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村田雅志 ブラウン・ブラザーズ・ハリマン シニア通貨ストラテジスト(2013年6月13日)
いわゆるアベノミクスに対する批判は多いものの、景気は拡大基調で推移している。1―3月期の実質国内総生産(GDP)は年率換算で4.1%増と昨年10―12月期より伸びが加速。個人消費が堅調に推移したほか、「量的・質的金融緩和」に続く第2の矢である「機動的な財政政策」を背景に政府消費や公共投資が拡大。成長率を押し上げた。
5月は日経平均株価が1万6000円近辺から1万3500円近辺まで大きく下落。ドル円は103円台後半から100円ちょうど近辺まで円高が進むなど、金融市場は大きく動揺したが(6月13日午前11時現在は日経平均1万2500円近辺、ドル円は94円台)、消費者マインドは底堅く推移している。5月の消費者態度指数は45.7と2007年5月以来の高水準に上昇。同月の景気ウォッチャー調査・現状判断DIは55.7と2カ月連続で低下したものの、依然として06年3月以来の高水準にある。
安倍晋三首相は景気回復を持続的なものにすべく第3の矢である「民間投資を喚起する成長戦略(以下、成長戦略)」を4月以降、何度かに分けて発表している。12日に開かれた産業競争力会議では、企業の生産設備の更新や事業再編を促すことを目的に「思い切った投資減税で法人負担を軽減する」ことが成長戦略の最終案に盛り込まれた。今後3年間で民間設備投資をリーマンショック前の水準である年70兆円に回復させることを目指すという。
しかし、この成長戦略は識者と呼ばれる方々からあまり評判が良くない。その理由は、成長戦略の中に産業界や外国人投資家が期待していたとされる移民政策、外国人労働者の活用、法人税減税、解雇規制の緩和、農業をはじめとする各種産業での規制の大幅緩和といった内容が盛り込まれなかったためのようだ。一部識者は、こういう施策こそ日本経済の構造改革を推進するために必要と主張している。
こうした方々の肩を持つわけではないが、筆者も安倍首相が提唱している成長戦略が日本経済の構造改革に資するとは考えていない。しかし、その理由は、成長戦略に移民政策や法人税減税などといった個別具体論が盛り込まれなかったためではなく、安倍政権が成長戦略の名のもとに民間設備投資の拡大を指向しているためである。
日本経済の構造改革を進めるには、民間設備投資を増やすのではなく、むしろ減らす必要がある。同時に、企業部門が抱える(過剰ともいえる)内部留保を家計部門に移転させることで、家計部門が自律的に消費を拡大する方向へと刺激しなければならない。
<人為的な設備投資拡大はデフレ継続を招く>
日本の民間設備投資はリーマンショック前(08年1―3月期)の78.4兆円をピークに大きく減少。今年1―3月期は61.7兆円と同ピーク時から16兆円以上も落ち込んでいる。一方、個人消費は今年1―3月に291.3兆円と08年10―12月期以降で最高水準まで回復し、08年1―3月期の水準にもあと5兆円程度で届くところまで来た。政府消費や公共投資も08年1―3月期の水準を上回っており、統計を見る限り民間設備投資の回復の遅れが目立っているように思える。安倍首相がその点に注目したくなる気持ちも理解できなくはない。
しかし、リーマンショック後に落ち込んだとはいえ、マクロでみて日本の設備投資は依然として大きい。設備投資の名目GDP比は13.0%とリーマンショック時の15.3%から低下したものの、米国(GDP比10.5%)に比べ依然として高い。
日銀短観の設備過剰判断DIは全規模・全産業でプラス6と11年9月調査から同水準のまま。製造業だけに限ればプラス14と11年9月調査のプラス10から設備過剰感が強まっている。経団連の米倉弘昌会長が、「投資減税だけでは(設備投資は)動かない」と指摘したように、企業側は過剰感を背景に設備投資を拡大する意向を持っていない。仮に設備投資ニーズがあれば、企業は政府による減税などなくても自主的に設備投資を拡大しているはずだ。
こうした中、政府主導で人為的に民間設備投資を拡大させても、景気変動などで需要が落ち込めば設備過剰感はさらに強まる。それは企業の安売り行動を促すほか、減価償却の増加を通じ企業収益性を低下させる。日本経済のためにと、政府が民間設備投資を拡大させたとしても、日本経済の問題として指摘されているデフレと企業の低収益性が結果的により強固なものになってしまう恐れが強まる。
民間設備投資を縮小させてしまうと、日本の有効需要が縮小し、デフレ圧力が強まるとの批判が出てくるかもしれない。しかし、民間設備投資の縮小を上回る規模で有効需要が拡大すれば問題はない。このため政府は企業に設備投資の拡大を促すのではなく、むしろ企業が抱える内部留保を家計部門に還元させる政策を検討実施すべきだ。企業から資金を得た家計部門が消費を拡大させることが期待できる。
そもそも日本の企業部門は、家計部門や政府部門に比べ貯蓄性向が高い。11年時点の企業部門(非金融法人と金融機関の合計)の純貯蓄額はGDP比7.5%。一方、家計は1.4%と低く、今後も少子高齢化を背景に貯蓄を取り崩す傾向が強いとみられている(ちなみに政府部門にいたってはマイナス8.5%とマイナス幅を広げている)。
日本企業は事業の安定継続性の観点から内部留保を積み増しているのかもしれないが、上述したように設備投資の拡大に消極的だ。また(安倍首相の要請に気を取られることなく)積み上げた内部留保を雇用や人件費の拡大に振り向ける姿勢を示していない。マクロの観点から言えば、日本企業は使う当てのない資金を内部に滞留させ、国内のマネーストック拡大を抑制しているともいえる。それならば、政府は企業に何らかのインセンティブを付すことで内部留保(貯蓄)を消費性向の高い家計に還元させ、個人消費の拡大を狙う方が、設備投資の拡大を迫るよりも景気拡大に有効だろう。
<消費喚起こそ業種構造変化への正道>
企業が抱える内部留保を家計部門により多く配分させる方法は多々ある。たとえば、現在は法人事業税で企業所得への課税と両立で適用されている外形標準課税(資本金や人件費など企業規模を示す基準に基づく課税)の割合を高めれば、企業にバランスシート縮小のインセンティブを与えることは可能だ。また、配当所得に対する課税を縮小ないしは撤廃すれば、株主は経営側に対する配当額の拡大圧力を強めるだろう。
上場企業の場合、ストックオプション課税の緩和もバランスシート(ひいては内部留保)縮小のインセンティブとなる。経営者が自らの所得を増やすべく株価上昇を意識するようになると考えられるからだ。この結果、経営者は株価との連動性が強いことで知られる自己資本利益率(ROE)の引き上げを目指し、バランスシートを縮小させることで総資本回転率(売上高/総資本)、財務レバレッジ(総資本/自己資本)の引き上げを目指すだろう。
一部からは企業の内部留保を取り崩し雇用や人件費を拡大させるべきと主張する声も出ている。経営者側は、競争力確保の観点から人件費負担の拡大に難色を示している。しかし、ストックオプション課税が緩和されれば、経営者は(株価上昇を目指すと同時に)従業員にストックオプションを付与することで、結果的に内部留保を配分することになる。この場合、単なる雇用や人件費の拡大と異なり、企業は競争力の低下を避けることができる。
企業に家計部門への内部留保の還元を促すことは、市場原理に基づいた構造変化を推進することにもつながる。企業から所得を得た家計部門は消費を拡大させるだろうが、支出内容は家計部門が自ら決めることになる。この場合、当然のことではあるが、家計は需要の高い財・サービスへの支出を増やすはずで、企業は家計による支出増大というシグナルのもと、需要が増加した分野への供給を増やすべく、たとえ政府による支援策がなくとも設備投資を拡大させることも期待される。結果として、業種構造の変化は促され、日本経済の構造問題の一つとされている企業の低収益性も改善の方向に向かうことになる。
*村田雅志氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンのシニア通貨ストラテジスト。三和総合研究所、GCIキャピタルを経て2010年より現職。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE95C03P20130613?sp=true
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