08. 2013年2月22日 01:20:35
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【第103回】 2013年2月22日 高田直芳 [公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当] 日本を襲う「超円高→超円安」という往復びんた 石油元売り業界の「円安限界点」はどこか 政府と日銀は2013年1月下旬に、「物価上昇率2%」を目標とする共同声明を発表した。物価安定のためだという。しかし、物価上昇率2%など、安倍政権が誕生する以前から、とっくに達成しているだろうに、というのが正直な感想だ。 ここでいう「物価」とは一体何か。 ビジネスパーソンが、スーパーマーケットにある豆腐や白菜に関する「日々の物価」を熟知しているケースは少ない。しかし、「ある特定の物価」については、日々熟知しているケースが多い。ガソリンや灯油の店頭小売価格だ。 筆者のように地方都市(栃木県小山市)に住むものにとって、車は必須の交通手段だ。通勤にマイカーを使う場合、国道に数百メートルおきに林立するガソリンスタンドの「今日の価格」は、否応なしに目に入る。 資源エネルギー庁「石油製品価格調査」を参照すると、2012年7月のガソリン(レギュラー)は1リットル139円40銭であった。2013年2月中旬では153円80銭である。7ヵ月で10.3%もの物価上昇だ。 もちろん、ガソリンや灯油の価格上昇は、産油国情勢や円安による「輸入インフレ」であって、内需拡大による「物価上昇」とは異なる。されど、「狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば悪人なり」(徒然草)。毎週3円ずつ値上がりしていく「本日のガソリン価格」は、誰がなんと言おうと「狂気の物価上昇」だ。 円安によって、トヨタ自動車をはじめとする輸出産業には、様々な恩恵があるだろう。ただし、それがニッポン経済の隅々へ行き渡るには、相当の時間を要する。それに対して、ガソリン小売価格の上昇は、あっという間に全国のドライバーのフトコロを直撃する。 日銀が声明を公表する3日前、浜田宏一内閣官房参与が円ドル相場について「95円〜100円であれば何も心配はない」と発言した。ガソリン小売価格は今後、160円をあっさり突破し、170円や180円にまで上昇してしまう可能性がある。 輸入業界の空洞化が始まる? 石油業界の「円安限界点」を問う そうしたガソリン価格の高騰を尻目に、日経平均株価は円安を受けて上昇を続けている。メディアによっては、全面高だと囃し立てている。 それはちょっと待って欲しい。ニッポンは確かに貿易立国であるが、輸出立国ではないのだ。円安は、ドライバーのフトコロを痛めつけるだけでなく、輸入産業に打撃を与えることを忘れてはならない。 2011年の夏は、超円高だと騒がれた。大企業が海外へ工場を移転するのに歩調を合わせて、中小企業も海外へと進出していった。海外へいったん生産拠点を移せば、そう簡単に国内へ回帰することはできない。 超円高によって、ニッポンの輸出産業の多くで空洞化現象が見られた。今度は超円安によって、輸入産業の空洞化が始まろうとしている。ニッポン経済にしてみれば、超円高から超円安への「往復びんた」といったところだろう。 第49回コラムでは日立製作所、東芝、三菱電機、パナソニックなどの「円高限界点」を、第50回コラムではトヨタ、ニッサン、ホンダなどの円高限界点を、そして第51回コラムではNEC、富士通、ソニーの円高限界点を紹介した。 今回は輸入産業の代表銘柄である石油業界について「円安限界点」を論じてみたい。どこまで円安が進むと、ニッポンの石油産業に空洞化が起きるのか、という話である。 「ROEの低下」と「高い稼働率」という 相反する現象 石油元売り5社のROE(自己資本利益)の推移を〔図表 1〕に描いてみた。図表の右肩にある配列は証券コード順としており、以下、企業名については図表の略称を使用する。 〔図表 1〕において、コスモ石油のROEがマイナスに大きく転落しているのは、2011年3月の東日本大震災で、千葉製油所が被災したことによる。当時の映像を記憶されている人も多いだろう。
東燃ゼネラルのROEが高いのは、在庫評価方法を変更したこと(後入先出法から総平均法へ)により、1800億円程度の利益をはき出したことが影響している。 2012年まで円高傾向にあったことから、石油業界はその恩恵を受けるべきであったはずなのに、〔図表 1〕が描くROEは総じて右肩下がりになっている。海外の市況に左右される業界なので、為替相場の要因だけでROEを評価するのは難しいようだ。 その他に、代替エネルギーや消費者の節約意識の高まりから → 石油産業全体の稼働率が低下して → ROEが低下した、という因果関係も想定し得ないわけではない。「数学嫌い」の人々は具体的なデータ分析に基づくことなく、曖昧な推論で語ることが多いので、一見、そうした因果関係が成立してしまいそうだ。 それはあり得ない。次の〔図表 2〕で証明してみよう。縦軸の下限を50%としている点に注意してほしい。 〔図表 2〕は、コスモ石油と出光興産の四半期報告書に基づいて作成したものなので、波形のブレについてはご容赦願いたい。
〔図表 2〕で大きく上下に変動している時期は、リーマン・ショックや東日本大震災があった頃だ。そうした要因を除くと、2社の実際操業度率は80%〜100%の間で推移しているといえるだろう。ほぼフル操業ということだ。〔図表 1〕の「右肩下がり現象」に対して、稼働率(実際操業度率)はそれほど足を引っ張っていないと推測される。 損益分岐点分析という 理論の愚かさを問う 本連載を初めて読んだ人は「なぜ、〔図表 2〕のような実際操業度率(稼働率)が描けるのだ?」と疑問に思われるだろう。別に極秘資料を入手しているわけではない。 〔図表 2〕を描くにあたっては、次の〔図表 3〕が基本になっている。JXホールディングスの決算データ(2011年12月期から2012年9月期まで)を利用した。 〔図表 3〕の右上方にある4個の黒色の点は、2011年12月期から2012年9月期までのものを、年間ベースに換算して分布させたものだ。
管理会計論や経営分析論の通説を妄信する人々は、この4個の点の並びから「左下がりの直線」を描く。その「直線」が縦軸とぶつかった点Dを、〔図表 3〕では「CVP固定費6866億円」と表示している。 こうした分析手法を、CVP分析(Cost Volume and Profit Analysis:損益分岐点分析&限界利益分析)という。著名な学者やアナリストであっても、初心者であっても、誰もが同じ「CVPP固定費6866億円」という解を導き出す。故に、これを絶対的通説と呼ぶ。 その本質は「直線=1次関数」であることから、CVPP分析(損益分岐点分析&限界利益分析)が単利計算構造に基づいていることは明かだ。 しかし、よく考えてほしい。年間売上高が10兆円を超えるJXで、年間の固定費が「6866億円」にとどまるわけがない。それにもかかわらず、「6866億円は理論値として正しい」と、誰も彼もが主張する。 絶対的通説と鉄板の連立方程式に 一人反旗を翻す CVP分析(損益分岐点分析&限界利益分析)は、実務を顧みない「机上の空論だ」ということで、絶対的通説に対して筆者一人で反旗を翻して描き直したのが、〔図表 3〕においてオレンジ色で描いた「曲線」だ。 これは、複利計算構造に基づいており、一連の分析手法を「タカダ式操業度分析(SCP分析:Sale Cost and Profit Analysis)」と呼んでいる。「企業のキャッシュは日々複利運用されており、企業は日々複利的な成長を遂げる生き物である」という、筆者独自の命題に基づいている。 タカダ式操業度分析では、〔図表 3〕にある4個の黒色の点を、複利曲線(正確には「自然対数の底e」を用いた指数曲線)で結ぶ。その曲線が縦軸とぶつかる点Aで「基準固定費4兆2855億円」という解を得る。 企業活動は複利計算構造を内蔵し、それを複利関数で描く。〔図表 3〕においてオレンジ色で描いた「曲線」こそが、実務解というべきものであろう。 企業のコスト構造を「複利」で把握することにより、そこから様々な指標が生まれる。〔図表 3〕の点Bは、売上高線と総コスト曲線との交点だ。タカダ式操業度分析では「損益操業度点」と呼び、横軸へ垂線を下ろしたところを「損益操業度売上高」と呼ぶ。 参考として、「CVPP分析の損益分岐点」と「タカダ式操業度分析の損益操業度点」を求める連立方程式を〔図表 4〕に示す。 〔図表 4〕(1)は、管理会計や経営分析などの書籍では必ず掲載される。過去100年以上の歴史にわたり、日本だけでなく欧米の学者や専門家が何十万人・何百万人いようとも、誰一人として疑ってこなかった「鉄板の連立方程式」だ。〔図表 4〕(1)を解くと、〔図表 3〕の左下方にある「CVP固定費6866億円」を得る。
〔図表 4〕(2)は、筆者オリジナルの連立方程式だ。2008年11月に出版した拙著『高田直芳の実践会計講座/戦略ファイナンス』や『会計&ファイナンスのための数学入門』がイノヴェーションの始まりである。この連立方程式を解くと、〔図表 3〕の縦軸にある「基準固定費4兆2855億円」を得る。 ところで、損益操業度売上高の少し右上に「予算操業度売上高11兆8187億円」がある。ここはJXが量産効果を最も発揮する売上高だ。この予算操業度売上高を「100%」とし、黒色の点(実際売上高)を「実際操業度率」に置き換えたものが、〔図表 2〕になる、という仕組みだ。 回転期間分析に見る 業界の共通点 〔図表 3〕の点B(損益操業度点)から点C(収益上限点)までは、売上高線が総コスト曲線を上回る区間である。その上下幅が「利鞘」を表わす。 その幅は極めて薄い。第101回コラム(イオン、セブン&アイ編)で紹介した〔図表3〕とよく似ている。石油業界も流通業界も「薄利多売の消耗戦」を展開していることがよくわかる。 価格競争という消耗戦を強いられるのは、製品差別化を図ることができないからだ。故に、他の経営指標でも似たような傾向を示す。「回転期間分析」と「最適資本構成問題」で見てみよう。 拡大画像表示 〔図表 5〕左図のコスモ石油はアブダビ系であり、右図の出光興産は独立系として知られる。両社で決算の打ち合わせをしているはずはないのだが、波形がよく似ている。回転期間もほぼ同じだ。
〔図表 5〕の両図に共通した特徴を指摘しておこう。まず、キャッシュ・アウト・フローの売上債権と、キャッシュ・イン・フローの買入債務回転期間が同じということだ。すなわち、債権債務関係から資金不足が発生することはない。したがって両社とも、緑色の棚卸資産回転期間が、赤色の営業運転資金を左右していることがわかる。 最適資本構成に実務解はないと うそぶく人々 次の〔図表 6〕は、タカダ式操業度分析同様、筆者オリジナルの「最適資本構成タカダ理論」で解析した実務解だ。両社とも、青色の「最適デット比率」が、80%〜90%あたりで推移しているのを最初に確認して欲しい。 拡大画像表示 最適資本構成問題というのは、他人資本debtを増やしていけば「規模の経済」が働いて、「企業価値」が上昇していくことを仮定する。「規模の経済」とは「量産効果」のことであり、〔図表 3〕の予算操業度売上高を目指すことをいう。
ところが、次第に負債過多がアダとなって、「倒産リスク」が増大する。その手前で「企業価値」が最大になるはずであり、そのときの他人資本debtと自己資本equityの構成割合を模索するのが、最適資本構成問題だ。ファイナンスの世界では、「MM(モジリアニ=ミラー)理論」として広く知られている。 「なるほどねぇ」と納得してもらっては困る。なぜなら、最適資本構成に係る「一般公式や実務解はない」とするのが、ファイナンス理論における絶対的通説なのだから(日本公認会計士協会東京会『企業価値と会計・監査』65頁)。 CVP分析といいMM理論といい、「企業実務に役立たない理論」を語り合うことに、どれだけの意義があるのか、筆者は関知しない。筆者は、「企業実務に役立つ理論は如何にあるべきか」を、現場の最前線で、数多くの従業員と一緒に、汗だくになりながら取り組んでいる。そこで筆者オリジナルの「最適資本構成の一般公式」を以下に示そう。 詳細については、拙著『高田直芳の実践会計講座/戦略ファイナンス』や『財務諸表読解入門』を参照していただきたい。前者の書籍では、「収穫逓減」を対数関数で表わし、これを微積分することから一般公式を導いている。後者の書籍では、他人資本と自己資本は「代替財」の関係にあると見立てることにより、「内項の積と外項の積は等しい」として一般公式を導いている。 2つの解法はまったく異なるが、導かれる一般公式は〔図表 7〕に示すとおり、まったく同じ結果になる。 解法が1つだけでは、一般公式の妥当性に疑いがもたれる。まったく異なる2つのルート(解法)から出発して、共通のゴール(一般公式)に辿り着くのが、〔図表 7〕の特徴だ。
筆者の示す一般公式が「誤りだ」と批判するのであれば、その前に「自らが考えた対案」を示すのがビジネスマナーであることに留意して欲しい。少なくとも「一般公式」さえ編み出せない者に、最適資本構成を語る資格はない。 石油業界の自己資本比率が 低くなる理由 〔図表 7〕の「一般公式」から、JXと出光興産の最適デット比率(使用総資本に占める他人資本の最適割合)を描いたのが、〔図表 6〕にある青色の曲線だ。これが筆者の提示する「実務解」である。両社とも、80%〜90%あたりで推移している。 〔図表 6〕にある赤色の曲線は、実際デット比率である。「実際の使用総資本」に占める「実際の他人資本」の構成割合を示す。JXは70%であり、出光興産は80%で推移している。「実際の他人資本」を「実際の自己資本」に置き換えると、自己資本比率になる。JXは30%であり、出光興産は20%になる。 メディアなどでは、自己資本比率の高い企業を誉めあげる傾向がある。これには騙されないように注意して欲しい。 例えば、自己資本比率ランキングを作成すると、製薬会社が上位を占める。これは製薬会社が、新薬開発などでリスクを取りに行く企業だからだ。リスクの高いビジネスに挑む場合、銀行借入金などの他人資本に依存してはならない。もし、失敗した場合、借金を返済できなくなるからだ。そのために製薬会社は返済義務のない自己資本の充実に取り組む。 石油業界は、リスクを取りに行くビジネスなのだろうか。そうではあるまい。ガソリンや灯油は必需品だ。他人資本を増やして「規模の経済」を図るのが、石油業界の経営戦略であるはずだ。 そうした観点で〔図表 6〕を見ると、JXの実際デット比率が出光興産よりも低いのは、JXが自己資本の充実に努めているというよりも、積極的な投資案件を探しあぐねている、と読むべきであろう。それはまた、円安が進んで石油業界が海外脱出を図ろうとする際、JXのほうが出光興産よりも余力を残している、とも読むことができる。 なお、自己資本比率に関して「一般には50%以上が望ましい」と主張する人々の話を信用してはならない。「自己資本比率は50%以上が望ましい」というのは、「自己資本比率50%以上は最適な資本構成だ」と同義だ。 しかし、「最適資本構成ついて一般公式や実務解は存在しない」とするのが、ファイナンス理論の絶対的通説であったはずだ。一般公式さえ提示できない者が、「自己資本比率は50%以上が望ましい」という実務解を語るのは、ヘソで茶を沸かすようなものだ。 石油業界の 「円安限界点」の求めかた そこで問題となるのが、円安だ。自動車業界や電機業界などの輸出産業では「円高限界点」が問題になる。それに対して石油業界は「円安限界点」が問題になる。 コスモ石油と出光興産について、横軸を営業利益、そして縦軸を為替相場としたものを〔図表 8〕で描いてみた。為替相場は独立変数であり、営業利益は従属変数になるので、縦軸と横軸は逆にすべきなのだが、第49回コラムから第51回コラムまでのコラムで円高限界点を求めた例に倣うことにした。また、〔図表 8〕の縦軸の幅(60円〜180円)は、後掲の〔図表 11〕と平仄(ひょうそく)を合わせている。 拡大画像表示 〔図表 8〕の左右の図とも、12個の点を分布させている。2009年12月期から2012年9月期までのものだ。
これらの12個の点が収束する先が、縦軸の青色の点で示してある。コスモ石油は86円38銭であり、出光興産は94円43銭だ。昨今の円安事情を考慮すると、コスモ石油は「営業損失」に転落しそうで、国内での操業を停止すべきかもしれない。 そうした解釈は正しくない。ミクロ経済学や管理会計論などでは、たとえ営業損失に転落しても、固定費を回収できるのであれば操業を続けるべきだ、という考えがあるからだ(『マンキュー経済学Tミクロ編』396頁)。 そこで通常、次に示す「限界利益」という概念が用いられる。 〔図表 9〕は、営業損失になっても、限界利益がプラスである限り、操業を続けるべきであることを示唆する。
しかし、〔図表 9〕の限界利益には、いくつかの欠陥がある。1つめは、右辺第2項の「CVP固定費」は、単利計算構造に基づいて求められる点だ。企業活動は複利計算構造を内蔵するにもかかわらず、単利計算構造の「CVP固定費」を加算するのは誤りだ。 2つめは、「CVP固定費」は、常に稼働率を100%と仮定している点だ。〔図表 2〕を見ればわかるとおり、企業の実際操業度率は常に100%を維持するわけではない。業績好調といわれる東京ディズニーリゾートでさえ、第59回コラムの〔図表4〕で描いたように、実際稼働率は60%を超えないのだ。 3つめは、〔図表 3〕の点Dをみて明らかなように、CVP固定費は非常に小さい。これほど小さな金額を営業利益に加算して、〔図表 8〕の横軸を限界利益に置き換えたところで、五十歩百歩の話である。 〔図表 9〕の限界利益は、貢献利益や変動利益とも呼ばれ、「象牙の塔」の世界では絶対的通説として君臨している。しかし実務の面では、まったく役に立たない経営指標といえるであろう。 超円高と超円安で 「往復びんた」を食らうのは誰か 批判をするなら対案を出せ、ということで、筆者から提示するのが次の「戦略利益」という概念だ。拙著『高田直芳の実践会計講座/原価計算』345頁において、次の式を紹介している。 筆者が示す戦略利益は、似非コンサルタントが唱える観念的な概念ではなく、〔図表 10〕で示すように具体的な計算式で表わされる。しかも、〔図表 9〕にある限界利益の2つの欠陥を克服している。複利計算構造に基づく基準固定費〔図表 3〕に実際操業度率〔図表 2〕を乗ずることによって、「活きた基準固定費」を営業利益に加算する構造になっているのが特徴だ。
〔図表 8〕の横軸(営業利益)を、〔図表 10〕の戦略利益に置き換えて作図したのが次の〔図表 11〕になる。 拡大画像表示 〔図表 11〕左図のコスモ石油の円安限界点は161円83銭、同右図の出光興産の円安限界点は123円90銭になっている。「円安限界点のターゲット」は140円あたりか。両社とも円安に対して、かなりの耐性があるといえるだろう。その理由は、〔図表 2〕で描いた実際操業度率の高さにある、と筆者は推測している。
ただし、「円安限界点のターゲット140円」は、短期的なものだ。長期的には、石油業界といえども国外脱出を図り、「輸入産業の空洞化」を招く恐れは否定できない。 日本経済新聞(2013年2月14日付)によれば、「政府は『エネルギー供給構造高度化法』に基づき、14年3月末までに石油会社に実質的な精製能力削減を義務づけている」という。2011年に施行された改正消防法により、油漏れ防止装置の設置を義務づけられたガソリン・スタンドが続々と閉店するのも逆風だ。 結局、「超円高による輸出産業の空洞化」と「超円安による輸入産業の空洞化」という「往復びんた」を食らうのは、国内にとどまらざるを得ない最終消費者になるようだ。 もし「アベノミクス」が頓挫する事態にでもなれば、第87回コラム(グローバル・マクロ編)の〔図表6〕で予言したように、1ドル=60円台前半の「ハイパー円高」への振り戻しがやってくる。ダブルどころか、「トリプルびんた」で、白菜や豆腐の市況が大きく変動し、鍋物料理が食べられなくなるのは勘弁して欲しいものである。 【第217回】 2013年2月22日 岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授] アベノミクスの評価を一気に下げかねない 産業競争力会議の事務局官僚の暴走 アベノミクスの3本目の矢である成長戦略を検討する産業競争力会議の第2回会合が2月18日(月)に開催されました。そこで明らかになったのは、会議の事務局の官僚の暴走がひどいということです。 成長戦略の2つの路線 政府が産業の競争力を強化するためには、どのような政策を講じるべきでしょうか。この点について、例えば産業競争力会議の民間議員の1人である竹中平蔵先生は第1回会合に提出した資料で、@政府が民間に自由を与える、A政府が民間にカネを与える、という2つのアプローチがあると述べています。 単純化して言えば、@は構造改革路線、Aは国家資本主義路線とも言えます。もちろん、現実的には政策がそのどちらかのみになるということはあり得ず、@とAのどちらが政策のメインとなるかが重要なのですが、だからこそ、産業競争力会議では両方の路線についてしっかりと議論して、正しい成長戦略を導きだす必要があります。 ところが、第2回会合ではそうした当たり前のことが行われず、むしろ事務局の官僚がAの路線だけを成長戦略に盛り込みたいのであろうことが明らかになりました。この原稿を書いている2月21日(木)の段階ではまだ会議の議事録が公開されていないのですが、公開されている情報からそれを検証してみましょう。 「研究開発予算を増やしたい」だけ? 偏った安倍総理の取りまとめ まず、第2回会合の議題の1つであったイノベーションです。このテーマについて、民間議員の側からは2種類のペーパーが提出されました。1つは主に政府の研究開発予算を増やすことを求めていますが、これに対してもう1つは政府の予算増額よりも民間の研究開発を促進し、またビジネスモデルなど技術以外のイノベーションを重視すべきと提言しています。 資料:「科学技術イノベーション推進体制強化に向けて」 資料:「イノベーションについて」 即ち、民間議員の側からは@とAの両方が提示されたのです。しかし、それを受けた安倍総理の取りまとめは、「世界最高水準のイノベーション環境の実現に向けて、総合科学技術会議の司令塔機能を抜本的に強化したいと思います。……省庁縦割り打破を図るため、権限、予算両面においてこれまでにない強力な推進力を発揮できるようにしたいと考えます。」と、明らかにAの立場のみを反映したものになっていました(参照:http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/actions/201302/18sangyoukyousou.html)。 それでは、なぜそういう結果になったのでしょうか。 当日、安倍総理は会議に最後の30分だけ出席したので、イノベーションに関して民間議員の間でどういう議論が行われたかは知らなかったと考えられます。そのため、事務局の官僚が用意した総理の取りまとめ発言をそのまま棒読みせざるを得なかったのではないでしょうか。 そして、事務局の官僚はAの政策(政府の研究開発予算を増やしたい)だけに関心があり、かつ事務局の背後にいる経産省は、文科省と内閣府が牛耳って研究開発予算の大宗をコントロールする総合科学技術会議の運営に関与したいという、Aの延長であると同時により矮小な霞ヶ関内部のことに執着しているため、総理の取りまとめ発言の内容を意図的にAの方向ばかりにしたと考えざるを得ません。 同じことは、第2回会合のもう1つの議題であった農業でも起きています。農業を産業として強化するための政策についても、民間議員からは2種類のペーパーが提出され、片方はAの路線(公的資金を使った官民ファンドによる六次産業化の支援)を、もう片方は@の路線(規制改革による強化)を強調していました。ちなみに、農水大臣が提出したペーパーも明確にAの路線になっています(規制改革についてはどうでもいい小ダマについてだけ言及)。 資料:「農業の成長産業化に向けて」 資料:「日本の農業をオールジャパンでより強くし、成長輸出産業に育成しよう!」 資料:「攻めの農林水産業」の展開 つまり、農業についても@とAの両方の意見が出されたのです。それなに、安倍総理の取りまとめ発言は、「農業の構造改革の加速化、農産品・食料の輸出拡大でありますが、……日本の農業は弱いのではないかという思い込みを変えて行くということが重要ではないかと思います。……農業と流通業、そしてIT、金融業など多様な業種との協力、事業提携が加速していくようにしたいと思います」となっています(参照:http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/actions/201302/18sangyoukyousou.html) この取りまとめを見ると、例えば“農業の構造改革”という用語は農水大臣ペーパーの表現そのままであり、“農業の規制改革”とは意味が完全に異なります。要は、イノベーションほどではないですが、総理の取りまとめはやはりAに偏っているのです。その原因はイノベーションの場合と同じです。 守旧派の事務局の暴走で アベノミクスの効果も減退か ついでに言えば、産業競争力会議の事務局の官僚は、当初は会合に提出される民間議員ペーパーを1つだけにしてAの観点のみを強調したかったようにも見受けられます。そう考えると、事務局の官僚が用意していた総理取りまとめがAの観点ばかりになっていたのは、ある意味で確信犯だったとも言えます。 さらに言えば、第2回会合では電力システム改革も議論されたのですが、そこで事務局と経産省は、経産大臣のペーパーで原発の早期再稼働の必要性をさりげなく主張し、わずか十数分の議論だけで産業競争力会議全体として原発再稼働に賛成という結果にしようとしていたようにも見受けられます。 こうした様々な事実を考えると、産業競争力の事務局とその背後にいる経産省は改革路線とはほど遠い守旧派路線で暴走しようとしているとしか思えません。しかし、それがベースとなって成長戦略が作られたら、民主党政権時代に毎年作られた“官僚による官僚のための成長戦略”と同じような内容となり、アベノミクスの政策効果のみならず、アベノミクスに対する現状での金融市場や海外の高い評価を一気に下げかねないのではないでしょうか。 日銀の新総裁が決まった後は、成長戦略の中身がどうなるかが安倍政権の経済政策の正念場になりそうです。 【第13回】 2013年2月22日 後藤順一郎 [アライアンス・バーンスタイン株式会社 クライアント本部戦略ソリューション室長、兼DC推進室長] 揺らぐ国債の安全神話 前回は、長期投資を実践する際に基本となる資産の一つである株式についてお話ししました。資産形成のメイン・エンジンである株式はリターンが高い半面、リスクも高いため、最近は機関投資家でさえ二の足を踏んでいます。しかし、個人投資家は機関投資家と違って規制や会計基準などに縛られないため、じっくり腰を据えた長期戦が適していること、そしてみんなが株式を敬遠している今こそ投資を始める絶好のチャンスかもしれないと指摘しました。今回は株式と並び長期投資の基本となる資産である債券について説明します。 債券は資産形成の安定装置 債券投資というと何だか難しく聞こえますが、実はお金を貸すことと同じです。債券の中でも、貸す相手が国の場合は国債、企業の場合は社債です。債券は銀行預金と同じように、貸している期間は一定の利子を受け取ることができますし、期日がない株式とは異なり、債券の発行体が期日に元本を返済してくれます。そして万が一、発行体が破綻した場合でも債券は返済順位が株式より高いため、回収率は相対的に高くなります。 また、株式と同様、債券も時価で取引されますが、前述のようにたいてい最終的には元本が返ってくるため、債券は時価が額面から大きく乖離することは少なく、リスクが低いと言えます。 しかしながら、投資の世界では、リスクが低いことはリターンも低いことを意味します。実際、米国の株式と債券を代表するインデックスの1976年以降の年率リターンを見ても、株式(S&P 500指数)の約11%に対し、債券(バークレイズ米国総合指数)は約8%と株式より低いことが確認できます。 このように債券の特徴はリターンが低い半面、安全性が高いことですが、それだけではありません。債券は株式との相性が非常に良く、パフォーマンスは株式が良いときに悪く、株式が悪いときに良くなるという相互補完的な逆相関関係にあるため、株式と組み合せるとポートフォリオのリターンが安定します。したがって、資産形成においてはメイン・エンジンである株式に対し、債券は安定装置と位置づけることができます。 また、債券の中でも国が発行する国債は信用力が抜群のため、安全資産としては別格の存在で、危機などの際に高いリスク・ヘッジ機能を発揮します。実際、リーマンショックのあった2008年は株式や不動産はもちろん、社債や新興国債券等の信用リスクがある債券もリターンが軒並み大きなマイナスとなる中、信用リスクが低い日本国債と先進国国債(為替ヘッジ付)はプラスのリターンを確保しました。これは危機時には投資家が少しでも安全なところに資金を逃がしたいと考え、真に安全と思われる資産へ資金が殺到する「質への逃避」と言われる現象です。このような「別格の安全資産」としての特徴もあり、債券の中でも特に国債は安心して資産形成を行うためにはなくてはならない資産なのです。 国債の安全神話も揺らいできている ところが、リーマンショック後は各国が不況に対処するため、一斉に大規模な財政出動に踏み切った結果、債務残高が大幅に増加し、欧州ではギリシャなどいくつかの国で債務がコントロール不可能な水準まで膨らみました。ギリシャに端を発した欧州債務危機では、債券の一部が債務不履行となり、投資家は大きな損失を被りました。しかも、危機はイタリア、スペインにも飛び火し、これらの国の国債も価格が暴落しました。このようにリーマンショック後の世界では先進国の国債といえども安全とは言えなくなってきたのです。一方、先進国国債の代表的なインデックスであるシティグループ世界国債インデックスには、ギリシャ(2010年6月除外)、イタリア、スペインなど財政状況が非常に悪い先進国の国債もある程度組み入れられています。したがって、当該インデックスをベンチマークとしているパッシブ運用(ベンチマーク通りの結果となるように運用する方法)は、自動的にこのような国債に投資をしてしまうことになります。 残念ながら、問題はそれだけではありません。我が国の国債、つまり日本国債の安全神話も揺らぐ恐れがあります。国債を直接保有している日本人は少ないと思いますが、私たちが預金や保険として銀行や生命保険会社に預けたお金のかなりの部分をこれらの機関投資家が国債に投資しているのです。結局、私たちは日本国債を間接的に買い支えていることになります。しかし、高齢化が非常に速いペースで進んでいる日本は、国全体で見ると貯蓄する局面から貯蓄したものを取り崩す局面に入っているため、預金や生命保険等の残高が徐々に減っていくのは確実です。そうなったら、いったい、誰が日本国債を買うのでしょうか? その場合、日本政府は海外の投資家に頼らざるを得なくなると思いますが、海外投資家は今のような低い金利には満足しないため、日本政府は資金を調達するために金利を上げなくてはならなくなるでしょう。金利の上昇は債券価格の下落を意味するので、日本国債も中長期的に安全とは言い切れない状況です。 安全神話の過信は禁物 以上のように、債券は基本的に資産形成の安定装置として機能しますが、現時点では日本を含む一部の先進国の国債にも、価格が下がる潜在的なリスクがあります。このリスクを回避するには、そのような国の国債に自動的に投資してしまうパッシブ運用ではなく、運用者の判断により、機動的に、そのような国債を除外できるアクティブ運用の投資信託が適切と言えるでしょう。リターンはほとんど期待できませんが、金利上昇の影響が限定的なMMFのようなものでも良いのかもしれません。いずれにしても、リーマンショック後のパラダイムでは国債の安全神話を過信するのは危険だと思います。 今回の川柳 債券も 思わぬところに リスクあり
【第16回】 2013年2月22日 【テーマ13】 ねじれ議会による急激な緊縮財政への不安も 世界経済の行方を占う米国の「景気天気予報」 ――桂畑誠治・第一生命経済研究所主任エコノミスト 景気を大きく失速させかねない「財政の崖」を、年初に辛くも回避した米国議会。しかし抜本的な解決には至らず、民主党と共和党の駆け引きが続くなか、不安は燻る。一方で、国内消費は回復傾向にあり、新興国経済が不調のなかで、世界経済に占める米国経済のウェイトは相対的に高まっている。2013年、日本のみならず世界経済を大きく左右する米国経済はどこへ向かうだろうか。第一生命経済研究所の桂畑誠治・主任エコノミストに詳しく聞いた。 (聞き手/ダイヤモンド・オンライン 小尾拓也)
「財政の崖」は辛くも回避されたが 2013年も緊縮財政不安は避けられない ――ブッシュ減税の期限切れと歳出の自動削減などが重なり、急激な景気失速が懸念されていた米国の「財政の崖」が、期限となる1月初頭にギリギリで回避された。富裕層を除く45万ドル以下の世帯に対する減税は恒久化されたものの、歳出の自動削減はわずか2ヵ月先送りされただけ。増税と歳出削減で対立してきた民主党と共和党の駆け引きは、2013年以降も続く。今後の財政問題をどう見ているか。 かつらはた・せいじ 第一生命経済研究所主任エコノミスト。専門は米国経済、金融市場、海外経済総括。1969年生まれ。三重県出身。法政大学卒。92年日本総合研究所入所。95年日本経済研究センターへ1年間出向。96年より為替相場、欧州経済、金融市場等を担当。99年丸三証券入社、日本、米国、欧州経済・金融市場等を担当。2001年より現職。著書に『資源クライシス』(日本実業出版社)など。 「財政の崖」は、2013年間で総額8000億ドル規模の財政緊縮となり、何の対応もせずに崖から落ちていれば、米国経済のリセッション入りは避けられなかった。このため、財政の崖回避法である「2012年米納税者救済法」のような法律の早期成立が期待されていた。
ねじれ議会の弊害によって、年明け1月3日の成立となったが、危機はギリギリで回避された。だが、問題を先送りした部分もあり2013年に入ってからも、ねじれが続く新議会でも財政問題への対応が必要となっている。 財政の崖で先送りされた問題とは、2ヵ月間延長された自動歳出削プログラムである。これを完全に停止するためには、2月28日までに中長期の財政赤字削減計画を策定する必要がある。再び数ヵ月間延長される可能性もあるが、その場合でも中長期の財政赤字削減計画の策定は困難であろう。 共和党は財政の崖回避のために増税を受け入れたことから、今度は歳出削減によって財政赤字を削減するべきと主張している。一方、民主党は歳入を増やす政策も加えるべきと主張しており、議論がかみ合っていない。最終的には、自動歳出削減プログラムは開始される可能性が高い。 また、2013年会計年度(12年10月〜13年9月)予算は、現在13年3月までの半年分だけしか成立していない。このため、4月以降の予算を3月27日までに成立させる必要がある。 できなければ政府機関が閉鎖される可能性があるため、期限ぎりぎりで予算が成立すると見られるが、緊縮的な予算になることは避けられない。ただし、自動歳出削減が開始されていれば、景気への一段の悪影響を回避するため、過度に緊縮的でない予算となるだろう。 どのようなシナリオとなっても、2013年に緊縮財政がより強まることは避けられず、米経済成長を抑制する要因になるだろう。 議会はデフォルト回避の方向へ動くが 歳出削減は景気の下振れ要因になり得る ――財政問題は米国の悩みのタネだ。2011年には債務上限引き上げを巡って議会が膠着状態に陥り、デフォルト懸念まで噴出した。このまま行けば、法定基準を突破したと見られる国債発行枠の上限を再び引き上げなければならない。見通しはどうだろうか。 法定債務上限問題に関しては、5月18日まで事実上延長され、当面のデフォルトリスクは回避されたが、この延長の条件として、4月15日までに2014会計年度予算決議を成立させることが求められている。成立できない場合でも、議員の給与が支払われないだけのため、5月18日までに借り入れた額だけ5月19日に法定債務上限が引き上げられる。 ただし、それ以上の引き上げには、中長期の財政赤字削減策を策定する必要がある。または、2013会計年度予算、14会計年度予算が緊縮的な予算となれば、その緊縮額分の債務上限の引き上げが行われるだろう。また、自動歳出削減プログラムが始まるなら、共和党は1.2兆ドル程度、債務上限を引き上げてもいいという判断になり易い。 結果的に、議会はデフォルト回避の方向に動き、今回は2011年のようなデフォルト懸念の高まりにはつながらないのではないか。ただし一方で、現在は当時と景気の状況が違う。歳出削減への動きが景気の下振れ要因になるリスクは、考慮すべきだ。 財政問題を放置すれば、米国債の格下げリスクも生じるため、10年スパンを見据えた財政赤字削減計画の取りまとめに努力していくだろう。 自動車・住宅需要は強まりつつある 米国民の可処分初頭は緩やかながら増加 ――米国景気の行方を占う上で重要な目安となるのが国内の個人消費だ。足もとで消費動向はどうなっているか。 足もとでは、雇用はスピード感がないものの増えてきており、賃金も上昇しているため、国民の可処分所得は緩やかながら増加している。また、金融機関の融資姿勢もクレジットカードなどで緩和気味になっており、借り入れを行いやすくなっている。実際、信用残高は増えている。 さらに、好調な株式市場等によって、個人消費は、拡大基調を維持している。とりわけ自動車販売は、ハリケーンの影響で昨年10月に下振れしたが、11、12、1月と3ヵ月連続で季節調整済み年率換算1500万台となっている。すでに弱いとは言えない水準まで回復している。 今回、富裕層が実質増税となったが、ボリュームゾーンである中間所得層向けの減税が続くため、消費は拡大を続けるだろう。ただし、給与税率が引き上げられたことから、年初に小幅減速するだろう。 また、低金利が続き、可処分所得が拡大に向かっている影響で、住宅市場も底を打って持ち直しが確認されている。住宅購入意欲は今後も継続し、その影響を受けて住宅価格も上昇を続けよう。このことは、住宅関連消費やマインドの改善に繋がるだろう。 こうした状況を見ると、米国の消費はゆるやかながらも拡大傾向を辿るだろう。 ――このような環境のもとで、FRBの金融政策はどうなるだろうか。 FRB(連邦準備制度理事会)は、現在期限を設定せず毎月400億ドルのMBS(住宅ローン担保証券)と450億ドルの国債を合計850億ドル購入し、バランスシートを拡大させている。 緊縮財政が続く中で、経済成長を加速させ雇用の回復ペースを速めるためたに、FRBは2013年を通じて証券の購入を継続することで、金融緩和を強化すると予想される。 ――景気の拡大が続いているとはいえ、米国には大規模なマイナスの需給ギャップが残存しており、成長ペースは不十分だ。米国での金融緩和が景気に与える効果は、どの程度だろうか。 米国の金融緩和は規模が大きい上、FRBの卓越した市場とのコミュニケーション能力によって効果を高めていることから、成長支援効果はかなり大きい。FRB当局が緩和を示唆すると、期待インフレ率が上がって株価も反応する。金融政策にマーケットが素直に反応し易いという特徴がある。 これが日本だと、市場が期待するような金融緩和が実施されてこなかったほか、日銀自身が「金融緩和をやってもあまり効果が望めない」などと、金融緩和の効果に否定的な発言を行っていたこともあり、市場の反応は良くなかった。 今年中は各国とも国債買い入れを継続 FRBが引き締めに転じるときが転機に ――FRBのみならず、ECBにも日銀にも言えることだが、中央銀行の国債買い入れに対しては、財政ファイナンスとの批判もある。近い将来、FRBも金融政策の方向転換を考えざるを得ない状況になるのではないか。そうなると、世界経済への影響も懸念される。 むろん、経済が普通の状態であれば、どの国の中央銀行も国債の大量購入はやりたくないだろう。しかし、それをやらなければいけないほど世界は深刻な財政問題を抱え、需要不足を補う必要に迫られている。先進各国は、年内は非伝統的な金融政策を継続せざるを得ないだろう。 問題となるのは、何年も先のことになると思うが、FRBが非伝統的な金融政策から脱却するときの影響だ。2016年に入ると、金融引き締めの可能性が高くなる。過去の例を見ると、米国が引き締めをやるとその後必ず何らかの大きな危機が顕在化している。繰り返しになるが、2013年中は景気に不安があって引き締めに入れないため、緩和気味の状態が続き、世界経済への悪影響はないと見る。 ――これまでの分析から推察すると、2013年の米国景気はそれほど悪くないと言えるだろうか。 財政の崖を回避できたことは、景気にプラス材料だが、緊縮財政によって成長率は大幅に抑制されるだろう。それでも、年初に減速した景気は年後半に向けて持ち直していくだろう。 理由は、前述のとおり、どんな結果になるにせよ「財政の崖」に対する不透明感は薄れていく可能性が高いからだ。そうなると、国内の消費、投資は拡大ペースを速めるだろう。 また住宅部門では、低金利、所得の改善により住宅販売の回復傾向を続く中で、低い在庫率等を背景に、住宅投資は高い伸びを維持すると見込まれる。 外部環境を見ても、今年は昨年よりも世界経済が上向く可能性が高い。減速が止まらなかった新興国経済は、足もとでインド以外は持ち直しの方向へ向かっている。中国は景気刺激策を着実に実施していく方針を示しており、電力使用量も増えている。新興国の復調に伴い、米国をはじめ世界経済の足腰も強まっていくだろう。 2013年の米国経済を天気にたとえるなら、基本的には晴れ間が多く、雨が降りそうになっても結局は曇りで終わる、というイメージだろうか。 米国景気は年央にかけて持ち直し 日本経済もやや遅れて勢いを増す ――気になるのは、米国経済の動向が日本経済に与える影響だ。これをどう見ているか。 日本の輸出も、米国景気に左右される格好になる。米国経済が年央にかけて持ち直していくのに従い、日本の景気も少し遅れて持ち直し、勢いを強めていくだろう。 ただし、米国が財政問題により景気が悪化すれば、日本もリセッションは避けられない。米国の個人消費が落ち込むと、為替はドルに対して円高になるので、日本の米国向けの輸出は落ち込むだろう。それだけでなく、米国は世界の最終消費地なので、中国などアジア向けの輸出も落ち込むことになる。それらの影響により、日本経済は再びリセッション入りする恐れもある。 ただ、現時点では米景気は徐々に加速する可能性が高いため、私は日本経済への影響を悲観的に見ていない。 ―― 一方で、経済・金融政策を個別に見ると、日米間にはお互いの経済動向に影響を与えそうないくつかの要因がある。1つが安倍政権の誕生だ。政府・日銀が共同歩調をとり、2%のインフレ目標が掲げられ、大胆な金融緩和が進めば、円安・ドル高傾向が強まりそうだ。そうなると、米国景気を抑制する可能性もある。 今年の参院選の結果を待つ必要はあるが、日銀法改正を避けたい日銀は、今後も政府の意向に沿う形で、金融緩和を進めていくだろう。これまでは期待先行で円安に向かっていたが、日銀の取り組みが期待に追い付き、さらに3月に新しい日銀総裁が誕生すれば、円安・ドル高圧力が一層強まりそうだ。 ただし一方で、公共投資を増やす大規模な財政出動については、国債の発行額が増えるほか、成長加速によって長期金利に上昇圧力が強まるため、円安を抑制する要因になる。 仮に国債が格下げされると円安要因になるが、日本は国内でほとんどの国債を消化しているため、影響は限定的と見る。したがって、再び円高傾向に触れる可能性も否定はできず、今後円安ドル高の進展ペースを抑制する要因となる可能性がある。 日本政府は、財政出動をうまくコントロールし、「積極的な金融緩和による円安によって景気を回復させる」という本来の経済効果を出せる方向性を重視するべきだろう。 アベノミクスとTPPは注目事項 日本は国益を最大化させる舵取りを ――もう1つ、日米間にはTPP交渉参加という難しい課題がある。「米国だけが得をする」と言われているが、日本はどんな影響を被るだろうか。 米国が日本にTPP交渉への参加を求めている目的には、日本向けの輸出拡大と中国への牽制の2つがある。日米がTPPに参加すると、その規模はかなり大きくなる。その中にアジアの成長市場を取り込んでいこうという目論見だ。 中国では自国企業が規制で保護されているため、TPPに参加すると外資に市場を奪われてしまう恐れがあり、参加したくてもできない。つまり、TPPは強大化する中国に対抗するための貿易圏となり得る。中国の規制や、制度を公平性の高いものにする圧力となる。 その意味で、米国は日本に参加してほしいと思っているが、入ってくれさえすればいいというわけでもない。オバマ政権を支持している自動車メーカーが、日本に対して軽自動車の市場開放を求めているように、参加する際にきちんと規制を緩和してほしいと思っている。日本に対してLNG(液化天然ガス)のような「アメ」をぶら下げて見せている背景にも、そうした期待がある。 しかし日本も、聖域なき関税撤廃が参加条件のままの状態で参入すると、農業をはじめいくつかの産業が大きなダメージを被ることになるため、安倍内閣も慎重にやらざるを得ない。日本の国益が最大となるような交渉を心がけるべきだ。 不透明感が漂っていた新興国と欧州 世界における米国経済の重要性は高まる? ――昨年大きく減速した中国、ブラジル、インドなどのBRICs諸国は一時より景気が上向いてきたとはいえ、まだ不安を抱えている。デフレが続く日本や債務問題不安が払拭されない欧州など、先進国も先行きが不透明だ。現状を見ると、世界経済に占める米国経済の重要性が相対的に高まっているように思える。世界経済の動向をどう見るか。 確かに、世界経済の成長における米国のウェイトは、2012年初頭から次第に高まっている。米国経済はリーマンショック直後にいち早く持ち直したものの、その後低成長が続いた。一方で、中国をはじめ新興国は高い成長を続けていた。 ところがその後、新興国の成長が鈍化し、債務危機に揺れる欧州もマイナス成長に落ち込むなかで、いつの間にか低くても成長を続ける米国が世界経済の牽引役のようになっている。この状態はしばらく続く可能性が高い。 中国経済も、7〜8%程度の成長は維持できるだろう。潜在成長率が低下しており、かつてのような10%成長は望めないが、労働力人口は伸びているため、まだ成長力は高い。また経済成長モデルも、輸出依存から内需指導への移行を目指しているので、他国にとっては中国向けの輸出がある程度景気の下支えになりそうだ。 一方、欧州経済の回復には相応の時間がかかるが、ESMなど財政不安が高まった国を支援するための救済基金が設立されたことや、ECBによる国債購入期待が強いことに加え、ユーロ圏全域に亘る金融機関救済システムの創設を進めているため、ユーロ危機が世界経済の足かせになる不安は改善されつつある。ユーロ圏経済も、遅くとも年半ばまでにプラス成長に転じるだろう。 こうしたなかで、米国経済の良し悪しは、今後も世界経済にとって相応のインパクトになりそうだ。 【第10回】 2013年2月22日 西川敦子 [フリーライター] いまや「日本脱出」がエリートの合言葉に!? “高度人材大移動の時代”到来の衝撃 日本の人口は今、何人くらいか、君は知っているかな。2010年の国勢調査を見てみるとだいたい1億2806万人。でも、この人口はこれからどんどん減ってしまうんだって。
国立社会保障・人口問題研究所では、将来の人口について3つの見方で予測を立てている。このうち、「中位推計」――出生や死亡の見込みが中程度と仮定した場合の予測――を見てみると、2030年には1億1522万人、さらに2060年には8674万人となっている。これは、第二次世界大戦直後の人口とほぼ同じ規模だ。 どんどん人口が減り、縮んでいく日本の社会。いったい私たちの行く手には何が待ち受けているんだろう? ――この連載では、高齢になった未来の私たちのため、そしてこれからの時代を担うことになる子どもたちのために、日本の将来をいろいろな角度から考察していきます。子どものいる読者の方もそうでない方も、ぜひ一緒に考えてみてください。 超優秀な留学生を 青田刈りする国・シンガポール 高校生の春奈(仮名)は15歳のとき、たったひとりでシンガポールに渡った。以来、ホームステイしながら、現地のインターナショナルスクールに通っている。そんな頑張り屋さんの彼女もいよいよ受験生だ。 とりあえず、いくつかの大学を訪問してみた。そのうちのひとつが、“シンガポールの東工大”といわれるNTU (Nanyang Technological University:南洋工科大学)。留学生の合格率はわずか8〜9%。中国、インド、マレーシア――アジア中の秀才たちが集まってくる。NUS(National University of Singapore:シンガポール国立大学)やSMU(Singapore Management University:シンガポール経営大学)などと並ぶ超難関校だ。 いったい学費はどのくらいかかるんだろう? 「通常なら、留学生の学費は年間200万円ほど。でも、政府が学費援助してくれるので、その半分で済むんです」 こう語るパク・スックチャさんは、日本生まれで韓国籍を持つビジネスウーマンだ。ダイバーシティ(多様性)とワークライフバランスの企業コンサルタントとして幅広い活動をしており、多数の著書を持つ。 「ただし、政府の援助を受けるためには、『卒業後3年間はシンガポールの企業で働く』のが条件。3大学に入学するほとんどの留学生はこれを受け入れ、卒業後はシンガポール企業に就職していきます。狭き門を潜り抜けた超優秀な留学生を大学入学の時点で確保している、というわけですね」 パクさんは『恐れ入った』と言いたげに、首を振った。 「このままだと、日本は20年経っても彼らに追いつけないわ」 「高度人材」だけ確保する シンガポール政府の巧みな戦略 シンガポール政府が今年1月に公表した「人口白書」の予測によれば、国内の生産年齢人口は2020年を境に減少に向かう。合計特殊出生率は1.2で、日本の1.39を下回る。 ところが、白書が示す2030年のシンガポールの人口は最大690万人。このまま少子化が改善されなければ、どう考えてもこの数字にはなりっこない。つまりシンガポール政府は、国民の人口減少で不足する労働力を、外国人人材で補おうと考えているってこと。 なにしろ、シンガポールの国土はかなり狭い。東京23区とほぼ同じくらいだ。したがって、天然資源もない。水だってお隣のマレーシアから供給してもらっている。彼らにとって、「人材」こそ唯一の資源なんだ。1965年の独立開国以来、多くの外国人たちを受け入れてきた。 とはいえ、「外国人なら誰でも大歓迎!」というわけじゃないよ。同じ外国人人材でも、「PMET」(専門職者・管理職・エグゼクティブ・技術者)を、「マニュアル・ワーカー(未熟練労働者)」と区別し、より優遇している。 PMETたちに発給されるのは、「Eパス(エンプロイメント・パス)」と呼ばれる就労ビザだ。Eパスを持っている人には、基本的にいろいろな特典が与えられる。たとえば永住権(PR)も取得しやすくなる。会社を辞めた場合も「個人Eパス」を持っていれば、そのままシンガポールで暮らしつつ、現地で転職活動できる。 さらに彼らもまた、職種や能力によって細かくレベル分けされている。政府が確保したいのは、より能力の高い「高度人材」だ。 PMETの中でも能力が高いとされるのは、「Pパス」を持っている人々。Pパスは専門家や管理職などの高度人材に与えられる就労ビザで、月収によって2ランクに分かれている。 次のレベルのQパスは技能労働者・技術者向けで、Pパスと同じくQ1、Q2の2ランクがある。Sパスはその他の労働者が対象。月収や学歴・専門技能・職種・経験年数などを審査したうえで、発給されるかどうかが決められる仕組みだ。 一方、マニュアル・ワーカーに与えられるのはWPという就労ビザ。雇用人数と対象国籍が業種別に決められており、雇用する企業には保証金や雇用税の支払いが義務付けられる。国内の人材でまかなえる単純労働は自国民に回さないと、街が失業者であふれてしまうからね。 おまけにシンガポールの労働法では、解雇は自由だし最低賃金の定めもない。立場の弱い労働者にとって、かなり不利な環境といえるだろう。 じゃあ、PMETなら安心して働き続けられるかといえば、そうでもない。 国の移民政策に目下、国民の不満はつのる一方。その動静を警戒視する政府は、最近、外国人の就労ビザの発給条件をより厳しくしている。QパスやSパスも例外ではない。 「必要な時、必要な外国人を、必要なだけ活用する」。シンガポールの外国人人材の質と量は、政府の巧みな戦略によってつねにコントロールされているんだ。 「日本にいてはいけない」が合言葉!? アジアのハブを目指すエリートたち 一般の外国人については入国制限を行っても、きわめて優秀な“スーパー高度外国人材”となると話は別だ。 遺伝子研究で著名な伊藤嘉明氏が、京都大学の退官後、シンガポールの一大研究複合施設「バイオポリス」に引き抜かれたのは有名な話。政府もヘッドハンティング会社も、トップ人材を虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。 「実際、エース級のビジネスパーソンが世界中からシンガポールに集まってきています。アジア、米国、ヨーロッパ――日本も例外ではありません」。 こう明かすのは、現地に赴任中の三井住友銀行 シニア・グローバル・マーケッツ・アナリスト 岡川聡さん。 「外資系企業だけでなく、日系企業からの転職組もいます。アジアのマネジメントの中心は、東京から上海、さらにシンガポールへと移り変わっている。M&Aなどの取引や企業の新規進出、新規事業も盛んです。彼らにふさわしいポストがこの街に集中しているのですから、優秀な人材が集まるのも当然でしょう」 狭い国土ゆえの地の利も、多忙なエリートたちには魅力。官庁だろうが、空港だろうが、タクシーを走らせればどこでもあっという間に着く。個人所得税やキャピタルゲイン税(株式、土地などを売却するとき支払う税金)などの税制面も、日本に比べてダンゼンお得だ。 さらに、岡川さんはこう続ける。 「弁護士、会計士、税理士など、サムライ業の間では『日本にいてはいけない』が合言葉。シンガポールはアジアにおける交通、金融のハブ(ネットワークの中心)ですが、今や法務、財務の世界でもハブ化しつつある。アジアで最先端の法務、財務に触れ、キャリア形成をしなければ未来がないことを、彼らは知っているのです。 その他のホワイトカラーたちも同じ思いなのでは。ここには日本では得られない英語情報やビジネスチャンス、リスクマネー(危険も大きいが、成功すれば高収益が得られる投資)があふれています。優秀な人材がネットワークを作り、ダイナミックなビジネスがどんどん展開されていく――。スーパー高度人材がシンガポールを目指すのは、『まさに今、ここにスーパー高度人材が集まっているから』なのです」 「日本的雇用」「日本の大学」にそっぽ向く 世界のスーパー高度人材 収入、地位、成長のチャンス、挑戦心を掻き立てるビッグプロジェクト。あらゆる仕掛けを駆使して、スーパー高度人材を狩り続けるシンガポール。 かたや、早くも人口減少社会に突入した日本はどうなんだろう? まずはデータを見てみよう。2012年10月末現在、外国人労働者数は約68万人。このうち、専門的・技術的分野の在留資格を持つ高度外国人材はおよそ12.4万人(厚生労働省調べ)だ。なお、2007年の厚労省の調べによると、大企業100社で働く高度外国人材はわずか1000人に1人の割合だった。 グローバル競争の舞台では、多様な情報、スキル、価値観を持った人たちが知恵を出し合って戦わないと勝ち目がない。しかも人口減少で国内の消費者は今後、どんどん減っていく。日本人による日本的なやり方で、世界に通用する商品やサービスを生み出せるんだろうか? 高度外国人材の受け入れを促そうと、国は昨年5月から「高度人材に対するポイント制による出入国管理上の優遇制度」を導入した。学歴や職歴、収入などをポイントで評価し、合計70点以上の外国人を優遇する、という内容だよ。 留学生も増やそうとしている。2008年に発表された『留学生30万人計画』では、当時約14万人だった留学生を、2020年には30万人に増やす、としている。 これにともない、英語による授業のみで学位が取得できるコースを増設。現在、有名国公私立の13大学で合計約300コースを備えている。留学生の卒業後の就職活動期間も最長180日から1年に延長した。 さて、その成果は――。 計画の進捗状況は、どうもはかばかしくないみたいだ。2003年5月現在の留学生数は、13.7万人。30万人には遠く及んでいない。 前出のパクさんは、「優秀なアジアの留学生の目線は、米国や英国を向いています。オックスフォード大学やハーバード大学に行けば、世界中のトップエリートたちとのネットワークができる。ところが、日本の大学では望むべくもありません」と解説する。 さらに、たとえ留学生を30万人受け入れられたとしても、彼らが日本企業に就職してくれるとは限らないのでは、とパクさん。 「海外では優秀な人ほど能力主義を好む。年功序列による昇進の遅れ、成果に基づかない評価を嫌う高度外国人材は多いはずです」 転職しづらい、流動性の低い労働市場も嫌われる一因だろう。あくまで新卒一括採用が王道の日本。いろいろな会社でキャリアを積み専門性を磨くどころか、レールを外れるとなかなか再チャレンジできないのが現状だ。海外の優秀な学生が日本の大学を選ばないのもうなずける。 世界中で始まったエリートの争奪戦。ライバルはもちろん、シンガポールだけではない。ポイント制によって外国人材を階層分けし、より優秀な人材を優遇するイギリス。特別な専門知識や卓越した地位を持つエンジニア、技術者、研究者たちに無期限の定住許可を与えるドイツ。専門分野に応じ、高度外国人材に「ゴールドカード」「ITカード」「サイエンスカード」を発給、ビザの有効期限を延長する韓国。 より魅力のある国、都市へ、国籍を問わず才能が集中する「高度人材大移動の時代」。君たちが大人になる頃、元気な日本であり続けるためにも、企業や大学は大きな変革を迫られているのかもしれないね。 ◆お話を聞いた方
パク・スックチャ アパショナータ代表&コンサルタント(ダイバーシティ(多様性)&ワークライフバランス) 日本生まれ、韓国籍。米国ペンシルバニア大学経済学部BA(学士)、シカゴ大学 MBA(経営学修士)取得。米国と日本で勤務後、米国系運輸企業に入社。同社にて日本・香港・シンガポール・中国など、太平洋地区での人事、スペシャリストおよび管理職研修企画・実施を手がける。2000年に退社し、日本で最初にワークライフバランスを推進するコンサルタントとして独立。企業での社員の意識改革、働き方改革及び教育研修に携わる。同時に、米国とアジアに精通したグローバルな経験を活かし、ダイバーシティ(多様性)推進に力を注ぐ。企業にもメリットをもたらす手法で進める在宅勤務導入コンサルティングで成功実績を出し、企業での在宅勤務(テレワーク)も専門とする。著書『アジアで稼ぐアジア人材になれ』(朝日新聞出版)など。 おかがわ・さとし 三井住友銀行 シニア・グローバル・マーケッツ・アナリスト 1968年東京生まれ。幼少期を台湾、少年期を西ドイツにて過ごし、獨協学園高等学校卒業後、1991年3月、上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。太陽神戸三井(現三井住友)銀行入行。1996年、為替資金部(現市場営業部)直物為替グループ配属。以後、アジア通貨危機をはさみ、約10年間、一貫してアジア・オセアニア通貨インターバンク為替ディーラーを担当。市場営業部・直物為替グループ長、同・先物為替グループ長を経て、2010年、市場営業部シンガポールトレーディンググループ長。 2011年、市場営業統括部(シンガポール駐在)シニア・グローバル・マーケッツ・アナリスト。専門分野はアジア太平洋州の市場を中心とした為替動向調査、マネーマーケット分析を中心とした金利動向調査。 ◆参考にした本、ブログ 日本人に宛てたエッセイ100〜南十字星から西東京へ
『アジアで稼ぐアジア人材になれ』(パク・スックチャ著/朝日新聞出版) 【第65回】 2013年2月22日 安藤茂彌 [トランス・パシフィック・ベンチャーズ社CEO、鹿児島大学特任教授] 日米トップ会談の成功は オバマ大統領2期目の課題への協力次第 オバマ大統領が2月12日に上下両院議員を前に一般教書演説を行った。一般教書演説は2期目の4年間の包括的な施政方針演説でもある。やや長くなるが、まずはその内容をご紹介したい。 大統領はまず成果の報告から始めた。アフガニスタンから毎年3万人規模で米兵を帰還させる。大統領に就任して以降600万人の雇用を創出した。景気は回復基調に入っており、住宅市場も住宅価格が上昇に転ずるなど、回復してきている。それでも失業率の水準はまだまだ高いし、賃金の上昇も見られない。アメリカ経済は所得中間層を強くしないと本当の回復はできない。 今年初めに富裕層のトップ1%への減税措置を撤廃し、歳出削減も超党派で協議して実現した。さらなる歳出の削減については、これから下院で過半数の議席を有する共和党と協議をしていかなければならないが、大統領と上下両院が合意できない場合には自動的に1兆ドルの歳出を削減することになる。だがこれは悪い考え方である、特に教育、医療分野の歳出削減を安易に進めるとアメリカの将来の繁栄がなくなる。 10年間で4兆ドルの財政赤字を削減しなければならないが、それよりも税法を改正し、脱税の抜け道をふさぐことで財源を捻出すべきだ。新たな財源をアメリカの未来を担う子どもたちに投資する。そうすれば雇用が海外に流出することを防げる。共和党の協力を得て実現していきたい。私は決して「大きな政府」を作りたいのではなく「スマートな政府」を作りたいのだ。 海外に出ていたアメリカの製造業が続々と国内に戻ってきた。キャタピラーは日本の製造拠点をたたんで米国に移したし、フォードはメキシコから、アップルは中国から、それぞれ米国内に戻している。製造業革命は再びアメリカから始まろうとしている。昨年3Dプリンティングの訓練センターを作った。こうしたセンターをこれからさらに15ヵ所作る。 ゲノムへの投資も重要である。ゲノムへの1ドルの投資は140ドルになって返ってきた。脳の遺伝子解析からアルツハイマーへの対応もできるようになるし、再生医療にももっと投資が必要だ。天然ガスの国内採掘にも努力し、クリーンエネルギーへの転換も進めてきた。他国からの化石燃料輸入に依存せずに自立できるようになった。地球温暖化と戦う準備もできた。これでクリーンエネルギーの主導権を中国から米国へ取り戻せる。 ハリケーン・サンディーのような大型災害の発生頻度が上がっている。災害復旧に迅速に対応するために行政手続きの簡素化を図る必要がある。米国には補修を要する古い道路や橋が7万ヵ所以上ある。こうした補修を行うための財源を天然ガスの収入の一部でエネルギー・セキュリティー・トラストを作り、その資金を使おう。エネルギーの無駄が生じるような家も建て替えよう。こうした努力を積み上げれば、エネルギーの浪費を20年間で半減できる。そうすれば米国を製造基地として魅力的な国にできる。 製造業、エネルギー、住宅、インフラのそれぞれの分野で、アメリカが主導権を握ろう。それすれば、雇用の創出がもっとできるようになる。こうした需要に応えていくには、スキルを持った質の高い労働力が必要で、それには教育制度の充実が必要になる。小学校に入学する前の幼児の教育に力を入れると将来伸びる人材に成長することがわかっている。こうした幼児への教育投資は効率が高く1ドルの投資が7ドルになって返ってくる。 高校しか出ていなくてもコンピュータのスキルを身に着ければ職にありつけるようになる。サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、数学が特に重要だ。高等教育を受ければ受けるほど良い職にありつけるのはわかっているが、大学の授業料が高すぎる。いくら税制支援をしても追いつけない。大学が授業料を下げる努力が必要だ。質を下げないで授業料を下げられる大学には連邦政府から支援を受けられるような仕組みを作っていく。 総合的な移民制度改革も必要だ。不法移民を取り締まって正規の手続きで移民できるようにする。そのためにはバックグラウンドチェック、英語力の訓練強化を行い、スキルのある外国人に移民の機会を増やそう。下院で法案を作り数ヵ月以内にもってきてほしい。すぐに署名する。 現在の最低賃金は7.25ドルで、1年間正規職員として働いても年間1万4500ドルにしかならない。これでは貧困ライン以下の水準である。そこで最低賃金を9ドルへ引き上げることを提案する。最低賃金の物価との連動も考えていく。貧困層の住む地域は荒廃している。どんな貧困層でも共働きをすれば子どもを作れるようにしよう。そのためには中間層が厚くならなければならない。中間層が厚くならなければ国は強くならない。 アフガニスタンでのテロとの戦いは目的を達成したので、米国軍兵士を今年3万3000人帰国させ、来年3万4000人帰国させる。それを可能にするためにアフガニスタンの兵士を訓練していく。テロリストとの戦いは、現地政府がテロリストと戦えるように支援していく。米国自身も引き続き個別にテロリストを排除する計画を進めていくが、これを組織的に公明正大に透明にやる。 「核」技術がテロリストに渡らないようにする。北朝鮮は米国を威嚇しているが、威嚇は北朝鮮自身を更に孤立させる。同盟国と協力してブロックする。北朝鮮が繁栄する道は国連の決議に従うことだ。イランも国連の決議に従うべきだ。米国はイランが「核」を入手することにはトコトン抵抗する。ロシアとも協力して「核弾頭」の拡散を防いでいく。サイバー攻撃は、個人情報を盗み、行政システム、交通システムを麻痺させる。あとで後悔しない様に事前に法律を作って対応する。行政システムを攻撃から守る法律を作ることに下院はもっと積極的であるべきだ。 成長を続けるアジアの国々と競争の土俵を一緒にするためにTPP(環太平洋経済連携協定)を推進していく。これがアメリカの輸出拡大と雇用創出に結び付く。アメリカはアジア地域の導き手(Beacon)になる。ミャンマーのスーチー女史を訪ねたときに、ミャンマー国民はアメリカの国旗を振って迎えてくれた。「アメリカには法治と正義がある」、「ミャンマーもそういう国になりたい」と素直に語ってくれた。アメリカはこうした国々が安定的に民主国家に移行できるように支援していく。欧州連合(EU)との貿易・投資協定の締結も行いたい。 シリアの国民に自由を与え、イスラエルにセキュリティーを保証し、海外で公務に従事するアメリカ人にセキュリティーを与えるようにしていく。それには軍事力を強くしなければならない。 このところ銃の乱射事件で命を落とす子どもが増えている。下院では銃の購入者のバックグラウンドチェックを強化する法律を迅速に審議すべきだ。併せて投票所での待ち時間を短縮する法律を超党派で検討すべきだ。次の世代により良いアメリカを引き継ぐために重要なことである。皆で協力して偉大なアメリカを作って行こう。 演説は約1時間続いた。リーマンショック後の混乱した経済状況の真っただ中で大統領に就任し、経済が上向いてきたことに自信をみなぎらせていた。これからの経済成長を、製造業、エネルギー、住宅、インフラの4本の柱で進めていくのも、納得のいく選択である。 気になったのは、演説の中で提案のあった諸施策は、いずれも財政赤字を拡大するものばかりのことだ。10年間で4兆ドルを削減しなければならないなかで、諸施策をどのように実現していくのだろうか。いずれの政策も共和党の根強い反発を招くのは必至である。 もうひとつ、経済・内政重視の提案が多い反面、外交・国際紛争の解決に関する提案が皆無であったのも気になった。日中間の緊張に関する言及は全くなかった。演説の中でChinaは2回出てきてJapanは1回出てきたが、経済の文脈での言及であり、紛争に関する文脈ではなかった。「アメリカはアジア地域での導き手になる」といった表現は、暗に「アジア地域では中国に好き勝手をさせない」といった意味を込めていると考えられるが、かなり婉曲な表現である。 海外の紛争についてアメリカは不干渉主義に徹しているように見える。シリアが内戦で多くの犠牲者を出しても何もしなかった。アルカイダの一派がアフリカ北部で活動を活発化させても、見て見ぬふりをした。さすがにアメリカ本土への核攻撃を公言した北朝鮮については言及があったものの、「国連の決議に従うべきだ」と平凡な締めくくり方をした。 安倍首相は政権発足後すぐのオバマ大統領との会談を希望していたが、アポが取れなかったという。オバマ大統領の1期目の4年間に、日本では5回の首相交代があった。麻生首相、鳩山首相、菅首相、野田首相、そして安倍首相である。とくに鳩山首相は、「日中関係が日米関係より重要だ」といった内容の記事がニューヨークタイムズに掲載されたことで、すっかり嫌われてしまい、首脳会談を断られ続けた。その上、沖縄の基地問題も解決せずに、いとも簡単に辞任してしまった。これでオバマ大統領の不信が深まったように思う。 それ以来、オバマ大統領の日本の歴代首相に対する対応は冷淡である。沖縄の基地問題、TPPと懸案事項が進捗していないからである。まもなく安倍首相とオバマ大統領との会談が実現する。日中間の領土紛争が議題になるだろう。だが、どこまで大統領が日本の肩を持ってくれるのかには、あまり期待が持てない。「日中間で善処してくれ」、「そのために米兵の命にかかわるような巻き込まれ方はしたくない」がオバマ氏の本音ではないだろうか。 オバマ大統領の2期目は、「黒人として初めての大統領になり、米国経済がどん底の中からアメリカを復権させた偉大な大統領」として、歴史に名前を刻むことを意識していると言われている。米国の真摯な協力を仰ぐには、一般教書演説の中で大統領が述べている優先課題に日本が協力できる具体策を持っていく必要があろう。それはTPP早期締結か、米国の輸出拡大への協力のいずれかではないだろうか。安倍・オバマ会談の成功の可否はこの点にかかっているように思われる。
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