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大転換の予兆? 金価格急落のミステリー ドルの信認回復をはやす声は勢いを増している
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2013年05月19日 野村 明弘 :東洋経済 記者 東洋経済オンライン
それは「グレート・ローテーション(資金移動の大転換)」のシグナルなのか──。
1カ月前に起こった金価格急落の波紋は収まりそうにない。4月15日にニューヨーク商業取引所の金価格は、前取引日終値の1トロイオンス当たり1501ドルから一気に1360ドルまで急降下。2営業日前からの下落率は約13%に達し30年ぶりとなる暴落を見せた(下図)。
金価格急落の直接的な原因は、その直前に出た二つのニュースだ。
まず、キプロスの中央銀行が金準備の売却に動くとの報道が飛び出した。ユーロ圏とIMF(国際通貨基金)は100億ユーロのキプロス支援策を決めたが、ロシアマネーなどのマネーロンダリング(資金洗浄)疑惑のある同国に対しては自助努力の資金調達を求める厳しい条件も打ち出した。対応策の一環として、キプロス政府が金準備売却の見通しを示したことから、債務問題に苦しむほかの南欧諸国でも同様の動きが広がるのではとの思惑が広がった。
もう一つは中国経済の鈍化だ。2013年1〜3月の中国のGDP(国内総生産)は前年同期比7.7%増と市場予想を下回り、金だけでなく石油や銅など商品市況はそろって下落した。
こう見てみると、金価格急落は世界経済減速やデフレ進行を示すサインととらえることができる。だが、金という投資資産の持つ独特の性格からそうとばかりはいえない。むしろ、金価格の下落は経済にとって明るいシグナルになるという主張が勢いを増している。
勢いを増す楽観論
「金価格急落は楽観論を生み出す」。4月22日付の米ウォールストリート・ジャーナル紙は、こんな見出しの記事を掲載した。「BRICs」の名付け親としても有名なエコノミストのジム・オニール氏(ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント前会長)は「金価格急落は、日本にとって何かよいことが起こる予兆ではないか。もしかしたら金から国内不動産に資金が向かっているのかもしれない」とコメントしている。
「世界的なマネーフローの変化が起きているときだけに、今回の下落が何を意味するのか、社内でもさまざまな見方が出て意見を戦わせている」(メリルリンチ証券の吉川雅幸チーフエコノミスト)といったように、悪材料か好材料か判断を留保する見方もあり、各所で激論が巻き起こっている。
同じコモディティ(商品)といっても、石油や銅は基本的に景気、農産物は景気と天候で相場が動くが、金は違う。希少性が極めて高い金は、ドルを代替する安全資産という性格を持つ。債券や株式のような金融資産とも異なり、配当や利子収入などのインカムゲインはない反面、信用リスクもない。
このため、先行きの不確実性が高まると金が買われるほか、ドルの信認低下やインフレが見込まれるときは価値保全のため金に資金がシフトしやすい。いってみれば「ドル高なら金安」「ドル安なら金高」という構図が成り立つ。
00年代に入って、“爆食”を続ける中国など新興国による資源インフレがきっかけとなった金価格の上昇が、08年のリーマンショック以降に加速した原因は、「ドル安なら金高」という連想だ。世界経済の不透明感の高まりに加え、米国の大規模な金融緩和でドルの信認が低下し、金価格は一時1900ドルに迫る勢いだった。
長期間続いた金の強気相場が終焉を迎えたとしたら、これまでのシナリオが逆回転を始めたということになる。つまり、不確実性の後退とドルの信認回復を表している。
現実もその流れだ。欧州の債務危機は一応の落ち着きを取り戻し、米国も住宅市場の復調や失業率の低下が進んで、QE3(金融量的緩和第3弾)の出口戦略がささやかれ始めた。
かくして未曾有の金融緩和によるドルの信認低下懸念は後退したうえ、アベノミクスによる円安ドル高も米国政府は是認。シェール革命による米国の将来の経常収支改善期待も「強いドル」を後押しする。金下落の素地は整ったというわけだ。
このようにして流出した、金を含むコモディティからの資金が、日米を中心とした株式市場に向かっていることも、一部の投資家を楽観論に傾けている。
メリルリンチ証券の調べによると、世界の主要な投資信託では今年1月〜4月下旬に、コモディティから173億ドルの資金が流出した一方、米国の株式では377億ドル、日本の株式では158億ドルの資金流入があった。こうした資金大移動が現在の日米の株高につながっている。
大規模な金融緩和下でも低インフレが維持されつつ、資金が安全資産から株式などリスク資産にシフトする──。これを一部の投資家は期待を込めてグレート・ローテーションと呼んでおり、今回の金価格急落はその象徴と位置づけている。
「大転換」の行き先
足元の金価格は宝飾品などアジアの実需買いや先進国の投資が底堅く、1400ドル台まで戻している。「鉱山の金生産では限界コストが1400ドル程度となっており、よほど実需や投資が冷え込まないかぎり、これが相場の下値を支える形になるだろう」(野村証券の大越龍文シニアエコノミスト)。
当面、踊り場が続きそうな金相場だが、日米などで株式や不動産への資金流入と資産価格上昇が消費や設備投資に火をつけ、実体経済の回復に波及すれば、リスク資産への資金シフトがさらに進み、金価格はもう一段低下する可能性がある。
しかし、先進国で大規模な金融緩和を続けても低インフレが続いていることは、企業がリスクを取った設備投資にはまだまだ慎重な姿勢を崩していないことの裏返しでもある。実体経済が盛り上がらなければ、いずれグレート・ローテーションへの期待が剥げ落ち、再び金に資金が戻ることになるだろう。
(撮影:尾形文繁 =週刊東洋経済2013年5月18日)
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