01. 2013年5月30日 10:02:33
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#コンセンサスは遠い 今までとは異質な「これからの円安」を考える
沈静化が困難になるリスクには要注意 2013年5月30日(木) 深谷 幸司 先週後半から急ブレーキが掛かった円安・ドル高の流れ。株式相場の急落が発端ではあるが、円相場についても、最近の急ピッチな下げに対する警戒感がくすぶっていたことは否めない。 それでも、円安・ドル高の大きな流れは今後も止まらないだろう。足元の調整場面でも、1ドル=100円を超える円安圏は維持している。やはり、「アベノミクス」「黒田緩和」といった言葉に表象される安倍晋三政権の経済政策運営が円安を促す、という解釈は定着したままだ。 一段の円安進行は「手放しの礼賛」とはならず もちろん、政策の影響が大きかったことは疑いようがない。少なくとも、市場心理にしっかりと「円の先安観」を植えつけることに成功したと言える。過去の75円台の「行きすぎた円高」が修正されたのは日本経済にとって好ましい。しかし、ここからさらに円安が進んだ場合の日本経済に対するマイナスの影響も徐々に懸念されつつある。 確かに「手放しの円安礼賛」とはいかない面もあり、企業を取り巻くマクロ環境、世界経済の状況を併せて考え、頭に入れておくべき点もいくつかある。 現在の円安・ドル高は、過去の円安や株高の局面と背景が大きく異なっている。今回はまず、同じ円安進行でも、過去の局面と足元との相違点を踏まえ、改めて今の円安の特徴を中長期的な視点から再考してみよう。 円の対ドル相場の推移 前回の中長期的な円安局面として思い起こされるのは、上のグラフにある左側の円で囲んだところ。2004年から、サブプライム問題・リーマンショック前の2007年にかけて、101円台から124円台まで20円強も円安が進んだ場面だ。 このときの円安は、その後のリスク回避環境における円高とはまったく逆の状況下で進んでいた。あるいはその後のリスク回避の円高は、前回の円安の反動で生じたと言ってもよいかもしれない。 グローバル経済は先進国も新興国も揃って好調を維持しており、世界全体の成長率は2002年以降徐々に加速。2006年には5.4%に達していた。1980年代以降で見ても、世界の成長率が5%台に乗せたのは初めてのことだ。 こうした異例の高成長のなか、日本だけが超金融緩和政策を維持。内外金利差は年々拡大し、円が独歩安となる地合が整っていた。日米間を見ても、米国では金利先高観が明確で、2年物国債利回りは2003年の1%から2006年には5%台に上昇していた。トレンドとしての円安・ドル高が緩やかに進む材料は整っており、他の通貨に対する円安も淡々とかつ過度と思われる水準まで進んだ。それが2007年に一転し、歪んだ円高へと突き進むこととなった。 「歪んだ円高の修正」という火に油注いだ「黒田緩和」 次に、今回の急速な円安・ドル高局面を迎える前の状況について、「何が歪んだ円高をもたらしていたのか」を確認しておこう。 歪んだ円高をもたらした最大の要因は、言うまでもないが、米国のサブプライム問題であり、リーマンショックであり、米国景気をはじめとする先進国経済全般の景気後退であり、欧米の金融システム不安であり、さらには欧州債務問題である。そうした中で、リスク回避の円高が進んだ。 日本はすでに不良債権問題をこなしており、「安全通貨」とみられた。また経常黒字国であること、対外債権国であることが「円の安全性」を担保していると考えられた。リスク回避や海外の超低金利化により、本邦投資家の対外証券投資は激減。投機的な動きもあいまって円高が進み定着することとなった。 しかし、2011年ごろから次第に状況は変化していた。まず欧米の金融システム不安は沈静化した。資本注入やリスク圧縮により実体経済にネガティブなインパクトをいまだに残してはいるが、懸念は解消している。傷ついた米国の家計のバランスシートも、株高と住宅価格の上昇により癒え始めた。米国の中古住宅価格はすでに昨年の春先から前年比プラスに転じ、回復基調が続いていた。米国経済は景気拡大基調を昨年来維持している。欧州債務問題もギリシャ問題、スペイン問題にひとまずけりがついて、大きな峠を越えている。 さらに円の「安全通貨神話」にも翳りが生じた。東日本大震災を契機に原発停止から燃料輸入が大幅に拡大。さらに長引く円高によって中小企業に至るまで生産拠点の海外移転が進み、輸出が減少するとともに国内製品からの輸入代替が進んだ。貿易収支は大幅な赤字に陥り、一方で対外直接投資は高水準が続く。為替需給はむしろ円売りに傾いていた。 2012年は、こうした変化を無視するかのごとく、なおも円高に踏みとどまっていた状態だった。おそらく、それが解消するのは時間の問題だったとみられ、「アベノミクス」「黒田緩和」がなくとも、自然体で円安・ドル高が進んだであろう。 これらの効果は、明確なメッセージによって急速なマインドの変化をもたらし、修正の動きを加速させた点にある。例えて言うなら、乾いた薪が積み重なり、その上に油まで撒かれたところに、明確な火を点けたのが「アベノミクス」であり、燃え盛る薪の炎にさらに油を注いだのが「黒田緩和」だろう。 現状は「購買力平価」で見た適正水準から円安気味に では、現在の円安の特徴は何か。100円を大きく超えない範囲においては、円安ではなく、「円高の修正」と捉えるのが妥当であろう。為替相場水準に関する企業アンケートの回答をみると、妥当な水準として90円台ないし100円程度とする意見が多い。長きにわたり70円台にとどまる為替相場に憤りの声が多く聞かれた。 これは、二国間の妥当な為替水準を推測する際によく用いられる購買力平価で考えると分かりやすい。購買力平価とは、過去に為替相場が均衡水準にあった時点を基準点として、その後の物価上昇率の差で、現在のあるべき水準を探る手法である。 対ドルでの円の購買力平価と実勢相場 出所:国際通貨研究所 インフレ率が相対的に高い通貨の価値は下落する、つまり通貨安となってしかるべきと計算される。日米の場合、常に米国の物価上昇率が高いため、購買力平価の長期トレンドは円高・ドル安の傾きを持っている。 計算で用いる物価指標によって様々な結果がもたらされるが、貿易収支や企業の経済活動を考えた場合には、消費者物価指数ではなく企業物価指数を用いるのが妥当だろう。1973年を基準にこれを計算すれば、今の購買力平価は96円程度となり、企業のアンケートに示された水準と一致する。 また海外旅行で物価を比較する個人の感覚としても、妥当なところではないか。したがって、90円台あるいは100円近くまでの円安・ドル高は、それまで割高だった円の水準が修正されたと見るべきだろう。 これはいくつかのことを意味する。 まず、円高・ドル安が定着していたことが歪みであるならば、いずれは市場メカニズムによって修正されたであろうということ。すなわち、「アベノミクス」や「黒田緩和」がなくても、早晩、円相場が100円に達していた可能性は極めて大きかったということだ。 もう1つは、そのスピード、すなわち円安・ドル高のペースが速くなるのは当然だということだ。相場の常として、新たなトレンドとして相場が形成される場合、そのペースは緩やかになりやすい。新たな相場のトレンドを形成する要因であるファンダメンタルズや金利動向はそれほど急激には変化しない。貿易収支なども然りである。徐々に妥当な水準を模索しながら、新たな資金の流れや投機的な動きが相場を動かしていく。 しかし、行きすぎた相場からの修正は急速となりうる。というのも、行きすぎた相場水準の裏には、歪んだ投機的ポジション形成がなされていたり、偏った投資家のポートフォリオが形成されていたり、為替相場の見通しに先入観的なマインドセットが形成されているためだ。これらは一気に修正される可能性を秘めており、何らかのきっかけで大きく動き始めることがある。今回はまさにそうした状況下での円安だ。 さらなる円安進行だと沈静化は困難 こうしたことを踏まえれば、円相場が100円近くまで急速に調整したことは妥当だとしても、この先の円安・ドル高は本来、緩やかとなってしかるべきだろう。あたかも、水面下で発せられた光が、水面上に出る際に屈折して、その傾きが緩やかになるがごとくである。その際、「水面」に例えられるのが、先に述べた「購買力平価」ということになる。 「ここまでの円安・ドル高」と「ここからの円安・ドル高」は異質なものであり、この先に円安・ドル高が進むとすれば「あらたなトレンド」をサポートする要因として、ドルサイドにおけるポジティブな理由か、円サイドにおけるネガティブな理由が必要だろう。新たなトレンド形成であれば、緩やかな傾きとなってよいはずだ。 今後、リスクが高まるとすれば、市場が過剰に反応し、想定以上に円安が進んでしまうことだ。今は半年前までとは逆に円安がマインドセットされている。日本にとってネガティブな材料が頻発するようだと、なおさら円安が進みやすい。従来は大幅な貿易黒字のなかでの円安局面だったため、その持続性には自ずと限界はあった。しかし今回は根底で貿易収支が大幅な赤字になっている点が大きな違いだ。 円安を沈静化するのが難しい状況になっているリスクを、為政者および企業サイドも頭に入れておく必要があるのではないか。そして円安の弊害を被りやすい、あるいは円安のメリットを受けにくい構造に日本経済や企業体質が変化している点にも留意は必要だろう。 次回は、円安がさらに進む場合、企業にどんな影響がもたらされるか、リスク要因について考えていく。 深谷幸司の為替で斬る! グローバルトレンド
円安進行の加速が目立つ為替相場。1ドル=100円を超え、さらに円安は進むかどうか、市場関係者にとどまらず、企業、そして国民の注目が集まっている。今後の円相場の行方は?また日本、さらには世界の経済はどう動いていくのか?国内外の銀行で為替ストラテジストを長らく務めてきた深谷幸司・FPG証券社長が、各国通貨のパワーバランスに垣間見えるグローバル経済の胎動をとらえたホットな話題を提供する。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130528/248765/?ST=print
日本経済、回復までの道のりは山あり谷あり 2013年05月30日(Thu) Financial Times (2013年5月29日付 英フィナンシャル・タイムズ紙) アベノミクスにはリスクが伴うが、先週の株安で成否をどうこう言うのは早計〔AFPBB News〕
日本経済を活気づけようという試みは先週、難しい局面に突入した。債券利回りが上昇し、株価が下落したのだ。すると早速、安倍晋三首相が打ち出した改革「アベノミクス」は失敗だという声が一部で上がった。これは馬鹿げた話だ。 確かに、アベノミクスが失敗する可能性はある。だが、債券利回りが上昇しているから失敗だとか、株式市場が大きく変動しているから失敗だという話にはならない。 それどころか、日本経済が復活するなら、その時には債券利回りが上昇しなければならない。また、株式市場というのは大きく変動するのが常だ。 「アベノミクス失敗」と断じるのが馬鹿げている理由 大いに必要とされているこの日本再生プログラムにはリスクが伴う。しかし先週の一連の出来事は、そうした危険について何かを物語るものではない。 確かに、日本国債10年物の利回りは5月6日に比べて0.347%高くなった。だが、それでも0.91%でしかない。この利回りは1年余り前と同じ水準だ。また日経平均株価は5月22日から27日にかけて9.5%下落したが、これは2012年11月13日から2013年5月22日にかけて80%上昇した後の出来事だ。 さらに、日本円は確かに先週、ドルに対して若干上昇したものの、2012年10月前半の水準をまだ23%下回っている。 このような動きはどう見ればよいのか? 特に意味などないかもしれない短期的な変動だと切り捨てるのでなければ、どう解釈できるだろうか? ニューヨーク・タイムズ紙のポール・クルーグマン氏は、もし今回の株価下落が単なる大騒ぎ以上のものになるとすれば、それは経済成長が期待したレベルに達しないのではという恐怖感、日本の債務に関する恐怖感、日銀の決意に関する恐怖感のいずれかを反映したものだと述べている。 第1の恐怖感は株価の下落を説明できるが、債券利回りの上昇を説明できない。第2の恐怖感は債券利回りの上昇を説明できるが、日本円の上昇を説明できない。 しかし第3の恐怖感は、債券利回りも上昇も株価の下落も円高も説明できる。これらはすべて、金融政策が約束されたものより引き締め気味であることへの反応だというわけだ。従って、3番目の恐怖感が最も妥当と思われる説明になるとクルーグマン氏は結論づけている。 投資家はまだ日銀と政府を信頼 しかし、これはかなり短期的な動きの分析だ。もう少し長期的な視点から見れば、債券利回りは0.4%に近かった底を大きく上回り、株価も昨年11月の底値から63%上昇している。円相場も直近の高値からかなり下落している。 このように少し長期的に見る限り、投資家はまだ、日銀と日本政府は先日導入した新しい政策に真剣に取り組んでくれると信じているようだ。2013年第1四半期の経済成長率が年率換算で3.5%に達したことは、この新しい政策とはほとんど関係ないかもしれないが、それでも励みになる。 日銀の政策転換が不安定さをもたらすのは不可避〔AFPBB News〕
また、日本の政策変更が不安定さをもたらす要因になることも避けられない。 日銀の政策委員会の委員の一部は、現在の政策スタンスは市場を困惑させていると考えている。インフレ率の引き上げと金利の引き下げを同時にやろうとしている、というのがその理由だ。 債券市場が大きく変動したことで、黒田東彦・日銀新総裁への批判も出ている。銀行が保有している日本国債に損失が生じれば、経済再生に向けて銀行が貸し出しを行う能力も意欲も損なわれてしまうというのだ。 円安批判は「通貨戦争」の様相も 円安の進行については外国から批判が出ている。中国・清華大学の李稲葵教授は本紙(フィナンシャル・タイムズ)への寄稿で「世界が目の当たりにしているのは(インフレ率の上昇などではなく)円相場の急速な下落である。この円安は、ほかの国々に対し不公正であると同時に持続不可能だ」と警鐘を鳴らしており、特に東アジアを中心に多くの賛同を得ている。 これに対し、東京のイトウ・タカシ氏は本紙への読者投稿で「自国の為替レートを切り下げた、あるいは操作した国が、円安にしていると言って日本を非難できるとは聞き捨てならない話だ」と反発している。こうしたやり取りは確かに通貨戦争の様相を帯び始めている。 これらの議論はどう評価できるだろうか? 第1に、デフレを終わらせ、経済成長を再開させると決意すれば、日本国債の利回りは当然上昇する。インフレ率が年2%の安定した経済になれば、長期金利が0.5%という低水準にとどまることにはならないだろう。 であれば、先週見られた債券利回りの小幅な上昇は、政策失敗の印などではない。むしろ、新しい政策が成功することを示唆する1つの前兆だ。 新しい政策を成功させるために必要なこと しかし、日本が必要としている実質金利の低下をもたらすためには、金利の上昇が予想インフレ率を超えないことが重要だ。 日銀は長期金利の道筋についてガイダンスを与えなければならない。金利が(恐らくは変動する)上限を超えた時には、無制限で買い入れを行うべきだ。日銀としては、多少の上振れがあっても、短期金利をゼロ%に維持する期間を明示することで、政策を後押しできるだろう。 例えば、(インフレ率ではなく)物価水準が特定のレベルに達するまで金利をゼロに据え置いてもいい。こうすることで日銀は一定の予測可能性をもたらせるかもしれない。 次に、政府と日銀は日本の政府債務の山を管理する良い方法を見つける必要がある。いかなる解決策にもマネタイゼーション(貨幣化)という大胆な措置が盛り込まれなければならない。これには恐らく、銀行に対する預金準備率の恒久的な引き上げが必要になるだろう。 準備率の引き上げは銀行の預金者に負担を課すことになる。だが、日本では、民間銀行に政府への恒久的な超低利融資を担わせることが理にかなう。経済成長の見込みが薄く、民間借り入れが力強い回復を遂げる可能性が低く、公的債務残高が巨大だからだ。 また、銀行預金に付く低い(恐らくはマイナスの)実質金利は、円安と資産価格上昇、そして個人消費の増加をもたらす可能性もある。こうした効果はどれも極めて望ましいものだ。 3番目に、円安の効果に関する懸念は理解できる。筆者が4月初旬のコラム「日本の政策転換、やり残した『革命』」で論じたように、経常収支の黒字の拡大は、日本の企業部門の貯蓄超過を相殺する1つの方法だ。 しかし、ロンバード・ストリート・リサーチのチャールズ・デュマ氏は、李教授の懸念は確かな根拠に基づいていると主張する。中国は世界の経済大国の中で、日本の大幅な通貨切り下げの影響を最も受ける国だからだ。 日中の経済ナショナリズムが衝突する恐れ だが、中国は近年、大規模な為替操作を行う国でもあった。本来ここで必要なのは、為替レートに影響を与える政策を律する原則について、国際通貨基金(IMF)主導で議論を行うことだ。これは実現しない。その代わり、安倍首相の経済ナショナリズムが中国のそれと衝突する可能性がある。ゾウ同士が戦った時に傷つくのは草だ*1。 国内外の不安定化のリスクは確かに大きい。このことは火を見るより明らかだ。だが、日本は低迷から抜け出さねばならなかった。まだ抜け出せる可能性は十分ある。しかし、日本は構造転換を行って初めて最終的な成功を収められる。企業から、株主、政府、労働者へ所得を移さねばならないのだ。 もっと長期的には、実質賃金の上昇、減価償却引当金の引き下げ、内部留保に対する課税強化、そして配当金の大幅な増額も必要になる。 結局のところ、安倍首相は金融の操作と為替レートの低下だけに頼ることはできない。確立された日本の企業構造に切り込まなければならない。これを実行すれば正真正銘の革命になるだろう。安倍首相はこれに挑むだろうか? 悲しいかな、筆者はまだ大いに疑わしいと思っている。 *1=東アフリカ地域の諺で、「大きく支配的な者同士が対立した時に苦しむのは無力の弱者」といった意 By Martin Wolf http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37884 【第6回】 2013年5月30日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] 1ドル100円で正当化できる日経平均は、 1万3000円程度 株価が大きく変動している。以下では、本連載の第4回「円安は企業利益をどう変化させるか――シミュレーションモデルによる分析」に示したモデルを用いて、現実の株価の評価を試みることとしよう。
為替レートが10%減価すると、 利益は20%増加する 第4回に示したモデルは、輸出、国内販売、海外生産ごとに、円安が利益にどのような影響を与えるかを分析するものであった(注1)。 このモデルを用いて、為替レートが10%減価した場合の利益の変化を計算すると、結果は図表1に示すとおりである。海外生産の利益は10%増加するだけだが、輸出による利益は2倍以上に増える。国内生産の利益は、輸入原材料の値上がりのために5%ほど減少する。これらを合わせると、利益の総額は、20.3%ほど増える。 さまざまの為替レート減価率に対応する利益増加率を図示すると、図表2のようになる。この図からわかるように、両者は比例関係にある。こうなるのは、為替減価率がeの場合の利益率が、第4回で示した式から、e[1-f+fq+(-f+fq)b+qc]/q(1+b+c)となるからだ。比例係数は、2.03である。 (注1)第4回のパラメータにつき、一部修正しておきたい。第4回で述べたように、2012年における総輸入70.7兆円の41.7%に当たる29.5兆円が原材料と考えられる。そして、このうち、上場企業使用分は11.3兆円と推計される。第4回は、この売上高に対する比率2.2%をもってfの値としたが、正しくは、原価(売上高512兆円から、営業利益22.8兆円を控除した489兆円)に対する比率2.3%を用いるべきだった(ただし、結果に大きな差は生じない)。以下では、f=0.023として計算する。 円安と株価の理論値 株価は将来利益の割引現在価値である。したがって、割引率に変化がないとすれば、1年間の利益がs倍になれば、株価もs倍になる。 したがって、為替レートが減価し、その水準が永続するとすれば、図表2で示した利益増加率に等しい率で株価が上昇すると考えてよい。 例えば、それまで一定であった為替レートが20%減価し、その水準が永続するとすれば、株価は為替レート減価前に比べて約40%上昇すると考えてよい。 このことを用いて、為替レートと株価の関係を分析しよう。 2012年10〜12月の円ドルレートの平均は、1ドル81.2円であった。他方で、日経平均株価は9590円であった。 これらの数字をもととして、為替レートと日経平均株価の関係を計算すると、図表3のようになる(注2)。 1ドル100円の場合に日経平均の計算値が1万3244円、110円で1万4679円だから、現実の株価は過大評価だと言える。
1万5000円の株価を正当化するには、1ドル113円程度になっている必要がある。また、2万円の平均株価が実現するのは、1ドル180円程度まで円安になる必要がある。 (注2)第4回と同様の計算値を示したが、それは、2013年5月10日における為替レートと株価を所与としての計算であった。ここで示した計算は、2012年10〜12月を基準としたものである。どちらを取るべきかについての客観的な基準はないが、5月を出発点にすると、この時点においてすでに株価が過大評価であれば、それを取り入れてしまうことになる。それを排除するには、ここで行なったように、株価高騰以前を出発点にすることが適切だろう。 計算株価と実際の株価の比較 上で計算したモデルによる株価と現実の株価の関係を比較すると、図表4のとおりである(以下で用いる現実の株価や為替レートは、週末値である)。 3月中旬頃までは両者にほとんど乖離はない。つまり、このモデルは、現実の株価の動向をきわめてよく説明している。大まかな方向だけでなく、水準や細かい上がり下がりに至るまで説明している。
これは、つぎの2つの重要な意味を持つ。 第1は、昨年秋以来の株価の上昇は、円安というただ一つの要因によってほぼ説明できてしまうということである。 これを逆から言えば、「株価上昇は、企業の生産性の上昇、新しい事業の開発、需要の増加などの実体的要因によって生じたのではない」ということだ。 第2は、将来にわたる利益増加は、すでに株価に織り込まれてしまっているということだ。これを逆に言えば、「今後さらに円安が進むのでないかぎり、株価は上昇しない」ということである。 円安以外の要因が株価に影響したと考えられるのは、つぎの2点だけだ。 第1は、3月中旬頃から、現実株価の動きがモデルによる計算株価と乖離しだしたことである。すなわち、この時点以降、現実の株価は、計算株価より高い伸び率を示すようになる。両者の乖離は、図表5に示すとおりだ。時間の経過とともに乖離は大きくなり、4月下旬からは、現実の株価は計算株価より10%程度高くなっている。暴落前の週である5月13日の週の乖離率は、15.3%(1.153)である。 現実株価が計算株価より高くなった理由として、日本銀行が金融緩和を推し進め、金利がさらに低下するとの期待が高まったことが考えられる。株価は将来の利益の割引現在価値であるため、金利が低下すれば、利益見通しが不変でも上昇するのだ。
第2は、5月23日の暴落である。もっとも、このモデルも、方向としてはこの時点における株価下落を予測している。ただし、現実の株価の下落幅は、モデルの予測より大きいと言えるかもしれない。 これをもたらしたものは、長期金利の高騰であったのかもしれない。 3月下旬からの現実株価の計算株価からの乖離が金利低下期待によってもたらされたのであれば、そして、5月23日の暴落が長期金利高騰によってもたらされたのであれば、「株価がバブルを起こし、そして破裂した」とは必ずしも言えない。 「これらは、期待割引率の変化によってもたらされたものだ」との説明が不可能ではないからである。先に、「1ドル100円の場合の計算株価は1万3244円、110円で1万4679円だから、現実の株価は過大評価」と言ったが、これは、「割引率が一定であれば」との前提に基づくものである。 「したがって、ここで述べたモデルだけから株価のバブル性を判断するのは難しい。ただし、期待割引率は現実に観測できる変数ではないので、「期待割引率が変化した」との仮説は検証不可能だ。 なお、現実の株価を個別企業ごとに見ると、赤字脱却の見込みのない企業の株価までも、昨年の秋から上昇している。これは、短期的売買益を狙ったバブルだとしか考えようがない。 円安だけに依存する利益増は脆弱 第4回にも述べたことであるが、ここで示したモデルは、為替レートを所与とした場合に利益がどうなるかを計算するものであり、為替レートがどうなるかについては、何も述べていない。また、利益の見通しから株価を計算するには、割引率のデータが必要であるが、ここでは、割引率が不変である場合の株価の上昇率を計算している。 その意味では、このモデルは、経済的なモデルというよりは、会計的なモデルである。 また、図表3、4、5に示す計算株価は、2012年10月1日の株価が正しい株価であると仮定して、それからの変化を示すものだ。10月1日の株価が本来あるべき株価に対して過大であるのか過少であるのかは、このモデルからはわからない。 なお、円安自体が、海外のヘッジファンドなどによる投機によって進んだ可能性がある。それに加え、株価も、現物の取引ではなく、日経平均先物などの先物を用いた投機によって進んだ可能性がある。したがって、株価は、企業活動の実体とはかなり離れてしまった可能性が強い。 仮に今後も円安が進むとすれば、株価は再び上昇する可能性がある。しかし、円安や株価上昇によって海外の投機家が巨額の利益を得る半面で、円安による原材料の価格上昇や電気代の上昇などが、日本の中小企業や国民生活を脅かすことになる。 「そもそも、企業の利益が、あるいは日本経済の動向そのものが、為替レートによってこのように大きく変動してしまってよいのか?」という問題も考えなければなるまい。投機によって為替レートや株価が大きく変動し、実体経済が一向に改善しない状況は、どう考えても不健全だ。 企業利益が為替レートで大きく変動するのは、このモデルで示したように、輸出の比重が大きいからである。海外需要は海外生産によって対応し、他方国内では為替レートにあまり大きく左右されない内需中心産業が成長すれば、こうした構図は大きく変わる。日本経済は、そのような方向を目指す必要がある。 ●野口教授が監修された経済データリンク集です。ぜひご活用ください!● http://diamond.jp/articles/print/36694
【第333回】 2013年5月30日 足もとでいったい、何が起きているのか? 方向感を失った「株式・国債バブル」の行き着く先 ――小幡績・慶應義塾大学大学院准教授に聞く アベノミクスで円安・株高に沸いていた日本の金融市場が、足もとで変調をきたしている。5月中旬以降、株式と国債の乱高下が止まらない。まるで方向感を見失ってしまったかのような市場の動きに、投資家の不安は募る。足もとでいったい、何が起きているのか。黒田日銀の「異次元の金融緩和」は、市場の平静を取り戻せるだろうか。金融市場に精通し、かねてよりリフレ政策の課題を指摘して来た小幡績・慶應義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授に、「株式・国債バブル」の行方を詳しく聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 編集長・原英次郎、小尾拓也) 今は典型的な「バブル相場」の動き 株式市場で何が起きているのか? ――アベノミクスで円安・株高に沸く日本の金融市場が、足もとで変調をきたしています。1万5000円を越えて続伸していた日経平均株価は、5月23日、終値ベースで前日比7.3%安となる1万4483円へと暴落。これは、リーマンショックや東日本大震災直後を越え、2000年のITバブル崩壊以降、13年ぶりとなる大きな下げ幅です。その後も株価は乱高下を繰り返し、不安定な相場が続いています。こうした異変の背景には、いったい何があるのでしょうか。 おばた・せき 1967年生まれ。千葉県出身。慶應義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。92年東京大学経済学部卒業、大蔵省(現財務省)入省、99年退職。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。2003年より現職。『すべての経済はバブルに通じる』(光文社)、『リフレはヤバい』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ハイブリッド・バブル』(ダイヤモンド社)など著書多数。 今の株式市場は完全なバブル状態であり、バブル相場特有の動きが出ているということです。とりわけ5月のゴールデンウィーク明けから、明白なバブル相場になった感があります。現に先週末から今週にかけて、株式投資家はバブルであることを認めざるを得ないような状況になっている。
私の言うバブルの意味は、ファンダメンタルズで見る割安や割高とは関係なく、ほぼ全ての投資家が「今持っている株を隙あらばできるだけ素早く他人に売りつけて、一旦市場から出てやろう」と思っている状況です。彼らは短期で大きなキャピタルゲインを狙っているため、相場は彼らが右往左往することにより、乱高下を繰り返す不安定な相場になります。 暴落時の狼狽ぶりで明らかなように、皆バブルだとわかっていながら相場に乗っかっているので、アテが外れて大きく下落すると、焦って投げ売り、それが暴落をもたらしているのです。 今回の上昇相場は、最初に外国人投資家が勢いよく買った後に、日本の株式投資経験の浅い個人投資家が出遅れて買った構図ですが、主に相場が沈んでいるときに塩漬けだった株を売って一度儲け、新たな株に手を出した人、あるいは今回のバブルで初めて市場に参入し、下げに慣れていない人などが、動揺しているのではないでしょうか。 ――こうした状況は、アベノミクスの副作用と考えられるでしょうか。 確かにアベノミクスはバブルをつくりましたが、今回の暴落は具体的な政策がもたらしているわけではない。バブルをつくった結果の、当然の成り行きに過ぎません。意図的にせよそうでないにせよ、誰かが一定量の株を売って、相場が下がる流れをつくったため、皆焦ってそこに乗ろうとして、パニックが起きている。典型的なバブル相場だと思います。 いつまで続くかわからない 乱高下を繰り返す株式バブルの中身 ――足もとでは毎日、相場の乱高下が続いています。この調整はいつまで続きそうですか。 バブルになれば、すぐに暴落して終わりかというと、そうではない。バブルとは続くからバブルなのです。バブルの一番の問題は、いつまで続くかわからないことです。買い手がいなくなったときが終わりの始まりですが、バブルに期待している株の保有者が、できるだけ売りを我慢して先伸ばししようとするので、終わりのタイミングの予測は難しいです。 「これだけ上がったのだから一度は調整がないとおかしい」「調整後はむしろ買いやすくなった」というようなコメントは、市場関係者のポジショントーク。バブルを維持したいという気持ちの表れです。しかし、じゃあ嘘かというとそうでもない。このような願望は短期には維持される可能性がある。 皆が上がる流れをつくりたがっていれば、あえて売り崩す人は少数派。混乱が一旦収束したら、また上がる流れはつくれる。もう一山できる可能性もありますね。ただ、みんな「今度は売り損なわずに売ろう」と思っているので、次の山は壊れやすいし、次に壊れたらもう崩壊となるでしょう。 一般的に、バブルは一発では崩壊しません。何度か乱高下を繰り返してから崩壊します。1回小さく崩壊すると、その後は乱高下を続け、本格的な下落が起きるまで、何とか上手く売り抜ける売り場を皆がつくろうとします。今回も同じ可能性があります。もう一度上がるかもしれませんが、今回の下げで皆不安を持っているので、次に下げが来たら「早く逃げよう」と思う人が増え、いつか大きく崩壊するでしょう。 ――バブルなのでファンダメンタルズは関係ないということですが、景気が上向き、企業業績の回復が追いついてくれば、バブルの崩壊を伴わずに、相場は底堅い推移を続けるでしょうか。 あまり関係ないと思いますね。なぜなら、実体が伴いつつある企業の収益増を、投資家はすでに織り込んでいたからです。主な企業の2013年3月期決算はゴールデンウィーク前にあらかた出そろいましたが、プロの投資家はその前までに利益を確定していました。ところが各企業とも、決算でプロの投資家が驚くほど楽観的な今期(2013年度)見通しを出してきた。 これまでの企業は、期初の見通しをかなりコンサバにし、半期決算が出たあたりから「この見通しはコンサバ過ぎないか」と言われて、いやいや上方修正し、それが実現できそうになくなると責任逃れで下方修正する、というパターンを続けてきました。ところが、今回は期初から目いっぱい強い見通しを出して来た。そこで投資家たちは喜び、再び買いに動いて、結果的に相場はもう一山上がりました。日経平均が1日で300〜400円上がったこともありましたね。つまり、これ以降の相場は完全なバブルになったわけです。 株式市場は一度盛り返し、再び崩れる ただし下ブレ余地はそれほど大きくない 一度バブル相場になると、売買の発想自体がバブル的なので、ファンダメンタルズは関係なくなる。むろん、決算発表前に一度利益を確定して悔しがっている投資家らが、もう一度買い直そうとして市場に参入すれば、実体を伴う下支えにはなります。しかし、まだそんな感じではありません。 外れることを承知で個人的な予測を言えば、株式市場はもう一度盛り返し、再び崩されると思います。ただ、アベノミクス前の8000円台の水準まで、とことん下がることはないでしょう。今は米国景気も雰囲気がいいですから。 万一米国市場が崩れて世界同時株安にでもなれば、世界的なリスクオフが起きて一段安もあり得ますが、たとえそうなっても、日経平均が1万円を割り込むような展開は考えにくいですね。調整の下の余地はそれほど大きくないでしょう。もちろん、バブルの中での調整相場なので、乱高下はしばらく続くと思いますが。一方、これまでのようなスピードで上がり続けることもないでしょう。日経平均2万円というのは、あり得ないと思います。 考えてみれば、米国のブラックマンデーと一緒で、何もないのに日本の株価だけが、あのリーマンショック時よりも暴落しているわけです。これはどう見ても異常事態。いかに我々が、アベノミクスが演出するバブルに浮かれていたかがわかりますよね。 ―― 一方で5月中旬以降、新発10年物国債をはじめとする債券価格も、再び乱高下を始めました。取引所では先物売買を一時停止するサーキットブレーカーが発動される場面もありました。足もとでは、日銀の国債大量買い入れによって一時史上最低水準にあった長期金利が1.0%へと急上昇し、1年2ヵ月ぶりの高水準となっています。金利上昇は株式市場の重石にもなる不安要因です。足もとで何が起こっているのでしょうか。 今回の株式市場と債券市場の変調には、直接のつながりは認められません。別々に動いていると考えてもいいと思います。株式について言えば、一時大きく調整したアジア市場がすでに戻していることからもわかる通り、今回の動きは日本独自のものであり、外的な要因との連動が考えにくい。 国債市場の調整はより本質的な問題 機関投資家はいつまで下支えするか? 目立つのは株式市場の暴落ですが、実は実体経済に影響を与える長期金利と連動する国債市場の不安定化のほうが、より深刻で本質的な問題です。これまで、国債も明らかにバブルで割高な状況が続いていました。 多額の国債発行残高(借金)を抱える日本に対して、過去には海外の投機筋が日本国債の暴落を狙って、空売りを仕掛けたこともありました。しかし、国債価格は一旦下落しても、すぐに上昇に転じ、元に戻った。なぜなら、若干割高だと思っても国債を喜んで買う国内の機関投資家が、多数いたからです。 このときは、郵貯だという噂が広がりましたが、実は幅広い投資家が買ったんです。中でも代表的な勢力としては、生命保険会社と中小金融機関が挙げられます。預貸率が低くて国債以外に運用手段がない中小の金融機関にとって、低くても安定した利子がつく国債は、非常に魅力的な商品でした。そのため、海外から売り浴びせられて安くなった国債を、喜んで買い続けたわけです。 日本の国債市場は、このような安定利回りを求める金融機関などが支えているから安定していて、そう簡単には崩れない。彼らは安定利回りを求め、テールリスク(確率は低いものの、発生すると非常に巨大な損失をもたらすリスク)に目をつむって、国債を買っていたのです。結果的に、(国債の価格が上昇し、流通利回りが低下したため)長期金利は低水準にありました。 その安定していた国債市場をわざわざ壊してしまったのが、黒田日銀総裁の「異次元の金融緩和」というバズーカ砲。しかも、日銀が国債を大量に買うことによって壊してしまったのです。黒田総裁ご本人はどうお考えかわかりませんが、金利を下げて金融緩和効果を高めるために国債を大量に買うことにしたのに、逆に金利を上げてしまったという、大失敗を演じてしまった。 国債市場の安定というコンセンサスを 「異次元バズーカ砲」が壊してしまった ――そのことによって、国債市場の投資家の心理はどう変わったでしょうか。 問題は、「国債市場は安定している」というコンセンサスを、日銀自身が崩してしまったことです。これまで国債を買っていた投資家たちが、「日銀が異次元で国債を買い続けたら、この先どうなるかわからない。他の投資家たちの今後の動向も予想できなくなった」という不安を抱き始め、疑心暗鬼になっています。 日銀が大量に国債を買うのですから、国債価格は値上がりしていくはず。ところが一方で、政府・日銀はインフレ率を2年で2%上昇させると言っており、そうなると近い将来、名目金利が上昇して、むしろ国債価格は下がってしまう。これで投資家は大混乱しました。「買いか売りのいったいどちらに動けばいいんだ」と。このように投資家の見方が分かれたため、市場が乱高下を繰り返していると考えられます。 メガバンクなどは、これを売り逃げる良い機会と捉え、国債市場から徐々に撤退していますが、他に行き場のない中小の金融機関は締め出されることになり、途方に暮れています。市場がコンセンサスを失うことで、投資家の間に「他の投資家はどう動くのか」という疑心暗鬼が広まるなか、不安が募っています。 焦点は生保です。「生保が米国債に乗り換えるのではないか」という憶測が強まれば、せっかく安定して買っていた投資家も動揺して、買うのを止めてしまうかもしれません。乱高下する市場に短期の鞘取りで相場を振り回すヘッジファンドなどの投機筋も入ってくれば、混乱はさらに大きくなり、なかなか終息しません。 こうなると、安定運用を目指すまともな投資家たちは市場から次々と出て行ってしまい、国債は方向としては値下がりしていく。よって、金利は今後も上昇基調になってしまいます。 ――国債市場が安定する見通しはないのでしょうか。 今後何か修正が行われれば、一旦金利は落ち着くとは思いますが、もう元の水準には戻らないでしょう。国債市場はバブルが崩壊する過程にあり、劇的ではないものの、崩れ続ける。日銀の国債購入の効果をどう見るかにもよりますが、金利上昇の流れと言う見方が広がるのではないでしょうか。 株は投資家の中でのゼロサムゲームですが、国債は実体経済にも影響があるところが問題です。住宅ローン金利も上昇し、社債の発行を諦める企業も出て来た。世の中に少しずつ影響が出て来ていると思います。 突き詰めて考えると実は怖い 急激な円安が招く国債暴落リスク ――小幡准教授は、急激な円安が招く国債暴落リスクについてもよく指摘されていますね。 これは、そう考えない人もいるかもしれないが、突き詰めるとそうなります。円安は、それ自体が国債価格の下落を意味します。たとえば、ドルベースで考えると、1ドル=80円のときに1万円の国債は125ドルですが、1ドル=100円になると100ドルとなり、2割も値下がりすることになります。 ドルベースで考えた場合の米国債と比較して、日本国債の魅力が落ちたら、みんな日本国債を売って米国債に逃げてしまう。つまりキャピタルフライト(資金逃避)が起き、日本国債が暴落する可能性もあります。 それだけでは終わりません。日本国債を売って得た円を売ってドルを買い、そのドルで米国債を買うわけなので、円売りドル買いの動きが強まる。そうなると、ますます日本国債のドルベースの価格は下がるので、また円が売られて値下がりするという、円と日本国債の暴落スパイラルが起こり得ます。 今円安で上がっている株式も、ドルベースで見ると値下がりするのでやはり売られてしまい、結果的に国債、円、株が全て暴落する「トリプル安」「金融危機」ということにもなりかねません。こうした意味で、海外投資家が手仕舞い、日本売りになるきっかけは、急激な緩和による円安ではないかと私は思っています。 そのときに、ドルベースで考える国債保有者はどこまでいるかというと、キーパーソンは超長期国債を保有する生保。ただし短期的には、彼らの多くは慎重で横並び意識が強いため、おそらくそう簡単には日本国債売りに動かないでしょう。 しかし、キャピタルロスが生じる恐れのなかで、一旦周囲が動き出せば、横並び意識が強いゆえに、その流れに乗ろうとする投資家も出てくる。今後もさらなるスピードで円安トレンドが続けば、外債へシフトする流れができる可能性もあります。一旦そうなってしまったら、もはや手遅れです。 混乱の主因は黒田総裁の舵取り失敗 実体経済へのリスクはそれほどない ――こうした不安要因があるなか、今後日本の実体経済はどういう方向へ向かうのでしょうか。 黒田総裁は先日の講演で、「実体経済の成長を伴う金利上昇に心配はないものの、財政破綻リスクを織り込んだ上昇は危険だ」と述べたそうです。しかし問題なのは、日銀の国債政策そのもの。今起きていることは、アベノミクスそのものというよりも、黒田総裁の舵取りの失敗によるところが大きいのではないでしょうか。 私自身は、実体経済は淡々と、少しずつよくなっていくのではないかと思います。もともと経済が回復基調にあったところに、資産効果が出て、消費も少し増えた。目に見えて物価が上がっているわけでもない。安倍首相のリーダーシップが評価されて、雰囲気が明るくなっています。足もとでは、あまり実体経済が悪くなる要素が見えないですね。当面、金融政策以外は大きな問題は起きないでしょう。 ただ、何か悪い要素が出て、皆が狼狽して動くと悪い方向へ向かうこともあり得ます。確実に存在するリスクは消費税増税です。消費税は反動減が大きく、景気悪化が起きる可能性が高い。そうなると、すでに財政・金融政策をフルに出し尽くした後では、手当ての手段があまりない。 一方、消費税増税が延期になれば、日本の財政に対する信頼が揺らぎ、それこそ国債市場は危険です。ですから、消費税は必ず上げなくてはいけないが、変動を小さくするために、毎年1%ずつ5年かけて10%にするべきです。 米国の出口戦略に伴う懸念も 世界的なリスクオフは起きるか? ――出口戦略の見通しが出始めた米国が日本経済に与える影響はどうでしょうか。世界的な流動性の縮小により、金融市場におけるリスクオフの流れは本格化するでしょうか。また、悪い金利上昇の懸念もなくはありません。 そこは皆が一番心配しているところですが、もともとバーナンキFRB議長は金融緩和傾向が強いので、自分の出口戦略のせいで市場が崩れるような事態にはならないよう、十分な景気回復を待って、慎重に行動する可能性が高いと思います。 ただ、出口戦略と言っても、出口に向かう意思を少しずつアナウンスして市場に浸透させていくくらいで、実はこれといった方法がない。今持っている長期国債の期落ちを待ち、そのへんが実際の出口になるでしょう。 日本のバブルよりも米国のバブルのほうがキツイのは事実です。米国はもともと潜在成長率が2%、期待インフレ率が2%程度ある国なので、足し合わせると長期金利の水準は4%程度となります。それと比べれば、日本は期待インフレ率がほぼゼロ、潜在成長率が0.5%程度で、金利は0.5%程度。米国とは大きく差があります。これを見ても、出口後の米国の金利上昇の影響は、わりと大きいかもしれません。 その場合、日本にとって怖いのは、やはり金利差の拡大による極端な円安です。これは、先ほど述べた国債暴落リスクが高まることにつながる。ドル円レートで金利差が開くときに一番資金を動かすのはやはり生保なので、「日本の生保が動く」という噂を流して、グローバルマクロ系のヘッジファンドが仕掛けたり、個人のFX投資が熱を帯びて、円安の流れを加速させる可能性もありますね。 http://diamond.jp/articles/print/36696
【第5回】 2013年5月30日 小幡績 真の「ハイブリッド」バブルと黒田総裁の過ち 日本国債の暴落しない特殊な「ハイブリッド・バブル」に、黒田日銀の異次元金融緩和による「日銀買い入れバブル」が重なり、ふたつのバブルがハイブリッド化された真の「ハイブリッド」バブルが始まった。
バブルの上昇局面において、典型的に観察される現象は、「取引量の増大」「保有期間の短縮化」および「価格の変化が激しくなるボラティリティの上昇」である。そして、乱高下が起こる直前には、急激に価格が上昇する局面がある。バブル末期のはじめにみられる典型的現象だ。 この議論を踏まえて現在の日本国債市場を見ると、まさに、バブルの最終局面の始まりといえる。 2012年11月16日に野田佳彦前首相が衆議院を解散し、安倍晋三首相が誕生、黒田東彦氏が日本銀行総裁に就任してから今日に至るまで、国債の価格と金利は乱高下を繰り返している。ついに日本国債も安定したバブルから激しく変動するバブルへと転化した。つまり、暴落しない特殊な「ハイブリッド・バブル」と「日銀買い入れバブル」という、ふたつのバブルがハイブリッド化された、真の「ハイブリッド」バブルの始まりである。 必ず来る日銀の政策転換 今後は、バブルが膨らんだ後、さらなる乱高下を繰り返すという局面が続くと思われる。今後の国債市場の動向は、日銀にすべてがかかっているため、投資家達は、日銀の毎回の政策決定会合に右往左往することになるだろう。 そして、いつか、日銀は政策変更を行う。景気が回復し、物価上昇率が2%になれば、必然的に金融緩和は縮小に向かう。そうなれば、金利は上昇、国債は暴落する。物価上昇率が2%に達しなくても、金融緩和が景気回復への効果を持つのであれば、物価よりも早いタイミングで必ず期待インフレ率が上昇、名目金利が上がるから、国債の暴落は確実に始まる。いや、この暴落シナリオが投資家の間で広がっただけでも、国債市場は乱高下を始める。 黒田総裁の誤解 黒田新総裁の放った“バズーカ砲”、彼の言を借りれば「量的・質的金融緩和」は、まさにわれわれの度肝を抜いた。ある有力外資系銀行のレポートでは、あらゆる市場関係者の予想を超えた政策と評していた。 なぜ誰も予想できなかったのか。 それは、黒田総裁の政策が完全に間違っていたからだ。 この緩和政策の質的側面にはほとんど驚きはなかった。驚きのすべては「量」である。緩和策としてあり得るものをすべて、フルスケールで一気に同時に行った。黒田総裁自身も「逐次投入はしない。今考えられるもの、やれるものをすべて打ち出した」と述べている。これは驚いた。なぜなら、明らかに、この考え方が誤りだからだ。あえて誤りの政策を打ち出すとは思ってもみなかった。 黒田総裁は、流れを変えたいと思っていたのかもしれないが、2012年11月16日に、すべては変わったのである。あとは期待を裏切らない程度に普通にしっかりやれば、最大限緩和をすべきという立場からも、十分だったはずだ。 それにもかかわらず、異次元の政策をあえて打ち出してしまったのは、功を焦ったか、金融市場および金融政策に関して誤った認識をしているのかの、いずれかだ。後者だとすると、黒田総裁は何を誤っているのか。 彼は為替介入のプロである。為替介入と金融政策を混同したのではないか。金融政策は為替介入と異なる。為替介入は、流れを変えること、相場を打ち負かすことが重要だが、金融政策は違う。負かす相手などいないのだ。 金融市場に敵はいない。金融政策の目的は、実体経済の経済主体を動かすことだ。そして、実体経済の経済主体は敵ではなく味方であり、しかし間接的にしか関われない仲間なのだ。金融緩和とは、金融機関を通じてマネーを供給するか、あるいは、資産市場に変化をもたらすことにより、その資産を通じて経済主体の実体経済における行動を変化させるしかない。そして、それを媒介する金融機関は、戦友のような親友だ。その親友を混乱させて国債市場から追い出しては、金融政策がうまくいくはずがない。 暴落か、安楽死か ハイブリッド・バブルと、安倍政権の大胆な金融緩和が起こした「日銀買い入れバブル」を、黒田新総裁の「クロダノミクス」ならぬ異次元の量的緩和が一気に飲み込んだ結果、国債市場は、暴落が起こるか、真の「ハイブリッド」バブルとなって安楽死するか、どちらかの運命をたどる。 現実に起こるのは、このふたつがミックスされたものだろう。 日銀がいくら投機的なバブルの動きを押さえようとしても、国債市場に残っているプレーヤーは、みなバブルを前提にしか取引しない投機家と化している。彼らとのマネーゲームは激しいものになり、暴落は激しくなる。これを防止するために、日銀はやはり買い支えざるを得ない。その恩恵を受けるのは、日銀と投機ゲームをしてもうけようとして投機家化したファンドや金融機関だ。日銀は彼らを救うため、彼らを儲けさせるためだけに国債買い入れを続けることになり、実体経済を守ることにはならない。 国債市場で典型的なバブルが起こるというのは、普通でない。金融市場は、その根幹でありベースである安定運用先を失う。こうして、錨を失った金融機関は大海原に投げ出され、金融市場の安定性は世の中から消えていくのだ。そして、実体経済の安定性も失われていくだろう。そして、日銀も日本経済も沈んでいくのだ。 <新刊書籍のご案内> ハイブリッド・バブル 日本経済を追い込む国債暴落シナリオ http://diamond.jp/articles/print/36644 |