03. 2013年6月28日 11:00:04
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http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130625/250198/?ST=print 低運賃が日本の鉄道をダメにしている 『満員電車がなくなる日』の著者、阿部等氏に聞く(2) 2013年6月28日(金) 小板橋 太郎 技術的にはできることが実現できない140年間の鉄道の歴史のシンボルが満員電車だと、鉄道コンサルタントの阿部等氏は指摘する。その最大の原因は安い運賃。技術開発や設備投資に回す資金を確保できなかった。『満員電車がなくなる日』の著者でライトレール社長の阿部氏に日本の鉄道の問題点と将来を語ってもらったインタビューの後編をお届けする。(聞き手は小板橋 太郎) 阿部 等(あべ・ひとし)氏 1961年8月30日生まれ。東京都出身。東京大学工学部都市工学科大学院修士修了。 JR東日本に第1期生として入社して17年間勤務し、鉄道事業の多分野の実務と研究開発に従事。その後、交通問題の解決をミッションに(株)ライトレールを起業。交通や鉄道に関わるコンサルティング・研究開発に従事。将来は鉄道経営を希望している。(写真:都築雅人、以下同) 鉄道をダメにしてきた原因は何ですか? 阿部:鉄道のイノベーションを妨げているものが何なのかが、『満員電車がなくなる日』で最も言いたかったことです。 満員電車の歴史を振り返りました。満員電車の歴史は、実は運賃抑制の歴史でした。140年前の鉄道開業以来、常に「鉄道の運賃は安くせよ」という社会的プレッシャーに負け続け、結果的に技術開発や設備投資をする資金を確保できなかったのです。 今も同じ状況です。やろうと思えばできることができないのは、早い話、お金が回らないからです。技術的にはできることができない、心ある多くの人が無念の思いを抱いてきた140年間の鉄道の歴史のシンボルが、言ってみれば満員電車なんです。 モータリゼーションのせいではない
国家のインフラは広くあまねく安く、というユニバーサルサービスの思想でしょうか? 阿部:と言うより、むしろポピュリズム(大衆迎合主義)です。国鉄もそうだったし、JRになっても本質は変らず、私鉄もそうです。 日本の鉄道の運賃が特に安いのでしょうか? 阿部:ポピュリズムになるのは人類共通です。どこの国でも、「鉄道やバスの運賃は安くしろ」というプレッシャーが働き、安い運賃になっています。かといって、税金の大量投入の社会的合意はまとまりません。そのために鉄道の投資やサービス改善は遅々として進みません。 インドの首相が来日し、安倍首相が「ムンバイに新幹線や地下鉄を」と話しましたが、珍しいからニュースになるのであって、世界中どこへ行っても、鉄道より道路建設の方が圧倒的に進んでいます。中国では、年に1000キロのペースで新幹線の建設が進み、大都市では地下鉄の建設が着々と進んでいますが、道路の建設はその10倍くらいのペースです。道路にお金がより回り、鉄道は時代の進歩に置いてきぼりです。 モータリゼーションがそうしたと言われていますが。 阿部:逆です。鉄道が本来のサービスをできていないから、車に先を越されたのです。ユーザーも社会も次善の策として車を使っていると考えられないでしょうか。渋滞にまみれようが、ガソリンを浪費してCO2を排出しようが、他に移動と運搬の手段がなければそうせざるを得ません。低運賃政策がその元凶なのです。鉄道がそれから脱却できれば、今は誰も想像もつかない便利で安全で省エネで環境に負荷のかからない移動と運搬を実現できる、これを実際に示すのが私の目標です。 ではどれぐらいが適正なんでしょうか? 阿部:現在の運賃は池袋―新宿5キロでJR150円、メトロ160円です。山手線、埼京線、湘南新宿ライン、副都心線を併せて1日に700往復くらいが走行し、数分で行けるという、世界でまれに見る高サービスでです。使う方は便利で助かりますが、発想を変えて150円の代りに200円、あるいは300円を集めたら、どれだけのキャッシュになるか、それを鉄道の改善に使えばどれだけ社会にプラスになるかを想像してみて下さい。 たしかに他の物価に比べると電車賃はあまり上がっていませんね 阿部:そうです。では車にはどれくらいお金が掛かるでしょうか。決して贅沢なクルマに乗らなくても、購入費、車検代、保険料、駐車場代、ガソリン代、高速代等々で、年に1台90万円くらい掛かるでしょう。年に300日使うとして1日3000円、片道1500円です。サンデードライバーで50日しか使わなければ1日1万8000円、片道9000円です。 鉄道で片道500円とか1000円だと、ずいぶん高いと感じますが、車と比べたら低額です。車は、使う時にはガソリン代と高速代と行き先の駐車場代(経済学ではOut of Pocket Moneyと称します)くらいしか意識しないので割安に感じますが、実際は大変なお金が掛かっています。しかも、車ユーザーは、道路の整備・管理コストの約60%しか負担していず、通勤先の駐車場も負担していないケースが多いです。詳しい金額は『満員電車がなくなる日』に書きましたが、道路の整備・管理には車ユーザー以外が負担した税金が大量に投じられています。 クルマは好きな時に好きな所に行けます。 阿部:鉄道も好きな時に好きな所に行けるように、かけるべきコストを投ずるべきです。車に対しては国の価格統制がないから、自由な経済活動で国民の需要に応じて供給がなされ、これだけ自動車業界が発展できました。さらに、道路整備に車ユーザー以外が負担した税金も投じろという政治的プレッシャーもあり、道路インフラが発達してきました。一方、鉄道は運賃抑制により需要に応じた供給ができていないのです。 これは日本特有のことでなく、全人類共通です。アジアの人口爆発都市でも、自動車産業発展が国家の成長につながると、自動車購入者に補助金を出したり、自動車メーカーの法人税を優遇したりしています。鉄道はその蚊帳の外に置かれています。結果としてお起きていることは、渋滞と交通事故と大気汚染と石油浪費です。 天ぷら蕎麦とかけ蕎麦が同じ価格か しかし、いまさら鉄道の運賃を上げるというのも難しい気がします。 阿部:満員電車をそのままにして運賃だけ上げたら、暴動が起きてもおかしくありません(笑)。一律に値上げするのでなく、商品価値に応じて価格差を付けることを提案しています。この図を見てください。 ICカードをかざせば折りたたみ式の座席が降りる 着席と立席に値段差を付けるのです。蕎麦屋に行けば、天ぷら蕎麦とかけ蕎麦は必ず違う値段です。着席は立席より商品価値が高いと同時に占有面積が広く生産コストもかかるのですから、鉄道以外の産業分野の常識では値段差を付けて当然です。
跳ね上げ式座席にICカード読み取り機を設置し、タッチすると座席が降り、立ち上がると跳ね上がるようにします。誰がいつからいつまで着席していたかを無人で記録でき、次に改札口を通る時に課金します。 ICカードなら、1円刻みに状況に応じて値付けできます。始発時点ではガラガラで途中から混雑する電車の場合は、着席の割増料金を次第に上げていきます。これにより利用者は確実に、着席という品質の高い望んだ商品を購入でき、鉄道会社は収益を確保できます。 たしかに満員電車だけでなく、線路や駅などのインフラにしても、鉄道というのは前時代的な光景が多いような気がします。 阿部:歴史的に見ると、明治維新以来1970年頃までは、鉄道はいろいろな意味で日本のけん引役でした。常に運賃抑制のプレッシャーはあったものの、それなりの技術開発と投資がされました。土木、建築、機械、電気、通信、情報処理、どの技術分野でも、国鉄が実行してそれが他の産業分野に広がるとか、あるいは国鉄への供給を目指して産業界が競争するという状況で、最先端の技術が開発されました。 「満員電車の原因は、歴史的に続いてきた鉄道の運賃抑制だ」と阿部氏。 変わったのは1970年前後です。当時の社会党や共産党が「運賃値上げは庶民の生活を圧迫する。」と主張し、運賃抑制の度合いがよりひどくなりました。狂乱物価で1年に10%もインフレが進んだ時代です。当時、国鉄の運賃は法律でした。運賃値上げ=法律改正だったのです。国会で過半数の賛成が得られないと運賃を上げられませんでした。国鉄運賃改定法案は与野党間の政争の具となり、運賃値上げは常に遅れ、かつ率を引き下げられました。
収入が頭打ちでは、社会に役立つと分かっている技術開発も設備投資も抑えざるを得ません。国鉄の財政は年々悪化し、職員の待遇悪化とともに組合は先鋭化しストが常態化しました。最先端の技術開発や顧客志向など、やりたくともできなくなり、国鉄は破綻しJRに衣替えしました。元を辿ると運賃抑制が原因です。 19世紀レベルの信号システム 前回のインタビューで前近代的な信号システムを使っているとのことでしたが、具体的には? 阿部:今の鉄道の信号システムは、19世紀に発明された技術をベースにしています。左右のレールに電流を流して信号機が建っているところで絶縁し、一定区間ごとに独立した回路にします。これが軌道回路です。 ある軌道回路に電車が入ると、電流が車軸につたわって左右レールを短絡(ショート)し電気が途切れたのが分かります。それにより電車の位置を検知し、それに基づき後続電車にどこまで走行してよいかを伝える仕組みです。19世紀には画期的な発明でした。最近では地上に信号機を建てずに、運転席に信号を現示する方式が多くなっていますが、基本原理は同じです。 たとえばこの動画を見てください。現行の信号システムの低機能さが一目瞭然で分かる動画です。前の電車がホームに止まり、後の電車が車間距離を60メートルくらい空けて止まっています。これでも十分に空けすぎですが、前の電車が動いてから後の電車が動くまでのリードタイムを知ったら、もっと驚くでしょう。 タイマーで11秒から40秒まで29秒です。撮影した時にたまたま長かったのでなく常にこうなのです。自動車の運転ではあり得ないでしょう。ギュウギュウ詰めの満員電車を、必要もないのに約30秒も止め、踏切も閉めっぱなしです。これが最先端の信号システムの性能です。 そんなに時代遅れのシステムなんですか? 阿部:はい。今の時代、トイレに入って用が済めば自動的に水が流れます。センサーで電車の位置を検知し、無線通信でそれぞれの電車の位置情報をセンターに集め、後続の電車に「あなたの電車の位置から言うと、どれだけの速度を出して大丈夫ですよ」とすばやく正確に指示するのは、難しいことではないはずです。 やっていないんですか? 阿部:やっていません。無線系の信号システムを使うことを、業界も行政もすごく躊躇しています。 いまだに? 阿部:日本の信号メーカーが開発しても日本の鉄道には採用されず、仕方なく中国の鉄道で実用化しているという悲しい状況です。 だって自動車はもうITSで追随運転まで可能になろうとしているのに。 鉄道の信号システムは19世紀に発明されたものと基本的には同じだという。 阿部:ITSで頑張っている人たちが、これからの時代は鉄道だと雪崩を打って入ってきたら、大きく変わるかも知れません。
昭和30年代に新幹線を短期間に実用化できたのは、実は航空技術者の力が大きかったのです。東大の偏差値は今は理3が圧倒的に高いですが、戦前・戦中に最も難関だったのは航空学科だったそうです。 その時代の一番優秀な人材層がゼロ戦を作るために航空学科に入り、終戦と同時に失業し、鉄道の研究開発に移った人が多数いました。そして時速210キロで走る新幹線の振動の解析や、モーターの開発や、運転席に指示を出しかつ誤操作を受け付けない信号システムといった、昭和30年代としては最先端の技術開発を担ったのです。 鉄道の「伸びしろ」は膨大 鉄道が本来できることをできないのは仕方ないことなのでしょうか? 阿部:いいえ違います。暗い話ばかりを言おうとしているのではありません。鉄道は、今まで能力を発揮できていないからこそ「伸びしろ」が膨大にあります。そのシンボルが満員電車をなくすことです。鉄道というのは、日本の再活性化の中枢、再成長のけん引役になれるくらいだと私は思っています。 ともあれ今回の猪瀬知事の都営交通終夜営業構想で、鉄道にスポットが当たりつつあります。猪瀬知事に伝えたいことはありますか? 阿部:はい。イスタンブールの反政府デモなどがあり、2020年にオリンピックを東京に招致できる可能性が高まりました。つい最近公表されたIOC(国際オリンピック委員会)の評価報告書で高い評価を受け、「世界で一番優れた交通網」とも評されました。東京が、そして日本が再び輝きを取り戻す大きなチャンスです。鉄道のイノベーションがそのけん引役になれます。 東京の鉄道は、批判を覚悟であえて申し上げると1970年頃の技術レベルとサービス水準です。そのシンボルが毎日続く満員電車です。2020年の東京オリンピックを機に、21世紀に相応しい技術レベルとサービス水準に引き上げましょう。 1964年の東京オリンピックを機に、東海道新幹線、首都高速道路、名神高速道路という次の時代の繁栄の礎となった交通インフラが整備されました。56年を経て、整備すべきは道路でなく鉄道です。 先日、首都高速中央環状品川線の工事現場を見学する機会がありました。道路関係の皆様には大変失礼ですが、これだけの投資を鉄道に振り向けたら、どれだけ便利な社会を作れるかとつくづく思いました。鉄道のイノベーションは、新しく線路を作るのでなく、今ある用地と設備を活かして実現できるんです。 具体的には? 阿部:東京駅から半径50キロの鉄道網は複線換算で約2500キロ、利用者は1日に約4500万人です。ニューヨーク、ロンドン、パリに圧倒的に勝ります。北京にも上海にもソウルにも圧倒的に勝ります。それを卑下することも悪く言うこともありませんが、ただ、鉄道が本来発揮できる能力と比べたら、まったく力を出し惜しみしています。それを、2020年東京オリンピックを機に、もっともっと圧倒的なものに衣替えしましょう。 2020年の東京オリンピックを機に整備すべきは道路ではなく鉄道だ(阿部氏) 信号システムの機能向上による大増発、鉄輪式リニア化による加減速度の向上、3線運行、そして総2階建て電車、着席割増料金、ICカードを活用した戦略的プライシング、安全性と効率性を兼備したホームドア…、実行すべきメニューは多々あります。猪瀬知事には大変失礼ながら、24時間運行など小さなメニューの1つです。
世界の鉄道を「東京スタンダード」に ずいぶんメニューがたくさんあります。 先ほどの動画の説明で、現行の信号システムの低機能ぶりを徹底的に非難したように聞こえたかも知れません。評論や批判、ましてや非難が目的ではありません。鉄道の「伸びしろ」が膨大にあることを読者の皆様にお伝えしたいのです。 「ITの有効活用が企業の命運を決める」と言われますが、鉄道も同じです。計画運行する、利用者が桁違いに多い、重量物を高速に動かす、といった特性を持つ鉄道は、ITを徹底的に有効活用するのに最適です。 自然災害にも強くしなければいけませんね? 阿部:その通りです。実は恐ろしいことが1つあります。次の大震災への備えです。阪神淡路大震災の際、線路が波打った映像を見た方も多いと思います。朝6時前だったおかげで事なきを得ましたが、首都圏の平日朝8時に線路があのようになったらどうなるか想像してみて下さい。 紙面の限界もあり、これ以上は言いません。もしこの記事の反響が大きければ、もう一度、インタビューの機会をお願いして、改めてお話します。最悪の事態はどうなるかを想定し、それを減災する方策も練ってあります。 鉄道の海外輸出にも弾みがつくでしょうか? 人がスムーズに動ける、物をスムーズに運べるというのは、アジアの人口爆発都市から見たら垂涎の的です。それなのに各都市への鉄道の導入に関して、日本はドイツやフランス、また中国や韓国と競争し、残念ながら必ずしも勝利を収められていません。 東京が、誰がどう見ても世界一という鉄道を実現できたら、他の国に負けるわけがありません。世界中の鉄道を「東京スタンダード」にできます。今すぐに準備を始めれば、東京オリンピックは先進鉄道都市の見本市にできますよ。 2日間の連載の最後に一言、お願いします。 総2階建て車両の提案には、技術的にも財務的にも非現実的と拒否反応を持たれるかも知れません。それと比べて、信号システムの機能向上による大増発は現実的と捉えてもらえると思います。再調達するのに1.5兆円以上を要するであろう山手線を、その10分の1のコストで獲得できたら、莫大なインパクトです。もう一度、坂の上の雲を目指し、鉄道関係者の勇気と叡智が結集されることを願います。 キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 |