01. 2013年5月28日 05:04:08
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「意識の低い非正規は要らない?」 使い捨て社会の勝手な理屈誰もが「未来の記憶」を持てる働き方の実現を 2013年5月28日(火) 河合 薫 それは私にとってかなり衝撃的な一言だった。 「非正規の人たちは意識が低い」――。 某大手メーカーに勤める40代の男性はそう言った。確かにそう言ったのである。 あまりのストレートさに、正直、面を食らった。と同時に、「どうしたら非正規の人たちのやる気を引き出すことができるのか」と漏らす上司たちにこれまで何人も出会ってきたが、彼らもこの40代の男性と同じ気持ちだったのかもしれないと思った。 「非正規の人たちの低い意識を変えて、彼らのやる気を引き出すにはどうしたらいいのか?」と。 もちろん非正規雇用であっても、やる気にあふれ、周囲からも認められている人たちもたくさんいる。そういう部下たちを何とか「安定した正社員にしてあげたい」と願う上司たちに出会ったことも何回もある。 それだけに、「非正規の人たちは意識が低い」と一括りに表現した冒頭の男性に対して、残念な思いに駆られたのだ。 非正規社員は雇用の単なる調整弁か? 「社食でも片づけをしないのは決まって非正規社員だし、やる気もないし、会社へのロイヤルティーもない。正社員だけになって、ホントに良かったと思います。社員たちの士気も高まって、会社の雰囲気も改善されましたから」。彼はこう続けた。 「正社員だけになったってことは、非正規雇用だった方たちを正社員化したということなのでしょうか?」 「いいえ。一昨年に当社でも大規模なリストラを行ったんです」 「え? それって……」 「はい。社員を削減するに当たって、正社員だけを残したということです」 彼の勤める会社では、今後も正社員だけでいく方針だそうだ。 何だかなぁ…。ますますやり切れない気分になった。 切られた非正規社員の人たちは、その会社にとって一体何だったのだろう? 単なる雇用の調整弁? 非正規社員が企業にとって使い勝手のいい雇用の調整弁として使われているケースがある。頭ではそう理解していたつもりでも、目の前にその現実を突きつけられると何ともやるせない。 にもかかわらず、「意識が低い」「やる気がない」「会社へのロイヤルティーがない」「片づけをしない」と、あれこれ非難されたのではたまったもんじゃない。 恐らくごく一部、そういう人たちがいた。それが「非正規の人は〇〇」といったステレオタイプな偏見に変わり、必死に頑張って正社員以上の働きをしている人でさえも、偏見のフィルターを通して周囲から評価された。「正社員・非正規社員」といったカテゴリーの異なる集団が同居する組織が陥りがちな思考の罠にはまったのだろう。 いずれにしても、いつ切られるか分からない雇用形態。真っ先に切られる不利な立場。そんな状況に置かれれば、たとえ最低限の労力を使ってでしか働かなくても、誰が責めることなどできるだろうか。 つい先日も、讃岐うどんのチェーン店「丸亀製麺」を運営するトリドールが、すべての店舗の店長をパートにする方針を示し、ネット上で「いつ切られるか分からない不安定な状態で、まともにやる人はいない」などの意見が出ていた。 広報担当者は、「パートの時給に2割に近い線で手当を上乗せ」することや、「週30時間以上働く人には、健康保険や介護保険、厚生年金にも入ってもらい、店長になった方には教育の機会も作る」と反論した。だが、「何かあれば真っ先に切るわけだし、不安定な状態は何も変わらない」といった否定的な意見は絶えなかった。 そもそも安定した雇用とは? 安定した雇用と非正規問題――。 非正規の問題には、賃金格差や教育機会の有無などもあるわけだが、最大の問題点は、その不安定さ。 政府は、「安定した雇用」をスローガンに労働法を改正したり、地域限定社員案を検討したりと、正社員化を進めようとあれこれ手を打とうとしているが、「非正規雇用=調整弁」としか考えない企業は必ずや抜け道を探すはず。 もっとも、安定した雇用って、そもそも一体どのようなものだろう? 確かに正社員と非正規社員を比べれば、正社員の方が安定しているのかもしれない。でも、たとえ正社員であっても、「明日は我が身」と不安を感じている人たちはたくさんいるし、かつてのような安定した身分ではない。 そこでかなり前置きが長くなってしまったが、今回は、「安定して働くとはどういうことなのか?」というテーマについて考えてみようと思う。 まずは、総務省が5月14日に発表した「労働力調査(2013年1〜3月期平均)」から。 非正規で働く人の数は1870万人で、前年同期に比べると65万人増加し、労働者全体に占める割合は、36.3%だった(2012年平均は、35.2%)。 非正規に就いた理由についての回答は、男性では「正規の仕事がない」が31.1%でトップ。以下、「自分の都合のよい時間に働きたい」(21.9%)、「専門的な技能などを生かせる」(12.2%)と続いている。 一方、女性では「家計の補助・学費などを得たい」が27.0%でトップ。「自分の都合のよい時間に働きたい」(24.8%)、「正規の仕事がない」「家事・育児等と両立のため」(共に14.8%)と続く。 今や働く人たちの10人中3〜4人が非正規雇用。自分のライフスタイルに合わせて積極的に非正規を選んでいる人もいるが、正社員のイスがないために非正規になった人たちがかなりの割合でいる。 そして、これはあくまでも私の“肌感覚”でしかないのだが、この先も正社員のイスが増えることはないだろう。 前述した「丸亀製麺」のように、主戦力に非正規社員を配置する企業も出てきたし、「どんなに景気が良くなっても、正社員を増やす予定はない」と断言する経営者の人たちもいる。 日本経済新聞の電子版が行った調査でも、「非正規社員の比率は今後、さらに上昇するか?」と聞いたところ、73%が「上昇する」と答え、21%が「今と変わらない」とした。 これが社会の空気。いや、もっと正確に言うと、トップたちの多くが「いったん始めた非正規雇用を止めたくない」と思っていて、その空気を多くの働く人たちが感じている。 期待が低下するほどマイナス思考のスパイラルに陥る そして恐らく、非正規で働いている人たちは、もっともっとその空気を感じていて、厳しい立場にいればいるほど、「安定した雇用」なんて夢のまた夢と、リアリティーを持てずにシラケていく。 「だって、5年で正社員化なんて法律作られたら、雇い止めに遭うだけじゃん」 「大体、何で一番の問題は賃金格差があるってことなのに、そこに突っ込んだ政策を取ってくれないんだよ」 「第3の雇用形態とかいって、地域限定社員とか言っているけど、あれだって、結局は『簡単に切りたい』と思っている経営者のための方策でしょ」 生活への期待、自分への期待が低下すればするほど、世の中を冷ややかに見るようになり、いかなる政策もネガティブにしか受け止められない。前に進もうとか、もっとスキルを磨こうという気持ちも失せていく。 「どうせ非正規だから。適当に働けばいい。どうせ正社員と同じことやっても、賃金だって安いし、何かあれば真っ先に切られるしね」。 不安定な身分への不安から抜け出すことのできないまま、完全なるマイナス思考のネガティブスパイラルに入り込み、閉塞感ばかりが募っていくのである。 自分の話で申し訳ないのだが、かく言う私も、フリーという不安定な働き方をしている。ありがたいことに、今はこうやって仕事をいただけているわけだが、いつ「明日から仕事がない」という状況になるかもしれないし、いつ「生活するお金がない」という苦境に立たされるか分からない。 だから、将来の不安は常にある。かなりある。だが、その不安は、必ずしもネガティブなものではない。というよりも、ある時から、「ネガティブなものでなくなった」のだ。 テレビのレギュラー出演をメーンにしている時には、常にネガティブな不安に襲われていた。特に番組の改変期の時には不安で不安で、そのストレスはとんでもなく大きなものだった。 「番組が終わったら、どうしよう」 「クビを切られたら、どうしよう」 そんな恐怖に、番組改変が行われる3カ月ごとに陥っていたのだ。 テレビ番組にはご存じの通り、「視聴率」というものがある。視聴率は分単位で出るため、数字が悪ければ次々とリニューアルが行われる。企画を変え、出演者を変え、スタッフを変え、プロデューサーを変え、それでも上がらなければ番組が終わりになる。 でも、そういった手順を踏むのはまだいい方。「視聴率が悪い」というだけで瞬く間に打ち切られることだってある。 また、どんなに番組が健闘していようとも、コストカットの方針を局から出されれば、フリーの出演者はリストラの対象となる。そうなのだ。局アナでもなく、知名度も地位も中途半端な私は、真っ先に切られる対象だったのである。 テレビはどんどんと消耗していくメディア。評価基準が常に「今」で、私のような弱小者は、即結果を出せなきゃダメ出しされる。 今なお仕事の不安定さは続いているが… だから、毎度毎度ストレスだった。切られることへの不安と、常に背中合わせ。自分にできることといえば、とにかく精一杯、目の前の仕事を必死に、毎回120点取れるように頑張るしかない。そう自分に言い聞かせる以外、その不安を和らげる方法はなかった。 で、今。 今なお、仕事の不安定さは続いている。 このコラムだって、いつ「今回で終わりです」と編集者から引導を渡されるか分からないわけだし、ほかの連載も、レギュラーで毎週出ているラジオも、いつ「今月いっぱい」と言われるか分からない。時折、出ているテレビだって、お呼びが毎回かかるかどうかなんて保証はないし、大学の講義だって非常勤だから、「来年度もお願いします」と依頼が来ない限り、どうにもならない。 何一つとして、安定した仕事はない。 いまだにいつ食べられなくなるか分からないし、いつスケジュール帳が真っ白になってしまうか分からないという不安もある。 だが、明らかにテレビの時の不安とは違う。 不安は不安でも、かつて感じていた重苦しいものではないし、不安感から生じるストレスからは、かなり解放された。 なぜ、そうなったか? 要因は2つあると考えている。 1つは、「今ある仕事を120点取れるように必死にやることでしか、次の仕事は来ないから、不安など感じている暇があったら、今、頑張れ。つべこべ言わずに必死にやれ」という覚悟だけはついたから。 フリーで働くという選択を自らした日から10年以上が経ち、「今やるべきことを必死にやれ。答えはその先にある」という、根拠なき確信とも、開き直りとも言えるような強さを持てるようになったのである。 そしてもう1つ。これがかなり重要だと思っているのだが、働く場のメーンステージに雑誌やラジオが加わったこと。仕事の“時間軸”が明らかに変わったのだ。 雑誌なら発行部数、ラジオなら聴取率があり、それがテレビ同様、リニューアルやら打ち切りやらの材料になる。だが、テレビのように分単位じゃないので、明らかに時間軸が長い。テレビでは分単位だったものが、月単位になった。それだけで変わったのだ。 時間軸が長くなってストレスが和らいだ 時間軸が長いということは、「ある程度時間をかけて出てくる能力」を発揮できる。そうした機会を私にもたらし、その「時間をかけて見えてくる能力」を待てる余裕を、使う側である雑誌やラジオの人々に与えてくれる。 使われる私も、私を使ってくれているスタッフにも、テレビの時よりも明らかに長いスパンで仕事に取り組める余裕をもたらし、この時間に対する許容度が、不安から生じるストレスを和らげてくれたのだ。 テレビの時には自分では気がつかないうちに、毎日出る視聴率にビクビクし、それ以上にその分刻みで出る視聴率とにらめっこしている、プロデューサーやらディレクター、局の偉い人たちにおびえていた。その恐怖から逃れるために、短時間で力を磨くことばかり考えていた。その状況に私はストレスを感じ、消耗し、疲弊していたんだと思う。 ひょっとすると、「安定して働く」って、こういうことなのかもしれないなどと思ったりもする。つまり、働く側も雇う側も、即結果を求めない働き方。安心して取り組める時間的余裕があり、コツコツやっていることが大きな力になると信じ、それを待てる環境。いわば、「切ることが前提ではない」働き方だ。 人が組織の一員として働くうえで、最も重要なのが組織との一体化、すなわち“組織への適応”である。 自らに課せられた仕事を遂行し、同僚や上司と良好な人間関係を築き、組織の規範を受け入れ、組織の一員としてふさわしい属性を身につける。個人は組織と一体化する中で、自分の居場所や仕事を見つけ、それを組織の力として生かそうと、積極的にスキルを身につけたり、周りと協働する姿勢を高めたりしていく。 一体化に成功した人は、離職や転職を考える可能性も低下し、組織のメンバーの1人として働くようになる。 この適応する過程は「組織社会化」とも言われるのだが、最低3年、長い場合には10年かかる。そう最低でも3年。組織の一員としての能力発揮には、最低でも3年かかるというわけだ。 スウェーデンの生物学者であるデービッド・イングバール博士は、「未来の記憶」という興味深い概念を提唱している。 人間の脳には絶えず未来を予知する力があり、人間は本能的に未来への行動計画を想像し、作り上げ、それは前頭葉に記憶されていく。で、その未来への記憶に合致する行動を意味あるモノとして受け止め、積極的に取り組んだり、努力したりする。未来と現在の間を行き来しながら、自分の行動を最適化するのだという。 脳科学は門外漢なのだが、私なりに解釈すると、組織の中に未来の記憶を作り上げる環境があって初めて、働く人は積極的にスキル向上に励んだり、高い意識を持って仕事に向き合ったりできるということではなかろうか。 今、非正規社員を雇用している企業の多くは、「雇い続けること」を前提にしていない。半年や1年単位で契約更新があり、その都度、働く人たちは「クビ切られたら、どうしよう」と不安におびえる。 1年という時間軸では、組織に一体化することもできなければ、未来に合致する意味ある行動も制限される。 もし、「最低でも自己都合を除いて3年は雇用し続けなければならない」というルールがあったら、雇用する側も、雇用される側も、意識が変わるのではないだろうか。 「まだヒヨッコ」と笑い飛ばしたパート歴10年の女性 「私はね、まだまだヒヨッコなんです。だってパート歴はまだ10年ですから。アッハハ」。前にこうおおらかに笑う女性に会ったことがある。 彼女の会社では非正規雇用を、切るためではなく、雇い続ける人材と位置づけているのだ。 厚生労働省の「「有期労働契約に関する実態調査(個人調査)の最新の調査結果(2011年度)によると、現在の勤務先での今後の就労意向について、「現在の勤務先で有期契約労働者として働きたい」が64.2%で最も高く、「現在の勤務先で正社員として働きたい」(11.3%)、「別の会社で正社員として働きたい」(10.5%)と続いている。 うん。私も「現在の勤務先で有期契約労働者として働きたい」に一票! 時間をかけて見えてくる力を、少しだけのんびり待っていただければ幸いです。 河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
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