03. 2013年5月28日 05:34:02
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岐路に立つ「メイド・イン・チャイナ」 人件費の高騰で魅力薄れる世界の工場 2013年05月28日(Tue) 柯 隆 中国の小中学校の教科書に「我が国は豊富な資源を有する大国である」と書かれている。中国が面積の広い人口大国であることは事実である。だが、豊富な資源を有する国とは必ずしも言えない。少なくとも1人当たりの資源占有率は世界最下位クラスに属する。 これと似たような話として「中国には、廉価な労働力が際限なく存在する」という通説がある。長い間、中国ウォッチャーらがそういう指摘をしてきた。だが、ここに来て、中国の労働力は廉価でなくなっただけでなく、不足しつつある。それを受けて一部の研究者は、中国が人口ボーナスを失いつつあり中国経済は高成長から低成長に転ずると指摘する。中には、中国経済が失速すると極論する者まで現れている。 労働力が際限なく供給されることが経済成長を押し上げることは確かであろう。しかし、労働力が減少しても必ずしも経済成長が減速・失速するとは限らない。 そして、人件費の上昇が製造業のコスト競争力を低下させることも確かであるが、それによって経済成長が鈍化するとも限らない。なぜならば、経済成長に寄与するのは労働力の供給量のほかに、労働生産性のレベルも重要だからだ。 中国では、今後、労働力の供給が減少することは必至であり、人件費の上昇も止められない。そのマイナスの部分を克服するために、労働生産性を向上させることがカギとなる。 中国の安い労働市場に安住した日本メーカー 1990年代半ば以降、日本企業は中国の安い労働力を追い求めて大挙して中国に進出した。当時、日本では円高が進み、国内需要も低迷していた。日本企業は中国に工場を移転し、中国で生産した製品を欧米諸国へ輸出する新たな戦略を展開した。日本企業は中国に進出することによってコスト競争力を維持することができた。 その後、長い間、中国の人件費は横ばいで推移していた。円高が進む中で、日本企業は中国の安い労働力のメリットを最大限に享受した。 反対にデメリットもあった。家電など一部の日本企業は中国の安い労働市場に安住したため、グローバル戦略が次第に弱体化してしまった。日本企業とは正反対に、韓国企業は最初から自国市場の弱小さを明確に認識し、中国市場に立脚する戦略を展開した。韓国と中国の国交回復が遅れた関係上、韓国企業の中国進出も日本企業に比べ大幅に遅れた。しかし、韓国企業は後発の不利をチャンスに転換させることができた。 90年代、北京市内を走るタクシーのほとんどは日系メーカーが造った「夏利」(シャレード)だった。しかし、後発組の韓国現代自動車は北京市政府に対するトップセールスの攻勢を仕掛けた。その結果、一瞬にして「夏利」が淘汰され、すべてのタクシーは現代自動車の車に替わった。 2000年代に入ってからウォン安が進んだが、韓国企業の攻勢は緩まなかった。しかも、韓国企業は中国進出の当初から中国人消費者向けの研究開発を中国で行っている。一例として、サムスンが中国市場に投入している携帯電話に搭載されている中国語の言語ソフトは、中国の地場メーカーを含め、すべてのメーカーよりも使い勝手が良いと中国人消費者は受け止めているようだ。2012年第4四半期、中国のスマートフォン市場において、サムスンは16.5%のシェアを占め、アップルの「iPhone」の5.7%を大きく上回っている。 中国が「世界の工場」であり続けるために 中国における人件費の上昇は、中国に進出している外資系企業にどのような影響を及ぼすのだろうか。日本では、中国におけるビジネスリスクの高まりを懸念して、「中国プラスワン」や「中国プラスアルファ」が唱えられている。日本企業の対中投資の一部を中国以外の国や地域に移転すべしという提案だ。 人件費の上昇は本当に中国投資の魅力を減退させるのだろうか。 常識的に考えれば、経済成長に伴って人件費が上昇するのは当たり前の動きである。しかし、中国では、地方政府を中心に経済成長を維持するために、人件費の上昇が抑制されてきた。 中国清華大学の試算によれば、2010年の物価指数で計算すれば、中国都市部産業労働者の年間実質賃金は1978年には1004ドルだったが、それから20年経過しても1026ドル(1997年)に止まる。年平均伸び率はわずか0.1%しかない。 中国で、産業労働者の賃金が急速に上昇するようになったのは、2000年代に入ってからのことである。都市部産業労働者の年間実質賃金は2010年に5487ドルに達し、タイやフィリピンの賃金水準を上回った。中国に進出している外国企業にとり、中国の魅力は安価な労働力ではなくなり、代わりに巨大市場としての魅力が増している。 労働力の減少と人件費の上昇は、間違いなく「世界の工場」としての中国の魅力を減退させることになる。中国はこれからも「世界の工場」であり続けることができるのだろうか。 結論を言うと、中国が「世界の工場」であり続けるためには、労働生産性を向上させることが不可欠である。 労働生産性の伸び率が人件費の上昇率を上回れば、労働力がいっそう安くなる計算になる。1982年から97年までの15年間、中国では賃金の上昇は鈍かったのに対して、労働生産性は大きく伸びた。実際には、労働生産性の伸び率は賃金の増加率の3倍に達したと言われている。それを受け、中国が「世界の工場」と呼ばれるようになった。 労働生産性と人件費の対比を示す「ユニット・レイバー・コスト(ULC)」という指標がある。単位当たり生産高に要する人件費のことである。1980年代初期において、中国のULCはアメリカの70%に相当するレベルだったが、90年代半ばには30%に低下した。この変化は、中国の労働生産性の上昇と、それに伴うコスト競争力の強化を裏付けるものである。 しかし97年以降、中国の労働生産性の改善は人件費の上昇を下回った。上で述べた清華大学の研究グループの試算によると、97年から2010年まで、中国の人件費は年平均13.8%上昇したのに対して、労働生産性の改善は年平均11.3%だった。このまま、ULCが上昇を続ければ、2018年に韓国と肩を並べることになると予想される。 ここで、注目すべきなのは、ULCの上昇はアパレルや靴などの労働集約型製造業に限らず、通信設備やエレクトロニクスなどのハイテク産業についても大きな上昇が見られるということだ。 通信設備とエレクトロニクスなどのハイテク産業は、部品の下請け生産によって成り立っている。これらの企業の多くは人海戦術による部品のOEM生産をいまだに続けている。これらの企業は、技術レベルを向上させて労働生産性を高めなければ、いずれ淘汰されてしまうことになるだろう。 労働者の質を高める施策が必要 ここで中国における求職者数と実際の求人数との割合を計算すると、2001年には0.65だったが、2012年第1四半期には1.08に達した。これは、1人の求職者に対して1件以上の求人があることを意味する。労働力の供給が不足しているということである。 長い間、中国の農村は余剰労働力をプールする場所だった。しかし中国科学院の調査によれば、2007年、農村戸籍の住民のうち、16〜20歳の若者の98%は農業以外の仕事に従事していた。そして、41〜50歳の農民でも、約半分の人は農業以外の仕事に従事していた。このことは農村の余剰労働力が枯渇しつつあることを意味する。 労働力不足は人件費を押し上げることになる。人件費が上昇すれば、その分、製造業のコスト競争力が低下する。それを補うためには労働生産性を引き上げる必要がある。つまり、中国にとって差しあたって重要なのは、教育・トレーニングによって労働者の質を高めることである。 同時に、産業構造の転換を図ることも必要だ。これまでの10年間、自動車などの資本集約型製造業のULCは小さな伸びに止まったと言われる。労働集約型製造業を温存しても、労働生産性の伸びは限られている。産業構造を転換し、産業間の人的資源の再配置を促進するために必要なのは、やはり労働者の教育・トレーニングである。それは政府と企業が協力して推し進めなければならない。 今後、中国は廉価なメイド・イン・チャイナと別れ、ミドルエンドからハイエンドまでの高付加価値のメイド・イン・チャイナを目指すことになる。その際、労働生産性の向上は競争力を高める上で欠かせないし、社会の安定を担保する重要なファクターともなる。それを実現することができるかどうかは、指導部の指導力にかかっている。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37831 |