02. 2013年5月20日 11:00:32
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【第809回】 2013年5月20日 週刊ダイヤモンド編集部 リスクオンで売られる円、国債 長期金利上昇の不気味な足音長期金利の上昇は、国債の流動性が低下したためか、はたまた米景気に引きずられているのか Photo by Ryosuke Shimizu 5月13日月曜日、午前10時10分──。国債のブローカーでもある短資会社に、日本銀行と接続されるスピーカーから「オペをオファーします」という音声が流れると、前週末から荒れ模様だった国債市場に安堵の空気が広がった。 4月4日に日銀が超弩級の金融緩和策を打ち出し、市場から発行額の7割もの国債を買い上げていくと判明して価格が乱高下して以降、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった債券市場。それがまた狂い始めたのは、前週金曜日の5月10日のことだった。 米国など海外の長期金利に上昇圧力がかかる中、この日は午後の円債市場で先物相場が急落。10年物(中心限月6月物)が前日比1円安となり、東京証券取引所は取引を一時中断するサーキットブレーカーを発動した。4月の緩和策以降、6回目の発動という異常事態である。10年国債は利回りが一時0.7%と今年2月時点の高水準まで売られた。 これに対し日銀は、前日の9日に総額1兆2000億円の買いオペを実施したばかりにもかかわらず、価格下落に歯止めをかけようと配慮したのか、13日も同額の買いオペを断行。これには市場もほっと胸をなで下ろしたわけだ。 ところが、である。日銀がいかに機動的に“チューニング”を行っても、やはり長期金利はコントロールできないのではないかとの疑念が、徐々に実証され始める。 なんと午後に入って国債先物がまたも急落、7回目のサーキットブレーカーが発動される事態に陥ったのだ。日銀がこれだけ国債を買い入れても価格は全ゾーンで下落し、10年物利回りは一時0.8%まで上昇した。 「これで振り出しに戻ったな」 ある国債ディーラーは、再び不安定化した債券相場を眺めながら、そう言ってため息を漏らした。 ただし、不安定化したといっても4月頭の緩和直後と異なるのは、今回は乱高下というよりむしろ債券価格が下がる一方(金利は上昇)ということだ。その背景には、5月9日にドル円相場が100円を突破し、世界的な株高の流れが再加速し始めたことがある。 海外勢の期待が先行 海外勢の期待先行から円安に動き、その恩恵を受けて15日の東京株式市場は1万5000円を突破。日本政府・日銀からしてみれば、さらなる追い風が吹いていることには違いない。 だがその半面、米国の景気回復期待などに伴って投資家のリスク選好が高まれば(リスクオン)、安全資産とされる国債の売りは続く。 試金石となるのは5月14日以降、立て続けに控える超長期の新発債入札である。14日の30年債の入札は堅調に終わったが、それも金利上昇の流れを止めるには至らず、実に8回目のサーキットブレーカー発動という事態となった。 債券市場からは、40年債(21日)、20年債(28日)の入札も「買い手がさほどつかず、利回りが現在の取引水準を上回るのでは」と不穏な声が上がっている。 実体経済が上向く前に、住宅ローン金利や貸出金利も引きずられて上がれば、株高・円安による景気刺激の効果を相殺してしまいかねない。 (「週刊ダイヤモンド」編集部 池田光史) http://diamond.jp/articles/print/36132 【第9回】 2013年5月20日 伊藤元重 [東京大学大学院経済学研究科教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長] バブル崩壊後の「失われた20年」を深刻化した リーマンショック後の「失われた3年半」 今後10年で、 失われた20年を取り返す安倍構想
アベノミクスを推進するにあたって、安倍総理は今後10年を日本経済の復活の時期と位置づけている。そのために、まずデフレからの脱却を実現し、それに続いて成長戦略によって日本経済をより高い経済成長経路に乗せることを想定している。 復活の10年という時期を設定したのは「失われた20年」があるからだ。その間、日本経済は低迷が続いた。国民も企業も守りの姿勢にこもってしまい、国内需要は不振が続いた。その結果として、慢性的な経済低迷だけでなく、デフレというさらに厳しい状況にまで陥ることになってしまった。 日本が「失われた20年」という罠に陥ってしまったのは、大きな経済環境の変化に対応できていないからだ。高齢化が進み、グローバル化のなかで近隣諸国の経済力が高まっている。こうした変化に対応して経済制度や産業構造を変える必要があるが、そのスピードが遅かった。アベノミクスの成長戦略に求められることは、こうした変化のスピードを速めることだ。 「失われた20年」からの脱却は重要な問題である。この点については、本連載でも今後詳しく論じていきたいと考えている。ただ、現時点までのアベノミクスの成果は、「失われた20年」からの復活ではなく、「失われた3年半」からの復活(あるいは脱却)ととらえたほうがよいように思える。 なぜ、日本だけが一人旅? 「失われた3年半」というのは、リーマンショック後の3年プラスαの期間を意味する。リーマンショックより少し前の日本経済の状況を整理してみると、株価はすでに相当上昇していた。物価上昇率もマイナス圏から抜け出してデフレ脱却が実現しそうな勢いであった。ところが、それらはすべてリーマンショックで破壊されてしまった。 リーマンショックは世界の多くの国の経済に影響を及ぼしており、日本だけが特殊なわけではない──そう考えている人は多いだろう。たしかにそうした面もある。しかし、日本だけが明らかに異なった動きをした面もあるのだ。 その象徴が為替レートの動きである。資金がリスクを避けて安全資産に逃げ込むなか、円レートが円高になった。そうした動きは仕方ない面もあるのだが、この間、FRB(米連邦準備制度理事会)やECB(欧州中央銀行)などの欧米の中央銀行は、非常に大胆な量的緩和策を行った。だが、日本銀行の金融緩和策はごく限定的であった。 日本だけが金融緩和が不十分であったことが、結果的に円レートをユーロやドルに対して著しく高くする結果になったと、多くの専門家が指摘している。為替レートの変動は単純な要因だけでは説明しきれないので、こうした説が正しいかどうかは議論のあるところだ。しかし、それなりに説得力のある説ではある。 いずれにしろ、安倍政権成立以後の日本銀行の金融政策の中身を見ると、欧米の中央銀行が行ってきたことを3年半遅れで行っているものが多い。2%のインフレターゲットを設けることがその一つだ。大幅な量的緩和も同様である。そのうえ、これまで避けてきた長期国債を購入するという行為にも踏み込むことになった。こうした金融政策が、為替レートや株価に影響を及ぼしたと考えられよう。 ここでは株価についての詳しい分析は行わないが、主要国の株価指数の動きを見ると、「失われた3年半」がここにも見えるようだ。市場関係者が指摘するように、日本、米国、ドイツの株価指数の動きを見ると、1990年代末から2008年頃までは非常に似通った動きを示している。 90年代末の指数をそれぞれ100に設定すると、3つの国の株価指数は2008年頃まではほぼ同じように動いている。3つの市場が連動していることがよくわかる。 ところが、2008年以降になると、米とドイツは引き続き非常に似通った動きを続けているのに、日本だけ株価低迷が続くようになってしまった。株の動きを見るかぎり、日本経済だけが一人旅ということになる。 ちなみに、リーマンショックはすべての国を同じように襲ったわけだが、物価が実際に下落するというデフレにまで陥ったのは日本だけである。また、リーマンショック後のGDPの落ち込みは、日米欧のなかでは日本が一番大きかった。 「日銀」か「民主党」か 経済低迷の主犯に2つの仮説 なぜ、2008年以降、日本だけ違った動きをしたのか。その明確な答えを出すのは難しい。 一つの仮説は「失われた20年」の議論とも関わる。日本の産業構造の変化や制度改革が非常に遅れてしまったので、リーマンショックの影響が大きく出たという考え方だ。 たとえば経済産業省の「産業構造ビジョン2010」では、日本の産業構造は自動車産業に過度に依存する「一本足打法」であり、それが日本経済への打撃を大きくしたとの分析を行っている。自動車の輸出が大きく落ち込んだことが、日本経済全体に必要以上に大きな影響を及ぼしたというのだ。 この10年の間に、お隣の韓国は積極的に構造改革を進め、自由貿易協定を結んできたが、日本ではそうした動きが非常に鈍かった。国内の利害調整に手間取り、国際経済環境の変化に対応できてこなかった。多くの人がそう指摘している(こうした「失われた20年」に関連する話は今後の連載でまとめて取り上げる予定である)。 「失われた3年半」についての2つ目の仮説は、日本銀行の政策に関する評価である。この点についてはすでに述べた。リーマンショック後に日本銀行が欧米の中央銀行と同じように大胆な金融緩和策を行えば、日本はデフレに戻ることもなかっただろうし、経済のパフォーマンスももっとよいものになっていただろうという考え方だ。 従来の日本銀行の立場を擁護する人たちは次のような議論を展開する。 「日本は長引くデフレのなかで、非常に大胆な金融緩和を続けてきた。リーマンショックの直前と直後を比べれば欧米のほうが大胆な金融緩和をしているように見えるが、水準で見れば日本はすでに相当な規模の金融緩和政策をとってきた」「また、リーマンショックやその後の欧州危機によって欧米の金融機関は大変な危機に見舞われた。一方で、日本の金融機関は危機にはさらされなかった。だから、リーマンショック後に急激に量的緩和をする理由はなかった」──これらが旧来の日本銀行の立場を擁護する代表的な議論である。 結果的には、安倍政権は旧来の日本銀行の姿勢を厳しく批判し、政策の大きな変更を迫った。また、安倍政権の考え方に、より近い人物を日銀総裁に選んだ。そうした一連の出来事によって、株価や為替レートは大きく動く結果になった。それゆえ、「失われた3年半」の原因は日本銀行にあるという仮説が説得性を持つことになる。 「失われた3年半」の原因については、もう一つの仮説がある。それは民主党政権に原因を求める考え方だ。リーマンショック後の3年半は、民主党が政権を担った時期と重なる。後から振り返ってみると、民主党政権の時代に経済政策で目立った成果は見られない。 野田総理のときに三党合意にこぎ着け、消費税の引き上げを決めたことは大きな成果であった。しかし、それ以外に民主党政権の時代に大きな成果を見出すのは難しい。 民主党政権期の経済政策については、これからいろいろなかたちで歴史的な評価がなされるだろう。ただ、経済活性化という意味では、民主党政府は行政との関係でぎくしゃくし、産業界とも必ずしも友好な関係を築けなかった。こうした状況が「失われた3年半」の背景にあるという仮説も十分に説得的である。 安倍政権が成立して、第2の仮説である日本銀行の姿勢は大きく変化した。そして第2の仮説である民主党政権は、自民・公明の連立政権へとシフトした。2つの仮説の前提が変化したのだから、市場が動くのは当然かもしれない。ただ、どちらの仮説もそれなりに説得的である。 失われた3年半からの脱却という視点で見ると、今の日本のマクロ経済の動きがよく見えてくるように思える。この点は次回以降、さらに詳しく考察することにしたい。 【編集部からのお知らせ】 安倍政権のブレーンである伊藤元重教授の最新著書『日本経済を創造的に破壊せよ!』が発売されました。アベノミクスの先行きを知るためにも必読です! 日本経済を創造的に破壊せよ! 衰退と再生を分かつこれから10年の経済戦略 http://diamond.jp/articles/print/36121
【第2回】 2013年5月20日 吉田克己 [NPO法人五時から作家・書評家を支援する会代表理事] 世間の賃金が増えても業種によって大きな格差が? 主要33業種の給料事情から読み解く知られざる傾向 僕らの給料は上がるのか? アベノミクス前の傾向を分析
この記事を読んでいるあなたがもし、これから就職活動を始める、あるいは転職を考えているとしよう。その際、何を重視して会社を選ぶかと言えば、@仕事内容(キャリア)、A給与、B職場環境(人間関係)、C会社の将来性(安定性)、D労働時間のどれかまたは複数を挙げる人が大半――いや、ほとんどだろう。 実際、「今の仕事の何が不満か?」「転職を考えている理由は何か?」に関する調査の結果をいくつか見てみると、選択肢のつくられ方に差異はあっても、大くくりにすればこの5項目に当てはまる選択肢が上位を独占している。 と同時に、最近よく耳にする「ブラック企業」という言葉の背景にある長時間労働も、何も今にはじまった話ではない。 翻って、本シリーズは「僕らの給料は上がるのか?」に答えることを目的の1つにしている。 そこで今回は、上記の命題を検討するための前提知識として、アベノミクス以前、すなわち2012年秋以前の段階で、給与の高低・増減の実態が業種によってどの程度違っていたのかを明らかにしておきたい。 元にするデータは、2012年夏時点で各社が提出した有価証券報告書をベースに、株式会社ゼブラルが作成したもの。加えて、定性的な比較、検証のために『日本の統計-第16章 労働・賃金」(総務省統計局)も、参考データとして用いることにする。 なお、業種区分は、上場企業のための株式業種分類としても使われている以下の33業種である(表1参照)。 また、これら33業種それぞれに含まれる社数と従業員数は表2のようになっている。
給料の上位業種と下位業種を比較 意外に高い海運会社と石油元売り
さて、読者が最も気になるのは、「給与の高いのはどの業種で、低いのはどの業種なのか?」という点だろう。給与の高低における上位3業種と下位3業種は次のようになっている。(表3参照) 拡大画像表示 下位3業種については、ある程度予測はついていたのではないだろうか? 逆に、海運業や石油・石炭製品がベスト3に食い込んでいるのは予想外だったかもしれない。
ちなみに、従業員数と平均年齢の中央値(メジアン)の欄の色分けは、33業種中で半分よりも上であれば暖色、下であれば寒色になっている。また、従業員数の標準偏差については、その絶対値には特に意味はなく、数字が大きいほど同一業種内の会社規模のばらつきが大きいことを示している。 たとえば、トヨタ自動車が存在する輸送用機器や、JR東日本や日本通運などが存在する陸運といった業種では、この数値が大きくなる。 また――これは表の読み方としてかなり重要な点であるが――この表に現れている業種別の平均年間給与の“平均値”は、企業規模(従業員数)による重み付けのない企業単位の単純平均であり、その業種で働く人全体での平均値ではないということをお断りしておく。 そこで、業種内(企業間)の平均年間給与のばらつきが比較的大きい(33業種中5番目の)医薬品を例に取ってみる。表4がそれである。 拡大画像表示 医薬品業界では100万円近くになる! 企業の従業員規模に見る年間給与の違い
医薬品45社の平均年間給与は、企業単位の単純平均では739万円であるが、業種内全従業員での人単位の平均値は840万円となる。つまり、従業員規模(すなわち売上規模)の大きい企業の平均年間給与は840万円よりも高く、規模の小さい企業のそれは700万円を超えれば御の字、ということだ(ロウデータを見る限り、例外は数社に過ぎない)。 もっと噛み砕いて言うと、身の周りから製薬会社に勤める人を、どの製薬会社に勤めているかに関係なく(企業の重複を気にせず)選べば、その平均年間給与は840万円ほどだが、企業の重複がないように選ぶと、その平均年間給与は100万円ほど下がることになる。 さきほど、「従業員数の標準偏差についてはその絶対値には特に意味はなく、数字が大きいほど同一業種内の会社規模のばらつきが大きい」と述べたが、こと平均年間給与の標準偏差に関しては、その数値が大きい業種では大手と中堅との間の業種内格差が大きいことに留意する必要がある。 加えて、従業員数の標準偏差を参考にする際に注意しなければならないことは――保険業がまさにそうであるが――同業種内の多くの上場企業が持ち株会社(ホールディングス)であるのに対し、一部の企業(グループ)だけ事業会社が上場されている場合、その企業の従業員数が突出しているような見かけになるため、標準偏差が大きくなってしまうことだ。保険業であれば第一生命保険がこれにあたる(保険業の他の大手上場企業は全て持ち株会社)。 なお、公的な調査結果としては、先にも挙げた総務省統計局の『産業別月間給与額』がある。先ほどの33業種別ではなく「産業別」となっているため、分類は少し粗くなるが、ここでも金融・保険業が高くサービス業が低い実態が見て取れる。 金融・保険業はもともと高給だが 年間給与は減少している では、給与の高い業種(の会社)は、その増え方でも上位なのだろうか? 表5は、アベノミクス直前期(基本的には2012年前半)の、その前期からの年収増減額における上位5業種と下位5業種である。 拡大画像表示 個々の業種について解説する前に、全体として強調できる点が1つある。それは、給与水準の高い業種の多くで、その増減に関しては完全に明暗が分かれている(二極化している)ということである。
最も給与水準の高かった保険業はその減り方が2番目に大きく、かたや高給で続く石油・石炭製品、海運業は、給与の増え方では3番目と2番目である。同じ石油・石炭を扱い、給与水準ではほぼ等しかった石油・石炭製品と鉱業とが、年収の増減では明暗を分けている点は興味深い。 また、銀行業と保険業については、比較的最近になって進んだ業界再編とその後のリストラの結果が、給与水準の変化にも現れていると考えていいだろう。 ちなみに、当該期間において平均年収が下がっているのは全33業種中8業種であり、平均年間給与の第5位は医薬品である。 加えて、筆者にとって意外だったのは、「海運業は総じて給与が高い」という点であった。比較的似た業種と平均給与で比べてみると、海運業の2位に対して、空運業は13位、倉庫・運輸関連業は17位、陸運業に至っては25位である。 さらに、造船会社は33業種では輸送用機器に分類されるが、造船各社の年収を海運業の平均年収との比率で見ると、大手で80〜85%あたり、中堅で70%前後である。 発注する側のほうが給与水準が高いのは当たり前と考えることもできるかもしれないが、これはおそらく――他の運輸関連企業との比較においても――海運業では輸送の現場にほとんど日本人がいないからではないだろうか。 権益や特許、テクノロジーを握る 業種(企業)は給与が下がりにくい? 次に、同一業種内での企業間の給与のばらつき具合について見ておきたい。複雑になるので表は割愛するが、以下のような傾向がある。 a.平均給与は高いが、企業間のばらつきが大きい 証券・商品先物取引業、医薬品、石油・石炭製品 ※保険業も含まれるが特殊事情による b.平均給与は中くらいだが、企業間のばらつきは小さい 空運業、精密機器、鉄鋼、機械、輸送用機器、非鉄金属 c.平均給与が高いにもかかわらず、企業間のばらつきは小さい 電気・ガス業、鉱業 d.平均給与が低い割に、企業間のばらつきが大きい 水産農林業、陸運業 たとえば、同じ卸売業でも大手総合商社の、同様に銀行業でもメガバンクの給与は、同一業種の他の企業に比べて高いことは改めて指摘するまでもないが、上記a.からd.に鑑みると、以下のような印象がある。 ・特許や権益がものを言う業種には、給与水準が同業他社よりもかなり高い企業が存在するのではないか。 ・メーカーは総じて企業間の給与差は小さい。 ・公共に近い業種は、給与は高めな割に企業(地域)間の差が小さそう。 ・現場に多くの正社員を抱える業種では、平均的に給与が低いにもかかわらず、企業(地域)間の差が大きそう。 これは印象だけでなく、細かくデータを見てみると、それらは必ずしも間違っていない(傾向としては正しいと言ってよい)。 電気・ガス業は平均給与では 電力会社とガス会社とに二極化 最後に、上記とは似て非なるちょっと変わったデータの見方を紹介しておきたい。 一般的にどんな企業でも、給与の高い集団よりも低い集団のほうが人数が多いのが普通と考えられる。つまり、横軸に給与の高低(右側が高い)、縦軸に人数を取れば、真ん中よりも左のほうにピーク(分布の山の頂上)がくる。 これを1つの企業内での従業員給与の分布ではなく、同一業種内の各企業の平均給与の分布に当てはめて考えてみる。同じ業種の企業を従業員平均給与の低い順に左から並べた場合、多くの業種では社数のピークが真ん中よりも左側に来るが、それとは逆の傾向を示す業種がいくつか存在する。 正確には、33業種中7業種がこれに該当するが、その傾向がより顕著な上位3業種を表6に示す。同時に参考として、最も左のほうにピークがきているロングテールな業種を2つ挙げておく。 これらの業種では、同じ上場企業でも極端に給与水準の低い企業が存在するか、給与水準の高いグループと低いグループに二極化していてなおかつ給与水準の高い企業の数のほうが多いか、のいずれかである。
確かに、細かくデータを見ると、水産・農林業(全9社)は平均給与が高めの6社とかなり低い3社に分かれており、鉱業(全7社)では全体的に平均給与は高いものの2社だけが並の水準である。 電気・ガス業(全24社)については――お察しのとおり――平均給与では電力会社とガス会社とに二極化している。東京電力を擁護するわけではないが、同社では2012年度は前年度から平均年収が百数万円下がっている(一時的なことかもしれないが)。 かつ、電力会社全11社の年間平均給与を800万円以上と未満で分けると、東京電力はそれ未満の4社の中に含まれる(が、2011年度までは同業種の中でトップであったことは言うまでもない)。 ちなみに、電力会社だけで平均を取れば、全33業種の第3位と肩を並べる水準になる。しかも、電力会社の中で最下位の沖縄電力よりも東京ガス(ガス会社の中では2位)のほうが平均年収が低い。これはちょっと信じ難い。 また、公共性の高い業種の代表格としては、電気・ガス業の他に陸運業や銀行業が挙げられる。陸運業の中で全国のJR・電鉄関連だけで平均を取れば、銀行業とほぼ肩を並べる水準になるが、それでも全電力会社平均の8掛けほどである。 「電力会社はもっと給与を引き下げるべき」とは言わないが、せめて燃料調達コストの引き下げには本気になってもらいたい。逆に、「就職先は安定が第一!」と信じて疑わない学生なら、都会生まれや都心の大学卒であっても、地方の電力会社に就職すればよいのでは?――とさえ思えてくる。 今後給料が上がり始めても 業種によって「差」が出る? 少し話が脱線してしまったが、重要なのは「この先、給料は上がるのかどうか?」であって、給料が高いか(高すぎるか)安いかではない。しかし、アベノミクス直前の時期の給料の傾向を見ておくことは、今後の給料の上がり具合を推測する上で、非常に重要だ。 ここまで、アベノミクス直前の時期に給料が上がっている業種とそうでない業種について考えてきたが、何年かにわたっての傾向値でないことに加え、大震災の年とその翌年との変化という特殊性もあるため、一定の結論を出すのは難しい。 そこをあえて、データ全体を見た限りでの筆者の印象と直観で述べると、給与の上がりやすさは現時点の給与水準とはあまり関係はなく、権益や特許、あるいはテクノロジーに支えられている業種では上がりやすく(下がりにくく)、労働集約的、または事務職的な要素の強い業種では給与が上がりにくい(下がりやすい)傾向にあるのではないかと考えられる。 今後、アベノミクスによって本格的に景気が回復し、世間の企業の給料が上がり始めたとしても、業種による特性・成長性の違いから、そこには少なからぬ「差」が出るように思える。 (吉田克己・NPO法人五時から作家・書評家を支援する会代表理事) http://diamond.jp/articles/print/36120 |