01. 2013年7月06日 16:12:53
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日銀の消費者物価指数の見方 4 月の消費者物価指数(除く生鮮食品、以下コア CPI)は前年比▲0.4%と 6 ヵ月連続 で前年を下回っている。15 年近く続いたデフレからの脱却を目指して、4 月 4 日に黒田 新総裁の下で日銀は「量的・質的金融緩和」を導入した。「消費者物価の前年比上昇率 2% の『物価安定の目標』を、2 年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」 ために、異次元の金融緩和を実施している。これにより債券市場が不安定となる中、現 状では、日銀と民間エコノミストとの間では、コア CPI の先行きについての見方に隔た りがある。ここでは、日銀が公表した展望レポートにおけるコア CPI の見方を整理し、 一時的にコア CPI が 2%となっても必ずしも目標達成ではないことを指摘したい。 1.日銀の展望レポートにおけるコアCPIの見通し
4 月の展望レポートによると、政策委員のコア CPI の大勢見通しの中央値は、2013 年度が前年比+0.7%、2014 年度が同+1.4%(消費税率引上げの影響を除くケース1 )、 2015 年度が同+1.9%(同)となっている(図表 1)。一方、筆者もメンバーである ESP フォーキャスト調査(6 月調査、以下 ESP)における予測の平均は、2013 年度以降、 同+0.3%、同+0.7%、同+1.0%であり、また、同調査における「2 年以内に 2%の目 標を達成できるか」の設問に対する回答は、「はい」が 1 名、「いいえ」が 33 名、「どち らとも言えない」が 6 名となっている(当社の回答は「いいえ」)。物価動向に影響を与 える実質 GDP 成長率見通しが乖離しているため単純比較は出来ないものの、日銀のコ ア CPI 上昇率の見方は ESP より強め である。しかも日銀の 2015 年度は同 +1.9%とほぼ 2%に届く見通しとな っているが、政策委員全員の見通しの 幅が大きいのも特徴的で、2015 年度は +0.8%〜+2.3%と分かれており、少 なくとも 2 名の委員が 1%未満の予測 となっている。 1 日銀は、消費者物価指数の中で非課税品目もあるため、消費税率引上げの影響は、機械的に2014年度は +2.0%ポイント、2015年度は+0.7%ポイントと計算している。 1.日銀の展望レポートにおける物価見通しは、強い成長率見通しに加え、フィリ ップス曲線の形状が、現状とは異なる形を想定している。 2.消費者物価は、国際商品市況の高騰や円安進行等による輸入物価の上昇に加え、 採用品目の銘柄や税制等の変更においても大きく変動することもある。 3.現時点では、2 年 2%の物価安定の目標の達成は難しいと考えるが、一時的な 2% 到達の可能性は皆無ではない。まだ先の話であるが、その時の解釈で市場と日 銀の見解が異なると出口時期を巡り債券市場が混乱する可能性があるだろう。 【ポイント】 国 内 外 経 済 の 動 向 図表1.日銀と ESP の予測値 日銀 ESP 日銀 ESP 2013年度 2.9 2.7 0.7 0.3 2014年度 1.4 0.6 1.4 0.7 2015年度 1.6 1.3 1.9 1.0 (資料)日本銀行、日本経済研究センター 実質GDP成長率 コアCPI上昇率国内外経済の動向 このように日銀と民間エコノミ スト、また、政策委員の中でも見方 が分かれるコア CPI の見通しであ るが、日銀はどのような前提で今回 の見通しを公表したのだろうか。展 望レポートでは、消費者物価の上昇 要因として、@マクロ的な需給バラ ンス、A中長期的な予想物価上昇率、 B輸入物価の 3 点を挙げている。ま ず、@について、需給ギャップと消 費者物価の関係を整理したい。そも そも日銀と ESP では前述した通り 実質 GDP 成長率の見方が異なって いるため、それぞれの実質 GDP 成長率の年度予測値を当社で四半期分割2 して比較した い。日銀の予測をもとにした需給ギャップ(内閣府による推計値3 をもとに先行きを当社 によって延長推計)は、2013 年度後半にプラス(需要超過)に転じ、2014 年 4〜6 月 期に一旦マイナスになるものの、再びプラスで推移する見通しとみられる(図表 2)。一 方、ESP の平均予測値は、消費税率引上げ前の駆け込み需要(2014 年 1〜3 月期)でプ ラスに転じた後、再び水面下の推移となり、2015 年度はゼロ近傍の動きとなる。このよ うに物価の変動要因となる需給ギャップの見方が大きく異なっている。 図表 3 は、デフレが定着したとみ られる 1998 年度から足元までの四 半期データによるフィリップス曲線 で、右肩上がりであるものの、その 角度は緩やかなものにとどまってい る。その図表の中で、プロットを線 で結んで示しているのが、日銀の年 度予測値をもとに推計した 2013 年 4〜6 月期から 2016 年 1〜3 月期ま での数値である。現状のフィリップ ス曲線と比較するとその傾きから乖 離しており、その曲線が上方シフト かスティープ化するとみている。異 次元緩和や政府の成長戦略等により、この 15 年で根付いた企業、家計のデフレマイン ドが払拭され、Aの中長期的な予想物価上昇率(いわゆる期待インフレ率)が高まって いくことか、Bの輸入物価の影響を織り込んだものと言えるだろう。 なお、コア CPI は 6 月前後から前年比上昇に転じる可能性が高いとみている。主因は 既往の円安進行による輸入物価の上昇である。足元では 1 ドル 100 円前後と 2012 年度 半ばから 20 円程度円安となり、それに伴う輸入物価の上昇が、生鮮食品を除いた食料 2 ESP調査の四半期は、2013年度、2014年度の公表平均値を使用し、2015年度は年度の予測値をもとに当 社が四半期分割(2015年10月の消費税率引上げを前提)している。日銀の四半期は、2013年度、2014年 度は、ESPの四半期数値をベースに、年度の予測値になるように上方修正して使用している。2015年度は ESPと同様に年度の予測値になるように当社が四半期分割している。 3 2013年1〜3月期の1次速報時点の推計値 図表2.需給ギャップの見通し 図表3.フィリップス曲線 国内外経済の動向 品やガソリンなどの価格の押し上げに寄与すると見込まれる。NEEDS 日本経済モデル で推計すると、10 円円安となった場合でも、コア CPI は 2013 年度に+0.3 ポイント押 し上がることになる。加えて、4 月に自動車保険料(自賠責・任意)が引上げられ、今 後、複数の電力会社が表明している電気代の値上げが実施される。ただし、輸入物価上 昇に伴う物価の押し上げは、次年度以降その効果が弱まることになり、為替や国際商品 市況の動向に左右され、持続的にコア CPI の上昇に寄与するか不透明である。展望レポ ートでは、これまで公表されていた国内企業物価の数値が未公表となり、輸入物価をど のようにみているか推し量ることができない。しかし、レポートの文中で「輸入物価に ついては、(中略)国際商品市況が世界経済の成長に沿って緩やかな上昇基調をたどると の想定のもと、見通し期間中、上昇を続けると見込まれる」としている。日銀は、2015 年度にかけて輸入物価がコア CPI を押し上げ続けると想定している。 2.「物価安定」には2%の中身が重要に バブル崩壊後、わが国では消費税 率引上げ時期を除くと四半期ベース でコア CPI が前年比+2%超となっ たのは 1 回しかない。その 2008 年 7〜9 月期は、中国等の新興国の急成 長を背景に、原油などの資源や食糧 (小麦、トウモロコシ等)の価格が 高騰していた時期であり、いわゆる コストプッシュ型の上昇である。図 表 4 は、コア CPI の伸び率に対する 10 大費目別の寄与度であるが、物価 上昇の殆どは、「生鮮食品を除く食 料」、「光熱・水道」、「交通・通信」の 3 つの費目で説明がつく。それらの費目の内訳を みても、原油価格の上昇や輸入穀物の値上がりに起因するものが大半である。また、デ フレ前(1983〜1992 年)のコア CPI の費目別寄与度と比較すると、偏りが大きいこと が明白である。デフレ前は、光熱・水道以外の 10 大費目がプラス寄与となり、住居、 教養娯楽、生鮮食品を除く食料などが主な上昇要因である。結局、2008 年の物価上昇局 面は、その後の世界的な不況による国際商品市況の低迷で持続することはなかった。輸 入物価を起因とする物価上昇は「安定的」と 判断するには困難さを極めるとみられる。 また、消費者物価指数は、税制や社会保障 費負担、調査対象の基本銘柄の変更なども変 動要因となる。例えばテレビは、ウエイトが 97 と大きく、消費者物価へ与える影響は大き い。2009〜2011 年には概ね前年比▲30〜▲ 40%となっていたが、基本銘柄が変更された 2012 年に一転してプラスになる局面もあっ た。足元では再び前年比二桁のマイナスとな っているが、5 月の東京都区部の数値がプラ スに転じていることから、全国ベースでも同 図表4.消費者物価の 10 大費目別内訳 図表5.テレビの変動 (前年比、%) 83〜92年 1〜3月 4〜6月 7〜9月 10〜12月 暦年 平均 生鮮食品を除く総合 1.00 1.50 2.30 0.99 1.49 1.77 生鮮食品を除く食料 0.30 0.68 0.93 0.97 0.66 0.37 住居 0.00 0.02 0.04 0.04 0.04 0.53 光熱・水道 0.28 0.42 0.67 0.35 0.44 -0.10 家具・家事用品 -0.04 -0.02 0.01 0.01 -0.01 0.02 被服及び履物 0.03 0.02 0.02 0.02 0.02 0.12 保健医療 0.00 -0.02 -0.01 -0.02 -0.01 0.08 交通・通信 0.42 0.32 0.64 -0.26 0.29 0.09 教育 0.03 0.03 0.03 0.03 0.03 0.11 教養娯楽 -0.08 -0.08 -0.03 -0.03 -0.06 0.30 諸雑費 0.04 0.02 0.04 0.01 0.02 0.09 (資料)総務省「消費者物価指数」より富国生命作成 2008年国内外経済の動向 様に前年比プラスになる可能性が高い。また、税制や政策によっても、消費者物価指数 が変動することにも注意が必要である。ここ数年内の事例を挙げると、高校授業料の無 償化やタバコ増税の影響が大きかった。コア CPI(2005 年基準)に対して、前者が▲ 0.54 ポイントの低下要因となる一方、後者は+0.28 ポイントの上昇要因となっている。 タイミングや符号が異なるものの、二つの要因だけで 0.8 ポイント程度の変動要因とな っており、小数点第一位の変動が着目されるコア CPI だけに、インパクトは大きい。た だし、これらの要因については、1 年間限りの物価の変動要因にすぎず、2%の物価安定 の目標においては、消費税率の引上げ同様に控除してみる必要があるだろう。 3.消費税率引上げが重しになる可能性 わが国における消費税率の引上げは 97 年 4 月(消費税率 3%→5%)以来、実に 17 年振りとなる。1997 年度のコア CPI 上 昇率は前年比+2.1%となり、非課税品目が あるため+1.4 ポイント程度が消費税率引 上げの影響である。図表 6 は 10 大費目別 の上昇率であるが、当時はデフレではない ため、1997 年度の数値から 1993〜1996 年 度の平均伸び率を控除した差を示している。 「保健医療」と「光熱・水道」が 3%以上 の上昇率となっているが、同年 9 月からの 医療費の自己負担率引上げや公共料金の値上げが主因である。「被服及び履物」はやや高 いものの、それ以外の項目で約 2%以下の上昇率にとどまっており、事前に警戒されて いた便乗値上げの動きは限定的だったとみられる。 予定通り、2014 年 4 月に消費税率が 5%から 8%へ引上げられると、それだけでコア CPI は 2%程度上昇する。消費者は、普段の財の購入やサービスへの支出を通じて消費 税率引上げ分 3%値上がりしたと実感するだろう。一方、日銀の目標は、その影響を控 除した数値である。日銀が目標を達成することになると、消費者は消費税率引上げ以上 の実質負担が増すことになる。加えて、便乗値上げに対するけん制も強まるとみられる 状況下で、企業側が値上げに踏み切るのはハードルが高いとみられる。 現時点では、筆者を含め民間エコノミストの大半が、「コア CPI 上昇率 2%の物価安 定の目標」を 2 年で実現できるとはみていない。ただし、消費者物価がプラスに転じた 後、前述したように銘柄や制度の変更に伴う物価指数の押し上げに、国際商品市況の急 騰や大幅な円安による輸入物価の上昇が加われば、「一時的」な 2%達成の可能性は皆無 ではない。その場合、日銀は目標達成として出口戦略へ向かうのだろうか。それとも声 明文にある「安定的に持続するために必要な時点まで継続する」を厳守するのだろうか。 特に、輸入物価の先行きについては議論が分かれるところであろうが、日銀副総裁の一 人が 2%を達成できないと辞任すると発言したこともあって、その判断にバイアスがか かることが想定される。異次元緩和によって債券市場は動揺した。まだ随分先の話とな るが、判りやすいコア CPI 上昇率 2%もその解釈次第では、出口時期を巡り混乱する可 能性もあろう。 (財務企画部 森実 潤也) 図表6.10 大費目別の物価上昇率 (前年比、%) 93〜96 年度平均 (B) 97年度 (A) 差 (A−B) 食料 0.15 2.20 2.05 住居 2.00 1.40 -0.60 光熱・水道 0.28 4.18 3.90 家具・家事用品 -1.74 -0.40 1.34 被服及び履物 -0.12 2.79 2.91 保健医療 0.40 7.57 7.17 交通・通信 -0.31 0.10 0.41 教育 3.04 2.32 -0.72 教養娯楽 0.05 2.20 2.15 諸雑費 0.61 2.09 1.48 (資料)総務省「消費者物価指数」より富国生命作成 http://www.fukoku-life.co.jp/economic-information/report/download/report_VOL240.pdf |