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武田洋子 三菱総合研究所 チーフエコノミスト(2013年6月11日)
安倍政権発足から約半年が経ち、金融市場の熱狂は一服しつつある。しかし、「アベノミクス」は、まずは初期の成果をあげたといっていいだろう。その理由は主に以下の3つの「事実」に集約できると考えている。
第1に、市場環境の好転だ。足元は、米金融政策をめぐる不透明感の高まりもあって、市場は乱高下しているが、政権交代以降の変動を素直に捉えれば、6月11日午前10時現在、ドル円は10円以上の円安、日経平均株価は30%程度の上昇だ。むろん、タイミング的には、欧州信用不安の緩和や海外経済の底入れといった別の要因も重なったとはいえ、アベノミクスへの期待が市況好転に寄与したのは紛れもない事実だ。
2つ目の事実は、それによって人々のマインドが改善したことだ。法人企業景気予測調査や消費者態度指数など、景況感やマインドを示す指標は改善し、こちらも株価同様、昨年末頃の水準に比べ大幅な上昇を示した。興味深いのは、消費者態度指数の内訳を見ると、収入の増え方という項目は小幅の上昇にとどまる一方、雇用環境に対する期待は大きく上昇している点だ。つまり、消費者は給与が上がるとまでは思っていないものの、景気好転で少なくとも当面は雇用を心配するようなことにはならないと受け止めているのだろう。
3つ目の事実は、実体経済指標の改善だ。1─3月期の実質国内総生産(GDP)は年率換算プラス4.1%の高成長となった。中身を見ると消費が強かったが、その波及経路の1つが資産効果である。日本の家計金融資産に占める株式保有比率は7%程度と低いが、株式や投資信託の6―7割を保有するのは60歳以上のシニア層である。いまや個人消費の4割を占める同層の消費が押し上げられた可能性があろう。また、株を保有していない人の間にも、先行きへの漠然とした期待感が広がっており、財布の紐(ひも)は緩みつつあると見られる。
まずは人々の気持ちが前向きにならないと、どのような改革も実現は難しい。つまり、アベノミクスの初期の成果とは、改革実行への下地をつくったという点だろう。
<「第3の矢」は1本ではない>
しかし、「本番」はこれからである。今後に目を転じると、持続性という点では、いくつかの懸念材料がある。
まず、市場のセンチメントが気がかりだ。5日に成長戦略の第3弾が発表されたが、市場は厳しい反応を示した。海外からは、「第1の矢」と「第2の矢」を好感したものの、「第3の矢」で日本が本当に変わると確信できなければ、中長期的な投資には踏み切れないという声が聞かれる。
むろん市場のセンチメントは、米金融政策の「出口の入り口」とも言える量的緩和第3弾(QE3)の規模縮小をめぐる思惑にも左右されるため、日本だけではいかんともしがたい部分はある。そうした状況だからこそ、日本への期待をしっかりつなげておくためにも、今こそ抜本的な改革に踏み切る姿勢を具体的に示す必要がある。安倍政権の改革への「本気度」が試されよう。
もとより「第3の矢」は1本ではない。いくつもの政策を盛り込んだ「矢の束」が単に既存の成長戦略を水増ししただけのものなのか、見極める必要がある。
たとえば、農業の所得を倍増するという話では、株式会社の農業参入を規制したままで2倍にすることが本当に可能なのかという疑問符がつく。ほかにも様々な分野で掲げられた数値目標があり、その方向性には賛成だが、今後、達成を確信できるほどの具体的な施策を示せるのか、目を光らせておきたい。
<企業経営者が慎重な理由>
また、国内経済を見ても、そもそも13兆円もの大規模な財政出動という「カンフル剤」により嵩(かさ)上げされている。確かに1─3月期のGDPを支えたのは消費だが、それは安倍政権発足前の景気悪化の反動という側面もある。売り上げを伸ばしているのは高額商品ということもあわせて考えると、持続的な消費とは言い切れない。
消費が裾野の広い増加を示していくためには、雇用と賃金を合わせた所得の回復が必要だ。では、所得の回復が見えているかと言えば、夏季賞与こそ前年比プラスの見込みだが、依然、所定内給与は減少基調である。消費の持続的回復は、企業の収益が改善し、それが雇用者に還元されて初めて実現することを忘れてはならない。
国内需要のもう1つの重要なカギが設備投資だ。1─3月期のGDPの内訳の中で設備投資は5四半期連続で前期比マイナスとなった。結論から言えば、企業経営者はまだ持続的な成長を信じ切れていない。アベノミクスで景況感は良くなったものの、企業が投資に踏み切るまでには至っておらず、状況をうかがっている段階だ。企業経営者が何を見極めているかと言えば、それはやはり「第3の矢」の成長戦略の中身だろう。
「第3の矢」で安倍政権の本気度を計り、投資に踏み切れる環境になるかを確かめない限り、企業の設備投資は盛り上がってこないであろう。国内需要の持続性という点では、「第3の矢」がしっかり打たれ、企業が期待する中長期の収益率が上昇し、人的資本も含めて投資に積極的になり、その結果として設備投資が増え、雇用や賃金も回復していくという前向きな流れが必要だ。その流れがあって初めて、そこに消費の増加が加わり、さらに企業の投資を喚起するという好循環が生まれる。
成長市場に資本や労働を移しやすくするためには、大胆な規制緩和や制度改革が必要だが、改革を実現するには、どういった環境整備が必要かという議論もしていく必要があるだろう。日本は様々な制度や慣習が複雑に絡み合って、資本や労働が固定化しているので、1つの側面だけを議論しても仕方がない。
独シュレーダー政権の「アジェンダ2010」では、社会保障改革もやり、労働市場改革にも踏み込んだ。安倍政権でも、成長戦略とともに、人材戦略や社会保障制度改革などをセットで論じ、横断的に改革を進めるべきだろう。たとえば、成長戦略第1弾として掲げられた女性の社会参加は、子育て環境の改善に加え、労働市場での慣習見直しや、就労インセンティブを阻害している税制や社会保障制度の改革を見据えた議論が必要だ。
また、成長戦略の「第3の矢」と合わせて必要となるのが、財政への信認を維持させるための方策である。その点でやや心配なのは、GDPが回復してくるに従い、社会保障制度改革に切り込まなくても大丈夫だという甘い考えが蔓延してしまうことだ。
日本の人口動態などを見れば、これ以上先送りできないことは明らかだ。社会保障制度改革を行わずして公約であるプライマリーバランスの2020年黒字化は不可能である。社会保障制度改革の実行、ひいては財政再建への具体的な道筋をつけることが、安倍政権の次の課題になるだろう。
*武田洋子氏は、三菱総合研究所のチーフエコノミスト。1994年日本銀行入行。海外経済調査、外国為替平衡操作、内外金融市場分析などを担当。2009年三菱総合研究所入社。米ジョージタウン大学公共政策大学院修士課程修了。
*タイトルを修正し再送します。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
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