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肥田美佐子のNYリポート2013年 3月 07日 20:41 JST 米ノマド最前線 ヤフー在宅勤務禁止令で論議が沸騰 先月、米インターネット検索大手ヤフーが、6月から在宅勤務を禁じると発表して以来、フレックス制やワークライフバランスをめぐる議論が再燃している。 ダウジョーンズ傘下のIT(情報技術)専門ウェブサイト「オールシングズD」が入手した、ヤフーの人事部責任者による従業員へのメールにはこうある。 「自宅で仕事をすると、往々にしてスピードや質が犠牲にされがちだ。われわれは、ヤフーとして1つになる必要がある! それには、まず物理的に一体感を高めることだ」 画像を拡大する Bloomberg ヤフーのメイヤーCEO 同社では、フルタイムの在宅勤務者が数百人に上り、出社しないため、在職しているのかどうかさえ分からない人もいるという。 だが、大半の企業が何らかのフレキシブルな勤務形態を導入している米国では、ヤフーの新方針をめぐり、「石器時代に逆戻りか」(米経済誌『フォーブス』ブログ(2月25日付)といった声も聞かれる。 人事関係の研究や教育を行う米非営利組織「ワールドアットワーク」が2011年2月に発表したフレックス制に関する報告書によると、同組織の会員(北米本拠の大企業に勤務する管理職が大半)を対象にした調査で、自社が、パートタイムとしての就業形態や出社・退社時間を選べるフレックスタイム制、期間限定の「テレワーク(在宅などのオフィス外勤務)」のいずれかを従業員の一部、または全従業員に提供していると答えた人は8割以上に達する。 だが、その一方で、ヤフーのマリッサ・メイヤー最高経営責任者(CEO)の戦略を妥当とみる専門家や経営者も少なくない。アリゾナ州のサンダーバード国際経営大学院で、エグゼクティブ教育部門のマネージングディレクターを務めるジョー・カレラ氏も、その一人だ。 「ヤフーは、『過去のシリコンバレーの巨人』という殻を打ち破るために、差し迫った変革の必要性に直面している。今回の決断は、非常に筋が通ったものだ」 ヤフーの立て直しに必須のイノベーションや製品開発は、社員同士のコラボレーションから生まれることが多いというのが、カレラ氏の主張である。 とはいえ、同氏は、国際ビジネスの研究で評価が高いサンダーバードでグローバル化時代の組織戦略を企業幹部に教える立場から、デジタルワーク(テクノロジーによる遠隔勤務)の重要性も強調する。IT化の影響で私生活と仕事の境があいまいになり、より速い対応が求められる現代のビジネスシーンでは、オフィス外勤務が一般的になっているという。 IT機器を駆使してバーチャルな環境で働く「デジタル・ノマド(遊牧民、非定住者)」、いわゆる「ノマドワーク」は日本でも話題になっているが、米国では、IT化とグローバル化の波に乗り、世界を股にかけて自由と高収入、効率的な働き方を謳歌する起業家、といったイメージがある。 起業家などの自営業を除く米国の在宅勤務派には、いわゆる裁量権を与えられたシニアレベルの役職が多い。米コンサルティング調査会社、テレワーク・リサーチ・ネットワークが11年6月に発表した報告書によると、在宅勤務制度が定着して久しいとはいえ、自宅を主な職場とする、自営業以外の米国人は、全米でわずか290万人(米労働人口の2.3%)。職種、および役職別では、管理職・専門職が4割以上と、最多である。 画像を拡大する Hassan Osman オスマン氏のホームオフィス その一人が、シリコンバレーに本拠を置くネットワーク機器最大手、米シスコシステムズの若手社員、ハッサン・オスマン氏だ。同氏は、本社から遠く離れた米東海岸ボストンのホームオフィス(写真)で、シニア・プログラムマネージャーとして、世界に散らばるチームメンバーを監督しながら、顧客向け大規模プロジェクトを手掛けている。 チームメンバーは、プロジェクトによって5〜20人。その大半が在宅勤務だ。同氏は、在宅勤務の指南書ともいえる電子書籍『How to design the ultimate home office(究極のホームオフィスを作るには)』を著し、バーチャルチームの管理法に関するブログも書くなど、「デジタル・ノマドワーク」のプロである。 オスマン氏は、「会社の代表としてではなく、すべて個人の見解」と断ったうえで、「的確なテクノロジーとプロセスを用いれば、離れていても、オフィス勤務によるコラボレーションや知識の共有と大差ないものを得ることができる」と説く。同じフロアで働いていても、電話やメールに頼る人も少なくない。ただ一緒にいるだけではチーム内のコミュニケーションは生まれない、というわけだ。 同氏が、チーム管理に活用しているのが、パソコンはもちろん、iPhoneやタブレットでも対応可能なシスコの「ウェブエックス・ミーティング」や「テレプレゼンス」である。前者は、オンラインミーティングやプレゼンのシェアなどが可能であり、後者は、高解像度のビデオや音声技術で、現場さながらのバーチャル会議が再現できる。 こうしたテクノロジーのおかげで、フルタイムベースの在宅勤務を享受する企業幹部もいる。「『デジタル・ノマド』は、オフィスが持てない小規模ベンチャー企業に多い。でも、僕の父のように、大企業の幹部もいる。在宅勤務を始めて6年になるが、何の支障もない」と話すのは、ロサンゼルスの起業家、アンドリュー・オニール氏(26)だ。 同氏の父は、カリフォルニア南部に住む米大手IT企業の役員だが、月に1度シリコンバレーに飛び、1週間ほど出社する以外は、自宅で働く毎日だという。 オニール氏自身、エンジニアを対象にした3D技術のバーチャル研修を行うネット系ベンチャー企業「ソリッドワイズ・エンジニアリング」を共同で立ち上げてからというもの、ノマド生活がすっかり板についた。同社のプログラマーやリサーチャーは、ロシアやベトナム、中国、フィリピンなど、グローバルな顔ぶれだ。同氏も、創業以来、3〜4カ月ごとに居所を移し、シリコンバレーやベトナム、タイ、日本など、世界を股にかける日々を送っている。 そうした生活を可能にするのが、生産性アップや時間管理のツールなど、豊富なクラウド型ウェブサービスだ。たとえばチームのプロジェクトマネージメント(計画管理)には、ウェブサービスの「トレロ」を使う。やるべき仕事をリストアップし、各メンバーが進捗状況をインプットすることで、世界のどこからでも進み具合がつかめる。デジタル・ノマドに国境はない。 遠隔勤務の最大のメリットは「世界最高の人材を発掘できること」と、オニール氏もオスマン氏も口をそろえる。「才能があるからといって、誰もがシリコンバレーで働きたいとはかぎらない」(オニール氏)。サンダーバードのカレラ氏も、「企業が、最もふさわしい人材を採用することが可能だ」と指摘する。 前出のワールドアットワークの報告書でも、フルタイムベースで在宅勤務を実施している組織の45%が、有能な人材を採用するための手段としてフレックス制を利用することがあると答えている。 フレキシブルな勤務形態で社員の満足度が高まれば、企業にとっても好都合だ。同報告書を見ると、フレックス制に対する従業員の評価はすこぶる高い。「仕事への取り組みにポジティブ、または極めてポジティブな影響を及ぼす」という見方が組織内で行き渡っていると答えた人は、全体の72%を占める。「やる気」については71%、「仕事への満足度」は82%に上る。 「バーチャルチームは、同じ場所で働くチームよりも生産性の高い仕事をすることが可能だ。フレキシブルに働くことで幸福感が生まれ、やる気が増すからだ」と、オスマン氏は分析する。 フロリダ州スプリングヒルの起業家でデジタルノマドのニコール・サイバート氏も同意見だ。ベンチャー企業、ニケタス・マーケティング・オートメーションの社長兼業CEOを務める同氏は、社員とはGoogle Plus(グーグル・プラス)などのソーシャルメディアサービスでやり取りしながら、日々、プロジェクトをこなす。 「毎日、学校に通う息子を送り迎えすることで、息子の生活にかかわることができる。社員の多くも子供を持っているため、在宅勤務でハッピーだ。その結果、生産性も上がる」 もちろん、ノマドワークも万能ではない。「研究開発など、向かない分野がある。また、プロジェクト管理に、より多くの時間が必要」(カレラ氏)。「モチベーションが高く、自発的に仕事のできる人材かどうかを見極めて雇う必要がある。社員が生産的に働いているかどうか把握するのが一仕事」(オニール氏)。「社会訓練やビジネス界での交流が必要な若手には難しい」(サイバート氏)。 とはいえ、厳格な在宅勤務の禁止は、ヤフー再建に必要な最高の人材の獲得を難しくしたり、ワーキングマザーなど、社員の幸福感を減じたりするリスクもはらんでいる。一方、テレワーク・リサーチ・ネットワークの試算によると、2016年には在宅勤務者が490万人になる見込みだ。前出の報告書が出た11年時点の約70%増である。 自身も昨秋、一児の母になったメイヤーCEOの新戦略――。はたして吉と出るか凶と出るか。 ********************* 肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト 東京都出身。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などに エディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・ト リノ)に参加。日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘され る。現在、『週刊東洋経済』『週刊エコノミスト』『ニューズウィーク日本版』『プレジデント』などに寄稿。ラジオの時事番組への出演や英文記事の執筆、経済・社会関連書籍の翻訳も行う。翻訳書に『私たちは"99%"だ――ドキュメント、ウォール街を占拠せよ』、共訳書に 『プレニテュード――新しい<豊かさ>の経済学』『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』(いずれも岩波書店刊)など。マンハッタン在住。 www.misakohida.com |