01. 2013年2月08日 05:40:31
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米国の甘い成長見通しにご用心乖離する市場期待と実体経済 2013年2月8日(金) 倉都 康行 昨年来、日本だけでなく世界的に金融市場は「緊張緩和状態」にある。その主因が主要国における金融政策の長期的な緩和コミットメントにあることは周知の通りだが、それ以外にも世界危機の元凶であった米国住宅市場の底打ちが確実となり、ユーロ債務危機は先送りされながらも最悪期を脱したとの見方が広まっていることなども、大きく影響している。 今年に入って上昇を続ける日経平均は1万1000円台まで上昇し、米国でもS&P500が1,500ポイントの大台に乗せた。リスク資産の代表格である米国ジャンク債市場でも、昨年来個人投資家の資金までもが大量に流入して、その平均利回りは6%を割り込んで過去最低水準での推移となっている。 欧州市場でも金融危機以来初のCLO(融資資産担保証券)が発行され、銀行はECB(欧州中央銀行)から供与された長期流動性を繰り上げて返済開始するなど、市場機能の回復や安定化の傾向が見え始めている。 ここ数年の市場にしみ込んでいた「何か大きな底割れリスクがあるのでないか」という漠然とした疑念や、いわゆる「テール・リスク」への危機感が薄れているのは事実だろう。先月書いたように、世界的に長期金利が上昇するリスクはあるものの、それが2008〜9年に見られたような打撃を実体経済に与える可能性は、現時点に限定して言えば、極めて乏しい。 米国経済に左右される構図は変わっていない こうした状況に日本の政策転換期待もうまく乗って、世界的に金融市場には順風が吹いている。さらに中国経済の回復感も市場心理を支えている。だが、そんなさまざまなプラス材料の中でも最大の影響力を持つ要因は「ようやく米国経済が元に戻ってきそうだ」という安堵感が市場に生まれてきたことではないか、と筆者は感じている。 先般、WTO(世界貿易機関)とOECD(経済協力開発機構)が共同で発表した「付加価値で見る世界の貿易統計」でも、最終的に付加価値が消化される最大の市場は米国であることが示されていた。中国の潜在的な購買力が魅力であることに変わりないが、やはり米国の需要があってこその世界経済なのだろう。それが市場の安心材料でもある。 その統計はまた、日本が目指している「高付加価値商品」の最終的な購買力は依然として米国市場にある、ということも物語っている。米国経済が元気になれば日本経済も元気になる、という伝統的な構図はそう簡単には変わらないのかもしれない。 その米国では住宅や自動車販売などが好調であり、内需の堅調さに支えられて経済成長率が上振れすれば、FRB(米連邦準備理事会)は従来の金融緩和政策を軌道修正するかもしれない、といった思惑すら浮上してきた。 先週発表された10〜12月期の米国GDPは前期比0.1%減と3年半ぶりにマイナス成長となったが、これは国防費などの政府支出減、在庫減、純輸出減などのマイナス材料が重なったものであり、1〜3月期の米国は再びプラス成長に戻ると見られている。個人消費や住宅投資、ソフトウエア投資などは堅調であり、景気後退など心配するには当たらない、というのが一般的な読み方である。 先週開催されたFOMC(米連邦公開市場委員会)においても、米国の景気が足踏みしているとの認識が示されていたが、それは昨年秋のハリケーンなどの一時的要因によるものだ、と分析されている。株式市場も特にネガティブな反応は見せず、下値では確実に買い注文が入っているようだ。 だが、先行きを楽観視するのは禁物かもしれない。今年の成長率も2011年の1.8%、2012年の2.2%に続く低空飛行を余儀なくされそうだからである。特に、給与税減税が終了したことで成長率は1%押し下げられる、と試算されている。場合によっては、財政や外需という面からさらに強い下押し圧力を受ける可能性もある。 実体経済との乖離に「クレジット・バブル」の声も 確かに今年の個人消費はある程度計算できるし、自動車販売は今年も高水準を維持することが予想される。底打ちした住宅市場の明るさも好材料だ。だが一方で、設備投資の低迷や政府支出の抑制、そして純輸出の停滞という逆風がやみそうにないのも事実である。 にもかかわらず、リスク資産市場は依然として3%程度の成長路線を頭に描いているかのようだ。その実体経済像との乖離度は、昨年末以来ますます拡大しているようにも見える。それは、先般のダボス会議でゴールドマン・サックスのコーン社長が「クレジット・バブルの兆候が見える」と強い懸念を表明していたことにも示されている。 1月の米国市場は、企業利益がそもそも低水準に置かれていた事前予想を上回ったという理由で上昇基調を強めていったが、2月に入って決算発表も一巡すれば、マクロな経済動向に目を移すことになろう。その際に最もインパクトがありそうなのが財政問題である。それは政治リスクと読み替えても良いだろう。 昨年来話題になっていたいわゆる「財政の崖」は土壇場で回避されており、米国の財政問題は取りあえず「棚上げ」されているが、米議会では今月本格的な論争が再開されることになっている。そして結論から先に言えば、米国が3月1日から始まる「自動歳出削減」を回避することはかなり困難な情勢にある。当然ながら、それは3月以降の新たな成長下押し要因となる。 筆者は今年の金融市場が直面する海外リスクとして、ギリシャ・スペイン問題再燃、中国金融システム破綻、新興国経済大幅ペースダウンという三点に注目しているが、これに加えて米国における財政政策を巡る政治リスクも重要な攪乱要素と考えている。米国が直面する自動歳出削減の影響を、現在の株式市場やジャンク債市場が十分に考慮していない印象は拭えない。 昨年来の米国リスク資産の堅調ムードが日本にも伝搬して「米国経済は順調に回復」という危ういイメージを与えていることにも注意すべきだろう。仮に実体経済に沿った価格調整が起きれば、割安修正過程にあるとはいえ日本株にも影響が出ないとは言えないし、米国経済が急速な成長鈍化といった局面に陥れば、日本企業も経営戦略再考を迫られることになりかねない。 ここで米国の財政問題を少し整理しておこう。市場の注目を集めたのは、S&Pによる米国格下げを招いた2011年の「連邦債務上限引き上げ」を巡る米議会の迷走であった。いわゆる「デット・シーリング問題」である。米国では連邦債務残高に法定上限が設定されており、それを上回る可能性が高まれば、政府が上限引き上げ法案を議会に提出し、上下院でこれを可決する必要がある。 過去この法案で大きな対立が起きたことは無かったが、2011年5月に上限に近づいた際に提示された法案に対しては、2010年の中間選挙で下院の多数派となった共和党が歳出削減を求めて強く反対したため、米国のデフォルトが現実味を帯びることとなった。結果的には「財政管理法」の成立により上限引き上げ法案は可決されてデフォルトは免れたが、米国はその新法に基づき、2012年以降の10年間で約9,000億ドルの歳出削減と1.5兆ドルの財政赤字削減を強いられることになった。 そのうち後者の削減に関する具体策を検討するべく超党派による特別委員会が設置されたものの、合意には至らず、結局米国は2013年1月から「自動歳出削減」を行わねばならないことになったのである。その金額は総額で1.2兆ドルであり、これを2021会計年度まで均等に削減するという措置である。 市場から消えたように見える財政問題 昨年末に米国は同時に「ブッシュ減税」の期限切れという難問も抱えていた。2013年早々に増税と自動歳出削減がスタートすれば、経済の回復基調は一転して景気後退へと陥ることは必至である。それが「財政の崖」と呼ばれた危機の実態であった。さすがに共和党も最悪のケースを回避すべく、ブッシュ減税継続では富裕層の増税という一定の譲歩を行った。そして「自動歳出削減」の開始も3月1日まで2カ月延長することで、景気への配慮を示したのである。 さらに、2012年末には再び上限に接近して引き上げが不可欠となっていた連邦債務に関しても、共和党は5月までの引き上げに応じる姿勢を見せた。同党が「デット・シーリング」を人質にして歳出削減を迫るのではないか、との懸念は薄れ、共和党もようやく財政問題への妥協点を模索し始めたという見方すら浮上した。これまで株価の頭を抑え込む要因であった財政問題は、市場から消えてしまったような印象を受ける。 だが共和党の本丸は、あくまで「自動歳出削減」を楯にとって、オバマ大統領に大幅な歳出削減を要求することである。これまで同党内には、主流の保守派と新興の茶会勢力が対立する場面が多々見られたが、3月1日をターゲットとする「闘争」では一枚岩になった感もある。 さらに3月27日は「ストップ・ギャップ法」という、連邦政府機関における支出を許容する法律も期限が切れる。共和党は、「自動歳出削減」とともにこの法律も「人質」にとる作戦のようだ。 今後のシナリオは、自動歳出削減や政府機関閉鎖を回避するために大統領と議会が赤字削減策で合意するか、自動歳出削減が発動されて2021年まで均等に1,000億ドル程度の強制的な歳出削減が実行されるか、のどちらかである(後者の過程で、政治的な妥協が成立する可能性はある)。 3月以降の自動歳出削減は不可避に 現時点で、共和党の挑発的提案にオバマ大統領や上院を握る民主党は応じる姿勢を見せていない。従って3月以降の「自動歳出削減」と「一部連邦機関の閉鎖」は不可避となる可能性が高い。それを裏付けるように、1月末に米国のテレビ番組に出演したライアン下院予算委員長は「自動的な歳出削減は始まると思っている」と明快に述べている。となれば、気になるのはその経済成長へのマイナス・インパクトがどの程度か、という問題だろう。 昨年、「財政の崖」がどの程度のマイナスの影響を与えるかについては、議会予算局からウォール街まで多くの「景気後退突入シナリオ」が公表され、リセッション・リスクが政治に妥協を促すことになった。それに比べると、自動歳出削減に関しては1.0%前後のGDP押し下げ要因というのが市場コンセンサスのようだ。 つまり、2013年の見通しとして2%程度の成長率が見込まれている中で、仮に自動歳出削減が発動されたとしてもリセッションに陥ることは無いという読みが、逆にその可能性を高めているようにも思われる。 「Fiscal Cliff」の次は「シークエストレーション」 自動歳出削減による防衛費の大幅削減を回避したい共和党は、削減額を他の分野に押し付ける方策を検討しながら、議論の長期化への準備を進めている。大統領や民主党も多少の成長率の低下であれば共和党の挑発に乗るよりもマシだと考えているのかもしれない。一部の政府機関が閉鎖されることになっても、行政に大きな乱れが出るとは予想されていない。かくして米国経済は、いったん「財政の崖」は回避したものの、今度は「新たな下り坂」に向かう可能性が高まっている。 共和党の戦術は品性の無い瀬戸際作戦として批判されているが、米国の財政赤字がオバマ大統領の主張するような富裕層向け増税だけで解消されないことも明らかであり、どこかで歳出削減の手を打たねばならないことは事実である。財政赤字野放しの日本と違って、「財政管理法」という厳しい法律が成立した以上、米国は歳出削減へと向かわざるを得ない。それが、海外ファイナンスに依存する米国財政の宿命でもあり、米国経済が3〜4%成長を目指す拡張路線には当面戻れないことを意味するものでもある。 自動歳出削減が発動されれば、米国経済は足踏みどころか成長率が1%未満に落ち込むことも予想される。住宅市場が活況になっても以前のような資産効果は望めず、個人消費への波及効果は限定的だろう。FRBは年内にQE3を停止するどころか、追加緩和まで検討を余儀なくされるかもしれない。それはドル円の行方にも影響を与えるだろうし、国防予算の強制的な大幅削減となれば、日本の安全保障意識にも波紋を投げ掛けずにはおかないだろう。 米国のこの自動歳出削減は「シークエストレーション(Sequestration)」と呼ばれている。法律では「仮差し押さえ」を表す用語だが、いまあたかも米国の予算を差し押さえるかのような意味で、この言葉が使われている。昨年以降、米国の財政問題を巡っては「財政の崖(Fiscal Cliff)」「デット・シーリング(Debt Ceiling)」といった言葉がメディアを賑わせてきたが、今後はそれらに代わってこの聞き慣れない単語がしばらく市場を席巻することになりそうだ。 倉都 康行(くらつ・やすゆき) 1955年生まれ。東京大学経済学部卒業後、東京銀行入行。東京、香港、ロンドンで国際資本市場業務に携わった後、97年よりチュースマンハッタンのマネージングディレクターを務める。現在、RPテック代表取締役。日本金融学会会員。最新刊は『投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム』(日経BP社)。主な著書に『金融史がわかれば世界がわかる』『金融VS.国家』(ちくま新書)、『金融市場は謎だらけ』(日経BP社)、『予見された経済危機 ルービニ教授が「読む」世界史の転換』(日経BP社)など 倉都康行の世界金融時評
日本、そして世界の金融を読み解くコラム。筆者はいわゆる金融商品の先駆けであるデリバティブズの日本導入と、世界での市場作りにいどんだ最初の世代の日本人。2008年7月に出版した『投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム』で、サブプライムローン問題を予言した。理屈だけでない、現場を見た筆者ならではの金融時評。 英国の賭け、“Brexit(脱EU)”の現実味 ユーロ救済で加速する統合強化の反作用 2013年2月8日(金) 吉田 健一郎 「脱EUを問う国民投票を実施する」――。 そう演説で宣言したのは、これまで何度も脱EUが取り沙汰されたギリシャの首相ではない。欧州の大国、英国のキャメロン首相だ。 1月23日、キャメロン首相はロンドンの金融街シティで講演を行い、EU(欧州連合)離脱の是非を問う国民投票を2017年までに行うことを明言した。その演説は即座に国内外に波紋を広げ、英国=Great BritainのEU離脱(exit)を指して「Brexit(ブレキジット)」なる言葉も生まれるほどの関心を集めている。 今、国民投票を実施すれば“脱EU”の可能性は半々 英国のEU離脱論が高まった背景の1つは、ユーロ圏で進んだ債務危機の深化だ。 ユーロは今、その歴史で初めてとなる構造的で深刻な危機に面している。このため、ユーロ危機が勃発してから、英国では「ユーロ圏に入っていなくて良かった、EUからも離脱すべき」という世論が強まっている(下の図表)。 キャメロン政権が、脱EUの是非を問う国民投票を宣言するまでの経緯を、ここで振り返っておこう。 その発端は、2010年の総選挙だった。金融機関への公的資本注入などを行った当時の与党労働党は支持率を落として、政権を失った。代わりに誕生したのが保守党と自由民主党の連立政権で、特に保守党議員の中でも「ユーロ懐疑派」が数多く当選して勢力を強めた。閣僚を含めたユーロ懐疑派の力が増すにつれて、同派は「EUから出るか出ないか(イン・アウト)」を問う国民投票の実施を声高に要求するようになった。 【図表 EU離脱を問う国民投票に関する世論調査】 (資料)Ipsos Mori 2011年7月には、EUへの主権委譲を決定する場合は国民投票が必要であることを盛り込んだ「2011年欧州連合法」が成立。これに勢いづいた保守党ユーロ懐疑派は同年10月、EU加盟の是非を問う国民投票を実施すべきという動議を提出。下院での決議は否決されたものの、党議拘束にもかかわらず80人近い大量の造反者を出して政権にプレッシャーをかけた。 金融取引税導入や財政主権の一部放棄は受け入れられない こうした中で迎えた2011年末のEUサミットにおいて、EU内の新財政協定の締結に当初は英国だけが反対の意思を示し、この頃から、英国のEU内での孤立が浮き彫りとなり始めた。背景には金融取引税導入などに関し英国の意向が受け入れられなかったことや、財政主権の一部放棄への拒否感があった。首相の独断に自民党のクレッグ副首相は反発したものの、保守党ユーロ懐疑派は拍手喝采した。 翌2012年に入るとキャメロン首相は英デイリー・テレグラフ紙に寄稿し、公式に国民投票実施の可能性について言及した。そして、冒頭の英国とEUの新たな関係を表明する演説へと繋がっていく。この演説の中で、キャメロン首相はEUの基本法であるリスボン条約の改正において、EUからの権限回復を盛り込むことを提案、その結果を踏まえて、次回議会会期中の2017年までに「イン・アウト」を直接問う国民投票を実施することを宣言した。 こうして、キャメロン首相は1975年以降英国の指導者が誰一人行わなかった「大きな賭け(英フィナンシャルタイムズ紙)」に出ることになった。 EUを「脅迫」し英国の権利の奪還を狙う キャメロン首相の「賭け」が吉と出るか凶と出るかは未知数だ。しかし、同首相の狙いは、国民投票の実施を宣言することによって保守党内のユーロ懐疑派を抑えつつ、ほかのEU加盟国をけん制することにあるようだ。 ドイツ政府高官は、そんなキャメロン首相の態度を「ブラックメール(脅迫状)」と批判した。それでも、キャメロン首相としてはこうした批判を覚悟の上で、リスボン条約の改正に伴って雇用法などに関する自国の権利をEUから取り戻す一方、英国の国益でもあるEUの単一の財・サービス市場にはとどまるという“一石二鳥”の効果を期待する。 そして、「EUから権限を奪還した首相」という実績を国民にアピールすることで、劣勢を挽回し次の総選挙に勝利することを狙う。EUの離脱を問う国民投票はその後に実施する構えだ。EUから英国の一部権利を奪還することに成功すれば、EUから離脱する必要はないと国民を説得しやすく、最終的には国民投票でEU離脱は否決されるに違いない。そんな青写真を描いている。実際、首相自身はEUからの離脱までは望んでいない。 EU諸国に「離脱もやむなし」の空気も広がる しかし、このシナリオが思惑通りに行く保証は無い。まず、EUが英国の権限回復の主張を聞き入れるかどうかが分からない。 例えば、フランスは英国に対して好意的とは言えず、ファビウス仏外相は「もし英国がEUを離脱するならば、我々はレッドカーペットを敷いて事業家を歓迎する」と述べた。このコメントは、キャメロン首相が昨年6月のG20(主要20カ国・地域)ロスカボス・サミットで発言した、「もしフランスが高額納税者に(フランス政府が発表している)75%の所得税を課すなら、我々はレッドカーペットを敷いて事業家を歓迎する」というコメントをかなり皮肉たっぷりに真似たものだ。 ドイツはもう少し冷静だが、ヴェスターヴェレ外相は「ドイツは英国が…EUの一部としてとどまることを望む…我々は確かに異なっているが、(英国の)いいとこ取りは選択肢には無い」と述べている。またドロール元欧州委員長も、英フィナンシャルタイムズ紙に「EUはとても小さいモーターしか持っていないが、英国は大きなブレーキになっている。我々は、欧州と英国の婚姻契約を再考せねばならない」とコメントしており、各国は、英国にEUにとどまってほしいと思ってはいるものの、残留が絶対必要とまでには考えていない可能性があるだろう。 実現はなかなか難しい「いいとこ取り」 今後、英国とEUの関係は、どのようなものに変化する可能性があるのだろうか。ロンドンのシンクタンクであるオープン・ヨーロッパは、新たな関係として以下5つのオプションを挙げている。 すなわち、(1)欧州自由貿易連合(EFTA)の枠組みに戻り、欧州経済領域(EEA)協定の枠組みの中で貿易などの自由は得る(ノルウェー型)、(2)2国間協定を都度EUと結ぶ(スイス型)、(3)財の関税同盟のみに所属(トルコ型)、(4)特に関税同盟などには所属せず、世界貿易機構(WTO)の枠組みのみの関係を保つ(WTO型)、(5)従来政策を延長する(EU加盟を存続)といった枠組みだ。 しかし、ノルウェー型はEUの規制に従いつつもその意思決定には参加できないために、英国では受け入れづらい面がある。スイス型は2国間協議をやり直さねばならない。キャメロン首相も、上述の演説の中で、このノルウェー型と、スイス型に言及したものの、ノルウェーは資源が豊富で英国とは状況が違う点や、スイスは金融サービスの単一市場への完全なアクセスが認められていない点などを挙げ、英国が同様の方向に向かう可能性に疑問を呈している。 一方、EU推進派の自民党ダフ欧州議員は、リスボン条約を改正して「準会員」の位置づけを新たに設置し、貿易の自由などのメリットを得るかわりに、自国の欧州委員、欧州議会議員などをあきらめるという案を提案している。 筆者は、英国がこれからEUとの新たなメンバーシップを考える場合、単一の財・サービス市場に残ろうとするなら、他国が利用している既存の枠組みを踏襲するよりも、この「準会員」のような、何らかの新たなステータスを作り直すほうが可能性としては高いのではないかと考えている。 欧州統合で弱まる「国家」の概念 英国のEU離脱を巡る議論は、EUの求心力と遠心力が同時に高まっている現状を示しているといえるだろう。2つの相反する力の狭間で生まれる圧力は非常に不安定で、国家分裂にも繋がりうるものかもしれない。 自国のEU離脱とは別に、英国ではスコットランドの英連合王国からの離脱の住民投票が2014年秋に実施される可能性が高まっている。現時点では独立反対派が多数ながら、英国のEU離脱の可能性がさらに高まった場合は、スコットランドが独立してEUに加盟、という話も出てきかねない。 昨年のギリシャ離脱の可否にしても、スペイン国内のカタルーニャ独立機運や、ベルギーにおける南北分離気運の高まりにしても、各国、地域が従来の「国家」の枠にとらわれずに新たなEUとの距離関係を模索し始めているように見える。それは、EUというひとつの国際レジーム(国際関係における枠組み)の参加者に課される義務が危機を経て高まり、組織の性質が変容しつつあるからかもしれない。 例えばOPEC(石油輸出国機構)のような組織は石油価格のカルテルであるが、比較的加盟国の義務はゆるく、レジームとしての結束力は弱い。しかし、アメリカ合衆国であれば各州の義務は法的な強制力を伴うより強いものだろう。EUをひとつのレジームとしてみた場合、その強制力は徐々に強まっているが、そのことが逆に域内の「国家」という概念を弱めているのではないだろうか。 サッチャーでさえ脱EUには踏み込まなかったが・・・ ユーロ加盟の理由は各国まちまちであるが、本質的には「再び欧州で戦争を起こさない」という政治的意思が強い。それに加えて、為替リスクの低減や関税・非関税障壁の撤廃など経済利便性、EUとしての対外交渉力の強化といったメリットもある。 英国もこうしたメリットを十分に受けており、財やサービスの単一市場に留まることの重要性に加えて、大陸への金融サービスの提供など、もはや英国は大陸とは不可分な関係にある。さらには、欧州で行われるデリバティブ取引などの決済機能が集積する、「欧州のクリアリング・ハウス」としてシティが得ているメリットも忘れるべきではないだろう。 EUの連邦主義に極端に懐疑的であったサッチャー元首相でさえ、EU(当時はEC=欧州共同体)との関係性を示した1988年のベルギーの都市ブルージュでの演説の中で、「英国は、ECの端の快適で孤立した存在など夢見ていない。英国の運命は、共同体の一員として欧州に存在することにある」と述べている。 一度遠心力に身を任せてしまうと、その勢いは早い。キャメロン政権は、遠心力と求心力の狭間に踏みとどまり、政治的なムードに流されずに冷静な議論を進めることができるだろうか。英国のEU離脱論の行方は、欧州各地で台頭する独立運動の先行きをも暗示することになるかもしれない。 吉田 健一郎(よしだ・けんいちろう) みずほ総合研究所調査本部 ロンドン事務所長 1972年東京都生まれ。96年一橋大学商学部卒業、富士銀行(現みずほ銀行)新宿西口支店入 行。98年同国際資金為替部にて対顧客為替ディーラー。2004年よりみずほ総合研究所に向し、為替・原油市場分析を担当。08年より現職。著書に『オイル&マネー』(共著、エネルギーフォーラム社)、『迷走するグローバルマネーとSWF』(共著、東洋経済新報社)など
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