04. 2013年6月26日 02:10:08
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【第281回】 2013年6月26日 加藤 出 [東短リサーチ代表取締役社長] タッカー副総裁も退任のBOE カーニー新総裁の就任後を占う イングランド銀行(BOE)は、ポール・タッカー副総裁が今年秋に退任する予定と6月14日に発表した。 1年前、「LIBORスキャンダル」が英国で大騒ぎになるまで、タッカー副総裁はキング総裁の最有力後継候補だったが、同問題でつまずいた。また、金融危機の責任はBOEにもあるとの批判が英国民の間で根強いこと、大胆な金融緩和策にBOEが消極的であることに英政府がいら立っていたことにより、オズボーン財務大臣は、BOE出身者ではなく、カナダ銀行総裁の若いマーク・カーニー氏(今年48歳)を選んだ。 英議会で明らかになったが、英国がこのカナダ人に支払う報酬は、年収80万ポンドと25万ポンドの住居費を含む諸手当だという(計1億5800万円以上)。 キング総裁は先日も「需要を上向かせられる魔法のような弾丸は存在しない」と金融政策の限界を主張していた。それは正論であり、7月1日に新総裁に就任するカーニー氏が切れるカードは実はそう多くはない。おそらく、FRBや日銀が採用してきた時間軸政策(金利ガイダンス:超低金利を長く継続すると市場に約束する政策)を彼は提案するだろう。 量的緩和策(現在、資産購入規模3750億ポンド)の拡大をカーニー氏が提案する可能性もある。ただし、キング総裁は量的緩和策の小幅拡大を金融政策委員会で提案してきたが、2月から6月まで5カ月連続で投票で否決され続けてきた(5月までは3対6。6月の票数は未公表)。追加緩和慎重派の委員は、量的緩和策の景気刺激効果を疑問視する一方で、インフレ率が目標(2%)を上回り続けてきたことを問題視してきた。 タッカー副総裁も量的緩和の拡大に反対してきた。英政府がハト派の新メンバーを彼の後継に選べば4対5になるかもしれない。しかし、賛成多数となるには慎重派からの一段のシフトが必要であるため、量的緩和拡大案は、しばらく否決され続けるのでは? という見方が今のロンドンでは多い。 英「ガーディアン」紙は「もし新総裁を楽にするという理由だけで、メンバーが投票を変更したら、彼らの独立性は大きな問題になる」と書いている。日銀の場合、黒田東彦氏が総裁に就任するや否や、政策委員会は急変して、大規模資産買い入れ策が全員賛成で承認された。自由闊達な議論を重んじる英国と、そうではない日本との違いが鮮明となりそうだ。 (東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)
【第285回】 2013年6月26日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] FRBの「出口」に向き合うマネー運用戦略 まだ可能性に言及したに過ぎないが――。 FRBの「出口」の意味とインパクト
日経平均で前日比1100円を超えた5月23日の日本株急落から、世界の市場が不安定だ。背景には、FRB(米国中央準備制度理事会)が現在の大規模な金融緩和のペースを近い将来落とす可能性が現実味を帯びてきたこと、いわゆる金融緩和の「出口」が近づいてきたことに対する市場の警戒感がある。 一般に、株価をはじめとする資産価格にとって、中央銀行による金融引き締めは、抵抗しても結局は勝つことができない「最大の敵」だ。典型的な金融引き締め行動は中央銀行が誘導する政策金利の引き上げだが、1回目、2回目ではないことが多いとしても、何度か政策金利が引き上げられるうちには、株価や不動産価格は天井を付けて下落に転じるのが普通だ。 現在のFRBは、短期金利をほぼゼロまで引き下げた上での「量的緩和」政策の規模を、近い将来縮小する可能性に言及したという段階だ。現在、実際に緩和を縮小し始めたわけでもないし、それを行う時期を明言したわけでもない。 とはいえ、FRBの金融緩和が縮小に転じ、将来は政策金利の引き上げもあり得るとすると、米国の金融市場はもちろん、米国以外の国の金融市場にも与える影響は小さくないだろう。 将来、投資家に対して米ドル建てで支払いをしなければならないという資金は、米国内にも米国の外にも多々あるし、米ドルで投資に使う資金を調達している投資家(ヘッジファンドなども含む)は少なくない。米ドルの実質金利が上昇するということは、こうした投資家の資金のいわば「元値」が変わるということなのだから、米国内の資産価格も、米国外の資産価格も影響を受ける公算が大きい。 ただし、今論じられている「出口」は、遠からず金融緩和の規模を縮小し始めるというレベルの話であって、金融引き締めに転じるというところまでは小さくない距離がある。 物価と共に雇用も目標とするFRBにとって、現在の失業率(5月は7.6%)は満足の行く水準ではないはずだ。失業率が低下するには、景気のもう一段の伸びが必要だ。経済が現状のままでも、FRBが金融引き締めに転じるという話ではないことには注意が必要だ。 株価の天井と下落時期はわからない 米国内のあるべき反応と先行きの見方 米国の金融緩和政策の「出口」が動き出すとすると、市場には以下のような力が働くだろう。 まず、米国内では好景気(そうでなければ「出口」はない)による業績改善と、長短の金利上昇による株式の相対的な不利とのせめぎ合いが起こり、典型的にはいったん後者が勝つことで幕が下りるはずだ。 ただし、そこまでは時間がかかる可能性があるし、そのときまでに米国の株価が意外なくらい高いレベルまで上昇している可能性もある。 米国の株価の天井とその後の下落の時期とレベルは、正確には誰にもわからない。もう過ぎた可能性もあるし、これから意外な高値を取る可能性もある。米国の投資家にとって、「出口前」を認識した段階で、最も無難な運用資産は「キャッシュ」(短期資金)だ。 米国債は、この段階では利回り上昇のリスクがある(価格は下落する)。相場用語でいうところの「キャッシュ・イズ・キング」(何と言っても一番安全なのは、キャッシュだというくらいの意味)の状況だ。米国債がベストの運用対象になるのは、株価などの資産価格が大きく崩れて、景気が下降方向であることがわかってからだ。 ここしばらく、米国株が調整色を強めているが、失業率がまだ7%台半ばであることを思うと、これ以上景気が回復しないまま、株価が下落するのと共にFRBが本格的な出口戦略の実施に踏み切るとは思えない。投資家は、いずれは来るはずの「出口」に対する先読みと現実の業績改善との引っ張り合いを、見極める必要がある。 中国株にも見える「出口」への脅え 新興国の株式市場はやはり苦しい FRBの出口戦略の影響を、米国の資産市場よりももっと強く受けそうなのは、新興国の株式市場と経済だ。新興国の株価は外国人投資家の影響が大きく、これまで、米国の年金資金をはじめとする外国からの投資によって押し上げられてきた。金融緩和による「米国版カネ余り」が縮小することは、新興国への投資資金の縮小につながる公算が大きい。 最近の中国の株価下落にも、中国経済の減速や変調と共に、FRBの出口戦略の影響に対する怯えがある。 後述のように、米国の出口戦略実施には、米ドルの実質金利を押し上げることによって、米ドルの為替レート上昇につながる影響チャネルがある。日本株はこの恩恵を受けやすいが、通貨が米ドルに連動する場合の多い新興国では、通貨を切り下げない限り、米ドル高もマイナスに働く。新興国株式への投資にとっては、今後しばらくリスキーで神経の休まらない状況が続くのではないか。 もともと、新興国株式への投資には、以下の3つの心得が必要だ。 (1)新興国株式はリスクが大きいと認識する(NYダウの5割増しくらいのアップ・ダウンがある感覚だ)。 (2)新興国株式がブームになっているときに投資してはいけない(特に日本の投資信託などは、設定時期が絶妙な悪さである場合が多い)。 (3)少量を分散・長期投資すべきだ(いつ上がるかはわからないが、大きな経済成長率は長期的に魅力だ)。 新興国株式への投資は、MSCI EMのような複数の新興国株式市場をインデックス化した指数に連動するインデックス・ファンドか、ETFなどを少量買って長期投資するイメージだが、現段階で、少し投資ポジションを落として、「出口」がいよいよ見えてきたときに、値下がりした新興国株式を買い増しすることを楽しみにするくらいの戦略がいいだろう。 ただ、現在新興国株式をお持ちの方には、投資ポジションを完全にゼロにすることはお勧めしない。いったんゼロにすると、初期の上げについて行きにくいし、その後に投資ポジションをスムーズに増やせないことが多い。 「出口戦略は円高材料」の信憑性は乏しい 日本株は「外人売り VS. 円安」の勝負に 日本株はどうなるか。 5月下旬に株価が大きく調整した時には、FRBの出口戦略への懸念が取り沙汰されて、「外人の日本株への投資資金が回帰する」「世界的にリスク・オフの流れになるので、円高になる」という説が流れたが、前半の力学が働く可能性は確かにあるとしても、FRBの出口戦略実施が円高材料だという説の信憑性は怪しい。 あえて推測を言うと、これは、当時日本株の売りポジションを持っていた向きが株価をさらに下げようとして流した「不気味な売り材料」だったのではないか。 将来想定される「FRBは出口へ、日銀はまだまだ入り口に」という状況にあっては、米ドルの実質金利が上昇し、日本の実質金利は下落ないしマイナスのままに留まることになるので、為替レートが円安になる公算が大きい。出口実施の時点では、サブプライム問題前のレベルである120円台くらいの為替レートも、十分あり得るのではないか。 問題は日銀の行動だが、少なくとも「物価上昇率2%」の目標実現が十分視野に入るまでは、金融緩和を継続するだろう。さすがに、「予防的引き締め」などと称してインフレ期待を殺すようなことはするまい。 そう考えると日本株は、国内の投資家に買いの主体をシフトさせながら、徐々に下値を切り上げる展開が予想される。 現状はブラックマンデー後に似ている 日本株のポジションは大きく落とさない 過去との類似で言うと、現状は1987年のブラックマンデー後に似ているかも知れない。1985年にプラザ合意があって、円高不況になった。1986年には金融緩和(4回の公定歩合引き下げ)で株価が大幅上昇する。ここまでの展開は、よく似ている。 そして、1987年には米国発の株価大暴落であるブラックマンデーがあったが、その後、世界経済の需要牽引を期待された日本は、金融緩和と内需拡大を止めることができなくなり、経済はバブル色を強める。 今回は、ブラックマンデー的な株式市場の波乱は米国ではなく日本で起きたが、その後、「物価上昇率2%」の達成まで金融引き締めに転じることができない状況は、1987年から1988年にかけての経済状況とよく似ている。 高値のスケールや上昇相場継続の期間はわからないが、消去法的にも日本株は、「まあまあ魅力的な投資対象」のカテゴリーに入るのではないか。投資家は、日本株の投資ポジションを大きく落とす必要はないのではないかと、筆者は考えている。大規模な金融緩和で始まった上昇相場が、1回目の調整と共に終了するようには思えない、ということもある。 もちろん、マーケットはグローバルにつながっているので、投資家としてはFRBの出口戦略には注意が必要だ。しかし、それが今すぐに来るものではないことと、日本株に与える影響と新興国株に与える影響は異なったものになる可能性が大きいことに、配慮しておきたい。
【第101回】 2013年6月26日 高田 創 [みずほ総合研究所 常務執行役員調査本部長/チーフエコノミスト],森田京平 [バークレイズ証券 チーフエコノミスト],熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト] 「世界過剰ババ抜きゲーム」の ジョーカーは主要新興国に バランスシート健全性でいまや日米はトップへ ――高田創・みずほ総合研究所チーフエコノミスト 世界大恐慌再来を救った主要新興国 2007年以降のグローバルな環境を振り返れば、大恐慌以来、最大規模のバランスシート調整を迎えた欧米では、2007年のサブプライム問題、翌年のリーマンショックと金融面の危機が生じた。 すでに1990年代からバランスシート調整が続く日本も含め、先進国として世界をリードした米欧日の3局が同時に大幅なバランスシート調整を迎えることは戦後初であり、1930年代以来の大恐慌不安も生じた。 実際に、金融政策上、日米欧はゼロ金利政策に近い水準まで金利引き下げを行い、3局同時に民間セクターが資金余剰に転じる戦後初の状況の中、長期金利は各地域で史上最低金利水準まで低下した。 下の図表1はグローバルな景気先行指標であるが、日米欧が連動して調整が生じた。しかも、2007年以降、2012年まで6年にわたる調整期間とその深度は、戦後最も深刻なものと言っていい。 ただし、その深刻さは1930年代の大恐慌と較べれば明らかに軽微で、その背景には日米欧の世界に占める割合の低下があった。すなわち、新興国の台頭が世界大恐慌を救った。 同時に、そこで中国を中心とした新興国は、その見返りに今や過大な負担を背負ってしまった可能性もある。図表1では、中国が2007年以降、なかでも2008年以降、日米欧の低下が続くなか「4兆元対策」で大幅に先行指標の水準を伸ばし、日米欧のサイクルとは異なる対応で世界経済を支えたアンカーになった。 新興国のシェア拡大が 日米欧の同時調整の感染を救った
次の図表2は、先進国と新興国のGDPシェアを示す。1970年代以降、日米欧の先進国経済の景気連動が生じたが、80年代前後、新興国のウェイトは20%台であり、世界経済の動きは日米欧の連動で生じた。 仮に、こうした状況で日米欧が同時に深刻なバランスシート調整に陥ったら、1930年代以来の大恐慌の再来が本当に生じてもおかしくなかった。しかし、現実には図表2のように、2010年代には新興国のシェアは40%近い水準まで上昇する大きな環境変化が生じた。 新興国が世界の過剰を肩代わりした
バランスシート調整の基本は債務調整と、同時に為替調整を主軸にした外需による成長戦略であると筆者は考えてきた。日米欧だけで構成されていた世界で、その3局メンバーが同時に調整に陥ったら、まさしく世界大恐慌である。 ただし、今回の場合、そのメンバー以外の存在が3局の調整のアンカーになった。また、日本も2007年以降、為替で円高となる自国通貨高を背負い込み、欧米に対してアンカーとなって支えた。 すなわち、中国を中心とした新興国は、2007年以降も財政・金融の拡張を続けることで欧米を中心とした調整のアンカーになった。その結果、2013年以降、米国を中心とした改善で世界大恐慌の危機の再来を回避したことになる。 ただし、ここでの問題は、2007年以降のアンカーとして拡張戦略をとった中国を中心とした主要新興国が、過剰設備を中心とした調整圧力の副作用を残したことにある。さながら、「世界過剰ババ抜きゲーム」でジョーカーを引いてしまったようなものである。一方、日本と米国は過剰を肩代わりしてもらった分だけ、バランスシートが世界で最も健全になった状況だ。 したがって、今後の世界は2013年以降、欧州は依然調整を残すものの、米日を中心とした先進国が調整から脱して世界の成長の牽引となる。一方、これまでの牽引役であった中国を中心とした主要新興国は、調整圧力を引きずり、2000年代と比較して低い水準での成長が続く、従来とは反対の二極化になりやすい。2013年のグローバルな投資資金の動きは、こうした動きに沿ったものと考えられる。 米国の出口不安と 新興国のトリプル安の不安 次の図表3は、新興国の長期金利の動きを示す。昨今、新興国は経済の減速が不安視されるなか、長期金利も上昇することは資金の流出を含むスパイラル的不安を拡大、株式・債券・為替のトリプル安不安を生じさせやすい。こうした動きの背景にも、5月後半以降、米国の金融政策のQE3のエグジット不安が生じ、日米中心に金融株式市場に変動が生じたことがある。 グローバルな金利上昇は 次第に小康状態に
みずほ総合研究所が5月に行った世界経済の見通し作業では、日米は大幅な上方修正を行いながらも、世界全体の見通しは下方修正にしたように、世界全体は足踏み状態にある。こうしたなか、6月の先進国G8サミットも含めて日本への期待が高いのは、あくまでも消去法的であるものの、日本にかつての「機関車論」のような期待を寄せざるを得ない面である。 一方、新興国は不安を抱えた状況にあるだけに、米国は性急な出口戦略を行うわけにはいかないだろう。米国出口戦略への不安から、世界の長期金利は一転して急上昇に向かったが、金利上昇は持続的なものにもなりにくい。 すなわち、現段階では持続的な金利上昇を正当化させるほど、世界全体の経済状態は強靭ではない。大きな流れで見れば、世界の金利は上昇局面に一歩踏み出したが、世界的な金利上昇は第一ラウンドが終盤に入り、次第に小康状態にならざるをえないのではないか。
相場の乱気流、試される黒田総裁の胆力 「ゼロ回答」でもメッセージに潜む真意 2013年6月26日(水) 岩下 真理 5月前半は一時的な世界同時株高となったが、5月22日のバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長による議会証言以降、米国の量的緩和第3弾(QE3)の早期縮小観測に市場は揺れている。同議長は今月19日の会見で、量的緩和の縮小に年内にも着手する可能性を明言した。その後、米10年物国債利回りが2.5%を超えたことから、当面は米債券相場の調整局面が続くことが見込まれる。 日米の長期金利上昇をきっかけに、日経平均株価は乱高下を繰り返す日々が続いている。異次元緩和以降は債券市場の不安定化が話題だったが、5月に米国要因が加わり、株式・為替市場のボラティリティも高めてしまった。異次元緩和決定から2カ月半が経つが、やはり日米ともに金融緩和の副作用を軽視すべきではない。 債券市場は徐々に安定化へ 6月第2週の各種報道では、日銀による固定金利オペの長期化(現状1年までを、2年以上に見直し)の検討が既定路線であるように報じられていた。しかしながら、11日付の日本経済新聞朝刊では、「政策委員の間で、“時期尚早”との慎重論が強まっている」と風向きの変化が伝えられた。 変化を後押ししたのは、長期金利が0.8%台でやや落ち着きを取り戻していることや、固定金利オペの長期化で落ち着かせたい中短期ゾーンで5年債利回りが0.3%程度で推移し、オペを打つ緊急性がなくなったことである(下図参照)。 日本国債の利回り推移(2013年以降) (出所)bloombergより、SMBC日興証券作成 *終値ベース その背景には5月以降の国債入札ラッシュの一巡や、6月が国債大量償還月という需給改善要因、日銀が「1年超5年以下」ゾーンの国債を多めに買い入れたことなどが挙げられる。日銀が5月29日に開いた市場参加者との意見交換会で、一部の参加者から固定金利オペの延長を希望する声が出ていたが、当時に比べて明らかに状況は改善した。 その一方で、5月下旬以降の株安の局面で、政府サイドから日銀に対して長期金利抑制策を講じることへの期待感があったのも事実だろう。 6月はゼロ回答 そのような状況下、6月10〜11日に黒田東彦総裁の下で4回目となる日銀金融政策決定会合が開催された。足元の景気判断を「持ち直している」と6カ月連続で上方修正し、全員一致で3回連続の現状維持を決定。事前に報道されていた固定金利オペの長期化というテクニカルな施策も決めることなく、一部観測にあった不動産投資信託(REIT)や上場投資信託(ETF)の買い入れ枠拡大も講じなかった。市場の一部にあった期待に対して、日銀は「ゼロ回答」だったわけだ。 黒田総裁は4月4日の初会合で「戦力を逐次投入はせず、現時点で必要な政策を全て講じた」と語った通りの有言実行と、当面は動かないという姿勢の点で、胆力の強さを示したと言える。白川方明前総裁との違いを印象付けた格好だ。 今後も景気の下振れリスクの顕在化など、それなりの理由付けができる状況でなければ、黒田日銀は簡単には動かないだろう。おそらく、異次元緩和の効果を見守る時間的猶予を1年ぐらいで想定しているのではないだろうか。言い換えれば、1年経過しても期待する結果が伴ってこなければ、ためらわずに方針変更してもおかしくない。 日銀のポートフォリオリバランス効果へのこだわりは続く そもそも、固定金利1年超のオペに対しては、一部金融機関のALMマッチング(資産と負債の総合管理において、期間が長めの負債に対応して資産を長めに持つ)のためのニーズがあるのみ。この施策について日銀内では、実行タイミング如何で、「2年程度で2%の物価安定目標を実現する」という時間軸との整合性がなくなり、市場に誤ったメッセージを送ることになりかねないとの慎重な意見は多かった。 その一方で、長めの資金供給については、量的・質的金融緩和(以下、QQE)が目指すポートフォリオ・リバランス効果に反する施策になるとの懸念が出ていたようだ。 また、白川前総裁時代に決定した貸出支援基金で、民間向け貸出を増やした金融機関を対象に最長3年の資金を年0.1%で資金供給することは可能なため、2〜3年のオペを実施する必要はないとの意見もあったと推察される。 日銀は今回、QQEの政策意図を改めて明確にする狙いを込めているのか、6月の声明文と同時に「貸出増加を支援するための資金供給の実施予定」を発表した。6月18日に3兆1519億円の貸付実施を事前公表し、その期間別の内訳も1年が1914億円、3年が2兆9605億円と明記。3年物に軸足を置いていることをアピールし、固定金利オペの長期化が必要ないことを匂わせた。「また貸出を増やす」というQQEへの取り組み姿勢を示したように見える。 黒田総裁のメッセージを読み解く その後の黒田総裁の定例会見では、追加策の見送りに関する発言が多かった。具体的には、「為替あるいは株価については、一つひとつの動きにコメントすることは差し控えたい」と、市場の催促に対して毅然とした態度で回答。オペについても、「現時点では、1年を超える共通担保オペの導入は必要ない」「将来必要となれば検討する」と語った。メリット、デメリットを議論したうえで、金利の変動率がおさまったことを主因に今は必要ないとの結論となったようだ。 将来の可能性に含みを残す発言をしたとはいうものの、会合時間の短さ(2日目の会合が正午前に終わるのは経験則として短い)からも、積極的な議論にはならなかったと推察される。追加策の導入が必要となる時期はそんな近くにはない印象だ。 その上で、「必要に応じて今後も弾力的にオペを行う」と述べ、「1年物のオペは、ボラティリティを抑える効果があった」との認識も示した。この説明を踏まえれば、当面、ボラティリティの抑制には、国債買い入れの弾力的な運営と1年物オペで対応し続けることになるだろう。その後、米国発の金利上昇の波がきても、日本の10年債利回りが0.8%台で推移しているのは、日銀による国債買い入れの効果であるのは言うまでもない。 方や、「REITの保有残高見通しは買い入れ上限ではない」「REIT市場を十分に注視し、弾力的に対応できるところは対応」とも述べた。6月15日付の日経新聞朝刊が、「REITの購入拡大、想定より最大100億円」と報じたように、柔軟な対応は見込まれる。しかしながら、REITの市場規模を考えれば、過度な期待は禁物とも思われる。 他方、声明文と同時に公表された貸出支援オペについては、「金融機関の積極的な利用が見られている」と前向きな動きを評価しつつ、「金利抑制で副次的な効果もあろうかと思う」と述べた。昨年12月の貸出支援基金の創設にかかわった事務方であれば、2013年末残高見通しの13兆円に向けた積み上げの動きはうれしいはずだ。 結局、日銀が追加策を講じなかった結果(6月11日午前11時48分公表)に対し、当日の東京市場の取引時間帯では、円相場が一時1ドル=97円台、日経平均は後場の寄り付きで一時、前日比200円安、債券市場では10年物国債利回りが0.880%、5年債利回りが0.320%まで上昇したが、悪影響はその程度でとどまった。国内勢は、テクニカルなオペの長期化を含む追加策に、過度な期待を持たなかったようだ。 物価プラス転換のタイミングを注視 黒田総裁は会見で、「わが国経済は順調に回復への道筋をたどっており、金融市場もそうした実体経済の前向きな動きを反映して、次第に落ち着きを取り戻していく」と語り、景気回復への自信をほのめかす。 今後は時間の経過に伴い、4月の「経済と物価情勢の展望(展望レポート)」にある2013年度の見通し数字が実現できるかや、今年の半ばごろに見込まれる本格的な景気回復、そして物価がいつプラスに転じていくかを検証していくことになる。日銀が次回7月10〜11日に開く金融政策決定会合で議論される展望レポート中間評価は、次の政策を占う重要な点検のタイミングとなる。 今回の日銀の景気判断では、当面の物価見通しについて、「マイナス幅が縮小」という部分が削除された。5月の東京都区部のコア消費者物価指数(CPI)が前年比プラス0.1%と4年2カ月ぶりのプラスとなったのはサプライズだった(下図参照)。 全国・東京都区部のCPI比較 (出所)総務省よりSMBC日興証券作成 押し上げの主因は、電気料金や都市ガス代の値上げとテレビ価格の持ち直しだ。5月分で、全国コアCPIがプラスになるかは微妙なところだ。さらには、年末に向けてプラス幅が一気に拡大していく姿はまだ描き切れず、中身を見れば「コストプッシュ型」でしかない。 それでも、今夏に向けて日銀の物価見通しも自信を深めたと言える。目先は、6月28日発表の6月の東京都区部、5月の全国の消費者物価指数の動きが注目だ。その先は、夏場に電気料金の値上げ主体で前年比プラス0.5%まで到達できるかどうかの見極めと、そのプラス幅の持続性に加え、予想物価上昇率の動向により、「期待への働きかけ」の効果を見極めていくことになるだろう。 6月6日発表の「ESPフォーキャスト6月調査」(民間エコノミスト41人による日本経済予測の集計で、筆者も回答メンバー。回答期間は5月23〜30日)では、日銀の4月の展望レポートに合わせて、新たに2015年度の実質国内総生産(GDP)成長率とコアCPI上昇率の予測値が集計された。 ESP比較 (前年度比、%) (公表時点) 実質GDP成長率 コアCPI上昇率 日銀 (4月26日) ESP調査 (6月6日) 日銀 (4月26日) ESP調査 (6月6日) 2013年度 2.9 2.7 0.7 0.3 2014年度 1.4 0.6 1.4 0.7 2015年度 1.6 1.3 1.9 1.0 (注1)日銀は2013年4月の展望レポート、大勢見通しの中央値。 (注2)ESPフォーキャスト調査は、平均値。 (注3)コアCPI上昇率は、2014年度以降は消費税増税の影響を除いたベース。 上の図表で比較してみると、2013年度の実質GDP成長率は、5月16日発表の1-3月期(1次速報値)が前期比年率プラス3.5%(6月10日発表の2次速報値は同プラス4.1%に上方修正)という高い数字だったことを反映し、両者の差は縮小した。しかしながら、消費税引き上げ前の駆け込み需要の反動が想定される2014年度については、日銀の予想値が民間よりもかなり楽観的だ。 またコアCPI上昇率では日銀の予想値は民間に比べてかなり強気の状態は変わらない。やはり日銀の物価見通しの数字(2年後に2%程度)は、実質GDPを高めに設定して、マクロ的な需給バランスの改善幅を大きくし、期待に働きかけて予想物価上昇率が上振れていかなければ、作ることができない。 それでも民間予想は徐々に上向いてきており、2015年度がプラス1.0%台乗せとなり、政策委員の最小値であるプラス0.8%や、下から2番目のプラス0.9%という「ハト派委員」の数字を上回ったことは、前向きな変化の1つと言えそうだ。 現在調査中の日銀短観もカギ 次に重要な材料は、日銀が7月1日に発表する企業短期経済観測調査(日銀短観)の6月調査だ。アンケートはすでに5月の最終週から配布され、足元は中締めの時期に当たる。想定為替レートは円安修正が見込まれることから、事業計画は改善方向が続くだろう。その一方で、設備投資の回復はまだ期待できないと見られる。 大企業製造業 業況判断DI (出所)日本銀行、ロイターよりSMBC日興証券作成 *記号の離れは各調査の期先予想 6月10日発表の5月の景気ウオッチャー調査(調査期間は5月25〜31日)では、5月下旬以降の株価変調への不安が消費マインドに影を落とした。しかしながら、日銀短観の関連統計であるロイター短観(6月調査:調査期間は6月3〜17日)では、金融市場での相場の乱高下の影響は見られなかった。上図の大企業製造業では、足元も先行きも業況判断指数(DI)は大幅改善。為替や株式相場は前年との比較ではまだ円安・株高水準にあり、企業は中長期的な観点で景況感を判断していることがわかった。日銀短観・6月調査でも、前向きな変化の芽を確認することになりそうだ。 岩下真理の日銀ウオッチング
安倍晋三政権が放つアベノミクスの3本の矢のうちの1つ、日銀の大胆な金融緩和策。財務官出身の黒田東彦総裁の下で、「量的・質的金融緩和」という未曾有の大実験が始まった。果たしてデフレを克服し、日本経済を再生することができるのか。長年、金融政策を追いかけてきた数少ない女性の「日銀ウオッチャー」、SMBC日興証券の岩下真理氏が、独自の視点で日銀の一挙手一投足を読み解く。
「150万円所得が増える」は間違ったガイドライン
「成長戦略」と「骨太方針」から経済政策を考える〜アベノミクスの中間評価(その4) 2013年6月26日(水) 小峰 隆夫 私は、大学院で「経済政策論」を講じている。その際に心がけていることは、なるべく最新の経済事象を題材にすることだ。受講する院生は社会人が多く、具体的に現時点で進行中のことに強い関心を持っており、現在の政策的課題について自分なりの意見を持っていることが多いからだ。 今回決定された成長戦略と骨太方針(正確には「経済財政運営と改革の基本方針」)は、私にとって格好の経済政策論の教材である。本稿では、教材として見た時に、経済政策論という観点から、どんな議論を導き出すことができるのかを紹介してみたい。 論点1 成長戦略とその評価の基準 成長戦略について考えよう。そもそも今回決定された「成長戦略」は経済政策の体系の中でどう位置付けられるだろうか。単純化して言えば次のようになる。経済政策の目的は、良好な経済パフォーマンスを実現して、国民福祉を向上させることにある。その経済的パフォーマンスとしては「持続可能な範囲でのできるだけ高い成長」「働く意志を持つ人が働く場を持つという完全雇用」「インフレでもデフレでもない物価の安定」を実現することが基本である。 こうした経済パフォーマンスを実現するには二つのアプローチを組み合わせることが必要である。一つは、短期的な視野で、需要をコントロールすることにより、成長率の変動を安定的に保つことである。要するに、景気の悪化(不況)を防ぎ、過熱を抑えるということだ。日本銀行が担っている金融政策や、不況時に公共投資を増やしたりする財政政策がこれに当たる。アベノミクスの第1の矢「大胆な金融緩和」、第2の矢「機動的な財政運営」がまさにこれである。 もう一つは、長期的な視野で、基調的な成長力を引き上げていくことだ。第3の矢「成長戦略」はこれである。今回決定された成長戦略には「3つのアクションプラン」というセクションがあり、この中にある「雇用制度改革・人材力の強化」「科学技術イノベーションの推進」は供給面から成長力を引き上げようとする政策であり、「戦略市場創造プラン」として取り上げられている医療・介護、エネルギーなどでの需要創出策は、需要面から成長力を引き上げようとするものである。 このように第1、第2の矢と第3の矢は、対象とする時間の次元が異なるのだから、評価の基準も異なるというのが私の考えだ。 その一つは、マーケットの評価をどの程度重視するかだ。第1の矢、第2の矢は、短期的な効果が期待されるものだけにマーケットがこれをどう評価するかが大きなポイントになる。マーケットは短期的な効果を読み込んで行動するから、それが有効な政策であれば、それを踏まえて、株価が上昇したり、インフレ期待が高まったりすることが考えられ、それが政策効果そのものを先取りすることになる。 しかし、第3の矢「成長戦略」については、長期的な視点での評価が求められる。政策の効果が現れるまでに時間がかかり、不確実性も大きいのだから当然のことだ。こうした長期の問題については、マーケットが適切に判断できるとは限らない。今回の成長戦略が発表された時、マーケットが失望して株価が下がったと言われている。しかし、長期の成長戦略につては、マーケットの反応は気にせずに、それが長期的な成長力を強化するかという点のみに基づいて評価されるべきであろう。 もう一つは、継続的な実行が重要ということだ。今回の成長戦略の内容を、野田内閣の時の成長戦略(「日本再生戦略」2012年7月)と比較すると、医療・介護分野での需要創出、科学技術の振興、農業の再生、人材の育成など、似通ったものが多いことに気がつく。これはある意味で当然のことである。長期的な成長のために必要なことは既に分かっているのであり、起死回生の妙手などないからだ。またそれは望ましいことでさえある。長期的な効果を狙った政策は、継続的に推進していくことが重要だからだ。 今回の成長戦略には多くの不十分な点も多いのだが、継続的に推進すべき政策が網羅されている。「マーケットの短期的な反応は気にせず、とにかく実行」というのが私の成長戦略についての基本的な評価である。 論点2 骨太方針と経済政策のガバナンス 次に「骨太方針」について考える。骨太方針というのは、経済財政諮問会議が6月頃、当面の経済政策の基本方向を明らかにするものである。自民党政権の時には、諮問会議が毎年、骨太方針を策定するという慣行が維持されていたのだが、民主党政権では諮問会議が休業状態となったため、骨太方針も策定されなくなった。これが今回復活したわけだが、私は、この点を経済政策のガバナンスという点から高く評価している。 適切な経済政策が立案され、それが着実に実行されるためには、「政治(時の内閣)」「行政(官僚)」「民間有識者」という3つの主体が適切に組み合わされる必要がある。国民の負託を受けた内閣が最終的な政策決定を行うことは、民主主義の原則からして当然のことだが、政治はしばしば短期的な人気取り政策やばらまき政策に走りがちとなる。官僚は、過去との連続性や政策実施についての実務的な知識を持っているが、選挙で選ばれているわけではないので、あくまでも補佐役に徹する必要がある。民間有識者は、専門的知識に基づいて、中立的な立場から政策の方向付けについて議論に加わることになる。 民主党政権が諮問会議を動かさなかったのは「諮問会議が自民党時代に新自由主義的な政策を推進したから」というのが理屈だったのだが、これは、悪い知らせを持ってきた郵便配達を責めるようなものだ。今度は民主党が自らの考えるような方向で諮問会議を活用すればよかったのだ。これをしなかったために、民主党時代の経済政策は「幸福度を高める」「第3の道を目指す」「第3の開国を行う」などアイデア倒れになり「政策の使い捨て状態」になってしまったというのが私の診断である(詳しくは「時の総理のビジョンを『使い捨て』にしない戦略の作り方」2012年10月3日を参照)。 要するに、政治家は選挙を気にして言いたいことも言えない傾向があり、官僚は発想が前例主義で硬直的になりがちなので、専門的見地から国民福祉の向上に資する経済政策を提言していくのが経済財政諮問会議の役割だということになる。 というわけで、私は、安倍政権が、今回経済財政諮問会議を再稼動させ、骨太方針を決めたということは、高く評価している。ただし、その中身については、今回の骨太方針がその役割を十分果たしているとは言えない。特に、問題なのは財政再建についてである。 今回の骨太方針では「国・地方のプライマリー・バランスについて、2020年度までに黒字化する」という従来からの政府の方針を繰り返している。しかしこれはいかにも「言っただけ」であり、実情はほとんど何も言っていないに等しい。 それはこういうことである。2020年度までにプライマリー・バランス黒字化という政策目標は、野田内閣時代からのものである。これを達成するために野田内閣の時に消費税率の引き上げが決められた。しかし、それでもこの目標は達成できない。2012年8月に内閣府が示した「経済財政の中長期試算」によると、消費税を引き上げ、名目成長率が3%程度となったとしても、2020年度のプライマリー・バランスは8.5兆円の赤字が残ってしまうのだ。 しかも、この時の試算では出発点の2013年度のプライマリー・バランスは25.4兆円の赤字だったのだが、2013年2月に内閣府が経済財政諮問会議に配布した資料によると、2013年度のプライマリー・バランスは33.9兆円の赤字に拡大している。言うまでもなく、安倍内閣が公共事業を中心に大盤振る舞いをしたからだ。 つまり、ただでさえ難しかった財政再建目標の達成は、一段と難しくなっているのだ。これを達成するには、消費税率のさらなる引き上げや、社会保障経費の抜本的削減が必要となるはずだが、その具体策は今回の骨太方針には何も書いていない。「何も言っていないに等しい」と言わざるを得ないことが分かるだろう。 論点3 数値目標の意味 今回の成長戦略、骨太方針には多くの数値が盛り込まれている。成長戦略には、「3年間で設備投資水準を70兆円に回復させる」「医療関連産業の市場規模を2020年に16兆円にする」「今後10年間で農村全体の所得を倍増させる」「2020年に女性の就業率を73%にする」といった目標が並んでおり、骨太方針にも「今後10年間で、名目GDP成長率3%程度、実質成長率2%程度の成長を実現する」「一人当たり名目国民総所得(GNI)は、10年度には150万円以上増加する」といった数値が並んでいる。こうして並べられた数値の意味をどう考えればいいだろうか。 政府が政策とともに数値を公表するのには、次のような3つの役割がある。 第1は、政府が考える経済展望を示し、それを民間の経済活動のガイドラインとすることである。今回の骨太方針で示された、成長率などの数字がこれに相当する。例えば、民間企業が事業計画を立てる時に、マクロ経済がどう推移するかを考える。その時、「政府はこんな経済が実現すると考えている」という展望が示されていれば、(少なくとも何も示さないよりは)企業にとっても何らかの参考になるだろう。その結果、民間経済主体の将来展望が政府の展望と近いものとなれば、それ自身が将来期待を動かし、望ましい経済の姿を実現する一助となる。 かつて高度成長の時代に政府は「所得倍増計画」を作成し、経済が成長し、国民の所得が増えていく姿を数値的に示した。それが企業の積極的な投資、国民の積極的な購買行動を呼んだとされるのは、こうした政府のガイドライン提示効果がフルに発揮されたことを示している。 ただし、このガイドライン効果が発揮されるためには、政府の提示した展望を民間の経済主体が十分信頼することが必要であり、余りにも楽観的な展望を示すと、かえって信頼を損なうことになるので注意が必要である。 第2は、政策評価の基準としての役割である。今回の成長政策では、大きな政策群ごとに「成果目標」を掲げ、それが達成できたかどうかをチェックしながら施策を実施していくとしている。前述の「設備投資水準」「医療関連産業の市場規模」「女性の就業率」などは、この成果目標として提示されている。 第3は、宣伝材料としての役割である。どの内閣も「自分たちの経済政策が行われれば、こんな明るい経済になる」と言いたい。おそらく与党は今後の選挙戦の中で、今回成長戦略で示された数値を積極的にPR材料として使うことになるだろう。 こうした3つの役割に照らして、今回の数値を見ると、全体として「宣伝材料としての数値」が多く、民間のガイドライン、政策評価の基準としての役割については余り期待できないという印象を受ける。 ガイドラインという点では、筆者はかねてより、実質国民総所得(GNI)の伸び率を積極的に位置付けているべきだと主張してきた(詳しくは「働いている割に実質所得が伸びないのはなぜか」2013年4月24日を参照)。その意味では、今回の骨太方針が、一人当たり名目国民総所得の増大を積極的な目標として位置付けたことは大いに評価したい。ただこれを総理があたかも「一人ひとりの所得が150万円増える」かのような宣伝に使うのはどうかと思う。こんな使い方をされたのでは、間違ったガイドラインになってしまう。 この点は私の授業でもある院生から「明確な間違いなのに、どうして周りの人が何も注意しないのでしょうか」と質問された。全くその通りだ。国民総所得は、勤労者の賃金の他に、企業利益、資産所得などの項目から構成されている。国民総所得に占める雇用者報酬用(ほぼ賃金に相当)のシェアは50%(2011年度)である。仮に、この分配率のままで、国民一人当たり所得が150万増えたとしても、賃金として増える分はその半分である。 政策評価の基準としての役割を果たせるかも疑わしい。そもそも成長戦略で掲げられた指標の多くは、2020年についてのものである。それが実現したかどうかは、2020年を過ぎないと分からないわけだから、そんな先の数値で毎年の施策の効果を測れるわけがないと私は思う。 論点4 成長戦略、骨太方針と政治 今回の成長戦略、骨太方針の中身については、踏み込みが足りないという指摘が多い。例えば、成長戦略の最重要課題として位置付けられた規制緩和についても、企業の農地保有、労働法制の改革、混合診療の実現などの、いわゆる「岩盤」と呼ばれる重要課題はいずれも先送りされた。骨太方針については、肝心の財政再建について「書いただけ」になってしまったことは前述の通りである。社会保障の改革についても「検討する」となっているだけである。 こういうことになってしまうのは、政治がからむからだ。岩盤の規制改革は、いずれも既得権益との対立である。農地については既存の農家、労働法制については正社員、混合診療については医師会という強力な既得権益集団がいる。こうした規制改革から得られるメリットは大きいのだが、そのメリットは国民全体に広く薄くばらまかれる。一方、コストの方は限られた既得権益者が厚く負担することになる。広く薄い層は政治的なパワーに集結しにくいが、限られた既得権益層は政治的働きかけを行いやすい。すると、政治が選挙を意識すればするほど岩盤に切り込むことは難しくなる。 財政再建、社会保障改革も政治がこれを阻害する。財政を再建するには、増税するか、社会保障費をカットするしかない。しかし、増税や社会保障の削減を掲げて選挙戦を戦うことは難しい。ここでも政治が選挙を意識すればするほど、財政再建、社会保障改革は難しいということになる。 唯一の望みは、安倍政権が選挙に勝利し、安定多数を確保した後に、岩盤に切り込んだ本格的な規制緩和、国民負担を伴う財政再建、社会保障改革に取り組むというシナリオである。しかし、選挙後にやろうとしていることを意図的に隠して選挙戦を戦うのは、民主主義の建前からして疑問があるし、そもそも私の観測では、安倍内閣にそれだけの気概と決意があるようには見えない。 「日本経済に明日はあるのか」と本当に心配してしまうのである。 小峰隆夫の日本経済に明日はあるのか
進まない財政再建と社会保障改革、急速に進む少子高齢化、見えない成長戦略…。日本経済が抱える問題点は明かになっているにもかかわらず、政治には危機感は感じられない。日本経済を40年以上観察し続けてきたエコノミストである著者が、日本経済に本気で警鐘を鳴らす。
金利上昇でにわかに転換社債がブーム 2013.06.26(水) (2013年6月25日付 英フィナンシャル・タイムズ紙) 低利での資金調達を求める企業は米国で、金融危機以降最も早いペースで転換社債(CB)を発行している。最近の金利上昇がCB発行ラッシュに拍車をかけている格好だ。 CBは、企業が超低利で債券を発行することを可能にする一方で、CB償還までに発行体の株価が事前に定められた価格に達した場合には、証券を株式に転換する権利を投資家に与える。 FRBの量的緩和縮小観測で高まるCB発行の魅力 CB発行の回復は、企業の間でCB人気が落ちてきた過去数年間の低迷に続く動きだ。何しろ最近まで、企業はジャンク債や投資適格級の社債を歴史的な低利率で発行することができた。 だが、米連邦準備理事会(FRB)が金融刺激策のペースを落とすかもしれないとの観測が強まったことをきっかけに、金利が急激に反転し、クレジットスプレッド(信用力に応じた金利上乗せ幅)が拡大したことで、CB市場を活用する魅力が増している。 今月は、債券市場全般で発行を鈍らせかねない米債券市場、信用市場、株式市場の急落にもかかわらず、CB発行が過去2年余りで最も活発になる見込みだ。 調査会社ディールロジックによると、企業は今年に入ってからCB発行で224億ドルを調達、既に昨年1年間の調達額の合計を突破しており、CB市場は2008年以降最高の1年を迎えることが確実な情勢だ。 「(通常の)債券がこれまで過去最高値で取引されてきたため、CBにはあまり合理性がなかった」。バンクオブアメリカ・メリルリンチで米州の株式関連資本市場部門を率いるプラサント・ブリ・ラオ・カティ氏はこう話す。「普通社債市場が弱含むにつれ、問い合わせや案件が増えるだろう」 最近の株高も発行体に安心感 アナリストらによれば、CB保有者は平均して、CB発行時と比べて株価が25〜35%上昇した時に社債を株式に転換することができるという。米S&P500株価指数が今年5月に過去最高値をつけたことから、CB発行体の間で信頼感が高まっており、企業は潜在株式を発行する見通しに安心感を抱くようになった。 オンライン旅行会社プライスライン・ドット・コムは5月末、7年物CBの発行で10億ドル近い資金を調達した。このCBは、社債の利率がわずか0.35%で、転換プレミアム(転換価格とCB発行時の株価の差)が66%だった。 プライスラインの株式は過去最高値に近い1株792.27ドルで取引されており、転換価格は1315ドルとなる。アナリストらは、同社のCB発行は市場最高クラスの案件だと話している。 By Arash Massoudi in New York
今後の英国経済、さらに悪化する恐れあり 2013年06月26日(Wed) Financial Times (2013年6月25日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
英国のジョージ・オズボーン財務相〔AFPBB News〕
ジョージ・オズボーン英財務相はこの3年間、英国経済が低迷している理由を外国に見いだしてきた。予算責任局(OBR)も概ね同じ意見で、財務相が実行した緊縮財政よりもユーロ圏危機や原油高の方が英国の経済成長を大きく脅かしていると主張している。 最近の景気回復の兆し――第1四半期の国内総生産(GDP)伸び率は前期比で0.3%のプラスとなり、第2四半期も同程度の成長が予想されている――は、緊縮財政が英国経済の低迷を招いたと考えるケインズ主義者にとって政治問題になっている。 ある財務省高官は「景気がなぜよくなりつつあるのか、財政乗数の理論では説明できない」と述べている。 しかし、もし外国の出来事が英国の命運をそれほど左右するのであれば、英国政府に広がっている楽観主義にはあまり裏付けがないことになる。悪い方向に進みかねないことは、まだ数え切れないほど多い。 日本も英国経済の回復を頓挫させかねない爆弾 オズボーン財務相が先週、マンションハウス(ロンドン市長公邸)で演説を始めようとしていた時、その近くでは日本の安倍晋三首相がちょうど演説を終えたところだった。この偶然を知ったら、オズボーン財務相は、英国経済の回復を頓挫させかねない、まだ爆発していない爆弾の1つを思い出したはずだ。 世界第3位の経済大国である日本が抱える総債務は、同国のGDPの230%相当額に近づきつつあり、政府と中央銀行はインフレ期待の引き上げに取り組んでいる。金融市場はアベノミクスの開始を受けて沸いたが、アジアやその他の地域は不安を募らせている。 また米連邦準備理事会(FRB)による量的緩和の大規模な巻き戻しは、まだ始まってもいないうちから投資家を慌てさせている。信用引き締めを暗示する初期のサインは、中国にも影響を及ぼしている。 欧州について言えば、ユーロについて心配するのをやめたのは慢性的に楽観的な人々だけだ。欧州中央銀行(ECB)は、苦境に陥ったユーロ参加国の国債も購入すると約束しているが、このバックネットは見せかけにすぎないのではないかと市場が疑い始めたら――ドイツの反対はこの疑念を弱めるものではない――、ユーロ危機の物語が再開するかもしれない。 世界が混乱すればどの国の経済も困るが、英国のように規模が小さく開放的な経済は二重に脆弱だ。オズボーン氏は26日、2015-16年度のスペンディング・ラウンド(単年度予算枠組み)を発表する席で、英国は「救援(rescue)から回復(recovery)に」向かいつつあると述べる予定だ。 だが、財務相はもう1つの「R」、つまり「リスク(risk)」にも言及しておく方が賢明だろう。 英国政治の大きな争点になった景気回復 世界は危険に満ちている。もしこの国の政治家たちがあの暗い現実を感知しているのであれば、彼らはそれを上手に隠していることになる。 英国議会が景気回復をいかに重要視しているかについては、いくら強調してもし過ぎることはない。経済成長は保守党を元気づけ、労働党を狼狽させている。労働党の幹部の中には、景気が三番底に落ち込んでオズボーン氏にダメージが及び、ひいては政権自体にもダメージが及ぶと予想する向きもあった。 しかし三番底にならなかったことで労働党の慢心は消え去り、同党は以来、経済政策面での信頼を勝ち取るべく地道な努力を続けている。 このおかげもあって、オズボーン氏は、予算編成にしくじり、3四半期連続のマイナス成長に見舞われた不名誉な2012年から回復を遂げている。政治闘争への意欲も取り戻している。労働党をもっと執拗に攻撃せよと同氏が保守党のスタッフに命じて以降、沈滞気味だった水面下での活動は改善している。 この4月には、福祉手当への依存体質についてオズボーン氏が労働党を攻撃し、労働党はまだその失地を回復できていない。また労働党は今月、オズボーン氏の財政政策の基本部分を受け入れた。 根拠なき熱狂 財務相という重要な役職にお気に入りのゲーム(バックギャモン)のような姿勢で取り組んでいる同氏はお高くとまった道楽者だと確信している人々でさえ、英国政治は同氏が設定した枠の中で行われているとの説を否定できなくなっている。 しかし、復活は傲慢につながることがある。ここ数カ月間の政界の活気はたった1四半期の経済成長率に基づいたものであり、その成長率は、世界経済が比較的穏やかだった貴重な時期の賜物でもある。つまり、これは根拠なき熱狂だ。 この熱狂はもっと長持ちするものに変わる可能性もあるが、オズボーン氏は、そうはならないという前提で職務に臨まなければならないだろう。 純粋に経済的な視点で見るなら、26日のスペンディング・ラウンドにはほとんど意味がない。あくまで単年度予算の枠組みであり、歳出の削減幅はわずか115億ポンドで、現在の財政赤字幅の10分の1にも満たないからだ。 しかし、英国経済に関するメッセージを発信する権威ある手段としての価値は計り知れない。オズボーン氏としては、景況感に依存する景気回復を過小評価したくはないだろう。だが、逆に過大評価してしまうと有権者は油断し、英国を再び景気後退に陥れるような外的ショックに対し無防備な状態になってしまう。オズボーン氏の信頼性も、様々な事象に影響されてしまうことになる。 恐ろしく不人気な強みを生かし、真実をありのまま伝えよ このジレンマを考慮して、オズボーン氏は慎重姿勢に転じるべきである。同氏は冷徹になった時こそ本領を発揮する。恐ろしく不人気であるがゆえに、悪いニュースをかえって堂々と伝えられるようになっている。例えて言うなら、患者への気配りを重視しない医師のようなものだ。 振り返ってみれば、同氏が失敗したのは真実をやんわりと伝えようとした時だった。2010年冬のマイナス成長を悪天候のせいにした時、2012年度予算でこっそり増税した時、そして景気の回復は弱々しく断続的なものになるかもしれないと財務相就任時に警告しなかった時などがそれに当たる。 26日は腹をくくって現状を率直に話さねばならないし、そうする方がオズボーン氏には似合っている。 確かに、英国経済は快方に向かっている。病状は以前考えられていたほどひどくはなかった。2012年の二番底は、政府による統計の改定によりほとんどなかったことになっている。しかし、景気の回復はまだ始まったばかりで、どんな財務相にもなすすべがない世界的な事件が発生すれば、頓挫してしまう恐れがある。 早くも言い訳を用意していると皮肉る向きもあるだろうが、先見の明があると称賛してくれる人もいるだろう。どちらにしても、それが正直なやり方というものだろう。 By Janan Ganesh
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