http://www.asyura2.com/13/hasan79/msg/407.html
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ここ30年で20−30代の若年層の貧困率は6%から10%近くに上昇した。
一方で、人数比が急増したにもかかわらず、高齢者の貧困率は15%から8−10%へと低下した(可処分所得ベース)。
原因としては、高齢者向けには年金水準のデフレによる実質的上昇、生活保護などの社会保障の充実が財政赤字を無視して継続したこと、若年層では失業、非正規化、賃金低下、税・社会保障負担が上昇したことがあげられる。
また貧困解消のための方策としては失業率の上昇を伴う最低賃金アップよりも、生活保護や子供手当など給付の強化が有効であることも示されている。
http://www.rieti.go.jp/jp/projects/program/pg-07/001.html
労働市場制度改革プロジェクト
最低賃金と貧困対策
執筆者 大竹 文雄 (大阪大学社会経済研究所)
2009年に厚生労働省が日本の相対的貧困率が15.7%という高い水準にあることを発表した。実は、日本の相対的貧困率が先進国の中では高い方であることは、OECDの研究でも明らかにされている。貧困解消手段には、景気回復による所得上昇、所得再分配政策による低所得者の所得上昇、低所得者に対する職業訓練による生産性上昇と並んで、最低賃金の引き上げ政策がしばしば挙げられる。2009年の衆議院選挙では民主党が最低賃金を1000円に引き上げていくことを公約に戦って、政権を取ったのはその典型である。最低賃金の引き上げは、少なくとも短期的には財政支出を増やさない政策であり、財源を確保する必要がないので、政治的にも好まれる政策である。
最低賃金引き上げは、本当に貧困解消策として有効なのだろうか。結論から述べると、最低賃金引き上げは貧困対策としてあまり有効な手段ではない。川口・森(2009)の実証分析によれば、日本において最低賃金引き上げで雇用が失われるという意味で被害を受けてきたのは、新規学卒者、子育てを終えて労働市場に再参入しようとしている既婚女性、低学歴層といった現時点で生産性が低い人たちだ。貧困対策として最低賃金を引き上げても、運良く職を維持できた人たちは所得があがるかもしれないが、仕事を失ってしまう人たちは、貧困になってしまう。こうした人たちの就業機会が失われると、仕事をしながら技術や勤労習慣を身に着けることもできなくなる。最低賃金引き上げで雇用が失われるという実証的な結果は、労働市場が競争的な状況における最低賃金引き上げに関する理論的な予測と対応している。ただし、最低賃金引き上げによって仕事を失うのが、留保賃金が高い労働者から低い労働者という順番であったとすれば、雇用が失われることによる社会的余剰の減少よりも、雇用を維持できた人たちの賃金が上昇する効果による余剰の増加の方が大きくなる可能性がある (Lee and Saez(2012))。
最低賃金の引き上げよりも貧困対策として、経済学者の多くが有効だと考えている政策は、給付付き税額控除や勤労所得税額控除である。給付付き税額控除は、低所得層に対する定額の給付が、勤労所得の上昇とともに勤労所得の増加額の一部が減額されていくというものである。現行の日本の生活保護制度は、勤労所得が増えるとほぼその額が給付額から減額される。その場合には、勤労意欲を保つことが難しいとされている。給付付き税額控除制度は、カナダで消費税逆進性対策として導入された他、米国、英国、カナダ、オランダで児童税額控除として導入されている(森信(2008))。一方、勤労所得税額控除は、勤労所得が低い場合には、勤労所得に比例して給付額が得られ、勤労所得額が一定額以上になれば、その額が一定になり、さらに勤労所得額が増えれば、給付が徐々に減額されて消失していくという制度である。この制度は、給付付き税額控除よりも、労働意欲の刺激効果が強いとされている。勤労所得税学控除制度は、米国と英国で導入されている。Lee and Saez(2012)は、勤労所得税額控除と低めの最低賃金の組み合わせが望ましいことを最適所得税の枠組みで示している。
日本において貧困対策は高齢者層に集中してきた。高齢層の貧困率の水準は高いものの、貧困率は公的年金の充実のおかげで大きく低下してきている。一方で、図に示したように、かつて貧困率が低かった20歳代、30歳代の年齢層における貧困率が高まってきている。その結果、その子供の年齢層である10歳未満層の貧困率が上昇しており、中でも5歳未満の年齢層の貧困率が高まっている。このような子供の貧困率の高まりは、20歳代、30歳代の雇用状況の悪化や離婚率の高まりが影響している。保育や教育といった現物サービスを通じて、子供に対する貧困対策をすると同時に、若年層の雇用を促進する政策が必要とされている。その際に、勤労所得税額控除や給付付き税額控除をとりいれていくことが効果的だと考えられる。
図:年齢階級別貧困率の推移
出所:大竹・小原(2011) 「貧困率と所得・金融資産格差」岩井克人・瀬古美喜・翁百合編『金融危機とマクロ経済』、東京大学出版会、pp. 137-153
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13j014.html
最低賃金の決定過程と生活保護基準の検証
執筆者 玉田 桂子 (福岡大学)
森 知晴 (大阪大学 / 日本学術振興会)
研究プロジェクト 労働市場制度改革ダウンロード/
関連リンク ディスカッション・ペーパー:13-J-013 [PDF:1.5MB]。
「労働市場制度改革」プロジェクト
本論文では、最低賃金制度の歴史の概観、最低賃金の目安額および引き上げ額の決定要因についての分析を行い、さらに生活保護制度における生活扶助基準が消費実態をどの程度反映しているのかについての分析を行った。日本の最低賃金制度は審議会方式をとっており、中央最低賃金審議会が各都道府県の地方最低賃金審議会に対し、地域別最低賃金額の改定についての目安を提示することになっている。この目安制度では、47都道府県をAランク、Bランク、Cランク、Dランクの4つのランクに分けて目安額を提示し、地方最低賃金審議会が目安額を参考にしながら最低賃金の水準を決定する。目安額は目安額決定の際の参考資料とされている『賃金改定状況調査』に示された賃金上昇率や経済状況を示す有効求人倍率などを考慮して決定されていると考えられるが、分析の結果、目安額は有効求人倍率の影響を受けていることが示された。賃金上昇率などは目安額に影響を与えていなかった。
地方最低賃金審議会は、中央最低賃金審議会が示した目安額を受けて前年から何円引き上げるかを決定するが、その引き上げ額は、下の図に示されている通り、目安額におおむね従っていることが明らかになった。中央最低賃金審議会が示す目安額は参考資料であり、地方最低賃金審議会に対して強制力を持っていないが、目安額が大きな役割を果たしていることが分かった。また、消費支出額、賃金上昇率、通常の事業の支払い能力に関する変数は引き上げ額に影響を与えないが、1998年以降の分析では、失業率は引き上げ額に負の影響を与えることが示された。
上記の分析結果より、地域別最低賃金は地方最低賃金審議会が決定することになっているが、地域別最低賃金はほぼ目安額通りに決められていることが明らかになった。目安額通りに引上げ額を決めるのであれば、地方最低賃金審議会の役割が問われることになるが、地方最低賃金審議会は中央最低賃金審議会よりそれぞれの地方の経済状況についての情報を把握しているため、地方最低賃金審議会は目安額を参考としつつも、これまでより地方の状況を反映した引き上げ額を決定すべきであろう。
図:引き上げ額と目安額
出所:『最低賃金決定要覧』各年
生活保護制度から受ける便益の水準(生活保護基準)について検討してみよう。生活保護基準の中でも、日常生活の需要を満たす生活扶助基準については、2008年施行の改正最低賃金法では、生活保護基準が最低賃金を上回っている場合は最低賃金を引き上げて生活保護基準と最低賃金の乖離を解消することとされている。すでに一部の地域では最低賃金の大幅な引き上げが行われており、最低賃金と生活扶助基準は切り離せないものとなっている。そのため、生活扶助基準の妥当性について検討することは重要である。
生活扶助基準については、低所得世帯の消費支出や物価の影響を受けると考えられる。消費者物価地域差指数が高くなると都道府県単位で再計算された生活扶助基準が高くなることが示され、生活扶助基準は、物価の地域差をわずかに反映していることが示された。しかし、消費支出や年収第1・五分位の年収の水準が影響を与えているという仮説は支持されなかった。
以上より、生活扶助基準が消費実態を反映していない可能性が考えられる。社会保障審議会生活保護基準部会[2013]でも生活扶助相当消費支出と生活扶助基準が乖離していることが示されており、本論文での結果が支持されている。そのため、2013年から開始される消費実態との乖離の解消を目的とした生活扶助基準の改定はある程度妥当であるといえよう。ただし、生活扶助基準は、最低賃金の水準や住民税非課税など重要な施策の基準の1つとなっていることから、今後も生活扶助基準の改定には慎重かつ厳正な対応が望まれる。
参考文献
? 社会保障審議会生活保護基準部会[2013]「生活保護基準部会報告書」厚生労働省
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13j013.html
最低賃金と労働者の「やる気」―経済実験によるアプローチ―
執筆者 森 知晴 (大阪大学 / 日本学術振興会)
研究プロジェクト 労働市場制度改革ダウンロード/
関連リンク ディスカッション・ペーパー:13-J-012 [PDF:610KB]。
「労働市場制度改革」プロジェクト
問題意識
最低賃金が変わった場合、今受け取っている賃金に対する感覚はどう変わるだろうか。労働者は最低賃金を手がかりに賃金の良し悪しを判断するかもしれない。そしてその良し悪しの判断は、労働者の生産性へと影響を与える。たとえば、最低賃金が上がったにも関わらず企業が賃金を据え置いた場合には、労働者のやる気は下がってしまうかもしれない。
行動経済学の立場から、最低賃金のような制度が心理面に影響を与えるかどうかを検証した研究が進んでいる。本研究では、実験経済学の手法を用いて、最低賃金が労働者の生産性に影響を与えるかどうか、またその影響は失業する可能性によって変化するかどうかを検証した。
実験手順と結果の要点
実験では、被験者は「企業」と「労働者」に分かれ、まず企業が賃金を選択し、その後労働者が努力水準を選択する(選択した賃金・努力水準に応じて報酬が支払われる)。この手順を繰り返す中で最低賃金の導入・撤廃を行い、努力水準が変化するかどうかを検証する。
実験結果によると、労働者に失業する可能性がない場合は、ある賃金に対する努力水準は低下する。これは、最低賃金が基準を上げ、同じ賃金でもより悪い待遇のように感じられることが原因であると考えられる。また、労働者に失業する可能性がある場合はこの限りではなく、努力水準は変わらない(または、上がる場合もある)。これは、最低賃金が失業を増加させ、働くことの価値が高くなることが原因であると考えられる。
政策的インプリケーション
最低賃金が心理面に影響を与え、労働者の努力水準を下げるのであれば、生産性が落ちるため企業の利益は減少するだろう。生産性が落ちるのを防ぐために賃金を上昇させても、やはり企業の利益は減少する。
このインプリケーションは、高い最低賃金が企業の利益を低下させるという最近の研究と整合的である。
一方、最低賃金が失業を増加させるのであれば、努力水準は減少しない可能性がある。
しかし生産性に悪影響がないとしても、そもそも失業が増加していることから、最低賃金は社会的に悪い影響がある。図は、労働者に失業する可能性がある場合の賃金分布を、最低賃金の有無で分けて示している。最低賃金(40)の導入により、その付近の賃金が増えていることがわかる。しかし、それ以上に雇用拒否率(労働者から見た場合の失業率)が増加しているため、全体としては悪い影響があるといえる。本研究で行った分析からは、最低賃金上昇を正当化することは難しそうである。
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13j012.html
最低賃金と地域間格差:実質賃金と企業収益の分析
執筆者 森川 正之 (理事・副所長)研究プロジェクト 労働市場制度改革ダウンロード/
関連リンク ディスカッション・ペーパー:13-J-011 [PDF:844KB]。
「労働市場制度改革」プロジェクト
問題意識
日本では、2000年代後半以降、格差是正や貧困削減が大きな政策イシューとなり、最低賃金の引き上げが段階的に実施されてきた。特に大都市圏で大幅な最低賃金の引き上げが行われた。この過程で、企業、特に中小企業からは企業経営への影響を懸念して強い反対意見が表明されてきた。最低賃金の経済的効果については、多くの研究が雇用、特に相対的に賃金の低い若年層の雇用への影響に焦点を当ててきており、企業収益に及ぼす影響に関する研究は少ない。
人口や経済規模の大きい大都市ほど生産性も賃金も高いという「集積の経済性」が存在することは、内外の多くの研究で確認されている。近年の最低賃金引き上げの議論では、最低賃金引き上げと生産性向上のいずれが先かをめぐって論争があったが 、生産性と賃金の間には強い関係があり、企業の生産性上昇なしに賃金の引き上げを強制することは地域の労働市場に歪みをもたらし、経済厚生を低下させる可能性がある。また、そもそも賃金水準を地域間で適切に比較するためは、地域による生計費(物価水準)の違いも考慮する必要がある。
こうした状況の下、本稿は、(1)物価水準を考慮した実質賃金の観点から最低賃金の地域間格差の推移について、統計データに基づく観察事実を概観するとともに、(2)実質最低賃金が企業収益に及ぼす影響を大規模なパネルデータを用いて実証的に分析した。
実質最低賃金の地域間格差
2007年以降、大都市圏を中心に最低賃金の引き上げが急速に進められた結果、名目最低賃金の地域間格差は拡大傾向にあるが、物価水準(=生計費)の地域差を補正した実質最低賃金の地域間格差は逆に縮小している。1990年代には名目最低賃金が高い都道府県ほど実質最低賃金が低いという逆相関があったが、2000年代に入ってから両者の正相関が強まってきている。集積の経済性により地域間で生産性や物価水準が異なることを考えれば、名目最低賃金に地域差を設けている日本や米国のような仕組みには合理性があり、生産性や生計費の地域差を考慮した適切な水準に設定することが重要である。ただし、依然として最低賃金の人口密度に対する弾性値は平均賃金のそれに比べると小さい。つまり、人口密度の低い地域では相対的に割高な最低賃金が設定されており、最低賃金近傍の労働者の雇用機会や企業収益に影響を与えている可能性がある。
最低賃金の企業収益への影響
1998〜2009年の企業パネルデータを用いた推計によれば、最低賃金(対平均賃金)が実質的に高いほど企業の利益率が低くなる関係がある。また、最低賃金の企業収益への負の影響は、平均賃金水準が低い企業においてより顕著である。賃金が平均レベルの企業では最低賃金が1標準偏差高くなったときの企業収益への影響は▲0.37%ポイントだが、平均賃金が1標準偏差低い企業では、利益率への影響は▲0.50%ポイントと大きい(下図参照)。また、産業別に分析すると、サービス業において最低賃金が企業収益に及ぼす影響が大きい。
図:最低賃金と利益率
この結果は、相対的に経済活動密度が低い都道府県の経済活力に対して、高めの最低賃金がネガティブな影響を持ってきた可能性があり、現在でもそうした影響が残っていることを示唆している。政策的には、過大な最低賃金水準の設定を避けることが最善ということになるが、仮に最低賃金引き上げを所与とするならば、影響を受ける企業に対して設備投資、研究開発投資、従業員の教育訓練への助成を行うなど補完的な政策を講じることが次善の対策として必要となる。
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13j011.html
最低賃金が企業の資源配分の効率性に与える影響
執筆者 奥平 寛子 (岡山大学)
滝澤 美帆 (東洋大学)
大竹 文雄 (大阪大学)
鶴 光太郎 (ファカルティフェロー)研究プロジェクト 労働市場制度改革ダウンロード/
関連リンク ディスカッション・ペーパー:13-J-010 [PDF:684KB]。
「労働市場制度改革」プロジェクト
最低賃金の上昇が雇用量に与える影響については、労働経済学者の間でも意見が分かれる。意見が分かれる1つの理由は、労働市場を競争的であると考えるか、買い手独占的であると考えるかという見方の違いにある。理論上は、労働市場が競争的である場合、最低賃金の上昇は雇用量を減少させることが予測される。一方、労働市場が買い手独占的であるならば、最低賃金の上昇は雇用量を増加させることもあることが知られている。したがって、現実の労働市場がどちらのケースに当てはまるのかを知ることは、最低賃金を上昇させる政策の是非を考える上で重要なポイントの1つとなる。本研究では、「工業統計調査」(経済産業省)の個票データを用いることで、現実にはどちらのケースが成り立っている可能性が高いのかを企業行動の内面から検証した。
本研究の分析方法を概念的に示したもの(競争的な労働市場を想定する場合)が以下の図である。競争的な労働市場において、できるだけ利潤を最大化しようと考える企業は、1人の労働者を雇うことの追加費用(賃金率w)と、その労働者を雇うことで得られる追加的便益(労働の限界生産物価値VMPL)を比較し、ちょうど両者が釣り合うところで雇用量を決定する(図中のE点)。もしも最低賃金の引き上げによって市場で与えられる賃金率がwからw'に上昇すると、利潤を最大化する限り、企業は図中のE'点に移動するように雇用量を減らすことが予測される。しかし、何らかの理由によって雇用量を調整できない場合、賃金率が労働者の貢献分であるVMPLを上回ることになり、(L−L')人の労働者は企業の利潤を損なう余剰労働者となってしまう。企業が利潤を最大化するような「ちょうどよい」数の労働者を雇っているかどうかを間接的に知るためには、VMPLと賃金率がどれほど乖離しているかを計測すればよい。本稿では、この差を「ギャップ(=VMPL−賃金率)」として推定した。
労働市場が完全競争の状態にあって雇用調整費用が全くかからないならば、最低賃金の引き上げがなされて、賃金引き上げが行われたとしても、負のギャップは拡大せずに、雇用量が減少するだけになると予想される。一方、労働市場が買い手独占的である場合、最低賃金の上昇にともなって正のギャップが縮小し、雇用量は増加する場合がある。最低賃金の上昇がギャップと雇用量にどのような影響を与えるのかを同時に見ることで、労働市場が競争的なのか、買い手独占的なのかを判断できる。
分析の結果、最低賃金の引き上げは、もともと雇用を減少させていた企業において、今期の負の賃金ギャップを拡大させ、雇用量を減少させることが示された。また、負のギャップの拡大の影響は、雇用量の削減という形で、部分的には1期で調整されている可能性があり、意外にも雇用調整速度が速い。つまり、本研究の分析結果は買い手独占仮説とは整合的ではなく、むしろ労働市場が完全競争であるというモデルと整合的である。
最低賃金の引き上げは、確かに労働者の賃金を引き上げることになるが、それは、企業の労働費用を増加させる。そして、その高まった労働費用と労働の限界生産物価値を一致させるために、企業が雇用量を減少させる。このような、教科書的な最低賃金の影響が日本の労働市場では観察されていることを前提に、最低賃金制度を運用していく必要がある。
図:企業の利潤最大化行動とギャップ
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13j010.html
最低賃金と若年雇用:2007年最低賃金法改正の影響
執筆者 川口 大司 (ファカルティフェロー)
森 悠子 (日本学術振興会)
「労働市場制度改革」プロジェクト
問題背景
貧困問題への関心が高まる中、貧困解消の有力な対策として議論されているのが最低賃金の引き上げである。実際に、2007年7月には成長力底上げ戦略推進円卓会議の合意がなされ、2008年から施行された改正最低賃金法が地域別最低賃金の決定にあたって生活保護との整合性に配慮を求めたことを受けて最低賃金は上がっている。具体的には、2005年に668円であった平均最低賃金は2011年には737円に上昇した。最低賃金の引き上げは、低賃金労働者の賃金を押し上げることで貧困を緩和する効果が期待されるが、一方で雇用を減少させる効果が懸念される。特に経験が浅い10代労働者への雇用減少効果については、欧米の多くの実証分析で指摘されている。本研究はこのような状況を背景として、2007年以降の最低賃金の大幅な引き上げが、16-19歳男女の賃金分布や雇用率へ与える影響を検証した。
結果の要約
本研究の結果は以下の図に集約される。この図は、横軸に2007年と2010年の最低賃金の自然対数値の差、縦軸に同期間の16-19歳男女の就業率(%)の差を取ったものである。2007年から施行された新最低賃金法では、最低賃金額を設定するにあたって、生活保護水準との逆転現象の解消が求められるようになった。この生活保護水準の計算のなかには住宅扶助が含まれており地域差が大きい住宅費が反映されている。そのため住宅費が高い東京や神奈川といった地域では、最低賃金と生活保護基準の逆転幅が大きくなり、その解消のために最低賃金が大きく引き上げられている。
この図を見ると大まかに右下がりの関係を認めることができるため、最低賃金の引き上げが大きかった都道府県ほど16-19歳男女の就業率が落ち込んだことが確認できる。しかしながら、2007年から2010年という期間は金融危機の影響で労働市場が極端に冷え込んだ時期をふくんでおり、その影響に地域差があった可能性もある。そこで、最低賃金引き上げの影響が直接及ばないものの、労働市場全体の状況を反映すると思われる30-59歳男性の失業率を景気循環の指標として用いて、その影響を調整した分析を行った。結果は地域別最低賃金を10%引き上げると、16-19歳男女の雇用率は少なくとも5.3%ポイント低下するというものであった。これは分析期間中の16-19歳男女の平均就業率が17%であることを考えると約30%の雇用の減少を意味する。
政策的インプリケーション
最低賃金の引き上げは財源を必要とせず実行できる貧困対策だが、本研究によって10代男女の雇用機会を奪ってしまうというコストを伴うことが示された。雇用労働者全体に占める10代労働者の割合は高くないため、マイナーな問題であるような印象を与えるかもしれない。しかしながら、10代労働者、特に中学や高校を卒業して就業し始めたばかりの労働者にとって就業機会を得ることは職業訓練の機会を得ることでもあり、生涯にわたって雇用機会や賃金水準に永続的な影響を与える可能性がある重要な問題である。このように最低賃金制度引き上げによる貧困対策は副作用が大きいので、最低賃金に代わる対貧困策の導入を検討すべきである。たとえば、貧困世帯の労働者に対しての実質的賃金補助を行う制度として給付付税額控除があり、米国や英国ではすでに一定の成果を上げている。この制度は単純に言うと国民の税負担で貧困世帯労働者の賃金を補助する仕組みであり、賃金補助であるため生活保護のように受給者の勤労意欲をそぐという副作用が小さい。日本で導入しようとすれば、財源の確保、納税者番号制度の導入、世帯ベースでの課税・給付に向けての税改革といった数々の難問をクリアしていかなければならない。さらに賃金補助が低技能労働者の労働供給を促進し賃金を下落させ雇用主に政策効果が帰着する可能性にも目を向けないといけない。さまざまな困難は伴うが貧困問題を真剣に解決しようとするのであれば給付付税額控除の導入を検討すべきである。
図:最低賃金の上昇と就業率の変化、16-19歳男女
注:本文中の図3に該当。
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13j009.html
最低賃金の労働市場・経済への影響‐諸外国の研究から得られる鳥瞰図的な視点‐
執筆者 鶴 光太郎 (ファカルティフェロー)研究プロジェクト 労働市場制度改革ダウンロード/
関連リンク ディスカッション・ペーパー:13-J-008 [PDF:688KB]。
「労働市場制度改革」プロジェクト
最低賃金政策の是非を巡って重要な判断基準となる雇用への影響については、日本でも実証分析の蓄積が進んでおり、大規模なミクロ・パネルデータを使い、より最低賃金変動の影響を受けやすい労働者へ絞った分析は、ほぼ雇用へ負の効果を見出している。一方、アメリカでの最近の研究をみると、新たなデータや手法を使い、正負の影響を巡って論争が続いている。
しかし、単に雇用への負の効果の有無のみを巡って論争を続けることは不毛であろう。なぜならば、第1に、完全競争を仮定したとしても最低賃金の上昇でさまざまなレベルで代替効果が起き、「勝者」と「敗者」が生まれるためである。最低賃金上昇は最もスキルの低い労働者への需要を減少させる代わり、よりスキルの高い労働者の賃金は相対的に割安になるため、彼らの需要は増加すると考えられる。また、労働コストの割合、中でも、最低賃金労働者の割合の高い企業(主に中小企業)・産業は相対的に不利になる一方、スキルの高い労働者をより多く雇い、スキルの低い労働者も最低賃金よりも高い賃金で雇っている可能性の高い大企業・産業などは相対的に有利になり、雇用を増やす可能性もあるのだ。
第2は、最低賃金の影響を考える場合、雇用への影響のみならず、所得再分配、企業の収益や価格、長期的には人的資本への影響まで考える必要があるからである。雇用への影響がみられない場合でも、最低賃金上昇の負担は、労働者の生産性が上がらない限り、労働者の労働時間が減少するか、企業の収益が悪化するか、企業が負担を価格に転嫁できれば、それを消費者が負担することになる。つまり、最低賃金上昇はその負担を誰かが担うわけであり、決して「フリーランチ」(ただの昼飯)ではない。
日本の最低賃金政策へのインプリケーションは以下の通りである。まず、第1は、最低賃金上昇に特に影響の受けやすい層への配慮である。日本の分析でも10代若年が雇用への悪影響を受けやすいことが明らかになったが、ヨーロッパ諸国のように、若年も年齢階層に分けて異なる最低賃金を適用する(より若年の最低賃金の水準を低くする)ことも検討に値しよう。日本の場合、OECD諸国の最低賃金・中位所得比率が国際的にかなり低いことを根拠に大幅な引き上げの必要性を訴える議論があるが、最低賃金の水準を購買力平価で評価した実質賃金でみると、OECD諸国の中では中程度であり(図)、慎重な議論が必要だ。第2は、最低賃金を引き上げる場合でも、なるべく緩やかな引上げに止めるべきであることだ。第3は、雇用への影響ばかりではなく、企業へのマイナスの影響を十分認識することである。第4は、最低賃金制度への依存は労使関係の機能不全の象徴と考えると、低賃金労働者の待遇改善を労使関係の中でいかに実現させていくかという方向の努力も重要であることだ。第5は、最低賃金政策も「エビデンスに基づいた政策」への転換が求められていることだ。イギリスでは、新しい全国最低賃金制度の導入とともに最低賃金政策の提案を行う低賃金委員会を発足させ、調査・分析機能を大幅に強化した。交渉の現場であり公益委員が労使の調整役を果たしている日本の中央最低賃金審議会においても、こうした観点からの組織見直しが必要であろう。
図:実質最低賃金(時間当たり、購買力平価USドル表示)の国際比較(2010年、OECD)
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13j008.html
非正規労働者の雇用転換−正社員化と失業化
執筆者 久米 功一 (名古屋商科大学)
鶴 光太郎 (ファカルティフェロー)研究プロジェクト 労働市場制度改革ダウンロード/
関連リンク ディスカッション・ペーパー:13-J-005 [PDF:868KB]。
「労働市場制度改革」プロジェクト
問題の背景
非正規雇用に対しては、無業者・失業者を雇用につなぎ、さらに正社員へ転換するステップとしての役割が期待されているが、非正規雇用から他の雇用形態への転換の実態はどのようであろうか。本研究では、2009年1月から6カ月毎に計5回にわたって(独)経済産業研究所が実施した『派遣労働者の生活と求職行動に関するアンケート調査』の結果を用いて、非正規雇用から正社員あるいは失業に転じる場合の決定要因について実証的に分析した。具体的には、非正規雇用の雇用形態の詳細な情報を用いて、雇用形態の違いが正社員化に与える影響の把握に努めた。また、非正規雇用から正社員または失業への転換を比較可能な範囲内で分析した。さらに、(人びとが働いてもよいと考える賃金である)留保賃金を取り上げて、標準的なジョブサーチ理論が示唆する留保賃金の大きさが正社員への転換や失業に与える影響の有無を確認した。
分析の結果
前職の雇用形態と正社員化・失業化の関係は、図1の通りであった。正社員化した人の前職は、製造業派遣や契約社員、失業の割合が高く、失業化した人の前職は、失業、製造業派遣が多かった。こうした傾向を把握した上で、回帰分析を行った。
図1:前職の雇用形態と正社員化・失業化(%)
推計結果をまとめると表1の通りである。前職が契約社員、卒業直後に正社員、前職の労働時間が長い、企業規模が小さい、人的ネットワークやインターネットを求職手段として活用する等の要因が非正規雇用から正社員への転換確率を高めていた。その一方、前職の雇用形態、業種、労働時間等の就業状態は非正規雇用から失業への転換に影響していなかった。雇用形態別にみると、他の雇用形態と比較して、失業者から正社員への転換が起こりやすいものの、正社員の職にこだわるほど失業期間が長期化していた。
表1:推計結果のまとめ
留保賃金が高いほど正社員になりやすく、留保賃金が低くても失業に陥る点は、ジョブサーチ理論の予想に反していた。失業期間を利用することによってジョブマッチングを高める一方で、正社員の職へのこだわりからくる失業の長期化は人的資本を減耗させることから、失業を経ることなく非正規雇用から正社員へ転換できるようなオン・ザ・ジョブ・サーチ(仕事を続けながら職探しを行うこと)の支援や多様な正社員制度の整備が望まれる。
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13j005.html
ノンテクニカルサマリー
ワークライフバランスに対する賃金プレミアムの検証
執筆者 黒田 祥子 (早稲田大学)
山本 勲 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革ダウンロード/
関連リンク ディスカッション・ペーパー:13-J-004 [PDF:590KB]。
「労働市場制度改革」プロジェクト
概要と問題意識
これまで、企業におけるWLB施策については、費用対効果が見出せれば企業は積極的にWLB施策を導入するはずであるとの考えのもと、WLB施策と企業業績の関係性を検証する研究が多くなされてきた。それらの研究では、必ずしもWLB施策が企業業績を改善するとのコンセンサスは得られていない。たとえば、山本・松浦(2012)ではWLB施策の費用対効果がプラスになるのは、中堅大企業や製造業、労働保蔵を行う傾向の強い企業などで、それ以外の企業ではWLB施策は企業業績と関係がなかったり、むしろ企業業績を悪化させる可能性もあったりすることが指摘されている。しかし、WLB施策の費用対効果がない場合でも、柔軟な働き方と引き換えに、労働者が賃下げを許容することを通じてコストを負担するという補償賃金仮説の考え方が成立するならば、施策導入が進む可能性がある。そうなれば、現在のように「雇用は保証されているが長時間労働の正社員」と「雇用は不安定だが労働時間は短く柔軟な非正規社員」という二極化した働き方のほかに、別の働き方が普及する糸口を見出せるかもしれない。そこで、本稿では、費用対効果の観点から企業のWLB施策を検討する従来の研究とは一線を画し、WLB施策の受益者である労働者がその費用を負担する形でWLB施策が普及する可能性を見極めることを主たる目的とする。
本稿では、2つの企業・従業員マッチデータを用いて、WLB施策と賃金との間に補償賃金仮説が成立するかを検証し、WLB施策に関する負の賃金プレミアムの計測を試みる。すなわち、WLB施策と賃金との間に補償賃金仮説が成立しているかを企業・労働者のマッチデータを用いて検証し、成立している場合、賃金プレミアムを計測することによって、労働者や企業がWLB施策の導入に対してどの程度までの低い賃金設定が妥当と考えているか、という数値を導出する。
分析においては、観察されたデータと仮想質問形式のデータの2つのタイプの企業・従業員のマッチデータを利用し、伝統的アプローチと行動経済学的アプローチの双方を用いる。分析上の特徴点としては、従業員データだけでは補捉が不可能な企業側の情報を豊富に利用している点、勤務先企業にWLB施策があるか否かではなく、施策をその従業員が利用しているか(あるいは利用した経験があるか)という情報を用いている点、ホワイト力ラー正社員に対象を限定している点、仮想質問については、従業員だけではなく勤務先企業にも同じ質問を行い、賃金プレミアムに関する労使間の認識のギャップを検証している点などが挙げられる。
分析内容と含意
本稿の分析で得られた結果を要約すると、まず、観察されるデータを用いた伝統的アプローチによる推計では、フレックスタイム制度を利用している男性従業員について、補償賃金仮説が成立していることが認められた。また、フレックスタイム制度を利用することによる平均的な負の賃金プレミアムは、最大で9%と程度となることもわかった。こうした結果は、フレックスタイム制度導入企業は、非導入企業に比べて1割弱程度低い賃金で男性労働者を雇えていることを示唆している。ただし、女性については、フレックスタイム制度や両立支援制度に関する負の賃金プレミアムは検出されないケースが多かった。日本で補償賃金仮説が成立しにくい背景には、より良い労働条件を求めて人々が労働移動を行うような流動性の高い労働市場ではないことも関係している可能性がある。
そこで次に、「仮に施策が導入されたならばいくらの賃下げが必要か」という仮想質問データを利用して、行動経済学的なアプローチから、潜在的な労使のニーズを探ることとした。分析の結果、図にあるように、従業員側は「施策導入の代わりの賃下げは受け入れられない(0%の賃金プレミアム)」あるいは「10〜20%程度の賃下げなら受け入れる」とする回答が多かったのに対して、企業側は「導入は一切考えられない(-100%の賃金プレミアム)」という回答が圧倒的多数だったことが明らかになった。日本で、WLB施策が普及しない背景には、従業員側は施策を導入したとしても賃金は引き下げなくてよいと考えている人が多いのに対して、企業側は施策の導入を多大なコストと考えている先が多いという、認識の大きなギャップがあることがうかがえる。現実のデータを利用した推計結果で、負の賃金プレミアムが検出されにくかったが、その背景には、こうした認識のギャップが大きすぎて、施策を賃金を引き下げることで買い取るという取引がわが国では成立していない現状があると解釈することができる。
もっとも、「施策を導入したとしても賃下げは考えられない」とする従業員と、「施策導入は一切考えられない」とする企業をサンプルから除いた場合、図にあるように、フレックスタイム制度などの柔軟な働き方についての従業員側の平均賃金プレミアムは-25%程度であり、一方で企業側の平均賃金プレミアムは-12%程度であることも明らかになった。つまり、企業は施策導入には1割程度の賃下げが必要と考えているが、労働者は平均で2割以上を引き下げてでもこうした施策の利用を希望していることを示唆する。これらの結果は、労働市場の流動性が乏しいわが国においても、企業が労働者の潜在的なニーズをうまく汲みとることができれば、フレックスタイム制度などの導入により従業員の厚生を高めることができるだけでなく、人件費の大幅削減が実現可能となるケースもあることを示唆している。
図:仮想質問にもとづくWLB施策(柔軟な働き方)の賃金プレミアムの分布
参考文献
? 山本勲・松浦寿幸、「ワークライフ・バランス施策は企業の生産性を高めるか?― 企業パネルデータを用いたWLB施策とTFPの検証 ―」RIETI Discussion Paper Series 11-J-032、2011年
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13j004.html
2011年度の成果
RIETIディスカッション・ペーパー
? 11-E-078
"Employment Protection and Productivity: Evidence from firm-level panel data in Japan" (OKUDAIRA Hiroko, TAKIZAWA Miho and TSURU Kotaro)
? 11-E-077
"What Does a Temporary Help Service Job Offer? Empirical suggestions from a Japanese survey" (OKUDAIRA Hiroko, OHTAKE Fumio, KUME Koichi and TSURU Kotaro)
? 11-E-047
"Evidence of a Growing Inequality in Work Timing Using a Japanese Time-Use Survey" (KURODA Sachiko and YAMAMOTO Isamu)
? 11-J-061
「非正規労働者の幸福度」(久米 功一、大竹 文雄、奥平 寛子、鶴 光太郎)
? 本稿では、ウェブアンケート調査の結果を用いて、日本の非正規労働者に対して必要な政策的対応について、その主観的幸福度の決定要因を包括的に分析して検討した。具体的には、非正規雇用における派遣労働・パート等の雇用形態、その選択理由、雇用契約期間、過去の経験等の違いに注目するとともに、継続調査されたデータの利点を活かして、個人の固体効果を考慮したパネルデータ分析を行った。
その結果、(1)未婚、(2)短い雇用契約期間、(3)非自発的非正規雇用、(4)高校卒以下の学歴、(5)過去の労災経験といった労働者の属性は、主観的幸福度を引き下げていた。このことは、今後の非正規雇用問題への政策対応として、家族政策との関わりも考慮した施策、雇用契約期間の延長、非自発的非正規雇用者に対する正規雇用への転換・登用等のキャリアパスの整備、教育機会提供や就学支援、職場での安全対策推進やその後のケアが、非正規労働者の主観的幸福度の増進に資する可能性を示唆している。
? 11-J-060
「有期労働契約法制の立法課題」(島田 陽一)
? 11-J-059
「『同一労働同一賃金』は幻想か?―正規・非正規労働者間の格差是正のための法原則のあり方―」(水町 勇一郎)
? 11-J-058
「規制強化に向けた動きと直視すべき現実」(小嶌 典明)
? 11-J-057
「『多様な正社員』と非正規雇用」(守島 基博)
? 11-J-056
「貧困と就業―ワーキングプア解消に向けた有効策の検討―」(樋口 美雄、石井 加代子、佐藤 一磨)
? わが国では就業していても貧困である世帯が多いということが、貧困の国際比較研究から明らかになっている。このようなわが国の貧困の特徴を踏まえて、本稿では、慶應家計パネル調査(KHPS)2004-2010のデータを用い、わが国における貧困と就業との関係について分析を行った。分析の結果、わが国では非正規労働者として就業している世帯において失業や無業世帯よりも貧困率が高いこと、しかしながら、貧困層からの脱却割合を前年の就業状態別に見ると、無業であった世帯に比べ、非正規雇用であっても就業している世帯のほうが脱却割合の高いことがわかった。一方で、正規雇用においては、貧困率がもっとも低く、非正規から正規雇用への転換が貧困解消の1つの有効な策であることが示唆された。そこで非正規雇用から正規雇用への転換の促進に有効な政策支援を分析してみると、自己啓発を行っている人の転換割合がとくに女性労働者において有意に高いことがわかり、自己啓発といった能力開発への専門家による助言や資金的・時間的支援が有効であることが示唆された。また、失業者の貧困対策として、失業保険受給の資格の有無、および実際に受給したかどうかの別に貧困からの脱却割合を比べると、失業保険に加入しており、給付を受けながら、就業支援を受けた人でその割合は高く、加入していなかった人で最も低いことがわかった。すなわち、失業給付は失業時の所得保障の役割を担うだけではなく、これとセットとして行われる就業支援により、その後の就業確率も高める効果をもっていることが確認された。他方、失業保険に加入していなかった失業者の場合、もともと雇用条件の良くない雇用機会に就いていた人が多く、今後、こうした人への所得保障と就業支援の強化が求められる。
? 11-J-055
「派遣労働は正社員への踏み石か、それとも不安定雇用への入り口か」(奥平 寛子、大竹 文雄、久米 功一、鶴 光太郎)
? 11-J-054
「派遣労働者に関する行動経済学的分析」(大竹 文雄、李 嬋娟)
? 11-J-053
「人々はいつ働いているか?―深夜化と正規・非正規雇用の関係―」(黒田 祥子、山本 勲)
? 11-J-052
「非正規労働者の希望と現実―不本意型非正規雇用の実態―」(山本 勲)
? 本稿では、『慶應義塾家計パネル調査』(2004〜10年)の個票データを用いて、正規雇用の職がないために仕方なく非正規雇用に就いている不本意型の非正規雇用の実態を明らかにするとともに、就業形態毎に人々の主観的厚生水準がどのように異なるかを検証する。検証の結果、非正規雇用の大多数は自ら選択している本意型であること、しかし不本意型の非正規雇用者は失業者の約1.5倍と無視しえない人数であること、不本意型の非正規雇用は独身、20歳代あるいは40〜50歳代、契約社員や派遣社員、運輸・通信職や製造・建設・保守・運搬などの作業職などで多く、また、景気循環との関係では不況期に増える傾向があることなどが明らかになった。このほか、就業形態の選択行動や就業形態間の移行状況をみると、不本意型の非正規雇用は、同じ非正規雇用であっても本意型とはその特性が異なり、むしろ失業との類似性が高いことがわかった。次に、個々人の主観的厚生指標として心身症状(ストレス)の大きさを点数化した指標を就業形態間で比較したところ、正規雇用よりも非正規雇用や失業、非労働力でストレスが大きくなっていることがわかった。しかし、個人属性や就業選択の内生性をコントロールすると、正規雇用よりもストレスが大きいのは、不本意型の非正規雇用と失業だけであることも確認できた。つまり、非正規雇用だからといって厚生水準が低くなっているとは限らず、その大多数を占める本意型については正規雇用や非就業と厚生水準は変わらない。一方で、不本意型の非正規雇用については、失業と同程度に、他の就業形態よりもストレスが有意に大きくなっており、需要側の制約のために効用が低下し、健康被害という形でその影響が顕現化していると解釈できる。
? 11-J-051
「非正規労働者はなぜ増えたか」(浅野 博勝、伊藤 高弘、川口 大司)
? 過去20年の間に、日本の雇用を取り巻く状況は大きな変化を遂げている。非正規化の進展は最も顕著な現象の1つであり、1986年には17%程度であった非正規労働者の比率は、2008年には34%までにも増大している。本稿ではこの非正規労働者の増加という長期的傾向の解明を試みる。まず同時期における非正規労働者の正規労働者に対する相対賃金は非常に安定的であり、このことは非正規労働者の相対的な需要のみならず供給も増大していることを示唆している。ただし、産業構造の変化や労働人口構成の変化は非正規労働者の増加の4分の1程度しか説明しておらず、残り部分については、女性労働者の非正規就業確率の上昇、あるいは卸売・小売業やサービス業における非正規雇用需要の増大などが大きな要因となっている。また、企業データを用いた分析からは、非正規労働者の増加の6割程度を、産業構造の変化と生産物需要の不確実性そして情報通信技術の導入によって説明できることが示された。
※本稿は、英語版のディスカッション・ペーパー(11-E-021)を日本語版にしたものである
? 11-J-050
「派遣労働者の生活と就業−RIETIアンケート調査から」(大竹 文雄、奥平 寛子、久米 功一、鶴 光太郎)
? 11-J-049
「非正規雇用問題解決のための鳥瞰図−有期雇用改革に向けて−」(鶴 光太郎)
http://www.rieti.go.jp/jp/projects/program/pg-07/001.html
生活保護制度をめぐる最近の動向
国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 776(2013. 3.19.)
生活保護の受給者は近年急増しており、特に、稼働能力のある受給者の増加が
問題視され、制度改革は喫緊の政策課題である。
本稿では、生活保護制度をめぐる最近の動向を整理する。
現状と問題点では、受給者等の現状をデータで概観するとともに、報道等で取
り上げられている問題として、年金支給額・最低賃金額との逆転現象、医療扶助、
不正受給、「貧困ビジネス」、親族間扶養義務の厳格化問題を紹介する。
国と地方自治体の施策では、国の施策として、自立支援プログラム、学習支援
の制度化、第2 のセーフティーネット施策、地方自治体の施策としては、自立促
進施策、貧困の連鎖に対する対策、不正受給対策を取り上げる。
改革の議論等の状況では、政府に設けられた部会等での議論の状況を整理し、
その論点を概観する。
はじめに
T 現状と問題点
1 受給者数等の現状
2 最近取り上げられた問題
U 国と地方自治体の施策
1 国の施策
2 地方自治体の施策
V 改革の議論等
1 社会保障審議会生活保護基
準部会
調査と情報
第776号
2 生活保護制度に関する国と
地方の協議
3 社会保障審議会生活困窮者
の生活支援の在り方に関す
る特別部会
4 財政制度等審議会
おわりに
はじめに
生活保護の受給者は近年急増しており、特に、稼働能力のある受給者の増加が問題とな
っており、不正受給や生活扶助基準をめぐる報道、制度改革への議論が続いている。
本稿では、生活保護制度の現状と問題点、最近の国と地方自治体の施策、改革の議論等
の状況を概観する。
T 現状と問題点
1 受給者数等の現状
生活保護の受給者数は、平成23 年3 月末時点で、59 年ぶりに200 万人を超え1、その
後も増加を続けており、平成24年3月末現在では210万8096人となった2(図1参照)。
図 1 生活保護受給世帯数、生活保護受給者数、保護率の推移
(出典)厚生労働省『平成24年版厚生労働白書』2012, p.517.
平成23年度における受給世帯に占める「高齢者世帯」の割合は、42.5%と依然最多であ
る。一方で、高齢者世帯、障害者等世帯、母子世帯のいずれでもない「その他の世帯」が
平成20 年度まで10%前後であったものが、平成21 年度には13.5%、平成22 年度には
本稿におけるインターネット情報は、平成25年3月11日現在である。
1 厚生労働省『福祉行政報告例(平成23年3月分概数)』(平成23年6月14日)
<http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/gyousei/fukushi/m11/03.html>
2 厚生労働省『福祉行政報告例(平成24年3月分概数)』(平成24年6月13日)
<http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/gyousei/fukushi/m12/03.html>
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8094030_po_0776.pdf
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