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[迫真]ルネサスは甦るか[日経新聞]
(1) 「宝の山を渡すな」
米IT(情報技術)ベンチャーが集積するシリコンバレー。2012年秋、企業経営者らが集うパーティーに駐日米国大使のジョン・ルース(57)が姿をみせた。コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)の旧知の幹部をみつけると歩み寄って心配そうに尋ねた。「ルネサス買収の件は一体どうなっている」
KKRは資産規模500億ドルと世界最大級の投資ファンド。経営不振の半導体大手ルネサスエレクトロニクスを買収しようと6月から本格交渉に入ったが、日本の政府系ファンド、産業革新機構が水面下で巻き返しに動いていた。
ルースはIT企業が生存競争を繰り広げるシリコンバレーで20年以上弁護士を務め、産業政策への関心も高い。日本政府がお膳立てした買収劇は、市場経済をゆがめる国の過剰介入と映ったに違いない。「米政府が待ったをかけてこないか」。経済産業省は情報収集に乗り出したルースの動きに神経をとがらせた。
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KKRの企業再生手腕と資金力をあてこんで出資を要請したのは、他ならぬルネサスだった。
日立製作所で半導体技術者のエースだったルネサス社長の赤尾泰(58)は昨年6月、「とにかく時間がない。すぐ出資交渉を始めてくれませんか」と申し入れた。KKRはすぐに特別編成した資産査定チームを東京・大手町のルネサス本社に送り込んできた。
外国人10人の査定チームには、ルネサスの社長候補が5人含まれていた。KKRと契約して買収企業の経営陣に入ったり、事業戦略の立案を助けたりする約1000人の「インダストリー・アドバイザー」から選ばれた。米テキサス・インスツルメンツなど半導体企業で経営経験を積んだその道のプロばかりだ。
1カ月で数百人の社員が彼らの面接を受けた。質問に的確な返答ができない場合、同席したルネサス幹部が社員に退席を命じることもあった。「今すぐ分かる人間を連れてこい」。KKRに袖にされれば、経営破綻の現実味が増す。出資を引き出そうと必死だった。
KKRは8月末にルネサス株の過半を1000億円で取得するプランをまとめ、主要株主や取引銀行に示した。そこには「素晴らしい技術があり世界的企業に発展できる」と書き込まれていた。
海外に開発拠点をつくって顧客を開拓し、営業利益率を15%に引き上げる計画だった。追加の人員削減は1500〜2000人を要求したが、優秀な人材には報酬を引き上げる方針も伝えた。
KKRジャパン社長の蓑田秀策(61)は日本を代表する企業としてルネサスを復活させたいと考えていた。社名は買収後に「ジャパン・セミコンダクター」へ変更するつもりだった。
だが革新機構は12月10日、トヨタ自動車など8社と共同でルネサスを最大2000億円で買収すると発表し、新社名は幻になる。
「日本は投資環境として10点満点中2〜3点。アジアでも有望市場ととらえてきたが、『ある案件』を通じて、日本は閉鎖経済のままだと分かった」。KKR創業者のヘンリー・クラビス(69)は投資家を集めた会合で日本の内向き志向に失望感を漏らした。
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ルネサスに1383億円を出資し69%の株式(議決権ベース)を持つ予定の革新機構は、企業再建の実績に乏しい。経産省が監督する立場にあるが、失敗すれば投じた資金は最終的に国民負担となる。それでも買収を決めたのはなぜか。
ルネサスのマイコンには車や産業機械を制御する日本の製造業のノウハウが詰まっている。会社は赤字続きだが「磨き上げれば宝の山になる」(革新機構幹部)。
経産省はKKRが数年後、ルネサス株をどこに売却するのか分からない点を問題視していた。「韓国の現代自動車がルネサスの技術を欲しがっているようだ」といった情報も届くようになる。
日本企業の製品の心臓部にかかわる情報が流出する恐れはないのか。「KKRが海外企業に株式や事業を売却する可能性を排除できない以上、介入せざるを得ない」。経産省は議論を尽くすとルネサス救済へ動き出す。
中心にいたのは電機業界を所管する情報通信機器課。課長の荒井勝喜(45)はまずトヨタに電話をかけた。「ルネサスの今後について一緒に考えたい。勉強させてください」。どうすればルネサスは甦(よみがえ)るのか。再建策づくりは時間との勝負だった。
(敬称略)
[日経新聞2月11日朝刊P.2]
(2) 強すぎる「絆」
2012年12月10日、ルネサスエレクトロニクスは産業革新機構とトヨタ自動車など8社から最大2000億円の出資を受けると発表した。午後5時半の記者会見に先だってルネサス社長の赤尾泰(58)は電話をかけた。相手はルネサス買収で合意寸前までいった米投資ファンド、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)の幹部。「こんな結果で申し訳ない。我々に主体性はないんですよ」
赤尾が自動車メーカー幹部に呼び出されたのは8月末のこと。KKRが1000億円でルネサスに買収提案したと報じられた直後だった。「一体何を考えているんだ。外資傘下に入ってなおマイコンを安定供給すると確約できるのか」。赤尾は返答に詰まり、ルネサスはほどなくKKRとの交渉を凍結する。
車1台には約50個のマイコンを使い、エンジンなど主要機能を制御する。日本車各社はルネサスが開発した特注品を割安な価格で買い取ってきた。国内の車向けマイコン市場でルネサスのシェアは5割を超える。
経済産業省は情報通信機器課長の荒井勝喜(45)が中心となり、自動車業界を所管する製造産業局と連携しながらルネサスを官民で買収する枠組み作りを急いだ。「ルネサス1社というより、製造業全体への支援ととらえて出資をお願いします」。荒井らは日産自動車やキヤノンなどの首脳と会い、こう説得した。単独での出資に及び腰だった革新機構も経産省のシナリオに乗った。これで舞台は整った。
11月16日、日本自動車工業会の定例記者会見。「(ルネサスから支援など)依頼があれば、自動車業界も何かしらの頼りにしてもらっていい」。自工会会長でトヨタ社長の豊田章男(56)がルネサス支援に前向きな姿勢を表明した。
自工会は東日本大震災の直後、ルネサスのマイコン拠点である那珂工場(茨城県ひたちなか市)の建屋や生産ラインを復旧させるため、延べ数万人の復旧要員を派遣した。
生産再開にこぎつけた半導体チップを、ルネサスは支援への感謝を込めて「絆(きずな)」と銘打った。同社をマイコンの世界一に育てたのは間違いなく日本車メーカーだ。赤尾もことあるごとに「ユーザーの意見は何よりも重い」と語る。官民買収で日本製造業の連帯は示された。だが、顧客を株主に迎えたルネサスは新たな課題を抱え込むことになった。
(敬称略)
[日経新聞2月13日朝刊P.2]
(3)「脱・下請け」宣言
1月、産業革新機構とトヨタ自動車はある会合でルネサスエレクトロニクスの事業戦略を巡って火花を散らした。半導体製品の値上げや、品種の絞り込みなどがテーマだ。革新機構側は「顧客には品質に応じた対価を支払ってもらう」と価格政策見直しを主張。トヨタ側は即答を避け、「製品戦略は重要な事案。これから継続協議していきましょう」と切り返した。
ルネサスの企業価値を高めたい革新機構はマイコンを高く売らせたい。一方、トヨタはできるだけ安く買いたい。「経営陣は適正な利益を得る努力を怠ってきた。これからは顧客とも闘ってもらう」。革新機構幹部はルネサスに大胆な変身を迫る。
言われた通りの品質、価格で黙々と開発、生産して半導体を納める――。こんな商慣習は多くの人が「割に合わない」と考えつつも、電機業界では顧客との関係に配慮して異を唱えずにきた。ルネサスの大株主でもある三菱電機の会長、下村節宏(67)は「ルネサスは顧客満足度を高めるという原則にとらわれすぎた」と反省する。
値上げ宣言の理論的支柱となっているのが、新日鉄住金取締役相談役の三村明夫(72)。革新機構の運営方針を決める委員の一人だ。三村は「下請けから独立した半導体メーカーになって顧客にも対等にモノが言えるぐらいに変わらないと、機構が出資する意味がない」と話す。
改革は待ったなしだ。ルネサスは今月8日、2013年3月期の連結業績予想を下方修正した。本業のもうけを示す営業損益は260億円の赤字(従来予想は210億円の黒字)になる見通し。売上高も従来予想を500億円下回り7700億円になる。10年4月のルネサス発足時の4割減という水準だ。
業績悪化は市場環境の急速な変化も背景にある。車のエンジン制御などに使う一部の高機能品を除き、マイコンも汎用品化が進む。新興国で流通する低価格品に引きずられる形で値崩れが起きている。
マイコン事業を率いる事業計画統括部長の大村隆司(51)は「顧客の要求通りの性能、価格で特注品を納めればいい時代は終わった」と話す。半導体とソフトウエアを組み合わせて複数の車メーカーに採用してもらえる「標準品」の開発を始めた。自ら企画した製品なら価格交渉力も増す。「政府保証のついた巨額資金が入る。事業モデルを変えてでも復活しなければ」。大村の決意だ。
(敬称略)
[日経新聞2月14日朝刊P.2]
(4)「半導体はわからない」
2012年6月、NEC社長の遠藤信博(59)は疲れ切っていた。ルネサスエレクトロニクスの資金難が明らかになったのは同年5月。ルネサスの主力銀行や経済産業省は大株主のNECに資金支援を求めたが、遠藤は「筋が違う」と拒み続けた。
株主としての責任は株価下落による損失という形で引き受ける。生みの親とはいえ、それ以上の痛みを甘受する必然性はない。遠藤の主張は正論だったが、銀行や役所は資本の論理を超えた協力を求めた。「NECがルネサスをつぶすことになりますよ」。結局、遠藤は「半導体を安定調達するための保証金」という名目で支援に応じた。「いつまで半導体に振り回されるんだ」。遠藤の胸には、そんな思いが去来したはずだ。
NECが半導体事業を切り離したのは02年。当時社長の西垣浩司は、すでにDRAMをエルピーダメモリに切り出しており、残ったシステムLSI事業を分社化してNECエレクトロニクス(後にルネサスに統合)を立ち上げた。
この年の8月に開かれた臨時株主総会で、相談役の関本忠弘が一株主として質問に立った。「かつて世界一だった半導体メーカーが、なぜ半導体事業を切り売りするのか」。西垣はこう応じた。「ボラティリティー(業績の乱高下)の高い半導体はNECの他のビジネスと違いすぎて、よく分からない」
「半導体は産業のコメ。私は文字通り新米社長であります」。社長就任の記者会見でこうおどけた関本の時代、半導体ビジネスはシンプルだった。日本は価格競争力で米欧勢を打ち負かし、韓国、台湾勢はまだ非力。資金をかき集め、世界中に工場を建てれば売り上げが増えた。
しかし1990年代の後半から様相は一変する。米欧勢の一部は設計に特化するファブレスになり、それを受託生産するファウンドリーとして台湾勢が台頭した。DRAMのコスト競争では韓国勢が優位に立った。
世界の半導体メーカーが生き残りをかけた構造改革を進めたこの時期、日本メーカーは古いビジネスモデルを漫然と続けた。半導体の赤字をその他の部門の利益で補えたからだ。東芝だけはフラッシュメモリーという活路を見いだして独力で生き残ったが、その他のメーカーは「お荷物」になった半導体事業を放り出した。それを寄せ集めてつくったルネサスに「半導体事業が分かる経営者」が現れることはなかった。
(敬称略)
[日経新聞2月15日朝刊P.2]
(5) 「産業革新」の実験
「半導体と液晶パネルの垂直統合が狙いではありません」。ルネサスエレクトロニクスに約1400億円の出資を予定する産業革新機構。昨年12月半ば、世界の独占禁止当局にルネサス支援を説明する資料を送った。
政府系ファンドの革新機構は中小型液晶パネル最大手ジャパンディスプレイ(東京・港)の発行済み株式の7割を握る。これは半導体大手ルネサスの株式取得率とほぼ同じ。かつて日本の花形産業だった液晶パネルや半導体メーカーの命運を国が握ることになった。
「中国から連絡はまだないのか」。今月に入り機構の幹部は焦りを深める。中国側は資料を受理した後、承認する気配がないからだ。3月末までに出資と新経営陣の選定を終えるシナリオは大幅修正の瀬戸際にある。尖閣問題が響いているのか。それとも機構の関与自体が問題なのか。経済産業省の情報通信機器課は「機構から頼まれれば訪中して掛け合う」と身構える。
革新機構は、経産省が運営する不振企業の駆け込み寺ではないか。社長の能見公一(67)は「成長産業への投資に絞る」と公言してきたが、ルネサスもジャパンディスプレイも赤字部門を抱える会社だ。機構による出資は救済の色彩が強い。
実際に経産省との二人三脚は目立つ。産業構造課長として機構の基本設計を担当し、今は経済産業政策局審議官を務める西山圭太(50)。「抽象的な産業ビジョンをいくら作っても企業は動かない」と強調する。
経産省の産業政策は2つの潮流がせめぎ合ってきた。個別企業の支援に狙いを定める「ターゲティング派」と、競争条件を決めたあとは市場にゆだねる「フレームワーク派」だ。フレームワーク派の代表政策は貿易や投資のルールを定める環太平洋経済連携協定(TPP)。一方、西山はターゲティング派の第一人者で「業界再編の一歩目は官製ファンドで成功事例を作るべきだ」と率直に語り、企業への介入をいとわない。革新機構はターゲティング派の政策の前線基地と映る。
経産相の茂木敏充(57)は1月13日、革新機構に関して「大型物件や小型物件がいろいろ出てくる」と都内で語った。その2日後、政府は機構に1040億円の追加出資を決めた。「産業革新」の実験は続くが、競争力を失った企業を政府や官製ファンドが立て直せるのか。ルネサス再生はターゲティング派の試金石になる。
(敬称略)
=おわり
岡田達也、大西康之、川手伊織が担当しました。
[日経新聞2月16日朝刊P.2]
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