税一体改革で目指す将来像」、11頁。 12. もし具体的な減少の見込みがあるなら、厚生労働省「社会保障・税一体改革で目指す将来像」でその推計値がアピールされているはずだが、そのようなアピールは一切見られない。 「子育て支援」は低レベルのまま では、日本の子育て支援の「支出額」は、先進諸国の中ではどのくらいのレベルなのだろうか。そこで、他国と比較するために、支出額の単位を、比較可能な単位に揃えてみよう。ここでは、OECD(経済協力開発機構)のような国際機関が最も頻繁に使っている単位に替えてみる。それは、「国内で生み出された富(国内総生産=GDP)に対する比率(%)」という単位だ。この比率は、いわば、「子育て支援のために国内の人々が富を分かち合った程度」を表している。さらに、より厳密な比較のためには、「子ども人口の大きさによる影響」を取り除く必要があるため、この比率を、「子ども一人当たりの比率」に変換する。こうして最終的に、単位は「子ども一人当たりの子育て支援支出(一人当たりGDPに対する%)」となる。この単位に揃えた上で、国際比較の棒グラフを作成すると、図2のグラフになる13。 図2「子育て支援」の支出レベル(2009年) 日本の「子育て支援」の支出レベルは、先進国平均の約半分にすぎない。「一体改革」後の2015年、2025年になっても、先進国平均の「6割」にしか達しない。 このグラフを見ると、先進国の最新データが揃っている2009年時点で、日本の子育て支援のレベルは、先進14ヵ国平均の約半分にすぎない。「一体改革」が実施された後の2015年と2025年の日本のレベルも、計算してグラフに加えた14。改革後でも、日本のレベルは、2009年先進国平均の「6割」程度である。日本政府による子育て支援は、一体改革が実施されたとしても、結局は低いレベルにとどまりつづけるのだ。 13.「子ども人口」は、国際比較データが最も揃っている「年少(15歳未満)人口」とした。データはOECD, .Stat, 2013とWorld Bank, World Development Indicators, 2013。 14. 計算は厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計の改定について」、5頁に基づく。 「高齢者福祉」は先進国平均を維持 では、高齢者福祉はどうだろうか。図2と同様の方法で計算したグラフが図3だ 15。2009年時点で、日本の高齢者福祉は、すでに先進国の平均レベルに達している。日本は、高齢者率が世界一になり、その財政負担は危機的であるにもかかわらず、先進国平均の高齢者福祉を実現しているのだ。一体改革後の2025年になっても、2009年先進国平均の実に「9割」の水準を維持している。高齢者福祉については、おおむね先進国並みの支出をしているといえる。 図 3 「高齢者福祉」の支出レベル(2009年) 日本の「高齢者福祉」の支出レベルは、すでに先進国平均に達している。「一体改革」後の2025年になっても、先進国平均の「9割」を維持している。 したがって、一体改革の実態(の少なくとも一つ)は、ありていにいえば、「先進諸国の水準で見て、高齢者福祉は並レベルを維持しましょう。子育て支援は低レベルに据え置きましょう」ということなのだ。 では、「高齢者福祉は並レベル、子育て支援は低レベル」というこの一体改革は、日本社会にどのような影響をもたらすのだろうか? そこで以下では、一体改革がもたらす諸々の影響について検証しよう。まずは、「経済成長」に与える影響を分析し、一体改革の抱える経済的問題とその解決策について考える。つぎに、「機会の平等」に与える影響を検討し、一体改革の倫理的問題とその解決策を考える。 15. OECDの社会支出分類における「高齢期のための社会支出」。ここには「医療支出」は含まれない。日本の将来推計では「老齢年金支出+老齢介護支出」を計上した。データは図2と同じ。 〈第2回につづく〉 『g2(ジーツー) vol.13』86〜104ページより抜粋(一部改稿) |