02. 2013年6月03日 08:54:53
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アベノミクスの本当のリスクは「行き過ぎ」 2013年06月03日(Mon) Financial Times (2013年5月31日付 英フィナンシャル・タイムズ紙) 5月第4週までは、アベノミクスの中核を成す浮揚策が完璧に機能しているように見えた。バブル期の典型的な尺度であるゴルフ会員権は値上がりした。株式市場も上昇し、半年間の上げ幅が70%に上った。家庭向けの電気料金も値上がりした。言い換えると、資産価格のインフレと現実世界のインフレがついに定着するかに見えた。 だが、今の日本は奇妙だ。日銀の一部関係者は、2%のインフレ目標は野心的過ぎて達成できないのではないかと心配している。市場は、今も昔も日本にとって唯一の成長エンジンである輸出の本格回復をもたらすほどには円安が進まないかもしれないと懸念している。 5月下旬の日本株急落のきっかけは、FRBの量的緩和縮小観測だった〔AFPBB News〕
しかし、量的緩和の「修正」に関する米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長の最近の発言を受け、日本の株式市場と国債市場が大揺れしたことは、正反対の方向に不安が向けられるべきだということを示唆している。 アベノミクスの本当のリスクは、インフレと円安が十分に進まないことではなく、行き過ぎることなのだ。 多くのアナリストは、政策変更に関する議論は早計だと思っているが、FRBの資産購入の段階的縮小について考えただけでも、市場は急落した。米国の量的緩和の縮小は、日本とアジア新興国の金融市場と実体経済に影響を与える。 デフレとゼロ金利以上に悪いものがある FRBが実際に緩和策を縮小し、米国経済が強くなれば、ドルは急騰する可能性が高い。つまり、円は急落するということだ。 大幅な円安になれば、輸入コストが2%の目標以上に高騰するようなインフレ昂進の公算が強まる。そうなれば、金利が大幅に上昇し、アベノミクスの中心に存在する矛盾を浮き彫りにする。すなわち、インフレ率の上昇と超低金利を両立させるのは不可能だ、ということだ。 日本は間もなく、デフレとゼロ金利以上に悪いものが存在することに気付くかもしれない。悪いインフレと高金利である。脆弱性の最大の原因は、もちろん、輸入エネルギーに対する依存だ。すべての輸入財の価格はドル建てになっているため、コストが大幅に上昇し、円安によって輸出業者が得る競争上の恩恵を少なくとも部分的に帳消しにする。 だが、非正規労働者の割合が高まっている労働市場の構造を考えると、賃金が物価と比例して上昇することはないだろう。このことは、多くの人の生活水準が下がり、消費が拡大したとしても一時的な動きで終わることを示唆している。不動産価格と株価の上昇による資産効果は、大半の労働者、特に年配の労働者には何の影響も及ぼさない。 今のところ、日本の経営者のアニマルスピリッツは、年間給与ではなく一時金を多少引き上げる程度にしか目覚めていない。一方、設備投資は今年1〜3月期に減少し、これで5四半期連続の減少となった。 また、構造改革を求める圧力は弱まっている。それはまさに、円安が偽りの安心感と競争力を日本に与え、イノベーションに代わって通貨切り下げが成長不足の解決策になってしまうからだ。 JPモルガン証券の菅野雅明氏をはじめとしたエコノミストは既に、構造改革の内容に対する期待を後退させている。再生可能エネルギーへのコミットメントは、原子力エネルギーへの緩やかな回帰に道を譲る。環太平洋経済連携協定(TPP)参加に向けた条件交渉は、保護主義の農業政策に劇的な変化をもたらすことはない。移民は政策議題にも入っていない。 同時に、近隣諸国の中国と韓国の関係者は円安に対する不満を募らせており、ドイツも近く、円安反対論の合唱に加わるかもしれない。経済問題はアジアの政治的緊張を悪化させている(日本が11年ぶりに国防費を増額させていることも助けにならない)。 一方、米国の金融緩和が永遠には続かないことを思い出させるバーナンキ議長の発言が招いた最初の結果は、日本の株式市場と国債市場のボラティリティー上昇だった。このボラティリティーは、市場心理、特に日本の投資家の心理が依然脆いことを裏付けている。 アジアの新興国にも波及する恐れ さらに、ボラティリティーは日本に限定されていない。今後もドル高・円安が続くようなら、アジアの新興国市場に流れ込んだ莫大な資金が再び流出する可能性がある。こうした新興国の通貨に対してドルが上昇すれば、これらの国もコスト上昇と企業収益の圧迫に見舞われることになる。 前回、円相場が急落した時には、15年前のアジア金融危機の一因となった。確かに今回は、大半の新興国は債務、特に外貨建て債務を減らしたため、そうした危機が生じる可能性はずっと低くなっている。 だが、日本の実験はやはり日本と世界各国に悪影響をもたらす可能性が高い。もし日銀がこれほど高いコストをかけて日本株式会社のために稼いでいる時間が無駄になったとしたら、実に残念なことだ。 By Henny Sender http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37909 欧州、経済成長とポピュリズムの競争 2013年06月03日(Mon) Financial Times (2013年5月31日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
大勢の欧州の指導者を一堂に集めれば、その会話が大陸全土で見られるポピュリスト政治の台頭に向かうと考えてまず間違いないだろう。同じ政治家たちは1年ほど前、ユーロに対する市場の脅威で頭がいっぱいだった。彼らは今、欧州の民主主義が単一通貨の救済の衝撃に耐えられるかどうか心配している。 緊縮の時期は終わりつつある。パリに本部を置く経済協力開発機構(OECD)は先日、「緊縮vs成長」と題した討論会を主催した。これは誤った選択だ。緊縮は政策であり、成長は目的だからだ。 緊縮に対する驚くほどの敵意 欧州は緊縮一辺倒から舵を切った〔AFPBB News〕
だが、筆者はそれでも、欧州はデフレを促すような財政政策を堅持すべきだという考え方に対し、討論会に集まった専門家や政策立案者たちが示した圧倒的な敵意に驚いた。 欧州諸国はその代わりに、(ある程度の歳出削減を伴ったものの)成長を加速させることが、いかに米国の財政見通しを変えたかを考慮すべきだ、というのだ。 そのため、欧州委員会が5月下旬に緊縮財政の手綱を緩めることを決めたことは、経済と政治の現実を認識する歓迎すべき動きだった。今、生命維持装置につながれているのは、ユーロではなく、むしろ欧州経済であり、ひいては確立された政治秩序の権威だ。 欧州委員会の方向転換は、メディアの見出しほど劇的ではなかった。フランスやスペインなどは、赤字削減プログラムを達成するまでの時間的猶予を与えられた。イタリアは、予算編成プロセスに適用される「特別措置」を免れた。ベルギーは、軌道から外れたことに対する罰金を回避した。 何が起きたかと言えば、名目上の財政目標の代わりに、構造的財政赤字に重点が置かれるようになったのだ。誰も大規模な裁量的景気刺激策を提唱しているわけではない。 「外国人頼み」から脱却 緊縮は、いつか緩和されなければならなかった。ユーロ危機で最も打撃を被った周縁国の赤字は、急激に減少している。債券市場のスプレッド(利回り格差)も同様だ。今では構造的黒字に向かっている国もある。 大半の国は、2014年にはプライマリーバランス(利払い前の基礎的財政収支)が均衡するだろう。スプレッドの拡大で最も大きな打撃を受けた国も、経常赤字が急激に減少している。 経常収支の改善は、部分的には内需の大幅な落ち込みを反映している。特にイタリアではそれが顕著だ。だが、多くの場合、輸出も急増してきている。アイルランドの経常収支は大幅な黒字になっている。スペインとポルトガルは今年、収支が均衡すると予想している。 これらの国は、もはや外国人の債券投資家に依存していない。財政赤字を国内で埋めることができるのだ。 この状況を見て、欧州政策研究センター(CEPS)のダニエル・グロス氏は興味深い理論を考え出した。緊縮財政の議論が展開されていた視点の中で、問題の核心が失われていたというのだ。本当の危機は、「政府(ソブリン)」債務に関係していたのと同じくらい「対外(フォーリン)」債務にも関係していた、とグロス氏は言う。 国内総生産(GDP)比の公的債務が100%前後のベルギーは、市場の視界に入ったことが1度もなかった。このところ他国でも見られるスプレッドの縮小は、南欧の周縁諸国が、ベルギーのように自国の赤字を埋められるという事実を反映している。 いずれにしても、経常収支の好転は、欧州委員会の方針変更に関し、ドイツを少しだけ(「少しだけ」という点を強調したい)安心させている。ドイツ政府内には、財政規律をかなぐり捨てようとする試みに驚愕する者が常にいるが、アンゲラ・メルケル首相の側近らはずっと、財政赤字と同じくらい競争力を重視してきた。 イタリア新首相が鳴らす警鐘 ドイツの野望は、ユーロ圏で持続可能な収斂を達成することだ。経常収支は正しい方向に向かって大きく動いている。 イタリアのエンリコ・レッタ新首相は大抵の人よりポピュリズムの危険性を知っている〔AFPBB News〕
財政緊縮の緩和は、構造改革のペースを速める機会を与えてくれる。構造改革は、経済が拡大するというある程度の見込みがある時に、投資と雇用を促進することで最も奏功する。労働市場から締め出された若者に機会を与えることが優先事項だ。 筆者は先日、ローマを訪問し、シンクタンクのイタリア・アスペン研究所が主催する集まりでイタリアのエンリコ・レッタ新首相にインタビューした。社会民主主義者のレッタ首相は、ポピュリズムの危険性を大抵の人よりよく知っている。 左派と右派が大連立を組んだレッタ政権は、ベッペ・グリッロ氏の「5つ星運動」の台頭によって生じた膠着状態の中から誕生した。大陸欧州の至るところで見られるポピュリストたちと同様、グリッロ氏も、希望を失った人たちの心に訴えた。 筆者の印象では、多くの憶測より長く首相の座にとどまるかもしれないレッタ氏は、財政健全化の最前線を押し戻したり、イタリア経済を近代化する取り組みを放棄したりするつもりはない。 だが、レッタ氏が、どんな首相も800万人の有権者の不満を無視することはできないと言い、また、来年の欧州の選挙での最大の勝者は左派と右派の反欧州主義者という結果に終わるかもしれないと警告するのは正しい。 イタリアにはグリッロ氏がいる。フランスには「国民戦線」、英国には「英国独立党」、フィンランドには「真のフィンランド人」党があり、ギリシャにはファシストがいる。彼らを結び付けているのは、国内の苦しみを外国人のせいにするのを厭わない姿勢であり、また、若年失業を既成の政治勢力に対する激しい怒りに変える能力だ。 残り時間は少なくなっている 各国の政府には、できることがある。欧州の銀行システムはまだ機能不全だ。銀行システムを修復すれば、成長が生まれるだろう。欧州中央銀行(ECB)は、内需を刺激するためにもっとできることがある。供給サイドの改革を行えば、若者を雇用市場の外に置いている障壁の一部が取り除かれるだろう。 政治的会話が緊縮から成長に移っているのは心強いことだ。そして、ドイツが7月に特別閣僚会議を主催する時に、そのテーマが緊縮ではなく若者の失業問題になるのも心強い。 だが、時間は残り少なくなっている。ユーロ圏では、経済と政治の間で競争が繰り広げられている。1年前は債券市場が敵だった。今は、ユーロに対する脅威は、欧州統合のすべてが依存している自由主義の秩序を覆そうとするポピュリストたちによってもたらされている。 By Philip Stephens http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37911
【13/06/08号】 2013年6月3日 週刊ダイヤモンド編集部 投資マネー異常事態 揺らぐ国債、株式市場 ?マネーが大きく揺れている。日本銀行の黒田東彦総裁が打ち出した“異次元緩和”をはじめとする日米欧の大規模な金融緩和によって、“中央銀行バブル”が発生しているからだ。日本でも株式市場は乱高下、金利も不気味な上昇を続ける。投資マネーはどこに向かい、何を引き起こすのか。そしてその果ては……。
雪崩を起こした株価 ?日経平均株価が1143円もの大暴落を見せた5月23日以降、株式市場の動揺が収まらない。 ?24日は前場で反発し、上げ幅は一時500円を超えて1万5000円台を回復。しかし後場に入ると一転、先物売りが加速し、下げ幅が一時500円を超える乱高下を見せる。終値は何とか前日比128円高の1万4612円とプラス圏で引けた。 ?週明けの27日、またも先物売りで大幅に反落して469円安、翌28日に今度は大きく反発し、一時は200円を超える上げ幅となるほど、連日、数百円単位で上下に振れるという異常な事態が続いた。 ?年明け以降、20%あたりをうろうろしていた日経平均株価の荒れっぷりを示すボラティリティ・インデックスは、5月23日に43.7%まで跳ね上がり、現在も30%台後半で推移している。 ?こうした“変調”の引き金を引いたのは、海の向こうで方向転換し始めた、FRB(米連邦準備制度理事会)だ。 「今後数回の会合で、債券購入のペース減速を決定することもあり得る」 ?5月22日、バーナンキFRB議長が議会証言でそう発言すると、市場はこれまでの世界的な株価上昇のエンジンとなってきたQE3(量的緩和第3弾)を「いよいよ縮小する」と受け止めた。 ?この発言、よく見ると「景気改善が持続的だと確信した場合」との条件付き。実際には、慎重姿勢に変わりはないのだが、“お金の創造主”がいなくなるのではないかと、市場は過敏に反応する。 ?直前に一時1万5542ドルの史上最高値を付けていたニューヨークダウは一転して急落し、さらには米10年物金利が2%を突破。この米長期金利の上昇が翌23日、今度は東京市場を大きく振り回すことになる。 ?米国に引きずられる形で、日本の長期金利も節目の1%をあっさりと突き抜けてしまう。1年2ヵ月もの間、抜けなかった1%という壁を、4月からのわずか1ヵ月半で突破したのだ。 ?日本銀行はすぐさま反応を見せる。8100億円もの巨額の買いオペを即日実施、何とか0.835%にまで抑え込んだ。 ?ところが株式市場では、これがかえって異常な金利変動と映る。 ?金利が乱高下し、仮に急騰するようなことがあれば、回復の緒に就いたばかりの日本経済に打撃を与えるのではないか──。 ?QE3縮小観測に加えて、こうした日本の金利乱高下を嫌気し、「日本株の最大の買い手だったマクロ系ヘッジファンドが売りに転じた」(藤戸則弘・三菱UFJモルガン・スタンレー証券シニア投資ストラテジスト)ことが、“5.23ショック”を招いたのだ。 徘徊するヘッジファンド ?振り返れば、今年4月15日に金の価格が実に15%も急落した背後にも、グローバルに動き回るヘッジファンドの投機マネーがあった。くしくも4月4日に日銀が“次元の異なる”金融緩和策を打ち出した直後のことである。 ?ヘッジファンド調査会社のユーリカヘッジによれば、ヘッジファンドの運用総額は約2兆ドル(約200兆円)。先物やオプションなどのデリバティブを駆使する彼らが、仮に5倍のレバレッジをかけているとすれば、実に1000兆円ものマネーが高い利回りを求めて世界を徘徊していることになる。 ?そんなヘッジファンド勢は4月以降、新興国経済の不調を理由に金や原油などコモディティ市場に見切りをつけたもようで、今や「円売り・日本株買い」に興味の矛先を向けている。 ?逆に言えば、足の早いマネーに支えられた株価上昇だけに、いとも簡単に見捨てられる危うさもはらんでいる。 ?もっとも、5月23日のような株価下落だけで済むなら、5月の上昇分が吹き飛んだだけの小さな“雪崩”にすぎない。見極めるべきは、こうした暴落が今後も発生するのかどうか、だ。その行方を左右するのが、日本の国債市場である。 ?5月28日12時45分、財務省が20年物国債の入札結果を発表すると、円債市場に、いくばくか動揺が走った。 「ある程度の需要はあるのではないか」とみられていたが、結果は応札倍率2.54倍と低調。これを受けてやはり先物は売られ、10年物金利も0.9%台に上昇した。 ?にもかかわらず、この日は株価も堅調だったためか、円が買われるでもない。その後、欧米市場で米消費者信頼感指数(5月)が5年3ヵ月ぶりの高水準となり米長期金利が2.1%台まで上昇。ドルが買われ、むしろ円は対ドルで円安に動き、102円を超えた。 日本国債暴落リスク 「長めの金利を押し下げる」──。そう高らかにうたい、市場から新規発行額の7割に上る国債を買い占めていくことを決めた黒田東彦総裁下の日銀。だが、むしろ緩和後に金利は乱高下を繰り返しながら、大きく上昇してしまっている。 ?日銀が年間50兆円買うといっても、国の借金残高はそれをはるかに上回る750兆円だ。 ?その大半を保有する銀行や生命保険会社、年金基金などが価格の乱高下を嫌気して国債を手放していけば、日銀が市場で国債を買い占められるはずもなく、そう簡単に金利は低下していかない。 ?もっとも足元では、「現物の売りはだいぶ減ってきた」(寺田寿明・東短リサーチ研究員)とみられる。が、それでも買い手が戻ってきたというには程遠く、参加者の少ない市場とあって、少し売りが出ただけで金利が跳ね上がってしまう現状に変わりはない。 ?かくも異常な金利の大幅な変動に、円債市場は「徐々に慣れつつある」(市場関係者)。人は痛みを感じるからこそ身体の異常を知ることができるが、日銀をはじめ先進各国の中央銀行が、金融緩和という名の“モルヒネ”を大量に打ちまくったおかげで、痛みを教えてくれるはずの市場の価格形成機能を破壊し始めている。 ?そうした中、一足先にFRBが、モルヒネの量を減らす試みに出るというのである。減額開始のタイミングやペースを誤れば市場は荒れまくり、痛みにのたうち回るだろう。 ?債券売りが加速すれば、最悪の場合、国債が暴落しないとも限らない。日銀がさらなる緩和策でその尻ぬぐいを迫られ、国債購入に終わりは見えなくなる。 ?目先の“関ヶ原”は、6月7日に発表される5月の米雇用統計だ。これまでなら、米国の景気回復を示す雇用統計の改善は、すなわち株高要因だった。 ?だが、逆に失業率低下を目標とするFRBが、雇用改善により緩和縮小に向かうなら、むしろ株は売られるかもしれない──。 ?ヘッジファンドがどういう反応を見せるのか、その動き次第では、日本市場も再び大きく振り回されることになる。 http://diamond.jp/articles/print/36795
【第11回】 2013年6月3日 伊藤元重 [東京大学大学院経済学研究科教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長] 長期国債は今や安全な投資対象ではない!? 黒田日銀が変えた、資産としての国債の意味 長期国債を大量に購入することの意味
?前回(第10回)まで、足下で起きている長期金利(国債利回り)の変動について詳しく検討してきた。言うまでもないが、こうした長期金利の変動のきっかけをつくったのは、黒田東彦日銀新総裁のもとでの大胆な金融緩和策である。 ?前総裁の白川方明氏のもとで今年のはじめにまとめられた金融緩和策も含め、安倍政権成立後の日銀の金融政策は、これまでの政策とは「次元の違うもの」であった。2%のインフレーション・ターゲットを明確に打ち出し、量的緩和のペースをさらに引き上げ、そしてこれまでの日銀が封印していた長期国債の大胆な購入を決定したのだ。 ?長期金利の変化との関連で特に注目すべきなのが、長期国債の購入である。なぜこれまでの日銀はそれをためらってきたのか、そしてなぜ黒田日銀は長期国債の購入に踏み込んだのか。この点については、すでに本連載の第3回で詳しく述べた。 ?これまでの日本銀行が長期国債を購入しなかったのは、出口戦略を強く意識していたからだ。大胆な金融緩和策が成功すれば、物価も資産価格も上昇するだろう。その時点で、過度に膨れ上がったマネーサプライを縮小する必要が生じる。 ?しかし、日本銀行が長期国債を大量に手元に持っていると、それを簡単に売却することはできない。それで国債の金利が急騰するようなことがあれば、財政運営にも大きな支障が出るからだ。 ?金融緩和でも、短期国債の購入を通じた量的緩和であれば、必要に応じて国債を売却してマネーサプライを縮小しやすい。それでなくても、短期国債であれば、比較的早い段階で償還になるので、いつまでも日本銀行のバランスシートには残らないのだ。 ?伝統的な金融政策運営としては、短期国債を中心に量的緩和をするのが自然な姿だった。しかし、デフレという異常事態に直面しても短期国債に集中する量的緩和策は、市場から見ると逃げ口をつくった上での対応策に見えたのだろう。 ?日本銀行は、この15年の間に2度大きな政策的な失敗を犯した、と指摘する人が多い。つまり、量的緩和とゼロ金利政策を拙速に停止することで、デフレ脱却の障害となってしまったというのだ。それゆえ、経済が少しでも上向くと、日本銀行は量的緩和を止めてしまうのではないか──市場はそうした疑いを持って日銀を見ている。それではなかなか、経済に深く浸透したデフレマインドを払拭することはできない。 黒田氏は“背水の陣”で デフレ脱却の決意を示した ?黒田総裁のもとで大量の長期国債を購入することは、日本銀行が退路を断った金融緩和策に踏み切ったものと市場からは見える。日本銀行が大量に長期国債を保有することになれば、将来にわたってそう簡単にその国債を売却できるものでもない。それによって国債利回りである長期金利が高騰することがあってはいけないからだ。 『史記』のなかの有名なエピソードに「背水の陣」というものがある。漢の名将・韓信が、前方から迫ってくる圧倒的多数の敵軍と戦うため、あえて川を背に陣を敷いて戦ったという話だ。後方が川でなければ、形勢不利になったときにいつでも逃げられる。しかし、後ろに逃げ場がないとなれば必死になって戦うしかない。死力を尽くして戦った韓信軍は、見事に勝利を収めたのである。 ?長期国債の購入を行うというのは、この背水の陣だとも言える。ゲーム理論の用語を使えば「コミットメント」ということになる。日銀が「デフレ脱却のためには何でもする」という姿勢を市場に信じてもらうために、後戻りできない長期国債の購入に動いたということだ。 ?経済学では、金融政策や財政政策などのマクロ経済政策が有効であるためには、市場や人々の期待に働きかけることが必要だと教える。特に、日本が直面するデフレのように、経済全体にデフレマインドという期待(予想)が定着しているときには、その期待を大きく変えるような政策スタンスをとることが重要である。コミットメントが重要なのは、市場の予想に働きかけることだ。 異次元の金融緩和策に 戸惑いを見せる市場 ?4月上旬に黒田総裁の下で日本銀行が大胆な金融緩和策を打ち出したことに対して、市場は戸惑ってしまった。この大きな変化にどう対応してよいのか判断ができなかったのだ。その結果として、長期金利は大きく乱高下することになる。 ?金融緩和策が発表された直後は0.3%台という驚異的な低水準まで長期金利が下がった。それから1カ月ほどは、0.6%以下という非常に低い水準で推移していた。しかしその後、長期金利は上昇に転じ、いまは1.0%を伺うような動きである。このあたりの長期金利の解釈については前回までで詳しく述べた。 ?市場関係者から聞こえてくるのは、こうした激しい長期金利の動きが、資産としての国債の意味を変えようとしているという点だ。銀行にとって、長期国債はリスクの少ない投資対象と見られていた。大量の資金を運用するにあたって、とりあえず金利の安定している国債に資金を回しておけば安心であった。そうした安定的な資金により、国債価格も安定してきた。 ?しかし、国債金利(それは国債価格でもある)が大きく変動するようになれば、国債による資金運用のリスクをより強く意識せざるを得ない。金融機関が反応することで、国債金利がより激しく動くことになる。膨大な国債が発行されており、その多くを金融機関が持っている。この金融機関が動くことで、長期金利も大きく変動することになる。 ?日本銀行が市場から購入する長期国債の規模は、これまでの行動からは考えられないほど大きなものである。それでも、国債全体の市場規模に比べれば小さい。短期市場の金利について日本銀行は大きな支配力を持っているが、長期金利については同レベルの影響力を持っているわけではない。 ?それでも、長期金利の大きな変動がいつまでも続くというものではないだろう。巨額の国債を購入する日本銀行の影響力は大きい。金利は安定方向に向かっていくと期待している。 ?前回までに述べたように、長期金利を引き上げる要因は、インフレ予想の変化、景気の回復、財政危機の懸念、そして米国など海外での金利上昇である。これらの要因を背景に今後の金利が動いていくのが基本であるが、現在見られる長期金利の変動は、そうした構造的な要因とは別の市場の混乱の結果としてとらえればよいだろう。 財政健全化の動きに 市場は敏感になっている ?そうしたなか、政府の財政健全化の動きが長期金利に及ぼす影響については注視すべきである。いまの国債利回りに、財政運営への懸念が影響しているとは思えない。ただ、日本の公的債務が対GDP比で200%を超えており、主要国で最悪の水準であることは事実だ。市場は財政状況に、より神経質になっており、財政健全化の動きいかんによっては、長期金利が大きく反応する可能性は否定できない。 ?日本銀行が大胆な金融緩和策をとったことは、結果的に市場の財政への関心を高める結果になったように思える。日本銀行が大量に長期国債を保有していれば、将来それを市場で売却して過度な金融緩和を修正するかもしれないとの憶測を招く。 ?問題は「出口戦略」である。日本銀行が出口戦略で大量の国債を売りに出れば、長期金利が急騰する可能性はある。また、日本銀行にそのような意図がないとしても、日本銀行がそうした動きに出るかもしれないと市場が疑心暗鬼になれば、これまた長期金利高騰の原因となりかねない。 ?いまの時点で出口戦略について論じるのは気が早いのだろう。ただ、日本銀行が大胆な金融緩和策をとるほど、政府の財政健全化に対する姿勢に注目が集まることは間違いない。財政健全化のあるべき姿については、今後の連載で詳しく議論することにしたい。 http://diamond.jp/articles/print/36804 |