01. 2013年6月11日 14:33:40
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社説:安倍首相、最大の試練 2013.06.11(火) Financial Times:プロフィール (2013年6月10日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)日本経済を復活させるための安倍晋三首相の賭けは、今週、これまでで最大の試練に直面する。10兆3000億円規模の財政刺激策を発表し、金融革命をやり遂げた後、安倍内閣は経済のサプライサイドを改革する計画を承認する。この改革は政治的には無理難題だ。構造改革は必ず大きな力を持つインサイダーに影響を与えるからだ。 しかし、「アベノミクス」を成功させるためには、改革に代わる道はない。マネタリーベースを倍増させる日銀の賭けは、いずれ国債利回りの上昇をもたらす。持続的な経済成長なしでは、日本の政府債務の山は手に負えなくなる可能性がある。 改革なくして金融革命は成功しない 日本の成長問題は構造的だ。労働市場は歪んでおり、女性と若者に不利になっている。企業は現金を過剰に溜め込んでおり、多くの場合、海外に眠らせている。制限の多い移民政策は、人口動態の見通しを悪化させている。 安倍氏は6月14日に一連の改革案を閣議決定する。一部の施策は役に立つ。不況時に余剰人員を継続雇用する企業に支払われる補助金を削減し、そのお金を技能訓練に振り向ける計画は、業種間でうまく労働力を配分する助けになるはずだ。 日本の労働市場は、失業率を抑え込む点では、うまくやってきた。だが、古くからいる労働者の過剰な保護は、企業が事業を再生させるための柔軟性を欠くことを意味する。 安倍氏は賢明な目標を掲げたが、いかにして目標を達成するかは、まだはっきりしていない。米国や欧州連合(EU)と新たな貿易協定を締結すれば、日本の活力に満ちた産業は強くなるだろう。しかし、例えば農家など、自由貿易により損失を被ることを恐れている人々からのロビー活動によって、協定の範囲が狭まり、有益な効果が減じる恐れがある。 残念ながら、安倍首相は最も野心的な改革を避けている。安倍氏率いる自民党にとっては、移民はいわば「立ち入り禁止区域」だ。企業の貯蓄に対する課税は議論されていない。課税すれば、企業は現金を投資に回したり、株主に還元したりするインセンティブを得るし、税金は国の債務を返済する有用な収入源になるだろう。 楽観的な向きは、来る7月の参議院選挙の後に、もっと大胆な改革が打ち出されると考えている。彼らは、支持率が高い時に波風を立てることは意味をなさないと言う。だが、日本で過去20年間にわたり変化を妨げてきた文化的、政治的制約は、結局、克服できない可能性もある。 日本がどこに向かうかは、安倍首相にかかっている。日本に革命をもたらすという安倍首相の選択は正しかった。途中でやめるべきではない。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37982
アベノミクスはバブル世代以上向けの政策
いかに低成長社会に向けて構造改革するか 2013年6月11日(火) 河野 龍太郎 、 加藤 出 (前回から読む) 先進国の金融緩和の危険性、副作用については、議論されているのでしょうか。 河野:この対談の2回目で、各国でバブルが起こっているという話をしました。加藤さんも指摘されましたけど、ここ数年、まさにショックに対する中央銀行のアグレッシブな政策が、次なるバブルを醸成し、次なる危機を引き起こすということが繰り返されています。そろそろ、ほかの国に甚大な影響を与えるような大国は、極端な金融政策をやってはいけないという議論を始めないといけないと思っています。 大国は極端な金融政策をとるべきではない 河野龍太郎氏(写真:大槻純一、以下同) 理論上は、管理通貨制度の下では、為替レートの変動でほかの国の金融政策の効果は遮断されますが、実際にはそうなっていません。
結局、アメリカがアグレッシブな金融緩和をすると、多くの国は自国通貨の上昇を避けたいが故に、金融緩和が長期化し、固定化します。そのことで、さまざまな不均衡が起こっているのです。やはり基軸通貨国のアメリカ、あるいはそれに準ずるヨーロッパや日本は、ほかの国への影響も考慮し、極端な政策は取るべきではないという合意を進めていくべきだと私は思います。 加藤:バーナンキFRB議長は「先進国の緩和は、こんなに世界経済に貢献した」と最近強調していますが、裏返すと、そういう批判を相当意識していると言えます。 河野:新興国側から先進国の金融緩和への批判が起きているし、国際決済銀行(BIS)などでも議論されていますが、アメリカは金融政策は自国の利益を追求するためにやるものだと主張しています。 ここ数年間強く感じていることがあります。先進国、特にアメリカでは、金融政策運営においてコアインフレ率しか見ていません。コアインフレ率は、食料品とかエネルギーが取り除かれている。この食品・エネルギーのコモディティ価格には2000年代以降、やや長い目で見ると上昇トレンドがありますが、FRBはアグレッシブに金融緩和をやって「コアインフレ率は落ち着いているから大丈夫」と言っている。 結局、そうしたメカニズムがグローバルに波及していって、アメリカに対して固定的な為替レート制を取っている新興国が自国通貨に上昇圧力が加わるため、金融引き締めができない。アメリカが金融緩和すると、本来は引き締めが必要なのに追随して緩和する。 需要の強い新興国で引き締めができないので、彼らの旺盛な需要がコモディティ価格を押し上げ、世界的に食料品とかエネルギー価格が上がっている。コアインフレ率しか意識しないアメリカをはじめ先進国の金融政策の問題と、固定的な為替レート制を取っている新興国の問題が増幅される形で、実は世界全体で見るとインフレ率が上がっています。 極端なことを言うと、アメリカの金融緩和が迂回して世界のインフレ率を引き上げているということです。自分たちはコアインフレ率を意識すればいいと言って、コアしか見ていません。コア以外はボラティリティが高いから取り除いていますと言います。でも、エネルギー価格と食料品価格はボラティリティが大きいだけでなく、中長期的に見て伸び率が高いので、取り除いていいのかという議論があります。 実はコア以外のインフレによってアメリカとイギリスは実質購買力がかなり抑制されていて、物価安定が損なわれているのではないか、だから、コア以外も考慮すべきではないかというのが私の見解です。 加藤:世界経済に影響力の大きいアメリカの金融政策の場合、計測は難しいけれども、グローバルな需給ギャップみたいなものを考えながらやっていかないといけないということですね。 河野:その通りです。新興国がそういう批判をしていますが、先ほども述べましたが、バーナンキ議長は、金融政策は、自国の物価と雇用だけを目的に追求するものだと言っていますね。 安倍政権が掲げるいわゆるアベノミクス全般については、どのようにお考えでしょうか。 加藤出氏 加藤:アベノミクスが称賛されていますが、アベノミクスではなかった場合、円安、日経平均はどのぐらいまできていたかと考えると、昨秋頃からグローバルな景気底打ち期待の波に乗れてきた面がベースにあったと思います。特にアメリカの景気回復がなければ日本経済回復のイメージは限定的だったでしょう。
河野:私は昨年末から、アベノミクスの本質はマネタイゼーションで、歴史的に見るとマネタイゼーションの初期段階ではバブルを引き起こすと話してきました。もう少し広い目で見ると、主要国のアグレッシブな金融緩和が引き起こしたグローバル・バブルのメカニズムがすでに始まっている可能性があります。 加藤:アベノミクスとまったく同じとは言わないまでも、アベノミクスではなくても、ある程度の円安、ある程度の株高はあったかもしれません。 河野:悩ましいですね。各国が大幅な金融緩和政策をやっているから、日本でもそういった政策が望ましいと思われるようになった。各国がそういった政策をやっているのに、日本だけがアベノミクスでないような政策を取ると、円高プレッシャーがかかったから、やはり金融緩和政策に向かっていったということもあります。 加藤:そうですね。ある程度リスクオンの風潮にはなっていたでしょうね、年明け以降は。 河野:そうした流れと対極にあった野田民主党政権、白川前総裁の体制に社会が耐えられなくなっちゃったということなんでしょう。我慢できなくなった。 加藤:野田政権も仮に解散してなかったら、もう少し変わったかもしれない。そういう意味で安倍さんは登場するタイミングが良かったです。 安倍政権はすごく運がいいということ 河野:昨年秋、グローバルな製造業の循環が持ち直し始めた。ここ2年間、世界経済の重石になっていた2つの要因の1つが中国経済でした。中国は2011年春をピークに減速していたわけですが、これが昨年秋にいったん底入れをしている。さらに、とりわけ世界の金融市場に大きな悪影響を及ぼしていたヨーロッパの問題が、危機が終わったわけではないですが、昨年秋から小康状態になった。 ヨーロッパ問題があったことで安全通貨として円が買われていたわけですから、小康状態になったことで、円買いの修正も始まった。だから安倍政権はすごく運がいいということでしょう。 時間がたてば、成長戦略を進めつつ、低い成長率の下でも社会制度がうまく回るような政策をやると言っていた野田政権は再評価されるべきだし、再評価されてくると思います。 ただ、社会全体で低成長を受け入れるというのは、なかなか難しい面もあります。 河野:先進国がアグレッシブなマクロ政策をやっている背景には、社会が低成長であることを受け入れられない、という事情があるでしょう。私は以前からそう思っています。潜在成長率が低いという現実、低成長が続くという現実を受け入れることができないから、結局、近視眼的な政策ばかりに踏み込んでしまう。「潜在成長率は下がっていない。今の成長率は低いけれど、もっと高い成長ができるはずだ」と思っている。たまたま低くなっているということなら、財政政策や金融政策が機能することになります。 でも、潜在成長率そのものが下がっているとするなら、財政政策や金融政策によって、一時的に景気を押し上げることができたとしても、続きません。だから、構造政策をやらないといけないのです。低成長でも持続できるような社会制度、社会保障制度をつくっていかなくてはいけません。 ところが、構造政策は既得権にメスを入れないといけないし、国民に負担をお願いしないといけません。だから、社会は潜在成長率が下がっていることを認めたくない。認めたくないから、財政政策と金融政策に緩和プレッシャーがかかる。財政が限界に達してきているので、金融政策に強い緩和圧力がかかる。その結果、資産市場のブーム&バーストが起きやすいような政策が取られる。これが、現代民主主義の下におけるアグレッシブなマクロ政策とバブルの生成、崩壊のストーリーではないでしょうか。 アベノミクスに反応がいいのはバブル世代以上 河野:ところで、今回のアベノミクスが働き掛けている対象は、ほとんど40歳以上の人たちですね。 加藤:特にバブル世代ですよね、反応がいい人たちは。スイス製の高級時計が日本でも売れていて、1−4月の日本への輸出は前年比プラス8%です。買っているのは若い人もいますが、バブル世代が中心のようですね。 河野:20代とか30代前半までの人は、デフレによってそんなに不幸なことが起こっているとは思ってない。今回の政策で自分が豊かになるとも思っていないけれど、インフレになって貧しくなるとも思ってないし、焦ってもいません。アベノミクスは、バブル世代以上の人に向けた政策だといわれています。 加藤:アジアに行けばものすごく勉強している優秀な人がいっぱいいて、学校の試験勉強という話になったら、もう日本人はかなわない。OECDの学力調査では韓国、香港、シンガポールは日本より大幅に上にいます。いろいろな意味でわれわれの技能並み、あるいはそれ以上に優秀な人はいくらでもアジアにいる中で、従来と同じことをやったまま、同じように高い賃金をもらえるかというと、やっぱりそれはそうではないでしょう。 それは10年以上前からあるオフショアリングの議論とも重なってきますけれども、ライバルがいっぱい出てくるという中で、80年代までとまったく環境が違うわけですから、そういう中で、いかに生産性を伸ばしていくかということになると、個々の意識改革も非常に大事ですね。 少子高齢化のシンガポールがデフレにならないわけ 加藤:「シンガポールも少子高齢化が進んでいるが、デフレではない。だから日銀の金融政策がだめなのだ」という声がよく聞こえますが、シンガポールの成長戦略はすごいですよね。選択的移民制度で国の活力を維持する方向性を明確に打ち出している。また、世界中から優秀な人材がシンガポールで働きたがっている。 また、先日アメリカ出張でシリコンバレーの話を聞いてきましたが、そこでの科学技術系労働者の6割超は外国出身です。若い優秀な才能を誘致することがいかに重要かを痛感しました。 河野:日本はモノづくりがすごく得意な国だったわけです。フォーディズムというか、1900年代初頭に確立した大量生産の時代に、たぶん一番うまく合致したのは日本のシステムでした。ところが時代が変わり、苦境に陥っている。ただ、ポスト大量生産、ポスト大量消費時代にも合致するものが日本には多くあります。 例えば私の会社はフランスの会社ですが、日本が大好きなフランス人はたくさんいます。快適さ、清潔さ、アメニティーとか、おもてなしの心とかいったようなものが、すごく好きなんです。 もっと具体的に言うと、シャワートイレのない国なんか野蛮だという話をフランス人がしている。しかし、多機能トイレは日本にしかありませんでした。10年前、20年前に海外に輸出したときは、「何となく温かい便座って前の人が座っているようで変だ」とかいう感じだったのが、結構、海外でも広がってきている。
河野:サンフランシスコの知人の家庭にシャワートイレが入ったという。普通の家にも入り始めている。だから、工業化社会の次の社会、脱工業化社会は、一番日本の近くにあるのではないかなという気がしています。もっとその方向にフォーカスすればいい。本当に豊かになった私たちは、値段が安くなって機能が増えたからといって、別に携帯を3台も4台も持ちたいわけではありません。 薄型テレビだって、4台も5台も持つ必要はない。大企業の製造業、経団連の加盟企業が生み出すようなものではない。やはりサービスだと思います。成長分野というと、モノだという思い込みがあって、政策もそちらの方向にばかりに向かっているけれど、何か次のフェーズに入っているような気がします。 モノづくりだけにフォーカスするのは誤り 河野:1人当たりのGDP成長率を見ると、日本のパフォーマンスは低いわけではありません。成長率を少しでも高める努力は重要なので続けないといけないわけですが、人が減っている結果、マクロ経済全体の成長率が低くなることはある程度は仕方がないでしょう。むしろ、これに対応した社会制度ができてないことが一番大きな問題です。低成長時代でもやっていける持続可能な財政制度、社会制度を構築していくことが政府の役割だと思います。 輸出分野、大企業の製造業、そういったモノを作っているところばかりにフォーカスするというのは誤っています。逆にこうした分野を優遇するのは、結果的に財政資金なり、何らかの経済資源が過剰に投入されていることになるので、実は潜在的な成長分野の出現を抑えている、ということも意識する必要があるのではないかなと思います。 加藤:従来型の輸出で成長していこうというのは限界があるわけですが、一方でアジアには消費したくて仕方がないという膨大な数の中間層が増えているわけですから、そのパイを取ってくることはやはり重要です。また、日本の若い人がアジアに出ていって、そういう人たちのニーズを肌で感じることも大事でしょう。 また、これから中国で猛烈な高齢化が始まってきます。中国のマクロ経済にとってはネガティブな要因ですが、富裕層の高齢者がこれから沿岸部を中心に大勢出てくるとも見なせます。その点では世界で最も早く高齢化しているわれわれなので、年寄り向けの商品の開発は意外に得意かもしれません。さっきのシャワートイレもある種そうですけど、ブランド力のある高齢者向け商品をうまく開発できれば、チャンスもあるのかなと思いますね。 加藤:要はいかに中所得の国々と競合しない収益力の高い商品を開発していくかというのも必要でしょうね。アジアの企業は若いオーナー企業が多いので、意外に中長期的なマーケティングを行っています。一方、日本の大企業は中高年が多くなっていますから、経営者の発想が「退任まであと何年だから、逆算して、じり貧なんだけれどもこのままの方向で行こう」と傾きがちだったところも多かったのではないかなと思われます。 そういう点でも、やはり活力があって才能のある中堅若手を場合によっては海外からも、どんどん入れてきて刺激を受けるということは大事だと思います。もっとも、震災もあって、たとえ日本政府がより高技能者を移民として受け入れようとしていたとしても、なかなか日本には来てくれない面があったかとは思います。その点では、せっかくアベノミクスで日本が明るく見えるようになったわけですから、このチャンスを生かして人材を誘致することが必要だと思います。
残念ながらソニー、シャープ、パナソニックにいた優秀な技術者がサムスン、LGに移ってしまっていたわけで、本当は日本で起業して新しい成長企業を作れるような環境を作る必要があるわけですが。 デフレから脱却できても、低成長は変わらない 河野:私は結局、デフレから脱却しても低成長は変わらないということが、今回の極端なマクロ政策で分かるのだと思います。多くの人が思っているデフレは、低成長と賃金下落です。今回、アグレッシブな政策ですごいコストを掛けて経済を混乱させますが、これによって何が分かるかというと、国の借金がさらに膨らみ、インフレ率は上がったけれど、低成長は変わらないことでしょう。 一気呵成にすべての問題が解決できる政策としてアベノミクスが出てきたのですが、そんな政策はそもそもあり得ない。低い潜在成長率を引き上げるには地道な努力が必要なのです。地道な努力は嫌だ、と私たちは今回言ってしまったようなものです。それに尽きると思います。 しかし、地道な努力が重要だと分かったときには、それだけではすまない状況に陥っているかもしれない。財政破綻リスクが高まっているのであれば、大変なことが起こるリスクが出てきます。 河野:過去6代の政権と同じように今回の政権が短期で終わるリスクもありますが、たぶん安倍首相はそれを避けるために、大盤振舞の政策を続けてしまうのではないでしょうか。バブルは永久には続きませんし、拡張財政も永久には続けることができません。何年か後には厳しい事態となるかもしれません。 加藤:日銀が国債買い入れを増やすので、財政規律低下の際のシグナルが債券市場から発信されにくいケースも今後はあり得ますからね。 河野:バブルが生まれる理由はそういうことです。追加財政で名目成長率を押し上げる一方で、本来上がるべき金利を抑えるので、アセットプライスが上昇する。だからマネタイゼーション政策ではバブルが起きる。バブルが起きているときは、みんなが生産性の上昇が起こったと勘違いし、これを歓迎するので、しばらくはユーフォリアが続くでしょう。加藤さんや私のような立場はしばらく生きづらい感じなんですかね(笑)。 加藤:そうですね。一般物価はデフレなんだけど、一歩引いてみるとほとんど横ばいなわけです。時間のスケールを長く伸ばすと。90年代から見ると、ちょっと一時上がって微妙に下がっている。今の25歳未満の失業率は日本では6%台ですが、ユーロ圏では4人に1人が失業して大変な社会問題になっている。ヨーロッパの人たちの目には日本経済はそう危機的には映っていなかったので、「この程度の緩やかなデフレなのに、ギャンブルのような金融政策をよくやるな」と驚く人もいます。 河野:すごいデフレが起こっていると思われていますが、今、加藤さんが言った通りで、2000年から2012年の12年間で、消費者物価は累積で3%しか下がってないのです。 加藤:CPIの水準は90年代からおおよそ横ばいみたいなものですが、より影響が大きかったのは、資産価格、特に土地がなかなか上がらなかったことでしょう。でもそれは人口が減っている、特に地方では空き家を売りに出しても価格の問題ではなく、買い手がつかないケースが増えていますから、住宅価格が上がらないのは仕方がない面もある。それを金融政策で持ち上げようとしても、効果は大都市圏の中心部に限られてしまうでしょう。 2015年半ばには完全雇用状態に達する一方で… 先ほど、アベノミクスはバブル世代以上の人向けの政策だというお話もありましたが、デフレに一番敏感な、土地などの資産を持っている高年齢層がアベノミクスの対象になっているということでしょうか。 河野:そこなんです。1票の価値が同じなら問題ないのですが、現行の選挙制度では地方の1票の重みが大きく、ゆがんでいるのかもしれません。 デフレについて、ほかの国と日本が大きく違う点は2つあります。消費物価のうち衣類などの半耐久財や非耐久財は、嗜好の差が現れやすい食料品を除けばどの国も大差ないんです。日本の場合は、まず、デジタル家電の影響で耐久財がずっと下がり続け、これが物価を押し下げています。もう1つは、サービス価格がほかの国では上がり続けているのに、日本だけはほとんど横ばい、ないし下落が続いています。 その原因でもあり、結果でもあるのですが、賃金が緩やかに下落しています。企業は賃金を抑えることでサービス価格を抑制し、競争力を高めようとしたのですが、どの企業も同じことをやった結果、値段だけが下がりました。そういうメカニズムです。 こうした賃金やサービス価格が簡単に上がるのか、という話です。少しインフレにするのも、マクロ経済を相当なブームにしないと難しい。 加藤:人手不足を起こさないと基本的に上がっていかない。 河野:たぶん一気にやろうとすると、かなりの混乱が起きてしまうでしょう。ちなみに私の計算では、2012年度補正予算のような規模の追加財政を来年以降も継続すると、2015年の半ばぐらいに完全雇用状況に達し、失業率が3.5%を割り込みます。ただし、そこまで追加財政を続けるとなれば、公的債務が膨み、長期金利が上昇して、最後は大変なことになります。 長期金利が急上昇する経路は複数あります。経済が完全雇用に達し、賃金インフレが長期金利上昇をもたらすというのがその1つです。あるいはマネタイゼーションの継続でバブルが膨らみ続け、いずれかの段階でつぶれる可能性があります。バブルが崩壊すると、公的債務が返済できないことが分かり、長期金利が急騰します。これは神のみぞ知る、です。 円安進展から長期金利が高まる経路もあります。アメリカの金融緩和政策が出口に向かい、日本が金融緩和を続けていると、円安が加速します。円安と長期金利上昇のスパイラルが起こるリスクがあります。いずれの経路についても、財政破綻確率が上昇し、長期金利が急上昇します。 加藤:その場合、結局はマネタイゼーションによるインフレという言い方もできるわけですよね。 河野:マネタイゼーションによるインフレというと? 加藤:マネタイゼーションが支える需要の拡大なわけですから。 河野:可能性は排除しませんが、マネタイゼーションでインフレ加速というのが、一番絵が描きづらい。グローバリゼーションが進んでいるからです。結局、南ヨーロッパでも財政破綻確率が高まって金利が相当急騰しましたが、インフレ率が上がったわけではありません。 だから、インフレ加速よりも、円安が進んで長期金利が上がるとか、バブルが崩壊して公的債務が膨らみ、将来の税収では返せないと分かることで、文字通り財政破綻確率の上昇を意識して長期金利が上がるとかの経路の方が可能性が高い。ただ、仮に金利が上がらずに、マネタイゼーション政策をやっていけば、2015年の半ばぐらいには完全雇用状況に達します。 そうすると初めはデフレが長引いていましたから、失業率が下がっても簡単に賃金とかインフレ率は上がらないかもしれませんが、例えば、失業率が3.5%の完全雇用状況でも拡張財政、マネタイゼーションをやっていくということになれば、閾値を超え、賃金インフレ率が加速し始める可能性はあり得ます。 リーマン・ショックで投資銀行バブルがはじけたかのごとく、世界的な金融緩和競争となっている中央銀行バブルもはじける可能性もあり得るでしょうか? 河野:危機が起きて金融機関に国の救済資金が入ることになると、金融に対する規制が強まります。そうすると結果的に、金融抑圧が可能になるんじゃないかなと思います。金融業にリスクを取らせないということは、要は、国債を買わせるということです。インフレ率がある程度上がっても、例えばインフレ率が2%に上がっても、本来であれば長期金利が3%とか4%になるところを半ば強制的に、金融機関に低い利率の国債を買わせることで、国債をマネージしていくという政策になります。 それは最終的には、預金者がマイナスの実質金利を甘受することで、公的債務の実質負担をゆっくり下げていくという政策になってしまいます。これは予測というか妄想のたぐいに近いのかもしれませんけど(笑)。 インフレとデフレという両極端のリスクの可能性 加藤:その金融政策で資産価格を押し上げていくというやり方をやっていくと、出口がなかなか難しい。出ようとすると資産価格が崩れてしまうかもしれないから、なかなか出にくい。このため結果的に引き締めが遅れ、インフレが上昇するリスクが特にアメリカであり得ます。 逆に、一方で資産バブルが破裂して金融システムに打撃が来ると、金融機関は企業や家計に融資しづらくなる。また、二度と金融システム不安が起きないようにと規制はさらに厳しくなるでしょうから、ますます金融機関はリスクが取れなくなって、お金が回りにくくなり、デフレに陥るリスクが出てくる可能性もあります。こういった政策を世界的に続けていくと、その両極端のリスクがあり得ます。 中国はどうですか。中国バブルといわれていましたけど。 加藤:そうですね。アメリカでまたバブル破裂のようなことがあると、それをきっかけに中国も、ということもあるかもしれません。ただ、あそこは危なっかしいですが、社会主義でしばらく押さえ込めてしまう部分もあります。 開発独裁型・中国のゆくえは? 河野:私は少し違う考えを持っています。中国は開発独裁型政策がずっとうまくいって、人々は豊かになった。その結果、大衆迎合的な政策を取り始めているというのが私の印象です。1920〜1930年代の日本と一緒なんです。日本では明治維新で開発独裁型の政権がスタートし、第1次世界大戦を経て、みんな豊かになった。豊かになった結果、民主主義に目覚め、ナショナリズムに目覚めていくのですが、中国はその頃の日本の状況にかなり近い。 ケ小平が亡くなったのは、日本で明治の元勲、山縣有朋(注1)が亡くなったのに近い意味合いを持っています。トップを歴任した江沢民や胡錦濤はケ小平が選んでいるから正当性があった。そういった意味での正当性を持たないのが習近平体制です。正当性がないから基盤も弱い。 だから尖閣問題も、軍や党内保守派からの突き上げによってあの対応になったというより、豊かになった国民が外交で日本に対して弱腰を取るのは許さないという状況があって、これに迎合するために近視眼的な政策が取られている。実は中国の現体制は民主主義国家と同じことになり始めているのではないか。それが私のこの1〜2年の印象です。 (注1)山縣有朋:1838〜1922。長州出身の大正・昭和期の元老。2度にわたって総理大臣に就任。日露戦争では参謀総長に就任して作戦・指揮に当たった。 加藤:習近平体制は、前政権下で積み上げられた地方政府の過剰なレバレッジを利かせた投資のウミ出しを今年ある程度行いたいのだと思います。過去にも政権が変わったときは、そういった前政権時代の問題を表面化させたことが何度かありました。マクロ経済が危機に陥るほどの連鎖を避けるために、経験豊富な周小川氏を人民銀行の総裁に再任した面もあると思います。 とはいえ、高成長の歪みに対する民衆レベルの怒りは激しく、そのガス抜きをしなきゃならないとも現政権は考えている。官僚のひどい汚職、富裕層の派手な消費に対する民衆の不満を抑えるために、大衆迎合的ですが、ぜいたく消費の自粛が、かなり起きています。先日中国に行ったときは、何カ所かで、面談が終わった後で、ペットボトルの水を持って帰るように言われた。そんなレベルにまで節約の風潮が来ています。 やり過ぎると消費全体への悪影響もあるのでバランスが難しい。住宅コストの高騰に対する不満も激しい。中国政府は不動産価格の上昇を抑えながら時間稼ぎをして、経済のパイが大きくなることで結果的に住宅バブルを吸収しようともくろんでいる。ただ、それはそれがうまくいくかどうか、危うさはあります。なお、高成長の歪みに不満を持つ人は多いのに、革命のような激しい動きにこれまでなっていないのは、「失いたくないそこそこの豊かさ」を持つようにになった中間層がかなりの数になっているからでもあります。 河野:中国では15〜59歳の年齢層を労働年齢人口と言いますが、2012年から減少が始まった。地方から都市への労働移動はそれより前から鈍化し、潜在成長率は明らかに低下している。先ほど議論しましたが、潜在成長率が下方屈折したことを社会が容認できるかどうかという問題が出てきます。さらに、歴史的に見て各国で起こっていることですが、人口動態の影響で潜在成長率が屈折する局面では、大規模なバブルの発生とその崩壊が起こっています。 資本収益性が低下し、まともな投資対象がなくなってくる一方で、お金はあるから、結局どこに行くかというと、不動産に向かいます。不動産価格が上がり続けないと採算の合わないような投資プロジェクトに金が向かっていくというのが、多くの国で見られた人口ボーナスの最終局面で大規模バブルが起こるということに対応しています。そういう意味では、中国の不動産価格の高騰は、人口ボーナス時代の最終局面に起こるバブルの一側面かもしれません。 うまく中成長路線に移行できるかが問題 加藤:上海あたりでは特に若い世代の大多数が「今マンションを買わないと手遅れになる」と焦っている。1990年前後の日本の20代、30代の心理と似ています。 現時点の中国では医療水準、教育水準において大都市部と地方では激しい開きがあるので、大都市部のマンションへの需要が基調的に続いています。しかし一方で、中長期的には人口動態的に、どこかで下がり始めると考えている人も少しずつ増えてきています。 昨秋、胡錦濤が2020年までGDPを2010年の倍にすると言いました。2011年、2012年の成長率で残りを計算すると、6%台半ばぐらいの成長でも、だいたい倍になる。GDPを倍にするといった話は、高成長の話をしているのではなくて、「中成長宣言」と言えなくもない。深読みすると、6%台の成長にこれからなっていくのに慣れてほしい、というメッセージだった可能性がある。 従来通りの調子で投資をしていくと、絶対にそこでギャップが生まれて破裂します。だから、労働年齢人口が減り、潜在成長率が当然落ちていく中で、うまく中成長路線に移行できるかは中国にとって大きな問題です。 河野:30年前の一人っ子政策の影響で、2009年ぐらいに中国はルイスの転換点(注2)を迎え、潜在成長率が低下したというのが私の分析です。さらに、中国では2020年代から急速に高齢化が起こります。成長率のさらなる下方屈折が2020年代に入ると起こるでしょうから、それに対応可能な社会制度をこの10年間でつくることができるかどうか。 成長率が屈折しているのに以前の高めの成長を忘れられなくて、これを追い求めるような政策をやってしまうと、中国はすごく苦しい状況になります。それは日本にもかなり似ています。 (注2)ルイスの転換点:経済の高成長を支える農村部から都市部への人口流出が停止する時点。日本では1960年代後半がそれに当たり、高度成長から中成長に成長率が屈折した。 河野:日本では、90年代から、低成長時代に備えた社会制度づくりをやらないといけなかった。しかし、高い成長が続くと思い込んでしまって、財政金融政策で大盤振舞を続けてしまった。いまだにその財政・金融政策で何とかなると思っている人もいるから、そういう政策が取られている。他の国のことを心配する前に、自分のことを心配しなくちゃいけないですね(笑)。 加藤:そうなんですよね。 (この項終わり) 河野龍太郎×加藤出 金融緩和のゆくえ 日本銀行は黒田東彦総裁が「次元の違う金融緩和」を発表した後、円安・株高が続いている。従来は専門家の領域と見られていた金融政策が、これほど多くの人に注目されたことはないだろう。米国でも積極的な金融緩和が続けられているが、リスクや出口戦略への言及も始まっている。いわゆるアベノミクスの評価、そして、今後の日本経済は上昇していくのか、それとも失速するリスクはあるのか。実力派エコノミストの河野龍太郎氏と、屈指の日銀ウォッチャー、加藤出氏という気鋭の論客が徹底的に語り合う。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130531/248945/?ST=print
【第817回】 2013年6月11日 週刊ダイヤモンド編集部 国債から抜け出しブタ積みへ リスクを嫌う大手行運用の性 安倍相場で初の大幅な調整局面に投資家もリスク回避に動く? Photo by Masaki Nakamura ?グレートローテーション──。景気回復期待の高まりを背景に、安全性の高い債券からリスクの大きい株へ、投資マネーが大移動を始めるという意味で、昨年末から頻繁に使われるようになった言葉だ。 ?5月の大型連休後、日経平均株価が軽々と1万5000円を突破し、日本の長期金利がじりじりと上昇(国債の価格が低下)し始めたときにも、「グレートローテーションの一環だ」というもっともらしい解説が、新聞紙面などをにぎわせた。 ?5月23日に株価が急落して以降、長期金利が徐々に低下(国債の価格が上昇)しているのも、そうした資金の大きな流れを基にして説明できそうだが、はたして本当にそうなのだろうか。 ?実際のところ、国債の30%(288兆円、昨年末時点)を保有し、最大勢力となる銀行勢の動きを見れば、そうした解説が的を射ていないことがよくわかる。 ?日本銀行が未曽有の金融緩和策を打ち出して以降、銀行は貴重な収益源として、それまでに大量に購入してきた国債を、手放す方向へ大きくかじを切った。 ?日銀が緩和策を通じて、緩やかなインフレ(物価の上昇)を目指す中では、長期金利が引きずられるようにして上昇(国債の価格が低下)するため、国債の売買益を捻出しにくくなり、最悪の場合は国債の時価が購入価格を下回り、含み損を抱えるリスクが大きくなるためだ。 ?直近2週間の平均株価の下落幅に対して、金利の低下幅が比較的小さいのも、銀行勢が国債を「売り目線」でしかほぼ見なくなっていることの一つの表れといえる。 ?では、国債を市場で売却して得た資金を、銀行はどこに振り向けているのか。 ?それは株でもなければ、ほかの債券でもない。日銀の当座預金口座にその大半を寝かせているのだ。いわゆるブタ積みである。 不可避の金利上昇 ?ある大手行の幹部は「売却代金の95%を当座預金に入れ、残りの5%で株などリスク性商品を買うようなケースもある」と明かす(本誌6月8日号特集を参照)。大きな投資リスクが存在する商品に、国債の売却代金の多くを振り向けることを、顧客の預金を運用する銀行ができるはずもない。 ?そうした状況を踏まえれば、国内の株価や為替相場とは関係なく、銀行が国債を売る動きは、今後も続く可能性が高い。今後さらに国内の株価が下落しても、長期金利が下げ渋るといった状況も十分に考えられる。 ?多くの銀行が、国債売却のタイミングを見極めるために活用しているのが、米国債の動向だ。過去に日本の長期金利上昇のきっかけとなり、連動性が高いとされる「米長期金利の動きを見ながら、売却の量とスピードをうまく調節していく」(大手行首脳)ことになりそうだ。 ?国債から当座預金へ、という銀行のグレートローテーションが進む先に見えるのは、いつまでも埋まらない景気回復の期待と、実体経済とのギャップである。 ?(「週刊ダイヤモンド」編集部?中村正毅) http://diamond.jp/articles/print/37213 【第281回】 2013年6月11日 真壁昭夫 [信州大学教授] “市場の恐竜”投機筋は何を考え、どう動いているか? 波間に漂う木の葉のように揺れ動く日本株の大局観 高値から不意に暴落、不安定な値動きに 一般投資家が手を出しにくい相場展開 ?5月23日の急落以降、わが国の株式市場は不安定な相場展開が続いている。株式市場の売買動向や値動きを見ると、一部の大口投資家の先物や一部の現物株を使ったオペレーションによって、株価が波間に漂う木の葉のように揺れ動いている。 ?市場関係者の間では、そうした動きの背景には、ヘッジファンドなど海外の投機筋の仕掛け的な売買があるとの見方が有力だ。確かにそうかもしれない。ヘッジファンドなどは、4月4日の日銀の“異次元の金融緩和策”の後、日本株の先物などを尋常でないペースで買い上がった。それによって、日経平均株価は一時、1万6000円手前まで上昇した。 ?ところが5月23日、米国のFRBバーナンキ議長が金融緩和策の出口などに言及したことをきっかけに、彼らは一斉に利益確定の売りに出た。目標とする収益水準に達していたこともあったのだろう。 ?それ以降、基本的に積み上がった日本株式の買い持ちのポジションを整理するために、先物や一部の現物株を売っているようだ。 ?株式相場の振れ幅がこれだけ拡大すると、リスクが急上昇するため、一般投資家は手を出しにくい。そうなると、市場参加者が偏ることもあり、一段と相場の振れ幅が増す構図になる。一種の悪循環だ。 ?そうした相場展開は、短期で売買を繰り返すヘッジファンドには重要な収益チャンスになる。彼らにとって、相場を大きく動かす材料があればそれでよい。アベノミクスに対する期待がどうかというよりも、単に彼らが保有するポジションの問題だ。 ?アベノミクスへの期待の変化は、彼らのオペレーションのきっかけになっている。結果的に株高・円安基調の変化は、彼らに絶好の売り仕掛けのチャンスを提供することになっている。 日銀が日本株の上昇を約束してくれた 投機筋が跋扈するわが国の株式市場 ?足もとの日本株式市場の状況は、一握りの大手投資家が相場展開を決めていると言っても過言ではないだろう。もともと、わが国の株式市場の出来高の半分以上は海外投資家が占めていた。その傾向は、4月の日銀の“異次元の金融緩和策”が宣言された時点から鮮明になっていた。 ?日銀が“異次元の金融緩和策”で常識では考えられないほど市中に資金供給を行うと、その一部は株式や不動産市場に流入することは目に見えていた。しかも、円安傾向の進展もあり、わが国の主力輸出企業の業績は大幅に改善する。株価が上昇する条件は、ほぼ完璧にそろっていた。 ?それに加えて、日銀自身がETF(上場投信)やREIT(不動産投信)を購入するという。ヘッジファンドなどから見れば、日銀は日本株の上昇を保証したとも見えたはずだ。 ?ヘッジファンドなどの投機筋は、今年に入って商品市況や新興国株式の下落などでパフォーマンスが芳しくないと言われていた。それを埋め合わせるためにも、彼らは世界の株式購入を積極化した。特に日銀の“異次元の金融緩和策”に支えられた日本株は、格好の収益チャンスに見えたはずだ。 ?日本の株式市場は、彼らの積極的な買いによって、思惑通り5月22日まで凄まじい勢いで上昇した。そして5月23日には、一部のヘッジファンドなどが目標としていた日経平均1万6000円レベルまで上昇した。また、前日のニューヨークでFRBのバーナンキ議長が、量的緩和策の出口戦略について言及した。 ?そうした状況を見て、多くのヘッジファンドなどが利益確定の売りを出し始め、積み上げてきた先物などのポジション整理にかかった。そうなると、売りが売りを呼ぶ循環ができて株価は急落することになった。 ?株価の変動率(ボラティリティ)がこれだけ高まると、一般投資家としてはなかなか手が出せない。その結果、どうしてもヘッジファンドなどの一部投資家が、恐竜のように市場を跋扈する相場展開になってしまう。 大手投資家が売れば皆同じ方向へ 市場参加者が偏ってしまう相場の弊害 ?そうした状況を考えると、日本株は、日銀の政策をきっかけに投機筋が力づくで押し上げた上昇幅を、彼らの利益確定の売りで押し下げただけということができる。冷静に考えれば、投資筋がつくった山がなかったものと考えればよいだろう。 ?ただ、これほど相場の振れ幅が激しくなると、どうしても株式保有のリスク量が上昇する。基本的に、「リスク量=保有する金融資産の金額×価格変動率」となるため、株式市場の価格変動率が上昇すると、保有する金融資産のリスク量が自然と増加することになる。 ?一般の投資家は、短期間にリスク量が増加することを嫌うため、どうしても株式の新規購入には動きにくくなる。そのため、株価自体が割安になっているとわかっていても、様子見をせざるを得ないことになる。 ?そうした一般投資家の参加が減ると、市場でのプレーヤーが偏る可能性が高い。元来金融市場は、投資家の意見の相違によって均衡点を見出すシステムだ。買いたいという投資家と、売りたいという投資家がいて、初めて安定した均衡価格に着地することができる。 ?足もとの株式市場のように、ヘッジファンドなどの大手投資家同士がそれぞれのポジションの都合で「売り」と言えば、一斉に売りに動く市場はどうしても不安定化する。 ?その意味では、足もとの日本株市場は、参加者が偏る市場の弊害が如実に出ているマーケットの典型とも言える。見逃せないポイントは、そうした相場が安定するまで、逆に言えば大手投資家のポジション整理が済むまで、多くの一般投資家の参加を望むのは難しく、当面振れ幅が大きい不安定な展開が続くと見られることだ。 米国、欧州、中国のリスクは表面化する? 日本株の基本的な環境に変化はないと見る ?日本株式市場を取り巻く基礎的な環境を考えると、それほど大きな変化は見られない。日銀の金融政策は、わが国経済が本格的にデフレから脱却するまで続けられる。ということは、相当な期間、潤沢な資金供給に変化はない。 ?また、国内の実体経済は緩やかではあるが回復基調を歩んでおり、主力の輸出企業を中心に収益状況は回復すると見られる。そうした条件を考えると、日本株は、市場が落ち着いて安定を取り戻せば、まだ上昇余地が十分にあると考えられる。それは、日経平均採用銘柄の平均PER(株価収益率)が14.42倍(6月6日現在)と低い水準に止まっていることを見てもわかるだろう。 ?一方、株価に関するリスク要因を挙げると、まず上げられるのは米国の金融緩和策の変更だ。FRBは、今年中にも量的緩和策第3弾の減額に動く可能性が高い。おそらく、早くても9月以降になると見られるものの、実際に減額が実行されると、それなりのインパクトはあるだろう。 ?米国株は、その要因を織り込むために調整を余儀なくされるだろう。その場合、日本株も影響を受ける可能性は高い。 ?2つ目は、ユーロ圏の信用不安問題の再燃の可能性だ。現在、小康状態を保っているユーロ圏の問題の原因が解決されたわけではなく、何かのきっかけで問題が蒸し返される懸念は残っている。 ?もう1つ気になるのは、中国経済の減速だ。中国では、地方政府が抱える債務残高が問題になる気配がある。それが顕在化するようだと、金融システム全体にマイナスの影響が及ぶはずだ。そのインパクトは小さくはないはずだ。 ?これらのリスク要因が大きく表面化することがなければ、日本株は中長期的に上値余地は残っていると見る。ヘッジファンドのマネジャーの1人も、相場が落ち着けば、日本株の保有割合を引き上げると言っていた。そうなる可能性は十分にあるだろう。 http://diamond.jp/articles/print/37202
【第87回】 2013年6月11日 出口治明 [ライフネット生命保険(株)代表取締役社長] アベノミクス成長戦略の三本柱と、 それが「達成すべき指標」は整合しているか? ?安倍首相は6月5日、成長戦略スピーチを行い、「成長戦略の三本柱がそろい、その目指すところについて、今回の成長戦略では、『KPI』すなわち『達成すべき指標』を、年限も定めて、明確にした」と主張した。ところが、市場の反応は冷淡で、日経平均株価は大幅に反落した。日経新聞によると、成長戦略第3弾の内容が「事前報道の範囲内にとどまり、新味にかける」との見方から売りが膨らんだ、という。そこで首相スピーチを全文読んでみることにした。
三本柱に対してKPIが5項目 内容的にも整合していない ?首相は、「女性の活躍」、「世界で勝つ」、そして「民間活力の爆発」を成長戦略の三本柱として取り上げた。私見では全く異論はない。方向感覚としては正しいと考える。 ?次に首相はKPIとして、まず次の5項目をあげた。 ?・3年間で、民間投資70兆円を回復する ?・2020年に、インフラ輸出を、30兆円に拡大 ?・2020年に、外国企業の対日直接投資残高を、2倍の35兆円に拡大 ?・2020年に、農林水産物・食品の輸出額を1兆円に ?・10年間で、世界大学ランキングトップ100に10校ランクイン ?そして、最も重要なKPIとして一人当たりの国民総所得を取り上げ、10年後に現在の水準から150万円以上増やしたいと結んだ。この結びについては全く異論はない。そして、上記5項目のKPIも、それぞれに見れば決しておかしいものではない。例えば、農業分野の輸出額1兆円については、2年前に当コラムでも言及したところである。 ?一読して奇異に感じたのは、三本柱とKPIが整合していないという点である。民間企業であれば、経営戦略の三本柱を定めたのであれば、KPIもその三本柱ごとに定めるのが普通の感覚ではないか。これが、おそらく市場が冷淡だった本当の原因ではないか。古今東西、政策は整合的であることこそが、命なのである。 ?例えば、首相が成長戦略のトップに掲げた「女性の活躍」という柱のKPIは何でもって測るのだろう。「クォーター制を導入し、2020年に、上場企業の女性役員比率を20%まで引き上げる」等と明記すれば、きちんと整合性がとれ、政府の本気度も明らかになるというものだ。 ?クォーター制については自由主義・民主主義・市場経済の国家であるEU各国に豊富な前例があり、導入が難しい訳では決してない。壁になっているのは、守旧的な意識だけだと考える。そうであれば、こういった問題こそ首相のリーダーシップで、正面突破すべき事項ではないのか。「成長のために、必要であれば、どのような『岩盤』にもひるむことなく立ち向かっていく覚悟です」と首相自身が述べているのだから。 「世界で勝つ」柱の KPIに当たるものは何か 「世界で勝つ」という柱に見合ったKPIは、一見したところ、先の5項目全てが該当しているようにも思われる。しかし、「世界で勝つ」ということは、平たく言えば、わが国のビジネス界の国際競争走力が世界で優位を占めるということではないのか。首相も「世界で一番企業が活躍しやすい国の実現。それが安倍内閣の基本方針」だと明言している。そうであれば、例えば「IMDの国際競争力ランキングで2020年にトップ5入りを目指す」等と明記した方が遥かに分かりやすいのではないか。 ?因みに、2013年のわが国のIMDランキングの順位は60ヵ国中24位(対前年3位上昇)だった。まだ7年あるので、毎年3位ずつ上昇していけば十分達成可能である(90年代初頭はわが国が1位だったという歴史もある)。IMDのランキングは、評価要素が細かく、かつ具体的に定められているのでKPIとしては適していると思うがどうか。 ?なお、私見では、5項目の中では「大学ランキングトップ100に10校ランクイン」が最も「世界で勝つ」イメージに近いと考える。THES(The Times Higher Education)の世界大学ランキング2012〜13によれば、世界のトップはカリフォルニア工科大学で、オックスフォード大学とスタンフォード大学がこれに次ぐ。わが国の大学では東大が27位、京大が54位、東工大が128位となっており、トップ100には2校を数えるのみである。 ?アジアでは29位にシンガポール大学、35位に香港大学、46位に北京大学、50位に浦項科学技術大学、52位に清華大学、59位にソウル大学、65位に香港科学技術大学、68位に韓国科学技術院、86位に南洋理工大学が入っており、国別ではシンガポール2校、香港2校、中国2校、韓国3校となっている。わが国はアジアの中でも決して安泰ではないのである。 ?ところで、THESの評価指標は次のようになっている。 ?これらの各項目の引き上げを行うことはもちろんだが、秋入学や就活時期(卒業後として学生に徹底的に勉強させる)、修業年限の自由化(ダブルディグリーを取りやすくなる)等現行の大学制度・システムの根幹に係る大枠の改革はむしろ政治主導で断行すべきではないか。そうでないと、国家戦略の一環として大学の国際競争力の強化に注力しているアジア各国との競争にも遅れをとるのではないかと思われて仕方がない。杞憂であれば幸いである。
?今後10年以内にトップ100に10校ランクインが実現した暁には、おそらく立命館アジア太平洋大学のように、わが国の主要大学のほとんどが教授陣も学生も約半分が外国籍という姿になっているのであろう。逆に、そうならなければ10校ランクインは不可能だというぐらいの気概を持って臨むべきである。 「民間活力の爆発」柱のKPIは ベンチャーであるべき ?民間活力の爆発、このKPIもなかなか難しい。「今こそ、日本人も、日本企業も、あらん限りの力で爆発すべき時です」と首相は力を込めるが、この言葉を額面通りに受け止めれば、ベンチャーの振興、すなわち国をあげて、新しい分野に果敢に挑戦していくということに尽きるのではないか。 ?ベンチャーの活性化については、以前にも当コラムで指摘したところではあるが、例えば「起業活動率(TEA)を倍増させ、2020年には、アメリカに次ぐ8%(現状は3.9%、トップのアメリカは9.3%)の水準を目指す」等とKPIを定めれば、まだしも民間活力の爆発のイメージに少しは近づくのではないか。 ?ところで、ベンチャーの振興は、その担い手、すなわち人に尽きると考える。民間活力を爆発させるためには、労働の流動化が不可欠である。古い産業から新しい産業に人がスムーズに流れていかなければ、そもそもベンチャーの振興などあり得ない。就活人気トップ10が全て銀行・保険のような現状を打破せずして、民間活力が爆発するはずがないのである。 ?わが国は労働力の分配の最初の入口で、既にこのように大きな歪みが生じているのであるから(理想を述べれば、就活人気トップ10は、これからの成長分野の中小、ベンチャー企業が占めることが望ましい)、労働の流動化の必要性は諸外国に比べても遥かに高いものがあるはずである。先日、スピンアウトを促す講演会の講師に招かれたが、政策的・制度的に労働のスピンアウトを促す仕組み作りこそが、民間活力の爆発につながる正攻法ではないか。 ?そんなことを漠然と考えていたら、スピンアウトを奨励する書籍を献本いただいた。書かれていることはほとんど同感である。就活は40代の方が巧くいく、したがってどんどんスピンアウトしましょう、と。大規模なスピンアウトが生じて初めて、わが国の労働市場はようやく正常な(普通の国の)労働のポートフォリオ配分に近づくのだというリアルな現状認識を、決して忘れるべきではないだろう。それが、民間活力爆発の大前提である。 (文中、意見に係る部分は、筆者の個人的見解である) http://diamond.jp/articles/print/37198 アベノミクス失速 生き残りを賭けたアジア進出 2013年6月11日(火) 加藤 耕介 ある著名な経済学者は“市場は感情の産物である”という言葉を残した。真理は消費者こそ景気浮揚の命運を握っている。これが経済の本質なのだが、なかなかどうして思った様に踊ってはくれない。先週のアベノミクス経済成長第三弾に端を発し、株価と為替の乱高下で市場には失望と悲観が渦巻き、このままでは消費者心理はデフレ時代に逆戻りである。 仮にアベノミクスで芽生えた希望と期待から景気浮揚の波に乗ったとしても、実像が映し出す日本市場の将来は憂色で重苦しい。内閣府のレポートが示すように、家計における消費支出(家計消費)は人口動静と深く相関している。地域の人口が増加すれば消費は増大し、人口が減少すれば消費は冷え込む。 よく考えれば当たり前の話だが、その一方で、いまや沖縄県と一部の大都市圏しか人口が増加しない現状が日本にはある。大阪府・京都府・兵庫県の近畿圏や千葉県でさえ人口は減少しているのだ。確実に日本の消費者は減少の一途をたどっている。 国内の売り上げで利益を稼ぐ内益企業[Sales to in-country customers]にとって、日本市場の止まらない衰退は旧来ビジネスモデルの凋落を意味する。不気味な地鳴りを検証し、内益企業の進むべき道を提言する。 日本市場の虚像と実像 日本市場はどこに向かっているのか。将来の日本市場を予測するには、政府が推し進めるマクロ経済へのアプローチと、我々の身近で起きるミクロ経済の実情を重ね合わせて、点から線、面から体へと思慮分別する必要がある。マクロ経済では「財政政策」と「金融政策」、ミクロの視点では「消費者心理」と「人口増減」が重要因子として市場に作用する《注1》。この4つの因子から導き出される市場展望は、内益企業に薔薇色の将来を映し出してはくれない。 《注1》 アベノミクスで言えば、「財政政策」は財政出動、「金融政策」は金融緩和、「消費者心理」は市場誘導となり、これで三本の矢が揃う。最後の「人口増減」については言及されていないものの散発的に観測気球が揚がっている。 日本市場の虚像と実像 「財政政策」による財政出動は、国債増発と表裏一体であり国家財政の健全化に逆行する。そして国のツケは地方財政へとたらい回しされる。地方財政の自立化を建前に地方交付税交付金の減額が実施されれば、地方税収が伸びない自治体は自壊する。待っているのは「地域格差」のうねりである。 「金融政策」による円安誘導は、海外で利益を稼ぐ外益企業[Sales to overseas customers]にとって恵みの政策であるが、それが国民の所得増に直結するほど世の中は優しくない。巷では能力主義による賃金格差が幅をきかせ、部品メーカーは一度下落した単価が元に戻らない現実を諦観する。結局、外益企業だけが儲かり「所得格差」は拡大の一途をたどる。 マクロ経済の詳しい話はこちら このマクロ経済が引き起こす双子の格差「地域格差」と「所得格差」が、“ヒト・モノ・カネの三大難”を巻き起こし、ミクロ経済に悪影響を伝播する。 ヒト・モノ・カネの三大難はこちら 「消費者心理」はすこし複雑である。消費者に染み着いた“当たり前の感覚”という「デフレ依存」が蔓延した市場に、老年人口の欲求変化が追い打ちを掛ける。その結果、消費はより良い高額品に向かうインフレ層と廉価品を追い求めるデフレ層に分断され「市場の二極化」が一気に進む。 最後の「人口増減」は内閣府のレポートが示す通りで、総人口のピークアウトは「地域格差」に拍車を掛ける。 ミクロ経済の詳しい話はこちら 守るも地獄、攻めるも地獄 アベノミクスが好転し成功裏に進んだとしても、日本市場に経済成長を牽引する力はなくインフレ一辺倒にもならない。その証拠にアベノミクスの達成指標(KPI)は国民総生産(GNP)であり国民総所得(GNI)だ。 このGrossで始まるKPIが意味することは“海外からの所得を取り込まない限り、衰退期の日本市場だけではもう成長曲線を描けない”である。アベノミクスが外益企業にとって妙味のある政策でも、内益企業には所詮“エスカーの光”《注2》でしかないのだ。 《注2》 魚の鮟鱇(アンコウ)の頭部から突き出ている疑似餌(擬餌状体)のこと。疑似餌の発光におびき寄せられた魚を鮟鱇は捕食する。 外益企業は“外貨を獲得する者”、内益企業は“外貨の獲得を支える者”という食物連鎖にも似た、摂取する者と摂取される者の関係にある。 「市場の二極化」と「地域格差」の渦中、ヒト(人材)・モノ(投資)・カネ(市場)の三大難で追い込まれた内益企業の市場戦略はもう3案しか残されていない。 @ブランドで生き残る [Branding strategy for survive] Aコストダウンにしのぎを削る [Fierce competition to reduce costs] B海外市場に活路を見出す [Finding new opportunities in overseas markets] 守るも地獄、攻めるも地獄 【高額+高消費者】をターゲットとする@のブランド戦略は、忍耐と根気の勝負である。費用対効果が見えない中、ブランディング確立まで継続的な投資が必要となり、終わることのない投資負担《注3》に耐えられない企業は現実的な選択ではない。また部品メーカーの場合、ブランドは機能や品質と同義となるので不断の技術力や開発力への投資が要求される。
《注3》 インターネットによるB2C[Business to Consumer]ビジネスは思いのほか費用がかさむ。雑誌への懸賞品掲載(1回)に2万〜5万円、TVショッピング(5分)で30万〜50万円、TV番組中の商品タイアップ(10分)で200万〜300万円など。 【廉価+低消費者】をターゲットとするAのコストダウンは、製造原価は長年の努力で絞り切った結晶なので、これ以上の原価低減は生産数量を増やし固定費の配賦率を下げるしかないが、円安だからと言って急に販売が増える訳でもない。 一方、国内の小売業は海の向こうのTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)加盟国でライバル企業が待っている。日本市場で勝機があるとすれば鮮度勝負の非耐久消費財《注4》であろうが、物量作戦で来襲する耐久消費財はもはや太刀打ち不可能である。 《注4》 仕入原価には仕入単価だけでなく物流費(仕入時)も含まれる。海外からコンテナ輸送などで商品を大量輸入されたのでは勝算はないが、航空貨物などで輸入された場合、仕入単価は負けても高額の物流費で勝負のチャンスが生まれる。その可能性があるのは生鮮食料品など“足が短い”ことに価値がある商品だけである。 最後のB海外に活路を見いだそうとする場合、【廉価+低消費者】をターゲットとして海外の同業他社と、しかも相手国でコスト競争を挑むというのは、絶対的な機能や品質の差《注5》がない限り、自殺行為に等しい。 《注5》 機能や品質に絶対的な自信があるのであれば、日本市場で@のブランドで生き残る道を選択した方が建設的である。ただし日本に市場そのものが存在しない(既に枯渇している)場合、市場を海外に求めるのは、それはそれで妥当である。 結局、国内外どの国を戦場にするにせよ、コストダウンを武器に戦ったのでは、果てしない消耗戦が続く“いつか来た道”の繰り返しである。既存の延長線上にある市場は残された人々の「のこされ島」でしかない。今と何一つ変わっていない現実がそこにはある。 しかし、ブランド戦略を推し進められるほど、内益企業に体力が残っていないのもの事実だ。“エスカーの光”に翻弄される内益企業、彼らが目指す「希望の大地」はどこにあるのか。 希望の大地を目指せ 不毛なコスト競争から解放されるには、付加価値を押し上げるチャンスを逃がさないことだ。付加価値とは消費者が求める機能や品質、デザインであり、付加価値を上げるとはブランディングそのものであるが、既にイメージが確立された先進国では際限のない投資の果てにブランドがある。 そのブランド構築を「富裕予備軍」の成長に重ね合わせたらどうなるだろう。彼らは成長に貪欲で無限だ。しかも自分たちのアイデンティティ確立にも意識が強い。斬新で質の良いモノやサービスを発掘し彼ら自身が育てたとなれば、それはもう揺るぎない御贔屓筋の誕生といえる。 その富裕予備軍が潜在する成長市場こそ、そして経済成長と共に富裕予備軍が生まれ育つことを理解すれば、我々が求める「希望の大地」とは「中所得国」である。日本市場が衰退期を迎える中、内益企業が生き残るには、自らが外益企業となり海外市場で飛躍するしか道は残されていないのだ。 一時期、BRICSという言葉が一世を風靡した。BRICSとは、ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカの頭文字を合わせた5カ国の総称であるが、この中に「希望の大地」は存在するのだろうか。 この5カ国から最初にブラジルと南アフリカが脱落する。この2カ国は遠距離という地理的ハンデ(日本からサンパウロまで最短24時間、日本からヨハネスブルグまで最短20時間)を抱えており、往復するだけで移動と時差の疲労で1週間はまともに仕事に集中できない上、突発的な問題が生じたときにタイムリーな支援を受けられない距離はリスクが大きすぎる。それに加えて、ブラジルは税金体系が非常に複雑であり一筋縄ではいかないのも選択外の理由である。 次にロシアである。社会主義の名残から独特の法規制や労働習慣の違いが大きく、行政手続きの煩雑さから各種の許認可まで1〜2年は覚悟しなければならない。この高いカントリーリスクから、いまだ進出企業が少ないことを考えれば選択する余地はない。 残るのは中国とインドだが、名目GDPが世界第2位の経済大国となった中国に、富裕予備軍と共にブランドを構築するという我々のシナリオは現実的でない。 結局、BRICSで残ったのはインドだけである。 ここで一転、東南アジアに目を向けてみたい。ブラジルや南アフリカの遠距離問題とは対極にあるの東南アジア(日本から直行便で最大8時間)はどうだろうか。成長市場のトップランナーである東南アジアも国は多様だ。 世界銀行の経済レポートによれば、2013年以降も東アジア途上国《注6》の経済成長率(見通し)は、外部状況の改善や堅調な内需により、引き続き7%台《注7》を維持することが見込まれている。 《注6》 今回の世界銀行のレポートにおける東アジア途上国とは、中国・インドネシア・マレーシア・フィリピン・タイ・ベトナム・カンボジア・フィジー・ラオス・モンゴル・ミャンマー・パプアニューギニア・ソロモン諸島・東ティモールの14カ国、及び太平洋上の経済諸島。一般的に東南アジア諸国と言われる国々に中国、モンゴル、メラネシア地域の国を加えた集まりである。 《注7》 東アジア途上国から中国を除いた経済成長率(見通し)は、2013年は5.7%、2014年は6.0%となる。 このレポートで「中所得国」として区分されるインドネシア・マレーシア・フィリピン・タイの4カ国に、BRICSのインドを加えた5カ国から、我々の「希望の大地」を選出するのが合理的である。 大切なのは民族の親和性 大局的な視点から5カ国に狙いを定めたところで、次の評価ポイントは親和性である。海外進出といえども、一般的な事業計画で要求される市場予測・投資金額・事業採算性などを立案し評価するのは無論、それにも増して重要視すべき点が“進出国との親和性”である。親和性とは“進出先で人々と円滑な関係が築けるかどうかの尺度”と言い換えても構わない。 理想は人類皆兄弟の精神であろうが現実は厳しい。言葉の壁だけでなく、文化・風習・信条・嗜好。そしてこれらの根底にある歴史観や宗教観を相手と理解し合うには自ずと限界がある。 どこまで共有し、どこで固持するか。根幹に人間性の尊重を有し、会社人として組織を守ることで境界線は構築されるのだが、よくよく考えれば別に不合理な話ではない。いつも会社で行動していることと同じではないか。 ならば何を危惧するのであろう。辛酸をなめた経験者は、個人の存在理由や存在意義の否定に危惧するのである。 国家間の立場や価値観の違いから、悲しいかな海外では個人の人格まで否定されてしまうことがある。人格が否定されたのでは会話や議論が成り立つはずもない。無論、現地の人がすべてそうであるとは言わないし、日本人が人格者ばかりであるとも言わない《注8》。 《注8》 勘違いする日本人は存在する。現地スタッフを下僕か奴隷のようにしか扱えない人(パワハラ系)。郷に従いすぎて現地スタッフの無軌道を止められない人(いいなり系)。いずれにせよ、表面上は問題ないように見えても組織の内情は瓦解している。 しかし、双方が歩み寄れなければ、民族横断的な会社組織は成り立たない。我々は現地の文化・風習を率先して得心するが、だからと言って気質まで同質化するのには限度がある。大切なのは異なる民族が混在する職場でより多くの人がお互いを判り合えるか否かなのである。 以下の図《注9》に、この5カ国をマッピングして親和性を比較してみると、マレーシアとタイの親和性が高いことが見て取れる。逆にインドネシア・フィリピン・インドの3カ国への進出には相応の覚悟が必要だ。後は、イスラムが国教であるマレーシアと、仏教国のタイの違いをどう読むかである。 《注9》 縦軸は“組織運営”の視点、横軸は“協調精神”の視点で構成している。 民族の親和性 羅針はタイ王国へ 海外進出を確かなものにするのであれば、筆者は迷わず仏教国のタイを選択する。 タイという国に不安材料がない訳ではない。ラーマ9世(通称:プミポン国王)亡き後の王制や、特に2011年大洪水の余波など。しかし、既出の世界銀行の経済レポートにある通り、タイの2012年GDPはV字回復しており、2013年以降の経済成長率(見通し)《注10》の上方修正率でも他の中所得国を凌駕している。これらの数字はタイ経済が予想を上回る勢いで2011年大洪水から回復していることを表している。 《注10》 2013年4月のタイの経済成長率(見通し)は、2013年は5.3%【+0.3%】2014年は5.0%【+0.5%】である。なお【】内は2012年12月時点の見通しからの上方修正率である。 ここまでの「市場の将来性」や「民族の親和性」に加えて、タイは「企業立地の優位性」「治安や倫理観の社会性」そして海外生活で大切な「衣食住の適応度」など、総合的な見地からも秀逸な「希望の大地」なのである。 本論はここまで。次ページからは附録である。 ページ5 マクロ経済の詳しい話(1/2) ページ6 マクロ経済の詳しい話(2/2) ページ7 ヒト・モノ・カネの三大難(1/2) ページ8 ヒト・モノ・カネの三大難(2/2) ページ9 ミクロ経済の詳しい話(1/1) 附録には日本市場の実像が詳しく述べてある。是非目を通して頂きたい。 マクロ経済の詳しい話(1/2) 地方自治体の財政自立化 日銀総裁が白川方明氏から黒田東彦氏に交代し、2%のインフレ目標や量的質的金融緩和を骨子とした新しい金融政策は、守りから攻めへと180度転換したと言われる。しかし市場を大局的に読み解くためには、日銀の金融政策に加えて、表裏一体である財政政策の動静を掘り下げる必要がある。 国家財政から見れば、円安誘導と2%のインフレ目標で景気を浮揚し、落ち込んだ税収の増加を狙う目論見であろうが、膨大な国の借金991.6兆円を景気浮揚だけで完済できるとは誰ひとり思っていない。歳入増とともに歳出減の財政政策からプライマリーバランスを±ゼロに戻し、国家財政再建への道筋をアピールすることが国際社会の信用を得るためには必須であり、また合理的な思考である。 このことを踏まえると、市場に悪影響を及ぼしかねないのが、自民党が参院選公約として企業の法人所得課税の実効税率を現行の35.64%から20%台に下げると自民党が参院選公約として明言した《注11》ことだ。過去の税制改正を前提にすると、地方税(事業税と住民税)の税率は現状維持と予想されるため、公約実現のためには国税(法人税)を最低でも5%引き下げる必要がある。 《注11》 アベノミクス経済成長第三弾では法人税減税は見送られたが、市場の失望感が大きい分だけ、財務相との綱引きに時間が掛かったとしても必ず復活する。復活しなければ景気浮揚は霧散する。 企業にとって税金が安くなるのは嬉しいが、反動で市場が歪むのは死活問題だ。実は法人税率が下がると地方交付税も減額されるのをご存じだろうか。その理由は法人税の34%を地方交付税に割り当てるというルール(法定率分)があるからで、平成25年度の一般会計(当初予算)で試算すると5%の引き下げで6400億円弱の減額となる。これは財政難の地方自治体にとっては金額以上の痛手だ。 仮に、日銀の金融政策が奏して企業の利益がさらに3兆8000億円強上積みされれば、地方交付税の減額分を税収増で補える計算だが、届かなければ不足分の穴埋めのために、各自治体が地方債(臨時財政対策債)の追加発行を余儀なくされる。 この耳慣れない地方債(臨時財政対策債)は、国の財源難から地方交付税を補填する目的で生まれた負の産物で、平成25年度も全国で6兆2000億円強発行する計画だが、政府としては地方財政の健全化から縮減・抑制を念頭としており、その上、現時点では平成25年度までの措置と政令で定められている地方債だ。つまり地方自治体にとっては先細り、いや先行きがない歳入《注12》なのである。 《注12》 国家財政をプライマリーバランス±ゼロにするためには歳入増のみならず歳出減も不回避。国民に国家財政緊縮の実感を与えずに削減できる歳出科目を模索した場合、地方自治体を経由する間接的支出の地方交付税が一番好都合である。 問題は地方交付税の削減は地方自治体に対して国が全国一律のサービス水準を保証できなくなる点だが、それにも関わらず、このような最終手段を使わざるを得ないほど国家財政はひっ迫している。 ひも解けば、法人税引き下げの裏には“景気を浮揚するので地方税も増えるはずだから、地方交付税と地方債(臨時財政対策債)を削減します。国家財政にもう余力はないので、地方自治体は財政自立してください”という政府のメッセージが見え隠れしている。いままで以上に地元企業の業績に翻弄される地方財政受難の時代がやってくる。“三位一体改革ふたたび”である。 地方自治体の財政自立化 緊縮財政の地方自治体の下では地域経済も衰退する。我々は「地域格差」が加速する市場を乗り越えなくてはならない。
マクロ経済の詳しい話(2/2) とまらない中流階級の凋落 金融政策における量的質的金融緩和の影響からか円相場が1ドル=100円台に下落突入《注13》した。 《注13》 アベノミクス経済成長第三弾を受けて、円相場が急伸1ドル=100円を割り込み為替市場は狩場と化している。この乱高下騒動が落ち着いた後、再び円安基調に戻るか否かは中国と韓国の恭順次第であろう。 年初からの円安は「中国と韓国への罰ゲーム」と「日本の財政改革への後見」がタイミング良く相乗した結果であると考える方が平易であり、円安動向は金融市場ではなく自由主義経済こそが源流である。 この円安の恩恵を最大限に受けているのが海外で利益を稼ぐ外益企業である。円安を起点とした景気浮揚のカギは、これら外益企業が得た為替差益をいかに早く国内経済へ供給するかであり《注14》、迅速かつ広範囲、また一律という観点からも、被雇用者の報酬を通じてお金を還流させるのが実効性の高い手法である。 《注14》 円安を活かし輸出先でモノをより多く販売するには現地売価を下げることが有効だが、この方法は利幅が小さくなる上に準備期間も必要。急激な円安となった今回、外益企業はいままでの累損を補うために、時間のかかる販売増ではなく目先の差益確保に注力している。 この状況下では、国内生産が増えるとしても円安騒動が小康し販売計画を見直した後(為替の乱高下で販売計画の見直しも怪しいが)であり、部品メーカーなど国内で利益を稼ぐ内益企業が恩恵にあずかるのは当分先の話になる。 追い風の外益企業が被雇用者への報酬を増やす手段は、@賃金増かA雇用増のどちらかである。だが経営者には“失われた20年”というトラウマが深く刻まれている。再びリストラという火中の栗を拾う豪傑以外、安易な報酬増は石橋を叩いても渡らないであろう。 所詮、円安の為替差益で儲けた泡銭は、泡銭として使うのが天命。ボーナスを増やすか、パートを追加募集するか、我慢していたモノを買うぐらいまでが許容できる良策で、将来まで足かせの続くベア(基本給のベースアップ)や買価《注15》(製品や原材料の仕入単価)の引き上げは全くの愚策でしかない。 《注15》 製造業の場合、製品メーカーが得た為替差益をティア1以下の部品メーカーと裾分けすることは限定的である。この差益をティア1以下へ配賦するには、原材料の値上げを介することになるが、既に適正利益を加算しているはずの買価を理由もなく製品メーカー側から値上げすることは部品メーカーへの利益供与と受け取られかねない。 ならば、部品メーカー側から原材料の値上げを要求すれば良いことになるが、製品が国内外共通の場合、国内価格も上昇するので製品メーカーの了承は得難い。 奥の手で、国内と国外で異なる製品価格にすると今度は価格操作でダンピングや移転価格の問題が生じかねない。買価の引き上げには“実施したくてもできない”大義名分がある。 現実の手段は限られている。現在の雇用形態が少数精鋭・能力主義を前提としている以上、A雇用増は望むべくもなく、ボーナス増額という形の@賃金増も、職務で格差が大きい上に、再雇用となった団塊世代(に限らないが)は対象外という問題(賃金増による年金減額で総所得の目減り)をはらんでいる。 部品メーカーを筆頭として、国内で利益を稼ぐ内益企業まで円安の恩恵が届かない中、唯一経済をけん引する外益企業の差益も、インセンティブの名のもとに有能な人材を囲い込むための原資となり、加速度的に社内の賃金格差を拡大させる。富める者は一段と豊かになり、苦しい者は青息吐息から抜け出せない。 団塊世代という中流階級の中核が引退し、景気だけでは次の世代が駆け上がることが難壁な時代。堰を切った中流階級の凋落が市場に空洞を開け「所得格差」を増長させている現状から目を背けてははいけない。 ヒト・モノ・カネの三大難(1/2) カネの難(市場の難) 企業が市場に求めるものは購買である。提供するモノやサービスに対価が支払われてこそ企業は存続できる。我々はその購買をより確実なものとするために、年齢・性別・職業・所得・地域・履歴など様々な情報を駆使して購買層を掘り当てる努力を惜しまない。 しかし、その根幹である所得という情報の有意性が失われつつある。所得が支出に比例するという今までの前提が通用しないのだ。 カネの難(市場の難) 中流階級の凋落による「所得格差」の増長から所得の中間層が空洞化しつつある。それでも能力主義に勝ち残れば給与は増えるだろうし、シルバー世代の年金も保証されている。さらに言えば、自己資産の運用益や取り崩しによる上積みもあるだろう。
ところが、シルバー世代の所得が単純には消費に結びつかないのである。4.3人に1人が65歳以上の超高齢社会《注16》である現在、シルバー世代の欲求はどこにあるのだろうか。 《注16》 高齢化率(老年人口として区分される65歳以上の人口が総人口に占める割合)によって三段階に分類される。「高齢化社会」高齢化率が7%超、「高齢社会」高齢化率が14%超、「超高齢社会」高齢化率が21%超。平成23年10月1日時点での高齢化率が23.3%の日本は「超高齢社会」である。 内閣府が公表した平成24年版高齢社会白書から読み解けば、シルバー世代は医療や旅行、そして、孫子のための支出に意識が高く、それにひきかえて耐久財への欲求は著しく低い《注17》。 《注17》 60歳以上の高齢者の支出に関する意識(優先的にお金を使いたいと考えているもの)は、「健康維持や医療介護のための支出」(42.8%)、「旅行」(38.2%)、「子どもや孫のための支出」(33.4%)の順になっている。なお「住宅の新築・増改築・修繕」(27.3%)も4番目に意識が高いが、これはバリアフリーや二世帯住宅など将来の介護を視野に入れたものと考えられる。 心理学者のA・マズローが理論化した「マズローの欲求階層」《注18》に“人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである”という言葉がある。この意味を平易に換言すれば“人間は外面的な所有欲が満たされると内面的な精神欲へと進化する”となり、人間は成長とともにモノへの欲求が薄れていくことを指摘している。要するに人生を謳歌した世代はモノより“やり甲斐”である。 《注18》 「マズローの欲求階層」とは、人間の欲求を5階層に分類したもので、マーケティング分野など消費者ニーズの分類に活用されることが多い。最下層から@生理的な欲求A安全の欲求B社会性/帰属と愛の欲求C尊敬の欲求D自己実現の欲求である。このうち@〜Cが欠乏欲求、Dが存在欲求として大別され、欠乏欲求が満たされるのに従って存在欲求が高まると考えられている。 モノへの欲求が強い世代は極少数しか富裕層へ駆けあがれず、その一方で、富裕層の一角を占めるシルバー世代は加齢とともに精神欲を求めるようになった結果、“お金があればモノやサービスを求める”であろう人々は減少し、いままでの“所得が多ければ支出も多い”という固定観念が通用しない市場になりつつある。 所得階層の量と質の変化に対応し、的確に市場動向を推し量るためには、所得を消費に置き換える必要性がでてきた。つまり所得を消費階層に写像する《注19》のだ。この消費階層とは所得階層に代わって購買意欲を予測する情報《注20》であり、モノへの欲求が強く支出金額が多い消費者を【高消費者層】最低限の支出に抑えている消費者を【低消費者層】これらの間を【中間層】と呼ぶことにする。 《注19》 所得階層から消費階層への写像における留意点は次の通り。 (1)シルバー世代は、医療や旅行、孫子のための支出に意識が高いが、あくまでもお金を使いたいと考えているだけで実際に使ったのではない。よって、この世代の消費はさらに減額されると考えるの自然である。 (2)消費階層は、モノやサービスの内容によっては偏好・嗜好が顕著になる場合があるため、単一の消費階層では市場動向と不一致が生じる可能性が高い。耐久財(自動車、家電製品、衣料品など)と非耐久財(食品、日用品などの消耗品)を想像すると理解しやすい。 《注20》 消費階層における原資は「可処分所得 + 資産の取り崩し ― 貯蓄に充当した分(保険や投資等を除く)」で表される。この原資からモノやサービスに対する対価として支出されたものが消費となり、支出されなかった原資は貯蓄に再充当され次回以降に消費されることになる。 「所得格差」における中間層の空洞化は、消費階層の【高消費者層】と【低消費者層】への分断を引き起こし「市場の二極化」を煽動する。それに輪を掛けるように、市場には前出の「地域格差」が広がり購買層の複雑性を助長する。 企業によっては、消費者のモノやサービスに対する偏好・嗜好により、単純な二極化だけでは市場を推し量ることができない。特に【低消費者層】がターゲットの場合、将来の消費税増税が購買意欲を押し下げ、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)による関税撤廃が市場に廉価の嵐を呼び起こす。 所得が購買意欲に直接結びつかない超高齢社会の中、狙う市場で売上が見込めなければ企業は存続できない。 ヒト・モノ・カネの三大難(2/2) モノの難(投資の難) 長期金利(10年国債利回り)は将来の物価変動予想に左右され決定されるが、日銀の新しい金融政策では2%のインフレ目標を掲げている。これは長期金利が上向き《注21》に振れることを暗示している。 《注21》 長期金利上昇までの流れは、物価上昇(2%インフレ目標)⇒ 短期金利の上昇(過度なインフレを抑制)⇒ 10年物国債が売れない(短期の利回りの方が儲かるから) ⇒ 長期金利の上昇(利回り良くするから10年物国債を買って!!)である。 日銀の思惑《注22》に反して、既に市中の長期金利が上昇に転じており、今までのような低金利での融資は期待できなくなりつつある。特に台所事情の苦しい内益企業では資金計画に直結する問題だ。 《注22》 今回の金融政策では2%インフレ目標と同時に大規模な国債の買い入れも実施した。日銀の思惑は、物価上昇(2%インフレ目標)⇒ 短期金利の上昇(過度なインフレを抑制)⇒ 10年物国債を買占め(市中に出回らない) ⇒ 長期金利は上昇しない(国債がダブつかないので今までの利回りでOK)であったと考えられる。 運転資金は別として、設備投資などが既決でなければ、市場を見極めるまで投資計画を一旦保留にする良いタイミングであろう。うかつにアベノミクスに便乗すると痛い目に遭いかねない。 国内はインフレによる金利上昇、さらに海外は円安による円貨目減りが追い打ちを掛ける。国内外どちらに投資するにしても、必要な調達コストはうなぎ登りであり、理にかなった投資が求められる。 ヒトの難(人材の難) 何度まわりを見渡しても利益を得ているのは外益企業だけである。その外益企業でさえ新規採用には消極的だが、定年退職者の再雇用は活発だ。長年の知識と手ごろな賃金、実情を熟知し顔も広い人材は、少数精鋭の採用で不足ぎみの労働力を補うには適任である。 ところで、採用される人材の眼には、外益企業は外資に比べてどんなアドバンテージが映っているのだろうか。強いて挙げるとすれば日本語主体で仕事を進められることぐらいか。だがそれも海外を跳び回れば雲散霧消で、現実は言葉や文化の違いに苦しめられる。 有能といわれる人材の就職決定要素は、モチベーション(挑戦)であり、モチベーションに見合うインセンティブ(報酬)である。この傾向は経験・能力が高いほど強く、ヘッドハンティングされる人材が典型的《注23》な例である。 《注23》 実力で企業を渡り歩く即戦力を中途採用しようとすると“貴社で能力を発揮できるか”が大きな焦点となる。この就職決定要素は新卒採用には該当しないと思われがちだが、彼らの人材育成プランを見誤ると有能な人材ほど退職する。なぜなら新入社員も経験を積み能力を開花させれば即戦力だからである。 再雇用による、口は回るが手は動かさない、尻が重くて現場に足を運ばない人材の蔓延は、挑戦への阻害要因(老害)にしかならず、採用に保守的な企業と映れば向上心に秀でた人材を望むべくもない。今や有能な人材は年代を問わず、日本企業と外国企業を両天秤に掛けた上、自身の身の振り方を見定めており内資と外資の差など彼らにとって無きに等しい。 国内の外益企業でさえ外資との人材争奪戦に晒されている現状で、利益の上がらない内益企業が有能な人材を渇欲するのであれば、潔く諦めるか、日本という枠組みを外した上で考えるしか術はない。 ミクロ経済の詳しい話(1/1) 廉価はデフレ、高額はインフレ 日銀が2%のインフレ目標を示したからと言って、万人がインフレを受け入れる訳ではない。消費者に染みついた当り前の感覚(この品質なら100円が当然)という「デフレ依存」は一朝一夕に払拭できない。 近頃は100円ショップの棚にも300円商品が並べてあるが、相変わらず売れ筋は100円商品である。100円均一の回転寿司で3貫200円の皿が回っていても、家族連れが手に取るのは2貫100円の皿である。倹約思考が染みついた消費者を利幅の大きい商品《注24》へ誘導するのは、廉価になればなるほど難しく、国を挙げてインフレですよと扇動しても、おいそれと消費者の気持ちは変わらない。 《注24》 値上げと言っても、円安による為替差損(輸入品の円換算での単価上昇分)分だけでは増益につながらない。仮に1皿100円の回転寿司の原価率(輸入分のみ)を40%(40円)とすると、1ドル=80円台から100円台に下落したことで原価率(輸入分のみ)が50%(50円)に上昇する。つまり10円の値上げは為替差損の解消で±ゼロ、それ以上の値上げは増益となり収支が改善する。 では、消費者が値上げを許容しなかった(1皿110円なんてありえない!!)場合はどうなるか。減益でアベノミクスが狙う成長戦略の目論見とは逆行する。“市場は感情の産物である”が故にアベノミクスの命運は消費者のマインド次第なのである。 100円グッズは手軽で便利だし100円寿司も十分美味しい。“この商品ならこの価格で”と価値基準が確立している消費者に対して、少しでも利幅を増やせば同業他社の安い商品に顧客を奪われるのは目に見えている。ならば所得が増えた消費者相手なら利幅を増やせるのか。顧客はたまには違う店でと嗜好を変えるか、いつもの店に通う回数を増やすか、どちらにせよ、利幅の上乗せは客離れを起こすだけで価格を引き上げる機会は与えてくれない。 見えてくるのは、廉価は値上げもままならず、円安の為替差損を薄利多売で補うしかない現実。そして消費者が違うお店でと思った瞬間、唯一デフレからインフレへの脱却チャンスが生まれるが、そのときにはもう自分たちの廉価帯ではなく他社の高額帯に顧客を奪われている現実である。 消費階層の分断による「市場の二極化」は売価の二極化も誘発する。すべてのモノやサービスがインフレになる訳ではない。廉価はデフレから脱却できず、高額はインフレの恩恵にあずかる。心の隅にある“きっと売価を上げるチャンスは来る”という淡望は、経営者の心に宿る都合の良い解釈である。 総人口のピークアウト 追い打ちを掛けるように、日本の総人口《注25》は平成22年の1億2800万人を頂点にピークアウト。生産年齢人口《注26》に至っては18年前の平成7年の8700万人が最大人口であり、薄利多売の頼みの綱である消費者の減少に歯止めが掛からない。 《注25》 総人口とは、基準人口(国勢調査による人口、最新の国勢調査は平成22年、外国人を含む)から自然動態(出生児数−死亡者数、外国人を含む)、および、社会動態(入国者数−出国者数、外国人を含む)を加算した値で表される。平成25年5月1日現在の総人口は1億2730万人(概算値)。 《注26》 生産年齢人口とは、年齢3区分別人口における15歳以上65歳未満の人口。他の2区分は15歳未満を年少人口、65歳以上を老年人口という。平成25年5月1日現在の総人口は7934万人(概算値)。 さらに、都道府県別に人口増減を見れば、沖縄県と一部の大都市圏以外《注27》、いわゆる地方圏は減少の一途をたどっており、人口増減による大都市圏と地方圏の「地域格差」は広がる一方である。 《注27》 都道府県別に人口増減(自然増減+社会増減)は、沖縄県を筆頭に東京都、愛知県、福岡県、神奈川県、滋賀県、埼玉県の計1都6県のみ増加、他の道府県は軒並み減少(すなわち過疎化)しており、特に大阪圏(大阪府・京都府・兵庫県)と東京圏の東北エリア(千葉県・群馬県・栃木県・茨城県)の減少には、市場動向を予測する上で留意が必要である。 ここにも虚像がある。心を抑圧する“そのうちに売上数量も上向きに転じるだろう”という淡望も都合の良い解釈でしかない。独善の自我ここに極まれりである。 賢者の市場戦略 〜タイ回帰のすすめ〜
日本に残された内益企業に今だからこそタイ進出を提案する当コラム。日本市場に忍び寄る三減(人口・消費・売上)に生き残りを賭けるか。中所得国の富裕予備軍に狙いを定め海外で失地回復の戦いに挑むのか。欧米からアジアまで長年渡り歩いた筆者が、タイ市場に賭ける熱意を胸に仕事から生活や文化まで余すところなくレポートします。もちろんタイの裏事情も紙面が許す限りお伝えしてゆきます。ご期待ください。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130605/249210/?ST=print
NY外為:円が下落、日銀が刺激策拡大との観測で需要後退
6月10日(ブルームバーグ):ニューヨーク外国為替市場では円がドルに対して下落。日本銀行が刺激策を拡大するとの観測から円の安全需要が後退した。円は先週まで、週間ベースで3週連続高となっていた。 ドルは主要通貨の大半に対して上昇。米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が米国の格付け見通しを「ステーブル(安定的)」とし、従来の「ネガティブ(弱含み)」から引き上げ、金融当局による資産購入ペース減速の観測が裏付けられたことが手掛かり。円の対ドルでの下落率は過去1カ月で最大となり、株式市場では日経平均株価も上昇した。日本の1−3月(第1四半期)の国内総生産(GDP)改定値が速報値から上方修正され、政府のデフレ脱却に向けた取り組みを後押しする格好となった。日銀は11日に金融政策を発表する。 ゲイン・キャピタル・グループ(ニューヨーク)のシニア為替ストラテジスト、エリック・ビロリア氏は電話取材で、「ドル・円相場を動かしている材料の一つは、米金融当局の緩和策減速をめぐる観測だ。これはドル上昇・円下落につながることが多い」と指摘。「日本では資産購入の調整で大きく踏み込むことはないだろう。ただ議論はされる。また経済指標では、市場予想を上回る内容が見られ始めている」と続けた。 ニューヨーク時間午後5時現在、円は対ドルで前週末比1.2%安の1ドル=98円76銭。7日には94円99銭と、4月4日以来の円高・ドル安水準を付けていた。対ユーロではこの日1.5%下げて1ユーロ=130円93銭。ユーロは対ドルで0.3%上げて1ユーロ=1.3257ドル。 日銀政策 ブルームバーグ相関加重指数によると、円は今年に入り10.1%下落と、パフォーマンスは先進10通貨中で最悪となっている。 事情に詳しい複数の関係者によれば、日銀は金融政策決定会合で、1年に限定している資金供給オペを2年に延ばすかどうか議論する。足元で長期金利が落ち着きを取り戻しつつあることなどから慎重論も聞かれ、票が割れる可能性もある。 シティグループの欧州・G10通貨戦略責任者バレンティン・マリノフ氏(ロンドン在勤)は、「日銀の政策が債券市場のボラティリティ(変動性)抑制に十分だと見なされれば、日銀が積極的な緩和策を続けることを意味し得る」と分析した。 安倍首相は9日出演したNHKの番組「日曜討論」で、参院選後の秋に成長戦略の第2弾を策定する考えを表明した。首相は14日に閣議決定する予定の成長戦略を「第1弾」と位置付け、「秋にはまさに第2弾に取り組んでいこうと思っている。思い切った投資減税を決める」と述べた。 米格付け見通し引き上げ ドルは対円で2営業日続伸となった。S&Pは米国の信用格付け「AA+」の見通しを「ステーブル(安定的)」に引き上げた。財政をめぐるリスクが後退しているとの認識を理由に「ネガティブ(弱含み)」から変更した。 メリーランド大学のフィリップ・スウェーゲル教授は「米経済の改善が歳入を増やし、強制歳出削減が歳出を減らしている。また中国や欧州の成長をめぐる懸念から、世界の投資家は米国を選好している」と述べた。 原題:Yen Drops on Risk Demand Tied to BOJ; Aussie Falls onChina Data(抜粋) 記事に関する記者への問い合わせ先:ニューヨーク Joseph Ciolli jciolli@bloomberg.net;ロンドン Neal Armstrong narmstrong8@bloomberg.net 記事についてのエディターへの問い合わせ先:Dave Liedtka dliedtka@bloomberg.net 更新日時: 2013/06/11 06:29 JST
S&P米格付け見通し引き上げ:識者はこうみる 2013年 06月 11日 00:10 JST [ニューヨーク 10日 ロイター] - 格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は10日、米国の格付け見通しを「ネガティブ」から「安定的」に引き上げた。「目先の格下げの確率は3分の1以下」に低下したとしている。
市場関係者の見方は以下の通り。 ●ドル急上昇はない <コモンウェルス・フォーリン・エクスチェンジの首席市場アナリスト、オマー・エジナー氏> 格付け見通しの変更はドルにポジティブな材料だが、大きな取引材料とはならないとみている。景気が広範に安定、改善し、政府の財政が緩やかとだが持ち直していることをあらためて示すものに過ぎない。勇気付けられるニュースだが(ドルが)急激に上昇することはないだろう。 ●財政状況の改善一時的か <BNPパリバ(ニューヨーク)のエコノミスト、エレナ・シュルヤチェバ氏> 連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)からの一度の(配当金)支払いで、財政状況が改善した。税収も予想を上回ったが、今年の増税を見込んで昨年中に納税する動きもあって、こちらも一度限りとなる可能性がある。連邦議会が近い将来、財政状況を一段と改善する大掛かりな合意に達するとは予想していない。 ●FRBのQE継続を後押し <BMOプライベート・バンクの最高投資責任者(CIO)、ジャック・アブリン氏> わずかながら米連邦準備理事会(FRB)にとっては量的緩和政策を続ける機会が拡大したことを意味するだろう。S&Pの格付け見通しをFRBがどれだけ考慮しているかは不明だが、ニュースの見出しが良くなっただけでもFRBに多少なりとも政治的な守りができることになる。 金融市場にとっては、一般的に、目立った変化をもたらすには至らないだろう。 ●市場材料視せず、短期的には地合い改善も <ヒュー・ジョンソン・アドバイザーズのヒュー・ジョンソン最高投資責任者(CIO)> 市場はスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)の格付けを重要視していないというのが正直なところだ。 短期的に投資家心理が改善するかもしれない。だが米連邦政府の支払い能力は「安定的」であり、格付けは「AAA」(訂正)であると誰もが信じている。 S&Pの見解を軽視するわけではないが、市場の材料になるとは思わない。市場も投資家も、米国の格付けは「トリプルA」、見通しは「安定的」であるべきと考えており、これが変わることはないだろう。
米国の格付け見通しを「安定的」に引き上げ−S&P
6月10日(ブルームバーグ):格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は、米国の信用格付け「AA+」の見通しを「ステーブル(安定的)」に引き上げた。財政をめぐるリスクが後退しているとの認識を理由に「ネガティブ(弱含み)」から変更した。 S&Pは10日の発表文で、米国の格付けが「短期的に」引き下げられる確率は3分の1未満と説明。いわゆる「財政の崖」問題の解決に向けた政治合意など「暫定的な改善」が見られたと指摘した。 米政府債務の対国内総生産(GDP)比は向こう数年間にわたり84%程度で安定する公算が大きいとし、「政策当局はこれによって、高齢化に関連した歳出増大圧力に対応する時間的余裕を得るだろう」との見通しを示した。 S&Pは2011年8月に米国の格付けを最上級の「AAA」から引き下げた。格下げは世界的な株価下落を引き起こした一方、質への逃避で米国債は買われ、利回りが過去最低を更新した。 11年の格下げは、債務上限引き上げをめぐる政治の行き詰まりや負債圧縮に向けた計画の欠如が一因だった。S&Pはこの日、「現行の格付け『AA+』は既に、長期的な財政問題に対して迅速かつ効果的に行動する米当局者の能力がより高格付けの一部の国に比べ劣っていることと、債務上限引き上げをめぐって今後も意見対立が繰り返されるとの見通しを織り込んでいる」と説明した。 一方、「米金融政策の柔軟性と効率性に関する好意的な見解に対する大きなリスクは見られない」とし、「向こう数年の米経済のパフォーマンスは他の諸国と同等かそれを上回るとみられる。米国の対外的なポジションがフローベースで悪化することはないと予想している」としている。 原題:U.S. Outlook Revised to Stable by S&P as Fiscal RisksRecede (1)(抜粋) 記事に関する記者への問い合わせ先:ニューヨーク John Detrixhe jdetrixhe1@bloomberg.net 記事についてのエディターへの問い合わせ先:Dave Liedtka dliedtka@bloomberg.net 更新日時: 2013/06/10 23:54 JST
米株おおむね下落、緩和縮小懸念で格付け見通し引き上げ相殺 2013年 06月 11日 07:30 JST [ニューヨーク 10日 ロイター] -10日の米国株式市場はおおむね横ばいで終了した。格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)がこの日、米格付け見通しを「ネガティブ」から「安定的」に引き上げたものの、前営業日に急伸していたことから横ばいとなった。 市場では、米連邦準備理事会(FRB)が資産買い入れ規模を縮小させるのか、させるとすればいつになるのかという警戒感が払しょくされておらず、S&Pによる米格付け見通し引き上げを受けた株価上昇は長続きしなかった。 S&Pは2011年夏に米格付けを最高位の「トリプルA」から「AAプラス」に引き下げている。今回格付け見通しが引き上げられたことにより、短期的な格下げの確率は、3分の1以下に低下した。 ダウ工業株30種.DJI終値は9.53ドル(0.06%)安の1万5238.59ドル。 ナスダック総合指数.IXICは4.55ポイント(0.13%)高の3473.77。 S&P総合500種.SPXは0.57ポイント(0.03%)安の1642.81。 アップル(AAPL.O)は0.7%安の438.89ドルで終了。S&P総合500種とナスダック総合指数に対する最大の重しとなった。同社はこの日に始まった世界開発者会議で、スマートフォン(多機能携帯電話)「iPhone(アイフォーン)」などに使われる基本ソフト「iOS」の最新版を公表している。 この日は住宅建設株も大きく下落。JPモルガンによる投資判断引き下げを受け、住宅建設大手レナー(LEN.N)が3.3%安となった。DRホートン(DHI.N)は2.1%安。 一方、マクドナルド(MCD.N)は1.3%高。5月の世界全体の既存店売上高が2.6%増となり、アナリスト予想の1.9%増を上回ったことが好感された。 フェイスブック(FB.O)は4.5%高。スティフェル・ニコラウスが同社に対する投資判断を引き上げたことが買いを呼んだ。 前週の雇用統計で、FRBが非常に近い将来に資産買い入れ規模の縮小に動くとの観測は後退したものの、市場ではFRBが年内には縮小する準備を進めているとの見方は消えていない。 ザ・サリアン・グループのマネジング・ディレクター、グレッグ・サリアン氏は「相場の不安定性は増すとみている。ただ、これまでに見られた事象に基づけば、相場は5月に付けた高値は上回ると予想される」と述べた。 ニューヨーク証券取引所、アメリカン証券取引所、ナスダックの3市場の出来高は約55億株と、年初来の1日平均の約64億株を下回った。 騰落銘柄比率は、ニューヨーク証券取引所が約1対1.3、ナスダック市場が約1.8対1だった。 (カッコ内は前営業日比) ダウ工業株30種(ドル).DJI 終値 15238.59(‐9.53) 前営業日終値 15248.12(+207.50) ナスダック総合.IXIC 終値 3473.77(+4.55) 前営業日終値 3469.22(+45.16) S&P総合500種.SPX 終値 1642.81(‐0.57) 前営業日終値 1643.38(+20.82) *内容を追加して再送します。 |