04. 2013年5月15日 16:21:13
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「アベノミクスをめぐる混乱」 BY DAVID BECKWORTH 以下は、David Beckworth, “Abenomics Confusion”(Macro and Other Market Musings, May 12, 2013)の訳。 ラルス・クリステンセン(Lars Christensen)がアベノミクスをめぐる混乱を解きほぐしている。 ドル円相場がついに1ドル=100円を突破し、現在の円安傾向が続けば日本からの輸出にポジティブな効果が生じることになるだろう、と広い注目が寄せられている。大半のコメンテーターやエコノミストの見方では、現在日本で進行中の金融緩和は為替レートひいては日本製品の(価格)「競争力」(“competitiveness”)へのインパクトを通じてその効果を発揮すると捉えられているようだ。しかし、そのような見方は完全に間違っていると私は思う。 現在日本銀行が実施している金融政策によって日本経済の名目GDP成長率が大きく引き上げられる可能性が高い−しばらくの間は実質GDPも大きく上昇する可能性が高い−、という点については私も強く同意するところである。しかしながら、経済成長の加速をもたらす主因を輸出の増加に求める見方には疑問である。私が思うに、日銀による金融緩和の結果として国内需要(内需)が刺激される可能性が高く、この内需の増加が経済成長の主たる原動力となると考えられるのである。今後日本の輸出が伸びを見せる可能性が高いのは確かだが、輸出の増加は金融緩和が経済を刺激する上で最も重要な経路であるとは思われないのである。 “ クリステンセンが語っているストーリーは決して目新しいものではない。1930年代に各国が金本位制から離脱した結果としてそれぞれの国で景気回復が進行することになったが、その原因は通貨切り下げによる輸出の増加にあったのではなく、内需が刺激されたことにあったのである。そもそもすべての国が同時に通貨切り下げに臨めば、いずれの国も輸出で有利な立場に立つことはできない。このことは1930年代に関してだけではなく現在に関してもあてはまるのである。 とは言いつつも、アベノミクスに起因する通貨切り下げ競争がECBに対してさらなる緩和に向けて動き出すよう促すきっかけとなるかもしれない点は見逃せない。特に、ECBが対外的な(貿易上の)競争力を気にかけるとすればそうなる可能性がある。つまりは、ユーロ諸国の製品が海外の製品と比べて(価格の面で)あまりにも高くなり過ぎないようにするために[1] ECBがさらなる金融緩和に乗り出し、その過程でユーロ圏内の内需が拡大する可能性があるわけである。多くの人々が多大な苦難を味わっている[2] にもかかわらずECBは全力で行動するには至っていないわけだが、アベノミクスがその(ECBが全力で行動する)きっかけとなるようなことがあれば何と皮肉なことだろうか。 訳注;ユーロ高を防ぐために [↩] 訳注;ユーロ圏内における失業率が高い水準を記録している [↩] http://econdays.net/?p=8213 「ケインズ経済学をめぐる『7つの神話』」 BY MARK THOMA 以下は、Mark Thoma, “Seven Myths about Keynesian Economics”(The Fiscal Times, May 7, 2013)の訳。 「ケインズは独特な性的嗜好の持ち主であり、さらに子供がいなかった。ケインズが長期的な経済問題に無関心であったのはそのためだ」。つい先日、ハーバード大学の歴史学者である二ーアル・ファーガソン(Niall Ferguson)がこのような趣旨の発言を行い、その後謝罪に追い込まれる格好となった。ケインズの性的嗜好が云々といった話は脇に置いておくとして、「経済が短期的な問題に直面している状況においてはケインジアンはしばしば長期的な問題を無視する」といった見解は広く語られているところである。しかし、ケインジアンは長期的な問題に無関心だとの主張は、ケインズ経済学に関する多くの神話のうちの一つなのである。 【神話その1;ケインジアンは「長期的な」経済問題に十分注意を払わない】 この主張とは正反対に、「ケインズ経済学に反対の立場の保守派の人々は短期的な経済問題−特に失業−に十分注意を払わない」との主張が成り立つだろう。しかしながら、短期的な経済問題の対処に失敗すると長期的な損害がもたらされ得る、という点には注意が必要である。例えば、景気後退が長引くと多くの人々が労働市場からの永続的な退出を余儀なくされ、そのために経済の長期的な成長力(潜在成長率)が損なわれるおそれがある。ケインジアンは長期的な問題にもかなりの注意を払っている。ただ、短期的な経済問題を無視することが長期的な経済問題を解決する上で最善の方法だ、との考えには与しないのである。 【神話その2;ケインジアンは経済成長のことなど興味がない】 ケインジアンも経済成長の便益(あるいは価値)はちゃんと理解している。ただ、ケインジアンは、二酸化炭素の排出をはじめとした外部性を企業が十分考慮に入れるように望み、経済成長の成果がどのように分配されるかにも関心を払うのである。労働者の生産性が上昇しているにもかかわらず経済成長の果実が所得上位層にだけ集中するようであれば−近年そうなっているように−、ケインジアンは疑問を抱くことになる。経済成長は所得の上昇をもたらす上でキーとなる要因である。しかし、経済成長は少数のヨット(お金持ち)だけではなくすべてのボートを引き上げるようなものでなくてはならず、水質の汚染を避けるようなかたちで進められなければならないのだ。 【神話その3;ケインジアンは「大きな政府」の支持者だ】 ケインズ経済学に関する神話の中でもこれがおそらく最もひどく混乱したものであり、また最も広く受け入れられているものである。ケインジアン流の景気安定化政策は次のようなかたちをとる。景気後退に際しては経済を刺激するために政府支出の拡大ないしは減税が実施される一方で、その後に景気が上向くと政府支出の削減ないしは増税が実施されることになる。つまり、ケインジアン流の安定化政策においては政府支出や税金の変更はあくまで一時的なものであり、例えば、景気後退下で政府支出が増大しても景気回復後に政府支出が削減されれば、政府の平均的な規模は時を通じて変わらないままとなるのである。しかし、政治家が(経済を刺激するために政府支出を増大した後に)景気回復後に政府支出を減らすのではなく増税を行う決定をすれば、政府の平均的な規模は拡大することになるだろう。一方で、景気を刺激するために減税を実施し、景気回復後に政府支出を削減する決定がなされれば、政府の平均的な規模は縮小することになるだろう。しかし、政府支出や税金の変更がケインジアンが求めるように真に一時的なものであれば[1] 、政府の平均的な規模は一切変わらないままなのである。 【神話その4;ケインジアンは政府債務のことなど気にしない】 特定の状況下では政府債務も問題となり得ることがあり、長期的な政府債務の問題に取り組む必要があるという点についてはケインジアンも理解している。問題は、政府債務がもたらすコストと失業に伴うコストとの適切なトレードオフをいかに図るか、ということである。深刻な景気後退下にあり、また政府債務残高が現在のような水準にとどまっている場合には、失業に伴うコストは財政赤字に伴うコストよりもずっと大きいと考えられる。一方で、経済が回復するにつれてトレードオフのバランスには変化が生じることになり、財政赤字の縮小に伴う便益は景気回復とともにいっそう大きくなることだろう。しかし、今現在に関しては失業こそが最大の関心事であるべきなのだ。 【神話その5;ケインジアンはインフレのことなど気にしない】 ケインジアンは労働者の雇用と所得が高い水準で安定し続けることをまず何よりも重視する。その際にインフレーションが加速する場合には、当然インフレもケインジアンの関心の対象となる。ケインジアンが異議を唱えるのは、経済への政府介入にイデオロギー的に反対する人々がインフレに伴うコストと失業に伴うコストとのトレードオフを歪んで評価することに対してなのである。 【神話その6;ケインジアンは金融政策を信用していない】 金融政策が景気回復を後押しし得ることについてはケインジアンも否定しない。ただ、ケインジアンは、金融政策だけで深刻な景気後退を克服できるとの主張には与しない。財政政策もまた必要だとケインジアンは考えるのである。 【神話その7;ケインジアンは古びて流行遅れな劣った(低級の)モデルに頼っている】 経済が危機に襲われ、現代のマクロ経済モデルの失敗が明らかになったことを受けて、経済学者の多くは政策(あるいは問題理解)の指針を求めてオールドケインジアンのモデルに向かうことになった。オールドケインジアンのモデルは今まさに我々が直面している類の問題に答えることを意図して組み立てられたものであった。現代のモデルの欠陥が修正されるのを待っている時間的な余裕などなく、また、オールドケインジアンのモデルはその長所と短所をきちんとおさえてさえいれば有用であることが判明したのであった。今回の危機の過程でケインジアンは、モデルがいつの時代に作成されたかなど大して気にすることもなく、利用可能なモデルの中から最善だと思われるものを選んでそれに依拠した。現代のモデルが有用であったこともあれば、古いモデルが優れた洞察をもたらしたこともあった。つまりは、重要な疑問に答える上で最善だと思われるあらゆるモデルに頼ったのである。危機の過程で現代の「ニューケインジアン」モデルにも修正が加えられることになったが、修正されたニューケインジアンモデルがオールドケインジアンモデルから引き出される政策処方箋を一般的には支持する傾向にあるのは興味深いことである。 オールドケインジアンモデルならびに修正されたニューケインジアンモデルが勧める政策がもっと積極的に推し進められていたとすれば、長期失業のような問題は今ほどひどいことにはなっていなかった可能性がある。もっと言うと、過去に関してだけではなく現時点においても依然としてもっと積極的に推し進められる必要がある。人類が経験から学ぶ可能性をこれまでずっと個人的に望んできたが、上で触れた7つの神話が失業問題へのより有効な政策対応の前に立ちはだかり続けているのである。 訳注;景気を刺激するために政府支出が拡大される場合にはその後の景気回復期に政府支出が削減される、あるいは、景気を刺激するために減税が実施される場合にはその後の景気回復期に増税が実施される、といったかたちをとるならば [↩] http://econdays.net/?p=8202 「複数均衡におけるアナウンスメントの役割 〜「悪い」均衡から「良い」均衡へ〜」 BY OLIVIER BLANCHARD 以下は、Olivier Blanchard, “Rethinking Macroeconomic Policy”(iMFdirect, April 29, 2013)の一部抜粋訳。 <その6>目視での航海(Navigating by sight) 複数均衡とコミュニケーション(Multiple equilibria and communication) 複数均衡が成り立つ世界では、アナウンスメントは大きな重要性を持ち得る。例えば、ECBがアナウンスしたOMT(Outright Monetary Transaction;国債買い入れプログラム)のケースを考えてみてほしい。このプログラムのアナウンスメントは、ソブリン債市場において複数均衡の発生につながる源泉の一つを取り除く効果を持ったと解釈することができる。つまりは、コンバーティビリティ・リスク−投資家が「ユーロ圏周辺国はユーロから離脱するに違いない」と考えて、それら各国政府が発行する国債の購入に際してプレミアムの上乗せを要求し、その結果としてユーロ圏周辺国が実際にもユーロからの離脱を強いられることになる危険性−の除去に成功したと考えられるのである。それも実際にプログラムを実行に移す必要もなく、プログラムのアナウンスメントを通じてそのような効果が生じたのである。 この観点からすると、つい最近日本銀行が発表したアナウンスメントはなおいっそう興味深い。そのアナウンスによると、今後日本銀行はマネタリーベースを2倍に拡大する予定とのことだが、この政策がインフレに対してどの程度効果を持つかは、(この政策の結果として)家計や企業が抱くインフレ期待がどのように変化するかに大きく依存することだろう。仮にインフレ期待が上昇することになれば、家計や企業による賃金や価格の決定に影響が及び、その結果としてインフレの上昇につながることだろう。インフレの上昇はデフレ下にある日本においては望ましい結果である。一方で、インフレ期待の上昇につながらなければ、インフレが大きく上昇すると考えるに足る理由はないことになろう。 それゆえ、この劇的な金融緩和に向けた動きを支える主たる動機は、心理的なショックを与え、人々の認識と価格決定のダイナミックスにシフトを生じさせることにある、ということになろう。今回の日銀の決定は−日本の政府当局が実施するその他の政策と相伴うことで−うまく機能するだろうか? そうなることを祈ろう。しかし、(仮に日銀の政策が効果を持ったとしても)教科書で説明されているような機械的なかたちで効果を持つわけではないだろう。 http://econdays.net/?p=8196 「ウッドフォード・ピリオド 〜迎え酒にバーボンを〜」 BY BILL C 以下は、Bill C, “The ’Woodford Period’: A Bourbon for Bernanke?”(Twenty-Cent Paradigms, February 21, 2013)の訳。 つい先日、セントルイス連銀総裁であるジェームス・ブラード(James Bullard)が「現状の金融政策のスタンス」をテーマに講演を行ったが、その内容を要約したニュースリリースによると、ブラードは講演で次のように語ったとのことである。 彼(ブラード)は今回の講演で次のように述べている。「セントルイス連銀の予測によると、失業率が閾値(threshold)[1] である6.5%に達するのは2014年6月のことになると見込まれている」。しかしながら、彼は次のようにも指摘している。セントルイス連銀が予測する今後の失業率の推移をテイラー・ルール(Taylor(1999))にあてはめるとFF金利は2013年8月の段階で引き上げられるべきとの結果が得られる、と。すなわち、「閾値に達するまではFF金利を(現状のほぼ)ゼロ%に据え置くとのFOMCの決定は、通常であればFOMCがFF金利を引き上げるはずの時点よりも長めにFF金利をゼロ%に据え置くことを意味している。つまり、FOMCによる閾値の決定は「ウッドフォード・ピリオド」(“Woodford period”)の設定を意味するものと見なすことができる。」 “ 1950年代〜60年代にFRB議長を務めたウィリアム・マチェスニー・マーティン(William McChesney Martin)はかつて次のように語った。Fedの仕事は「パーティーが盛り上がっている最中に(お酒の入った)パンチボールを片付けることにある」、と。このマーティン・ルールから派生する(ブラードが語るところの)新しいコロラリー(corollary)は次のようになるだろうか。「Fedの仕事は、景気後退が終わった後もしばらくはゆっくりとバーボンをちびちびとやる暇を与えることにある」、と。「景気後退というのは金融危機に端を発する二日酔いのようなものだ」との意見があるが、仮にそうだとすればそれはおそらく迎え酒[2] のようなものなのだろう[3]。 ニュースリリースの続きはこうなっている。 2013年8月から2014年6月までの期間が「ウッドフォード・ピリオド」(“Woodford period”)−ここで「ウッドフォード」というのはコロンビア大学の経済学者であるマイケル・ウッドフォード(Michael Woodford)を指している−ということになるだろう。ブラードは次のように付け加えている。「経済学界で広く受け入れられている理論によれば、ウッドフォード・ピリオドを設けて通常よりも長めにFF金利をゼロ%に据え置くことは、名目金利がゼロ下限制約に直面している状況において一層大きな景気刺激効果を持つとともに、おそらくは最適な金融政策でもある。」 “ おっと。「ウッドフォード」というのはInterest and Prices(『利子と物価』)の著者のことであって、バーボンウイスキーであるウッドフォードリザーブのことではないらしい。 しかし、やはりウッドフォードリザーブのことを指すようにした方がよかったかもしれない。というのも、バーボンを購入するためにFedが貨幣を刷ると蒸留所が予想したとしたら、それを見越して(メーカーズマークも含めた各メーカーの蒸留所が)バーボンの蒸留に乗り出す[4] かもしれないからだ。ん〜〜〜。 【訳者による追加】 (出典)James Bullard, “Perspectives on the Current Stance of Monetary Policy(pdf)”(February 21, 2013)のpp.25より再掲 訳注;ゼロ金利解除の基準となる失業率の値。2012年12月に開催されたFOMCで、失業率が6.5%を下回るかインフレ率が2.5%を超えない(+インフレ期待が安定している)限りは政策短期金利であるFF金利を現状のほぼゼロ%に据え置くことが決定された。 [↩] 訳注;二日酔いを解消するためにお酒を飲むこと [↩] 訳注;おそらくこの文章は、景気後退に関する「二日酔い理論」を揶揄したものないし逆手にとったものと思われる。「二日酔い理論」によると、酒の飲み過ぎが悪いのだから(それ以前の浪費が現在の景気後退の原因なのだから)お酒をはじめとした贅沢は控えて堅実な生活を過ごしなさい→民間・政府両者に対する緊縮の勧め、といった結論が引き出されることになるが、ここでは「いや、二日酔いには迎え酒で対処すればいいのでは? ウッドフォード・ピリオドを設けて金融緩和(ゼロ金利)をちょっと長めに継続すればよい」との意味が込められているのだと思われる。景気後退の「二日酔い理論」については、例えば以下を参照のこと。 ポール・クルーグマン(1999)「日本の長引く不況は、バブル期の行きすぎのせいではない」/ Paul Krugman(1998), “The Hangover Theory ;Are recessions the inevitable payback for good times?” [↩] 訳注;次の記事も参照のこと。「バーボン「メーカーズマーク」、アルコール度数引き下げを撤回−一連の騒動に「心からお詫び」と経営者(タイム)」 [↩] http://econdays.net/?p=8191 「近隣富裕化政策としての世界同時リフレ 〜回復スピードが二極化する世界におけるリフレーションと支出転換〜」 BY MENZIE CHINN 以下は、Menzie Chinn, “Reflation and Expenditure Switching in a Two Speed World”(Econbrowser, March 25, 2013)の訳。
バーナンキがすべてを語ってくれている。 FRB議長であるベン・バーナンキ(Ben Bernanke)が本日(3月25日)LSEで講演を行い、そこで次のように語っている。 大恐慌(Great Depression)に関する現代の研究−その流れを生むきっかけとなったのは、バリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)とジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs)が共同で執筆した1985年の記念碑的な論文です(注6)−は、金本位制からの離脱がもたらした効果に関して私たちの従来の考え方に変更を迫る格好となりました。金本位制から離脱し、その結果として為替が減価したことで一時的に貿易上で有利な立場を手にすることになったケースもあることは確かですが、大恐慌に関する現代の研究によると、金本位制からの離脱に伴う主要な便益は次の点にあることが示されています。それは、各国が自ら適切だと思うやり方で自由に金融緩和を実施できるようになったことにある、ということです。1935年ないしは1936年までに実質的にすべての主要各国が金本位制から離脱し、その結果為替レートが市場で自由に決定されるようになると、為替レートの変化を通じて貿易が刺激される効果は限定されることになりました。しかし、主要各国が金本位制から離脱して以降の世界経済全体のパフォーマンスは1931年よりもずっと好調な状況を記録する結果となりました。その理由は、各国が金本位制の拘束衣を脱ぎ去ったことにより、自国内における完全雇用を達成するためにふさわしいやり方で自由に金融政策を実施することができるようになったからでした。さらには、貿易相手国の景気が上向くことにより輸出の増加というかたちで恩恵が生じた点も重要です。要するに、関税引き上げ競争とは対照的に、1930年代に実施された金融政策を通じたリフレーションはポジティブ・サムの結果をもたらすことになったのです。その結果は、為替レートの変更に伴う貿易転換(純輸出の増加)を通じてではなく、主要各国における国内需要の増加を通じてもたらされたのです。 このことが現在の状況に対して持つ教訓は明らかです。目下のところ、先進国経済の大半はこの度の大不況(Great Recession)から緩やかに回復しつつある途上―その程度は国ごとに違いがありますが―にあります。概してインフレが安定していることを受けて、各国の中央銀行は経済の回復を下支えするために金融緩和策に乗り出していますが、このような状況を指して「通貨切り下げ競争」(competitive devaluations)と呼ぶことは適当でしょうか? 「ノー」でしょう。というのも、先進国経済の大多数で金融緩和策が実施されているので、先進国間での為替レートには劇的かつ持続的な変化が生じることはないと予想されるからです。主要な先進国で実施されている金融緩和策がもたらす便益は、為替レートの変化を通じてもたらされるわけではなく、それぞれの国内の総需要の下支えを通じてもたらされると考えられるのです。さらに、各国の景気が上向くことになれば、それに伴って貿易相手国に(輸出の増加というかたちで;訳者挿入)好ましいスピルオーバーがもたらされることにもなるでしょう。つまりは、現在先進各国が同時に実施している金融緩和策は「近隣窮乏化」(”beggar-thy-neighbor”)ではなくポジティブ・サムな「近隣富裕化」(”enrich-thy-neighbor”)をもたらすと考えられるのです。 (注6)Barry Eichengreen and Jeffrey Sachs (1985), “Exchange Rates and Economic Recovery in the 1930s,” (Journal of Economic History, vol. 45 (December), pp. 925-46)を参照のこと。 “ 大恐慌当時において固定為替レート(金本位制)がいかに世界経済に好ましからぬ影響をもたらしたかを思い出してもらうためにも、ここで改めてかの有名なアイケングリーンの図―当時の各国経済のパフォーマンスの違いが一目でわかる図―を掲げることにしよう。 (出典)Eichengreen(1992)(pdf)の図5 個人的には支出転換効果[1] をもう少し強調したいところだが、現在先進各国で同時に実施されている非伝統的な金融政策はポジティブ・サムの結果をもたらす可能性が高い、というバーナンキの見立てには私も同意である。私の個人的な見解では、各国の中央銀行が為替の減価を歓迎したとしても[2] 、最終的には好ましい結果がもたらされることになると思われる。それも(少なくとも先進各国間での)名目為替レートにはほとんど変化が生じないとしてもそうなることだろう。リフレーションは物価の上昇をもたらすことになると思われるが、ジェフリー・フリーデン(Jeffry Frieden)やジョシュア・アイゼンマン(Joshua Aizenman)との共同研究を通じてこれまで私自身指摘してきたように、リフレを通じた物価の上昇は大規模な産出ギャップを長らく抱え続けている経済に対して(例えば、債務の実質的な負担を軽くしたり、信用制約を和らげるなどの経路を通じて)好ましい効果を持つことだろう。実際のところ、ここにきてインフレ期待は(ポール・ライアンが恐れるような水準にまでは達していないとしても)わずかながらも上昇しているようである。以下にドイツ銀行の調査結果を掲げておこう。 (出典)Hooper, Mayer, and Spencer, “Staying the Course on a Sea of Central Bank Liquidity,” World Outlook (Deutsche Bank, 22 March 2013) [not online].
以前にも指摘したことだが、あらゆる国でインフレが加速する必要はないだろう。というのも、現在世界経済においては景気回復のスピードの面で二極化が生じており(新興国では急速なスピードで景気回復が進行している一方で、先進国では景気回復のスピードが鈍かったり、あるいは景気回復がまったく生じていないケースもある)、それゆえインフレに伴う便益は地域ごとに違いがあるからである。具体的には、アメリカやユーロ圏、そして特に日本ではインフレの上昇が必要とされていると言えるだろう。さらに、為替レートに関する私の指摘もあらゆる国にあてはまるわけではない。景気回復のスピードの面で二極化が生じていることを考えると、新興国の通貨は増価の方向に、先進国の通貨は減価の方向にそれぞれ向かうのが望ましいと言えるだろう。以下の図にあるように、実際にもある程度そのような方向に向かいつつあるようである(ただし、ユーロに関しては間違った方向に向かいつつあるようだが)。 Figure 1: BISのデータ(Broadベース)をもとに算出した実質実効為替レート(対数値、2010年の実質実効為替レートを0とする);アメリカ(青)、イギリス(赤)、ユーロ(緑)、日本(紫)、中国(オレンジ) このエントリーでも論じたように、日本の為替レート(円)はここのところ大きく下落している。また、イギリスの為替レート(ポンド)も最近になって下落傾向を見せているが、「拡張的な財政緊縮」とやらの効果がまったく生じていないことを考えると、この動きは好ましいことだと言えるだろう。対照的に、中国の為替レート(元)はここのところかなりの増価を見せているが、それにもかかわらず、特に新興国の通貨に対してさらなる調整が依然として必要だと考えられる。 <まとめ> エントリーの冒頭でも示唆しておいたように、バーナンキが講演の結論で語っていることに私が付け加えるべきことは何もない。 本日の話をまとめるとこういうことになります。目下のところ、先進各国では、自国の景気回復を促し、物価の安定を保つために、適切にも金融緩和策が実施されている最中です。大恐慌に関する現代の研究が明らかにしているように、そのような政策は世界経済全体に(ネットで見て)便益をもたらすことでしょう。先進各国で同時に実施されている金融緩和策をゼロ・サムないしはネガティブ・サムな貿易転換政策と同一視すべきではありません。実のところ、先進各国で同時に実施されている金融緩和策は互いに補強し合う可能性があり、その結果として関係するすべての国に便益をもたらし得るのです。 “ あえて何か付け加えるとすれば、先進国経済において(中でもユーロ圏において)、金融緩和に向けた行動が今よりももっとずっと積極的に推し進められるべきだ、ということくらいである。 訳注;訳注;貿易収支を改善する効果=純輸出を増加させる効果 [↩] 訳注;金融緩和を通じて為替の減価を意図的に引き起こそうと試みたとしても [↩] http://econdays.net/?p=8177 |