02. 2013年6月20日 07:58:13
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ハイパーブラックな業界でも「毎日が幸せ」!? じゃがりこを命綱に生きる派遣ADさんのお仕事 暴露本を読みながら考え込んでしまった。書かれている内容が事実だとすれば、今どきのブラック企業も真っ青な職場環境がそこにあったからである。
「休めない」「眠れない」なんていうのは、序の口だ。低賃金で長時間労働を強いられた上、仕事に必要な経費も自腹で払わされ、ホームレス生活を余儀なくされた人もいるという。男性ならば暴力、女性ならセクハラ、あるいはそれ以上さえも覚悟しなければならない、とくれば、これはもうブラックというよりスーパー、いやハイパーブラックな世界である。 「そんな過酷なお仕事に耐えられるのはどんな人物なのか?」 にわかに気になり、テレビの制作現場で働くアシスタントディレクター(AD)、松井香織さん(仮名、29歳)に会いに行った。 じつは外部スタッフが支える テレビ番組制作の現場 向かったのは都内某所にある映像センターの編集室だ。窓のない壁にズラリと並ぶモニターと編集機材。それらに向かい、複数のオペレーターとそのアシスタントが黙々と作業をしていた。 「是非ともこの雰囲気を味わってもらいたくて」 と、松井さんがインタビューの場所に編集室を指定した理由を説明する。Tシャツにパーカー、化粧っけなしのスッピンである。 奥の椅子に腰掛けているのは、番組を担当するディレクター氏。「映画で言うと監督さんにあたります」と、松井さんが紹介してくれる。「ま、超かっこ良く言うと、そういうことになりますね」とディレクター氏が笑う。見る限り、怖くはなさそうな方である。 「ところでみなさん、同じ会社の人ですか?」 「いいえ、所属はいろいろですね。私の場合は派遣会社に登録していて、番組のチーフディレクターに呼ばれてここに参加するようになりました。ディレクターのイチローさん(仮名)も同じ。でも、一緒に仕事をするのは今回が初めてになります」 たとえば、Aというテレビ局でBという新番組が始まるとしよう。「ついては、ディレクター3人とAD2人を派遣してほしい」という依頼が派遣会社に持ち込まれ、会社はそれに応じて人を出す。ディレクターを束ねる役目のチーフから「誰それが欲しい」と指名されることもあれば、そうじゃない場合もある。いつ、誰と組むか、は予想不可能。「まったくの運」だという。 テレビ局内にももちろん、プロデューサーやディレクターはいる。しかし、彼らは管理業務が主な仕事だ。実際に現場で動くのは、松井さんらのような派遣社員か下請けの制作会社社員、もしくはフリーランス、である。 まるで“奥様”や“秘書”!? “旦那様”に尽くすADさんのお仕事 モニターには、編集作業中のバラエティ番組の映像が映し出されていた。 「今はこれ、何をしている段階で?」 「撮り終わった素材にテロップを入れているところです」 松井さんの説明によると、まずはディレクター氏が画面構成を考え、何秒から何秒までの間にこんなテロップを入れてほしいという指示を出す。その指示に従い、アシスタントオペレーターがフォントや色を調整しながら、文字を入力する。 ADはといえば、ディレクター氏の横に座り、テロップの文字が間違っていないかをチェックしたり、「それ、ちょっとオーバーすぎじゃないですか」と、ディレクター氏に意見を言ったりする役割なのだそう。 「それぞれ役割が微妙に違うんですけれど、一緒にやらないとこれ、なかなかうまく仕上がらないものなんです」 「テレビ番組って、通常は何人くらいのスタッフがかかわるものなのでしょう?」 「ケース・バイ・ケースですが、この番組の場合、タレントさんのマネジャーさんとかも入れると、多く見積もって100人くらいにはなると思います」 その100人を思うように動かし、放映にまでこぎ着けるのは容易な作業ではないだろう。それぞれがその道のプロであり、自分なりのこだわりもある。完成品のイメージを持つのはディレクターだが、そのイメージが言葉でうまく伝わらないと、チームはバラバラになってしまう。 「だから、ほんとに1つひとつのコミュニケーションが大事なんです」と、ディレクター氏が力説する。 じつは、そうした意思疎通に欠かせないのが、松井さんのようなADたちだ。2人が現在担当しているバラエティ番組の場合、現場を仕切る3人のディレクターのほかに、それを束ねるチーフディレクターが1人いる。ADはまず、その4人のスケジュールをすべて把握し、調整し、補佐しながら番組作りを進行しなければならない。 「ADというのはつまり、ディレクターが思い描くイメージを1つずつ叶えていってあげるのが仕事なんです」と、松井さんは言う。 事務所に所属するタレントさんの出演交渉や番組制作に関わる予算はプロデューサーラインが担当するも、企画のための事前リサーチから一般出演者との交渉、撮影場所の確保など映像の中身に関することはすべて、ディレクターラインが責任を持つ。具体的に誰がやるのか、といえばADである。 撮影当日は、スタッフのお弁当や飲み物の手配をするのも重要な仕事。収録が終われば、編集のための人員とそのための場所を確保し、出来上がったテープを無事、局に届けるという仕事も待っている。
「だから、家庭で言うならば、奥さんみたいなものなのです。それに、旦那様は浮気をしてもいいけれど、奥さんは浮気をしちゃダメ」 「なんですか、それ?」と聞き返してしまったが、これには、れっきとした理由がある。自分のスケジュールに余裕がなければ、相手のスケジュールに合わせて動く事はできない。だから、ディレクターはほかの番組を掛け持ちできるが、ADは物理的に無理なのだ。 ADに求められる能力や資質は、秘書のそれにも似ている。秘書は毎日、同じ会社に通い、仕える相手はたいてい1人だが、局外のADはプロジェクトごとに組む相手も人数も違う。 初対面の相手ともすぐに打ち解ける性格と高い事務能力がなければ務まらないのはもちろんのこと、ディレクター氏が考えていることを、その場、その場で察しつつ、問題が起こらないよう、常に先回りして手を打たなければならない。 たとえば、ということで松井さんが説明する。 「私の場合、旦那様が今、4人いるじゃないですか。その4人に仕えるには、時間ごとに区切ってそれぞれの旦那様のことを考える訳です」 「具体的にはどうするの?」 「たとえば、今日は夕方からチーフとの会議だから、それまではイチローさんの時間。で、その時間が終わりそうだなというくらいの時になったら、チーフのことを考え始める。それ以前のチーフとのやりとりで、『そういえば、この前、あんなことを言っていたな』『じゃあ、あの資料、用意しておいてあげよう』と必要なものを準備しておく。そうして事前に準備をした上で、会議の時には『これ、参考になるかどうかわかりませんけれど』と、用意しておいた資料を渡すんです」 「じゃがりこ」が命綱!? 食べたり食べなかったり、のADさんのランチ 時計は午後1時を大きく回っていた。作業が一段落し、あらかじめ松井さんが注文しておいたカレーのお弁当を手に、みながライチタイムの休憩に入った。 「お昼はいつもこれくらいの時間ですか?」 「そうですね、今日はだいたいアベレージ。食べられないこともあれば、ようやく食べられると思ったら午後8時を過ぎていた、ということもあります」 見ると、テーブルの上には分厚いメニューブックが置いてある。開けば、和食、洋食、中華、カレー、無国籍と分類されていて、ほぼなんでも注文できる。これなら、1週間くらい泊まり込んでも大丈夫そうだ。 「で、松井さんがよく食べるランチは?」 「じゃがりこですね」 「じゃがりこぉ!?」 「あれ、ほんと助かるんですよ、小麦粉が入っていないので。アレルギーなんです。食べると、全身にじんましんが出ちゃう」 聞けば、アレルギーを発症する以前はよく、パンを食べていたそう。 「好きなのはたらこバター味。今はこのアボガドチーズ味にもハマっていまして、かなりのヘビーローテーション。それと、これはいろんなじゃがりこを食べ続けた結果、気がついたことですが、歯ごたえはふつうのサラダ味が一番しっかりしています。逆にじゃがバター味は空気を多く含んでいるからか、食べ応えという点ではイマイチ。音で表現すると、サラダ味はガリガリ・バリバリで、じゃがバターはシャキシャキって感じですかね」 そんなにじゃがりこばかりを食べ続けて体は大丈夫かと心配になるが、松井さんの場合、その体をもたせるためにじゃがりこを食べている訳で、ある意味、これが彼女の生命線ともいえる。 「立て続けに会議が入っていて時間がない時とかもすぐに食べられるし、金欠の時には150円以内でお腹いっぱいになれるので経済的。ほんと、3度のご飯よりも1食のじゃがりこ、って感じなんですよ!」 仕事はきついはずなのに 出て来る言葉はポジティブなワケ それはさておき、気になるのは松井さんがこのADの仕事をどう思っているのか、だ。「どうですか、この仕事、大変じゃないですか?」と、探りを入れる。 「うーん、体力的に疲れたとか、眠い、という表現ならできますけど、ストレスはあんまり感じたことはないですね」 「え、ストレスないの?」 「全然ないです!」 「つらい、とか苦しいとか思ったことは?」 「ないんですよ、不思議と」 にわかに信じられなかった筆者は、角度を変えつつ、かなりしつこく質問した。その答えによると、この日の睡眠時間は約2時間。編集室にこもり、1、2時間の仮眠をとりながらの生活が1週間近く続くこともある。口の悪いディレクターに「お前なんか、一生ADしてろ!」と怒鳴られることもしばしば。ヒエラルキーを振りかざし、ADをあごで使うとんでもない輩に出会うこともあるが、それでも、「日々、苦労している」とか「辞めたい」と思ったことはない、と彼女は言い切る。 「どうしてですかね?」 「日々、楽しいからです」 「何が楽しいんですか?」 「私の場合、ほんとに番組作りが大好きなんです。これって、すごいチームワークなんですよ。だから、みんなと本気になって面白い番組が作れたら、ほんと幸せ感じます。逆に、この仕事をどうでもいいと思っていたり、やる気がなかったり、話し合いをしようとしない一方的な人と一緒に仕事をすると腹が立つ。そういうチームだと、絶対にいいものが作れなさそうじゃないですか」 あまりにごもっとな意見に、しばし考え込んでしまった。仕事が「面白い」と思えば、確かに、安い原稿料でも受けてしまうことはある。尊敬できる編集者と仕事ができる、と思えばなおのことだ。しかし、そうやって安くてもやりがいのある仕事ばかりを受けていると、必然的に数をこなさなければならなくなり、1つひとつの仕事の完成度はどうしたって低くなる。 クリエイティブ業界がクリエイティブではなくなる背景には、当然のことながら、こうした悪循環の現実がある。 上がクリエイティブでいられるのは 下が支える力を十分に持つから 松井さんがもともと好きだったテレビの仕事をさらに好きになったのには、あるきっかけがあった。それは、業界でも「怖い」「厳しい」と評判の売れっ子ディレクターに、その仕事ぶりを認められたことである。 「それと、私、寂しがりやなんですよ……」と、松井さんがつぶやく。 「寂しがりや?」 「一人、家でじっとしているよりも、みんなでワイワイしている方が好きなんです」 過酷で実入りの少ない仕事なのだから、この仕事に向かない・もしくは嫌になった人はとっくに辞めているはずだ。とすれば、残っているのはみな、ほかに行き場がないか、「この仕事が好きで好きでしょうがない」という人たちばかり、ということになる。 ブラック企業もおそらく、似たり寄ったり、だろう。 頭も気も体力も使う超人的な仕事の割に、ADの報酬は低い。そのせいか、AD不足も年々、深刻になっている。これは『映像メディアのプロになる! テレビ業界の実像から映像制作・技法まで』(藤原道夫監修、奥村健太、藤本貴之著)という本を読んでわかったことだが、中堅以上の制作会社が多く加盟するATP(社団法人 全日本テレビ番組製作社連盟)の調査では、新しく入ったAD新入社員の定着率は過去10年間で47%。在職平均年数も1年7ヵ月と、おそろしく短い(ただし、2009年時点の話なので現在はもっと悪化している可能性あり)。 雇ってもすぐに辞めてしまうため、育成が追いつかず、また、十分に若手を育成できる余裕のある現場も少ない。結果、ディレクターの要求水準を満たすことのできるADの数も年々減少し、現場ではいつも「ねえ、いいADさん、いない?」がディレクターたちの合い言葉になっている。出版界で「ねえ、いいライターさん、いない?」が合い言葉になっているのと、まったく同じ現象だ。 この際だから、はっきり言おう。楽しくなければ、クリエイティブじゃない。しかし、楽しさも限界を超えると命を縮めることがある。実際、クリエイティブ業界の過労死は「楽しくてやりがいを感じてしまうからこそ長時間働く」という点で、単に「きつくて続かない」という仕事よりも複雑で深刻だ。 「無理も続ければ無理じゃなくなる」という趣旨の発言をして話題を呼んだ経営者もいたが、経営者の役割とは、従業員が無理なく働けるような仕組みと環境を作ることであり、人材を限界まで働かせて使い潰すことではない。死ぬほど無理をして育つのは、自分の意思で働き方を決められる人間と、生涯かかっても使い切れないほどの高い報酬を約束された、一部の幹部社員だけで良い。 だからみなさん、楽しくてやめられない仕事もどうか、ほどほどに。どんなに社会的に意味のある重要な仕事も命あってのものだ、と筆者は思う。 さて、と。 AD不足が深刻なテレビ制作の現場では、サバイバルしたADさんたちがなかなかディレクターに上がれない状況も続いている。ADからDに上がるまで、かつては3年が目安と言われていたが、今ではその倍の6年と言われている。「30歳までにはなんとしてもディレクターに」と願う松井さんは最近、21歳の新人君を一人前のADに育て上げることにも熱心だ。 若手が育たなければ、上にあがれないのはいずこも同じ。上がクリエイティブでいられるのは、下がそれを支える力を十分に持つからだ。 http://diamond.jp/articles/-/37670?page=6 |