05. 2013年2月06日 00:52:02
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安倍政権の「大胆な金融緩和」は本物か?政権公約のデフレ・円高対策の実現性を検証する 2013年2月6日(水) 門司 総一郎 今、日本は新政権の誕生で「政治」と「金融市場」の関係がこれまで以上に強まり、複雑化しています。さらに欧州の債務危機や米国の財政の崖、中国の新執行部選出など、政治と市場を巡る動きは、海外でも大きな焦点となっています。 しかし、市場関係者がこの両者の関係を論じる場合、「アベノミクスで日本は変わる」など物事を極めて単純化した主張になりがちで、十分な分析がなされているとは言えません。そこで、このコラムでは政治と市場の関係について深く考察し、読者の皆様に分かりやすく解説していきます。 そもそも「大胆な金融緩和」とは? 昨年11月の党首討論で野田佳彦首相(当時)が解散・総選挙を宣言して以来、株高・円安が大きく進みました。この理由として指摘されるのが、安倍晋三首相が掲げる「大胆な金融緩和」への期待感です。 「大胆な金融緩和」→「円安」→「デフレ脱却」の経路で日本の構造問題が一気に解決、株式市場も長期上昇局面入り。単純化すればこういう図式で、株式に強気な方も増えてきましたが、そうした方に「『大胆な金融緩和』とは何ですか?」と尋ねてもはっきりした答えがないことがほとんどで、中には「とにかく決意を示すことが重要」など精神論的な答えもあります。 そこで第1回の「政治と市場の“正しい”見方」では、「大胆な金融緩和」について検討してみたいと思います。 まず衆院選の自由民主党の政権公約を見ると、「デフレ・円高対策」の項目にこうあります。 「明確な『物価目標(2%)』を設定、その達成に向け、日銀法の改正も視野に、政府・日銀の連携強化の仕組みを作り、大胆な金融緩和を行います」 「財務相と日銀、さらに民間が参加する『官民協調外債ファンド』を創設し、基金が外債を購入するなど様々な方策を検討します」 ここからキーワード的なものを抜き出すと、「明確な物価目標(2%)」「日銀法改正」「政府・日銀の連携強化」「官民協調外債ファンド」となりますが、これらが「大胆な金融緩和」の具体的な内容、またはそれに準ずるものと言えそうです。 これに安倍首相が言及した、あるいは言及したと報じられた雇用目標の設定や国債の直接引受けなどを追加したものが、【表1】です。インフレ目標については既に日銀が採用している「中長期的な物価安定の目途」に近いものがありますが、それ以外はこれまで日銀が採用していないものばかりなので、「大胆な金融緩和」と呼ぶにふさわしいかもしれません。 【表1】 報道等で取り上げられた金融緩和 あるいはそれに準ずる施策と実現の可能性 しかし、【表1】では各政策の実現可能性について、「1(実施済み/高い)」「2(低い)」「3(ない)」の3段階で評価していますが、「1」が2つ、「2」が3つ、「3」が3つと、大半は可能性が低い、またはないと考えているものばかりです。つまり「大胆な金融緩和」の実現可能性は意外と低いことになりますが、そう考える理由について順に説明していきます。 意外と低い「大胆な金融緩和」の実現可能性 まず日銀法改正ですが、ここで問題になるのは「中央銀行の独立性」です。中国など中央銀行が政府の一部となっている国もありますが、先進国では通貨増発による悪性インフレのリスクを避けるために、中央銀行を政府から切り離し、独立性を担保した形にするのが常識です。したがって、政権の一方的な都合で日銀の行動を拘束するような法改正を行えば、独立性に疑義が生じかねないため、日銀法の改正は簡単にはできないことになります。 安倍首相もここまでは直ちに法改正に踏み切るのでなく、「インフレ目標設定を見送れば日銀法を改正して目標を設ける」など、法改正をちらつかせることによって日銀に圧力をかけるスタンスです。したがって、日銀が首相に抵抗すれば話は別ですが、そうでなければ法改正が実現する可能性は小さいとの見方です。 内閣への日銀総裁解任権の付与についても、「中央銀行の独立性」の観点から実現の可能性はほとんどないでしょう。現在の日銀法では任期途中での総裁や副総裁、審議委員の解任は、破産手続きの開始など特殊な状況においてのみ認められています。これを「金融緩和に消極的」などの理由での解任を可能にすると、金融政策運営における日銀の独立性が担保されなくなります。また、総裁交代が頻繁になり、金融政策の継続性が損なわれて日銀への信頼が揺らぐことも考えられます。以前海外のメディアから、「日本では首相が毎年代わるので、せめて日銀総裁ぐらいは代わらないようにすべきだ」といった指摘がありました。 国債の直接引受けは財政法上困難と言われていますし、日銀法もこれを認めているようには読めません。また国債の直接引受けは、財政規律を無視した中央銀行による財政赤字のファイナンスとの印象を与えるため、国債価格の下落や格付けの引下げにつながりかねないことからも可能性はほとんどないと見ています。 雇用目標の設定は、日銀法に「(日銀の)通貨及び金融の調整が経済政策の一環をなすものである」という一文があることから検討の余地はあると思いますが、仮にそうするにしても十分な議論が必要でしょう。なにより安倍首相こそ雇用目標に言及することがあるものの、その他の政府首脳からはこの件に関する発言がほとんどないことから、実現の可能性は極めて低いと考えています。 共同声明の評価すべき点 政府・日銀の連携強化は1月22日発表の共同声明の形で実現し、2%の物価目標設定もその中に盛り込まれました。ただし、目標達成の具体的な手段は日銀に一任し、期限も「できるだけ早期」と曖昧です。その上達成できない場合の罰則規定もないのであれば、事実上これまでと同じと言ってよいでしょう。同日決定された日銀の追加緩和に特段のサプライズがなかったこともあり、この日の日経平均は下落、円も買い戻されました。 ただしこの共同声明には評価すべき点があります。 当初アコード(政府と日銀の政策協定)が言われた時は、一方的に日銀に義務と責任を負わせるとのニュアンスが強かったのですが、共同文書では日銀がデフレ脱却に対して、政府が競争力・成長力強化に対してそれぞれ責任を負うなど双務的な内容となっているため、これにより「政府および日銀の連携強化」のニュアンスが強まりました。もう一つは規制・制度改革など成長戦略や財政運営を盛り込んだ点です。これにより安倍政権は成長戦略や健全財政に責任を持つことを示すことができますし、実行する義務を自らに課したことにもなります。こうした点も評価してしかるべきでしょう。 外債購入ファンドの可能性が低いワケ 最後は日銀による外債購入と外債購入ファンドの設定。これは投資家の期待が最も高い施策です。野村証券が内外の投資家に実施したアンケート調査では、日銀が外債購入に踏み切る(基金を通じた購入も含む模様)と予想する投資家の比率は57%、海外投資家だけに限れば74%が予想しています(国内投資家は43%が予想)。しかし、こうした施策の可能性も低いと見ています。 日銀の外債購入については、財務省の委託を受けた場合(いわゆる介入)以外は現行の日銀法では認められていないというのが財務省および日銀の認識で、これは政治家の間でも共有されつつある模様です。そのため最近は政府と日銀、さらに民間の出資による外債購入ファンドの設定が議論の中心となっています。 こちらについて問題になるのは海外からの批判です。米国は中国などの通貨政策を「自国通貨安誘導」と批判している関係上、日本が基金を設立して外債を購入することを看過するわけにはいかないでしょうし、ドイツのメルケル首相が「為替レートの人為的な操作について、『日本を見た場合、現時点で全く懸念がないとは言えない』」と発言するなど、既に日本を批判する声も出ています。実際には安倍政権はまだ何も為替操作的なことはやっていないにもかかわらずです(批判する方もどうかとは思いますが……)。 モスクワで開催される2月のG20財務相・中央銀行総裁会議で日本の為替政策が議題になるとの観測も出ており、数千億円程度の小規模なものならともかく、日銀総裁の有力候補の一人である岩田一政日本経済センター理事長が主張する「50兆円規模の外債購入基金の設置」のハードルはかなり高いと言えます。そもそも為替市場に直接働きかけるのであれば、介入を実施するのが一番簡単ですが、それができないことにはそれなりの理由があるはずです。であればそれと同じ円安を目的とした基金による外債購入も、やはりできないと考えるべきでしょう。 結局のところ、「大胆な金融緩和」はない 以上のような理由で「大胆な金融緩和」に相当するような、従来の金融緩和の枠組を越える施策が実現する可能性はきわめて低いと考えています。ただ、これは「中央銀行の独立性」「財政規律」などに配慮したためであり、これを無視して極端なリフレ策に走る方がむしろ問題です。 安倍政権が発足してからここまで、共同文書の策定とインフレ目標の設定以外に金融政策に関する動きがない点を見ると、おそらく政権内部も同じ認識で極端なリフレ策を採用するつもりはないと思われます。日銀総裁が代わっても政権にその気が無ければ実現は不可能です。 余計なことは語らず、市場に媚びることなかれ ただし市場参加者の間では「大胆な金融緩和」に対する期待感が依然強いため、それが剥落することになれば株安・円高に振れることが予想されます。実際1月半ばには、甘利明経財相や石破茂自民党幹事長の発言で円高・株安に振れ、一時的ではあったもののヒヤッとする場面がありました。この時は甘利経財相発言などから前言を修正するような発言があったため、短期間で株高・円安に転じましたが、これは上策とは言えません。市場の期待に沿うように発言すればするほど、後の反動が大きくなります。 一番良いのは「為替に関してコメントしない」ことです。あるいは「円高修正もかなり進んだので、ここからは市場の動きを見守りたい」などのコメントに止めることも考えられます。先ほど述べたように、何もやっていないのに「為替操作」と批判されるのは、政治家が発言するからです。何も言わなければ自然と他国からの批判もなくなるでしょう。投資家にとっては失望感につながると思いますが、円高・株安に振れても気にすることはありません。 先日行われた日本経済新聞とテレビ東京の世論調査では安倍内閣の支持率は68%、12月調査末から6ポイント上昇しました。記事の見出しは「金融緩和姿勢を好感」となっていますが、中身を読むと2%の物価上昇目標と共同声明については「評価する」が45%、「評価しない」が32%と拮抗しており、金融緩和姿勢がそれほど大きな支持につながっているようには見えません。一方、「仕事ぶりを評価する」が62%、「アルジェリア人質事件での対応が適切」が61%と高い評価を受けている点を見ると、「やるべきことをきちんとやっている」ことが高い支持率の主因だと考えられます。 またこの世論調査とは関係ありませんが、閣僚から失言や閣内不一致と見られる発言がほとんどないことも、安倍内閣の印象を良くしていると考えています。ここ数年の内閣では珍しいことで、それだけ安倍首相(菅義偉官房長官かもしれませんが)の閣僚に対するグリップがよく効いており、その閣内のガバナンスが機能していることの証と言えます。 円安や株価の上昇も単に金融緩和期待だけでなく、こうした安倍内閣の仕事ぶりや政権運営への信頼感による部分も大きいと考えています。もしそうならば、金融緩和期待が剥落して円高や株安に振れても、やるべきことをきちんとやっていればそうした動きは一時的なものに止まるはずで、恐れる必要はないでしょう。 むしろ警戒すべきは反応を気にする余り、市場関係者が望むような発言を繰り返すことです。期待感が高まれば高まるほど反動は大きくなり、その期待感が崩れた時には円高や株安だけでなく、一番大事な政権への信頼も失われることになりかねません。市場に耳を傾けることは大切ですが、市場に媚びる発言をすることは一種のポピュリズムであり、弊害が大きいといえます。ここまでのところ安倍内閣は好スタートを切ったと考えていますが、市場に媚びることなく、自分の良かれと思うことを貫いていただきたいと思います。株式市場にとっても、最終的にはそれがプラスになるからです。 門司 総一郎(もんじ・そういちろう) 大和住銀投信投資顧問経済調査部長。東京大学法学部卒業後、1985年大和証券入社。88年大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)転籍、アジア株ファンドマネージャーなどを経て現職。同社ホームページに「ストラテジストコラム」を掲載中。 政治と市場の“正しい”見方
今、日本は新政権の誕生で「政治」と「金融市場」の関係がこれまで以上に強まり、複雑化しています。さらに欧州の債務危機や米国の財政の崖、中国の新執行部選出など、政治と市場を巡る動きは、海外でも大きな焦点となっています。 しかし、市場関係者がこの両者の関係を論じる場合、「アベノミクスで日本は変わる」など物事を極めて単純化した主張になりがちで、十分な分析がなされているとは言えません。そこで、このコラムでは政治と市場の関係について深く考察し、読者の皆様に分かりやすく解説していきます。
円安で困るのは誰か? 児玉 克哉 | 三重大学副学長・教授 2013年2月5日 9時1分 はてなブックマークに追加コメントを見る(21件) アベノミクスによる円安誘導策は功を奏しています。日経平均は先週末までに週間ベースで12週連続で上昇しています。「岩戸景気」のさなかの1958年12月〜59年4月の17週連続に次ぐ54年ぶりの記録といいます。実際にまだ、アベノミクスが本格的に動いているわけではなく、「今から動くぞ」という宣伝効果で、こうした現象が起きています。私は、円はこれまで高すぎる相場で動いてきたと考えています。つまり心理的な変化をもたらす政策があれば、1ドル=100円程度にはなるし、それはかなり持続すると思っています。安倍首相は金融緩和策をアベノミクスの中心に据えていますから、また円高に戻りかけることがあっても、大きな動きとならず、長期にわたっての円安が進むと考えています。 非常に日本経済に効果がある円安ですが、円安が進むと、「喜ぶ人もいれば、困る人もいる」といういい方が出てきます。つまり功罪相半ば論が出てくるのです。しかしこれは日本の産業構造をみれば、円安は全体としては日本経済にプラスの効果をもたらすと思います。決して相半ばではなく、プラス、です。輸入品が安くなっても、それを買うお金がないなら、結局デフレ経済になり、厳しくなるのです。それまでの蓄積で生活するならデフレは決して悪い話ではないかもしれませんが、今、稼ぐお金が少なくなれば、安いものでも買えなくなります。あるいは安いものしか買えなくなります。これが牛丼などの安売り競争を起こしましたが、これで日本経済が良くなることはありません。輸出産業が活気づき、食材でも国産ものが競争力を増し、日本の産業が蘇ってこそ、高くなっても海外からのものを買うことができるのです。 とはいえ、産業によっては、困るところもでます。少なくとも短期的には大きな赤字を計上しなければならないところもでます。ちょっと整理してみましょう。 まずは、原油や天然ガスなど化石燃料系です。これらはほぼ100%輸入に頼っていますから、明らかに値上がりします。電力会社は厳しい状況に置かれます。これまでは、円安になればほぼ自動的に価格に反映することができました。円高でも円安でも損することはない設定になっていたのですが、原発事故から電力会社への風当たりは強く、簡単に値上げができない状況が生まれています。原発のほとんどが止まっている中で、化石燃料に頼る部分は大きくなっており、円安は収益に直接的に響きます。最近の「エコ」意識によって、経済が良くなっても電気の使用量はそれほど増えないかも知れません。企業もかなり省エネ努力をしました。電力会社はほぼ確実に損を被る側になりそうです。ガソリンスタンドなども厳しくなります。1リッターが170円、180円となると、さらに省エネカーへの移行が進みます。ガソリンの使用量は減る傾向にありますが、これに拍車がかかります。航空会社も燃料費のアップがあり、かなり打撃を受けます。ただ、短期的には厳しくなりますが、時間がたてば、経済の活性化によって飛行機を使った出張や旅行も増える可能性があります。 食事関係の業界も打撃を受けるところがあります。チェーン店の多くはかなりの食材を輸入物に頼っています。円安は仕入れ価格をあげることになります。ただ、これまで、安く食材を買えても、提供価格も価格競争に入ってきました。結局、それほど儲けにはつながっていないのです。円安によって、景気が回復するなら、食材価格の高騰は吸収できると思います。 農業や畜産業、水産業にも影響はあります。農業の肥料はかなり輸入の資源に頼っています。円安はこうした費用の増大につながります。畜産業では、家畜の飼料はほとんどといっていいほど輸入に頼っています。飼料価格の高騰は必要経費を着実に上げます。水産業においても、船の燃料価格が上がりますから、厳しくなります。とはいえ、これらは、海外からの輸入物に対しての価格的優位性を持ちます。実際に、円高であったこの20年にこうした産業は潤ったでしょうか。衰退の一途になったのです。全体としてこの産業では円安の方がいい効果になると思います。また金回りが良くならなければ、高い国産牛などの消費はのびません。松阪牛は、デフレ時代には苦戦するのは当然。インフレ時代にまたブランド力を高めるのです。 100円ショップが意外と苦戦しそうです。100円(105円)と価格を決めていますから、原材料の価格が上がれば、卸値も上がり、利潤は少なくなります。あれだけ安く提供するには、中国やアジアで安く作り、それを大量に売るという戦略しかありませんでした。しかし、卸値が高くなれば、100円でやっていけるのかどうか、ということにつながります。景気が回復すれば、100円ショップ離れも起きるかもしれません。150円ショップなどに一気に変わるかもしれません。インフレ時代にはそれが正しい選択肢と思います。 このように見てくると、業種によってかなり影響が異なります。課題は、円安になたから、有利不利というだけでなく、それが日本の実体経済を回復させるところまでいくかどうか、です。輸出産業が短期的に黒字をあげても、実体経済を改善することがなければ、一時的な景気回復に終わってしまいます。実体経済を回復させるために何ができるのか、何が必要なのか。円安はそのためのチャンスでしかありません。 児玉 克哉 三重大学副学長・教授 三重大学副学長・人文学部教授、国際社会科学評議会理事、国際平和研究学会事務局長。専門は地域社会学、市民社会論、国際社会論、マーケティング調査など。公開討論会を勧めるリンカーン・フォーラム事務局長を務め、開かれた政治文化の形成に努力している。「ヒロシマ・ナガサキプロセス」や「志産志消」などを提案し、行動する研究者として活動をしている。2012年にインドの非暴力国際平和協会より非暴力国際平和賞を受賞。 Facebook katsuya.kodama official site 児玉克哉研究室 児玉 克哉の最近の記事 円安で困るのは誰か?2月5日 9時1分 みんなの党はどこへ行く〜独自路線に活路はあるのか2月4日 13時8分 中国で深刻な大気汚染〜チャイナリスクが次のチャイナリスクを生む悪循環の可能性2月3日 8時57分 アベノミクスと新オバマノミクスで世界経済はインフレバブルへ〜挑戦のメンタリティを再獲得できるか2月2日 3時48分
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