06. 2013年2月08日 06:12:15
: mb0UXcp1ss
【第43回】 2013年2月8日 クロサカタツヤ [株式会社 企/クロサカタツヤ事務所代表] 「ドコモは大丈夫なのか?」 ケータイ産業の中の人たちまでが囁く懸念の深層 「NTTドコモは大丈夫なんですか?」 打ち合わせの冒頭、お客さんとよく雑談をするが、最近必ずといっていいほど聞かれるのが、この質問である。 先月末にNTTドコモが発表した2012年4-12月期連結決算で、売上高が3.4兆円(前年同期比6.2%増)だった一方、営業利益が7000億円(同5.6%)と、いわゆる増収減益となった。また同時期に開催された新製品発表会の芳しくない評判も、ネットやソーシャルメディアであっという間に広がった。 こうした状況下、2月6日のNTT(持ち株会社)の決算発表会で、同社の鵜浦博夫社長は、「利用者のニーズに応えることも必要だ」とコメントした。一部報道機関がこれを「NTT持ち株がNTTドコモにiPhone導入を促す」と報じ、当のNTTがこれを否定すると、にわかに混乱した状況が生じている。 売上高が3兆円を軽々と超え、営業利益もおそらく通期で8000億円を超えるであろう企業が、「大丈夫なのか」と心配されるのは、どこかおかしな話でさえある。しかし、通信セクターをお手伝いする人間としては、そうした懸念はよく分かる。なにしろ冒頭の問いかけは、NTTグループ各社や競合他社はもとより、NTTドコモ本体の中の人からも、しばしば投げかけられるからだ。 確かに増収減益とは「売るのが大変です」という状態だし、MNP流出は大きくクローズアップされ、端末ラインナップも決定打に欠ける。テレビCMを観てみれば、もはやご長寿キャラクターとなった「ドコモダケ」が空を漂い、ドコモショップを覗いてみれば、店内は割と空いている。確かに元気さを感じる要素は少ない。 市場ではよく「モメンタム」という言葉が使われる。端的には、株価が時間を経てどれくらい動いているかをあらわす指標だが、より広義には「変化、勢い」というような意味合いで使われる。 おそらくNTTドコモは、このモメンタムに動きがない、あるいは負のモメンタム(つまり下げトレンド)に入っているように見えるのだろう。本連載でも触れた「ドコモiPhone」の話が、復活の起爆剤のように織り込まれつつあるのも、そうした懸念と期待への裏返しといえる。 予め約束された失敗 ところでNTTドコモのモメンタムの停滞は、いまに始まった話なのだろうか。 競争の激しいケータイ産業を注視していると、どうしても近視眼的になりがちで、四半期どころか先月のことさえも、もはや誰も覚えていない、という風情が漂う。しかし、ケータイ産業の中の人たちがそんな話をしているのをソーシャルメディアで見かけて、少し立ち止まって考えてみた。 たとえば消費者の端末買替えサイクル。情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)が昨夏に発表した「2012年度携帯電話の利用実態調査」では、33.7ヵ月と発表されている。直前に比べれば短くなる傾向は見られ始めたものの、相変わらず3年近く、同じ端末を使い続けているということである。 同調査も示唆しているが、おそらく短縮傾向はもう少し続くだろう。これはスマートフォンの台頭によるところが大きい。ただそれでも、そう簡単に新しいものに乗り換えていくというものではない。 ネットやソーシャルメディアでは、一部の「ギーク」の声が大きく、「新しい端末をすぐ試さなければ人でない」とさえ感じてしまうかもしれない。しかし冷静に考えてみれば、端末とてそう安い買い物ではなく、買い替えで発生する新たな端末の使い方の習得が面倒であることを考えれば、むしろ多くの消費者は保守的であると考えるのが正しい。 特に昨今は、端末の割賦販売が大きく広がった。これを受けて、事実上の「2年縛り」が発生するとなれば、なおのことおいそれとは切り替わるはずがない。 だとするといまMNPの流出入が云々されているのは、2年以上前に端末を購入し、回線を契約した消費者が、この2-3年間のケータイ生活に不満を抱いたり、現状維持よりも大きく魅力を感じるオプションを提示されたりしたことで、切り替えているということになる。 NTTドコモの現状は、2年以上前から、予め約束されていた失敗だったのではないか。より厳しく言えば、この数年間、顧客満足を維持・拡大するための有効な手立てを打てないまま、現状に至っているということではないのか。そうした見方も成立するほど、同社の現状は追い込まれている。 この2-3年に何が起きたのか では、この2-3年の間に、何が起きたのだろうか。 まずは言うまでもなく、スマートフォンの台頭そのものである。といってもすでに3年前の2010年6月にはすでにアップルからiPhone4が、またサムスンからギャラクシーS(初代)が、それぞれ発表されている。そう考えれば、スマートフォンの黎明期を超え、本格的な普及期に入ったタイミングだと言える。 ではサムスンギャラクシーがiPhoneに比べて、普及期に入った日本市場において、競争力に劣る端末だったのか。確かにAndroidOSの混乱などを考えれば、そう言えなくもない面もある。またiPhone4はすでに長年の蓄積があって十分に成熟した端末だったことを考えれば、そうした印象を受ける消費者もいただろう。 しかし、日本国内におけるサムスンの出荷状況の変遷を振り返ると、そうしたがっぷり四つの激突の結果、ということではなさそうだ。実際サムスンはギャラクシーSを発売するにあたって、日本向け製品だけブランド表記を“Samsung”ではなく“docomo”にしている。日本における韓国製品という特殊な位置づけもあって、プレゼンスは大きく拡大したものの、早々に市場に受け入れられたというわけでは、実はない。 おそらく消費者の最大の不満は、ギャラクシーも含めて、iPhoneに匹敵するような製品が、いつまで経っても提供されなかったことに集約されるはずだ。それでもドコモという会社へのロイヤリティや通信品質への評価もあって、ドコモの枠内で何か新しいものを触ってみたいと、妥協して機種変更してみたら、これまた不満を感じた、ということなのだろう。 こうした不満をうまく回収したのが、KDDIのiPhoneだと言える。回線品質に関しては以前からソフトバンクモバイル(以下SBM)への不満の声が高く、いくら値段が安く見えるからといって「安かろう悪かろう」では困る。しかしiPhoneを使う人は周囲に増えているし、アプリやサービスも安心して使えそうで、やはり魅力を感じる――このように考えるNTTドコモユーザーは多かったはずだ。 こうしたニーズを、LTE対応やMNPのインセンティブ競争のコントロールも含め、うまくすくったのが、KDDIの昨今の成功につながったのだと、私は思っている。すなわちKDDIは、SBMのiPhoneユーザーを奪っただけでなく、むしろ本当に草刈り場としたのは、「保守的だが新しいものを使いたい」と考えていたドコモユーザーだった。そしていま彼らは、iPhoneの勢いを、HTC Jのような他の端末にもつなげている。彼らが目下順風満帆のように見えているのは、私だけではあるまい。 もはやiPhoneでは起爆剤にならない? 仮にこうした見立てが妥当だとすると、「ドコモiPhone」は、本当にNTTドコモ復活の起爆剤となるのか、私は少々懐疑的だ。 まず単純に、すでに手遅れであるということ。KDDIがiPhone参入を進めてすでに1年以上が経過している。もともと存在したNTTドコモユーザーのなかで、iPhoneを使いたいと考えていたような人たちは、もはやすっかり草が刈られてしまった状態だと考えるべきだろう。 まだまだ市場は残っている、という反論もあるだろう。たとえば「らくらくホン」ユーザのスマートフォン移行は、結局iPhoneが一番適切のはず、という見方である。しかしいくらiPhoneがユーザーフレンドリーといっても、フィーチャーフォン利用者の目線で考えれば、まったく別世界である。そこへ移行するには大きな跳躍が必要であり、つまりこれもリアリティが足りない。 現時点でスマートフォンを使っていない人には、相応の理由がある。それを使う理由が見当たらない、使いこなすためのハードルが高い、という基礎的な課題もあれば、ある程度状況が分かった上で、たとえば電池がもたないことを懸念する向きもある。また、現在フィーチャーフォンでパケット定額制を利用していない人からすれば、事実上の値上げになることに抵抗感を覚える向きもあるだろう。 こうした課題に向き合わなければならない顧客層である一方で、おそらくこれからドコモがiPhoneに参入するとなると、アップルから莫大なコミットメント(販売ノルマ)を突きつけられるはずだ。最近でこそiPhone5の世界的な不調が顕在化しているものの、それでも日本市場では相変わらず好調である。同じく後発組となった米国のスプリントの例を引けば、おそらく数千万台という規模になるだろう。 果たしてそれだけ需要を喚起できるのか。前述の通り、本来NTTドコモがターゲットにできた消費者たちが、すでにKDDIによって草が刈られている状態なのだとしたら、それを満たすためには、KDDIに流れた顧客の奪還タイミングを待つか、SBMの顧客を奪うか、あるいは既存のドコモスマートフォンユーザーの買い替え需要を喚起するしかない。 しかしKDDIからの顧客奪還は、まだもうしばらく時間を要するし、ここまでのところKDDIに対して重大な不満を抱いているという声は聞こえてこない。またSBMはSBMで、おそらく価格戦略によってこれをしのいでいくだろう。もともとNTTドコモとSBMの顧客層が異なることを考えれば、それも容易でもない。そしてドコモスマートフォンの買い替え需要の喚起は、他メーカーとの縁を切ることにもつながりかねない。 いくら市場がそれを煽っても、総合的に考えて、NTTドコモのiPhone導入は、同社にとってリスクが大きすぎる。おそらくこうした思考と判断こそが、ここまで導入に踏み切れていない背景の一つといえるだろう。 数年かけた「借り」は数年かけて返す NTTドコモがiPhoneを提供するのも、消費者からすれば悪い話ではない。しかしそれで彼らが劇的に回復するとは、やはり思えない。むしろ同社が進むべき道は、「この2-3年で起きなかったこと」と「これから先に起きること」を見定めて、粛々と対応を進めることにあると、私は思う。 では「起きなかったこと」とは何か。まずは、地方部でのスマートフォン移行。東京圏の通勤電車などを眺めていると、もはやスマートフォンを持っていない人はいない、というような景色が広がっている。しかしクルマ社会の地方部においてスマートフォンは使い勝手が悪く、またそれ以前にパソコンの利用さえも十分に浸透してはいない。地方の中核都市でさえ、すべてはこれからというのが現状だ。 また、通信料金の従量制への移行も、結局進んでいない。既存インフラの限界とLTE投資の重しを考えれば移行が進むはずだという声は、販売現場の過当競争によってあっさり否定されつづけている。それどころか、MNPインセンティブ競争で、「家族全員MNPしたら20万円もらえました!」というような本末転倒の状況に陥っているのが現状だ。 スマートフォンのサービス側でいえば、通信事業者主導によるプラットフォームの普及も、まだ道半ばという状況である。各社ともここのテコ入れを進めているところだが、ニワトリとタマゴの関係でもあり、この問題を解いて将来を切り開くには、もう少し時間を要するところだろう。 一方「これから起こること」は、概ね見通しがつきつつある。端的には、タブレットの普及、フィーチャーフォン(いわゆるガラケー)からの移行本格化、法人需要の広がり、である。ただ、タブレットは回線契約に必ずしもつながらず、ガラケーからの移行はITリテラシーにも触れる「容易ならざる問題」だ。 また法人需要の掘り起こしという声も、理屈は分かるが、特に大企業向けの情報システムは、そもそも通信事業者ではなくシステムインテグレーターやベンダーの領域である。電話とメールという「総務部が対応する世界」ならまだしも、スマートフォンの本領を発揮する高度な情報システムの領域は、通信事業者とておいそれと手を出せる世界ではない。 諸々を考えていくと、残念ながら即効性のある方策は、なかなか見当たらない。一方で競争は激しく、市場からの批判の声は日々大きくなっている。しかし現在の苦境がすでに2-3年前に端を発するのであれば、消費者が保守的である以上、そう簡単には改善できないと考えるべきだろう。 むしろここは、今後2-3年後の未来を見定めた動きを進めるのと同時に、いまドコモに残ってくれている顧客に対して、いかに満足を提供していくかを考えるべきなのだろう。そうしなければ、NTTドコモが競合他社からの草刈り場となる状態は、この先ずっと続くことになるし、こうした丁寧な対応に着手しないままでのiPhone導入は、同社にとって「負債」となる可能性さえある。 NTTドコモは、本来ならば、他の誰よりも底力のあるケータイ事業者である。しかしそれゆえに、歯車がかみ合っていない印象を、このところ周囲に与えている。スマートフォンというパラダイムの寿命が少しずつ見え始めた中で、新しい世界観を提示できる能力と義務を備えた存在として、より本質的な対応を進めてほしいと、一消費者としても願う次第である。 |