16. 2013年3月28日 00:45:52
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シェールガス革命は水資源が支えている日本企業のビジネスチャンスは? 2013年3月28日(木) 吉村 和就 国際エネルギー機関(IEA)のレポート(2011年6月)によると、2035年には世界の天然ガス需要は5.1兆m3となり、世界のエネルギー構成に占める天然ガスの割合が急伸する。一次エネルギーの構成比では、天然ガスは21%から27%に増加する。これは現在の石炭22%を抜き、石油の28%に迫る勢いであり、まさに天然ガス黄金時代を築きつつある。 天然ガス黄金時代の到来 天然ガスには2種類ある。地下から取り出しやすい「在来型ガス」と、資源量は豊富だが、地下から取り出しにくい「非在来型ガス」である。非在来型天然ガスには、石炭層に存在するコールベッドメタン、地層に単独で存在するタイトガス、シェール(頁岩、けつがん)中に存在するのがシェールガス(メタンが90%以上の天然ガス)である。この頁岩から効率よくシェールガスを回収するのが、高圧ポンプで水と薬剤を注入する水圧破砕法である。 【1.水資源が支えるシェールガス革命】 米国のシェールガス革命を支えているのは年間約30億トンの水資源である。言い換えれば「水資源無くして、シェールガス革命は起きなかった」のである。米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)によると、2035年には63万本の掘削井で水圧破砕が実施されると予測している。仮に今まで通りに水資源を使うと現在の17倍の水資源量510億トン/年が必要となる。膨大な水量である。ちなみに日本の年間水資源量は830億トンである。 今回はシェールガス革命を支えている水資源の光と影について述べる。 シェールガス回収可能資源量の多い国は、中国、米国、アルゼンチン、メキシコ、南アフリカである。ではシェールガス資源と水資源の関係はどうであろうか。 【2.主要国のシェールガス開発・生産動向と水資源】 (1)米国 2011年における世界の天然ガス生産量は3.3兆m3/年と対前年度比3%の増加であった。中でも米国の生産量は約6500億m3/年と対前年度比7.8%増となり、全世界の天然ガス生産に占める米国の割合は約2割に達した。もはや、ガス王国ロシアを追い越す世界最大の天然ガス産出国となった。さらにオバマ政権は国を挙げてシェールガスの増産に取り組んでおり「シェールガス革命」路線を突っ走っている。
なぜ米国はシェールガス革命に成功したのか、それは「豊富な水資源の存在」と「全米におけるガスパイプネットワーク」、「中堅のシェールガス開発企業群」が整っていたからである。水資源にスポットを当てると、米国人口の世界人口に占める割合は4.2%だが、世界水資源に占める米国水資源割合は5.7%であり、理想的な数値である。カナダ国境沿いおよびロッキー山脈、アパラチア山脈系に多くの水資源が存在している。国民1人当たりの水資源量は日本の約3倍(9920m3/人・年)である。この水資源がシェールガス革命を支えている。 遠からず世界最大のガス・原油生産国に シェールガスの「水圧破砕法(フラッキング)」を使えばガスだけではなくオイルも同時に採掘できる。米国の天然ガス産出量に占めるシェールガスの割合は49%(2035年時点)まで上昇し輸出余力が出てくる。また石油についても海外からの輸入量が激減し貿易赤字も解消する。つまり米国は遠からず世界最大のガス・原油生産国になると予想されている。 米国内経済にシェールガス・オイルが及ぼす影響は、安価なシェールガス(米国の天然ガス価格は日本の6分の1〜8分の1)を武器に化学や鉄鋼産業を中心とする投資額はすでに870億ドルを突破している。具体例ではシェールガスを原料とするエチレン増強計画が目白押しであり、米エクソンモービルがテキサス州で150万トン、米ダウ・ケミカルが150万トン、英蘭ロイヤルダッチ・シェル100万トン以上など、エチレンプラントにおける追加生産能力は500万トン/年にも達している。 さらに2012年の上半期だけで石油からガス焚に転換した火力発電所165基が稼働し発電コストも劇的に低減した。その結果、多くの製造業はメキシコや中国から戻りつつある。全米の家庭の電気代も平均して約1割低下している。まさに「シェールガス革命」である。 (2)カナダ シェールガス資源賦存量は多いが、現在のガス生産量はわずかである。主要な産地はカナダ西部地区ブリティシュコロンビア州のホーンリバー、コルドバであり、LNG液化プロジェクトはアルバータ州に多く存在する。カナダは世界で最大の水資源国(国民1人当たり年間8万7255m3/人・年)であり、豊富な水資源を活用しシェールガスの水圧破砕法が進展しガスパイプラインの整備も整い一大生産地になるであろう。また米国と異なりLNG輸出の法的な縛りが少ないので、日本向けの大型LNG基地になることが予想されている。
価格の決定プロセスが不透明 (3)アルゼンチン アルゼンチンのシェールガス回収可能資源量は世界第3位であり、多くの期待が寄せられている。既に米エクソンモービルやアパッチ、トタールなどが参入して広範囲で天然ガス探鉱が進展している。また水資源量も豊富で日本の水資源量の約2倍を有している。問題は政府の政策がコロコロ変わる(例:天然ガスや鉱物資源の輸出入外貨を同国内でペソに両替の義務づけなど)、ガス価格の決定プロセスが不透明でガス価格の変動が激しい、インフラの不備、採掘機材の確保、労働問題など数多くの課題を抱えている。 (4)ポーランド 欧州大陸も北米と同じく古い地層が多く、多量のシェールガスの存在が期待されている。特にポーランドはシェールガス開発が盛んであり、オイルメジャーや、レーン・エナジー、コノコフィリップス、トタール社などが熱心に探査および試掘井に乗り出している。 水資源量も旧共産圏の中では豊富であり、シェールガス埋蔵量が確認できれば、大きな発展が期待できる。しかしポーランド政府が「従来ロシアから輸入していたガスの比率を下げ、国家経済を安定させる」と期待しているにもかかわらず、インフラ整備不足および人材と機材不足が顕著である。米エクソンモービルは、2012年6月事業採算性が取れないことを理由にポーランドから撤退することを表明した。しかし現在でも多くの欧州企業が採掘を続けている。 原子力大国ならではの事情 (5)フランス フランスは水資源の豊かな国で、アルプスやピレネーなど複数の山脈やセーヌやロワール、ローヌなどの大きな河川に恵まれている。国民1人当たりの水資源量は日本の約1.5倍(7675m3/人・年)である。 シェールガス資源はフランス国内、モンテリマーク、ナント、ナバセルなどに存在するが、フランスの上院議会で水圧破砕方法が禁止された。表向きは、農業国であるフランスにおいて、シェールガス開発は大量の水資源の使用や廃液による環境破壊につながるので反対とのことだ。 だが、原子力発電の電力を隣国に売電して国家収入を得ているフランスならではの事情を指摘する声もある。シェールガスのような安価なエネルギー資源の開発は、フランス経済に良くない影響をもたらす可能性があるというわけだ。フランス系の環境NGOが、イタリアやドイツ国内で原発反対の運動を支持し、フランスから電力(原子力発電で安価)を購入させると同じ構図である。 (6)中国 世界で最大のシェールガス賦存量を誇る中国において、その開発は四川省と重慶を中心に行われている。中国政府は2020年に、年間600億〜800億m3のシェールガス生産を行う積極的な目標を掲げている。しかし多くの課題が残されている。最大の課題は水不足である。 中国は世界人口の約20%を占めるが水資源量は世界の5.2%しか存在していない。しかも急激なる経済発展により、その限られた水資源は枯渇の危機に直面し、さらに汚水排出量が激増している。中国政協委員の李景虹氏は水資源の現状を次のように述べている。「中国の水資源は世界で最も貧しい、しかし汚水排出量は世界で最も多い」(解放日報、2013年3月13日付)。 廃液が環境汚染を引き起こす可能性 さらに採掘技術者の不足、インフラ整備の不足もある。しかしながら自前のエネルギー確保にまい進する中国政府は、遅かれ早かれシェールガスの開発に国を挙げて取り組むとみられる。当然、大きな環境破壊も予想される。 水圧破砕に使われた水は、打ち込み時の返流水(フローバック水)や生産水(プロダクト水)となって地表面に噴き出してくる。この廃液が将来、大きな環境汚染を引き起こす可能性が示唆されている。 【3.水圧破砕法の水質汚染問題】 水圧破砕溶液(フラック液)には、界面活性剤、腐食防止剤、塩酸類(2〜5%濃度)、スケール防止剤、バクテリア殺菌剤、プロパント(微細砂)、掘削時の天然由来の放射能(ラジウム、ウラン、ストロンチウム)などが含まれており、薬剤の調合方法、打ち込み頻度などは採掘業者の企業秘密になっており公開されていない。 水質汚染問題に関して、採掘業者の主張は以下のように反論する。 シェール層は地下数千メートルの深さにあり、ガス漏れも無いところに水を注入しているので、表層の地下水層には、まったく影響を及ぼさない。 使用薬剤も環境に優しいため、多くの水質汚染への関心は杞憂である。 また米国環境保護庁(EPA)の指導も、シェール採掘層と地下水層とは1マイル(1.6km)以上離すことを指導基準としている。 理論的には地下2000〜4000mに打ち込まれたフラック液は地上部に影響を及ぼさないはずであるが、地下には断層や割れ目が多く存在し、その割れ目などを通じ水源に影響を及ぼしている。また地表面に近いところでの圧入パイプの破断による漏えい、廃液貯槽からの漏えい、ハリケーンなどによる廃液ラグーン池の破壊などによる地下水汚染や河川水汚染などが報告されている。 なぜ廃液処理が難しいのか
水浄化の基本は、まず固体と液体の分離であり、これが大変である。 そもそも水圧破砕法が広く使われるようになったのは、プロパントと呼ばれる微細な砂と水が簡単に分離しないように保持する技術が開発された結果である。フラック液注入口から2000〜6000m先の配管まで、いかに砂と水が分離されないようにゲル化剤、高粘度剤、凝固調整剤が高濃度で使われているので、廃液処理時に使用される分散剤やエマルジョンブレーカなどはほとんど役に立たない。沈降分離は不可能で最終処理は蒸発缶方式(熱で水を蒸発)が有効だが、エネルギーコストが高く、さらに酸性度が高いので機器腐食との戦いとなる。 廃液処理方法は、(1)河川や公共水域への排水、(2)公共下水処理場への搬入処理、(3)枯渇した油井、ガス田への地下注入処理、(4)水圧破砕用水に再利用するなどである。現状はほとんどが地下注入法であり、採掘済みの井戸に注入されている。 全米での地下注入量は年間約30億トンであり、マーセラス地区では毎日22万トンの廃液が地下注入されている。また地上の汚水ピットからの廃液漏えいも大きな問題である。環境NGOは、「シェールガス革命は環境汚染で成り立っている」であると言い切っている。 38件の訴訟が進行中 ペンシルバニア・ランド・トラスト協会は、マーセラス地区43の採掘サイトを調査した結果(2010年報告書)、1435の法令違反があり、そのうち環境に深刻な影響を与える違反は952件と報告している。 水圧破砕による環境汚染問題に関し、全米で38件の訴訟が進行している。訴訟数が多いのがペンシルバニア州で12件、テキサスで8件、ルイジアナ、ウエストバージニア州と続いている。全米各地で水圧破砕による環境汚染の訴訟が起こされており、その具体的な例は「水道から黄色い水が出た」「蛇口が火を噴いた」などインターネットなどで多数報じられている。今後は水環境保全が「シェールガス革命」の決め手になるだろう。 水圧破砕法は大量の水資源を使うので、廃液は水圧破砕用水として再利用するのが、最も望ましいが、多くの課題を抱えている。 浮遊固形物の除去 スケール生成物の除去 塩分の除去 微生物殺菌剤の除去 坑井採掘時の自然由来放射性物質(ストロンチウム、ラジウムなど)の除去 これらの課題解決に適用可能な処理技術は、廃液蒸留法、膜分離法、オゾン注入膜処理法、化学薬品処理などが挙げられる。これらの分野は日本が世界に誇れる水処理プロセスである。 【4.シェールガス革命・日本企業のビジネスチャンスは】 米国発祥のシェールガス革命であるが、今後世界中でシェールガスが採掘され、多くの関連ビジネスが創出される。では、そこで日本企業はどんなシェールガス関連ビジネスを獲得できるのであろうか。大手商社は既にシェールガス田の権益取得やガス液化事業に積極的に乗り出している。
最も期待されるのは移送手段であるLNG(Liquid Natural Gas=液化天然ガス)や、CNG(Compressed Natural Gas)輸送関連ビジネスだ。 LNG船、LNGタンクローリー、LNG用コンプレッサー、LNGポンプなどでは、川崎重工業、三菱重工業、荏原製作所などが有力だ。また、天然ガスの液化、受け入れ設備では日揮、千代田化工建設、IHI、三菱重工業、明星工業、トーヨーカネツ、石井鐵工所などがある。 さらに、シェールガスを原料とする化学製品の製造では三菱化学、尿素プラントではIHI、千代田化工建設、東洋エンジニアリングが注目されている。シェールガス採掘現場では、小回りが利く建設機械のサプライヤーとして小松製作所、日立建機が活躍している。これについては多くのマスコミが報じているので詳細は割愛する。 企業経営者の英断を期待している 【5.日本の水処理関連企業のビジネスチャンスは】 世界的に広がるシェールガス革命の裏では水質汚染が深く静かに進行している。このままでは将来に大きな禍根を残すことになる。 開発が先行している米国では、エネルギー省や各州政府は連邦政府がようやく重い腰を上げ、お互いに協調して「国民に信頼されるシェールガス開発・生産活動に向け環境負荷を減らすガイドライン」に着手している。ここでは日本の水処理メーカーの出番が求められているにもかかわらず、現在のところ日系企業の存在感がほとんどない。 日本企業は、世界に誇れる水処理関連ユニット技術(蒸留、膜処理、薬品処理)や装置の小型パッケージ化能力を有しているが、日本国内市場で消耗戦を繰り返し、進展する海外水市場に対する戦略ができていない。そのためシェールガス関連市場にも満足に参入できていない。 北米のシェールガス関連水市場の規模は約90億ドル(約8600億円、ラックスリサーチ調査)と言われている。筆者の独断と偏見と期待を込めて、シェールガス関連分野への水企業の参入機会を提言する。 提言「日本企業が活躍できる水処理分野と企業名」 分野 企業名 シェールガス用パイプ 新日鉄住金、クボタ 栗本鐵工所 オイル・ガス用バルブ キッツ、岡野バルブ、前澤工業 高圧ポンプ 荏原製作所、酉島製作所、クボタ 膜素材 東レ、日東電工、旭化成ケミカルズ、東洋紡、三菱レイヨン 廃液蒸留装置 ササクラ、月島機械、三菱重工 木村化工機、日鉄環境エンジニアリング 水圧破砕用薬剤 大陽日産、クレハ、栗田工業 プロパント(微細砂) 日本原料、リクシル、TOTO 脱水機 月島機械、石垣、オカドラ 大川原製作所 水処理エンジニアリング 水ing,メタウォーター、日立 神鋼環境ソリューション、西原環境 世界中で広がるシェールガス革命にピッタリと寄り添えば、日本企業は大きなビジネスチャンスを手に入れることができる。ぜひ企業経営者の英断を期待している。 吉村和就(よしむら かずなり) グローバルウォータ・ジャパン代表、国連テクニカルアドバイザー 長年、大手エンジニアリング会社にて営業、開発、市場調査、経営企画に携わり、環境分野ではゼロエミッション(廃棄物からエネルギーと資源創出)構想を日本に広げた。国の要請により国連ニューヨーク本部に勤務、環境審議官として発展途上国の水インフラの指導を行う。またISO/TC224の日本代表として、日本提案をISOに登録させた。日本を代表する水環境問題の専門家の一人であり、国連本部勤務の経験を踏まえ、日本の環境技術を世界に広める努力を続けている。 吉村和就(よしむら かずなり) グローバルウォータ・ジャパン代表、国連テクニカルアドバイザー 長年、大手エンジニアリング会社にて営業、開発、市場調査、経営企画に携わり、環境分野ではゼロエミッション(廃棄物からエネルギーと資源創出)構想を日本に広げた。国の要請により国連ニューヨーク本部に勤務、環境審議官として発展途上国の水インフラの指導を行う。またISO/TC224の日本代表として、日本提案をISOに登録させた。日本を代表する水環境問題の専門家の一人であり、国連本部勤務の経験を踏まえ、日本の環境技術を世界に広める努力を続けている。 エネルギー論壇
激変する日本のエネルギー事情。エネルギーをいかに調達し、活用していくべきか。専門家が独自の視点で展開する「エネルギー論」を紹介する。環境専門誌「日経エコロジー」が提供する連載です。 |