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中国の経済政策研究立案組織は、香港やシンガポールとは違い1億人の人口を抱えながら、アジアの国として欧米先進国と肩を並べる一人当たりの所得水準を実現した日本を実によく研究している。
記事が指摘している「「一所懸命」への顧慮に日本は政府も民間も、上から下までみな酒に酔ったようにうつつを抜かし、社会に普遍的な自己利益へのこだわりによって民族の理性は日増しに失われていった」という精神情況は、経済的現象は異なるが、“構造改革”や“財政健全化”に邁進することこそが日本経済救済の道と信じる風潮と同一だと考えている。
中国の“不動産バブル”は、打撃を被る人々や組織はあっても、日本のように経済全体に壊滅的な打撃を与えるかたちで終結することはない。金融システムも、国家資本主義体制できっちり管理されているからである。(日本もあのような崩壊を招かずに収拾する手立てはあったが、なせか....)
そのうえに、中国共産党系メディアが、「長期的な流動性の盛宴と金融抑制のもたらす供給不足、債務の貨幣化を基礎とする流動性の氾濫および土地・不動産依存型地方財政の放任が住宅価格を極めて高く押し上げた。中国の不動産市場にはこれまで素晴らしき日々しかなく、周期的な衰退を経験したことはないかのようだ。これは貪欲なだけで恐れを知らず、幸運なだけで理性のない、政策を盲信するのみで法則を畏敬せぬ市場であり、完全に機能不良の「レモン市場」でもある。歴史を鑑とし、隣国を鑑とする。不動産市場のいびつな繁栄は砂上の楼閣に他ならない。バブルの結末は必ず経済・金融の甚大な破壊である」と自省的なのだから、日本のような結末を迎えることはない。
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「一所懸命」から見る日本の「ミンスキー・モーメント」
端午の節句の連休中、日本の作家・司馬遼太郎の「日本に明日をつくるために」を読んだ。この随筆は当時のバブル経済について詳しく書き留めている。国際金融報が伝えた。
日本人は長きにわたり稲作で暮らす農耕民族だった。日本人の価値観において土地は最も重要で値打ちのあるものだ。日本人には「一所懸命」と呼ばれる郷土へのこだわりがある。土地を命がけで守るという意味だ。
1980年代中後期、日本は米国に金融自由化を迫られ、輸出、通貨切り上げ、金融の自由化、コントロール不能な貸付という4大要素がバブル経済の形成を加速させ、急速な円高が進んだ。1985年5月に国土庁の発表した「首都改造計画」が、この比類なきバブルの発端と考えられている。都心の不動産投資が活発化し始め、新幹線を通じて急速に全国に波及し、投機熱が発生し、「土地は値下がりしない」との考えの影響で、土地さえあれば金を借りることができた。
効率を高めるため、多くの銀行の頭取や貸付担当者が顧客と共にヘリコプターで1日に土地を10数か所も見て回り、100億円もの貸付の「審査」を行なった。ある銀行家によると、当時は不動産を買うとさえ言えば銀行から与信を受け、好きに使うことができた。一円も使わず放置しても構わない。銀行も利子を求めない。当時の銀行はさながら酒に酔っているかのようだった。
貸付がコントロール不能になった時代、著名人はサインするだけで天文学的な貸付を受けることができた。「北国の春」で人気の出た1980年代のスター歌手、千昌夫のエピソードは特に有名だ。彼が結婚する際、銀行員が自宅へ営業に来た。当時、豊かな日本人の間ではハワイでの結婚式が流行っていたが、日本人専門のホテルはまだなかった。そこで銀行員は千昌夫に「結婚に行かれるついでにホテル建設に投資できますよ」と言った。千昌夫が「お金がないよ」と言うと、銀行員は「問題ありません。サインさえしていただければ結構です」と言う。「いくら借りられるの?」「1000億円で十分でしょうか?」「とんでもない、500億円で十分だよ」「いえいえ、これには1000億円必要ですよ」--。こうして1000億円が千昌夫の手に渡った。
当時も、バブルに警戒すべきだと警告する人がごく一部だがいた。だが政治家も銀行家もメディアも、みな米国に追いつき追い越すという大きな喜びの中に浸っていた。
当時、「一所懸命」への顧慮に日本は政府も民間も、上から下までみな酒に酔ったようにうつつを抜かし、社会に普遍的な自己利益へのこだわりによって民族の理性は日増しに失われていった。政策が長期間曖昧かつ放任的でバブルの拡大を許し、市場の各派が利益のために風向きのいいほうにつけば、非理性的な興奮と変動が拡大するのは必至で、短期間遅らせることはできても、バブルの最終的崩壊という「ミンスキー・モーメント」を根本的に阻止することは困難だった。
中国人は世々代々土地に対して特殊なこだわりがあり、不動産をエンジンとする成長モデルに長年依存してきた。そして経済のファンダメンタルズでは人民元が切り上げ圧力に面し、世界で最も豪華なゴルフ場では中国語が聞かれ、ナスダックのスクリーンには春節(中国の旧正月)に新年を祝う言葉が流れ、世界トップの高級品店はみな中国に移動している。外貨準備高の膨張、自国通貨の切り上げ、コントロール不能な貸付、流動性の氾濫、沸き立つ資産バブル。こうしたモデルを一体いつまで続けられるのかが「新ゴールドバッハの予想」となっている。
長期的な流動性の盛宴と金融抑制のもたらす供給不足、債務の貨幣化を基礎とする流動性の氾濫および土地・不動産依存型地方財政の放任が住宅価格を極めて高く押し上げた。中国の不動産市場にはこれまで素晴らしき日々しかなく、周期的な衰退を経験したことはないかのようだ。これは貪欲なだけで恐れを知らず、幸運なだけで理性のない、政策を盲信するのみで法則を畏敬せぬ市場であり、完全に機能不良の「レモン市場」でもある。歴史を鑑とし、隣国を鑑とする。不動産市場のいびつな繁栄は砂上の楼閣に他ならない。バブルの結末は必ず経済・金融の甚大な破壊である。
現在、世界経済は回復困難で、国内経済は下押し圧力が増大し、不動産のみで牽引する「独り芝居」は日に日に衰えている。そしてこれによって推し進められた中国式資産バブルはとうに無茶苦茶の大騒ぎにまで拡大し、マクロコントロールは進退窮まる「苦境」に陥っている。これは経路依存性の下でのモデル転換の困難さと深いレベルでの利益の衝突を前に改革が二の足を踏んでいることの反映である。深く反省すべきなのは、嵐のように突き進む粗放式成長の中で、経済は大量の貴重な資源を安く消耗してしまい、経済発展を支える制度上のコストがどんどん高くなっていることだ。
新指導部は経済と社会のモデル転換の重要なウインドウ期に、国の経済と金融の安全の戦略的観点から、いかにしてより大きな政治的な知恵と勇気をもって、鍵を握る分野の改革を推進し、経済のシステム的安全への資産バブルの衝撃を防ぐかが試されている。不動産に最初に切り込み、全国統一の住宅登記制度と不動産税の推進を目安に、既得権益集団との関係を果断に断ち切ってこそ、改革の決意と勇気をはっきりと示すことができる。
イェール大学のロバート・シラー教授(金融経済学)は、中国の不動産市場はまるで米国の大恐慌あるいは日本のような「バッド・ストーリー」を欠いているようだと指摘する。一般の住宅購入者、投機筋、不動産業者であれ、地方政府であれ、みな過去の「グッド・ストーリー」に心を奪われている。米国、日本、中国の香港などがかつて経験した不動産バブルは警告たるに十分だ。彼らはかつてバブル崩壊は阻止できるとの論拠を山ほどもっていた。だが「ブラック・スワン」的事象がひとたび起きれば、全ての狂乱は一瞬にして止む。これを回避できる独特な中国モデルなど存在しない。シラー教授は、中国の不動産市場は「バッド・ストーリー」を一度経験して目を覚ます必要があると指摘する。そうでないと非理性的な繁栄が長く続くほど、その破壊力は大きくなる。
中国式の「バッド・ストーリー」はどのように展開し、沸き立ち、クライマックスに達し、結末を迎えるのか。これは日々見ていくほかない。(編集NA)
「人民網日本語版」2013年6月24日
http://j.people.com.cn/94476/8295642.html
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