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いたみ・ひろゆき 一橋大学名誉教授。1945年生まれ。同大学大学院商学研究科修士課程修了。米カーネギーメロン大学経営大学院博士課程修了(Ph.D)。その後、一橋大学商学部で教鞭をとる。この間、米スタンフォード大学客員准教授などを務める。『人本主義企業』『場の論理とマネジメント』など著書多数。
日本企業は何で食っていくのか? 伊丹敬之・東京理科大学大学院イノベーション研究科教授に聞く
http://toyokeizai.net/articles/-/14376
2013年07月02日 塚田 紀史 :東洋経済オンライン
日本産業にとっての新たな「成長源」が依然として明確には見えない中ではあるが、電力生産性、ピザ型グローバリゼーション、複雑性産業、インフラ産業など、挑むべき六つの突破口があるという。
──「第三の敗戦」に遭遇、と厳しい認識です。
太平洋戦争の終戦後、それにオイルショック以来の大ピンチだが、その認識は一般には共有されていない。それぐらい厳しい状況に2008年からの日本は置かれているので、あえて第三の敗戦という造語を使った。ここで「敗戦バネ」を利かせずにどうするのだと鼓舞したい。
──なぜ敗戦と?
大まかに言えば二つの理由からだ。大変なエネルギー危機が到来した。焦点は電力だ。現場の努力で不思議にもっているのは、火力をばんばんにたいて綱渡りができているから。突発事故でも起こったら、この状態が吹っ飛びかねない。北海道電力など典型で、定期点検にも入れないぐらいのフル回転だ。これが電力の危機でなくて何なのか。
今一つは、国際金融の「液状化」。今、幸いにして円安になっているが、100円前後はリーマンショック前の水準より2割近い円高。実質実効為替レートで比較すると、主要国の中で、日本だけが圧倒的に通貨高になっている。
ドイツは本当にうまくやっている。あのリーマンショックで実体経済が最も傷んだのが日本だった。鉱工業生産指数を比較してみればよくわかる。日本の落ち込みが激しい。そして回復し始めたら30カ月後に大震災が来た。これがU字回復を頓挫させた。
──中でも11年は特筆すべき年ですか。
この二つが同時に起こったのが11年だった。この年の8月5日は記念すべき日といってよい。米国国債がトリプルAから滑り落ちた日だからだ。その日から欧州の国債が売られ始める。今まではラストリゾートが米国だった。それが岩盤ではなくなった。だから液状化現象と表現できるのだ。
その際に、すぐニクソンショックとオイルショックを思い出した。起きたのは、1971年と73年。その結果、日本の高度成長がぴたりと止まり、安定成長期に入った。今度またステージが変わるのだろうかと。それだけ、厳しいマクロ経済上の認識をしなければいけない。これが第三の敗戦に込めた造語主のメッセージだ。
──過去の経験を生かせるのですか。
ヒントはオイルショックの後の日本経済にある。石油に頼り切っている日本経済は、価格が5倍になって、石油多消費の産業構造は成り立たなくなった。ものの見事に鉄鋼や石油化学の生産量は横ばいとなってしまい、代わって機械産業、とりわけエレクトロニクスに中心がシフトしていった。同様のことが起きなければ、今度の電力危機において日本はもたないと思っている。それで「電力生産性」の高い産業構造に移らなければいけないと。
──電力生産性?
これも私の造語。労働生産性とは、ヒト1人が1年間にいくら付加価値を生み出せるかだが、その概念を流用して、電力1キロワット時の使用でいくら付加価値を生み出せるのか計算している。その電力生産性の高い産業構造にシフトさせる。ただ、産業別の電力生産性の判定が一筋縄ではいかない。単純計算では化学や鉄鋼といった装置産業が低い。だが、鉄鋼は高炉で銑鉄を作るプロセスで出るガスを使って発電をしている。高炉メーカーについては、これを勘案して計算しないといけない。化学産業にも似たようなところがある。
──オイルショックの後、アルミ精錬が日本からなくなりました。
鉄鋼の中でも電炉はどうするか。アルミと同じようなことが、国内電炉で起きてくる可能性がある。あの手この手で電力生産性の高い産業は国内に置いて、生産性の低い工程を電力供給がまだ日本よりましなところに持っていく。オイルショックの後で石油の消費原単位が低い産業にシフトしたから、日本は石油消費量を減らしながら、経済成長できた。それと同じことをやる。ドイツと比べると電力生産性はまだ低い。改善の余地があるわけだ。ドイツは機械産業の国だ。付加価値の高い機械を作るのが日本の生きる道と示唆しているといえそうだ。
──ピザ型グローバリゼーションや複雑性産業を薦めています。
これらも、私の造語だ。グローバリゼーションというと、ドーナツ現象や国内空洞化がうんぬんされるが、食べ物のピザを作るとき職人がするように、真ん中は絶対になくならないやり方がある。しかも、真ん中にトッピングをのせるから、そこがいちばんおいしい。サービス業の国際展開では、日本で培ったおもてなしの心のような複雑な究極のサービスまで、きっちりするオペレーションの仕組みを作るところが生きる。ここで具体的に私の頭に上った事例は、ハイブリッド車と宅配便だ。
──複雑性産業とは、ある産業すべてがそうである必要はないと。
繊維がいちばんいい例だ。ヒートテックは明らかに複雑性セグメントである一方で、単純なコモディティもたくさんあるし、一方でヒートテックは染色を海外でしている。繊維でなくてもある複雑性セグメントをなるべく大きくするように工夫をして、日本産業は食っていくのがいい。日本企業はこれまで複雑な製品や複雑な工程、複雑なサービスをきっちりやり遂げるための必要な技術基盤やノウハウ、オペレーションの仕組みを培ってきているし、これからも優位性はあり続けるのではないか。
『日本企業は何で食っていくのか』 (日経プレミアシリーズ)
──突破口のあと三つは、インフラ産業と中国、化学です。
インフラ産業とは日本産業全体のことだ。材料も部品も供給する、技術も持っていっていい、何なら試作品を作ってもあげる。東アジアの企業にとってのインフラ、つまり「便利屋」に、ことさらなるのだ。中国とは、丹羽前中国大使のご指摘のとおり、「住所変更はできない」ことを肝に銘じ、強くなっている化学技術についてはどの産業にも生かす手を大いに考えるべきだと思っている。
──キーコンセプトも複雑性?
そういう意味ではこの本は角度を変えた見方を提供している。そのコンセプトで見ようとすると現実が今までと違って見えるような眼鏡を授与する。そのコンセプトのなかった人がこの眼鏡で見れば、新たな見方ができる。コンセプトというものはもともとそういうものだ。
(週刊東洋経済2013年6月22日)
(撮影:風間仁一郎)
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