04. 2013年3月05日 01:34:38
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アベノミクスは日本経済を再生させられるか? デフレと景気停滞からの脱却図る壮大な実験 2013年03月05日(Tue) Financial Times (2013年3月4日付 英フィナンシャル・タイムズ紙) 安倍晋三首相の再登板から、何かが動き出している〔AFPBB News〕
「Japan is back(日本は戻ってきた)」。日本の安倍晋三首相が先月、米国のバラク・オバマ大統領と初めて会談するために訪米した時の言葉である。シンプルだが、日本で災難がここ数年続いていることを考えれば大胆不敵なメッセージだ。 「日本は二級国家ではないし、これからもそうならない」。この国がふらふらと進んできた方向がよく分からない人がいてはいけないと考えたのか、首相はそう明言した。 少し前までは、日本の首相がそんな発言をすれば物笑いの種にされる恐れがあった。日本が積み重ねた失敗の数々は今や広く知れ渡っている。 ピークを過ぎた国と見られていた日本に異変 株価がピークをつけたのは23年も前のことで、国の借金は先進国の中で最も重い。かつては恐れられたハイテク企業も、最近はカリフォルニア州や韓国のライバルの台頭で影が薄い。人口は減りつつあり、経済はデフレに苦しんでいる。 2011年には津波と福島原発危機に襲われ、莫大な復興費用や外国から輸入するエネルギーの購入費の急増にも直面しているが、実はそれ以前から上記のような問題のせいで、日本はよく言えばピークを過ぎた国であり、悪く言えばギリシャ式の災難に次に見舞われる国であると見なす向きが多かった。 安倍氏の率いる自民党が総選挙に勝利した昨年12月16日、日本は過去15年間で5度目の景気後退の最中にあった。首相1人につき0.5回の景気後退があった計算になる。日本ではこの間に首相が10人(2007年に辞任した安倍氏も加えれば11人)も誕生したのだ。 この国の緩やかな凋落を食い止めて反転させることなどできそうにない、麻痺状態に陥った政治システムは、いつしか「決められない政治」と呼ばれるようになった。 しかし、安倍氏が再び政権を手にしてからは、何かが動き出している。同氏がワシントンで熱弁を振るう前から、金融市場は数カ月にわたって「日本が戻ってきた」と叫んでいた。 為替相場を円安にすることで輸出頼みの製造業者を支援するという選挙公約は、自己成就的な予言となった。日本円への売り攻勢を予想したトレーダーたちが円を売ったことにより、対ドルレートは昨年11月以降で15%も下落している。 これを受けて株式市場にも火がついた。日経平均株価は30%以上上昇し、2008年以来の高値をつけている(もっとも、史上最高値に比べればまだその3分の1程度だが)。先週には、積極的で非伝統的な金融政策を支持する黒田東彦氏を日銀の次期総裁候補に安倍氏が指名したことにより、株価の上昇に拍車がかかった。 「8ラウンド続けてサンドバッグのように打たれっぱなしのボクサーが『ちょっと待ってくれ、今からこいつを飲むから』と言っている試合のような感じだ」 シンフォニー・ファイナンシャル・パートナーズの共同最高経営責任者(CEO)で、日本での資産運用に携わるデービッド・バラン氏は、東京でこのところ開かれている投資家向けの会合で感じた「本物の熱気」をそう表現する。 理屈の上では、安倍氏がこのような活気を生み出すようには思われなかった。右派の政治家一族の出である同氏の首相としての1期目は1年しか続かず、数々のスキャンダルにまみれた政権として記憶されることとなった(汚職疑惑などで3人の農林水産大臣を失った)。 経済が重視されることはほとんどなく、業を煮やした有権者は参議院選挙で自民党を第1党の座から引きずり下ろした。そして安倍氏は、身体の衰弱を引き起こす消化器系の病気を理由に辞任した。 再登板では経済を最優先、市場を沸かせる金融緩和 再登板することになった安倍氏は、前回の失敗から教訓を学んでいるように見受けられる。まず、世界金融危機と容赦ない円高によって打撃を受けた経済の問題に特に力を入れている。「アベノミクス」という名称で知られる拡張的な経済政策により、同氏の支持率は就任時よりも大幅に高い70%前後にまで押し上げられている。 今のところ、マネーを作り出して流通させるのがアベノミクスの主眼となっている〔AFPBB News〕
今のところは、マネーを作り出して流通させることがアベノミクスの主眼になっている。 安倍氏は日本史上最大級の経済対策――借り入れを財源にした10兆円超の支出を新たに行う――を命じており、日銀に対しては、20年近く続いている消費者物価の下落を終わらせるための追加的な金融緩和を強要している。 近々退任する白川方明総裁が率いる日銀は今年1月、2%の物価上昇率目標を導入し、これが達成されるまで国債やその他の資産の買い入れにより金融システムに現金を流し続けることを約束した。 市場を特に沸かせているのはこの金融緩和だ。日銀は超低金利政策をほかのどの中央銀行よりも長く続けており、国債の買い入れなど非伝統的な金融緩和テクニックのパイオニアでもあった。 しかし、世界金融危機が拡大してからは臆病になった印象がある。米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)が日銀と同じアイデアをより強力に実行に移し、自らのバランスシートを日銀よりもはるかに速いペースで拡大させたからだ。 「日銀はこの20年間、『まず、構造改革が進んだところを私たちに見せてください。そうしたら私たちもお金をお見せします』と政府に言い続けてきた・・・ところがここにきて、先にお金を見せるよう強いられている」。富士通総研の上席主任研究員、マルティン・シュルツ氏はこう指摘する。 黒田氏起用への期待 衆参両院の同意を得て、日銀総裁に就任する見込みの黒田東彦氏〔AFPBB News〕
黒田氏はそれ以上のものを見せる公算が大きい。日銀の「失敗」をずっと批判してきた同氏は、2000年代の初めに財務省の財務官として大規模な円売り介入を仕掛け、これを成功させたことでよく知られている。 この介入は、日本の輸出業者の支援策であると同時に金融政策の手段でもあった。 同氏は2002年に、日本はデフレ傾向を反転させるために「大規模な為替介入」を利用することができる、円安になれば輸入物価が大幅に上昇して国内の物価も上昇すると語り、市場を慌てさせた。 その後の10年間で市場介入には大きな変化があり、日本は現在、ごくまれな例外はあるものの、黒田氏の財務官時代に見られたあからさまな市場操作からは手を引いている。 それでも黒田氏は、日銀総裁の候補に正式に指名された2月28日より前のインタビューでは、金融をさらに緩和する「余地がかなりある」と思っていると述べており、日銀はこれまでよりも多種多様な資産を購入できるのではないかとも話していた。 もしそのアイデアが実行に移されれば、市場には低利の資金がさらに供給されることになり、一段の円安を間接的に促進することになるだろう。 黒田氏の日銀総裁就任には国会の承認が必要だが、安倍氏は野党からも十分な支持を取り付けると見られている。自民党がまだ過半数を確保していない参議院においても同様だ。黒田氏と、2人の副総裁候補の1人である学者の岩田規久男氏はともに、2%の物価上昇率目標は2年ほどで達成できる可能性があると語っている。 アベノミクスが機能するとしたら・・・ アベノミクスが機能するとしたら、いくつかの形で実現する。まず、円安が輸出企業の利益を押し上げるだろう。調査によると、日本の輸出企業は経済生産全体の約15%を占めているが、最近の経済成長の丸半分を担っている。 一段の金融緩和で、低利資金が企業に流れ込み、これらの企業は、現在多くの企業がしているように現金をため込む代わりに、投資を増やすようになるだろう。 物価が上昇する――ひいては企業の売上高が拡大する――という期待がお金を使う動機をさらに増やし、経済再生の好循環を生む。一方、政府は規制面などでの障害を取り除き、日本の基本的な潜在成長力を高めることになる。 アベノミクスが奏功し、経済再生の好循環が生まれればいいが・・・〔AFPBB News〕
この政策は様々な形で失敗しかねず、世界第3位の経済大国である日本に一段と大きな問題をもたらす可能性がある。 「デフレの打破」は広く受け入れられる目標となったが、物価上昇の現実は消費者に衝撃を与える恐れがある。賃金が物価上昇に追いつけない場合は特にそうだ。 安倍氏がそれを懸念している証拠に、同氏は従業員の報酬を引き上げるよう説得するために経団連の加盟企業を訪問した。 これは物価が実際に上昇することを前提としているが、日銀の白川氏はかつて、日本のような構造的に弱い経済では、金融政策の緩和だけでは効果が上がらないと主張していた。同氏の見方に同意するエコノミストもいる。 難しいデフレ脱却、意図せぬ結果を招くリスクも JPモルガン証券の足立正道氏は、日本の「GDP(国内総生産)ギャップ」――日本の生産量と経済がフル操業した場合に生産できる量の差で、インフレを予測する重要な指標――は昨年の第1四半期から第4四半期にかけて2倍以上に拡大し、潜在GDPの3.1%に達したと指摘。「インフレが近く実現することはない」と言う。 また、意図せぬ結果を招くリスクもある。デフレは悪いことかもしれないが、日本では、デフレが一種の経済的綱渡りの支えになっていた。デフレと戦うために駆使された低金利のおかげで、政府は安く借り入れができ、弱い経済の結果である莫大な税収不足をカバーできたからだ。 もし投資家が今後、アベノミクスは成長よりもインフレと財政赤字を生み出すと考えるようになれば、長期金利が上昇しかねない。そうなれば、民間銀行が保有する膨大な国債の価値が低下し、やがて、今や2年分のGDPを上回る額の日本の公的債務を返済するコストが上昇するだろう。 「日本は安定した均衡状態にあるが、最終的には衰退に至る均衡状態だ」と富士通総研のシュルツ氏は言う。同氏は安倍氏の政策課題を支持しているが、「この均衡状態から抜け出すことは極めてリスクが高い」と言う。 安倍氏がそれでも行動しなければならない分野が、構造改革だ。財政、金融の拡張政策に続くアベノミクスの「第3の矢」である。安倍氏はワシントンで第一歩を踏み出し、環太平洋経済連携協定(TPP)について、事実上、交渉参加を約束した。 自民党が長らく煮え切らなかったTPP問題に関する決断は、農業と医療サービスの規制緩和から相対的に高い日本の法人税の減税に至るまで、経済団体が好むその他の構想にとって幸先が良い兆候かもしれない。 本質が分かるのは参院選の後 日本での一般的な見方は、安倍氏の意図の本質は今夏の参議院選挙の後まで分からない、というものだ。もし安倍氏が今の水準に少しでも近い支持率を維持できれば、自民党は参院の過半数を取り戻し、安倍氏は政権基盤を固められるだろう。 支持者らは、そうなれば安倍氏は経済改革を一層強力に推し進めることができると話しているが、選挙での2度目の勝利により、安倍氏は2006〜07年の国家主義的な文化の闘士に戻ってしまうとの懸念もある。 安倍氏は、アジアにおける戦時中の日本の振る舞いに関する過去の公式な謝罪を撤回し、憲法から反戦条項を取り除きたいという願望を表明していた。こうした動きは韓国や、東シナ海に浮かぶ島を巡って日本と緊迫したにらみ合いを続ける中国を激高させるだろう。 また国内における支持を損なう恐れもある。世論調査によると、自民党は大半の有権者よりもかなり右寄りで、例えば、自民党の議員はほぼ全員が憲法改正を支持しているのに対し、一般市民は半分程度にとどまっている。 「首相が参議院選挙を制することができれば、こうした問題が再びスポットライトを浴びることになるだろう」。安倍氏と密に接する立場にある政府高官はこう話している。 By Jonathan Soble 私が「We Want Abe!」と書いた理由
「BRICs」の生みの親、ジム・オニール氏に聞く 2013年3月5日(火) 大竹 剛 アベノミクスの登場にいち早く反応したのが海外の投資家だ。金融緩和観測を手がかりに円安が進み、株高とともに日本経済の景色を変えた。「BRICs」の生みの親であるジム・オニール氏もアベノミクスに熱い視線を注ぐ。 昨年の総選挙直前にあなたが書いた「We Want Abe!」というレポートが話題になりました。なぜ、そのようなレポートを書いたのか、その理由を教えてください。 ジム・オニール(Jim O’Neill)氏。 ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長。「BRIC(ブラジル、ロシア、インド、中国)」という造語を生み出し、世界の政治・経済に影響を及ぼしたことで知られる。 (写真:永川 智子、以下同) オニール:昨年11月、ちょっとおどけて「We Want Abe!」というレポートを書いたのは、円相場と株式市場で非常にエキサイティングな新しい潮流が訪れることを示したかったからです。それは、小泉純一郎政権以来なかったことで、しかも今回はその時に増して刺激的です。
私たち投資家やアナリストは、大胆で明確なことを好みます。しかし、日銀はリーマンショック以降、ずっと臆病すぎました。円はかなり過剰評価されてきたし、日銀はそれをあまり深刻に捉えてきませんでした。1年前、日銀が始めて1%のインフレ目標を導入したときも、それは実際には目標ではなく、あいまいなゴール(目処)でしかなかった。 「3本の矢」、的を射ているのは「金融緩和」のみ 政府が日銀にインフレ目標を設定するように強要したから、日銀が独立性を失うという人もいますが、その考えは正しくありません。英国やオーストラリア、ニュージーランド、ブラジルなどインフレと上手く戦っているほとんどの国では、政府が目標を設定しています。民主主義の観点で見れば、政府が目標を設定することは問題ではありません。 アベノミクスは、「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」という「3本の矢」から成り立っています。それぞれをどのように評価していますか。 オニール:市場はアベノミクスに興奮していますが、実はそれは「3本の矢」の中で金融緩和に対してのみです。財政出動は、勇敢だがリスキーです。日本は巨額の公的債務を背負っており、ミスは許されません。特に、公共事業については1990年以来、歴代の首相が何度も試みてきましたが、効果があったという証拠はありません。 成長戦略も不透明です。日本には、サービス部門の生産性向上と、移民政策や定年延長、女性活用などによる労働人口の拡大が必要ですが、これらの点について方針ははっきりしていません。 金融政策に市場が反応しているのは、デフレの日本を見てきた投資家にとって、アベノミクスの金融緩和は大きな変化を意味するからです。私は過去30年以上、円の動向を追い続けてきました。非金融的なファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を見ると、もはや日本の貯蓄率や経常収支に優位性はありません。1980年代以降、これらによって円は非常に強くなってきましたが、今やもう、そうではありません。 円相場のトレンドを反転させる要素として、唯一欠けていたのが金融政策でした。もし、日銀が米連邦準備理事会(FRB)と同じように積極緩和を実施したら、円が反転するのは明らかでした。 「通貨戦争」との批判は馬鹿げている 急速な円安で、「通貨戦争」を招いているという批判もありますが。 オニール:そのような指摘は馬鹿げています。円安は新たな金融政策の結果であり、それは米国が過去30年間やってきたことです。韓国は競争力を即座に失うから日本を批判するでしょうが、日本を含むほかの国と同じように、過去20年、折に触れて通貨を操作してきた形跡があります。ドイツも1973年以降、ほかの欧州諸国と繰り返し為替介入してきました。 政治家が市場の問題を持ち出すのは、国民の関心を国内問題からそらさせるためのいつもの手です。各国に日本を通貨戦争だと批判する正当性はありません。 しかし、もし安倍政権が外国債券を購入するための特別目的ファンドを設立したら、それはおそらく通貨操作の原資となるでしょう。特別ファンドを純粋に円を弱めるために利用するようなことがあれば、それは大いに疑問です。 政府は急速な円安に対して、「行き過ぎだ」というような発言をし始めていますが、そのよう発言はすべきではありません。インフレ目標に集中すべきであって、通貨に対しては口を挟むべきではないのです。もし、何か発言すれば、それはすぐに各国からの注目を集めることになります。為替の動向に注目を集めないようにする一番いい方法は、日本の政策担当者自身が、円の為替水準に対する発言をやめることです。 「幸せなデフレ」はもう終わった アベノミクスによって過剰なインフレが起きたり、財政規律が緩むことで国債の利払い負担が増えたりするリスクを懸念する声も聞かれます。 オニール:日本は過去20年間、「幸せなデフレ」とでも呼べる状況にありました。ゆっくりと衰退しているのに、誰もあまり心配していなかった。 しかし、もはやかつてのような経常黒字は確保できず、債務も膨れあがり、「幸せ」な状態は終わりました。こうした中で、納税者がコストを意識することなく、最も簡単に実施できる手立てが金融緩和だったのです。
リスクは確かにあります。まず、期待が大きすぎる。2%のインフレを起こすことは相当に難しいが、日銀は何ができるのでしょうか。また、通貨戦争との指摘は的外れだとしても、このペースで円安が続けばいくつかの国は不満を言い始めるでしょう。財政赤字の削減も含めて、どのような構造改革ができるかも課題です。既に一部の人々は国債利回りの上昇を非常に懸念しています。 もちろん、インフレはある時点でほかの問題も引き起こしますが、現時点ではインフレは「良い問題」です。さもなければ日本はゆっくりと衰退のスパイラルに陥ってしまう。(日本がインフレになる)リスクは取る価値があるのです。 円は1ドル100〜120円まで上昇、株価はまだ3割上がる 円相場と株式相場の見通しを教えてください。 オニール:今年、円相場は1ドル=100〜120円まで下落する可能性があります。株価は依然として非常に安く、日経平均株価はさらに30%以上値上がりするかもしれません。 昨年11月、アベノミクスが話題になり始めてから、世界の市場が好転しました。もちろん、偶然の一致で、中国の“ソフトランディング”に対する投資家の確信など、ほかの要因もあります。それでも、アベノミクスは明らかに引き金の1つになっています。 日本が“幸せなデフレ”から脱却し、2%のインフレ率を達成して、名目GDP(国内総生産)が4%の成長を始めたら、それは世界にとって大いにプラスです。興味深いことに、米国は日本の政策を批判していません。それは、日本は今も世界3位の経済大国であり、デフレが終わり日本の内需が拡大することは、世界経済にとっても良いことだからです。 大竹 剛(おおたけ つよし) 1998年、デジタルカメラやDVDなどの黎明期に月刊誌「日経マルチメディア」の記者となる。同誌はインターネット・ブームを追い風に「日経ネットビジネス」へと雑誌名を変更し、ネット関連企業の取材に重点をシフトするも、ITバブル崩壊であえなく“休刊”。その後は「日経ビジネス」の記者として、主に家電業界を担当しながら企業経営を中心に取材。2008年9月から、ロンドン支局特派員として欧州・アフリカ・中東・ロシアを活動範囲に業種・業界を問わず取材中。日経ビジネスオンラインでコラム「ロンドン万華鏡」を執筆している。 徹底検証 アベノミクス
日本経済の閉塞感を円安・株高が一変させた。世界の投資家や政府も久方ぶりに日本に熱い視線を注ぐ。安倍晋三首相の経済政策は日本をデフレから救い出す究極の秘策か、それとも期待を振りまくだけに終わるのか。識者へのインタビューなどから、アベノミクスの行方を探る。
販売不振スーパーの“三重苦”
2013年3月5日(火) 山崎 良兵 、 中川 雅之 アベノミクスによる景気回復への期待が高まる一方、スーパーの販売苦戦が続いている。値下げ競争、円安に伴う原価の上昇、消費増税の“三重苦”が、さらなる重荷となる。利益率の高いPBを強化して業績の回復を狙うが、そのハードルは高そうだ。 「(アベノミクスを受けた)株価上昇で一部の富裕層は恩恵を受けても、一般の人の所得はなかなか増えない。少なくとも今後6〜9カ月は厳しい消費環境が続きそうだ」。険しい表情でこう語るのは、総合小売り大手、イオンの横尾博・専務執行役だ。 安倍晋三内閣が打ち出した経済政策で、景気回復への期待が高まっている。百貨店などでは輸入時計など高額品の販売が好調だが、スーパーの既存店売上高はなかなか上向かない。 日本チェーンストア協会によると、スーパーの総販売額は今年1月まで実に11カ月連続で前年同月比マイナス。総合スーパー、食品スーパーを問わず、苦戦する企業が多い。1月の既存店売上高は前年同月比で、イトーヨーカ堂が5.5%のマイナス、ダイエーが3%のマイナスだった。食品スーパーでも4.1%減のバローや1.6%減のアークスなど、販売が振るわない企業が目立つ。 「景況感が好転して消費が上向きそうだと言われるが、販売動向を見る限り、実感は全くない」(首都圏が地盤の食品スーパーの社長)といった嘆き節が聞こえる。今後の販売も当面は厳しいだろうとの見方が多い。
値下げ競争、円安に伴う原価の上昇、消費増税という“三重苦”とも言える苦境に、スーパーが直面しているからだ。 まず、販売低迷を打開する切り札として期待された「値下げ」が消費者に響かないことが鮮明になっている。昨年6月以降、西友、イオン、ダイエー、イトーヨーカ堂などが食品や日用品で1000品目規模の値下げを実施。それでも消費者の買い上げ点数の増加にはあまりつながらず、販売不振が続く。 業態を超えた競争が激化 スーパー同士の値引き合戦で値下げの訴求効果が薄れていることに加え、業態を超えた競争も激化している。積極出店を続けるドラッグストア大手は、低価格の食品の品揃えを強化して集客し、利益率の高い医薬品で利幅を伸ばす。店舗売上高の半分を食品が占めるドラッグストアもあり、スーパーの市場を脅かしている。 さらにコンビニエンスストアも、低価格の納豆、豆腐、卵、牛乳などを投入し、スーパーの得意分野に切り込む。従来、コンビニは自宅の近くにあるといった利便性が売りもので価格は高めだったが、スーパーとの価格差も縮小する傾向にある。 輸出企業にとって追い風の円安も、スーパーにはマイナスの影響を及ぼす。仕入れ先のメーカーが使う輸入原料などの調達コストが上昇するからだ。「小麦や油脂が上がると、パンや麺類、加工食品などの仕入れ価格の上昇圧力が高まる」(大手スーパー幹部)。 商品価格に転嫁するのが難しい場合は、容量を減らすなどの対応が考えられる。例えば、1パック当たりのパンやハムの枚数を減らして、価格を維持するような動きだ。2008年前後に原材料の価格が高騰した時に続出したこの手の「実質値上げ」が再燃するという見方が関係者から出ている。目に見える値上げは消費意欲にマイナス影響を与えるとはいえ、容量の減少もそれに敏感な消費者の反発が予想され、各社は難しい舵取りを迫られる。 2014年春に予定される消費増税や、足元の電気代やガソリンの値上げなど、家計を圧迫する要因は目白押しだ。この結果、「生活防衛色は一層鮮明になり、消費者の低価格志向は強まりそうだ」(イオンの横尾専務執行役)。 とりわけ消費増税分を価格に転嫁すると、消費者が値上げのように受け止める可能性をスーパーは恐れる。現在の小売価格は、税込みの総額を表示する内税方式だからだ。わずかな金額の差でも消費意欲の減退につながるリスクがあるため、「外税方式に変えた方がいい」(日本スーパーマーケット協会会長でヤオコー会長の川野幸夫氏)という意見も出ている。 苦しい状況下で利益をどう確保するのか――。各社が最近になって相次いで打ち出しているのが、高採算のPB(プライベートブランド)商品の大幅な強化だ。原料調達や生産段階にまで関与を深め、商社など中間業者を“中抜き”して低価格と利益を両立させる。 イオンは2013年2月期に7000億円と見込むPBの売上高を、2014年2月期に一気に1兆円に引き上げる計画を発表。主力の総合スーパー業態では、売上高に占めるPBの比率を5ポイント高めて25%にする方針だ。 中でも低価格商品の品揃えを拡充。2リットルのペットボトルの水が68円など、格安PBの「ベストプライス」を現在の400品目から600品目に増やす。 頼みの綱のPBでも値下げ 注:カッコ内は前の期比増減率、▲はマイナス、アナリスト予想の平均はQUICKコンセンサス(2月26日時点) 主力PBの「トップバリュ」でも値頃感を高める。パスタは1袋(500g)178円を158円に価格改定。トルコで新たに仕入れ先を開拓した。原料となる小麦の調達から製粉、製麺までを現地で一貫して手がけることで、コストを2割削減できるという。単純な値下げは利益を圧迫するだけなので、最近のPB開発ではコスト構造にまでメスを入れている。
ユニーグループ・ホールディングスもPBの売上高を2015年2月期に5500億円に高める計画を発表。2013年2月期比で3割引き上げる。傘下のスーパーとコンビニのPBの開発機能を統合。規模を追求して価格競争力を高める。 ユニーグループの前村哲路会長兼CEO(最高経営責任者)は「スーパーとコンビニで客層や扱う商品の差異は少なくなっている」とPB開発を一元化するメリットを強調。仕入れ規模の拡大で、製造委託先のメーカーなどに対する価格交渉力を高める。 小売り大手の2013年2月期の業績はスーパーの不振などが響いて下振れする懸念がある。各社の連結営業利益では、アナリスト予想の平均が会社予想を下回るケースが目立つ。小売り大手の決算発表は3月下旬以降に本格化するが、「2014年2月期も当面は厳しい経営環境が続きそうだ」(大和証券の津田和徳チーフアナリスト)。 利益確保の頼みの綱として各社が力を注いでいるPBも、「販売目標の達成へのハードルは高い」(外資系証券アナリスト)との見方がある。PBは調達規模の大きさが価格競争力につながるため、グループを超えた提携の動きも出ている。業績不振のスーパーが目立つ中で、新たな業界再編の呼び水にもなりそうだ。 山崎 良兵(やまざき・りょうへい) 日経ビジネス記者。 中川 雅之(なかがわ・まさゆき) 日経ビジネス記者 時事深層
“ここさえ読めば毎週のニュースの本質がわかる”―ニュース連動の解説記事。日経ビジネス編集部が、景気、業界再編の動きから最新マーケティング動向やヒット商品まで幅広くウォッチ。
日米関係:演出と実体 2013年03月05日(Tue) The Economist (英エコノミスト誌 2013年3月2日号) 米国は安倍晋三首相に感銘を受けるべきなのか? それとも懸念を覚えるべきなのか? 2月22日、ホワイトハウスの大統領執務室での会談後、握手するバラク・オバマ米大統領と安倍晋三首相〔AFPBB News〕
「この3年間で著しく損なわれた日米の絆と信頼を取り戻した」。安倍晋三首相は2月22日、ワシントンでバラク・オバマ米大統領との初めての会談を終えた後、こう自画自賛した。 日本国内では、政治家やメディアが無批判に安倍首相に同調する発言を繰り返した。安倍首相は経済、外交の影響力に関して「日本は復活した」と力強く断言し、政治家やメディアはそれを喜んだ。 しかし米国では、訪米の評価はかなり異なる。ニューヨークにあるコロンビア大学のジェラルド・カーティス氏は、安倍首相と日本政府首脳が今回の訪米を、実際以上に「歴史的に重要な会談であるかのように」強調していたと指摘する。 歴史的に重要な首脳会談だったのか? だが、安倍首相が日米の同盟関係を救ったという認識は「全く真実ではない」とカーティス氏は言う。安倍首相率いる自民党が2012年12月に民主党から政権を奪う前から、ずっと日米関係は十分に良好だったという。 もしオバマ政権が信頼の問題を抱えているとしたら、それは安倍首相本人に対する信頼についてかもしれない。問題の島嶼を巡る日中間の軋轢が手に負えなくなりかねず、下手をすれば米国まで巻き込む可能性があるこの時に、米国は安倍首相の真意を読み取りかねている。 安倍首相はかつて、同じ右派の閣僚たちとともに、修正主義的な歴史解釈を広めようとした。今では、やんわりと訴えている。 差し当たり、日本の自信を取り戻すという安倍首相の戦略において、国民に見せる演出が重要になっている。日本の経済は長期にわたって低迷している。日銀に大胆なデフレ対策を強要する姿勢と、財政支出を増やすという約束は、安倍首相が決断力のあるリーダーだという印象を強めている。株価は急上昇した。 最近の世論調査では、安倍首相の支持率は70%を超えている。前任者たちの悲惨な支持率、そして2006〜07年の安倍首相自身の惨めな第1次内閣を考えれば、これは驚異的な数字だ。 ワシントンでの首脳会談は、安倍首相の評価をさらに高めたようだ。法政大学の森聡氏によれば、恐らくそれは、安倍首相がイデオロギーに突き動かされているのではなく現実主義的に対応しているとの印象を与えたためだという。 安倍首相は、得意分野とは言い難い経済を中心課題に掲げた。支持率の上昇は自民党内の統制にも一役買っている。しかし心配されるのは、安倍首相の現実主義が、うわべだけではないかということだ。 安倍首相が政権の座に就いてから公開している走り書きのような言葉は、頑ななまでの純朴さを露呈している。安倍首相は1945年に完全に敗北するまでの帝国主義の時代、日本はほとんど何も悪いことをしていないと考えているようだ(こうした見方は隣国の怒りを招いている)。 さらに奇妙なのは、日本が戦後、ほとんど良いことをしていないかのように書いていることだ。首相は「日本という国」を「戦後の歴史」から解放することについて論じている。 安倍首相が戦後の歴史を否定する不思議 安倍首相の意図は完全に明確というわけではないが、不満の根本には憲法の平和主義的な部分があるようだ。この平和主義条項は、米国が敗戦国の日本の憲法にそっと紛れ込ませたものだ。安倍首相の目から見れば、これはいわば国の去勢のようなものであり、1960年代に社会主義者の影響でさらに悪化したということになる。 しかし実際には、日本の戦後の平和主義は国民に広く受け入れられている。そして、米国による安全保障は、戦後の日本が空前の成長と繁栄を遂げる道を開いた。 安倍首相が尊敬する祖父の岸信介(安倍首相と同様、首相を2度務めている)は戦後体制の構築において主要な役割を果たした人物だ。その恩恵を最も大きく受けているのが、安倍首相の自民党と、経済界の同党の支持者だった。 安倍首相の強硬な姿勢が中国を怒らせる可能性があるという懸念で、米国が通常であれば賛同するアイデアを安倍氏が会談で提案することを熱心に望まなかったことの説明がつくだろう。 尖閣諸島周辺海域に入った中国の海洋監視船(左)と海上保安庁の巡視船〔AFPBB News〕
安倍首相は、憲法の解釈を変更して日本に集団的自衛権が認められるようにしたいと考えている――集団的自衛権が認められれば、例えば、米国が攻撃を受けた時に日本が支援を行えるようになる――が、オバマ政権は公にこれを支持する意思がないことを明確にしている。 また、中国も領有権を主張する尖閣諸島(中国は釣魚島と呼んでいる)については、オバマ大統領も、就任したばかりのジョン・ケリー新国務長官も、ヒラリー・クリントン前国務長官ほど、日本の施政権を擁護すると明確に約束していない。 ケリー国務長官は、尖閣諸島が日米安全保障条約の適用範囲に含まれることを再確認しただけだ。 むしろ、ホワイトハウスが今回の会談を設定した目的は、別の2つの約束を引き出すことにあった。安倍首相は慎重に言葉を選びながら、米国が主導する環太平洋経済連携協定(TPP)への参加に向けた交渉に入ると約束した。 ただし、コメに対する関税(最高777.7%)を撤廃する約束はしていない。自民党はかねて、TPP交渉には、「聖域」が認められない限り参加しないと主張してきた。 オバマ政権としては、TPPへの交渉参加と普天間基地の移転が先の日米首脳会談の目的だった(写真は沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場)〔AFPBB News〕
もう1つの約束として、安倍首相はオバマ大統領に対し、沖縄にある米海兵隊の普天間基地の移転に向けて「具体的に対応していく」と明言した。 2009年に民主党が政権の座に就いてからしばらく、沖縄の基地問題は日米関係の障害になっていた。 この2つは大胆な約束と言える。12月の総選挙で自民党を圧倒的に支持した沖縄県民は、県内の人口が少ない地域に基地を移転することには断固反対している。米軍に沖縄から出て行ってほしいというのが県民の希望だ。 またTPPに関しては、自民党議員の6割が参加に反対している。7月の参議院選挙で再選を目指す議員は、保護主義的な農業圧力団体からの反発を恐れている。米国をはじめ、TPPへの参加を希望する国々の貿易の専門家が、日本が交渉に参加すれば協定の成立が遅れると心配するのも理解できる。 日本が交渉に参加しなければ年内早々に成立する見通しだが、日本が参加した場合、少なくとも2年は交渉が長引きそうだ。 絶え間ないサプライズ 安倍首相は、国民の支持を維持して党内をまとめていくために、経済が最優先課題であり続けると、有権者に保証していく必要がある。ワシントンからの帰国後、安倍首相はいくつかの発表で国民を驚かせた。 まず2月28日、政府は日銀の次期総裁として、アジア開発銀行の総裁、黒田東彦氏を指名した。 衆参両院の同意が得られたら、日銀の新総裁に就任する黒田東彦氏〔AFPBB News〕
黒田氏と、2人の副総裁の1人に指名された岩田規久男氏は、安倍首相と同じく「無制限の金融緩和」を提唱する人物だ。安倍首相は、新たに定めた2%のインフレ目標を達成するには無制限の金融緩和が必要だと考えている。 日銀は保守派の砦として、他の中央銀行に先んじて自らが始めた非伝統的な金融政策の利点について複雑な思いを抱き続けてきた。そのため、この人事は、中央銀行に対する敵対的買収に等しい。 安倍首相は野党が過半数を占める参議院でも13兆1000億円の補正予算に対する支持を勝ち取った。補正予算が1票差で可決された時、首相への喝采が沸き起こった。 これは安倍首相に実行力があることを示すメッセージであり、自民党にとっては、7月の参議院選挙に向けて良い先触れとなる。 米国が何より懸念していること 参議院選挙で自民党が勝利し、安倍首相が衆参両院で実権を握れば、政治の行き詰まりが解消され、安倍首相は根本的な構造改革を推し進めることができるかもしれない。 しかし、参院選の勝利で勢いづき、安倍首相が全面的な憲法改正を検討したり、戦時中の残虐行為に関してこれまで日本政府が認めてきた見解を弱めたり、さらには覆したりするようなことがあれば、日本と中国の関係はさらに悪化する。それこそ、米国が何より懸念していることだ。 |