03. 2013年7月09日 12:47:52
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年収200〜400万円の"新中間層"が生きる道 藤原和博(その5) 渡邉 正裕:My News Japan編集長2012年12月10日 過去10年、日本の仕事をめぐる状況は様変わりした。 『10年後に食える仕事 食えない仕事』。仕事の未来をマトリックスで4分類している。 インド、中国では毎年数百万人単位でハングリーな大卒者が誕生。また、ネット・通信環境が大きく改善したことで、定型業務やIT開発を新興国へアウトソーシングできるようになった。仕事の枠を日本人同士で争っていればよい、という時代は終わった。さらに、人口減少に伴う国内マーケットの縮小も追い打ちをかけている。 これから日本の仕事はどう変わるのか? 10年後にも食えるのはどんな仕事なのか。当連載では、ベストセラー『10年後に食える仕事 食えない仕事』の著者であるジャーナリストの渡邉正裕氏が、"仕事のプロ"たちとともに、仕事の未来像を探っていく。(司会・構成:佐々木紀彦) 【対談(その4)はこちら】 ――前回の対談では、「大学と宗教が日本ではうまく機能していない」という議論から始まり、後半では、「これから“準公務員”という仕事が生まれてくる」という話になりました。今回は、“準公務員”に代表される、新中間層のキャリア設計について話を進めていきたいと思います。 渡邉:藤原さんの話では、これから若者の多くは、準公務員的な仕事に就くことになるということでした。ただ、今はそうした制度がないので、難しいですよね。当面、若者はどんなキャリアを追求することになりますか。 藤原:まず、一部の人たちは、「自分は絶対、人の100倍努力してグローバルで成功し、年収を今の10倍から100倍に持って行く」という方向に進むと思う。たとえば、オリンピックのアスリートを目指す人もいるわけじゃないですか。そういう人は、スポーツやビジネスの世界に限らず、あらゆる分野で増えてきているんではないかな。 渡邉:増えていますかね? 藤原:増えていると思うよ。サッカーで言うと、私が小学生のとき、世界レベルで活躍していたのは釜本邦茂だけだった。それが今では、海外組が20人以上になっている。日本代表メンバーも、海外で活躍している選手ばかりになったでしょう。これはすごいと思うんですよ。 ほかにも、欧州が源流のクラシックバレエやピアノやバイオリンでも、日本人がマスターになったり、グランプリを取ったりしているでしょ。そこにはちゃんとおカネも落ちている。だから実は、ものすごく多様化した中で、世界に出て行っている人たちは多いんですよ。僕らが気づいていないだけで。 ただ、問題になるのは、普通にサラリーマンをやっている人たちだよね。渡邉さん流に言えば、その人たちは、どこにジャパンプレミアム(日本人ならではの価値、差別化)を見つけるかということです。 渡邉:そうです。実際、半導体の技術者や、薄型テレビを作っている人たちは、日本で仕事をしていても、韓国には全然勝てません。これまで1万時間以上かけて半導体一筋でやってきた人は結構悲惨です。希望退職を強いられて、40歳ぐらいで仕事がなくなっている人はいっぱいいます。ほかの分野でも、こういうふうに転落していく人がどんどん増えて行くわけですよ。 藤原:時代の流れに気づくか気づかないかは、もっぱらその人たちの責任だと思う。渡邉さんは、そういう人まで救おうという気持ちを持っているのかもしれないけれど、それは難しいんではないかな。 渡邉:ただ、そういう人が生活保護に頼らざるをえなくなると、税金の負担が増えてしまいます。だから、結局はみんなで支えないといけない。犯罪と一緒で、国全体として何とかしないといけないわけですよ。 藤原:なるほど、そうか。国家の安全保障問題だと。 渡邉:その人の子どもまで被害者になるっていう話になってくるので。 ――では、そういう人はどうすればいいのでしょうか。 藤原:中国に行ってもダメでしょ? 渡邉:ダメですね。サムスンに雇用されて出稼ぎにいくというケースは増えていて、僕も何人かに取材しています。ただ、それは突出した技術がある人だけであって、普通の中間管理職の人は厳しい。 藤原:工場の配置から、何から何まで決められるような人は、どこに行っても強そうだよね。現地語が話せなくても、ナレッジがあればいいわけだから。 藤原和博(ふじはら・かずひろ) 杉並区立和田中学校・前校長 東京学芸大学客員教授 1955年東京生まれ。78年東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長 などを歴任後、93年よりヨーロッパ駐在、96年同社フェローとなる。2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長 を務める。08〜11年、橋下大阪府知事ならびに府教委の教育政策特別顧問。著書に、人生の教科書シリーズ、『リクルートという奇跡』『つなげる力』等。最新刊の『坂の上の坂』が10万部を超すベストセラーに。 渡邉:そういう人は、サムスンに雇われるからいいんですよ。
藤原:そうではない非常に中途半端な人の話ですね。 渡邉:高卒でライン労働者をずっと工場でやってきた人とか。 藤原:でしょう。だから、そういう人は第3回目で話した「災害救助予備隊」に入ればいい。 渡邉:40歳で「災害救助予備隊」ですか(笑)。確かに、みんな準公務員にしてしまうしか選択肢はないかもしれません。ただ、そうした人は、経済的な付加価値を生みませんよね。 藤原:でも、北欧はすでに半分以上が公務員でしょう。準公務員まで含めたら、6〜7割まで行くんじゃないかな。 渡邉:それは税金が高いからできる話ですよ。 藤原:日本でも、今の流れだと、そうなっていくでしょうね。それが嫌なら、移民を数千万人から1億人ぐらい入れる覚悟が必要になると思う。 渡邉:現在、重力の世界(グローバル競争を強いられる、技能集約的な分野の仕事:詳細は第1回)の人たちは、50歳くらいになると、最後の拠り所が警備員やタクシードライバーぐらいしかありません。こうした仕事は、特段のスキルはいらないので、欧米では移民の人がやっています。もし日本に移民が入ってくると、重力の世界の人は、ますます仕事にありつけなくなってしまう。 藤原:だから、移民でも年収50万〜100万円しか稼げないでしょうね。 渡邉:50万円で働かせるわけですか。その年収では日本で生活できませんよね。 藤原:だから、寮はきちんと準備しなきゃ。その代わりに、本来であれば、250万円払うべき年収を、100万円に抑えると。 渡邉:そうすると、会社の経営者がますます儲かるだけのような気がしますけど。 やっぱり移民は難しいですよ。移民を入れると、ますます失業率が上がって、ひどい国になってしまう可能性があります。そうすると、やっぱり「災害救助予備隊」かな、とも思いますが、この人たちは、付加価値を生まず、納税者になりえないという問題があります。 藤原:でも、目下の時点でアップルもグーグルも生み出せていない日本ですからね。 渡邉:そう。日本には雇用をつくる人がほとんどいないんですよ。 ――コミュニティのために頑張る人たちが、雇用をたくさん生み出すというシナリオは考えられませんか? 渡邉:そうなればいいですけど、そうした仕事が社会の中でメジャーになるとは、到底思えない。そういう仕事は「社会に貢献する」という強い動機がないと絶対できない。でも、ほとんどの人はそこまで強い貢献動機を持っていないと思う。 藤原:20年くらいのタームで考えると、親世代から子世代への土地の移転が起こって、住宅を相続で引き継げる人が増える。そうして住居費がぐっと下がると、年収200万〜400万円ぐらいの人たちが中間層と呼ばれるようになると思う。今は中間層というと、年収400万〜800万円くらいのイメージだけど、それが変質していくんですよ。 では、その人たちが不幸せかといえば、そうでもない。 米国にも1億人くらい低所得者層がいて、ヒスパニック系で、英語がほとんどできない人もたくさんいる。その人たちが、幸せでないかというと、そうでもなくて、階層を変わりたいかというと、そうともいえない。コミュニティで楽しくやっている人も多いわけです。 だから、ちょっと言い方が悪いかもしれないけれど、日本にもすでに、米国におけるスパニッシュなコミュニティに似たものが出てきていると考えられませんか。 渡邉:スパニッシュの出生率は高いですし、変質した中間層は、ちゃんと子どもを産むかもしれません。 藤原:もし住宅が供給されて、それがある程度広くて、そんなにおカネがかからないようになればね。本当は次に政府がやるべきは、高校の無償化ではなくて、小中学校の無償化なんですよ。ただ、それにはすごくおカネがかかる。 小中学校の場合、月に教材料が約5000円、給食費が約5000円かかっている。だから、月に1万円、年間で12万円くらい、小中学校の9年間を通じて私費がかかっているんですよ。これを放っておいて、高校を無償化するのは、本当はおかしい話なんだけど、義務教育費の無償化は莫大なおカネがかかるので、民主党はできなかった。 渡邉:年収200万、300万円の人同士で結婚して、世帯年収が500万くらいあって、教育費がもうちょっと下がれば、確かに暮らしていけそうですね。 藤原:住居費が下がった前提で教育費が下がればね。 渡邉:ただ、みんなが大学に行く今の時代に、教育費がそんなに下がりますかね。一人の子どもを大学まで出すのに、1000万〜2000万円かかると言われますし。 藤原:はっきり言えば、今の大学の半分はいらない。実際、今の大学生の半分は、大学生になってはいけない人たちであって、本当は職業訓練をやるべきなんですよ。今の大学が生き残るためには、半分は職業訓練校になる必要がある。 あと10年くらいすると、「普通高校からどうでもいい大学に行っても何もない」ということが常識になると思うんです。そして、頭のいい子の中から、「高校・大学まで行って、嫌いな英語や数学をなぜ学ぶ必要があるんだ。そんなムダな時間を使うよりも、徹底的に好きな技術を身に付けてやる」という例が出てくるんじゃないかな。 技術は、漆の技術でも、和船の製造技術でも何でもいいんですよ。頭が悪くて、しょうがなく職業訓練校、工業高校に行くというのではなく、頭がいいからこそ、人と違う道を選んで、20年後に一発逆転しようという子が出てくるのではないかと。 アメリカには、高度にネットを使えるギーク(日本で言うオタク)がいっぱいいて、学歴にかかわらず仕事をしているでしょ。 日本では、そういう子が本当に少ない。だから、日本の伝統技術を誰が引き継いでいるかというと、ほとんど外国人ですよね。カナダ人やスウェーデン人はそういうのが大好きだから。 渡邉:その話は面白い。確かにそうですね。やっぱり「普通の大学に行って卒業しても食えない」ということが、世間に浸透しないとダメですね。 藤原:まだ今は、ごまかせてしまっているの。 そういう意味では、秋田の国際教養大学の中嶋嶺雄学長はすばらしくて、英語教育を徹底的にやっていますよね。一流企業が「御校の学生をぜひ採用させてください」と拝み倒しに行くぐらいで、就職率は100%。この国際教養大学と、国際基督教大学(ICU)、金沢工業大学の3校は、就職率がよいということで、突出して有名なんですよ。 これから、就職率の悪い大学はどんどん淘汰されると思う。親側には、まだしばらくの間は、「大学ぐらい出てほしい」という感覚が残るだろうけど、子どものほうは、頭を軟らかく教育すれば、「あんな大学に行って何の得があるの」という感じになると思うけど。 ただし、サラリーマンを目指して名も知れない大学に行った奴よりも、中学卒業後に職人の道を選んだ奴が、20年後に大逆転するというケースは、まだ出てきてないんですよね。 渡邉:成功モデルが欲しいですね。 藤原:欲しい。10年後ぐらいには出てくると思うな。出てこさせないとダメでしょ。 ――渡邉さんは、実家が築地のマグロ問屋ですけど、サラリーマン以外の道を、中学校卒業時点で選ぶことにリアリティはありますか。 渡邉:マグロ問屋は全然儲からないんですよ。回転ずしチェーンは仲卸を通さずに、直接、船ごと一船買いをしてしまう。規制緩和で、仲卸を通さなくてもよくなってから、会社はほとんど利益が出ない体制になってしまった。今は、銀座の高級すし店などに細々と取引している程度だから、僕は実家を継がなくてよかったんです。 うちの会社はまだましなほうですけど、築地のマグロ屋の7割は赤字だと言われていて、豊洲への移転が決まったら、ほとんどが廃業するはずです。
結局、職人の道を選んだとしても、構造改革で、産業構造が変わっていくわけじゃないですか。そうすると、親の仕事を継ごうと思って10代からそういう世界に入ってしまうと、20年後にはその仕事自体がなくなってしまって、修行の1万時間が無駄になってしまう可能性は十分あるんですよ。そういうキャリアショックみたいなものは、たぶんどこの世界でもあると思う。 藤原:確かにそうですね。 渡邉:だから、「自分の仕事を中学生のときに決めろ」というのは結構酷な気がします。子どもには、その判断能力がないですから。 藤原:やっぱり頭を軟らかくして、仕事を乗り換えていく発想が必要になる。「どの仕事が正解なの」という感じで、選ばせてしまったらダメだよね。 渡邉:そうですね。うちの親父は、マグロのセリ人として大成功したわけですが、それは時代がよかったからですよ。 藤原:間に合ったのね。 渡邉:間に合ったんですよ。運がよかったんです。だからもし、もうちょっと早く構造改革が来ていたら、たとえば僕が大学生のときに来ていたら、僕は大学を辞めないといけなかったかもしれない。だから、あの世界は運ですよね。 藤原:それを言ったら、ボクだってリクルートに入ったのは運だしね。 渡邉:だから柔軟性と運が大事。 藤原:運と勘は絶対いる。でも柔軟性というか、頭の軟らかさも絶対いると思う。これだけ変化が激しい時代だから。 20年前には、水をおカネを出してペットボトルから飲む時代になるとは、誰も考えなかったと思うんですよ。 日本は、水がおいしくて、水道の水と安全はタダだと思っていたわけだから。それが今では、水も安全もどちらもすごく高いものになってしまった。同じように、iPhoneなんてものは誰も想像できなかった。これだけ多くの機能が、この薄さに詰まってしまうなんて。 それぐらい変化の激しい時代だから、ものすごくチャンスがある一方で、「これをやっていれば安全だ」というものがない。ということは結局、頭を軟らかくする以外に王道はないんです。 (撮影:梅谷秀司) |