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『フォーリン・アフェアーズ・レポート』(2013 No.4)に掲載された「不法貿易というアメリカの暗い過去 ― 米経済を支えた密輸と知的所有権の侵害」(P.アンドレアス)という論考の紹介である。
この論考を転載するのは、米国を自由で公正な国家の象徴のように見たり、国民多数派にとって追加的な経済権益がほとんどない一方で、統治や社会構造の自主性が喪失していくTPPへの参加を「自由主義経済」の観点から推進する人がいたりするからである。
TPPに限らないことだが、FTAやEPAは、先進国の力を借りて先進国をめざす途上国は別だが先進国にとって、国家的観点でメリットやデメリットを語ることが困難なテーマになっている。
というのも、国民経済で枢要な地位を占め経済成長の牽引者でもあるグローバル企業の利益と国民多数派の利益がますます乖離する状況になっているからである。
TPPへの参加是非をめぐる論議でも、このような状況の理解が希薄なため、宗主国アメリカVs従属国日本という図式がクローズアップされている。
おかげで、日本のグローバル企業経営者やその利益拡大に精を出す政治家は、それほど手を汚さずに(日米関係や安全保障のためという言い訳で)欲する条件を手に入れられる。
トヨタや三菱系企業など多くのグローバル企業が、「利益の極大化」のためなら雇用を犠牲にしてもいいというところまでは堕ちていないことが日本の救いだと思っているが、国民経済で枢要な地位を占めているグローバル企業が、財政健全化を叫ぶ一方でよりいっそうの税負担軽減化を求める状況は、国民国家とグローバル企業の対立を示す縮図とも言える。
以前から言ってきたように、「保護貿易」が保護主義の一形態だとすれば、「自由貿易」も保護主義の一形態である。「保護貿易」を選択するのか、「自由貿易」を選択するのかは、各国の歴史的経済発展段階に拠る。
米国のように口先では自由貿易を唱えつつ、実態は、政治的規制・“特別関税措置”・補助金で特定分野や事業者を保護しなくても、相手国に「自由貿易」を“強制”すること自体が自国事業者への保護主義政策である。
日本も、戦後、60年(昭和35年)頃までに貿易や直接投資の「自由化」が行われていれば、自動車業界も家電業界も、リーディングカンパニーの名称が違っていたり、今日のような隆盛に至っていなかったりした可能性が高いだろう。
日本は、世界一の産業力と言われるようになった80年代半ばでも、工業製品の分野で保護政策をとり続けた。
紹介する論考は、TPPでも主要な分野とされる「知的財産権」に関わるものであり、貿易の公正性や正義にも関わるものでもある。
アメリカ社会のいいところだが、米国経済史を冷静に捉え、自国の政策の“行き過ぎ”にチェックを入れている。
私ならそこまでは書かないと思うほど、率直に、米国の「暗い過去」を述べ立てている。
「アメリカは被害者であるどころか、世界のいかなる国と比べても、不法貿易の豊かな伝統を持つ国だ。建国以来、アメリカは不法貿易に手を染め、密輸をベースとする資本主義で経済の発展を支えてきた。」
「この不都合な歴史的事実が認識されれば、現状とその対応策に関する、加熱した議論も少しは和らぐだろう。アメリカ市民は、自国の不法貿易に関する複雑な歴史を理解し、その事実を認めるべきだし、特にアメリカの政策立案者たちは、この歴史的事実に留意する必要がある。」
「不法貿易を背景に、第一世代のアメリカ大富豪が誕生」
「不法貿易を通じて誕生し、成長した国が、不法貿易の撲滅を求めて世界を主導しているのは何とも皮肉な状況」
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不法貿易というアメリカの暗い過去 ― 米経済を支えた密輸と知的所有権の侵害
Gangster’s Paradise
−The Untold History of the United States and International Crime
ピーター・アンドレアス
ブラウン大学教授
中国の著作権侵害に対して不満を募らせているのは洗練されたファッション産業やハイテク産業だけではない。アメリカの作家やフィルムメーカーも、自分たちの著作や映画の不正コピーが中国で量産され、正式な発売の直後には闇市場に出回っている事態に頭を抱えている。ワシントンはこのような著作権侵害を取り締まるように相手国政府に働きかける路線を主導しているが、19世紀の状況は正反対だった。当時のアメリカでは不正コピーが広く出回っていた。
これに激昂していたのは、チャールズ・ディケンズやアンソニー・トロロープといったイギリスの作家たちだった。‥‥アメリカが国際的な著作権スタンダードを受け入れ始めたのは、マーク・トゥエインなどのアメリカの著述家たちが著作物盗用の被害者になってからだった。アメリカの政府高官は怒り狂うだけでなく、「自国の知的所有権が盗用の対象になるまでは、政府が知的所有権の適切な保護を始めることはない」というアメリカ史の教訓を思い出すべきだろう。
密輸と経済
グローバル経済の好ましくない、負の側面が広がりをみせている。
グローバル化の流れから恩恵を引き出しているのは合法的なビジネスだけではない。非合法な麻薬取引をする密輸業者、経済制裁や課税から逃れようとする国や個人、窃盗品、偽造品、海賊版を不法に闇市場で取引する業者、密輸に手を染める移民、マネーロンダリングを手がける犯罪組織も好都合な環境を手にしている。こうした非合法活動が当局に頭痛の種を作り出す程度で終わる場合もあるが、各国に安全保障上の大きな脅威を作り出すような深刻なケースもある。
こうした非合法活動は、グローバルな組織犯罪、あるいは (国境を問わぬ)トランスナショナルな組織犯罪として一括りに分類されることが多い。2011年にホワイトハウスが発表した報告によれば、これらトランスナショナルな犯罪は「治安、公衆衛生、民主制度、経済の安定に深刻な悪影響を与えている」。国連薬物犯罪事務所(UNODC)も2010年に同様の認識を表明し、「グローバル化した組織犯罪は、いまや世界有数の経済力と軍事力さえ保有している」と指摘している。
一方、非合法貿易は大国間関係にも悪影響を及ぼすようになった。例えば、ワシントンの政府高官は「知的所有権の乱用による海賊版と偽造品に対する取締りに熱心でない」と中国政府を批判している。実際、「トランスナショナルな犯罪は国家間の紛争を誘発するだけでなく、近代国家制度の基盤そのものを揺るがしかねない」と警告する専門家もいる。ジャーナリストのモイセス・ナイームは、トランスナショナルな犯罪を抑制するための対策を「グローバル化戦争」と呼び、「政府は (この戦いに)敗れつつある」と指摘している。
このような懸念を背景に、アメリカを始めとする各国改府は国境管理体制を強化し、その穴を埋めようと躍起になっている。ワシントンがこの数十年にわたって「より積極的に犯罪組織対策をアジェンダに据えるべきだ」と国際社会に働きかけてきた結果、各国政府は、アメリカ政府が好ましいとみなす密輸対策を、二国間合意や多国間合意を通じて導入するようになった。国務省は、人身売買と国際的な麻薬取引対策にうまく取り組んでいる国々をランク付けした年次報告を公表するようになり、その結果、多くの国が対策の進展と順守をめぐって好ましいイメージを作り出そうと努力するようになった。
アメリカはその主導国として、この数十年で反麻薬キャンペーンに数百億ドルを投入し、麻薬の密輸入を阻止しようと試みてきた(だがそのアメリカも、拳銃の密輸出をそれほど厳格に取り締まってきたわけではない)。麻薬対策を劇的に強化したことでアメリカは非常に多くの麻薬取引業者を摘発・投獄するようになった(アメリカの刑務所には、西ヨーロッパ諸国の刑務所における麻薬犯罪者の合計を上回る数の服役囚がいる)。
さらにワシントンは、不法移民の流入増大という事態を前に、1990年代に国境監視体制の規模を2倍に拡大し、この10年間でそれをさらに倍増させて対策を強化している。何百マイルにもわたって巨大なフェンスを築いただけでなく、メキシコとの国境上空に監視用の無人飛行機(ドローン)を飛ばすなど、ワシントンは国境管理に軍事テクノロジーも導入している。2012年にオバマ政権は、法執行活動予算のなかで突出した大きな予算(約180億ドル)を移民管理対策のために投入している。
国境を越えた犯罪と不法貿易が、個人とコミュニティーを蝕み、アメリカを含む各国の政府に大きな問題を作り出しているのは事実だろう。しかし、感情的な議論と闇雲な法執行の強化という現在のワシントンの対策は、どうみても行き過ぎている。アメリカの専門家と政策立案者はともに、これらの脅威を正面からとらえておらず、この犯罪を歴史的な文脈で理解しょうとしていない。
一般に考えられているのとは違って、国境を越えた犯罪に派生する問題の多くは目新しいものではない。各国は数世紀にわたって同じような問題に悩まされ続けてきた。そして、アメリカは被害者であるどころか、世界のいかなる国と比べても、不法貿易の豊かな伝統を持つ国だ。建国以来、アメリカは不法貿易に手を染め、密輸をベースとする資本主義で経済の発展を支えてきた。
この不都合な歴史的事実が認識されれば、現状とその対応策に関する、加熱した議論も少しは和らぐだろう。アメリカ市民は、自国の不法貿易に関する複雑な歴史を理解し、その事実を認めるべきだし、特にアメリカの政策立案者たちは、この歴史的事実に留意する必要がある。
トランスナショナルな犯罪に関する歴史的な事実への理解が進めば自制が作用し、ワシントンの強硬な対策も緩和され、非生産的で逆効果の措置の悪影響も少なくなるし、不法貿易の需要サイドが相対的に放置されている状況の是正も期待できるようになるはずだ。
不都合な歴史的事実
ワシントンの政府高官は「知的所有権を踏みにじる偽造品と海賊版の横行に対する中国政府の取り締まりが手ぬるい」と不満を表明するが、そうした発言自体、アメリカが歴史的にトランスナショナルな犯罪からいかに利益を得てきたかを彼らが適切に認識していないことを裏付けている。
ワシントンの不満に大義がないと言うつもりはない。ルイ・ヴィトンのハンドバッグやロレックスの腕時計の模造品がニューヨークのキャナルストリートやロサンゼルスのサンティ・アレイに大量に出回り、中国のハッカーがアメリカのジェット戦闘機の技術設計図を盗み出しているとすれば、当然、企業の正当な利益が失われている。
しかしアメリカの工業化が開花した18世紀末から19世紀初頭にかけて、アレキサンダー・ハミルトンのような建国の父たちが、繊維産業を中心に知的所有権の乱用、技術の不正入手と使用をあえて奨励したことを、われわれは都合よく忘れてしまっている。
ハミルトンは、1791年に著書『製造業に関する報告書』で、たとえそれが他国の法に触れることになろうとも、「ヨーロッパで使われているあらゆる機械を調達すべきで、そのためなら、適切な資金を出すだけでなく、(不正に伴う)必要な痛みも引き受けなければならない」と主張している。この報告書は、ほとんどの国が 「自国で開発または改良された方法(技術)や機械の輸出を禁止し、違反にはペナルティを課している」と指摘しつつも、実質的な産業窃盗(インダストリアル・セフト)を奨励している。
たしかに、中国に対して不満を募らせているのは、いまや洗練されたファッション産業やハイテク産業だけではない。アメリカの作家やフィルムメーカーも、自分たちの著作や映画の不正コピーが中国で量産され、正式な発売の直後には闇市場に出回っていることに頭を抱えている。
現在ワシントンはこのような知的所有権の侵害を取り締まる路線を世界的に主導しているが、19世紀の状況は正反対だった。積極的に不正コピーを取り締まることもなかった当時のアメリカで海賊版が広く出回っていたことに激昂していたのは、チャールズ・ディケンズやアンソニー・トロロープといったイギリスの作家たちだった。1831年に成立したアメリカの著作権法は国際的な著作権の盗用という問題を完全に無視していた。アメリカが国際的な著作権スタンダードを受け入れ始めたのは、マーク・トゥエインなどのアメリカ人作家たちが著作権侵害の被害者になってからだった。
たしかに、北京はもっと積極的に知的所有権を保護すべきだが、ワシントンも現在の中国の態度がかつてのアメリカのそれと大差ないことを認める必要がある。アメリカの政府高官は怒り狂うだけでなく、「自国の知的所有権が盗用の対象になるまでは、政府が知的所有権の適切な保護に努めることはない」というアメリカ史の教訓を思い出すべきだ。もちろん中国がテーブルにつくまでアメリカは座して待つべきだと言うつもりはない。しかし、アメリカの政府高官は自制心を持って将来を見通し、軽率な批判は控えるべきだ。
愛国的な密輸業者たち
トランスナショナルな犯罪は現実の脅威だし、それが、暴力と結びついている場合には特に大きな脅威となる。例えば、コロンビアの麻薬カルテルはこの数十年にわたって反政府武装勢力を資金援助し、アフガニスタンのイスラム主義勢力による反政府武装勢力も麻薬取引を資金源としている。しかし、トランスナショナルな犯罪と紛争の結びつきも目新しいものではない。
独立戦争前のアメリカの商人たちは大西洋を舞台とする密輸経済の主役だつたし、特に、ニューイングランドが蒸留酒生産用に西インド諸島から糖蜜を密輸入していたことは有名だ。そして、アメリカがイギリスに対して反乱を起こした理由の一つは、イギリスがこの密貿易を弾圧したからだった。
イギリス当局は、アメリカの商人たちが18世紀半ばの七年戦争でフランス軍に物資を供給して蓄財していたことにも強く憤慨していた。イギリスは独立戦争前の10年間に軍事的な密輸弾圧作戦をとるようになり、これに反発した植民地の民衆による反乱が相次ぐようになった。税関船が燃やされ、税関職員と情報提供者は捉えられ、さらし者にされた。
植民地の反乱に加担した寄せ集めの海軍が世界最強のイギリス海軍を打ち破ったのも密貿易の知恵を生かしたおかげだった。アメリカの密輸業者たちは自分たちの不法な輸送方法、スキル、ネットワークを駆使して、アメリカの革命勢力に武器と弾薬を提供した。利益だけではなく愛国心にも突き動かされた密輸業者たちは(戦時に敵国と戦う民間の)私拿捕船としても活動し、ジョージ・ワシントン率いるにわか仕立ての海軍に加わった(イギリス側はこれらの私拿捕船を海賊とみなした)。
独立を果たした後かなり時間が経過しても、不法貿易はアメリカの国際舞台での台頭を支える強力な原動力であり続けた。特に、不法貿易を背景に、第一世代のアメリカ大富豪が誕生したことは注目に値する。ジョン・ジエイコブ・アスターは1848年に死去したときにアメリカ最大の資産を持つ、最初のマルチ・ミリオネアだったが、彼は密輸で身を立てた人物だった。アスターは様々な不法貿易に関わっていた。アヘンを東アジアへ送り込んだだけでなく、1812年の英米戦争の際には敵勢力と取引をし、ネイティブ・アメリカンに毛皮を提供することで当時禁制品だったアルコールを入手し、売りさばいた。
アスターが例外的な存在だったわけでもない。1831年に死去した当時、アメリカ最大の資産家だったスティーブン・ジラードも、中国とのアヘン貿易など、様々な密輸を通じて財を築いた人物だ。
フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の祖父ウオーレン・デラノ・ジユニアも同様に不法貿易を通じて財産を築いている。もつとも、デラノは 「公平で高潔であり正当な貿易」を行なっていると信じ、1729年にアヘン禁止令を出した清朝の当局が、自分をならず者だと考えていることなど、まったく意に介さなかつた。
国境警備の軍事化
トランスナショナルな犯罪の恐怖を説く警世家は、国境線がボーダーレス化しているという認識を受け入れている。しかし、アメリカの国境がいまや管理不能に陥っていると主張する人々は、そもそも国境管理が効果的に機能したことはないという歴史的事実を忘れているようだ。
実際には、アメリカの国境管理は常にずさんだった。当初からアメリカとメキシコの経済関係は密輸によって規定されていたし、アメリカとカナダとの関係も同様だった。禁酒法の時代の(ミシガン州)デトロイトと(隣接するカナダの)ウインザーには、現在の(テキサス州)エルパソと(隣接するメキシコの)シウダー・ファレスと同様に確立された密輸ルートが存在した。さらに言えば、メキシコからの移民が最大の国境問題になるずっと前から、アメリカの南北国境地帯はどちらも、中国とヨーロッパからの移民の不法入国のルートだった。
近年、アメリカとメキシコの国境警備はますます軍事化されている。ワシントンは数千人の国境警備隊を動員し、国境内の南部の治安を確保しょうと試み、フェンスの向こう側のメキシコもまるで前線に配備されるような部隊を配備して「麻薬戦争」に備えている。
しかし、イギリスが1700年代後半に海軍を投入して植民地の密輸を弾圧したときのように、取り締まりを軍事化して逆効果になったケースがあることを忘れるべきではない。ベンジャミン・フランクリンもそうした軍事化路線を批判し、1773年に次のように皮肉を込めてイギリスに忠告している。勇敢で誠実な英海軍将校たちを些末な乗船税関監視官や植民地税関の役人にするのもいいだろう。戦時には自国民の商業活動を守るために雄々しく戦う彼らに、平時には(アメリカの)商業活動を餌食にするようにと教えるのも悪くない。そうすれば、彼らに密輸業者から腐敗を学ばせることができる。(イギリス兵の勤勉を示すために)武装ボートに乗って、植民地の沿岸線のあらゆる港湾、河川、小川、入江を捜索させ、海岸付近を航行する船、ボート、漁船を検査し、乗船者を抑留すれば、見事な成果が上がること間違いなしだ。
フランクリンがこの皮肉に満ちた文章を書いてから多くのことが変化したが、軍隊を反密輸部隊に仕立て上げることに対する彼の基本的な批判はいまも有効だ。兵士は立派な警察官にはなれないからだ。
兵士は誰かを逮捕したり拘束したりするのではなく、敵を殺すための訓練を受けており、市民の自由を尊重しないこともある。兵士の高圧的なやり方はまさに彼らが保護すべきコミュニティーとの関係を損なうかもしれない。密輸業者や他の犯罪者を取り締まる任務を兵士に与えれば、腐敗が兵士たちを蝕んでいく。
アメリカ人は、現在のメキシコとの国境地帯における密輸問題の深刻化に自分たちが加担している部分があることを都合よく忘れているようだ。コロンビア人が1980年代に利用していたカリブ海と南フロリダを経由する麻薬密輸ルートに対する取締りをアメリカが強化したことで、メキシコ人の密輸業者には幸いなことに、不法貿易ルートがアメリカとメキシコの国境地帯へと移動した。
同様に、1990年代にメキシコ国境沿いの通関・入国ポイントでの不法移民流入の取締りを強化したために、多くの不法移民が密輸業者を頼って国境を越えるようになり、トランスナショナルな犯罪を巧妙化させ、彼らに大きな収益源を与えることになった。
さらに密入国斡旋業者がアメリカの国境警備をかいくぐろうと辺境地や厳しい地勢のポイントなど、リスクの高い密入国ルートを確立したために、年間数百人が密入国の途上で命を落とす悲劇が起きている。
これまでもそうだつたが、開かれた社会を維持し、合法的な貿易と人の移動を許容しながら、国境地帯の不法な経済活動を抑制し、探知するワシントンの能力には限界がある。
2010年には平均すると一日あたり、100万の人、25万の車、6万を超えるトラックや鉄道・船上コンテナが合法的にアメリカの国境を越えている。同じく2010年には2兆ドルを超える規模の製品が合法的に輸入されている。このように国境間を合法的に移動する膨大な物流を円滑に進めながら、不法貿易に対して法を執行するのは容易ではない。現実にはアメリカの国境は安全なわけでも、うまく管理されているわけでもない。抜け穴が至るところにある。要塞化したバリアではなく、それは、往来の多い橋のようなものだ。
執拗に外国からの密輸を追いかけ国境警備を強化しても得るものはほとんどなく、むしろ国境地帯の地下経済を助長している不法貿易、とりわけアメリカ人が求める不法労働移民と麻薬に対する集中的で継続的な対策がおろそかになるだけだ。
政策立案者たちがこれらの問題の根本的な原因が時代遅れの労働市場規制、機能不全に陥っている移民制度、過度に懲罰的な麻薬管理制度、教育や公衆衛生政策の失敗ではなく、トランスナショナルな犯罪にあると考え続ければ、ほとんど進展は期待できないだろう。
アメリカ人はここで一呼吸置くべきだ。壊れた国境管理とグローバル犯罪の脅威に過剰反応する必要はない。アメリカの国境は以前と比べると、警備と監視が行き届き、国境を非合法的に越えるのは難しくなっている。法執行機関はかつてないレベルで地域的・国際的に協力している。もちろん、密入国を抑制するだけでなく、合法的な貿易と移動を円滑にするために、入国・通関業務をもっとも効果的に管理・規制する必要がある。
歴史を顧みて自戒せよ
グローバル化が伴う非合法な側面を検討するために歴史を振り返るべき理由は数多くあるにもかかわらず、現在のトランスナショナルな犯罪に関する議論には、歴史的洞察が欠落しているため、現状がまったく新たな、前例のない状況としてとらえられている。歴史を振り返ればこれらを是正する助けになる。それは、アメリカ人が過去、現在、未来を理解する手助けにもなる。不法貿易を通じて誕生し、成長した国が、不法貿易の撲滅を求めて世界を主導しているのは何とも皮肉な状況だ。
不法貿易との戦いは、アメリカ、アメリカと近隣諸国およびその他の世界との関係に大きな影響を与え続けるだろう。密輸の手法と対策上の優先課題は、これまで同様に、時とともに変化していく。数世紀にわたって続いている不法貿易の伝統は今後もなくならないと考えた方が無難だろう。
しかし、人々と政策の関心をこれらの深刻な問題に建設的に向かわせるには、そもそもワシントンが実質的にこの問題を管理できたことはなく、封じ込めようと躍起になっている混乱をかつて引き起こした張本人であることを認識しなければならない。
アメリカが不法貿易の管理体制の強化をヒステリックに叫ぶのはどうみても問題がある。●
[写真Aアレキサンダー・ハミルトンに付されたキャプション]
「知的所有権の保護を求めるワシントンの中国に対する路線に大義がないというつもりはない。・・・しかしアメリカ人は、エ業化を進めた18世紀末から19世紀初頭にかけて、アレキサンダー・ハミルトンのような建国の父たちが、繊維産業を中心に知的所有権の乱用、技術の不正使用をあえて奨励したことを都合よく忘れてしまっている。」
[写真Bジョン・ジェイコブ・アスターに付されたキャプション]
「不法貿易はアメリカの国際舞台での台頭を支える強力な原動力であり続けた。特に第一世代のアメリカ大富豪を生み出したことが重要だろう。ジョン・ジェイコブ・アスターは1848年に死去したときにアメリカ最大の資産を持つ、最初のマルチ・ミリオネアだったが、彼も密輸で成功した人物だった。」
[写真Cウオーレン・デラノ・ジュニアに付されたキャプション]
「フランウリン・デラノ・ルーズベルト大統領の祖父ウオーレン・デラノ・ジュニア(写真)も不法貿易を通じて財産を築いた人物だ。1729年にアヘン禁止令を出した清朝の当局が、自分のことをならず者だと考えていることなど、彼はまったく意に介さなかった。」
Peter Andreas ブラウン大学ワトソン国際研究所所長、政治学教授。
この論文は Smuggler Nation: How Illicit TradeMade America ( Oxford University Oress,2013)からの抜粋。
(C)Copyright 2013 by the Council on Foreign Relations, Inc., and Foreign Affairs)
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