12. 2013年2月12日 09:52:44
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【第22回】 2013年2月12日 吉田典史 [ジャーナリスト] 夢なきアニメーターの劣悪職場に光は見えるか? 会社の“追い出し”に抵抗する社員たちの絶望と執念 ――職場に反発して結集したアニメーターたちのケース 連載第22回は、労働条件が劣悪なことで知られるアニメ業界を取り上げよう。大手の制作会社の下には、無数の零細企業がひしめく。さらにその下には、年収100〜200万円とも言われるフリーランスのクリエイターがいる。零細制作会社の社員が明かす苦しい労働環境とは? プライバシー保護のため、取材対象者の人物像が特定され易い情報を掲載しないよう、編集に配慮していることをご了承いただきたい。 あなたは、生き残ることができるか? 今回のシュリンク業界――アニメ 今や世界に誇る一大産業となった日本のアニメ産業だが、国内市場はシュリンク傾向にある。少子化や原作となる漫画雑誌の売り上げ減などの影響も考えられるが、不況によりアニメ制作の仕事の一部を人件費が安い中国などにアウトソーシングする業者が増え、業界全体が空洞化しつつあることが大きな要因だ。2011年の市場規模は前年比3%増の1581億円。テレビアニメの制作数は2006年をピークに4年連続で下がり続けたが、2009年に底を打ち、足もとでは回復の兆しが見えている。 大手の制作会社は、アニメーション制作を柱にしながら、著作権ビジネスや関連グッズの販売などで業績を維持している。大手は1960年代からアニメ作品を海外へ輸出し、70年代にはすでにこうしたビジネスモデルを本格化させてきた。 ただし、足もとで業績が好調な一部の大手も、売り上げは時折出る大ヒット作品に依存している状態であり、かつての勢いはない。ヒット作を持続的に生み出せるかどうかは、今後の課題だ。また、彼らの下請けとなる零細制作会社の経営環境や、そこで働く社員の労働条件は極めて深刻であるが、抜本的な解決には至っていない。 会社と対立して外部の組合に参加 劣悪な労働環境に不満を抱く人たち 中央の小さなテーブルに、関西の零細アニメーション制作会社(社員数約30人)に勤務する3人の男性が向かい合う。40代後半の男性をAさん、30代半ばの男性をBさん、20代後半の男性をCさんとする。それぞれ別の会社に勤務している。さらにCさんと同じ会社の20代の同僚2人が、オブザーバーとして同席した。 5人は最近、ある広域労働組合の組合員となり、そこで知り合った。いずれも会社での自分たちの扱いに不満を持ち、上層部と対立した結果、社内で孤立して、外部の労働組合に助けを求めてきたのだ。今回彼らに集まってもらい、自らの経験を通じて、アニメ業界の過酷な実態を赤裸々に語ってもらった。 「アニメ業界には労働法はないと言われていて、労働環境は劣悪。私たちは、その犠牲になっている」 Aさんが、Bさんの顔を少し見た後、やや大きな声で話し始めた。Aさんの表情は疲れていた。50代後半くらいに見える。 「この1年数ヵ月、仕事がない。仕事を取り上げられ、何もすることがない。他の社員は、自分から離れていく。話す相手もいない。孤独で、空しくなる」 2年ほど前より上司から退職強要を受けているのだという。退職強要は会社が本人の意思に反し、退職を繰り返し迫ること。「不当な行為」であり、民法の損害賠償の請求対象行為と言われる。 正社員を解雇すると、裁判や行政機関のあっせん・調停の場で会社が不利になる可能性がある。そこで、会社は社員を精神的に追い詰めるなどして、辞表を書くように仕向けるケースが多い。その象徴が、仕事を取り上げることだ。 「クリエイター」と呼ばれるにはほど遠い アニメ業界の底辺は想像以上の人材難? 私がBさんに尋ねる。同じような境遇の職場にいて何を感じるか、と。Bさんは、私の目を見て答える。 「まぁ、クリエイターなんて言われるのとはほど遠い職場だから……」 アニメーション業界は、社員数が数人から十数人ほどの零細企業が多い。その大半の職場に労働組合はない。就業規則も社員の意識に十分には浸透していない。人事部があったとしてもまともに機能しておらず、実態は庶務部に近い。だが、大半の職場で離職率が高く、社員の出入りが激しいため、深刻さが認識されないまま、同じ問題が繰り返される傾向がある。 Aさんは、数年前に中途採用で入社した。この業界は未経験だったこともあり、40代半ばではあるが非管理職。今の時代、このキャリアで雇ってもらえること自体が珍しい。そのくらい、アニメーション業界の底辺は人材難と言える。 Aさんは仕事をしていたとき、上司らとぶつかることがあった。次第に仕事を取り上げられるようになった。取材の場で聞く限り、このあたりの経緯は明確には答えてくれていないように思えた。 「会社に辞めさせられそう・・・・・・」 ガチンコ勝負を唱える40代の“闘志” 私がつぶやいた。「この会社は、社員を辞めさせることに慣れていないのかもしれない。仕事を1年数ヵ月も取り上げるような、古典的な退職強要は今は珍しい」と。Aさんは、我が意を得たりと思ったのか、こう強弁する。 「(会社の体制は)ふにゃふにゃだから……。社長を中心として、ふわふわとまとまっているだけ。会社の体を成していない」 社長は60代のようだが、若かりし頃はアニメーションの作り手として実績があったという。その時代からの「子分」たちが、この会社の部長をしている。部長たちは50代前半。小さな会社であり、部長が変わることはほとんどない。 Aさんは、社長を中心とした上層部の非についてさらに語る。Bさんはそれを冷めた表情で聞いている。 「私は、退職強要を受ける前は仕事に面白さを感じていた。今は、外部の組合に入っていることもあり、会社の上司から、早く辞めるように促される。私は会社に残って仕事がしたいのに……」 実は、Aさんが指摘する「ふにゃふにゃ」こそが、零細企業が生き残るための武器なのである。特に中小のアニメーション・テレビ制作会社、出版社、広告代理店などのクリエイター業界には、そうしたイメージの会社が多いように感じる。 社員がせいぜい30人ほどしかおらず、経営基盤が弱い中小・零細企業では、むしろ「ふわふわとまとまって」いないと、組織が成り立たないきらいがある。たとえば、職場に厳格なルールや明確な役割分担などを持ち込み、それに多くの社員が反発すると、混乱がすぐに組織全体に広がり、早期に経営破綻する可能性が高い。だからと言って野放し状態にすると、好き勝手に振る舞う社員が増え、経営基盤を揺るがしてしまう。つまり、「ふわふわとまとまって」いることが重要なのである。 しかしAさんは、そうしたことにはあまり配慮しないようだ。社員数500〜800人あたりの中堅企業と同レベルの待遇を経営陣に求めているように思えた。話は、労働基準法から労働保険や社会保険の不備にまで及んだ。 40歳の頃に今の会社に入ったときの月給は、40万円ほど(額面)。退職強要を受け始めた頃に5万円の減給となる。現在は35万円。年収では、430万円前後。賞与はないという。 逆に言えば、もともと業界経験がなかった40代の非管理職社員がこの額の給料をもらえることは、悪くないように思える。その意味で、20年近くリストラの現場を見てきた私の経験から言えば、Aさんと経営陣の意識の隔たりは相当大きい部類に入る。 Aさんに聞くと、こう語る。 「今はガチンコ勝負!上司は、私を辞めさせようと必死になっている。社長から指示を受けているのだと思う。こちらも引き下がれない」 ハイテンションではあるが、表情は疲れ切っていた。 年収は300万円台、賞与も残業代もない これではギリギリの生活しかできない 血気盛んなAさんに対し、Bさんはのんびりした性格に見える。自らの境遇や感想について、ゆっくりと話し始めた。 「今の会社には5年ほど前に入社した。前職もまたアニメ業界だった。当時からこんな業界にはうんざりしていた。だけど、今の会社に行けば納得のいく仕事ができるかな、と期待した」 30歳の入社時には月給30万円ほどだった。アニメ制作の周辺の仕事をしているという。一時期までは順調だったが、その後体の具合を悪くし、会社を休むことが増えた。部長からは、減給を言い渡された。現在の年収は330万円前後。賞与はない。 「残業代は付かない。社員には自宅から通う人や、家が会社に近い人が多い。労働時間が長く、出社や退社が不規則になるからだと思う」 1日3食食べられるなんて贅沢? 若手を疲れさせる古い根性論 この1年は、部長から仕事はもちろん、私生活まで注意指導を受けるようになった。これらもまた、Bさんには「いじめ」と映るようだ。 「上司たちは40代が多い。20代の頃から徹夜の連続で会社に寝泊まりし、家にほとんど帰らなかったみたい。いい年になっても、まともな家を持っていない人もいる。若い頃は低賃金でご飯も満足に食べられなかったようだけど、それが当たり前と思い込んでいる。僕らには『3食も食べられるのはぜいたく! 俺たちの若い頃は……』といった感じで接してくる」 これは、世の中の多くの職場で見られる「世代間の意識の差」のように聞こえた。世代間の意識の差が争点となっていれば、同じ会社に勤める20〜30代の社員がBさんを支援してもよさそうだが、「味方がいない」と語るところを見ると、周囲の社員からは会社と対立までして改善すべき問題とは思われていないのかもしれない。 さらにBさんは不満を述べる。 「40代後半以上は、アニメの制作能力が高くない。以前は高かったのかもしれないが、今はその時代とは違う」 このポイントは、AさんとBさんに聞いた話の中で、最も実態を押さえていると思えた内容だった。現在、アニメの制作現場にはデジタル化が浸透しているが、私の観察では、40代後半よりも上の世代は、デジタル制作の要領を得ていない人が確かに少なくない。 たとえば、大手のアニメ制作会社には、デジタル映像部があり、100人近くのクリエイターがいる。20〜30代がメインで、40代後半以降はほとんど見かけない。 いじめか、単なる業務指導か? 職場で「改善指導書」が渡される 2人には、もう1人の「仲間」がいる。アニメ制作のアシスタントをする20代後半の男性Cさんだ。2年ほど前に新卒として今の会社に入り、月給は16万円、年収は200万円以下だという。入社後すぐに、上司からの厳しい指導が始まったという。 「月の終わりにこんなことを言われる。『君の給与を時給にすると、このくらいの額になる。今の働きでは、その額に達していない』」 その後も、厳しい指導が続く。Cさんもそれを「いじめ」と受け止める。今年9月に直属の上司から渡された「改善指導書」を見せてくれた。書類の右上には、上司の氏名が書かれてある。私には、弁護士が書いたものに見えた。 「貴殿は・・・・・・会社の期待する成果を上げることができませんでした。当社は、貴殿に対し、改善指導を行ってきました。しかしながら、そのような改善指導をしたにもかかわらず、貴殿は・・・・・・」 その下に「指導内容」としていくつかの項目がある。 「職場における人間関係を大切にし、上司や先輩スタッフからの指導を、謙虚な態度で素直に聞く」「指導を受ける際はメモを取り、一度指導されたことは、それ以降改善するように努める」 私はこう話した。会社が「改善指導者」を渡すのは、解雇を狙っているからなのかもしれない。解雇した後の証拠を固めている可能性がある。この文書を今後何枚もCさんに渡し、争いになったら、「再三にわたり、指導をしたが……止むを得ずに解雇にした」という口実にするのかもしれない、と。 ここまで話すと、Cさんではなくリーダー的存在のAさんが答える。「会社としては解雇を狙っていると思う。弁護士などが書いているようにしか思えない。あえて文書にすることが不自然。他の社員には、このようなことをしていない」 さらにAさんがつぶやいた。 「フリーの作画さんは、もっとひどい環境で仕事をしている。年収100万円以下だってたくさんいる。C君を支えて頑張らないといけない」 なぜ団結力を感じられないか? 業界全体を象徴する「負のスパイラル」 私が気になったのは、同じ苦しい立場に置かれたこの3人から、あまり団結力が感じられないことだった。Aさんは、自分たちの闘いを業界全体の問題として位置付けることで、正当性を持たせようとしているようだった。しかし、CさんはAさんに話を合わせるものの、時折、下を見て考え込む。「自分がいつまで争いに加わるのか」と不安に感じているようにも見えた。一方でBさんはと言えば、どこか冷めた気持ちを持ちつつも、Aさんの言葉に従っているように見えた。 言葉の選び方に違いはあるものの、各々の胸中には、外部の労働組合に助けを求めたことにより、「会社との対立が決定的になってしまうのではないか」という迷いや不安もあるのかもしれない。労働環境が劣悪で、シュリンクする業界の最下層では、互いに心から信頼し合うことのできない「闘志」たちの闘いが、細々と続いている――。取材を通じて私が持った感想は、こういうものだった。 前述のように、この3人と会社の「意識の隔たり」は、相当に大きいように思えた。おそらく、一方の言い分が正しくて、もう一方の言い分が間違っていると、はっきり言うことは難しいだろう。 彼らの話から現実として見えたことは、第一に、会社と社員の信頼感がここまで壊れ切ってしまっていること、第二に、会社が生き延びるためのリストラ策として、意にそぐわない社員をここまで執拗に追い詰めようとしていること、そして第三に、背水の陣を敷くべき立場の社員たち自身が、自分の向かう先をはっきり見定めることができず、迷いの中にいるであろうこと――。 私には、彼らや彼らの会社が陥っているこうした「負のスパイラル」が、まさにこの業界の「今」を象徴しているように思えてならないのである。 「シュリンク脱出」を アナライズする 3人の行動は不透明要因が多いように思えた。特にBさんとCさんの心は揺れ動いているようだ。これらのことを考慮し、彼らが現状を抜け出す策を考えてみた。 1.「シュリンク」のスパイラルを 生むのは自分自身でもある 自らの職が脅かされたり、給与が減ることも「シュリンク」と言えるだろう。それらを食い止めようとするならば、条件のいいところへ転職するか、今の職場で認められ、より高待遇を受けるように努めるべきだ。労働組合に入り、賃金闘争をすることも1つの選択なのかもしれない。 だが、今回取材した3人は、自らの扱いが不当だとして外部の労働組合に入り、団体交渉で決着をつけようとしている。したがって、前述の「労働組合に入り、賃金闘争」することとは根本から違う。 そのあたりをどこまで認識できているのか、取材では見えないものがあった。だが、これは言える。社外の労働組合に入って会社と相対する場合、その後も長く勤務することはまずできない。おそらく、数年以内に辞めて行かざるを得なくなるだろう。結果的に退職するにしても、より高い和解金を得ることはできるかもしれないが、争った代償は転職の際にもつきまとう可能性がある。 一定の水準以上の会社は、何らかの形で新入社員の前歴照会をするケースが多い。前の会社で争ったことがわかると、再就職は当分難しくなる可能性が高い。これは、「シュリンク」を避けようと思いながら、そこから抜け出せなくなるという、負のスパイラルの構図である。会社員がこのスパイラルに陥った場合、まずは自分の意識や考え方を見つめ直してみるべきだ。そのことを心得ないと、「シュリンク・スパイラル」から抜け出せない恐れがある。 2.「会社となぜ対立するのか」 本質を見極めることが大事 3人は、会社と対立するスタンスがそれぞれ違うように思えた。少なくともAさんと、Bさん、Cさんの会社への考え方は異なる。世代間の意識の差なのかもしれないが、実はBさんやCさんは、Aさんの本音を見抜いて不安を感じているのではなかろうか。 Aさんは「会社の労働条件を……」「Cさんを支えて、みんなで頑張らないといけない……」と口にする。確かに1人で争うよりは、複数のほうが会社に対して圧力を加えられる。だが、BさんやCさんは、Aさんほど厳しい退職強要を受けてはいない。そこに温度差がある。 複数で共通の敵と闘う場合、どこかのタイミングで関係がきしむことがある。私が似たようなシチュエーションを取材していると、1人がメンバーの空気をあまり気にせずに進むがゆえに、他のメンバーが気後れして空中分解してしまう場合がある。3人がこのようなケースに該当するかどうかはわかないが、共闘するなら、少なくとも自分たちの本音をきちんと話し合い、共通の目標をしっかり持つべきだろう。 また、BさんやCさんは年齢的にはまだ努力次第で「シュリンク」から抜け出せる年代でもある。そのことをよく考えてみたほうがよいかもしれない。 3.シュリンク業界では 「名誉ある撤退」も有効に 少なくともBさんとCさんは、アニメーション業界の最下層にいる限り、「シュリンク」から抜け出せない。これを機に、他の業界に移るべきだろう。Bさんは30代半ばであり、人生の足元を固める時期だ。Cさんもまた、30歳を前に回り道をしている余裕はない。 多くのアニメ制作会社は、テレビの放映権料だけでは経営が成り立たない。そのため、関連ビジネスで補っている。だが、これは大手の制作会社のケースであり、零細企業には無縁である。「好きこそものの上手なれ」と言うが、強固なヒエラルキーの業界の最下層で声を出しても、残念ながら報われない場合が多い。 私は決して、日本の文化を支えるアニメ産業で働くことを否定するわけではない。しかし、現実問題として考えれば、少なくともBさんとCさんは、将来のために「名誉ある撤退」を考えてみるのもいいかもしれない。 |