02. 2013年5月17日 21:36:51
: niiL5nr8dQ
資源バブル崩壊後に待ち受ける新興国の運命 [橘玲の日々刻々] ?1980年代からずっと1バレル=15〜25ドルの範囲で推移していた原油価格は、2000年に入ってから上昇に転じ、2005年に1バレル=50ドルの大台を超えると、07年に70ドル、08年には100ドルと急騰した。?同様に小麦価格は2005年の1トン=150ドルから08年には300ドル超と倍になり、金はもちろん、鉄や銅などの金属も軒並み大幅に上昇した。 ?こうしたコモディティ(資源)の高騰については、ふたつの異なる見方がある。 ?ひとつは、21世紀に入って中国やインドなど人口大国の高度経済成長が本格化し、世界各地でインフラ整備や住宅建設が一斉に始まったからだ、というものだ。ジム・ロジャーズに代表されるこうした主張は、コモディティ価格は実需によって上昇したとする。 ?もうひとつは、中央銀行の金融緩和によって金融市場に投機マネーがあふれ、それが規模の小さなコモディティ市場に向かったため価格が高騰した、という資源バブル説だ。 ゼロ金利政策が資源価格を押し上げた ?バブル崩壊以後、負の遺産の処理に苦しんだ日本経済は、97年のアジア通貨危機を期に、大手金融機関が次々と破綻する深刻な金融危機に襲われた。これを受けて日銀は、それまでの金融政策の常識を覆し「ゼロ金利」という未踏の領域に入っていく。その一方でアメリカ経済は好調を維持し、98年には財政収支が黒字に転じている。 ?経済学者の吉本佳生氏は、国際商品指数と米国の財政収支・経常収支の関係から、日銀のゼロ金利政策が円キャリートレードを通じて資源価格を押し上げたと推測している(『日本経済の奇妙な常識』〈講談社現代新書〉)。円キャリートレードとは、ヘッジファンドなどが低金利の円で調達した資金を米ドルなど高金利の通貨で運用する取引だが、この時期、財政収支が黒字に転じた米国ではじゅうぶんな量の新発国債が発行されなかった。そのため行き場を失った投機マネーが米国の株式市場に流入してインターネットバブルを起こし、2000年にそれがはじけると、こんどはコモディティ市場に流れ込んでエネルギーや金属、食糧などの価格を高騰させたのだ。 ?どちらの見方が正しいのかは一概に判断できないし、両方の要因が関係しているのだろうが、2008年のリーマンショックで原油価格が1バレル=60ドル台まで4割も急落したように、コモディティ価格が投機によって乱高下していることは間違いない。 ?2010年、若者の焼身自殺をきっかけにチュニジアで反政府デモが広がり、独裁政権が打倒された(ジャスミン革命)。この民主化運動はアラブ諸国を巻き込み、エジプトでは民衆デモでムバラク体制が崩壊し、リビアでは内戦の末、反カダフィ派が政権を奪取し「アラブの春」と呼ばれた。 ?これらアラブ諸国に共通するのは、小麦の輸入国だということだ(たとえばエジプトの小麦輸入量は世界最大)。小麦からつくられる丸パン(ホブス)はアラブのひとびとの主食で、小麦価格の上昇は家計を直撃する。このことから、アラブの春の原因はSNSなどのインターネットの普及ではなく、国際的な小麦価格の高騰による社会不安だというのが近年の定説になりつつある。貧しい(1人あたりGDPの低い)国はインフレに対する耐性が弱く、先進国ではさしたることのない食糧・エネルギー価格の上昇が社会全体を混乱に陥れるのだ。 ?吉本氏は、日銀のゼロ金利政策がコモディティ価格(輸入価格)を押し上げたものの、供給過剰の日本経済はそれを価格に転嫁することができず、その代わり人件費を削ったためにデフレ不況が深刻化していったと指摘する。「日銀の金融緩和がデフレ不況を生み出した」というコペルニクス的転換だが、これが正しいとすると、日本の金融政策はそれと同時に、小麦価格を引き上げることで中東の国々に「アラブの春」をもたらしたことになる(インターネットバブル崩壊と9.11同時多発テロを受けて、グリーンスパンのFRBが大幅に金利を引き下げたことも、サブプライム・バブルだけでなく、資源価格の高騰や新興国株の上昇に大きな影響を与えた)。 次のページ>> BRICsは本当に成長国? BRICsは、今後有望なのか? ?ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントのジム・オニールは2001年、「人口が多く経済的にも有望な国」としてブラジル、ロシア、インド、中国の4カ国を挙げ、これを「BRICs」と名づけた。その後、オニールの予言どおりにこれらの国は大幅な経済成長を達成し、BRICsは新興国投資の代名詞になった。 ?“BRICs"の伝道師”となったオニールは、世界金融危機後も新興国の成長に楽観的だ。2011年に書かれた『次なる経済大国』(ダイヤモンド社)から、この4カ国についての予測を抜粋してみよう。 ・ ブラジル:レアル高は大きな問題だが、世界第5位の人口は若くて増加傾向にある。インフレを克服し政治の安定が達成できれば、2050年のGDPは現在の5倍の10兆ドルに達し、ドイツや日本を追い抜くだろう。 ・ ロシア:死亡率の高さと少子化が課題だが、それを克服すれば今後も年3%程度の経済成長はじゅうぶん可能。これだけでロシアのGDPは2017年にイタリアを、2020年代にはフランス、イギリスを追い抜き、2030年代にはドイツを上回る経済大国になっているだろう。
・ インド:BRICsのなかではもっとも悲観的。理由は市場が閉鎖的・非効率的で、政治家がグローバル資本主義を受け入れようとしないから。そでも巨大な人口のパワーは圧倒的で、GDPは2020年代にドイツなどヨーロッパの国々を、2030年代には日本を追い抜くだろう。
・ 中国:BRICsのなかではもっとも楽観的。人口構成の高齢化や極端な経済格差、不動産バブルなどさまざまな問題を抱えているものの、中国人の勤勉さと中国政府の賢明な経済運営によってすべて乗り越えることが可能で、2039年までにはGDPで米国を抜いて世界最大の経済大国になるだろう。
?もっとも、誰もがこうした見方に賛成しているわけではない。 ルチル・シャルマはインド出身のエコノミストで、モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメントで新興国市場の調査を担当している。その近著『ブレイクアウト・ネーションズ』(早川書房)は、ライバルであるゴールドマン・サックスのBRICs礼賛からはかなり距離をとって、新興国の現状と課題を冷静に分析している。 シャルマの主張は、「どの木も空まで伸びるわけではない」という言葉に要約されている。スタート台が低いからといって、すべての国が平等に先進国にキャッチアップできるわけではない。シャルマのBRICsに対する診断は次のようなものだ。 ・ ブラジル:通貨も金利もあまりに高いためにインフラなどへの投資ができず、政府は有権者の福利厚生にばかり金を使っている。金もないのに福祉国家を目指すようでは経済成長は無理だろう。 ・ ロシア:資源価格の高騰によってモスクワやペテルブルグで大金持ちの酒池肉林が演じられているが、国土の大半は荒地で国民のほとんどは貧しいままだ。有権者を懐柔したいプーチンによって、いまでは年金支払額の割合が実質賃金の40%に達し(アメリカは28%)、12%が政府職員なので、全ロシア人の半分以上が生活を国に依存している。その原資は原油と天然ガスしかないのだから、エネルギー価格が30%下落すれば社会は崩壊するだろう。
・ インド:社会があまりに複雑なため、インド企業ですら国内への投資に二の足を踏み、輸出に活路を見出そうとする。新興国のなかでも1人当たりGDPは下位にあるにもかかわらず、ビリオネア(10億ドル以上の資産保有者)の数はアメリカ、ロシア、ドイツに続いて世界4位。権力者や富裕層の社会的地位は固定化し、与党・国民会議では35歳未満は全員が世襲議員。唯一の利点は、スタート台が低いため、相対的に経済成長が容易なことくらいだ。
・ 中国:経済成長にともなう成熟化(中所得国の罠)によって、経済成長率は6%台まで減速。若年労働者の減少と高齢化、インフレと賃金上昇、過剰投資による負債などによって、改革の果実のほとんどは食べつくされてしまった。2兆5000億ドルの外貨準備高も、地方政府の隠れ債務を考えるとただの幻想。消費者支出も、この30年間、年平均9%近く伸びており、“内需拡大”の余地は大きくない。だが、経済の減速は中国社会を破壊することはないだろう。「痩せて死んだ駱駝でも馬よりは大きい(腐っても鯛)」からだ。
次のページ>> バブル崩壊後に残るものとは? 「コモディティ・ドットコム」が生み出すもの 『ブレイクアウト・ネーションズ』でルチル・シャルマは、2000年以降の資源価格の高騰をドットコム(インターネット)バブルに匹敵する「コモディティ・ドットコム」だと述べる。だが両者には、決定的なちがいがある。 ?インターネットバブルは、世界じゅうで興奮を巻き起こした。IT企業のCEOはロックスターのように祭り上げられ、サラリーマンは会社を辞めてデイトレーダーになり、誰もが人類の新しい歴史が始まるのだと信じた。そのほとんどは幻想だったわけだが、光ケーブルなど通信設備への莫大な投資がムダになったわけではない。ICT(情報通信技術)の技術革新の成果はバブル崩壊によって失われることはなく、スマートフォンや電子ブックなどの新製品やグーグル、フェイスブックのような新しいサービスが次々と現われた。 ?それに対してコモディティ・ドットコムは、ごく一部の大金持ちを生み出したほかは、この世界になんの貢献もしていない。バブルがはじけたら、バブル前と変わらない量の金、ダイヤモンド、高級ワインが残されるだけだ。 ?エネルギー関連先物取引の2011年の売買高は日量20億バレルで、エネルギーに対する世界の1日あたりの需要量の22倍だ。コモディティは投機によっと支配され、その価格は実態経済から大きく外れている。 ?そもそもコモディティ価格は、技術革新(生産性の向上)によって、この200年間、「10年値上がり、20年値下がり」というリズムで趨勢的に下落してきた。価格上昇のスーパーサイクルが長期にわたって続いたことはない。 「コモディティ・ドットコム」の背景に中国の驚異的な経済成長があることは間違いないが、それがさらなる価格高騰を約束するわけではない。価格があまりに高くなると、中国の工場ですら立ち行かなくなるからだ。 ?世界の製造業生産高に占める中国のシェアはこの20年間で4%から17%に大幅に増えた。だがその一方で、世界経済に占める製造業のシェアは23%から17%に減っている。中国の製造業の高度成長はアメリカ、日本、ヨーロッパの製造業の凋落の裏返しで、世界経済全体では製造業からサービス業へのシフトが続いている。中国は縮みゆく池のなかで成長を続ける大きな魚で、コモディティの需要が拡大しているわけではない。 ?世界じゅうの鉱業会社は、2015年までに鉄鉱石の採掘量が60%増えるという想定で業務を拡大しているが、この水準にこたえるためには中国の需要が同じ期間に2倍になる必要がある。資源の総需要の伸びの大半を中国が占めているため、中国の銅の需要が今後5年間で20%低下したとすると、新興国の残りの国々はそれを埋め合わせるために、これまでの2倍のペースで需要を伸ばさなければならない。 ?このように「コモディティ・ドットコム」は、中国の過剰投資によって支えられているだけで、中国経済の減速がはっきりしてきた以上、バブルは早晩はじけるだろう。しかしそれは、悪いことばかりではない。 「コモディティ・ドットコム」は、金持ちになる資格のないひとをゆたかにする一方で、市場の資源配分を大きく歪めた。各国の中央銀行は、景気を回復させてひとびとの生活をよくするために金融を緩和したが、それが資源価格を高騰させて、逆に家計を苦しめている。だが資源バブルが崩壊すれば、資源のない多くの貧しい国だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、日本などの先進国も大きな利益を受けることになるだろう。 ?さらに、ブラジルのような資源国にすら価格下落のメリットは及ぶかもしれない。通貨の下落と金利の低下によって、政府や企業が国内のインフラに投資できるようになるからだ。だが石油と天然ガスしか売るものがない中東の国々はもちろん、国家予算が原油1バレル=100ドルを前提にしているロシアも救いようがないだろう。 「コモディティ・ブームのなかで大騒ぎをしていた国々は、残念ながら、平凡な国へ逆戻りという、苛酷な運命にある」とシャルマはいう。「宴の後には、後片付けが待っている」のだ。 『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル 』
作家・橘玲が贈る、生き残りのための資産運用法! アベノミクスはその端緒となるのか!? 大胆な金融緩和→国債価格の下落で金利上昇→円安とインフレが進行→国家債務の膨張→財政破綻(国家破産)…。そう遠くない未来に起きるかもしれない日本の"最悪のシナリオ"。その時、私たちはどうなってしまうのか? どうやって資産を生活を守っていくべきなのか? 不確実な未来に対処するため、すべての日本人に向けて書かれた全く新しい資産防衛の処方箋。 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術?究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術?至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。 http://diamond.jp/articles/-/36009?page=3
|